人事

2018年7月17日 (火)

朝のうちに

0716_2tanakuji 2018.7.16
暑い日が続きます。お体に変調はありませんでしょうか。
東京では朝8時にはもう30℃を超えるという日が続いています。
私の通常の習慣は、昼に30~40分の散歩をするのですが、もうダメ。
朝、8時頃に30分くらい家の周りをぶらぶらするように切り替えました。
起床はずっと早いので、もっと早く出て「朝仕事」というのも可能ですが、そうすると花も虫も「準備中」のことが多い。8時で妥協します。
勤務のある方は自由にはならないでしょうけれど、ある程度の自由度がありましたら、ぜひなるべく気温が高くなる前に「一仕事」、どうぞ。
「大吉」です。
くれぐれもご自愛ください。無理はしないこと。やれるだけのことをやって、後はぼ~っとしてください。

2018年7月12日 (木)

トマト

0626_6tamato 2018.6.26
トマトがいっぱい稔りそう。

0702_13tomato 7.2
色づいてきました。
この頃から真っ赤になったものを少しづつ食べ始めました。

0707_39tomato 7.7

こんな風に。

夕方、妻は「畑」へ収穫に行きます。トマト、イチゴ、ニラなど。すごい「畑」でしょ。

「風味が濃い」です。

2018年7月 2日 (月)

年の臍

https://kotobank.jp/word/%E5%85%AD%E6%9C%88%E4%B8%89%E5%8D%81%E6%97%A5%E3%81%AF%E5%B9%B4%E3%81%AE%E8%87%8D-663301

六月三十日は年の臍(読み)ロクガツミソカハトシノヘソ

デジタル大辞泉の解説
六月(ろくがつ)三十日(みそか)は年(とし)の臍(へそ)
6月30日は一年のちょうど真ん中、半季の終わりに当たるということ。

ホント?
1年は365日 = 182 + 1 + 182
ということは、ど真ん中は183日目ですね。
1月1日から7月1日までが 31+28+31+30+31+30+1 = 182日です。
7月3日から12月31日までが 29+31+30+31+30+31 = 182日です。
ですから、「臍」が「真ん中」を意味するとしたら
   「年の臍」は7月2日なのです。
屁理屈頑固爺さんのブツブツ。

偶数は半分に割れます。でも真ん中の数というものはない。

奇数は真ん中の数の両側が等しくなります。奇数もまた対称性のよい数ですね。

閏年は日数が366日ですので、等分できますが「真ん中の日」というものがない。
古いCM「おめぇヘソねぇじゃねぇか」になりそうだ。

2018年6月19日 (火)

コマツナギ

0601w_15mameka 2018.6.1
妻の撮影。ちょっと遠くからで露出が難しかったようです。
0601w_15mameka2
なんだっけなぁ。見たことあるよなぁ。

調べてみるとコマツナギですね。

https://matsue-hana.com/hana/komatunagi.html
コマツナギ(駒繋)

http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/leguminosae/komatsunagi/komatsu.htm

http://www.hana300.com/komatu.html

・茎や根が丈夫で
 引っこ抜きにくく、駒(馬)を茎につなげておくこともできることからこの名前になった。

★余談
わたくし、世田谷区立駒繋小学校の卒業生です。
0617_31komatunagisyou
源頼朝が馬でこの辺りを通ったときに馬を繋いだ、とかいうことだったと思います。小学校の社会科か何かで聞いたような、あいまいな記憶です。
確か私は第19回卒業生だったよなぁ。もう遠く霞んだ記憶です。
卒業式の記憶なんて一切ないし、校歌もわからないし・・・。
団塊の世代のど真ん中ですから。1クラスは50人くらいかな、10クラス以上あったような。

毎年度、クラス替えがあって、毎年知らない顔ばかり、名前がわかるまで1学期かかったよなぁ。大人数って気楽でよかったですね。
ここまで書いて来て、記憶がよみがえる。以前にコマツナギの記事を書いた気がする。
自分のブログを検索したら、去年書いたばかりでした。なんというオンボロな記憶力。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-6ea0.html
2017年9月 1日 (金) 萩←訂正します「コマツナギ」でした

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2017/09/post-fa63.html
2017年9月 4日 (月) 駒繋

読み直してみたら、エピソードもほとんど同じ事を書いている。壊れかけのレコードですね。
おそらく、記憶が編集されて、自分の中で「物語化」しているでしょう。
年寄りの話は、真実を含みはするものの、後付けの物語であることが多い。
思い込み、単純ミス、そういうのが積み重なって、自分の中に物語が形成される。一旦物語が形成されると、それが本当のことだったと逆に信じ込む。
年寄りを大事にするのはいいのですが、年寄りの思い出話は、話半分、いや話の1割くらいしか真実はない、と思った方がいいですよ。

2018年6月18日 (月)

見たものはすべてか:選択的注意(selective attention)

Eテレ、朝の「にほんごであそぼ」から。
「ゆく河の流れは、絶えずして・・・」という方丈記の文章を子どもたちが一生懸命唱えるんですね。
で、始まる前に、画面に変化があるはずだ、といわれてから見ているのですが。
私、正直、変化に気付かなかった。
0530_15nihongo1 2018.5.30
始まりの画面。
0530_15nihongo2
終了時の画面。
中央右の縦の流れがいつの間にか描かれていた。
もう一度繰り返してくれたので、やっとわかったという次第です。
さして大きくもない画面の中で、明らかな変化なのに、見逃してしまった。
子どもたちのかわいい声と、画面内の右から二人目の男の子の動きに関心が行ってしまって、全体を見ていませんでした。
こういう出来事を心理学では「選択的注意(selective attention)」というそうです。

よくね、百聞は一見に如かず、といって、見たものは絶対だと信じ込みますよね。
自分は視野に入ったものをすべて見ている、と思っていますよね。
ところが違うんだなぁ。
人は見たいものしか見ていない。見たいと思っていなくても強い印象を与えるものを見てしまう。

自分が「見たもの」が「全部」であり「確か」なものだとは思わない方がよいのです。

事件などに関わりたくないですが、もし何かの事件を目撃してしまった時、私は事件を「見た」のだから私の証言は信用できるはずだ、と考えてしまう。目撃証言というものにはその危うさがある。

https://psychoterm.jp/basic/cognition/03.html

「選択的注意」とは、多様な情報が渦巻くような環境条件下において、
その個人にとって重要だと認識された情報のみを選択し、
それに注意を向ける認知機能を指す概念です。

https://kagaku-jiten.com/cognitive-psychology/perception/selective-attention.html

私はこの「選択的注意」ということについて、ある読書で知りました。
「錯覚の科学」 (文春文庫)、 クリストファー チャブリス , ダニエル シモンズ
という本です。ただこの本の内容は大人向けですので、お子さんには読ませない方がいい。
ただ、この本で衝撃的な動画の話が出ていまして、それは youtube にアップされていますし、見ても大丈夫です。

https://youtu.be/vJG698U2Mvo
バスケットボールをパスするシーンなのですが、白いユニフォームのチームが何回パスをするか数えてください、というだけです。
びっくりしますよ。

とにかく。私たちは自分を取り巻く世界のすべてを把握しているのではない、という点には十分注意する必要がありますね。

2018年6月15日 (金)

生物

0530_19namamono 2018.5.30
元理科教師としましてはねぇ。
「生物」と書かれるとどうしても「せいぶつ」と読んでしまうんですよ。
「なまもの」ですけど。
教師同士でも「なまもの」の授業だ、「ばけがく」だ、といいますけど。

私のような、こういう半端な人間を「物識り」に「なま=生」をつけて(「生半可」の「なま」です。)
「生物識り」
というのだそうです。

なま‐ものしり【生物識り】
未熟なのに、ものしり顔をすること。また、その人。軽口露がはなし「―なるものがこれを聞き」
広辞苑第六版より引用

イテッ。直撃喰らったな。

マツバボタン

0530_1matubabotan 2018.5.30
今年はベランダでマツバボタンが見られるようになっていますので、頻繁に見るし、写真も撮りやすい。
0530_11matubabotan1
微妙な色ですね。
0530_11matubabotan2
そして出番を待つつぼみ。

マツバボタンで検索していたら
https://www.shuminoengei.jp/m-pc/a-page_p_detail/target_plant_code-793

花色が豊富で、一重咲きから八重咲き、さらに万重咲きまであり、場所によってはこぼれダネで毎年自然に育ちます。

万重咲き」なんて言葉があるのですか。ビックリ。
読めない。いちおう「まんじゅさき」ということらしいですが。
「まんじゅうざき」だと「饅頭」みたいな感じになるしな。
和語で、「ひとえ」「ふたえ」・・・「やえ」・・・「とえ」「はたえ」ときたら。「万」は「よろづ」だろうけどなぁ。そうすると「よろづへ」になるかも。
よろずえざき」というのはいかがでしょう。

2018年6月13日 (水)

酸素に引火???

★勘弁してほしいのです、元化学教師としては、がっかりです。こういう見出し。
「実験中に酸素に引火 名古屋大工学部」(朝日新聞デジタル 2018年6月5日13時16分)

実験中に酸素に引火して火があがり、壁の一部を焼いた。

酸素に引火なんてしません。っって、もう、小学校以来の理科を勉強しませんでしたか?
酸素は助燃性(支燃性)の気体である、自燃性はない、と。

4時間後の記事
「実験でぼや 名古屋大工学部 けが人なし」(朝日新聞デジタル 2018年6月5日17時20分)

 出火したのは9階のボンベ室。実験中に火があがり、壁の一部を焼いた。

さすがに、マズイ、と思ったかな。最初から気づいていればよかったのにね。
お~ハズカシイ。

★実は4月30日にも。
0430_25sansoinka 2018.4.30
TBSのニュース画面です。死亡事故ですので、あまり取り上げたくなかったので今まで書きませんでした。
内容は

佐賀・武雄の製鉄工場で爆発 2人死傷、酸素ガスに引火か
 ・・・警察などが漏れた酸素ガスに引火した疑いがあるとみて、当時の状況を調べています。
・・・
 工場の関係者によりますと、地下の機械室には鉄を溶かすために使われる酸素ガスの配管があり、何らかの原因でガスが漏れ、引火した疑いがあるということです。警察などが30日朝から実況見分して、当時の詳しい状況を調べています。

電気炉で酸素ガスを使うのは当たり前。酸素が燃えるわけがないでしょ。高濃度酸素ガスに高温の鉄ですからね、火花が飛んだとか、可燃物が混入したとか。普段なら燃えるとも思えないようなものが、高濃度の酸素ガス下では爆発的に燃えるんです。

この時の朝日新聞は、酸素が燃えたという表現はしていない。

 同社によると、佐賀工場では鉄くずを溶かし、鉄筋の素材をつくっている。地下室には鉄を溶かす電気炉に酸素を送るためのゴムホースなどがあった。

こう書いています。

NHK佐賀のニュースでは

武雄の製鉄工場で爆発 1人死亡(04月30日 11時54分)
 ・・・
 爆発が起きた地下には、電気炉に酸素を送るためのホースなどがあったということで、警察はホースから酸素が漏れ出し、何らかの理由で爆発が起きたとみて、午前中から現場検証をするとともに、会社から話を聞くなどして当時の詳しい状況や事故の原因を調べています。

酸素が燃えたとは書きませんでした。

日経新聞では「酸素に引火」したそうです。

 製鋼所で爆発 1人死亡 佐賀、酸素に引火か
 ・・・
 県警によると、死亡した作業員は、地下から煙のようなものが出たため確認に行き、爆発に巻き込まれた。地下の機械室には、1階の電気炉に酸素を送るホースが通っており、何らかの原因で漏れた酸素に引火したとみられる。

 マスコミの自然科学レベルはそう高くはない。批判的に読んでください。「ん?ホントかな?」と疑いながら読み・聞いた方がいいですよ。
批判というのは「けなす」「非難する」ことではありません。
きちんと細部にわたって吟味・検討して分析、「評価」することです。
「評価」も高く褒めることではありません。

ひ‐はん【批判】
(criticism イギリス・Kritik ドイツ)
①物事の真偽や善悪を批評し判定すること。ひばん。
②人物・行為・判断・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などを評価すること。否定的内容のものをいう場合が多い。哲学では、特に認識能力の吟味を意味することがある。「強い―を浴びる」
広辞苑第六版より引用

ひはん‐しゅぎ【批判主義】
(Kritizismus ドイツ)
①批判の精神をもって独断を排する思想態度。批評主義。
②人間の認識の可能性の条件、認識能力の超越論的吟味、すなわち認識批判を中心課題とする哲学上の立場。カントおよびカント学派の哲学。
広辞苑第六版より引用

日本ではどうも、批判というとネガティブにとられがちで、健全な批判精神が育っていませんね。悲しい。

2018年6月12日 (火)

黄色い電車

0526_18densha1 2018.5.26
妻と二人で蒲田へ。乗ったのはこの黄色い電車。
車内のつり広告は、いつも何か企画があるのです。
今回は
0526_18densha2
「しながわ百景」という企画でした。

↓品川区のHP。ここの「荏原地区」というのをクリックすると「上神明天祖神社」の写真があります。
http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/hyakkei/hyakkei.html
「しながわ百景」

↓上神明天祖神社のHP
http://hebikubo.jp/

蛇窪村とは
昔、現在の二葉、豊町、戸越・西大井の一部は、蛇窪村と言われていました。
正保年間(1644年)蛇窪村が、上蛇窪村と下蛇窪村に分かれ、その後昭和七年十月に東京市内編入の際、氏神である神明社(現在の天祖神社)に因んで町名が上神明町、下神明町に改名されました。それから昭和16年4月の町内整備により豊町と二葉町とに再編成された。
また、昭和11年1月1日東急大井町線「蛇窪駅」が現在の「戸越公園駅」に改称されました。

へぇ、「蛇窪村」ですか。私、意外と蛇にご縁があるのかな。
以前住んでいた世田谷では、家のそばの川が「蛇崩(じゃくずれ)川」といいました。
蛇崩川は目黒川の支流ですが。結構暴れたのかもしれませんね。

じゃ‐くずれ【蛇崩れ】‥クヅレ
がけなどの崩れること。また、その崩れた所。山くずれ。
広辞苑第六版より引用

現在は、自宅の周辺でアオダイショウやヒバカリが住んでいるらしいし。
蛇を敬わなくっちゃいけないな。

0526_31densha2
帰宅してから。また同じ電車を見てしまいました。
良い日だったな。(気付いてないけど、多分)

★朝日新聞の土曜日のbeという特集

(街のB級言葉図鑑)おちやのみづ 飯間浩明(朝日新聞デジタル 2018年6月9日03時30分)
 ■正しい仮名遣いはうれしい
 ・・・
 「おちやのみづ」という駅名表示板を見て、うれしくなりました。「おちゃのみず」でなく、ちゃんと歴史的仮名遣い(終戦直後まで使われた)で書かれています。
 ・・・
 最近のテレビドラマに、戦時中の品川駅が出てきました。感動的な別れのシーンです。ところが、ホームの駅名表示が「しながわ」でした。歴史的仮名遣いなら「しながは」となるところ。急に現代に引き戻されてしまった気がしました。
 ・・・
 細かいことを、と言われそうですが、古いものを再現するときは、文字についての目配りも大事です。「文字監修」という仕事があれば、私は喜んでやるのですが。

私共の年齢ですと、歴史的仮名遣いは読めるのですが、自分から書くのは難しい。
品川は「しながは」でしたか。

かわ【川・河】カハ
地表の水が集まって流れる水路。河川。河流。古事記[下]「―の辺に生ひ立だてる」。「―を渡る」
広辞苑第六版より引用

思い出せば中高時代の先生には
「ka」と「kwa」をちゃんと発音し分けていらっしゃる先生もいましたね。
会議は「かいぎ」ではなく「くわいぎ」なんですよ。

「を」もちゃんと「wo」とおっしゃっていたな。
「ず」と「づ」も発音し分けていた。

そういう「端境期」に成長した年代です。

2018年6月11日 (月)

ゼニアオイの実

0525_10zeniaoi 2018.5.25
ゼニアオイの実です。種子が丸く集まっていて、中央に穴がある。
「銭葵」の「銭」とは一体何だろう?というのが以前からの疑問なのですが。

ぜに【銭】
(字音センのンをニと表記したもの)
①金属製の円形で中央に孔のある貨幣。日本では和同開珎が最初。銭貨。鳥目ちょうもく。
{②以下省略}
広辞苑第六版より引用

私の個人的な感覚では、「円形で中央に穴のある」実の形を「銭」に見立てたのではないか、と思うのです。
いかがでしょうか?

★四角い穴
江戸時代に流通した「寛永通宝」は、「円形で中央に四角い穴のある」開いている貨幣。
穴が四角いことに必然性はあるのでしょうか?丸い穴ではダメだったんでしょうか?
わたくしが思うに、実はおそらく四角い穴であることに必然性がある。
寛永通宝は鋳造ですね。鋳型に融けた金属を流し込んで冷やし固める。
鋳型の合わせ目などに、はみ出した部分=鋳バリができます。
その鋳バリをやすりで削らなければなりませんが、一個ずつ削っていたのでは大変。
中央の穴に棒を通してたくさん重ねて、まとめて鋳バリを削ったのでしょうけれど。
もし、丸い穴に丸い棒を通して削ったら、貨幣がうまく固定できないでしょ。
四角い穴に四角い棒を通して削れば、貨幣が固定されて削りやすいじゃないですか、まとめて。
多分、こういう事情だろうと推察します。

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