人事

2009年11月12日 (木)

おさんぽかかし:湧水

1104wakimizu1六郷用水跡の水路にそってモンパルで走ってみました。
水路脇の散策路は走れません。広い所もあるけれど、狭い所もあり、何かあったときに降りることもできないので。散策路脇を走るしかないのですが。

これは湧水です。水道水ではありません。
1104wakimizu2 こちらも。

2か所見つけてしまいました。すぐ近くまでは「脚で」歩いて行ってたようです。そこで止まっていたのが、今回、ちょっと先までモンパルで走って見つけました。
この水路の向こう側は小高くなっていて、その崖面から水が湧きだすようです。
かなりの水量で、音を立てて流れていました。
都会の湧水は飲めばおいしいのですけれど、どういう成分が溶けているか分からないから、ちゃんとお金をかけて分析機関に依頼して分析してからでなければ飲用には使えませんね。

白神山地の秋田側の真瀬川という川沿いを、昔はてくてくずいぶん歩いたものです、元気だったなぁ。で、道路わきに湧水がありましてね。これはおいしかったですよ~。夏の日射しの中を歩いてきて、冷たい湧水に出会った時の「しあわせ」ったらないですよね。ごくごく飲み、歩いて熱くなってしまった足の裏を流水に浸して冷やし、あれは至福の時でしたね。

2009年11月11日 (水)

これはダメでした

1111111111去年はデジタル時計でやったんですが、今年は3針式の時計で試みてみました。

11月11日11時11分11秒。

これ面白くもなんともないですね。

その前の年は、カメラのシャッターが思い通りに落ちてくれなくて失敗だったのかなぁ。

22℃に設定したエアコンの暖気の吹き出し口の真下に置いてあったものだから、25.5度なんか表示してます。そんなに暖かくはしていません。
今日は雨が激しく降っています。明日は寒くなるという予報です。
風邪など召されませんように。

2009年11月 6日 (金)

落書き

1026rakugakiとある場所で採取。

落書きはいけませんが、同じ絵を2カ所で見つけましたので気になって。

あまり品の良い落書きではありませんが、一方で「ヘキヘキ ム血っこ」みたいに読めそうでおかしい。

へのへのもへじの流れを汲んだ現代版でしょうか。

へのへのもへじは有名ですが、どこで覚えたのだろう?私は「つるはまるまるのむし」というのを知っています。
Photo
ペイントにマウスで描いたので様になりませんが、こんな絵です。

◆小林朋道さんという鳥取環境大学教授の先生がお書きになった本がありまして。

先生、シマリスがヘビの頭をかじっています!」築地書館、2008.10.10初版発行
という本です。最高に面白い本です。
「はじめに」のところで

「私は鳥取県の鳥取環境大学で、専門である動物行動学と人間比較行動学(私は両方あわせて人間動物行動学と呼んでいるが)、そしてそれらを基盤にした野生動物の保護の研究と教育と実践に日夜(?)励んでいる」

とあります。
「駅前に残された”ニオイづけ”はタヌキの溜め糞?スプレーで描かれたサインの動物行動学的意味」という章がありまして。ところどころを引用しますと。(太字は小林氏がつけたものです。)

このようなサインをつけるホモサピエンスの動物行動学的意味には大変興味がある。
動物行動学的にいえば、この「若い男性」というのは、少年期から次の段階へ進み、地域の大人社会のなかで、自分の存在を受け入れてもらい、また異性に自分の魅力をアピールしなければならない時期である。

サインづけは、多くの都市の駅前や、駅以外でも、多くの人々が集まるような場所でしばしば見られる現象である。そしてそれは、若者が、自分にとってなじみの深い場所で、自分の存在を誇示する競争心の表われのように思われるのである。

若者のサインは、縄張りを防衛するこのような哺乳類のニオイづけと似た性質をもつものであるが・・・

タヌキには、・・・ヒトと共通しためずらしい習性がある。それは「共同トイレ」である。
タヌキたちは溜め糞場に排出された糞尿について誰のものかをニオイで識別しているらしい。・・・

私は鳥取駅前通りのサインをいろいろ見ていくうちに、それらはタヌキの「溜め糞でのニオイづけ」に近いものではないかと思うようになってきた。
人びとが多くとおる場所で、
「この場所はおれのなじみの場所なんだ。おれはここにいるんだ」
とアピールしているのではないかと。そしてその心理の奥には
「おれを認めてくれ、おれを知ってくれ」という、大人社会に入りつつある若い男性の、大人や同年代の同性、異性に向けたアピールがあるのではないだろうか。

・・・最後に、サインの作者たちにお願いしたい。
地域の大人社会の一員になるためには、地域の共同体のなかで自分なりの役割を果たすようになることが必要だ。・・・
共同体の皆が「よくやった」と思えるような行動に結びつけてほしい。
・・・

以上、引用でした。
この本を読んで以来、街で落書きを見かけると私たち夫婦には、「あぁ、ヒトの、ため糞があるゾ」という会話が成立するようになりました。

2009年11月 4日 (水)

モンパル2日目(午後の部)

1031foxface午後は、桜坂を登ってみました。
坂道を登るのは電動車いすには結構つらいですね。でも、坂の多い土地なので、これがなければ移動できません。下り坂ではモーターを発電機にしてバッテリーに充電する機能があります。電車の回生ブレーキみたいですね。理科おじさんとしてはとてもうれしい機能です。

坂の途中のお見せにフォックスフェイスがありました。
これナス科なんですね。
ツノナスというのだと、検索してみて初めて知りました。
ブラジル原産だそうです。

◆桜坂を登りきって少し行くと大きな警察署があって、免許更新事務もできる警察です。電動車いすで来られるようになれば、便利です。
また、区役所の出張所も桜坂の上にあるので、電動車いすがあると便利ですね。

◆ここからまた、地元の小学生はよく知っている通称「かえる公園」へ。
別に池があってカエルがいる、というわけでもないのですが。少し低いので、ガマガエルの大人なら生息していける環境なのかな。
1031whitecat
カエルには出会えませんでしたが、代わりに白猫に出会ってしまいました。
白猫づいてますね。
すたすたと、こちらを気にかける風もなく、来たり去る。
猫らしい猫でした。

◆かえる公園と隣接してお稲荷さんがあります。
1031inari1
これも「ON」のお稲荷さん。
周辺の方たちがいつも気にかけて、整備しているようです。
1031inari2
こちらが左のお狐さん。
何か加えています。

1031inari3
こちらは右のお狐さん。
にらみを利かせていますよ。

お堂の前には
1031inari4
一対の狐の人形。これはどなたかのお供えですね。
真ん中にあるのは「招き猫」模様のお茶碗です。
みんなで、工夫している様子が見て取れました。

◆というわけで、電動車いすの日々が始まりました。
あたたかい日を選んで、少しずつ走ってみようと思います。
時々、御報告を書きます。よろしく。

モンパル2日目(午前の部)

10月31日、土曜日はあたたかく、お出かけ日和。午前、午後、1回ずつモンパルで外出してみました。

◆家の付近の狭い道から、広い道へ出たとたん、おばあちゃんとお孫さん二人の三人連れが道の向こうに。大きい方の3、4歳の男の子が、モンパルに乗った私を見て、目をまん丸くして立ち止まってしまいました。
「電動車いす」というものが彼の概念枠になかったのですね。自動車でもない、自転車でもない、三輪車でもない、「アレはなんだ?!」だったようです。思わず手を振ってしまいました。きっと、おばあちゃんが説明してくれたことでしょう。
人の子の認識能力というものは全くすごいものです。猫を見て「にゃあにゃ、よ」とお母さんに教わる。次に猫と出会えば、すぐにゃあにゃ、という。お母さんが、そうね、にゃあにゃね、と言えば概念枠が強くなります。で、犬に出会ってしまった。にゃあにゃ、といってみると、お母さんは「あれはわんわん」と教えてくれる。これで概念枠がすぐ拡張されます。犬と猫の違いを言葉で詳しく説明してみてくれませんか?きっと、大人でも戸惑うでしょう、でも、見ればすぐわかる。不思議ですね。
個々のものをいちいち全部個別に覚えるのではなく、認識の概念枠を自分で形成しながら子は成長していきます。子が何か話しかけたら必ず応対してあげてくださいね。携帯なんかに夢中にならずに。会話を通して、子は猛烈な勢いで世界の認識を広げているのですから。

さて、あの子は電動車いすという概念を獲得してくれたかな。

◆私たち家族がここで生活するようになって30年くらいでしょうか。私は余り歩けないし、車での移動がほとんどでしたので、「地元」を知りません。子らは、ここの小学校・中学校を出ていますから、地元の地理には詳しい。妻も子と一緒に歩きまわっていますので詳しい。
◆そこで、まず話に聞く「どんぐり山」へ行ってみようということにしました。公園の正式な名前はあるのですが、通称「どんぐり山」。
1031tuwabuki1
小さな山です。梅の木がいっぱいあって、季節にはきっとものすごくきれいでしょう。
今回行ってみたら、ツワブキの花がいっぱい咲いていました。
まったくうっかりしておりましたが、これはキク科ですね。
じっくりみていて気づいて、虚をつかれた気分。
1031tuwabuki2
陽射しが強くて非常に明るかったので、Z3という機種でフラッシュなしでホソヒラタアブのホバリングが何とか写りました。
アブってフォトジェニックな昆虫ですね。非常に写りがよい。フレンドリーなやつです。

◆山を下りて六郷用水跡の散歩道を、私が歩いたことのない方へ行ってみましたら。
1031kosinto1
庚申塔がありました。これを見て、納得。
この遊歩道沿いの密蔵院にも庚申堂があり、環八向こうの白山神社の中に庚申堂があります。どれだったかは忘れましたが、二つを合わせたものがあるそうですので、これで四つ。この地区の東西南北に配置されていたのですね。

1031kosinto2

青面金剛ですね。手が6本。

いかにも現役、ONの庚申塔です。
花が供えてあり、おりんまであります。

1031kosinto3

解説をお読みください。

ONの庚申塔なのですがちょっぴり悲しいこともありました。

賽銭箱に「監視カメラ作動中」とあって
1031kosinto4 屋根に太陽電池パネルが取り付けてありました。カメラの電源でしょう。
ところが、太陽電池からのコードは断ち切られておりました。
賽銭箱には鍵。
賽銭を盗む「ばちあたりもの」がいるということですね。
何がかなしいといって、心がすさんでしまうことほどかなしいことはないでしょう。

◆帰り道。
1031rose バラの実がいっぱいなっていました。

バラの種をまいた経験はありません。
挑戦してみようかな。
「ひとのこと」よりやっぱり「しょくぶつ」や「どうぶつ」のほうが深みがあってたのしいなぁ。

2009年11月 3日 (火)

モンパル

1031monpal完全リタイアして、外出が少なくなりました。疲労が蓄積しないのはいいのですが、足腰が大分弱ってきました。そりゃそうだ。

長年乗ってきたマーチを軽自動車ピノに乗り換えて、狭いガレージに何とかすき間をつくることができたので、このすき間を利用して、ハンドル型の電動車いすというのでしょうか、電動カートというのでしょうか、シニアカーというのでしょうか、をいれようと決心しました。
販売店が近くて行きやすいところを探して、ホンダのモンパルML200という機種にしました。
上の写真がそうです。
別に広告しようというわけではないので、他の会社の車種でもおそらく話は似たものでしょう、あくまで、私はたまたまこの機種にしたというだけのことです。他意はありません。

目立ちやすい方がいいんじゃない、という妻のアドバイスで、カラーは赤。
納車は10月30日でした。
私はもともとが左脚の障害者ですから、自転車の経験がありません。自動車を運転して40年、無事故・無違反で走ってはいますが、あくまでもこれは「箱の中」。

モンパルに乗って時速1~2kmで練習を始めてわかりました、むき出しの身体が、歩くより速い速度で移動する、という経験が私には全くなかったのですね。

緊張してしまいました。自転車に普通に乗れる方は笑ってしまうでしょう。たかだか時速1~2kmですよ、なのに、この身体の移動感覚は全く新しいものでした。
手を軽く握って走行レバーを軽く押し下げれば走り始めます。力はほとんど不要。なのに力んでしまって手が痛くなりそう。ハンドル操作は車のハンドル感覚とそう違いはないのですが、無駄に強く押してしまって、肩の筋肉が痛くなりました。

走行バーを軽く押していれば走行、手を離せばブレーキがかかって停止、です。
「危険に向かうには努力を必要とし、安全に向かうには努力は不要」という安全工学的な原則通りの設計ですね。
また、緊急事態でびっくりして、思わずギュッと走行レバーを握りしめてしまってもブレーキがかかります。緊急事態への反応・判断が鈍くなってきた年齢の身には親切な設計です。

午前中に納車されて、昼食後、さっそく隣の駅まで1kmほどを走って見ることにしました。往復2km。

時速4kmくらいにセットしておいて、適宜走行レバーを調節して走るのが楽です。
歩行者扱いですから、右側通行。
でも、うっかり歩道には上がれません。狭い歩道が多くてね。途中で降りたくっても、大きな段差を斜めに降りることはできませんから、さっと降りて事態に対応するなんてできません。ガードレールなどが敷設してある歩道の内側もかなり危険です。電柱がデンと立っていてギリギリのことろがあります。
今回は妻がついてきてくれたので、やばくないか?というと、先に歩いていって調べてくれましたからいいですけれど、一人の行動ではそうはいかない。気持よく走っていって、行きどまってしまったら大変。狭い歩道を、はいり込んだところまでバックで戻らなければなりません。これは辛い。
日本の「歩道」は貧弱ですね。
交通量の多い道を走るのはまだ避けたいので、広めの一方通行の道を、車に対する規制とは逆向きに走るのが一番心理的に楽でした。
車は前から来るので、視認しやすいし(バックミラーはありますがまだ目が届かない)、対向する車からも視認されやすくって気分的に楽です。
車の方も、気づいてくれているかどうかわからない車いすを追い越すよりは、対向してすれ違う方が楽だと思います。(私が運転者の場合、そうです。)

いやはや、けっこうくたびれましたゾ。
1030suzume
小さな公園の出入口の柵に「スズメ」がいましたよ。
昔、勤務していた品川の高校のそばにも、これと似たスズメさんがいましたが、ここでお目にかかるとは、懐かしい。
1030zakuro
石榴の実。
弾けて中の赤い種が出てくるときれいですよね。

おいしいけれど、少し口が渋くなる感じもありますね。
1030whitecat
車の下にいた白猫。
人慣れしていて、じっくり撮らせてくれました。

コンパクトデジカメをベルトにつけて走りました。その映像です。
一眼レフを買ってから使わなくなっていたコニカのZ3という中級機種も電池を充電してモンパルの前カゴに入れて走ることにしました。
今回はコンパクトデジカメのみ。
白猫ちゃんに出会えるとは、私のモンパル歴の出だしは「先祝い=さきわい=さいわい」なものとなったようです。

これから、生活のペースの中にモンパルが組み込まれます。昼間しかパソコンを開かない私ですから、モンパルの入った分、ブログ更新も遅れ気味になるかもしれません。
活動範囲の広がった「かかし」さんを「嘉し」て、ブログ遅れは何卒御容赦下さいますよう。

2009年10月 6日 (火)

秋が来た

2009.9.25日付の朝日新聞の記事に面白いことが載っていました。以下に引用します。(太字は筆者による)

[特派員メモ]ワシントン:分単位で秋が来た
 ワシントンでも秋の気配を感じるようになってきた。暑さを避けて自宅の地下室で寝ていた私の家族も、遊牧民よろしく比較的暖かい2階に移動した。
 こうして私たち日本人は暦はあっても「そろそろ秋だなあ」と肌身で季節の移ろいを感じるものだが、米国では季節の変わり目は分単位で決まっている。
 今年だと、秋は東部時間の秋分の日(22日)の午後5時18分に始まった。やや専門的だが、天球上で太陽が天の赤道を北から南へ通過する瞬間である。
 つまり、春分、夏至、秋分、冬至の各瞬間を新しい季節の始まりとするのが習慣なのだ。天気予報では「公式に秋になったのに、まだ暖かい日が続きます」とやったりする。
 似た考え方に、日本や中国で使われる二十四節気がある。立秋(8月7日ごろ)から立冬(11月7日ごろ)までが秋で、真ん中に秋分があるから、形式的には米国との間に1ヶ月半の「時差」があることになる。
 12月半ばともなれば、都会でも田舎でもクリスマスツリーに灯がともされる。クリスマス商戦も佳境を迎え、冷え込むこともある。だが、米国では秋。日本人には理解しにくいが、米国人には自然なことらしい。今年は12月21日午後0時47分に、冬がやって来る

面白いですね、知らなかった。

 記憶しか残っていないのですが、朝日新聞の面白小話の投稿コーナーかなにかで、大人たちが、秋も深まってきたと話していたら、幼い人が、秋って何月何日の何時何分に始まるの?と聞いた、というような話があったと思います。(今年の9月末か10月初めの新聞だと思うのですが、記事そのものは見つからなくて・・・)
 その子に、このことを教えてあげられたら、面白がったでしょうね。

2009年版の理科年表の「暦部」によりますと、日本での秋分は
太陽黄経180° 9月23日6時19分(中央標準時)
です。
アメリカ式でいうと、9月23日6時19分から秋が始まったのですね。
もし、日本式で立秋からを秋ということにして、時刻まで表示しますと
太陽黄経135° 8月7日18時1分(中央標準時)
でした。

日本では、秋分点を含む日を「秋分の日」と呼んでいるわけです。
冬至は、日本の中央標準時では
太陽黄経270° 12月22日2時47分
です。

こういう風に割り切るのもいいかもしれませんね。
太陽の位置を示していますので、これは太陽暦です。
陰暦とまじりあってごちゃごちゃするより、乾燥した雰囲気でいいですね。

2009年9月30日 (水)

2GBを超えました

 「かかしさんの窓」は無料のココログフリーで始めました。2GBまで無料です。
写真を中心にして書いてきましたので、消費が早くて、とうとう2GBを超えるところまで来てしまいました。
 どうしようかなあ、と思っていたんですよ。初めの心づもりでは、2Gに達したら「かかしさんの窓」を閉鎖して、また、どこかで無料のブログを一から始めようかな、と思っていました。
でも、毎日200件くらいのアクセスを頂いておりますので、あんまりスパッと終わってしまうのも申し訳ないかなぁ、と考え直し、ちょっと料金はかかるのですが、5GBまでの契約に更新しました。
 今日の時点で2,007.19MBになりました。累計アクセスは14万3千を超えました。

5GBまではまだ相当ゆとりがあると思います。今後ともどうぞ、お楽しみいただけますよう。
写真ネタはいつ尽きるかもしれませんが、いろいろ工夫をしますので、引き続きお読みいただければ幸いです。

案山子庵主「かかし」 敬して白(もう)す

2009年9月29日 (火)

高速移動

9月27日付の朝日新聞、「著者に会いたい」の欄で、「はじめての麦わら帽子」(新潮社)を書いた本上まなみさんの話が紹介されていました。
 「娘と一緒にはじめてづくし」というタイトルです。
一部分を引用します。

・・・
「驚くぐらいに一瞬一瞬で成長していくモノが目の前にあるときにですね、それを観察していたい欲求は、抑えられないわけですよ」
 「ふぬぬぬーっ」と、寝返りに何度も挑戦・失敗のすえ、とうとう「くるり!」と成功した瞬間。ハイハイが出来たと思えば、「待て待て待てーい」と追いかけねばならない高速移動の日々。
・・・

一瞬にして私も30数年前にタイムトリップしてしまいました。
妻にも読ませて二人でにこにこ、にこにこ、嬉しくって楽しくって。

うちの子は、ハイハイをしなかったんですね。仰向けのまま脚と頭を使ってとんで移動していた。腹筋も背筋も十分強くなったある日、一瞬にして、パタッと高速寝返りを習得してしまいました。ある一瞬でしたね。

オムツを替えようとすると、きゃっきゃと喜びながら逃げるんですよねぇ。こら、待て、と追いかけると、また喜んで逃げていく。なんとも幸せの頂点ともいうべき瞬間でありましたことよ。

あの「高速移動」を楽しまれましたか。一挙に本上さんのファンになってしまいました。「よい眼」をしておられる。
私のこのブログを読んでいただいている方には、子育ての経験がおありの方が多いのではないでしょうか。
「高速移動」口の中でそっと言葉にして見てください。楽しい瞬間にジャンプしてしまいますね。

2009年9月24日 (木)

虫つかめる?

YOMIURI ONLINE の ホーム > 大手小町 > ライフスタイル > PopStyle&小町
と入ったところに「虫を触れる人、つかめる人は?」というのを見つけました。

触れない人が84%くらい、触れるという人が16%くらいでした。
〆切は10月2日だそうで、時々見に行っています。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2009/0827/259137.htm
ここにいろいろな書き込みがあります。面白いです。
虫が平気な女性がこんなにいらっしゃったかと、嬉しくなりました。
全ての虫が平気である必要なんかないのですよね。得手不得手があって当たり前。
ただ、得手があれば分かりますが、不得手なものに対しても、つきあい方というものがあります。敬して遠ざく、というやつですか。

新聞社のページですから、そのうちリンク切れになるかもしれませんが、しばらくは大丈夫、読めます。
関心がおありでしたら読みに行ってください。

2009年9月18日 (金)

くちビル

0911kutibiru世に言う「VOWネタ」というやつですね。
自由が丘の駅近く。
「くちビル御案内」の看板。

御案内されてもなぁ。
困ったもんだよ。

2009年9月16日 (水)

玄米

普通、銘柄米を炊くと、ふんわりモチモチした食感がありますよね。へそ曲がりの私は、どうも、モチモチとした食感が苦手。
焼き立てのお餅、つき立てのお餅、よりも、一度仏壇に供えた後で、おりてきたような、歯ごたえがあって、歯でサクっと噛みきれるような食感が好きなんですね。
白米を炊いても、炊きたてより、少し時間がたった方がおいしいような気がする。少しパサパサめのほうがいい。
この際、玄米にしよう、ということで切り替えてもう何年か経ちます。
モチモチしてなくておいしいです。お腹の調子も良い。

0910genmai_chiba_2
これは千葉県産の玄米の袋。炊き方の解説があります。
わたくし、この、「原則的な」炊き方、というのが気に入ってしまった。
こういう風な炊きかたで、基本的には十分なはずだが、この炊き方を身に付けた上で、「あなたにとっての『おいしい炊き方』」はあなたご自身で工夫してください、という突き放した感じを受けて、まことに爽やかな気分です。

普通はこうなります。
0910genmai_akita
「おいしい」炊き方。

「おいしい」というのは主観的なことなので、そっちがおいしいと言ったからといって、こちとらにとっておいしいかどうかわからんでしょうが。とへそを曲げたくなるのですね。

まあ、同じなんですけどね。どっちでも。
私自身は米の量の4/3倍ほどの水を加えて、小1時間程度「うるかして」おけば十分だと思っています。

2~3時間?5~6~7時間?そりゃ長すぎる。パサパサに炊けないじゃないか。
私にとっての「おいしい玄米」はパサパサな炊き上がりなんです、っ。

◆9月の初めの朝日新聞の「声」欄にこんな投書が載りました。

   米にわいた虫、天日干しで退散(9/1)
 我が家は、インターネットで自然農法の店から有機玄米を注文している。先日、米を研ぐたびに小さな黒い虫が水面に浮かぶことを発見した。殺虫効果を期待して唐辛子を米びつに入れてもみたが、繁殖してしまった。
 初めての経験だったので注文先に電話で相談してみた。「有機農法の場合、今年のように梅雨が長引くと湿気で虫がわくんです」とのことだ。天日干しの後、小さい袋に詰め直して冷蔵庫に保存するといいという。
 既に日は落ちかけていたが、ベランダに新聞紙を広げ、その上に玄米をまくように置いてみた。なんと、5分もしないうちに虫の方から退散してくれた。驚いてお礼の電話をかけると、「一世代上の人なら知っている方法ですよ」。
 田畑のある町に育ったが、肝心の虫よけ法は知らなかった。逆にいえば、これまで虫もつかないほど農薬をまいたお米を平気でたべてきた、ということに気付いた。

コクゾウムシですね。以前買っていた玄米にはよく発生しました。水を入れてかき回すと浮いてきますから取ってしまえばいいのです。
妻曰く「米の中で生まれて、米だけを食べて成長したのだから、この虫は米が形を変えたものなのよ。残っていても、食べちゃって大丈夫」とね。
同感。無害です。かかしが保証します。
成虫を取っても、卵や幼虫は目立ちませんので、おそらく米と一緒に炊いて食べているわけですが、どうと言うこともありません。たんぱく質です。日本では昆虫食はポピュラーなんですからいいじゃないですか。

投書なさった方も、成虫はでていってしまったでしょうけれど、卵や幼虫はきっと取りきれていませんよ。生命は自然発生で「わく」のではなく、必ず、卵から発生するのですからね。

昔の子供だった私は、コクゾウムシもそうですが、ガの幼虫を取る仕事を親たちにやらされましたっけね。米つなぎの虫、っていってましたが。
メイガの仲間だったのだと思います。
全部とれたとも思えませんからして、かなり食べたんだろうと思いますが、別に、どうと言うこともないのです。気にしない、気にしない。

気にし過ぎなんですよ。有機栽培のコメの命をもらい、米と暮らす虫の命ももらい、めでたいことです。




2009年9月15日 (火)

面白い工夫

0908pinoseat1これ何だかお分かりになりますか?

長年(10年以上)乗ってきたマーチから、ピノに乗り換えたことは先日書きました。

ETCも不要、カーナビも不要、ただ丸ごとのピノなんですが、オプションを3つだけつけました。
一つは、ポール。最近の車は自分の車の先端部が見えない。気分悪いですねぇ。で、左前にポール。車幅感覚が身についてしまえば不要かもしれませんが、やはり気分の良いものでした。
二つ目は、ライフハンマー。まさかとは思いますが、我が家は低い土地にあるし。もし、車がドアの中ほどまで水没したら、水圧でドアが開かなくなります。電動の窓ですから電池がショートしたらもうアウト。で、万一に備えて、ハンマーを買いました。ガラスにひびを入れ小さな穴でも開ければ、ドアを蹴りあけることもできないではないでしょう。窓から脱出なんて考えたくもないけれど。運転席の足元に取りつけました。

さて、三つめが、冒頭の写真です。商品名「ターンマット(着座回転式)」です。説明書きは「車両の乗り降りの際、着座面が回転することでスムーズに身体の向きを変えることができます。」

私のような左脚の障害だと、車の右からの乗り降りは楽なんです。助手席側での乗り降りはかなり大変です。このごろ、「福祉車両」で、助手席のシートが左へ90度回転して、助手席への乗り降りが楽になるというシートがあります。それはそれで、とても良いことです。
でも、それは、健常者が運転し、障害者、あるいは介護を受ける人が乗せてもらうことを前提としています。
それだけでいいんでしょうか?

運転者が障害者である。足腰を痛めた人が自ら運転する。そういうことは考えていないのですか?
車いすを使う人が運転するということだってあります。
アクセル、ブレーキも手元に来るように改造できます。では乗降は?

今回、オプショナル・リストの写真は、やはり助手席側の女性の乗り降りの写真でしたが、運転席で使ったって悪くはないだろう、と購入してみました。高いものでもなし。

ただ、どんな仕組みなのか、ちょっと不安はあったのです。ベアリングでも使った、ものすごく軽く回転するものだったら、かえって運転しにくいかもなぁ、と思っていました。
さて、実物は・・・。
単純。笑えますが、素晴らしいアイデア。
0908pinoseat2
2枚重ねなんですね。で、向かい合う面は滑りやすい素材でできています。そして、穴が開いておりまして写真で見るように、薄くて丈夫でな素材で回転可能にしてあるのです。

これはアイデアものですね。すごい発想だ。
90度回すことはほとんどありません。でも、30度~45度位はいつも回転させています。
確かに楽ですよ、乗り降りが。

別に障害者でなくてもいいのでだれでも使ったらいいです。
女性はやはりスカートの裾さばきが楽になるのではないかな。

障害者や女性や年寄りなどが使いやすいものは誰にでも使いやすい。
これがユニバーサル・デザインの発想ですね。
このターンマットは、ユニバーサル・デザインと言っていいと思います。

毎回、ニヤッとしながら、恩恵を受け、楽しんで乗りこんでいます。

2009年9月 3日 (木)

ずいぶん泳ぎました

昨日、長く乗ってきたマーチの走行記録のグラフをお目にかけました。
ついでといってはなんですが、同じように長く記録してきたグラフがありますので、お目にかけます。
Swimrecord これです。
30代が過ぎ、体の衰えを自覚しつつあった41歳の4月から、近くのスイミングスクールの日曜一般開放というのに行くようになりました。
30代の終わりに、減塩、禁煙、禁酒と体の放漫を絞りこんだのですが、自分の体が重くって。
何か運動でもするか、となったのですが、普通の方なら、軽くウォーキング、ジョギング、というようなところでしょう。
ところが私は走れない。歩くことすらアンバランスな体のせいで腰痛の原因になる。
私にできるスポーツといったら水泳しかないんですね。
で、泳ぎ始めて20年を超えましたね。

グラフで、上下にジグザグしているのが一回ごとの泳いだ距離。縦軸の目盛の数値を[m]単位で読みます。パワーのあった時代は一回に5000m近く泳いだこともあるのですね。
退職したらがくっと落ちました。気力の問題です。もういいやぁ、がんばるの疲れた、ということです。2000~2500mにダウン。最近はもう、2000m泳ぐのもだんだん辛くなってきた。

泳いだ距離を足していったのが右肩上がりの「延べ距離」です。これは、単位は[km]です。
もうすぐ2500kmなんですが、今の調子が維持できたとして、来年かなぁ。
我が人生、3000kmには届かないんじゃないですかね。
80代で泳いでいらっしゃる方もいますが、とてもとても、私には無理だ。

間にある、いったん上がって緩やかに下っているグラフは、総距離/総回数の曲線で、単位は[m]です。

泳ぐことしかできない私のスポーツ記録です。
泳法はクロール。ビートもきかないし、ほとんど腕だけで稼ぎだした距離です。
まあ、なんとなく、日本列島縦断くらいはしたようですね。20年かけて。

こうやって、長く記録をつけていると、それは「衰えの記録」になるんですねぇ。
衰えの記録の最後って、お知らせできそうにないですね。インターネットが「革命」的発展をして、「あの世」からもブログが書けるようになったら、「生きていた間の水泳記録」をお届けできるんですが。

2009年9月 2日 (水)

延命地蔵

0901enmeijizou写真右の方に延命地蔵さまの地蔵堂。

もうちょっとなぁ、地蔵堂のそばか、壁にでも、ポスターを貼らせていただいていたら、延命できたかもしれませんねぇ。

チト信心不足でしたか

カルガモ(3)

0901karugamo02これは弁天池の真ん中あたりにある台。

緩やかなスロープが作ってあります。
心遣いが温かいですね。

0901karugamo01 こんな看板が立ててありました。

大きな鯉の口は、想像以上に大きなものです。
池に餌を安易に投げ込むと、ヒナも来ますが、一緒に鯉も来てしまう。
生まれたてのヒナは鯉に飲み込まれてしまうのでしょうね。
鯉の喉にはものすごく硬い歯があります。あれで噛まれたら小さくて柔らかいヒナはひとたまりもありません。
かわいい、かわいい、というだけの気持ちでは、かえって、相手を傷つけることもあるのです。

そんなことや、カラスや、いろいろあるのでしょう。
私たちが見たヒナは7羽。
ぜひみんな丈夫に育ってほしいものです。

カルガモ(1)

 さて、初めの予定では8月31日に新車の納車予定でした。ところが、台風11号が接近してきて、天気は大荒れ。これでは納車されても、いろいろ聞きたいことも聞けない、ということで、納車を9月1日にしてもらいました。
 9月1日は、台風一過。
(子どもの頃「台風一家」だと誤解していましたっけ。「一過性」などという言葉を知ったのはかなり後のことです。)

新しい車が来て、ひと通り聞くべきことは聞いて、私のコントロール下に入りました。
そうなると、なんとなく、ひとっ走りしたくなりますよねぇ。
そこで、妻と二人でカルガモの赤ちゃんを見に行ってきました。

季節はずれのカルガモ誕生:品川(2009/8/28 朝日新聞)
 品川区小山7丁目の厳島神社で、カルガモが10羽生まれた。夏場の誕生は珍しいといい、近所の人たちを驚かせている。
 今月に入って産卵し、23日夜に孵化したらしい。早速、母ガモと一緒に池を泳いでいる。
 神社には10年以上前からカルガモが来ており、今年も同じ親鳥から4月に7羽が生まれ、6月に3羽が巣立った。
 近所の人たちが世話をしている。

実はここ、近いんですよ。うちから、5kmちょいかな。一方通行が入り組んでいてめんどくさい場所ですけれど。
0901karugamo4
母ガモ、です。
穏やかで、いい顔してますね。
0901karugamo5
お母さんの向こうに、4羽います。
頭を勘定してみてください。

薄暗いのでどうもぶれやすい。で、遠いけれどフラッシュをたいてみました。
0901karugamo6
赤眼になりました。
血液の流れる網膜からの反射光です。

迫力ありますね。こういう場合は、赤眼もわるくないな。

さて、ヒナはもっといそうなものですが。
それは次にしましょう。

人生最後の新車

人生最後の新車を買いました。
人生最後の車、と書くと、それは霊柩車でしょう、といわれそう。

2008.5.26付の朝日俳壇にこんな句がありました。
わが生の最後の新車夏うぐひす:(仙台市)長沼敏夫

650ccのピノです。軽自動車。
前のマーチ(1000cc)は、1997年2月28日の登録でしたから、12年余り乗ったことになりますね。それで58416kmしか走っていませんから、距離は大したことはありません。

免許を取って最初に乗ったのは、中古車のコロナ。それが半年で壊れて
買った新車がサニー1200クーペ。
次がサニー1400クーペ。
ついで、サニー・カリフォルニア(1500)。
そしてマーチ(1000)だったのです。
それぞれ約10年乗りましたから、全部で約40年。
夫婦二人から、一家の家族旅行・・・そしてまた、夫婦二人の車に戻りました。
(一応、免許を取って以来、約40年、無事故無違反なんですよ~。えらいでしょ。)

March1 マーチについては、その全走行記録をつけてあるのです。
左のグラフがそれです。
横軸が時間、縦軸が走行距離です。
買ったときはまだ教諭で、通勤に使っていました。2004年度まで、嘱託員。ここまでは、グラフの傾きがほぼ一定ですね。毎日の走行距離、一週間の走行回数などがほぼ同じだったのです。
2005年度から、グラフの傾きが小さくなりました。完全リタイアしたせいです。
時間―距離グラフですから、その傾きは「速さ」をあらわすので、長い時間スケールでの、走行速度が落ちたということです。

これ以上は深入りしませんが、グラフの一部を拡大すると、結構でこぼこしています。これは、その時々のいろいろな身の回りの出来事に対応しています。

ガソリンを給油した時に、手帳に走行距離や給油量をメモしておいて、こんなグラフにするのも面白いですよ。
March2
このグラフは、面倒くさいので横軸を変更してないのですが、横軸は、買ってからの通日になっています。
縦軸で下の方の「10」のあたりを上下しているのはガソリンを入れるたびに計算した燃費です。縦軸の数値を、単位[km/L]で読みます。
通勤に使っていた時は、約10km/Lくらいでしたが、3000日をすぎた完全リタイア後は給油回数も減り、燃費もカクッと落ちていますね。やはり短距離を走行するのは効率が悪いんです。
上の方の曲線は、[総走行距離/通日日数]で求めた、一日当たりの走行距離です。
軸の数値を[km/day]で読んでください。
「退職」ということが大きな出来事であることが、どのグラフからも読み取れますね。

というわけで、わたくしごと、でした。
これから、10年乗ったら、70を超しますね(生きてりゃ)
免許の返納を考える頃ですね(生きてりゃ)
もう新車に乗ることはありますまい。
少し、感慨深いものがあります。

●この年になると、なにかと「人生最後の」という言葉が頭につくようになる、とは思っていましたが、書いていて、後ろには「生きてりゃ」がつくのだということに思い至りました。
あ~あ。

2009年8月26日 (水)

アサガオ

0824asagaoせっかくなじみの花を載せるのですから、少しオォッというような構図がいいなぁ、と思いましたが、いかがでしょうか。
(素人の限界ですね)

ところで、今日は七夕です。
今年は、旧暦の5月と6月の間に「閏月」が入って、今日、新暦の8月26日が旧暦の7月7日になっています。新暦の7月7日のころは、東京は梅雨の最中。まず天の川を見ることはありません。今頃、さえぎる物のない海岸にひっくり返って夜空を眺めると、本当に白いミルクを流したような天の川が楽しめます。

七夕に朝顔、いい取り合わせですね。

0822hirugao
こちらはヒルガオ。

下のサイトにヨルガオがあります。
http://www.hana300.com/yoruga.html
朝顔、昼顔、夜顔はみんな「ヒリガオ科」

ユウガオはウリ科。ひょうたんと仲間ですね。
ユウガオの実を細長くむいて「干瓢」をつくるのでしたよね。

2009年8月 6日 (木)

おんぶせっけん

0727sekkenこれ「おんぶせっけん」の、おんぶしている側が消える直前の写真です。

小さくなったせっけんは、そのまま使っていると水を吸ってやわらかく、崩れやすくなって、たいてい、ぐちゃぐちゃになってしまいます。
そこで、「長年の経験と技」をもって、小さくなったせっけんをおろしたてのせっけんに貼り付けてしまうのですね。すると、貼りついたせっけんも崩れることなく減っていって、この写真のような状態になるのです。
 この写真の時、ちいさなせっけんは、長い方の長さで10mm強、厚みは分かりませんが、もちろん1mmを切った、薄片になっています。
このあと、2,3回の使用で、消滅というところです。

エコだなぁ!

ぜひ皆さんもおんぶせっけんに挑戦して下さい。完全に使い切ったぞ!という大きな満足感が得られますよ。(おおげさか)

2007年12月29日 (土)付の記事でもおんぶせっけんを載せています。ごらんください。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_fbe4.html


2009年7月16日 (木)

五円玉

0710komainu1白山神社の狛犬です。

写真中、白い上向き矢印がさし示しているところ。

近寄りますと

0710komainu2 五円玉。

御縁がありますように。

なのかな。

こういうところに置くという習わしってありましたっけ?

初めて見ました。

2009年7月 6日 (月)

道路の白線

0619line1用事があって、一方通行路の端に車を止めました。

ふと、車のボンネットを見たら、ヘン?

こんな風になっている。

なんだ?どうなったんだ?
としばらく戸惑いました。

0619line2
よくよく考えると、凸面になったボンネットに、白線が写っているのですが、凸面なものですから、遠くの線が急激に細く写ったのですね。

写真では分かりにくいのですが(コンパクトデジカメであるためと、自動車を磨き上げてませんので「鏡面」ではないので)、遠くの電柱や歩行者が写っています。
そうなんだぁ。

球の一部の凸面鏡ではなくて、円柱状の凸面であるために起こった出来事なのでした。
結構、面白い。ウム。

2009年7月 1日 (水)

神社の手すり

0612tesuri大田区の白山神社です。

去年の12月に拝殿の階段に手すりが付いた、という記事を書きました。
下がそれです。↓

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-9934.html

6月12日に行ってみたところ、今度は鳥居の下、参道の入り口の階段にも手すりが作ってありました。
ありがたいことです。
先週のぞいた時にはありませんでしたから、一週間の間に作ったのですね。

ステンレス製の手すりが階段の中央に作ってありますから、右手でつかまりたい人も、左手でつかまりたい人も、どちらも安心できます。ほんのわずかの段数ですので、手すりを必要とする人が使っている時は待てばいい。

私も、さっそく、手すりに右手でつかまってのぼってみました。楽です。力を入れて体を手で引き上げる、というような使い方ではないのです。手を手すりに置くだけで、ほとんど力なんか入れなくていいんです。でも、体のコントロールがすごく楽になる。安心感がある。バランスを失って転げ落ちないか、という不安なしにゆっくりあがれます。
これはいい。神社に感謝します。

0612tesuri2 拝殿の手すりと、今回の手すりが同時に写るようなアングルを探してみました。ちょっと不満もありますが、なんとかなりました。いかがでしょう。ほんのわずかのご配慮を頂いただけで、この神社はすごく参拝しやすくなりました。神社の方々の優しい心遣いが溢れています。
本当に感謝します。
できればどこの寺社でもこういうご配慮を頂けると嬉しく、助かります。
ついでに、エスカレーターでも、右でも左でもどちらのベルトにつかまっても構わないようにご配慮いただけるようになると、助かるのですが。

◆電車に乗って、どこにもつかまらず、どこにも触れずに立っていて下さい。健康な人は大丈夫、立っていられますが、それでも加速・減速・ポイント通過時の揺れ、などのときに脚の筋肉を結構細かく使うと思います。
ところが、指一本、ドアのガラスに「触れた」だけで、脚にはいる力が丸っきり変わってくると思うんですよ。無用な力を抜いて、リラックスして立っていて、必要な時だけ踏ん張ればいい。
「指一本」です。この指が大きな力を出しているわけではないのです。体のコントロールを助けると同時に、安心感をもたらしてくれるのです。
年をとったり、体に不自由な部分があったり、いろいろあるんですが、ほんのわずか、体を支えるポイントを提供してもらえればかなり自由に動ける方は多いと思います。どうか、そういうようなことにも、想像力を持って、ご配慮くださいますよう。お願いします。

◆もう一つ、ついでに、お願いを。
バスや電車の乗降口の脇に鉄の棒がありますよね。あれは、私たちのような「不安定」な人間にとって是非とも必要なものなのです。
ちょっとでいいから、バランスを支えるところがほしいんです。
若い方が、あの鉄棒に体をもたせかけて、隠してしまうことがあります。
あれはつらい。ぜひだれでも気兼ねなく手を伸ばして軽く体を支えられるように開放していただきたいのです。お願いします。

◆もういっちょ、ついでに。
バスや電車のアナウンスで、「危ないですから止まってからお立ちください」というやつですね。とくにバスなんかだと、録音を流すだけではなく、運転手がマイクを使って「お客さん危ないですよ」なんて制止をくらってしまうこともあります。

立ち上がってすぐには歩きだせない私です。腰を伸ばしたり、脚のバランスを確認したり、最初の一歩までに時間がかかるんですよ。その間、他のお客さんを待たせるのは心理的に辛い、焦る、かえって無理をして危ないことになってしまうこともあるんです。
人にはそれぞれの人が抱える事情があります。どうか、焦らせないでくださいな。
とっても辛い思いをします。

2009年6月 4日 (木)

ありがとうございます

今日、2009年6月4日、ブログを書くかな、とログインし、たまにはアクセス解析でも見てみるかと覗いたら

累計アクセス数が「102927」となっていました。

いつの間にか10万を超えていました。
このブログを始めたのは2007年4月30日の「よもぎもち」からです。
逆算してみると、どうやら、5月25日頃に10万を超えたようです。
約2年で10万のアクセスを頂き、さすがにびっくりしております。

カウンターもつけず、写真と文章以外の何にもない、そっけない作りに徹してきました。
これからも、こんな調子で、続けてまいりますので、時々覗いてお楽しみください。
虫と花の好きな方にはそれなりにお楽しみいただけるものと思っております。

案山子庵 庵主 崩彦 敬して白す

2009年5月22日 (金)

トマトジュース

0511tomatojuice冷蔵庫をあけるとビックリします。

1Lのオレンジジュースの紙製パックを開封したのですが、冷蔵庫の棚にうまくたたなかったので、ペットボトルに移し替えただけです。

違和感をお楽しみください。

2009年5月13日 (水)

授業

◆森光子さんの舞台「放浪記」が2000回を達成しました。
5月10日付の朝日新聞「天声人語」を読んでいて、考えこみました。

・・・
 2千回に同じものはない。共演の違いだけでなく、せりふ回しからたばこの吸い方まで、主役も舞台も進化してきた。
・・・

この文章には誰も異存はありません。2000回もやっていれば、毎回同じことなんだから、楽なもんだ、なんて誰も言いません。
毎回異なるものです。それが「生きた舞台」です。

かつて高校教師だった身としては、授業だって「いきもの」なんですよ、と言いたいのです。
毎年、自分自身が年齢を重ねる。毎年、教室で向き合う生徒が変わる。毎日、季節も、天気も、社会の状況も異なる。
30年ほど教職にあって、同じ授業を2回やったことはありません。
世間では、教師なんて、かつて自分が習ったことを教えるだけ、毎年同じことをやっていればいいんだから楽なもんだ、と思われているようです。
違うんです。ある授業をやるためには、その授業でやる内容の何十倍ものバックグラウンドを持っていなければ、自在な「生きた授業」なんてできないんです。

「授業は生き物だ。遅刻は授業を殺す。」「僕は同じ授業を2回やったことなんてない。授業はライブなんだ」と言い続けました。

わかってほしいな。

◆昨日の小さな記事です。

無給多い講師職(5/12)
 幼稚園・小学校受験の幼児教室で講師をしています。小学生以上の塾と同様、講師の賃金は、1コマごとの「授業給」と交通費しか出ないところがほとんどです。
 授業以外の教材準備などに授業の倍の時間がかかり、終わらなければ持ち帰りですが、もちろん無給です。授業前後の無給勤務も当たり前になっていて、「教室やトイレの掃除も授業給に含まれる」と言われました。改善を望みたいのですが、退職を迫られるだけとあきらめています。(神奈川県 パート 30代女性)

幼児教室の授業をするにも、準備に授業の倍に時間がかかるとおっしゃっています。そうやって、念入りに準備を重ねて、それで、実際の授業に当たっては、何が起きるか分からないんです。その場、その場で当意即妙・臨機応変=出たとこ勝負で授業を運営していくのが、教師の面白さ、教師の分厚さなんです。

◆キャスターの国谷裕子さんがこんなことをおっしゃっています。

[TVダイアリー]国谷裕子②想定問答を捨てるとき(5/10)
 ・・・
 一番嬉しい瞬間は、その人でなければ言えない言葉、その人ならではの表情を引き出せた時だ。準備で積み上げられた想定問答を捨てることが出来れば「その時」が訪れるチャンス。・・・
 事前のファイルを捨てて、「その時」を数多く経験できればと願っている。

授業の準備というのは一種の想定問答でもあります。教育実習生が作る「指導案」はそういう想定問答です。それはそれで大事なことです。ですが、授業というのは「いきもの」ですから、どう変化していくのかは事前には決してわかりきれないものなのです。
可能な限りの準備を積み重ね、て、授業に向かいます。
人事を尽くして天命を待つ。ですね。教室ではその準備を忘れて「出たとこ勝負」ができるようにならなければなりません。
どんなよい授業の授業案でも、その通りやって授業がうまくいくことなんて決してあり得ないんです。教師と生徒がうまくかみ合うとき、授業が「のる」のです。このドライブ感というのかな、これを経験したら教師やみつき、授業やみつきですね。

国谷さんは綿密な想定問答を組み立てたうえで、それを捨てたところに最高の時間が訪れるとおっしゃっています。

授業も、そういうものなんですよ。

1億ボルト

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-0c97.html
上の記事で「10000ボルト」と題して、朝日俳壇の俳句を扱いました。

2009.4.20付 朝日俳壇より
恋猫の一〇〇〇〇ボルトの瞳かな:(東京都)吉竹純

ここで「10000ボルトではパワー不足だなぁ、と思った」などということを書きましたが、昨日の朝日新聞にこんな小さな記事がありました。

[何の数字]1億ボルト(2009/5/12 ) 雷の電圧。電力量は最大で一般家庭の約50日分に相当する。エネルギーの大部分は落雷のときに電波と光、音となって大気中に消えてしまう。(電力中央研究所調べ)

やっぱり、雷はすごい!地上におりた最後の天使の瞳は10000ボルトでしたが、雷神様の威力はその1万倍もありました。

上の記事に、小さな付加をひとつ。音が出るのは放電による「熱」で急激な膨張をするからです。酸素と窒素の混合気である空気中で高温の放電がおこりますと、化学反応が起こります。オゾンの生成。酸化窒素の生成などです。
酸化窒素は雨に溶けて地表に降り注ぎ、窒素肥料となります。これ、結構無視できないことなんです。ですから、雷のエネルギーの一部は植物の肥料になっているとも言えます。

2009年4月28日 (火)

お地蔵さん

0418jizou1東光院前のお地蔵さんのことは以前紹介しました。

今日は、そのお地蔵さんへのお備え。
これ、牛ですね。丑年だからでしょう。

0418jizou2 猫がひっくり返っていたり、「ヤッターめん」なるものがあったり。

やっぱり子どもが無事に成長しますように、という願いがこのお地蔵さんのもとに集まっているようですね。
このお地蔵さんは願いをいっぱい受けて、いつも暮らしのそばに立っていてくださいます。

大事なのは「像」ではなく、願をかける「生きた人」です。

2009年4月17日 (金)

月へ向かう

0403moon4月3日です。

ふと空を見上げたら、月と飛行機が見えたので、シャッターを切りました。

もう少し飛行機の角度が月の方向へ向いていたらなぁ・・・。
羽田発、月行き便、とか言えたのに。
ちょっとずれが大きいですね。

2009年4月15日 (水)

説教:追記

 昨日、4月14日付で「説教」と題する崩彦俳歌倉の記事を書きました。
日本の仏教というものが、本来の釈迦の仏教から激しく変質してしまっている、という批判をもっている私としては、日本の仏教者に対してとても失礼な発言をしてしまいがちです。
 その14日の朝日新聞の夕刊にこんな記事が載りましたので、私の無知を恥じるとともに、読者の方にも知っていただきたいと、まるごと引用します。

[窓] 生きている人の寺 (2009/04/14  朝日新聞)
 宮城県の南部。阿武隈川沿いに、古い農家を改造した曹洞宗の寺、不忘山行持院(ふもうさんぎょうじいん)がある。檀家も墓もない。葬式も法事もやらない。「死んだらよその寺に行ってください。生きているうちに来てください」という志で、僧侶の真壁太隆(まかべたいりゅう)さん(59)が6年前に開いた。
 当初は職や住まいに困った外国人の面倒をみようと思った。それが今年初めから、派遣切りなどで仕事と家を失った人たちの「駆け込み寺」になっている。布団と三食を無償で提供し、月5千円の生活費も出す。寺だからといって座禅させたり、説教したりすることはない。
 路上や車中で生活する人たちは、住所がないために生活保護が受けられない。寺が住所になれば、手続きが進む。これまでに来た40人のうち、12人が生活保護を受け、出ていった。いまいる17人の多くも手続き中。いわば生活保護へのベースキャンプになっている。
 真壁さんは美容室の経営など事業をする傍ら得度して、在家の僧侶になった。寺の維持費は、寄付のほか、事業から得る自分の収入を充てている。
 寺を「死んだ人」相手のサービス業のように見る向きもある。ただ、仏教は本来、生きている人々の「苦」に寄り添い、救済することをめざす宗教だ
 「修行のひとつ。当たり前のことをしているだけ」という真壁さんの言葉が、妙に新鮮に響いた。

 亡くなった方には「時間だけはたっぷり」あります。ですから、もちろん、亡くなった方への礼儀は尽くすべきですが、それがゆっくり、遅れても、叱られこそすれ、受け入れて頂けるでしょう。
 大事なのは、今、この世の現在を生きておられる方なのです。「いきほとけさま」こそ大事。
 寺は相続されるような「財産」ではありません。「もの」への執着こそ苦の根源だ、と仏教は説いているのに、僧侶が「寺」や「仏像」という「もの」に執着していてはお話になりません。
 寺は、修行の場です。日々、僧侶が修行している、だからこそ、在家の私たちも、信頼を寄せるのです。
 真鍋さんの修行の場が「生きている人の寺」になっている。これは、釈迦の仏教に忠実な実践、修行でしょう。

 このような活動をなさっていらっしゃる方を知らずにおりました。

どうか、生きとし生けるものすべての苦が消えさり、すべての人々のこころが、たいらに和ぎわたるときがきますように。

 合掌

だけど僕は男の子だ

4月10日付、崩彦俳歌倉で「亀鳴く」という記事を書きました。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-e38f.html

この中で、

・・・
だけどぼくは男の子だ
孤独という名の
友だちを道連れに
大人の世界へ行こう
・・・
という歌詞を含む歌が、40年以上前にあった、と記憶します。メロディーは頭の中で再生できますが、題名も、歌手も思い出せません。

こんなことを書いたのですが、この歌を調べてくださった方がいらっしゃいます。
万里村ゆき子さんの作詞で、北原早苗さんが歌った「出発」という曲でした。

・・・
だけど僕は男の子だ
孤独という名の 友だちを道づれに
明日は大人に変わる 
さよならとひそやかに 子供の世界を去ろう 

これが正確な歌詞です。記憶というものは絶えず変化し変質していくものなのですね。自分で勝手に「作詞」してしまっていたようです。
YouTubeで「出発 北原早苗」で検索すると曲が聴けます。関心がおありでしたらどうぞ。

聴いてみたら、メロディーはほぼ正確に覚えておりました。言葉の記憶とちがう「メロディーの記憶」って脳の中でどのように保存されているのでしょうね、不思議です。

2009年4月 7日 (火)

多摩川

0320tamagawaこれ、多摩川の堤防に上がる階段です。

手すりがないでしょ。ですから、この階段は私にとって無いに等しいものです。
登れないことはないと思いますが、絶対おりて来られません。
若い頃はまだ何とかなりましたが、今はもうダメです。絶壁みたいなもんだなぁ、とつくづく思います。
この階段の右脇に、土手を斜めに上がっていく坂道があるので、何とか上ることができます。それもだんだんきつくなってきましたけど。

土手の上からこんな写真も。
0320sinkansen 新幹線の新型車両ですね。(この写真では最後尾です。)

旅行というものをしなくなって何年経つのでしょう?20年以上でしょう。
高校・大学の頃は旅行好きだったのに。

ゼロ系新幹線の世代です。修学旅行は普通列車でした。向こうに新幹線が見えて、たまに、こっちが速くなることがあって、ざまぁみろ、新幹線を抜いたぞぉ、などと騒いで楽しんだものです。
古くなりましたことよ。

2009年3月31日 (火)

屋上のピアニスト

0316pianist芝浦の潮路橋の信号で停車した時に撮影しました。

ビルの屋上でピアノを弾いています。

以前から、ここを通る時に気にはなっていたのですが、写真を撮るチャンスがなかなかなくて。
今回やっと撮れました。
0325pianist1
今年はチャンスに恵まれて、また撮れました。
0325pianist2
こんなアングルも。

なんだろうなぁ、と検索してみたら、「ピアノ運送」という会社の屋上なんだそうです。
一種の広告塔なんですね。

このピアニストはジャズ・ピアニストのオスカー・ピーターソンさんなんですって。
すごいところで「ライブ」をやるはめになって、ご本人も苦笑していらっしゃるでしょう。

2009年3月13日 (金)

また地蔵堂

0311jizou1東光院というお寺にある地蔵堂です。
この地蔵堂は以前にご紹介したことがありますが、再掲。

このお地蔵さんは「ON」です。

近所の方々がいろいろお供えをし、駅への行き帰りに立ち止まって手を合わせる方も多くいらっしゃいます。保育園に行く途中に、ここで子どもと手を合わせている親御さんもいらっしゃいます。

飲食物はお供えしないでください、と掲示されていました。安全面や維持管理面で大変ですからね、仕方ない。

大きな方のお地蔵さんのお顔は見えにくいのです。写真も撮りにくくって。
小さいほうのお地蔵さんをお目にかけましょう。
0311jizou2
お供え物も見えますでしょ。

心がこもっています。

★朝日新聞の投書欄にこんな話がありました。

[声]彼岸の母喜ぶ 地蔵様の帽子(2009/3/1)
 主婦 埼玉県加須市 55
 実家の脇に古いお地蔵様がある。私たちは幼い頃から事あるごとに供え物をし、お祈りしてきた。母はいつしか帽子とよだれかけをお供えするようになっていた。
 その母も3年前に骨折で入院してから病状が悪化し、我が家に戻ることなく昨年9月に逝った。その後、いつの頃からか、お地蔵様の帽子とよだれかけが新しくなっていた。誰がお供えしてくれたのだろうと姉と話したが、他の人に聞いてみることはしなかった。
 お地蔵様を見て感激しながら、年配の方の善行であろうと想像していた。ところが先日、実家に帰った時、思い掛けない話を聞いた。何と、隣の奥さんが作ってお供えしてくれていたのだ。私はうれしくて胸がいっぱいになった。
 母が元気だった頃、ざるに布をかぶせて帽子の形を作っていたのを見ていて、思い出して作ったとのこと。その奥さんは「いざ作ってみると、見ていたのとは違って、とても難しかった」と、話してくれた。
 母の新彼岸を迎えるが、お地蔵様を見て大喜びすることだろう。隣の奥さんに感謝し安心する母の顔が目に浮かぶ。

★2005年の記事をご紹介します。

山古志村の杉使い「復興地蔵」 京都の仏師から村へ (2005/3/10)
 新潟県中越地震で倒れた同県山古志村の杉を使って、京都の仏師が童地蔵の制作に取り組んでいる。同村には27日に届けられる。
 彫っているのは、運慶や快慶で知られる「慶派」の流れをくむ仏師、松本明慶さん(59)=京都市西京区。今年1月に樹齢約180年の杉2本を山古志村から運んできた。童地蔵は9体あり、いずれも丸みを帯び、ほほえんで合掌する姿で、高さは1メートル前後。山古志村には8月、復興のシンボルとなる御堂が完成する計画で、4体が安置される。残りは東京都三宅村などに贈られる予定だ。
 松本さんは「子どもの笑顔は活力の源になると思った。倒れた木が新しい生命として生まれ変わり、そこに村の人たちが集う。復興の象徴になってくれれば」と願う。

★さらに遡って、2004年

[窓]被爆地蔵(2004/8/4)
 広島に投下された原爆で被爆したお地蔵さんが、東京都目黒区の常円時にまつられている。6日、東京で暮らす被爆者も参加して、地蔵の前で原爆犠牲者の60回忌法要が営まれる。
 原爆ドームのそばにある西蓮寺で、地元の人たちが子育て地蔵と親しんでいた。
 寺は爆心地から100mと離れていない。59年前の8月6日。爆風で地蔵は塀の下敷きになり、胴体は粉々になったが、顔の部分だけは少し傷ついただけで残った。
 この地蔵を東京に持ってきたのは、シアトル生まれの日系2世の新聞記者、故村山有(むらやまたもつ)さんである。
 敗戦直後から原爆の報道に携わり、知人のいた米通信社を通じて、「ピカドン」の言葉を使い被爆の詳報を海外に伝えた。
 敗戦後の混乱で子どもたちの心はすさんでいた。村山さんは広島に初の児童文化会館をつくる運動で西蓮寺の住職と出会い、48年に地蔵を贈られた。
 顔の部分を石板に埋め込み、目黒の自宅の庭にまつった。その後、家の近くといった縁で寄進を受けた常円寺が地蔵堂に安置し、供養を続けてきた。
 法要には目黒区内の被爆者でつくる「萌友会」の人たちも出席する。
 会長の小島利一さん(87)は被爆者というだけで差別を受けた仲間を多く見てきた。目を閉じて、祈っているように見える仏の姿に、苦しかった自分たちを重ねる。
 「私たちと一緒に被爆されたお地蔵さんは、心のよりどころです。」

★昨年の朝日歌壇に「ランドセル地蔵」の歌も載っていました。
2008/05/26付 朝日歌壇
P51に撃たれし児童のランドセル地蔵が負いて六十年余:(八王子市)青木一秋
 馬場あき子:ランドセル地蔵をはじめて知った。これからも戦争の犠牲となった児童の物語を負って立っていくだろう。

★1995年の6月の記事の見出しを私のデータベースから見つけました。
空襲で死亡した児童愛用 ランドセルの地蔵 50年の命日に供養(1995/6/19)

★お地蔵さまというものが、人々の願いや思いを背負って立ち続けていらっしゃる、ということに胸をうたれます。
「~~地蔵」というお地蔵さまは全国に無数にいらっしゃいます。
庶民の生活に密着して、寄り添って、立ち会ってくださる・・・それがお地蔵さまの「菩薩行」そのものです。

★「おこり地蔵」という創作をご存知でしょうか?
広島の原爆のお話です。
わたし、あの話、朗読できません。どうしても涙が出てしまって、「女の子」にも「お地蔵さん」にも。声が詰まってしまいます。
もし、御存じでなかったら、下のサイトを見てください、短いものですが、全文が読めます。
http://sakurasou.littlestar.jp/honc02.htm

★「10フィート運動」という、被爆の記録フィルムを買い戻す運動に参加しました。映画がまとまったということで上映会が催されました。
映画を見終わったあと、被爆者の女性のお話を聞きました。「・・・今の映画の中には表現されていないものがある・・・」「それは、死者の腐敗していく『におい』である・・・」と。「街じゅうがそのにおいであふれていた・・・」と。
映像は悲惨です。でも、それは映像なんだ、ということをいつも心に刻んでおきたいと思いました。

地蔵堂

0311ojizousama1先日「ほろよい地蔵」などご紹介しましたが、実は我が家には「地蔵堂」があるんですねぇ。

←コレ!

もう30年を超えます。2番目の子の出産のとき、上の子には、基本的に全部話をしました。お母さんのお腹の中に赤ちゃんがいること、赤ちゃんを産むときはしばらく入院して、一緒にいられないこと、お母さんも赤ちゃんを産むということは大変な仕事なので、しばらくは今までと同じようにはできないこと・・・。
子どもに隠し事をするべきではない、というのが私たちの考えです。きちっと話をすれば、幼いなりにきっちっと理解できます。事態と正面から出会うことが一番よいのです。子どもにはまだ分からないとかいって、下手に隠し事をすれば、子どもは不安に駆られます。余分な心配をし、過剰に甘えます。きちっと話をしてあげれば、私がお母さんにしてあげられることは何だろう、助けてあげたい、ときちっと受け止められるのです。
 さて、そうはいうものの、幼い子に、何か気持ちを託すものがあるのはいいことだ、と、こんな小さなお地蔵さんを見つけて、買ってきました。おかあさんが無事元気な赤ちゃんを産めますようにと、お願いできるように。

 ひとしきり、そのことは済んだ後で、私がこの「地蔵堂」をつくったのでした。バルサの板を切って作ったものです。階段までついているのが楽しいでしょ。一辺が10cmくらいの四角形の建物です。
0311ojizousama2
「お願い地蔵さん」と書いてありますね。

何でお地蔵さんってみんな赤い「よだれ掛け」をしているんでしょうね?
お地蔵さんが「よだれ」をたらすことはないと思うんだけど。
還暦の「赤」と同じで、赤ちゃんに戻ってしまったのかな?

「赤」にある種の「力」を感じていたのだろうとは思います。

0311ojizousama3
後ろ姿を拝見しますと・・・

あらま、「幸せ地蔵」になっていますよ。

幸せを、お願いしましょう。

とても素敵なお地蔵さまですね。

ところで、私の作ったこの地蔵堂、変幻自在、ナント
0311ojizousama4
大仏殿にもなってしまうのです。

スケール感の変化が楽しいでしょ。

この大仏様は、鎌倉遠足のお土産です。

2009年3月 9日 (月)

ほろよい地蔵:解説編

 何とまぁ、稚拙な「物語」でありますことよ。恥ずかしくって、とてもお目にかけられるような代物ではないのですが、この際、恥を忍んで公開します。
 実はこれ、わたくし「19歳」の頃にものした文章です。40年以上前の文章です。はずかしいわぁ。
 大学1年のとき、語学別にクラス編成されていたのですが、そのクラスで作った「文集」のようなものに私が書いた文章です。この文集がまた「無名抄」と題しておりまして、若気の至りですね。まぁ、いいかぁ、若かったんだから、実際。発行は昭和42年12月21日となっております。

「安下 木山子」には笑えますね。
「安」の「下」に「木」をつければ「案」になります。ですから、全体としては「案山子」なんですね。このころ既に、「案山子(かかし)」を名乗っていたことが分かります。(今とおんなじ)

地蔵という存在に、庶民の生活に寄り添い立ち会うもの、という思いを込めてあるようです。(今とおんなじ)
高みから「導く」のではなく、同じ地平に立って共にありたい、という願いです。私が理解する「菩薩」というもののことです。
此岸から彼岸へ渡ってしまうのではなく、此岸にあり続けて、すべての人の心が安寧に穏やかに和ぎわたる日のくるまで、此岸にあり続けよう、という意志を発したもの、それを菩薩と呼び、その生き方を菩薩行という、と理解しております。信仰の対象ではなく、信頼の対象です。日々の生活の中で出会う人、人。ひょっとすると、いやきっと、その方は菩薩なのです。ですからすべての出会いを大切にし、すべての人を大切にし、我が身を大切にし、生きる力のある限り、きちっと生きるべきなのです。

そんな、昔も今も、40年もの間、全然変わらない考えを、私が持っているということがお判り頂けたかと思います。頑固な人だ。

私は一貫している、と言いたいとそのころに思っていました。多分、人生の終盤戦にさしかかった今、私はほぼ一貫してきた、と言えると思っています。

人生の出だしの頃に考えていたことって、結局、人生の軸なんですね。

夢は叶いません。
夢を軸として生きることはできます。

これは生徒にもよくいった言葉です。夢がかなうなんてあほらし。夢なんて叶わない人の方が圧倒的に多いのです。でもね、持ち続けていれば、その夢を軸として、軸の周りをぐるぐると、遠く近く、回りながらいきることは誰にでもできることなのです。

和尚さまも「夢」を軸として、この世にあり続けることを決心なさったのですね。これは菩薩行です。
実は、私は「案山子」にも同じようなものを見ているのです。田んぼの脇に立ち、さして鳥よけの効果なんかないことは作った人だってよく知っていながら、なんとなく、いつも一緒に、稔りを、生活を見ていてくれる存在。豊作の喜びを分かち合い、凶作の哀しみをともに担い、人の生活に立ち会い寄り添う存在として、案山子をとらえているのです。
野良仕事の帰りに、道端のお地蔵さんに、「今日も一日ありがとうございました」「またあしたも良い日でありますように」いいこと、よくないこと、なんでも聞いてもらっていたのではありませんか?お地蔵さんと案山子に同質のものを見ています。

この学年だったか、次の学年の前期だったか、記憶は定かではないのですが、古事記講読の講座をとりました。楽しかったです。古事記のさらに下敷きになっている風土記も読みました。そんな中で、古事記に登場する「崩彦」という神を知りました。以来、私の「案山子」は「崩彦」にもなりました。

そんな、来歴もここには含まれております。

最後に、文末に{とっぴんぱらりのぷぅ}とつけたのは今回(2009年)です。
昔話のおしまいに「めでたしめでたし」というような決まり文句がありますね。秋田でのその決まり文句が「とっぴんぱらりのぷぅ」なのです。
高校時代かな、何かの本で、色々な地方の昔話の終わり方が書いてあったのを読み、秋田ではこういうと書かれてありました。で、私は母からあまり昔話など聞いたことはないのですが、どうなのか、と母に尋ねたところ、母自身は自分の母から昔話を聞かせてもらって、最後に「とっぴんぱらりのぷぅ」という決まり文句を聞いたことがあるということでした。以来、なんだか、この言葉が好きになったのです。

2月27日の雪

0227yuki雪がふわふわ降ってくる感じをとらえるのは難しいですね。

この日の雪は、重たくてべちょべちょでしたから、降下速度も速い。
0227yuki1
少しは雪っぽく写ったでしょうか?

下の写真の方がシャッタースピードが速いのです。でも、不満だなぁ。
0227yuki2
上見れば虫

という写真です。背景が雪空の場合、雪自体は黒く見えます。
上見れば虫
中見れば綿
下見れば雪

雨滴

0227waterdrop3別に何ということもないのです。

こんな写真を撮ってみました、ということで・・・。

雨滴を光らせている光源はフラッシュです。ですから、撮って、液晶パネルで見てみるまでこうなっているとは知りませんでした。

雨の日、白山神社前の交差点でした。

ほろよい地蔵

ほろよい地蔵   作・安下 木山子

 むかしむかしのことじゃ、このあたりに古い古い小さな寺があった。それはもうボロボロでのう、屋根もな、無いよりはましじゃろうが、雨もりはするし風は吹きこむし、大へんな寺じゃった。こんな寺じゃったが一人の和尚さまが住んでござった。何という名かは村の年寄どもも知らんので、村の衆はみな、ただ「和尚さま」と呼んでおった。和尚さまは大そう酒好きじゃった。「お経にもなぁ智慧の酒はよろしいと書いてあるなぁ」と言うので、村人もそんなものかと思っておった。それに和尚さまの酒は実にいい酒で、酔うほどにほがらかになって見るからに楽しそうなので、飲ませる方もつい楽しくなってしまってのう。くだけた和尚さまというので、隣り村からも時おり一升徳利をぶらさげてやってくる者もあったくらいじゃ。ある雪の降る寒い晩のこと、和尚さまは村の年寄の善兵衛さんの家で、いろりの鍋をつつきながら話しておった。「のう善兵衛さん、働きのないわしがこんなことを言ってはなんだが、なかなか村の暮しは楽にならんなあ。」「そりゃ和尚さま、とにかく年貢は納めねばなんねぇもの。でもなあ和尚さま、これといった騒動が起こんねぇだけで、この村なんぞ、いい方だなぁ。」「わしぁなあ、少しばかりお経を読むが、その中に阿弥陀さまという仏さまがござっしゃる。阿弥陀さまはずっと昔に仏さまの国をおつくりになって、わしらが死ぬとそこへ連れていってくださるのじゃ。その仏さまの国とはのう、暖かうて食べものはたんとあるし、何も辛いことのない悩みごとのない極楽なんじゃ。阿弥陀さまを一心に心に念じておれば必ず聞こえて迎えに来てくださる。ありがたいこっちゃ。」「おらぁむずかしいことは判んねえけどなぁ和尚さま、その阿弥陀さまは大そう偉くて極楽へ連れてってくださるのかも知んねえが、それよか、わしらの暮しがその仏さまの国と同じくらいになるまでわしらと一緒にござってわしらを導いてくださる方がうれしいなあ。たとえばよう、阿弥陀さまが家へでもいらして、こうして和尚さまみたいに酒でも飲んで話してくださりゃ、うれしゅうて涙も出ようて」「はあ、そりゃそうじゃなあ。阿弥陀さまに酒か、お経には書いてないども、それもよかろう。こんなのはどうじゃい。『さしつさされつ阿弥陀の酒に桜に紅い観音女』と。こりゃまた坊主らしくもない都々逸じゃな。まあいい。さあもう一杯。」「へえ和尚さま、観音さまはおなごだかね。」「本当かどうかは知らんが、唐の物語には、観音さまが化粧するとかしないとか。あられもないお姿でお出かけになったとかいう話があるそうじゃなあ。」こんなことを話しながら夜が更けて和尚さまも寺へ帰られた。帰り道で和尚さまは一人言を言った。「善兵衛さんいいことをいいおったのう。そういゃあ確かに一緒にござらしたらいいのう。うん確かにいい、いいぞ。」

 その日以来、和尚さまは寺に籠りきって、しばらく出かけなんだ。そうこうしているうちに春になって山の雪が融けてくると和尚さまは今度は山へ出かけていくようになった。春になったというても、まだまだ寒いし、雪が融けてきて道は悪いし、よほどでなければ村の衆も、山へは入らないというのに、和尚さまは朝早ようから出かけていっては、夜遅うなるまで戻らなんだ。こんなことがひとつき以上も続いて、ようやく芽が萌えるころになると、今度は和尚さま、山に泊るようになったんじゃ。それで村の衆も心配になってきてこんなことを言っておった。「和尚さま山で何してんだべ、木を切ってくるではなし、だいいち山に泊るなんて、おかし。」「いやいや、もしかしたらもののけにでもつかれて、通っとるのかもしれん。」「とにかく何をなさってんだか、ひとつあとをついていってみようでねか。」そこで気の強い若い者が選ばれて、まさかの時の為に斧をもって、腰には一晩泊れる位のにぎりめしをぶらさげて和尚さまのあとをつけることになった。朝もまだあけやらぬうちに和尚さまは早々と出かけたので、若者もそっとついていったが、なにしろ山のふもとまで見通しのきく田だもんで、ついていく方はあぜのかげにひそんだり、木のかげにかくれたりもう、大変なかっこをしてついていきおった。和尚さまはそれとも知らず、ずんずん歩いていってとうとう山にさしかかった。若者も山に入れば物かげも多いので少し近よってついていった。ところが、ちょうど川のそばに出たので若者はちょっと水を飲んでおる間に和尚さまの姿を見失ってしもうた。あわてまいことか、その辺の道は全部行って見たし、けもの道もみたし、木の根っこの穴まで探したが、見つからん。そこでしかたのう元のところへ戻って昼めしを食おうと思って川端に腰かけると、せせらぎの音にまじって何やらカツン、カツンと音がする。はて、何の音かとその方を見ると、川のまん中辺に大きな一枚岩がつき出しておってその向こうから聞こえてくるようじゃ。そっと近よってよじのぼり、下を見下ろすと和尚さまがござった。和尚さまは、二方が岩、一方が川という三方囲まれた場所で、何やら子供位の石に向ってノミをふるっておられた。あたりには彫りかけてやめたらしいのが三、四個放っぽり出されておった。若者がよくよく見ると、どうも地蔵さんらしいが、なんせ石工でもない和尚さまの彫りもので、あまりうまくはなかったと。若者はよおくみてからそっと岩をおり、急いで村へ戻って年寄りに知らせた。「そうか、和尚さまは地蔵さまを彫ってらしたか。そうか、ならまあ何も言うことはねえが、それにしても何でまた、そんなもん彫る気になったんじゃろなあ。」するとあの善兵衛さんがこういった、「わしにゃ判るような気がする。和尚さまはきっとわしらと一緒に居てくださるんじゃ。」他の人たちは何だかよう判らんかったが、ほっておいても大丈夫ということになったので和尚さまには何も言わんことにした。

 それからしばらくたってから和尚さまは村の衆を集めて話をした。「わしがこの春先から山へ通うようになって、皆の衆も不審に思っておったじゃろう。実はな、わしは、皆の衆に何もしてやれんかった、じゃからせめて皆の衆やその子や孫やその先の先までこの村に居て見守ってやりたいんじゃ。とはいうても、わしはもうこの通りそんなに先の長い身ではない。じゃからわしは地蔵さまをこのわしの手で彫って、村に残すことにした。その地蔵さまも大体出来上がったんじゃが、まだ魂が入っとらん。そこでこれからわしは七日七晩山に籠って最後の仕上げをする。七日七晩たったらどうか皆の衆、山の中の川沿ぞいの一枚岩のところまで来てくだされ。皆の衆に運んでもらわねばならんでのう。」こういって和尚さまは翌日から山にこもることになった。

 さて、約束の七日七晩がたったので村の衆は、そろって山へ出かけた。この間の若者が先頭に立って案内をした。そうしてあの一枚岩の前へ来たんじゃが、何とのう声もかけにくうて皆黙って立っておると、岩の向こうから声がするんじゃ「おいでなされ、こっちじゃこっちじゃ」とのう。それで皆の衆は岩をこえておそるおそる向こう側へ回ってみた。ところがどうじゃ。和尚さまの姿は見えんで、一体のお地蔵さまが、にこにこ笑いながら立ってござる。他にも彫りかけの地蔵さまが少しあったが、和尚さまは見えん。皆いっしょうけんめいになって捜してみた。「おーい、和尚さまー。どこにいなさるんじゃーい。」口々に呼んでみたが応えがない。そのうち村人の一人がこういいだした。「きっと和尚さまはこの地蔵さまになられたんじゃ。うんそうにちげぇねぇ。ほれ、この笑顔を見てみろや、にこにこ、にこにこして和尚さまがほろ酔いかげんで、子供を膝に抱いとる時のあの顔じゃ、うんちげぇねぇ」「そういえばそうだなあ」「そうだそうだ和尚さまは地蔵さまになられたんじゃ。」そこで皆はその地蔵さまを村までかついできてみんなの通る道へおいたんじゃ。そしてこの地蔵さまを「和尚さん地蔵」とか「ほろよい地蔵」と呼ぶことにした。ほれ、今もこの村のはずれに立っとるあの地蔵さま、今では皆「よい地蔵」と呼んどるが、あれがこの地蔵さまなんじゃ。それからの、あとで村の人が一枚岩へ行ってみると、彫りかけてあった地蔵さまはいつのまにかまわりの岩にくっついて、はなれのうなって苔が生えておったと。「ほろよい地蔵」さまの方はな、ひどく村人が困っておると、あの重たい体を持ち上げてな、どこかへトコトコ歩いていくんじゃそうな。そしてどっからともなく戻ってきて、米や金や、それに酒などを持ってきてくれるんじゃと。それから時々はな、自分で徳利をぶらさげてな、一晩飲みあかしに来ることがあるそうじゃ。酔ってかっぽれをおどったら根太を踏み抜いてしもうたという話じゃ。こんな雪の晩などはもしかしたら、いらっしゃるかもしれんのう。

{とっぴんぱらりのぷぅ}

2009年3月 6日 (金)

白リン弾

2009.2.23付 朝日歌壇より
寒の朝温き布団に包まりてガザに落ちいる白リン弾を見る:(静岡市)山本武

白リンって何でしょう?高校で化学を学ばれた方なら、「黄リン」という名前で教わったはずです。リンの同素体です。
「エッセンシャル 化学辞典」東京化学同人 によりますと

黄リン[white phosphorus] リンの同素体の一つ。気体や液体のリンを冷却すると生じ、純粋なものは白色なので白リンともいう。・・・35℃で自然発火し・・・。室温で徐々に酸化され、黄緑色の光を発する。室温でゆっくり赤リンに変わる。α黄リンは発煙剤や殺鼠剤に使われたことがある。猛毒。皮膚との接触は避ける。飲みこんだ場合の致死量50mg。

危険極まりない物質です。別の同素体の赤リンは安定で、無害ですので口に入っても消化・吸収されずに排せつされるだけです。マッチの箱の横が赤紫色になっていたらそれが赤リンの色です。

白リン自体、接触すれば猛毒だし、自然発火するし、皮膚にくっついたまま燃え続けて、普通には消せないし、とんでもない物質です。

発煙剤といって、ただ煙が出るだけか、と安易に思わないでください。リンが燃えると五酸化二リンというものができます。これが煙の正体。また「エッセンシャル 化学辞典」から引用します。

五酸化二リン[diphosphorus pentaoxide]黄リンを過剰の乾燥空気または酸素中で燃焼させると得られる。無色の結晶。水には多量の熱を発生して溶ける。吸湿性、脱水性が強い。粘膜を刺激し、目に入ると危険である。・・・

ただの煙じゃないんです。皮膚の水分に強引に溶けて「熱い」んです。溶けたリン酸はかなり強い酸性を示します。空気中に水蒸気があると、水蒸気を液体にして溶け込み、リン酸の霧ができます。

白リン弾、煙が出るのか、では済まないのです。車に積んである発煙筒とはわけが違う。
実に気分の悪い物質なんですね。

2009年2月4日付の朝日新聞朝刊の[ニュースがわからん!]に
「白リン弾」ってどんな兵器?というのが載りました。

 

アウルさん 最近、「白(はく)リン弾」という言葉をよく聞くけど、何のこと?
 A: 化学物質の白リンを詰めた砲弾のことだよ。白リンには、空気に触れると自然発火して大量の煙が出る特性がある。そこを利用し、第1次世界大戦のころから主に煙幕を発生させる目的で使われてきたんだ。ただ、戦闘で赤外線を使う現代では煙幕の効果が薄く、時代遅れになりつつあるようだね。
 アウルさん それがなぜ、いま問題になっているの?
 A:イスラエルが昨年末から23日間にわたり、パレスチナ自治区ガザを激しく攻撃した際に、これを使ったといわれているんだ。しかも、一般の住民が多い市街地で使われ、市民がやけどを負ったと疑われている。発火しやすく、水での消火が難しいので焼夷(しょうい)弾として使われた可能性がある。国連は、国連パレスチナ難民救済事業機関の現地本部への攻撃でも使われたと見ている。国際NGOは、市街地での使用は戦争犯罪だと批判しているね。
 アウルさん 化学兵器なの?
 A:それが違うんだ。化学兵器禁止条約などの個別の規制対象に、白リン弾は入っていないと国際的には理解されている。殺傷目的ではないと考えられてきたからね。あえて焼夷弾として使った場合は、民間人を狙ったり、人口密集地で使ったりしてはいけないという特定通常兵器使用禁止制限条約に触れる可能性を指摘する人もいる。
 アウルさん イスラエルは何と言っているの?
 A:「兵器は国際法に従って使っている」と繰り返し、白リン弾を使ったとも、使わなかったとも明言していない。イスラエルの有力紙ハアレツは、軍の内部調査の結果、少なくともガザ北部のベイトラヒヤで20発が使われたことが判明したと報じた。
 アウルさん 使われた例は、ほかにもあるの?
 A:04年に米軍がイラクで、06年にイスラエル軍がレバノンで、それぞれ実戦で使ったことが知られている。また、米海兵隊は08年11月の北海道・矢臼別(やうすべつ)演習場での訓練で20発を使ったと認めた。白リンに不純物が混じったものが黄(おう)リンで、これはかつて、殺鼠(さっそ)剤の代名詞だった「猫イラズ」の主成分として日本でも使われていたことがあるんだよ。

「人道的な兵器」などというものは言語矛盾で存在し得ませんが、それにしてもひどすぎます。

ヒトってどこまで堕ちることができるのでしょう?

2009年3月 2日 (月)

梅の木学問

0220hakubai32009.2.15付朝日新聞の「天声人語」に「梅の木学問」という話が載りました。

(前略)
 今が盛りの受験との縁も、切っても切れない。学問の神様といえば菅原道真。その天神様の、梅はシンボルでもある。寒さに負けぬりりしさは受験生を励ますが、「梅の木学問」なる戒めもあるから心構えが肝心だ。
 梅の木は成長は速いが大木にはならない。転じて、小器用に身につけた大成しない学問のことを言う。江戸の昔からある言葉だが、受験勉強を暗示しているようなのは皮肉である。
 その逆を「楠(くすのき)学問」という。去年の朗報だったノーベル賞諸氏はこちらだろう。梅の花に願をかけ、合格したら「桜咲く」では梅に申し訳ない気もするが、若い世代に将来の楠の多からんことを願う。明日からまた、梅の似合う冴(さ)え返(かえ)りに列島はつつまれるそうだ。

広辞苑第五版によりますと

うめのき‐がくもん【梅の木学問】梅の木が生長は速いが大木にならないように、進み方は速いが学問を大成させないままで終ること。
くすのき‐がくもん【楠学問】クスノキが生長は遅いが大木になるように、進み方はゆっくりであるが学問を大成させること。

私はあまり植物に詳しい方ではありません。ですから、「印象」という形でしかお話しできませんが、クスノキってものすごく成長は速いですよ。大田区の区の木であるクスノキの実生苗を頂いて、植えてから30年弱ですが、ものすごいスピードで成長して、相当な「大木」になりました。上の写真の梅の木などよりはるかに太くまっすぐ高くなりました。

よく分からないのですが、梅ってそんなに成長が速いですか?毎年のように出る若い枝はスーッと伸びますが、中心の幹はなかなか太くならないように思うのですが。樹齢が2,3百年でも、そうものすごく太くはないような気がする。
たいてい曲がってますから、材としては使いにくいでしょうね。でも、結構緻密な材なんじゃなかろうか。梅の材で落款を彫ったりしませんか?緻密だから。

クスノキは成長は早いし、まっすぐで材としては素直。彫刻などにも使いますね。比較的彫りやすいのでしょう。クスノキの大木で、舟をつくったのは古代文化。

なんだか、私の個人的なイメージでは、クスノキ学問の方が「促成栽培的」な感じがするんですが・・・間違っているのかなぁ。
素直な大物、という意味では良いですね。

ものしらずの、恥さらしでした。


能楽笛方藤田流11世家元 藤田六郎兵衛さんのお話です。
http://www.hananozaidan.or.jp/kokoro_h49.html  から引用。

(前略)
「芸の仕様は梅の木のごとくよしといふ。梅の木立は荒々しく強くおそろしけれども、花は美しく匂いありて見事なり。総じて芸の仕様は、剣を練貫に包みたるようにすべしといふ。」この言葉に出会った時「梅花集」という題字に込められた丹斎翁の思いはかくやばかりと思いました。私の勝手な思い込みかもしれませんが。
 しかし、この「梅の花」に対する思いと反対のような話もあるのです。「梅の木学問という事あり。梅の木は一年の中に一間も延ぶるものなれど大木遂になし。楠は一年に一寸より延びずと雖も大木あり。其の如くに学問芸術も一気に学ばんとおもふは悪しく少しずつ年を入れて学び大成すべきなり。早く覚えたる事は早く忘れ手間をいれ能く学びたる事は後々までも忘るる事なし。然し早く覚えて忘れざるは天下一の事也。」
 如何でしょうか。先人達は何と素晴らしい言葉を残してくれたのでしょうか。
芸の世界は死ぬまで、一生が修行と言われています。
私は「梅の花」のように生きたい。
そして「梅の木」でも「忘れざるは天下一の事」そう言われる「梅の木」として舞台を務めていきたい。

◆梅の木の盆栽などは、何百年も代々に、手間をかけ、枝ぶりを整え、どっしりした姿になりますね。

2009年2月23日 (月)

ひな人形

0213hina1真ん丸のお内裏様です。玉雛とでもいいましょうか。

ちょっと転がって、怪我をさせてしまったので、接着剤の跡が、注意すると見えるかもしれません。
でも、大好きな人形です。
0213hina4
どっちが右か左か。べつにいいでしょう。
男雛が向かって左にいるのが関東風で、右にいるのが京風とかいうのですが。

男雛さまと女雛さま、この一対で「内裏雛」ですよね。

今は、「うれしいひなまつり」でサトウ ハチローさんがやってくれた「間違い」が、広く一般化してしまって、男雛が「内裏様」で、女雛が「お雛様」ということになっているようです。
古びたかかしとしては、あの歌を聞くと、どうも居心地が悪くて仕方ないのですが。

さて、我が家の定番。(古いかかしは、このことばを、「ていばん」と読みたくありません、「じょうばん」と読んでいます。)
0213hina3
猫内裏雛。

0213hina2
こんなお雛様もいますよ~。

猫づくし、なんですね、我が家は。

2009年2月 9日 (月)

ハドソンの思い出

別にハドソン川に不時着水した飛行機の話ではありません。もっとくだらない話です。途中、話がマニアックになるかもしれません、つまらなかったら読み飛ばしてください。

◆こんな記事が載っていました。

ゲーム「桃鉄」設定に不満、威力業務妨害容疑で男逮捕:アサヒコム2009年2月2日11時46分
 ゲーム制作会社「ハドソン」(東京都港区)に爆弾を送りつけるなどとの内容のメールを送ったとして、警視庁は○○○○を威力業務妨害の疑いで逮捕したと2日発表した。携帯電話のゲーム「桃太郎電鉄iモード」の基本設定が気に入らなかったのが理由だという。(後略)

◆この事件はどうでもいいんです、私には。「ハドソン」という名前が私のパソコン歴の最初にあるものですから、「何ということを!」という気持ちにさせられたのです。
 ついこの間、朝日新聞の「キミの名は」にハドソンの由来が載っていて懐かしかく思い出したばかりでした。

[キミの名は]ハドソン:郷土愛こもる手書きのハチ(朝日新聞 2009/01/24)
 「桃太郎電鉄」や「ボンバーマン」など、累計出荷本数が1千万本を超える人気作を擁する日本を代表するゲームソフトメーカーである。だが、社名のおかげで、「本社はやはりニューヨークのハドソン川のほとりですか?」と、外資系企業に間違われることが多いそうだ。
 創業は73年。通信機器と美術写真の販売を目的に、工藤裕司氏が弟とアマチュア無線ショップを札幌市に開いたのが始まりだった。
 実は「ハドソン」は蒸気機関車の呼び名だ。函館線では急行「ニセコ」を牽引していた「C62形」は、「ハドソン形」とも呼ばれ、ニセコ出身の工藤氏にはあこがれの蒸気機関車だった。大のSL好きだった工藤氏は、子どものころから「もしも会社をつくったら『ハドソン』にしよう」と心に決めていたそうだ。旧国鉄の花形蒸気機関車だったが、偶然にもハドソン創業と前後して引退している。
 社名のロゴのハチには「ハチスケ」という名が付いている。同社のゲームにも登場する人気キャラクターである。これは工藤氏の手書きのイラストをそのまま採用したものだ。創業時の店「CQハドソン」の無線コールサインは「JA8YOI」。北海道エリアを意味する「JA8」の「8」からハチスケが生まれたのだ。工藤氏が会社を離れた現在も、同社の社名とロゴには北海道への郷土愛が詰まっているようだ。

◆こんな記事もあったんですよ。

牛が歌手デビュー? 3頭がユニット、鳴き声が着うたに:朝日新聞 2009年1月13日
 丑(うし)年にあやかり、乳牛が歌手デビュー?
 北海道の牧場で飼育されている乳牛3頭が音楽ユニット「U-SHI」を結成し、その歌声が携帯電話の着うたとして全国に配信され、話題を呼んでいる。有名な楽曲にあわせて高音や低音の鳴き声が響き、ハーモニーを奏でる。
 牧場主も驚くできばえで、製作会社は「モー烈に盛り上げたい」と意気込む。ダウンロード数が増えれば、CDデビューも検討するという。
 U-SHIは、北海道恵庭市のむらかみ牧場(村上隆彦代表)で飼育される3頭の乳牛。美しい鳴き声と愛くるしさを基準に、同牧場の約130頭から選ばれた。「スカウト」したのは、北海道発祥のゲームソフト会社「ハドソン」(東京都港区)。「丑年に牛業界を代表する超ビッグアーティストが衝撃のデビュー」と売り込んでいる。
 「着信★うし♪」として配信されているのは、年末年始にちなんだ「お正月」「一月一日」「春の海」、コンサートの定番「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」の計5曲。3頭の「歌声」がリズムと音程に合わせて編集され、高音と低音を織り交ぜたハーモニーを奏でている。
 昨年12月、同社のスタッフが牧場に録音機材を持ち込み、1日がかりで親牛、子牛からバリエーションに富む鳴き声を「レコーディング」した。冷たい風が吹いて親牛が鳴かず、難航したという。
 U-SHIの「育ての親」の村上代表は、編集された3頭の「美声」を聞いてにっこり。「普段はうるさいけど、組み合わせると違う風に聞こえる」と驚いている。
 U-SHIの歌声は、「着うた」「着うたフル」でiモードなどから配信されている。

◆私がハドソンにこだわっているのは、ゲーム製作会社としてではないのです。
実は、ハドソンは、パソコン(マイコン)初期の時代に、強力なBASICを開発・販売していたのです。
 その名も「Hu-BASIC」(ヒュー・ベイシック)といいます。
 ワンボードのマイクロコンピューター、NECのTK-80の時代。さすがにまだ私は手を出していませんでした。プログラム電卓YHP-25mini で遊んでいました。(たった49ステップのマシン語的プログラムを作って。)
 やがて、シャープのMZ-80が出て、ほしくなってきました。アップルⅡにBASICが搭載されたというので、あこがれました。
 当時のNECのPC-8001は、CPUがZ-80互換で、クロックが4MHzです。信じられますか?メモリは32kBとかね。
N-BASICというのが走ったのですが、正直のところ、魅力は感じませんでした。(後のN88-BASICにも魅力は感じませんでした。)

◆シャープのCZ-800(=X1)というパソコンが出ました。カセットテープで色々な言語が楽しめたのです。ついに、私のパソコン歴が始まったのでした。その中にHu-BASICもありました。PASCAL、LOGO、Cなども楽しめました。

Hu-BASICでは、画面に点を打つ座標として、画面の左上隅を(0,0)にする物理座標の他に、任意の場所を原点とし、縦横の座標を任意に設定できる、論理座標が使えたのです。グラフ用紙に向かって、自分が描きたいグラフを描く、あの感触です。嬉しかったなぁ。

ジャンプする時や、サブルーチンを呼ぶときも、行番号ではなく、ラベルが使えたのです。
プログラムを考える上で、圧倒的な使いやすさでした。遅かったけれど、フラクタルグラフィックスもやったのですよ。

◆後継機の「X1-turbo」も使いました。
0202x1turbo
その時、おまけについていたクリスタルガラスのペン置きです。
5inchフロッピーで、10種類くらいかなぁ、言語を買いこんできて、楽しみました。ちゃちなゲームよりはるかに面白いものです、言語を探検するのは。
 マニアたちが、OSを作ろうという企画もあって、シャープOS略して「SOS」をつくる企画が雑誌で進行したりもした、そういう時代でした。

その後、いろいろな、パソコンや、言語を使ってきましたが、Hu-BASICはいまだに、懐かしく、最高の言語だったと思いだされます。
(ちなみに現在は、CとBASICで時々遊んでいます。)

◆ハドソンじゃないですが、思い出。
ある高校で、入試の受付から、業務一切、入試後の後始末事務、まで、AWKという言語ですべてのプログラムを私が一人で書きおろして、やり抜いたことがあります。あれは楽しかったなぁ。

ハドソンを貶めるようなことをする奴は、許せません。
ハドソンが今後も活躍しまうように。

0203face電柱に貼り付けてあるプレートなんですが、妙に「顔」っぽく見えませんか?
キティちゃん風に見えないこともない。

どうも、鋭敏な嗅覚を失った、社会性の強いヒトという動物の特性なのかなぁ、私たち視覚に頼りますよね。

「顔」というパターンの基本は「目と口」でしょうか。ですから、3つの点があれば顔に見立てることができるんですね、我々のパターン認識は。

0205inuhouzuki
これなんかいかがですか?
イヌホウズキの実に黒い斑点ができただけなんですが、顔に見えるでしょ。

この場合は、目と鼻ですかね、パターンとしては。

ずいぶん前に撮った、「顔パターン」の写真を引っ張り出してきましたので、ご覧ください。
Kao2
これは、布地の模様です。別に顔を描いた模様ではないのですが、にこにこ顔ですね。

Kao3 同じ布地の、別の模様。

ビックリ顔に見えませんか?同じようなパターンの繰り返しの中から切り出したものです。

これは、ちょっと尾籠かな。かつて勤務していた学校の男子トイレにいた「パンダ」。
Kao1
どうみてもパンダでしょ。

もうひとつ。

Kao4
これは目覚ましラジオのチューニングダイアル。

天井の蛍光灯がちょうど「口」の位置になるように撮ってみました。
目と口、私達の認識パターンの面白さであると同時に、写真に「霊」が写ったなどと騒ぐ原因でもあります。

ランダムな模様をただランダムに受け止めることができなくて、なにかのパターンにあてはめ、見立てて、安心なり、物語なりを得ようとする傾向が私たちの中にある、ということを認識しておくことは悪くないでしょう。

◆昨日の朝日新聞にこんなコラムがありました。

月並みに(2/8)
    夜の飛行機雲
 凍て付くというほどではないが、冷たく冴え渡った先日の夜半のことだった。たばこを吸おうと、マンションの庭に出た。正面の空に輝くオリオン座の横に、中天から白く細い帯のようなものが長く垂れ下がっている。
 最初は何だか、まったく分からなかった。美しくはあるが少々不気味な気配もある。と、幅が広くなり、色も薄くなり始めた。ふと、思い至る。飛行機雲?でも、青空には似合うが、夜に?
 気象庁の専門家に尋ねてみる。夜でも気象条件さえ整えば、飛行機雲は生まれ、月が明るければ見えるという。何となく、また出会いたくて、その後も、冬の星座を見上げることが重なるにつれ、こんな文章を思い出した。
 フロイトと共に、20世紀を代表する心理学者、ユングのキーワードの一つとして「コンステレーション」(星座)というものがあるという。古代の人は、無数の無秩序な星の中からいくつかの星をつないで星座をつくっていった。それと同じように、人びとが生きている意味を得心するには、自分で自分の人生と家族の生き方について、偶然にみえる様々な出来事や人との出会いをつないで「星座」(物語)をつくる必要がある、ということだった。
 亡くなった臨床心理学者の河合隼雄さんと、ノンフィクション作家の柳田邦夫さんの対談を収めた『心の深みへ「うつ社会」脱出のために』(講談社)の中に出てくる。
 思えば、この世は、人とはもちろんだが、自然とであれ、人がつくった芸術や物とであれ、偶然の出会いに満ちている。お互い、そういう関係に支えられ、心揺さぶられ、勇気づけられながら、人は生きていかざるを得ない。その関係性に、気づき、物語を編んでいく。そいう考えれば、この世に必要のない人間や物事などない。すべてを、個人の能力や努力に帰す自己責任論の何と息苦しいことか。
 そんなことを、考えさせて消えた夜の飛行機雲との数分の出会いも、思えば不思議なんです。素晴らしくね。(編集委員・四ノ原恒憲)

 突然、自己責任論に飛ぶところは論理の飛躍ですが、私たちが物語を欲している、ということは確かなようです。それをまたマスメディアなどは利用して物語作りに大忙し。乗せられないようにしませんか。スポーツをスポーツとして楽しまないで「成功物語」に仕立てるのは不快です。社会的に危険です。「いい気持ち」にさせる物語を聞かされたら、疑いましょう。
 ファシズムや戦争は「怖い顔」してやってくるわけではありません。快く、気持よくやってくるものです。

 無秩序、偶然、ランダム、を物語(星座)に頼らず、そのままに背負って耐えるタフネスを養いませんか。簡単に物語に帰結させずに、背負っていきましょうよ。

香箱の香呂

0202kouro1妻が見つけて買ってきました。

玄関で座っています。

これ、香呂なんです。
0202kouro2
ほ~らね。

猫が香箱を作る、といいますが、何でなのでしょうね?

ウィキペディア風に言うと「姿勢を低くして座っている状態で、かつ前足を内側に折り曲げて足先を隠して座っている姿を、香箱と呼びます。」だそうです。

「猫 香箱」でグーグル検索をかけると、ガラス板の上で香箱を作っている猫の腹側の写真というものが見られます。

0202kouro3
玄関猫が増えました。

ほんわりしたいい姿です。

実は、我が家の初代の猫は「とんたん」といって17歳で亡くなりまして、その時に、線香立てを買ったのです。
0202senkoutate
おしゃれでしょ。

しっぽがくるっと巻いていて、線香を立てられるのです。

余りに強い甘い香りは苦手でして、むしろ抹香臭いほうが気分が静まって好きです。玄関内に虫がいなくなった季節、香の香りを楽しんでいます。(虫は煙に弱いので)。

新たな仲間も加わって、ゆっくり香を楽しむことができるようになりました。

2009年2月 5日 (木)

温石

2008.12.8付 朝日歌壇より
寒い朝母が作ってくれたっけ布切れ少し焦げた温石(おんじゃく):(奈良市)古味直香
 高野公彦 評:珍しい温石の歌。

温石って知りませんでした。湯たんぽみたいなものですね。石たんぽとでもいうべきものなのでしょう。広辞苑を引いたらさすがに出ていました。

おん‐じゃく【温石】
①焼いた軽石を布などに包んで身体を温めるもの。また塩を固めて焼いたもの、瓦などに塩をまぶして焼いたものを用いる。<季語:冬>
②(温石はぼろで包んだことから) ぼろを着た人をあざけっていう語。
おんじゃく‐いし【温石石】長野県高遠タカトオの山中から産する温石に適するという黒石。
おんじゃく‐めん【温石綿】蛇紋石の一種。クリソタイル。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%A9%E7%9F%B3
ウィキペディアにも解説がありました。

温石(おんじゃく)とは、平安時代末頃から江戸時代にかけて、石を温めて真綿や布などでくるみ懐中に入れて胸や腹などの暖を取るために用いた道具。
概要:防寒だけでなく治療の効果も期待され、温める石は滑石・蝋石・蛇紋岩・角閃岩等が好まれた。懐炉の原型にあたると考えられる。
漢方医学の世界においては、熱熨法(今日では温罨法と呼ばれるのが一般的である)に用いられた。温石を用いる方法を「蔵身法」と呼び、今日の岩盤浴も原理的にはこれに近いと言える。
また、「懐石料理」の語源としては、禅寺で修行僧が空腹や寒さをしのぐため温石を懐中に入れたことから、茶の席で出す一時の空腹しのぎ程度の軽い料理、あるいは客人をもてなす料理をそう呼んだという説がある。
なお、以下にみるように、温石の出土例では、小孔(小さい穴)が穿かれたものが多いが、これは火鉢などで石を温めたとき、その石でヤケドをしないよう、直接、手などにふれないための工夫と考えられる。つまり、針金状のものを孔に刺し入れるか、火箸を孔に引っかけるかして、温まった石を引き寄せ、布などにくるんだものであろう。

古いんですね。無知でした。
これは、これからの話の前段でして。

◆とある、新聞挟みこみ広告の見出し。今年の1月15日でした。

 老け顔の原因”顔のコリ”を温めてほぐす。
 40代からの「温石(ホットストーン)」エイジング。

揚げ足をとるわけですが、このビューティーサロンへ行ってはいけませんよ~!!
「温石」エステを受けると、顔が「加齢」してしまいますよ~。

エイジングって、ag(e)ing と書きますが、これは加齢、老化、熟成などという意味ですよ。

校正ミスですね、ひどすぎるけど。書いた方も、校正した方も、言葉を知らない人たちだ。
「アンチ・エイジング」でしょ!!

温かい石でマッサージでもすれば、まぁ、血のめぐりがよくなって気持ちはいいでしょう。でもねぇ、若返ったりはしないのです。それは自然の摂理に反する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B0
またウィキペディアから引用

 老化というと、人生、人の一生のライフスパンの後半をさしていうもので、その前半は、その場合「成長」ということになるが、厳密には、エイジングはそのままの英語で言えば、age(年齢、齢)を重ねていくこと、つまり「加齢」(かれい)である。この意味に固執するなら、人間は誕生の瞬間からその人生の最後の時まで、細胞組織レベルでは常に古い細胞組織は、死んで常に新しいものと入れ替わっていくわけで、幼児、子供の段階からすでにエイジングは始まっているということもできる。つまり、「人生とは、死に向かう一方通行の歩みである。」
 高齢社会の進展とともに、エイジングへの関心は急速に膨れ上がり、翻訳書を含めて、エイジングを扱った書物はうなぎ上りに増えている。用語が一定しないため、翻訳の中には原題が「Aging」で邦題が「老化」というものも少なくない。
 また老化に抵抗、対抗するという意味で、アンチエイジングという言葉も近年、とみに使われるようになってきた。 加齢関連性の疾患を予防したり治療する医療は、抗老化医学と呼ばれる。

時の流れに逆らうようなことをしようとする、その驕りがまわりまわって、現在の環境問題までつながるんです。

老いて、皺を刻むことのどこがいけませんか?60、70になって、皺ひとつないつるつるの顔してたら、そりゃ、化け物に違いない。

きれいに老いてこそ人生、でしょ。

◆こんな話もありました。よくある話です。

[ひととき]傷つく「おばあちゃん」(朝日新聞 2009/2/3)
 夕暮れ時、夫が作ってくれた白菜を両手いっぱいに抱えて庭先を歩いていた。見知らぬ若者が私の顔を見るなり、「おばあちゃん、重そうですね」。さらに「おばあちゃん、何をしているのですか」。
 初めて他人に「おばあちゃん」と呼ばれた。ムッとして「私のこと、おばあちゃんだって。あんたのおばあちゃんじゃないわよ」。心の中で叫んでいた。
 日頃、活力をもらう孫にはその可愛さに満面の笑みで、私自身、「おばあちゃん」を連発しているのに何とも不思議である。相手は軽い気持ちで親しみを込めたつもりでも、ちょっととまどい傷ついた。
 青年が去った後、玄関の姿見の前に立ってみた。少し肩の落ちた女性は、赤いセーターこそ着てはいるものの、まさにおばあさん。70歳を前にしては仕方ないか。そう納得しようとしたものの、何となく面白くない。夫に話すと、「そうさ、誰が見てもおばあさんに違いない。お姉さんとは言わないよ。でも、せめておばさんくらいに言っておけばよかったのにね」。
 そういえば最近、うっかりしていたでは済まされないような失敗が目立つ。年取ったせいかとちょっと気がかりだ。そんな様子を見た夫から「しっかりしてくださいよ」などと言われると、やっぱりこれにも案外傷ついているのだ。
 (主婦 68歳)

68歳でしょ、押しも押されもせぬ立派な「おばあちゃん」じゃないですか。
私は60歳ですが、おじいちゃんです。孫はいませんが、おじいちゃんです。体も衰えました、記憶力も減退しました、生え際も撤退中です、運転能力だってガタ落ちです・・・
これを、おじいちゃんと呼ばずして、いったいなんというのでしょう?

元気がすべてじゃないんです、っ。衰えること、老いること、それは若い人にはまねのできない「財産」なんです、っ。
それを生かさずして、何の人生ですか。
社会的役割としての「おばあちゃん、おじいちゃん」というものもあります。
敬うべき、優しく扱うべき、慕うべき「年長者」の存在しない社会などというものがもしあったら、なんと薄っぺらで、つまらない社会でしょう。

積極的に社会的役割としての「おばあちゃん、おじいちゃん」を引き受けて、若い世代、幼い世代を育てましょうよ。でなけりゃ長く生きた甲斐がない。

私は全然傷つきません。

3,4歳くらいの双子の女の子を連れたお母さんと、エレベーターで一緒になりました。「おじちゃんが来た」と二人で声を揃えてごあいさつしてくれました。私が「おじいちゃんでしょ」と言ったら、少し恥ずかしそうにしていました。でも、エレベーターを降りたとき、後ろから「おじちゃんバイバ~イ」と叫んでくれたので、私も大声でバイバ~イと返事をしました。
こういう応答は、やっぱりじいちゃんの仕事ですよね。

じいちゃんは楽しいですぞ、おばあさま。

檸檬

アサヒコムの1月31日にこんな記事が載りまして、同じ記事が、昨日4日、紙の新聞の方にも載りました。で、ちょっと、ご紹介。

小説「檸檬」の店、「八百卯」が閉店:2009年1月31日19時39分
 「その果物屋は私の知っていた範囲で最も好きな店であった」――。梶井基次郎(1901~32)の小説「檸檬(れもん)」で、主人公がレモンを買った店のモデルとなった京都市中京区寺町二条の老舗(しにせ)果物店「八百卯(やおう)」が、25日に閉店した。小説の主人公が爆弾に見立てたレモンを置いた同市内の書店「丸善」も05年に店を閉めており、相次ぐ閉店を惜しむファンが次々と八百卯の店先を訪れている。
 1879(明治12)年創業の八百卯は、25年に発表された「檸檬」をきっかけに、「檸檬の店」として親しまれてきた。昨秋、4代目当主の村井義弘さんががんで急逝。関係者によると、親族が店を手伝っていたが、「責任者を立てられないのが現状。いいかげんな商売はできない」と閉店を決断した。
 この関係者は「後々のことを考え、やむを得ずこういう形になった。お客様には感謝の気持ちでいっぱいです」と話す。
 シャッターには「檸檬の店で永きに渉(わた)り皆様のご愛顧を得て営業致して参りました」などと書かれた紙が張られている。店には連日問い合わせの電話があるといい、閉店の張り紙に見入る家族連れや、携帯電話で店の写真を撮る若い女性の姿も見られる。

梶井基次郎の「檸檬」。高校時代にどっぷり浸りましたね。
「桜の樹の下には」には、かぶれましたね。「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。」この出だしにしびれて、今だにしびれっぱなしですからね。
全集も買って読んだなぁ。
 気に入った作者に浸りきって、自分を失ってもいい、その人になりきる程に傾倒すればいい。その後に現れてくるものがあれば、それが「自分」なんだし、そのまま呑みこまれっぱなしでなにも出てこないなら、それはそれで、「自分」というものがそれまでのもの、ということだ。と、見得を切ってみたのも、そのころでしたか。
「自分探し」なんてくだらないことです。初めから「自分」があるわけじゃない。飲みこまれ、圧倒され、つぶされ、くだけ、そうやって「自分」ができてくるのです。「本当の自分を探して」などと、いっていると、現実から逃げだしてしまうことになり、自分なんて育ってきませんよ~。

◆ところで、私の個人データベースで、「檸檬」のキーワードで検索をかけたら、もう二つヒットしました。お目にかけます。上の記事は、檸檬を買った店の閉店ですが、今度は丸善の閉店。

閉店惜しみ置きレモン 小説「檸檬」ゆかりの京都・丸善:2005年10月02日13時22分 
 10日に閉店する書店「丸善」京都河原町店で、売り場の本の上にレモンを置いて立ち去る客が相次いでいる。作家梶井基次郎(1901~32)の短編小説「檸檬(れもん)」の主人公が京都の丸善の本の上に、近くの果物屋で買ったレモンを置いたのをまねて客がそっと置いていくらしい。
 これまでも年に数回、レモンが置いてあった。それが閉店が決まった今春から徐々に増えはじめ、現在11個。いずれも、レジの店員から見えない所に置かれていたという。
 店では忘れ物としてバスケットに集めて、「檸檬」の文庫本のわきに置いている。文庫本もここ数日、1日60冊も売れており、急きょ1000冊を追加注文した。
 丸善が京都に出店したのは1872年で、小説の舞台になった旧店舗は現在地から約400メートル北西にあった。丸善は京都市内の別の場所で店を復活させたいとしているが、適当な店舗はまだ見つかっていない。伊藤博店長は「京都の店をこんなに愛してもらって、心底うれしい」と話している。

ご覧のように、2005年のことでした。檸檬を買った店、置いた店、両方とも無くなってしまったんですね。さすがに、寂しいことです。

[キミの名は]丸善(2008/2/2)
 梶井基次郎の代表作『檸檬(れもん)』の舞台は京都の丸善だった。夏目漱石が使った万年筆は丸善で購入したものだ。丸善の名には、明治、大正の文化の香りが漂う。
 1869(明治2)年、横浜で輸入商社として出発した。最初の名は「地球」からとった球屋(まるや)商社だったが、誤読されるので丸屋商社とした。
 創業時の社長は名義上、「丸屋善八」だった。これは実際の創業者である早矢仕(はやし)有的(ゆうてき)が考えた架空の人物で、若き日の早矢仕に資金援助をした高折善六の恩を忘れまいと、善の1字をつけたという。
 「丸屋善八」が省略されて顧客から「丸善」と呼ばれ、1880年には丸善商社と改称した。
 早矢仕が外国人にふるまったのが、あり合わせの肉や野菜のゴッタ煮で、これが「早矢仕さんのライス」と呼ばれ、やがてハヤシライスになったという説がある。東京・丸善丸の内本店などのカフェのメニューにある。

というわけで、ウンチクが増えたでしょ。いっぱい、傾けてください。何を?盃を?

2009年2月 4日 (水)

節分

◆昨日の節分、(草食性の)鬼さんたちに豆をたくさんプレゼントしていただけたでしょうか?

我が家でも、「恵方巻」というのを食しました。これ、関西の方の習慣ですね。コンビニ業界かなんかが全国的に仕掛けたようですが。

妻は関西人ですが、私は東京育ちですが、両親が秋田生まれなので、なんとなくそっちのほうの生活習慣がしこまれています。

結婚して初めて、この恵方巻という習慣を知りました。太巻きを一本、その年の恵方の方角を向いて、口を利かずに食べつくす、と妻に教わりました。おしゃべりすると、運が逃げるんですって。当時は、関東ではあまりこういう行事はやってませんでした。

◆崩彦俳歌倉で「ひなたぼこ」を書きましたが、あの時書き忘れがありました。
長谷川氏の評に、「放り出されたように『長々と横になる』猫」という表現があります。

この『長々と横になる』ということを、「ながまる=長まる」と表現するのは秋田の方言ですか?
一応、広辞苑などにはのっています。

なが‐ま・る【長まる】自四:長くなる。体を伸ばしてながながと横になる。[広辞苑第五版]

でも、妻はこの表現を知らなかったようなのです。
いかにも「ながくのびて、よこになって、疲れをいやす、くつろぐ」という感じが出ていて好きな言葉です。

これは秋田の方言で好きだな、というのが「うるかす」。水につけておくということです。洗濯物でも、食器でも、洗う前にうるかしておくと、本当に楽ですよ~。

ちょっと、思い起こしたこと雑事を補充しました。

2009年2月 3日 (火)

1月30日、雨

0130ame11月30日、雨。

車のフロントガラスが雨に濡れています。持っていたのはコンパクトデジカメのみ。

ガラス越しに撮った白山神社の白梅。

デフォルメというには、ちょっと安易だなぁ。

運転席から右のフェンダーミラーをガラス越しに撮影。フラッシュが光るモードです。
0130ame2 何がどう写っているのかよく分かりません。
フェンダーミラーに反射したフラッシュの光が窓の水滴を照らしているのかな?
他の車のブレーキランプもパラパラと写り込んで、何だか訳の分からない写真になりましたが、それが面白い、ということでお目にかけます。
(ちなみに、私はドアミラーが嫌いで工場オプションでフェンダーミラーにしてもらったのです。だって、視線を振るだけで済むのが楽じゃないですか。ドアミラーだと顔ごと動かさなくちゃならない。大方のタクシーはフェンダーミラーですよ、やっぱり楽なんだと思うな。)
0130ame3
水滴越しに撮った電柱です。

それぞれの水滴が不完全な形ですが凸レンズになって、倒立実像を結んでいます。

電柱広告が写っていることが分かる水滴もありますね。

雨の日の、車窓からの眺めでした。

鬼は外

去年の朝日新聞にこんなコラムがありました。

[絵本の記憶]鬼には食われない:チチ松村(ミュージシャン)(2008/12/5)
 「つの」(今泉忠明 指導/アニマルズ・アンド・アース、岩合写真事務所、大高動物写真事務所 写真/フレーベル館)
 今回はちょっと変化球で「写真本」のハナシです。いつものように、大阪の街を自転車でぶらぶらしていると、マンションの前の道に、本が詰められた段ボール箱を見つけました。「あれっ?こんなところに本が捨ててあるのかな?」と思い、近寄ってよくよく見ると、一冊百円と書いてあります。その中に、『つの』という本がありました。手にとって開いてみると、色々な動物のつのの写真と文章が載っています。・・・(中略)・・・
 この本を読んで感心したことは、つのを持つ動物は全部「草食動物」だということ。つまり、つのが生えた鬼も「草食」。僕はそれから「人が鬼に食われることはないんだ!」と信じています。

 これは大発見ですね。嬉しくなりました。シカ、キリン、サイ、オリックス・・・。恐竜のことを考えても、あの立派な3本の角を振りかざすトリケラトプスも草食ですねぇ。

 ナルホド、鬼は草食なんだ!!!

 ということは、「鬼は外!」と叫んで豆をまくと、鬼は喜んで豆を集めて帰って家族みんなで豆を食べるんですよきっと。
 ひょっとして、節分の豆まきという行事は、鬼が仕掛けたのかな?
 どこかのチョコレート屋さんが仕掛けたバレンタイン・チョコレート騒動。一年で一番チョコレートが売れる月なのでしょ?2月は。
 鬼族の中の頭のいいのが、この寒い時期、一番食料が窮乏する時期に、「鬼をやっつけましょう!」と、ヒト族に節分の豆まきを仕掛けたんですよきっと。

 「鬼さんこちら♪豆どうぞ♪」と豆をまいてあげましょう。

さて、雑食性のサルの仲間としてのヒトに角はあるのかな?「角隠し」をするということは、女性はきっと草食性なんだな。

◆2009.2.2付 朝日歌壇より
節分の夜はやさしく鬼たちを招き入れたき独居老人:(大分市)長尾素明
 佐佐木幸綱 評:鬼でもいい。しばらく一緒にいたい気分である。「やさしく」に孤独がにじむ。

年をとると、ヒトも肉食性がだんだん薄れてきて、植物食の鬼に近くなるんですな。
だんだん鬼に近くなる。善哉。
やがては、鬼の籍に入る身ですから。

2009年1月20日 (火)

うし

0110usi玄関の置物を撮ったので、これも。

牛の親子。

障害者の授産所の作品です。
毎年、干支の置物を買っています。
糸ノコをうまく使った作品で、毎年楽しみにしています。

いい表情しているでしょ。

猫づくし

0110mininekojarasiこれ、ネコジャラシでいいのでしょうか?

小型のプランターの片隅に、小さなネコジャラシ。かな?

0110tyako
庭猫チャコちゃんが、車のそばの日向で、日向ぼっこ。

体全体が「猫ですっ」と言っています。

見事な猫坐り。尻尾をくるっとまいて、「みつゆび」ついて。

0113cat
こちらは、ガラスブロックの中に立体的に描かれたネコ。蝶を見上げています。

レーザー光線をガラス内で交差させ、その交差した点で局所的に温度を上げ、ガラスに微細なひびを入れているのではなかったかな。レーザー光技術と、コンピューターによる立体図形の制御などが一緒になった、工学的な作品です。
0114manekineko
最後は、招き猫。玄関の置物です。

左手を上げているのは「人を招く」とか言うのでしたっけ。

では、みなさん、このブログへようこそ、お楽しみください。

2009年1月19日 (月)

鳥総松

0116tobusamatu3 白梅の写真を撮っていましたら、歩行補助用の車を石段の上まで引き上げてこられた私より少々年長の女性が、話しかけてこられました。

風流を解するやつ、とでも思っていただいたのでしょうか、ありがたいことです。(オナガウジの写真を撮ったりウメの写真を撮ったりしていたのですが。オナガウジの方は内緒。)

↑足元に、こんな松がありまして、私は全然気づかずにいたのですが、この松について、なんとか松といいましたね、と話しかけられたのです。私の方は、松の種類の話かな?とあいまいにうけこたえしていましたら、車のふたを開けて大学ノートを取り出して、ああ、これこれ、と指し示されました。どうやら、俳句を詠むために、ときどきの季語をノートに書いて、参照されているようでした。
拝見すると「鳥総松」。とぶさまつ、と読むのだそうです。門松を取ったときに、その門松のてっぺんのところを切って、門松のあった穴にさしておく、というしきたりがあるんですよ、と教えていただきました。
これはよいことを教えていただきました、ありがとうございました、とお礼を言ってお別れしました。(言葉遣いの加齢というものを感じながら話していましたね。う~む。)

きっと、一句、生まれたことでしょう。

お別れしてから、改めて見直すと鳥居の足元にあるんですね。
0116tobusamatu1_2 これと
0116tobusamatu2 これとで
対になっています。
なるほどねぇ。
全く初めて知ったことでした。
忘れないように、帰りの車中ずっと、とぶさまつ、とぶさまつ・・・と呟きながら帰ってきて、帰宅したとたんに「何でもノート」に「とぶさまつ」と書き込んで、ほっとしました。なにせこのごろ物忘れがひどくて、何かするはずだった、という記憶だけ残っていて、それが何だったかを忘れることが多くて・・・いや、トシだ。

とぶさ‐まつ【鳥総松】新年の門松を取ったあとの穴に、その松の梢を立てておくもの。 <季語:新年> [広辞苑第五版]

なるほど、ちゃんとありました。

ネットで検索してみたらこんな話がありました。
http://dictionary.www.infoseek.co.jp/?ii=2&sm=1&sc=1&gr=ml&qt=%A4%C8&sv=KO&lp=183

「とぶさ」の解説です。

梢(こずえ)や枝葉の茂った先。昔、木こりが木を切ったあとに山の神にその梢や枝を折って立てておく風習があった。今も、門松を取り払った跡に小枝を挿す習慣が残る。

そうだったのか。山の神様を鎮めるという意味があったのか。木を切らせていただいた山の神様に礼を言い、と同時に、荒らぶり怒ったりなさらないようにとの、鎮めの行為なのですね。

いやまったく、よい話を伺いました。

◆江戸の手拭いに「斧」「琴」「菊」を染めたものがあるそうです。
斧の別称は「よき」。ですから、三つ並べて「よき、こと、きく」。
「善・良・佳・好き 事・言 聞く」というわけです。

近頃は悪しきことばかり聞こえてきて、悲しく、心が荒む思いです。

よきことを聞きたいですね。

2009年1月14日 (水)

電波時計

0112denpa1少し前に電波時計の話をしました。

今回は、私のお気に入りの電波時計です。

これは、以前「11月11日11時11分11秒」の写真を撮った、あの電波時計です。退職後に嘱託として勤務していた学校で、タイムキーピングにつかっていました。この学校では、どこに置いても、電波時計が電波を受信できない環境でした。この時計はカバーをすると液晶表示だけが見えて、ボタン類が隠されるようになっていますので、帰りにバッグに放り込んで帰ると、自宅で電波を受信し、翌日学校で取り出すとちゃんと時刻合わせが済んでいる、というスグレものでした。
液晶画面の右上に波模様があって、その右に「E」と表示されています。これは「East」のことで、福島県の大鷹鳥谷山の送信局からの電波を受けました、というサインです。もし、佐賀県の羽金山の送信局からの電波を受けた場合は波模様の左側に「W(est)」というサインが出ます。こういう仕組みを知って使うと、楽しいですよ。
0112denpa2
こちらは、今パソコンデスクの上に置いてある電波時計。
アナログタイプです。

直観的なアナログ表示の方が好きな私です。

さて、外出時に使う大好きな腕時計があります。

この二つを合体させたような腕時計です。
0112denpa3
見たところ、上の置時計と同じように見えます。
ただ、この時計の文字盤のガラスは透明な液晶表示板になっていて、必要ならデジタル表示もできます。

0112denpa4こんなふうに。

で、電波時計ですので、「10万年に1秒」という原子時計に同調して、正確な時刻を刻んでいるのです。ですから、時報に合わせるとかする必要もなく、気楽です。
ところがですね、内部ではおそろしく正確な時刻を保持していながら、アナログの針の方は「ゆるい」んですね。長針は20秒に1回しか進みません。ですから、常に、本当の時刻よりは遅れています。運針する瞬間だけが正確です。

この、超精密なあいまいさというのが、好きなんだなぁ。

◆2番目にご紹介した、デスクトップのアナログタイプの時計も、実は15秒に1回しか長針を進めません。そんなもんで人の生活なんて十分です。

◆腕時計の写真で「WR 5BAR」と書いてありますね。これは「Water Regist」で、防水時計だということです。「5BAR」の方は、ある程度お年を召した方なら分かりますが、以前は気象情報で気圧のことを「ミリバール」という単位で扱っていました。「1013mb(ミリバール)」が1気圧です。mbは1/1000bですので、1気圧は約1バールです。
 そうすると、時計の表示は「5気圧防水」ということですね。水に潜ると、10m潜るごとに1気圧増しますので、50mの深さのところでの水圧は1気圧(大気圧)+5気圧(水圧)です。多分、50mの水深に耐えます、という表示でしょう。でも、正直なところ、普通の人で50m潜れる人はいません。死にます。
 私は勝手に裏ぶたを空けて電池交換を2回やっていますから、防水性能は、もうあんまりないと思いますけどね。

◆最近、テレビから「時報」が消えてしまいました。デジタル放送では、情報量が多いので情報を圧縮して送ってくるのです。その圧縮された情報を元に戻す作業を「デコード」といいますが、それに2秒くらい時間を食うので、時報を送ると画面が表示する時報が本当の時報より遅れてしまうので、やめたのですね。
 もし、時計を合わせたかったら、ラジオか、電話で合わせてください。

お寺へ

0106abu通常の意味での信仰心の薄い私は、初詣という騒ぎには参加しません。

神社もお寺も、正月気分の抜けた6日、近所の密蔵院へお散歩に。

いいものに出会いました。
上の写真、多分クロヒラタアブです。ちょっと頭より高いところの正面で、ホバリングを披露してくれました。レンズを向けて、ファインダーの中央に捉えてシャッターを切りました。このアブさん、そのくらいの時間はあげようと思ってくれたようで、シャッターが落ちた瞬間、飛び去っていきました。確認すると、一応ピントもまあまあで、新年のよいプレゼントをもらった気分になりました。ありがとう。とても清々しい気分になれました。

よく見てください、前の方の脚は合掌のようにしていて、後脚は下に合わせています。こんなポーズで私の目の前でホバリングしていたのですね。
昆虫の姿が極端に減っているこの時期なのに、なんだか私のために出てきてくれたような、ありがたい気分になりました。

さて、こちらは人事。
0106amanojaku 前にもご紹介した青面金剛に踏みつけられた邪鬼さんたちです。

参拝の方が金剛にお供えをしたようです。当然、邪鬼の目の前になります。

眼の前にモチやらミカンやら供えられても、金剛に踏みつけられていて、手を出すわけにもいきません。前にもまして、ふくれっ面のように見えます。
あ~ぁ、しゃーねぇーなー、も~。

私も天の邪鬼なもので、こういうふくれっ面が好きです。

ヤバ、私も金剛様に踏んづけられそうだ。

2009年1月12日 (月)

10万年に1秒

2009.1.10付の朝日新聞の「いわせてもらお」という面白話の欄に、こんな話が載っていました。

 ◎先取り
 「10万年に1秒しか狂わない」という時計を買って3年。すでに3秒も遅れている。複雑な思いで時計を見つめていると、妻が言う。「これから30万年間は1秒も狂わないのよ」
 (長崎市・確かめられないじゃないか・61歳)

◆そう、そういう広告を見ますよね。でもね、その正確さはその時計のものではないのです。そこのところ、ご存知でしたでしょうか?
 「10万年に1秒」という正確さがあるのは、電波時計の電波を送りだしている独立行政法人情報通信研究機構が保有する、12台のセシウム原子時計の精度なのです。その仕組みはここでは説明しません。現在はもっと高い精度の原子時計も研究されています。
ここでは、少々ややこしいですが、現在の秒の定義だけ書いておきます。

秒はセシウム133原子の基底状態の2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の9 192 631 770 周期の継続時間。

やたらと細かい定義ですね。こういう細かい数字を刻めるのが原子時計なのです。それは正確です。

 それに従った時刻のデータが、標準電波報時という形で送り出されます。福島県の大鷹鳥山と、佐賀県の羽金山の2か所から。

 この電波には、時、分、通算日、年(西暦下2桁)、曜日、うるう秒情報、時と分に対応するパリティ、予備ビット、停波予告情報といった情報がのせられています。これを受信してデジタル表示したり、アナログ表示したりするのが電波時計なのです。

 この電波は、40kHzと60kHzという振動数の低い、長波という電波です。正直いって、そう受信しやすい電波ではありません。そこで、電波時計は5分とか10分とか、連続して受信して、信号を重ねます。雑音は重ねると平らになるので信号が際立ってくるのです。
こうやって、定期的に電波を受信して調節している限り、その電波時計の精度は電波発信元の原子時計に同調して、「10万年に1秒」の正確さだ、といえるのです。 
とはいえ、正常に受信できていても、表示がずれることはあります。さらに、もし、その電波時計が自動受信になっていなかったり、電池が古くなってきたり、電波状況の悪いコンクリートの建物の中に置かれたりすると、電波が受信できず、時計単独で動くことになります。そうすると、その時計は通常のクオーツ時計として働くことになります。クオーツ時計は月に10秒前後の狂いがあるものです。

 冒頭の面白話に登場する時計は、3年で3秒遅れたというのですから、非常に高精度で動いています。時々電波の受信に成功して、他の大部分の時間はクオーツ時計として動いている、というような事情ではないでしょうか。
(鉄筋コンクリートの建物の中は、鉄筋のカゴで囲まれた状況です。長波の電波はこの鉄筋のカゴの中に入れないので、電波時計は電波を受信できないことが多いのです。窓を開けて、外に出してやってください。そうすると電波が受け取りやすくなります。木造家屋ではそういう心配はあまりありません。)

◆ところで、今年の元日の「午前8時59分59秒」と「午前9時00分00秒」の間に、「午前8時59分60秒」という時間があったのをご存知でしょうか?
1秒余分に入れたのです。これを「うるう秒」といいます。

 原子時計で地球の自転とは無関係に時刻が刻めるようになったら、地球の自転が遅くなったり早くなったりふらついていることが分かりました。そこで、天文学的な時刻と、原子時計による時刻の差が0.9秒以上にならないように調整しているのです。これを「うるう秒」といいます。

 地球の自転が遅くなるのは月との重力相互作用によって地球に潮汐が起こり、その摩擦によるというのが大きな原因のようですが、それがすべてでもないようです。むずかしいですね。

うるう秒について詳しい話を読みたければウィキペディアなどどうでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8F%E7%A7%92


情報通信研究所(NICT)のホームページのここを見ていただくと、標準時が目で見られますよ。ご利用ください。
http://www3.nict.go.jp/cgi-bin/JST.pl

過去のうるう秒の詳しいグラフもあります↓

http://jjy.nict.go.jp/mission/page1.html

2009年1月 5日 (月)

大晦日:何だろう?2

1231shadow2これは一体なんでしょう?

大晦日の朝、買い物に出ようと車の運転席に座ったらこんなものが目に入りました。

面白いでしょ。

1231shadow1 我が家のガレージは鉄骨造りの片屋根型です。

その鉄骨を支えるワイヤの影が、プラスチックのナマコ板に映っているのです。

なかなかに、躍動的で面白い影だったのでお目に掛けます。

リズミカルなメロディーでも聞こえてきそうな気がしませんか?

2008年12月30日 (火)

手すり

1219tesuri1大田区の白山神社の拝殿です。

週に一回くらいこのあたりを走るので、よく境内をのぞきに行くわけですが、信仰心が薄いせいで、拝殿などついぞちゃんと見たことがなかったのです。いつも視野の中に見てはいるのですけれど・・・。
気づいたら、拝殿の階段に手すりがついている。アレッ、いつ手すりなんかついたんだっけ?  近寄って見ると・・・
1219tesuri2
ひどく新しいようです。

ふ~ん、そうなのかぁ。氏子の誰かが「階段はきつくってね、手すりがあればいいんだが」というようなことをおっしゃったのかも知れませんね。
神社一般は好きではないけれど、とにかく、階段に手すりをつける、これは申し分なくよいことです。

・私は去年、近くのお寺の、手すりのない石段の最下段でバランスを失って、ちゃんと落ちようとして、右膝をひねり、一ヶ月ほど、全く歩けなくなりました。手すりがあったらよかったのに。

・教師をやっておりますと、体育館のステージ、というものと日常的に接します。これ、絶対手すりがないんです。新年度最初の授業で生徒には、「手すりのない階段なんて、絶壁と同じだ」という話をしました。
私のホームページから引きます。
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/essay/profile.htm  

 ◎「行けば戻れる」とは限らない。左下がりならいいが、右下がりはダメ。凸型の舗装道路、斜面、階段などでの、障害に起因する一方通行性、行動の不可逆性が発生。山や海、自然の構造も不可逆性の多い構造してるよな。
 ◎登り坂と下り坂。登り階段と下り階段。登りは負担は大きいが右足によるコントロールが利くので、楽。下りは左足を先に出さねばならずコントロールが利きにくく非常に不安。必ず右手でてすりにつかまる必要あり。てすりの無い階段なんて「絶壁」でしかない。体育館のステージにかけられた階段の恐怖。
 ◎エスカレーターの右をあけろなんて、健常者の横暴。強者の論理。右手でベルトにつかまらなければ、危険で、怖くて、どうしようもないという人がいる、ということを想像してみてほしいのです。
 ◎気づいてるかい、私は左足から「段差」へあがることは不可能、必ず右足から。右足から「段差」に落ちたら転倒。必ず左足から降りること。予め距離を目測しながら歩いてるのです、いつも。

バランスを崩して、右足から段差に落ちちゃったわけです。(痛かった~)

・まだ20代のころですが、鎌倉遠足の実踏にいって、あるお寺で、何の気なしに鐘撞き堂に上ってしまったのです。上りは手すりなしでも大丈夫なんです。右足から上がっていきますからね。ところが、降りようとしたら、足がすくんでしまって降りられない。恥ずかしかったけど、階段に腰掛けて、お尻で一段ずつおりたのでした。

・手すりのない階段なんて、あってなきがごときものです。神社の拝殿に手すりがついたおかげで、上まで上がって、お参りすることができるようになった、と喜んでおられる方はきっと多いと思います。
・階段よりスロープ、という声もありますが、きついスロープなんか無意味。スロープより手すり付き階段の方が楽。ということも多いのですよ。何でもかんでもスロープ一点張りでは困るのです。エスカレーターも、右手でつかまらなければダメだという人もいて、故意に立ちふさいでいるわけではない方もいるのです。そういうところに、みんなが、想像力を働かせてくれるといいですね。

・12月5日付の朝日新聞「声」欄にこんな投書もありました。

右に立てたら 転ばないのに
 無職 ○○○(東京都荒川区 73)
 羽田空港の長い下りエスカレーターでのこと。私は足が悪くて右手につえをついています。空けている右側を5,6人が続けて追い越していきました。邪魔になってはいけないと、私はつえを両足の中間に持ちました。
 体とつえの間隔が狭いと、つえに力を込めづらくなります。このためベルトを摑む左手の位置を変えにくくなりました。
 終点近くになるにつれ、とうとう体のバランスを崩した私は仰向けに倒れてしまいました。
 後ろの女性が大声で前の方たちに告げてくれ、前後から助けられ、私は右ひじの擦り傷だけで事なきを得ました。けれども、エスカレーターの右側を空けずに立つことができていれば、そもそもこんなことは起こらなかったのです。
 いったい、片側を急ぎ足で上下するのと、複数並列で自然の速度にゆだねるのと、どれだけの差があるのでしょうか。
 片側を空ける習慣は定着しているため今更無理かとも思いますが、助けていただいた方々に顛末を報告しておきたくもあり投稿した次第です。

◆2008.9.1付 朝日歌壇にこんな歌がありました。
石段の急な勾配降り行きてタカラジェンヌをしみじみ思う:(茨木市)瀬戸順治
 佐佐木幸綱 評:自分がスターになったような感覚だろうか。「しみじみ」がなんともいえずユーモラスな味を出している。

佐佐木氏のコメントで、多分正解なのだろうとは思います。石段を降りながら宝塚のスター気分、なのでしょう、多分。

私には、上に書いたような障害者としての事情があるものですから、別な風に読めてしまうのです。ここまで読み進んでこられたかたならもう想像がおつきのことと思います。

石段を緊張しながらおりつつ、宝塚のスターたちが元気に、踊り歌いながら階段を降りてくる姿を思う。なんと、元気なのだろう。と。
階段を降りるのに手すりが欲しい、などとあの元気なスターたちは思いもしないんだろうな。

失礼な言い方ですが、健常者の元気というものは、障害者や高齢者には「暴力的」なほどに荒々しいものなのです。

だからこそ「しみじみ思う」のではないだろうか?と、これはおそらく、読み込みすぎですね。

◆政治家の「高齢者(くだけたことばでいえば、じいさんたち)」は、元気ですねぇ。首相官邸の階段を、手すりに手も掛けずに小走りに下りてくる。

外遊の飛行機で、タラップの急な段々を、手すりも使わずに上り下りしている。

こういう政治家には、障害者や高齢者の福祉なんてわかるわけがないんだよなぁ、望むだけバカを見るんだよなぁ、ということです。

「つくづく思う」のです。

2008年12月26日 (金)

招き猫

1216syoumenkongou1この青面金剛像は以前にもこのブログで紹介したことがあります。
手には、輪宝、鉾、弓矢、金剛杵、日月、剣・・・などを持っています。

今回は、ふと見たら、招き猫さんがいて、招かれてしまいました。

なんとなく、この地域で「ON」の庚申様ですね。誰かが、供えていったのでしょう。

ちょっと近づきますと
1216syoumenkongou2
見猿、言わ猿、聞か猿、招き猫。

新しい組み合わせですね。

今回さらにもう一つの発見。金剛の足元には「邪鬼」が踏みつけられているのですが、この表情が面白い
1216syoumenkongou3
向かって右の方は、まあ、踏みつけられて神妙にしているようですが、向かって左の方は・・・
頬杖ついて、しゃねぇなぁ、とふてくされたような感じの表情です。
反省してないな、オマエ。

・昔、わたくし、何でもひとこと目に「反対!」と逆らっていたものですから、親に、あまのじゃく、と呼ばれておりましたっけ。社会党議員の私設秘書のようなことをしていた父からも、おまえは「万年社会党」だなぁ、といわれておりましたっけ。兄貴は強情っぱりで「融通機関長」と呼ばれておりました。

「邪鬼」に親しみを覚えてしまうわたくしです。

2008年12月18日 (木)

街路樹

1215gairojuこれ、刈りこまれた街路樹です。最初からこの姿だったのではありません。つい最近刈りこまれたものです。

右の方に「最後の一葉」が残っています。

ところで、イチョウの黄葉は結構見かけるのですが、ほかの紅葉はあまり見かけないなぁ、と思っていました。
きれいな紅葉になる前に、枝を刈ってしまうようなのです。何でかな?と思っていましたら、訳が分かりました。

12月14日付の朝日新聞「声」欄に「紅葉の街路樹 刈られて無残」という投書が載っていました。それによると、役所としては、「落葉に関する苦情が多く、落葉後に掃除するよりもコストが安い」のだそうです。

寂しいなぁ。何だか変ですねぇ。みんな、身の周りに「トゲ」を張り巡らせて生きているのかなぁ。

落葉の苦情かぁ。大変かもしれないけど、この季節のこの時期だけなのに。春は新緑が目を楽しませてくれたんですよね。夏は木陰をもたらしてくれて涼しかったんですよね。感謝しながら、来年を楽しみに、掃除したって罰は当たらないと思うんですがねぇ。

何でこんなに「非寛容」な気分が世の中に蔓延しているんだろう?ギシギシと生活がきしんで、生きづらいですね。

自分が許すもの以外の存在を認めないんでしょうか?
私に言わせれば、「ネズミさんの大規模公園」はその典型です。季節の「花」だけを鉢植えで、もちこんで飾る。植物の生育の時間は、「きれいじゃないから不要」。虫も一匹もいない。池には藻もない。水を緑に染めただけ。人間が存在を許す、完璧に無害なもののみがそこに並べられています。「冒険」すら、一切の危険を排除して「ごっこ」のみ。

現実をはぎ取った、安全無害な人工空間。学校の遠足にはもってこい。連れていって、放しておけば、安全だし、責任も問われることも起きないし。
一回だけ遠足の引率で行って、吐き気を覚える程の不快感に襲われ、以来、絶対行く気はありません。

散り積もった美しい落葉よりは、無残に枝を払われた木の方が楽でいい。
おかしな話です。

木は生きています。落ち葉は腐ります。微生物が生きているから。腐った葉っぱは木の栄養になります。そうして命は循環します。すべての動植物は人間の都合で生きているのではありません。
なんだか「エコ」も「有機」もみんな嘘なんだということがばれてきました。底の浅い話ですね。必ず生態系から手ひどいしっぺ返しを食らいますよ、人類は。

哀しい。

2008年12月 8日 (月)

落葉

1208ityou足元を
ふと見たら
秋が落ちていました
        崩彦

2008年11月12日 (水)

フタモンアシナガバチ

1110hutamonasinagabati1アシナガバチ 寒かろ 飛べないね : 崩彦

11月10日。東京の最低気温が今年初めて10℃を切って、9.7℃。
最高気温も平年より3.5℃低い14.2℃の日でした。

線路際で、じっとしているフタモンアシナガバチを見かけました。
日光浴で体温を上げたいのでしょうが、お日さまもでていません。じっとつかまっているだけでした。
1110hutamonasinagabati2 人間にとっては、寒さでかじかむ、というほどの低温ではないのですが、昆虫にはこたえることでしょう。翅を高速で動かすにも筋肉の温度が低すぎる。

ということで、渥美清さんの句をまねて、ひねってみました。

参考にしたのは「風天 渥美清のうた」から

ゆうべの台風どこに居たちょうちょ

です。

2008年11月11日 (火)

11月11日11時11分11秒

1111111111ただこれだけです。

これがデジタル時計のぞろ目としては一番長いでしょう。

でもちょっと緊張しましたね。次のチャンスは一年後ですから。

2、3年前に一回、こういう写真を撮ろうとしたことがあります。その時のカメラは、ディマージュZ3だったのかな。

カメラを構えていて、11秒になった瞬間にシャッターボタンを押しました。でも写っていたのは12秒だったのです。がっかりしましたっけ。

いろいろな機能のデジカメがありますが、結構シャッターボタンを押してから実際にシャッターが切れるまでの時間ギャップの大きいものが多いですね。カメラがいろいろお膳立てをしてくれる。

今、入門機とはいえ一眼レフを使っていて一番気分がいいのは、とにかくシャッターを押した瞬間に切れる、ということです。ちゃんと写っているかどうかはユーザーの責任なのでして、とにかくどういう写り方をしようとかまわないから、「今が欲しい」という時に応えてくれるのがいい。

ユーザーがシャッターボタンさえ押せば、笑顔に焦点が合ってきれいな写真が撮れます、というのも高機能ではあるのですが、一眼レフのように、その気になればカメラの持つ機能をどのように使ってもいいと、機能をユーザーに解放しているというのも高機能です。

どちらかというと、機能の解放の方が好きです。

パソコンも、高機能なソフトを使って楽しむのもいいのですが、実はその気になると、簡単な機能のプログラムを書いて、自分のやりたいことをやらせることができます。大したプログラムが書けるわけではないけれど、楽しいものですよ。
お試しあれ。

2008年10月20日 (月)

(逆)飛行機雲(?)

1010hikoukigumo1 この写真をみても、単なる曇り空にしか見えないでしょ?

10月10日の写真です。低い雲が薄く広がっていました。そこへジェット機が飛んできたのです。

1012jettoki これは12日に撮った晴天の日のジェット機。羽田が比較的近いせいか、こういう風に低空を飛ぶジェット機が結構見られるのです。

上の最初の写真でも、こんなジェット機が雲の切れ間を飛んでいて、やがて雲の中に入ったのですね。

そうしたら、妙なことに気づいたのです。

最初の写真のコントラストなどを少し変えてお目にかけます。

1010hikoukigumo2 如何でしょう?

白い筋が縦に見えますよね。

さあこれはなんだろう?

話に聞く逆飛行機雲だろうか?それとも普通の飛行機雲を、薄い雲を透かして見るとこう見えるのだろうか?

分かりません。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E8%A1%8C%E6%A9%9F%E9%9B%B2 によりますと

消滅飛行機雲:空中に雲を描く飛行機雲とは逆に、雲が薄く広がる中を飛行機が通ると、雲が筋状になくなっていく。これは消滅飛行機雲(しょうめつひこうきぐも)または反対飛行機雲(はんたいひこうきぐも)と呼ばれる。発生原因は、飛行機の排出ガスの熱により大気中の水分が蒸発すること、乱気流により周囲の乾いた大気と混ざること、エンジン排気の粒子により水分が凍結し落下することの3つが挙げられる。

あまりくっきりはしませんが、逆飛行機雲=消滅飛行機雲を見たのではないか、とひそかに思っております。

2008年10月10日 (金)

徒労への誠実

前の記事で「果てしもない徒労」というような言葉を書いていて、頭の中をよぎっていった思いがありまして、新たに稿を起しました。

◆宇尾淳子 著「昆虫からの贈り物 ある生物学者の一代記」、蒼樹書房、1995年刊

この本は、これから引用する部分も含めて、教師として生徒に語りかける絶好の読み物として、繰り返し使わせていただいた本です。

宇尾さんは「ゴキブリの女王」という尊称を奉られたような生物学者で、ゴキブリの生物時計の研究などで有名です。

いくつかの引用をお目にかけます。説明はしません。

★第十三章は「ヒトとゴキブリが握手する」という題です。(そもそもこの本の表紙絵が、ヒトとゴキブリが握手している絵なのです。)

昆虫もヒトも生物学的大綱においては同じ。

★終章「残照」

 かつて重篤の結核から奇蹟的によみがえった夫にとって、その後の人生は”もうけもの”の感が深かったらしい。右肺の機能が殆どなく、ストレプトマイシンの副作用による難聴、その後は高血圧、心臓病、前立腺肥大などなど、体中いたるところに病を持ちながら、健常者も顔負けなほど激しく生命を燃やし続けた。彼は建前抜きの本音だけを、内でも外でも押し通した信念の男であった。あれほどナンギで、かつ魅力的な人物は他にはいないであろう。

私達夫婦の京大時代からの友人、小澤壽一郎さんが、十年程前に一冊の本を刊行した。題して「徒労への誠実」。強直性関節炎で四十年間の闘病生活の後、六十二歳で世を去った一病者の伝記である。全身の関節が次第に動かなくなり、遂には餓死に至る奇病に、すぐれた知性と稀にみる勇気、そして深い信仰で立ち向かった人。彼の生き方の真髄は「徒労への誠実さ」であった。”努力しても、努力しても、少しも良くならない。それでもなお、誠心誠意努力する。そこにこそ、本当の人生、本当の悦びがある”と。

人生は時間の長短ではない、と吉田松陰はしきりに言ったそうである。「早すぎた。もっと生きて大きい仕事を仕上げてほしかった」という哀惜の言葉を多くの人からうけた。私もそう思う、しかし、彼は与えられた時間を完全に燃焼しつくして去っていった。もって瞑すべしであろう。

人の一生に対照区はない。与えられた条件下で自分なりに力一杯生きた私は”幸せ者”と言えるだろう。

---------------------------------------

☆蛇足:対照区(コントロール)というのは、生物系の実験には必須の実験手法です。

人間はどうも、時間的に近接して起こった出来事を因果関係としてとらえがちですが、それを保証することはできません。

よく、ある病気の時に、ある薬を飲んだら治った、だからこの薬はこの病気に効く、という論法が使われます。もし、薬を飲まなかったらどうなったのか?薬を飲まなくても治ったかもしれないのです。ですから、薬が効く、ということを調べるには、同じ病気で、その病気以外のことについてはほとんど同じような人の集団を二つに分けて、一方のグループには薬を飲んでもらい、もう一方のグループには薬は飲ませない、という実験をして、統計的に見て、薬を飲んだグループで治癒率が高ければ、薬が効いた、というわけです。

エセ薬、健康食品・・・などで、対照実験のない「これが効く」というような宣伝を見たら、蹴とばしてやってください。

「人の一生に対照区はない」というのは、人生においては「もし~~でなかったら」「もし~~であったら」というような「対照実験」は原理的に不可能だ、という意味です。

人生、生きるということの「一回性」ともいえるでしょう。

私は「自分の人生に仮定法は使わない」と高校生のころから言ってきましたが、それも同じことです。

宇尾さんの言葉に、身震いするほど感動しました。生徒にこの話をするときも、いつも何だか涙腺がゆるんでしまうような、そんな気分で話をしたものです。

http://www.nextftp.com/jissen/3-1.htm から引用。

【対照実験】生命現象の持つ複雑なはたらきの要因は幾つあるか判らない。ある現象の原因が何であるかを調べるには、対照実験を設定し実験するのが良い。日本動物学会・日本植物学会編「生物教育用語集」(東京大学出版会)によれば、対照実験とは、実験を行う際、操作・条件などの要因に対する効果・影響を明確にするため、本来の実験(本実験という)と一つの要因以外の操作・条件をすべて同じにしておこなう実験をいう。生物学のように現象が複雑な分野では、本実験といくつもの対照実験の結果の比較検討が、要因の効果などを明らかにするために重要である、とある。 

2008年10月 8日 (水)

Rain Rain Go Away

0930ameame ピンボケ写真のようですが、よく見ると、雨の筋が写っています。

シャッタースピードは1/80秒。マニュアルフォーカスで、適当なところに焦点を固定しておいて、フラッシュ併用での撮影です。

シャッターが開きはじめてから、ほんのわずかの時間遅れてフラッシュが発光し、そのあと、長い時間シャッターの開いたままの状態が続いた、ということが見て取れるようです。

雨の日、退屈しのぎに遊んでみました。

雨雨降れ振れかあさんが♪というのは幼い子。

私は、ステッキを常用するようになって、雨は苦手。傘とステッキを両立させるのはきついです。ステッキはなくても歩けないことはないのですが、とてもくたびれます。で、雨が降ると下の童謡のような状態になります。

Rain rain go away,
Come again another day.
Little Johnny wants to play;
Rain, rain, go to Spain,
Never show your face again!

http://en.wikipedia.org/wiki/Rain_Rain_Go_Away から引用。

マザー・グースにあるようですね。

私はオリジナルの歌を知っていて歌えるというわけではないのです。

”The folk group Peter, Paul & Mary recorded a version of "It's Raining" on their first LP in 1962.” 

こういう記述がありましたが、これを知っているのです。私の年齢ですと、中高生時代にピーター・ポール・アンド・マリーを同時代で聞いていたのです。フォークギターが欲しくてね。小遣いためて、ヤマハへ行ってやっと買い込んで、コードを押さえて、弾き語り(のつもり)で、楽しんだものです。

雨に降りこめられた、子の心境が今、わかるようになりました。

童謡のメロディーそのものを聞きたい方は下のサイトを見てください。

http://jp.youtube.com/watch?v=c3v0rJqyCTM

PPMの歌とは詩もメロディーも少し違うのですが、童謡はこんな感じなんでしょうね。

古い看板

1006kanban1 昭和40年代のホーロー看板ではないでしょうか。

マニアの方が殺到したりするといけないので場所は明らかにしません。

しっかしまぁ、懐かしいことです。私は昭和42年に大学に入っていますので、当時の「青少年」です。

由美かおるさんは当時の青少年をたっぷり悩ませてくれた方です。(私も)

これで、松山容子さんの「ボンカレー」でもあればすごいんですが・・・

1006kanban5 こういうカレーの看板でした。

これにしても懐かしいなぁ。

「即席」ですよ。「インスタント」じゃないんです。

1006kanban2 さらに、右から書かれた看板です。

左から読まないでくださいね。

いつごろの看板なのか、知りません。

1006kanban3 そう、子どものころ、母が買ってきて淹れる紅茶は「セイロン紅茶」でしたね。当時は、ポットや、茶漉しで淹れていました。

ティー・バッグが出たのはずいぶん後のことです。

トワイニングなんてのを飲み始めたのは、結婚してからです。

小さな缶のサンプルみたいなのを買ってきて、味の違いを覚えて、お気に入りの葉を決める、なんていうママゴトみたいなことに新婚当時に凝っていました。ティーバッグの紅茶は「紙臭い」ということを知ったのはこのころのことでした。コーヒーの豆の味もずいぶん試しましたっけ。私は以来「酸味」のコーヒーをこってりと淹れるのが好きです。

(今は、安いいものほどいいものだ、という飲みかたをしていますが・・・。)

1006kanban4 「レート白粉」これ「おしろい」と読んでくださいね。知らない商品です。

「コーリン鉛筆」は知ってるなぁ。

裸電球があって・・・

「アデカ石鹸」というのは知っているような知らないような・・・。

「ワーム」というのは「皮膚病」の薬と書いてあるように見えますが知りません。

こんな看板がずらっと並んでいるのはちょっとした壮観でした。

とほ、懐かしいなんていってる自分の年齢を自覚してしまった。

2008年10月 7日 (火)

Keep your options open.

2008年10月6日付朝日歌壇より

デジカメを買わんと選ぶ息子の目選べばほかを失う苦に居る:(茅ヶ崎市)相沢孝七

この歌には深刻な意味が含まれているようです。

◆一つは、買い物の心理学なのですが、いろいろ選んで迷って買ったものの方が不満足度が高いという妙な心理です。「あとをひく」のですね。「あっちの方が良かったかなぁ、もっと見ればよかったかなぁ・・・」ですね。モノが豊かになればなるほど、不満が募るという、ヒトの欲望の果てしなさ、でしょうか。

出会いがしらに「気にいった!」と衝動買いした方が満足度は高いようです。

◆もう一つは、「選ぶということは捨てるということだ」ということです。

これは、実は現在ひどく切羽詰まった深刻な事態だと私は思っているのです。

教職にあったころ、よく生徒に「キープ・ユア・オプションズ・オープン」という言葉を示して話をしました。

現代では、小中学生のころから、「夢を持て」「夢はかなう」などと吹きこまれて、たまたまちょっとかすっただけのものが「自分の夢だ」などと思いこみ、夢の実現に役立たないものは一切いらない、役立つことだけをしたい、などと思いこんでしまうことが多いのです。幼いころ、若い時は無駄を一杯積み重ねることが重要だ、などということは通用しなくなってきました。

視野を狭くして、ひた走り、ちょっとの失敗で全人格が傷ついたように思いこみ、叱られ弱くて、失敗に弱くて、「もし本当の自分があらわれたらこんなもんじゃない」などと自分を偽るしかないなんて、悲しいことです。

今いる自分が本当の自分なのに。自分探しなんて無意味なことです。

何かを選択するということは、何かを捨てることです。いずれ人間生きていくうちには、どんどんいろんなものを捨て、何かを選択せざるを得ません。若い人は、可能な限り選択肢を全部保持したまま生きていくべきです。そう、いずれは選択せざるを得ないのですから。

10代の後半から20代のはじめの頃に形成した「夢」が、人生の中で直接かなうなんて、それはウソです。夢がかなった人が「夢はかなう」なんていうのを聞いて真に受けてはいけません。かなわなかった人の山のてっぺんに、かなった人が一人いるだけなんですから。

じゃあ、夢を持つことは無意味なことなのか?いえいえ、全然そうではありません。年を重ねた大人のごまかしのように若い人には聞こえるかもしれませんが、実は、夢はかなわないけれど、夢を軸とした生き方は誰にでもできるのです。

60歳にもなって振り返ってみると、高校生から大学の初めのころに考えていたことが私の人生の軸になっていたことがよくわかります。なんだ、俺って全然変わってねぇなぁ、と苦笑します。

人生の出だしのころ、夢や希望を育てましょう。それがかなわなかったからって、負けなんかじゃないのです。勝てなくったって負けない、という生き方もあるのです。振り返ってみると、自分の人生は、あの夢を軸としてぐるぐる回って出来上がってきたんだなぁ、と必ず後日思えます。

これは大人として保証できます。

こんな話を、生徒によくしたものでした。

選択肢は可能な限り広く保持しておきなよ、と、今も言いたいと思います。

◆2008年10月6日付、朝日新聞[あの人とこんな話] に、こんな話が出ていました。

若くしてキャリアを限定するな 人生観は変わるものだ
 東京大学 知的資産経営総括寄附講座 特任教授・妹尾 堅一郎さん

・・・「自分を正当化するわけではないけれど(笑い)、キャリアをもっと自由に考えていいと思う。若いうちから一つに決めてしまおうとする人がほとんどだが、それでは他の可能性を切り捨てることになる。もちろんその場で全力は尽くせ。でも、ワクワクする場所があるなら飛び込めばいいんです。そこで自分がどう変わるのか。それが人生の楽しさじゃないですか」・・・

そう、重要なことはたった一つ。常に全力を尽くして、常に正面衝突すること。

これだけです。全力の正面衝突を回避して、斜に構えて事態を回避したら、残るのは悔いだけです。

自分の人生に対して「もし」という仮定法を使わないでください。それをやったら、人生おしまいですよ。1歳でポリオにかかり、「もし自分がポリオにかからなかったら」と言いたくなりそうな人生の出だしでしたが、高校生のころかな、「ポリオにかかったことも含めて、これが私だ」と言えるようになって楽しい充実した人生を送ってきました。

人生の先輩の言うことは、うるさいけれど、耳にはさんでおいて損はありません。

2008年10月 1日 (水)

ムラサキシキブ

0924murasakisikibu 9月24日の撮影です。

青い実もあり紫に熟したのもあり、移り変わりゆく季節です。

◆2008/09/29 朝日俳壇より

色づきてここに我あり実むらさき:(伊丹市)保理江順子
 長谷川櫂 評:紫式部の実が名のりをあげているような一句。作者が紫式部の実となったようでもある。

評は私にはピンとこないのですが、私の感性だと、「私とムラサキシキブの間の区別がなくなって、ああ熟してきた」という感じで読みました。

◆「オチビサン」 安野モヨコ(2008/09/28付朝日新聞より。セリフのみ。)

 「そこそこ もうちょっと上」夜明けの空の
 一番いいとこ おさじでくり抜いて
 「ホイ」「ホイ」
 みどりの糸でつなぎます 「できたぞ『夜明け玉』」
 「この実のもうひとつのなまえは『紫式部』って言うんですよ」

私って散文的だなぁ。「夜明けの空の色をした『夜明け玉』」なんて、思いもつかなかった。

0930murasakisikibu

台風15号に刺激された秋雨前線の雨がふと小やみになったときに撮ってきました。9月30日。

雨に濡れそぼつムラサキシキブです。東京は暖房がほしくなるような日が続いています。

◆8月12日付でムラサキシキブの花の写真をアップしてあります。

色づくまでは何となく見逃しがちなムラサキシキブですので、ぜひ花ももう一度見てやってください。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d51d.html

2008年9月18日 (木)

ラッキー・デー

0910tamakotyan このサムネイルはクリックしても大きくなりません、むしろ小さくなります。

というのは、著作権の侵害をしたくないからで、ここから正確な画像が再現できないよう縮めてしまいました。

さて、これは「玉子屋」さんというお弁当屋さんのキャラクターで正式には「ピヨちゃん」というのですが、私はいつも「たぁまこちゃ~ん」と呼んでおります。(ルパン3世が「ふぅじこちゃ~ん」という時の感じで・・・。)かわいいでしょ。お気に入りなんです。

もう、10年にもなりますか、教師現役時代から車の運転をしているときに自宅から半径10kmくらいの範囲で、時々配送車に出会うんですね。するとこのマークがついているので、「たぁまこちゃんだぁ、今日はラッキー・デーだあ」と叫ぶことを習慣にしております。

今回は、私の車の直後に配送車が入り、信号待ちになったのでバックミラーで写真を一枚パチリ。

◆たまこちゃんと出会った日はラッキーです。

いいことがあれば、ラッキーです。

何にもなければ、それはとてもラッキーなことです。一日無事に終われるというのがラッキーでなくてなんでしょうか。

辛いことや悲しいことがあるのは、ラッキーなことです。もし、死んでしまったら、辛さも悲しさも味わうことはできません。生きていればこそ、辛くもあり悲しくもあるのです。生きているなんて、超ラッキーですね。

そもそもこの世に生まれてきたこと自体がラッキーなんです。我が身に生きる力があるのなら、生き続けましょう。もし、生きる力に限りが出たら、それもまたよし、それが私の命です。

「生きることに執着することは苦である」、とお釈迦様はおっしゃいました。

実は「死に執着することも苦」なのです。

執着を離れてわが身の生きる力に任せて生きましょう。楽ですよ。

実はこれ、虫さんたちをみていて得た「悟り」なんですね。虫さんたちは「一切の執着」から離れて自由に生きられる限りを生き抜きます。

見習いたいと思いますが、そこまで悟りを徹底できるかどうか?わかりません。そんな悟りにも執着しないことですね。

◆「ピヨちゃん」の画像をご覧になりたい方は「玉子屋」で検索してください。いろんな表情が見られますヨ。(私は玉子屋さんとは一切関係はありません。たぁまこちゃ~んが好きなだけです。)

2008年8月26日 (火)

朝かげに男虹と女虹たちたれば黄のひとすじがきわだちて見ゆ:(豊橋市)小村宏

2008/08/04付 朝日歌壇より

次の歌は、多分この歌をうけての歌だと思います。

性別のあること時に煩わしあまつさえ空の虹にもありと:(岡山市)秋山素子

2008/08/25付 朝日歌壇より

◆「男虹・女虹」ってなんだろうな、多分「主虹・副虹」のことだろうな、と思います。虹を「龍」に見立てることもあるようですから、そこに「男女(雌雄)」が入り込む余地はあるのでしょう。でも、私は根が科学屋ですから、虹に男女を持ち込むことには強い違和感があります。

あの美しい虹という自然の大現象を見ながら、そこに男女を持ち込むことはなんだか、出来事を小さくしてしまっているように感じました。勝手を言ってゴメンナサイ。

虹については、私の「案山子庵雑記」で詳しく解説しています。ぜひ、ご覧ください↓

http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/98th/sci_98.htm
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/99th/sci_99.htm

普通に見える虹が「主虹」といいます。上が赤くて下が紫に見えます。

条件の良い時は、主虹の外側にうっすらと副虹がかかることがあります。上が紫で下が赤になります。

主虹と副虹の間は暗く、主虹のすぐ内側は白っぽく明るく見えます。

虹の色というのは、太陽光線が水滴で分光された色ですから、「純粋な色」です。反射と吸収による物体色ではありません。まさに「天空の色」です。科学的にまた分析的に見れば見るほど、虹の不思議は深まります。私のHPでの説明も本当はまだまだ不充分でして、数学的にもっと深く突っ込むべきですし、量子力学も考慮すべきでしょう。科学が入り込むとロマンが消えると考えるのは浅薄なことです。

科学は自然の謎を深めてくれる道具なのです。知れば知るほど不思議が深まります。科学は楽しいですよ。

◆野暮な註を一つ。

「月影」が「月の光」であり、「星影」が「星明かり」であるように、「朝かげ」は「朝の日の光」です。

日本語って微妙ですねぇ。

◆またまた余談を。

アホウドリの保護や繁殖に長くかかわっておられる長谷川博さんが何かに書いた話だったと思うのですが。

灯火が全くない鳥島で、星の光によって地面に影が映るのを見た、ということです。

東京にいては想像もつかないことですが、本当にあるのですね。そうして、人間の眼はそれを見ることができるほどに感度が高いのですね。感動した覚えがあります。

◆「月虹」はそれなりに有名になりました。「星虹」ってあるのかなぁ?星の光が水滴で分光されて虹が見えるかという話です。

別件の「スター・ボウ」というのはSF的には有名なんですがね。直訳すれば「星虹」なんですが・・・。

宇宙空間を光速に近い速度で飛ぶときに見えるであろうと、そういう話です。

◆8月27日 追記

西條敏美 著「虹 その文化と科学」恒星社厚生閣 、1999年11月刊 から孫引きします。

「大漢和辞典」では、「古は龍の一種とし、雄を虹、雌を蜺といふ」とあり・・・

ということです。

その場合、くっきり見える主虹が雄で、薄い副虹が雌なのでしょうね。

私が引っ掛かっているのはそのあたりなんです。

男女を陽と陰にあてる陰陽説がそのまま現代に生き残っているとは思いませんが、社会には根強くジェンダー文化が残っていますね。

男は明るく強くたくましく、女は優しく力は弱くはかなげに。そういう性役割分担が今も社会には根強いでしょう。それを押しつけられています。人間社会にある性役割を、大自然の美しい現象に投影するのが嫌なんです。

価値中立な言葉にしましょうか。主虹を1次虹、副虹を2次虹ということにしましょう。

虹が単純な反射によってできるのなら、もっと明るくていいと思いませんか?

ところが、水滴に光がはいるときに同時に反射が起こっています、水滴内で反射するとき外部に光が漏れます、水滴から光が出る時も水滴内への反射も起こります。ですから、太陽光のうちのほんのわずかしか虹光線としては出てこないのです。

1次虹でこれですから、2次虹では反射回数がもう一回多いので、原理的に1次虹より暗いのです。

ただそれだけです。男女でもなく雌雄でもありません。

虹の女神イリス(Iris)が1次虹で、たまに男の神様が寄り添って2次虹ができる、というならまあ許しますが、イリスの神話にそういうのはないし。

というようなわけで、ジェンダー・フリーなほうが楽でいいじゃないですか。

虹に男女を見ることに、私が反発しているのはそういうことなのでした。

文化としての性役割分担を嫌っているのであって、生物に雌雄があり、生き方が異なるということは明白なことです。それを踏まえた上で、性役割の文化から解放されたいな。

執着から離れて、もっと自由にありたいと願っています。

2008年8月22日 (金)

残暑お見舞い申し上げます

日中の気温はまだまだ猛烈に高い日もありますが、秋の雰囲気が色濃く漂い始めました。窒息しそうな空気の圧迫感が薄らぎ、なんとなく空気に透明感が増してきたように思われます。

私の家の付近では、1週間ほど前にカナカナゼミの声を聞きました。この土地でカナカナを聞くのは珍しいことです。2、3日前からコオロギの鳴き声も聞くようになりました。ツクツクホーシも鳴きはじめています。

相変わらずミンミンゼミ・アブラゼミの声も大きいですが、晩夏の調べが耳に届くようにもなってきました。

東京の平年気温は、もうピークを過ぎました。最高気温はピークが31.2℃でしたが、立秋の3日後の10日に31.1℃になり、今日、8月22日の平年値は30.5℃です。最低気温も8月15日までがピークで24.4℃、今日は24.1℃です。

明日は処暑。長く暑かった夏も、そろそろ息切れしてくるでしょう。

東京の日の出は、今日が5時5分です。いちばん早かった時が4時25分でしたから、40分遅くなりました。

今日の日の入りは、18時22分です。いちばん遅かった時が19時1分でしたから40分近く早まりました。夕方になるのが早くなる、これは気温の他に、秋めいた気分を生み出す大きな原因でしょう。

秋の日は釣瓶落とし、の感じになるのはもう少し先。でも、秋の気配はもうそこまで来ています。

暑さに気が張っていましたが、涼しくなると、気力が抜けて疲れがどっと出てきます。

御養生ください。

かかし拝

2008年8月11日 (月)

888888

◆北京オリンピックが始まったようですね。もともとオリンピックには一切無関心な私にはどうでもいいのですけれど。高校野球もやっているようですね。両方重なって、定時ニュースさえ不定時化してしまった今、私はテレビとは無縁です。

ですけど、「8」にこだわっていたということくらいは知っていますから、記念写真を撮っておきました。

080880808 2008年8月8日午後8時8分8秒、です。電波時計ですから正確ですよ。

以前、11月11日11時11分11秒を撮ろうと思って準備していたら、失敗しました。11秒になった瞬間にシャッターボタンを押したのに、カメラ側がなにやらピントやら露出やらそのときになって設定したものですから、1秒以上遅れて、「12秒」が写ったのですね。いや、めげました。今回の写真は一眼レフですので、シャッターの追従性がよく、そういう遅れなしで安心して写真が撮れました。

◆ところで、なんでオリンピックで騒ぐんでしょうね?意味不明ですね。なんで競うんですか?何でがんばるんですか?

ひょっとして、戦争って、人間の「ガンバリズム」「キソイズム」に根ざしているのではないでしょうか?

競うなんてやめてみませんか?がんばるなんてやめてみませんか?

楽ですよ~。

オリンピックが終わるとパラリンピックでしょ。せっかく障害者になれて、人間社会を覆う「ガンバリズム」や「キソイズム」から解放されるという幸運に恵まれているのに、わざわざ競うことはないでしょう、がんばることはないやあね。

障害者は社会の在り方を、一段上から見て、人間社会を遠く見とおすポジションに近いんですからして、わざわざ健常者の価値観にまみれることはないだろう、と私は思うのです。

頑張ればなんでもできるんだ、なんて大ウソに手を貸すことはない。障害者だろうと健常者だろうと、できることはできるし、できないことはできないんです。

できることをやる、人間それでいいでしょ。

(註:かかしさんは「ポリオ後遺症による左下肢歩行機能損傷」を持つ4級の障害者です、為念。)

◆「感動を与える」なんていう傲慢も拒否しませんか。あの人たちがやっていることを見て感動するのは見る側の勝手ですが、やる側が「感動を与えよう」なんてとんでもない傲慢なことです。(高校野球もね、そんな選手宣誓はやめましょうね。)

与えられた感動にひたって気持ちよくなっていると、背中の方から「ファシズム」が忍び寄ってきますよ。ファシズムは怖い顔してやってくるわけじゃあないんです。気持ちよい感動とともにやってくるんですからね。

2008年7月 8日 (火)

東急多摩川線7000系

0628_7000_1 携帯ストラップです。

かわいいので買ってきました。

0628_7000_2 0628_7000_3 なかなか芸が細かいでしょ。

左の写真などは、ちょっぴり猫が香箱をつくっているような雰囲気もあってかわいいです。

私は週に1回くらいしか電車には乗らないので、先日、初めてじっくり乗りました。(前回は、運転席の写真を撮るのに夢中でしたので)。

ドアが、ちょっと凝った閉じ方をします。

運転手さんが(ワンマン運転ですので)、ドアを閉めるボタンを押すと、ドアは閉じ、中央でドンとぶつかるのですが、ほんの僅か1cm足らず、開いたままになります。

その後、運転手さんがレバーを「力行」側に倒してモーターが動き始めると、ドアはびしっと閉じてしまいます。

おそらく、ドアに挟まれないようにという配慮なのでしょう。もちろん、挟まったことへの「ドアが閉じていないぞセンサー」もあるでしょうし、赤外線センサーもあるようですが、発車寸前まで少し隙間を緩めているように思えました。

芸が細かい。

2008年6月30日 (月)

乾電池で走るバス!

0630batterybus 6月30日。朝、用事があって自由が丘駅のそばを走っておりましたら、バスが、単三乾電池2本直列、で走っておりました!?

この広告気に入りましたよぉ。

とってもリアル。直列3Vなのもよくわかります。オマケに、電池ボックスの左にスイッチがあって、ちゃんと「ON」に入ってるんですよ。乗降中にパチリ。

降りて行って、あのスイッチをOFFに書き換えちゃったらきっと走らなくなりますね。

単三電池2本でバスが走るなんて、知らなかったなぁ。ウレシイ。

2008年6月24日 (火)

タンポポ

写真そのものはどうということもないものです。

0616tanpopo タンポポの茎が曲がっています。

これを眺めていて、フト思ったんですね。

「不撓不屈」というのは、かっこいいけど疲れるでしょ。撓んでもいい、屈してもいい。撓んでも屈しても、自分というものが消滅するわけじゃなし。

教師をかつてやっていたころ、生徒に、だんだん自己ガードがきつくなってきて、失敗したら自分の人格に大きな傷がつく、というような姿勢がめだってきていました。失敗したくない、傷つきたくない、ということでガードばかりきつくなって、肝心の中身が十分に育ち切っていないのではないか、と心配でした。

自尊心というのは自己をガードする殻を固くすることではありません。中身を育てることです。心の成長には失敗は必須なのです。失敗もせず成長するのは多分無理でしょう。

理科系の実験で探求していく仕事では、失敗は当たり前、失敗こそが原動力、失敗する能力=創造力というような世界なんです。

失敗する能力がない人には創造的な仕事はできません。そのあたり、理解してほしいなぁ。

秋葉原事件のことを少し考えています。傷つくことになれていたら、傷つくことこそ成長なんだとわかっていたら、なんて思うんですよ。

満1歳の時から、障害者をやっている私は、その障害をさらけだし、何千人もの生徒にむき出しの私を見てもらうという職業を選びました。私が私であることそのものを見てもらいました。私には「殻」は不要。あるがままに私です。

撓み、屈し、傷つき。いいじゃないですか。この世に生まれてきたということ自体が、どんな宝くじに当たるより「ラッキー」なことなんですから。力まず、急がず、ゆっくり生きる力にまかせていけばいい。

生きたいと執着するのも、死にたいと執着するのも、どちらも苦悩ですよね。己の生きる力がある限り生きていけばよい。執着を捨てると、心が身軽になりますよ。

勝ち組だ、負け組だと騒ぐことはない。

勝てなくったって、負けはしない、という生き方だってあるんですよ。

タンポポを見ていて、まとまりもない思考がいろいろと脳裏をよぎっていったのでした。

2008年6月13日 (金)

ヤンマの思い出

◆小学校にあがる前のことですから、今から五十四、五年も前の昔話です。

そのころ、大田区の千鳥町駅から少し歩いた、久が原の台地の端のあたりに住んでいました。車などあまり走らない時代ですし、袋小路の突き当りの辺りに住んでいましたので、のんびりと道で遊ぶ日々でした。(幼稚園はありましたが、「お大尽の子」が行くものだと思っておりましたから、私は無縁に遊んでおりました。)

ある日、道の奥ですから電柱も端っこで、端の電柱はワイヤで斜めに引っ張って支えるものですが、その斜めのワイヤに、ギンヤンマがとまっていました。そのメタリックな輝きのギンヤンマを見つけたとき、手には長さ1m程度の簡易な捕虫網を持っていました。

とにかくギンヤンマを捕まえたくて、まず、じっくりと間隔を詰めていき、手と捕虫網の柄の長さがギンヤンマまで届く範囲までにじり寄りました。

ギンヤンマは斜めのワイヤに頭を上にしてとまっていましたから、後ろ側から追い・すくいあげるつもりでギンヤンマの下側から少しずつ網を近づけていきました。もう、ここから全力ですくい上げれば、飛びあがるギンヤンマの飛跡と網が交差して、網にヤンマが入るはずだというところまで、じっくりじっくり近づいて行って、思いっきり網を振ったのです。

かすったような気がしましたが、みごとにヤンマに逃げられたのでした。悔しかったけれど、闘いが終わってすっきりした気分でした。

あの濃密な時間、時間の流れの密度がとてつもなく高くて、主観的には何十分もの間だったように思いますが、きっと数分のことだったのでしょう。

あのような時間を「至福の時」というのかもしれません。私の記憶は映像的な記憶が多いのですが、中でもくっきりと残っている幼い夏の日の鮮烈なワンシーンです。

緑色の金属光沢に包まれたギンヤンマにあこがれていました。

◆同じ道の突き当り、台地の端の崖っぷち。(私はこの崖を転げ落ちたことがありますから、それなりに注意深くはなっていました。)

ふと目の前にオニヤンマが現れたのです。オニヤンマのパトロール、というやつですね。

手には何も持っていませんでした。崖の縁から1m弱先の空間でオニヤンマはホバリングしています。手を伸ばせば転げ落ちます。どうしようもなくて、ただひたすらにオニヤンマと見つめあってしまったのです。確かにあの瞬間オニヤンマと眼があい、視線が絡まったと思います。どれほどの時間なのか分かりません、多分、数十秒か1分程度のものでしょう、でもその時間が永遠といえるほど長く感じられたのです。

オニヤンマの威厳ある眼差し、ホバリングによる完全な空中停止、あの黒と緑の迫力ある姿。

これも鮮烈な映像として記憶にくっきりと残っています。写真など撮らない分、余計に記憶としては鮮明になるのかもしれません。

やがて、ツイ、とオニヤンマは向きをかえ軽々と飛び去っていきました。私は呪縛から解かれたようになって、ため息をついて、疲労感に包まれたのでした。

オニヤンマとの衝撃的な出会いでした。

◆少年というよりはまだ幼児に近い時代の、はるか昔の記憶です。あの時代、時間は濃密に流れていました。

60歳にもなって、クロスジギンヤンマの羽化に興奮している自分を見て・・・楽しいですね。昆虫たちが与えてくれる時間は、人間社会の時間とは違って、昔ほどではないにせよ濃密で、季節の流れにより浸りこんだ、命の流れの時間です。

贅沢な時間流に身をひたしているな、と実感する日々です。

2008年6月10日 (火)

梅の実

0608ume 6月8日、日曜日、散歩に行った娘が、小梅を採ってきました。

これだけ。

で、よく水洗いして、ナイフで果肉を削ぎとり、適当に砂糖をかけて、適当に電子レンジでチンと加熱。

梅ジャムができました。

Umejam これだけ。

とっても

!スッパイ!

香りがものすごくいいです。甘い梅の香りが最高。

紅茶にちょっぴり入れて、ロシアンティー風にして飲んでみたら、これはいけます。濃く淹れた紅茶の色が、ジャムの酸味で薄くなり、最後の方で香りとともに甘いジャム。贅沢なティータイムになりました。

2008年5月30日 (金)

還暦を迎えました

◆asahi.comからのコピーです。

サケ、命がけ産卵? 6~7秒心臓停止、北大院生ら確認
2008年05月18日09時36分

 サケは産卵の瞬間、心臓を止めている――。北海道標津(しべつ)町の標津サーモン科学館で実施された北海道大学大学院生らによる実験で、14匹のシロザケから、こんなデータが得られた。今年9月に米国で開かれるシンポジウムで発表される見通しだ。

産卵行動中のシロザケのペア。口を開けた直後に心停止が始まる=北海道標津町の標津サーモン科学館、牧口祐也さん提供

シロザケの産卵の瞬間の心電図(上がオス、下がメス)。波形がないところが心停止状態を示している

 サケの心停止現象については83年に論文が発表されているが、この時は1ペアだけのデータだった。今回はこの論文を裏付け、心停止がシロザケ全体の生理現象であることを証明したとみられている。

 同大大学院の環境科学院博士課程の牧口祐也さんと、同科学館学芸員の市村政樹さんらの共同研究。産卵期の昨年11月、科学館に隣接する標津川とつながる魚道水槽で実験した。根室海峡から遡上(そじょう)してきた20匹に麻酔をかけ、心臓付近に電極、背中に心拍を記録する小型記録計を装着。水槽に戻し、動画カメラで撮影して産卵の様子を見守った。

 オス5匹、メス9匹のデータがとれ、心電図と動画を分析。シロザケの心拍は通常毎分80~90回とされるが、メスが産卵し、オスが精子をかける時に、いずれも6~7秒間、心停止していた。牧口さんは「10拍分は止まっている。心停止は産卵時だけだった」と話している。

 83年の論文をまとめた広島大学大学院生物圏科学研究科の植松一眞教授(魚類生理学)は「サケはタイやヒラメなどとは違い、泳ぐための筋肉を使い産卵する。その瞬間は全身の毛細血管が押しつぶされるくらいの状態だ。血圧を下げるために心停止するのではないか」と話している。(神村正史)

◆すごいことです。産卵は命がけ。そうですね、生物は基本的に次の世代へ命をつなぐために生きているのですから。それにしても、産卵のために心臓も止める、というのには驚きました。

◆この話を読んで、以前に読んだ柳澤桂子さんの「われわれはなぜ死ぬのか」1997年、草思社刊 の中の記述を思い出しました。

河の流れをのぼりきったところで、サケは産卵する。雌のために産卵の場所をあらそって確保するのは、雄の役目である。産まれた卵に精子をかけ終わると、サケは死ぬ。産卵を終わった雌も死ぬ。
産卵後のサケは、組織学的な変化と生理学的な変化の総合的な結果として死に至るものと思われる。まず、産卵期のサケは、食べ物を摂取することができなくなる腸の上皮細胞は、ほぼ完全に消失し、脂肪の蓄えは使いはたされる
サケが成熟すると性腺のステロイド・ホルモンの分泌が増加する。その結果、血中の副腎皮質ホルモンの濃度が5倍以上に増加する。
この副腎皮質ホルモンの濃度が高くなることによって、サケのからだは劇的に変化すると考えられている。まず、腎間細胞の核が大きくなり、からだ中の組織に変化があらわれる。心臓冠動脈、腎臓やその他の動脈の内皮細胞が異常増殖する。これは、ヒトの心臓冠動脈疾患の病理像と非常によく似ている。肝臓、心臓、脾臓、胸腺の細胞は核がこわれて細胞死をおこす。心筋細胞は変性して破壊される。しかし、筋肉細胞は正常な像を保っている。皮膚にはカビが増殖し、免疫反応は極端に退行する
性ホルモンの働きによって、一時的に副腎皮質ホルモンの濃度を高くすることによって、からだ中のすべてのエネルギ-を生殖に向けて集中的に発揮し、それがすんだときには、からだは使いはたされて死に至る。ここには老化はなく、青春から瞬時にして死へと突き落とされるのである。

体中のエネルギーを「燃やし切って」しまうのですね。生殖の後には生は要らない、という生き方のすさまじさに打たれます。

◆ヒトは、生殖・育児の後にも長い生の時間を持つ生物です。でも、やはり子育て後の長い生は、「その次の世代(孫世代)を育てる=社会を維持し育ててていく」ために使うべきなのでしょう。

「おばあちゃん」という生の時間を持つのがヒトの特徴です。「おじいちゃん」はどうしまようかね?(なんか、こう、無駄な気もしてきますが・・・。「かわいいおばあちゃん」というのは実際たくさんいらっしゃいますが、「かわいいおじいちゃん」というのは、何だか言語矛盾的な気もする。)

社会的な「子育て」を引き受けることが大事なのではないでしょうか。社会的な役割としての「じじ、ばば」を引き受けましょうよ、実際に孫がいるかどうかは別にして。

他人に「おじいちゃん・おばあちゃん」と呼ばれたといって目くじらを立てることもありますまい。おじいちゃん・おばあちゃんとして、社会的な子(孫)育てをしましょう。席を譲られたら受ければいい。それが子や孫たちの優しい気持ちを引き出し育てることになるじゃないですか。そういう「社会育て」をしていくことが、還暦を迎えた私自身の仕事でもあるのだろうと考えています。

サケほどの劇的な生き方・死に方はヒトにはないにしても、命というものはやはり、次の世代を育てるために使うべきものなのかな、と思っています。

2008年5月23日 (金)

旬(しゅん)

●5月21日にイチゴの芽生えについて書きました。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_fd4d.html

そこで、こんなことを書きました。

もうやめませんか?不自然だし、無駄なエネルギー消費が多すぎる。

苗に冬を経験させるために、大型冷蔵庫に入れたり、高い山に運びあげたり。その上、今度は暖房を入れて開花・結実させる。

省エネ、二酸化炭素削減にまるっきり反してませんか?

本来の旬に戻しましょうよ。

ハウスものはみんな膨大な暖房費をかけていますよね。

露地で、旬のものを旬のときに食べて、ああおいしかった、また来年も楽しもう、でいいじゃありませんか。

●アサヒ・コムを見ていたら下のような記事をみつけました。(太字はかかしによる。)

CO2、50年に70%減へ12の提案 国立環境研 
2008年05月22日22時49分

 2050年に日本の二酸化炭素(CO2)排出を90年比で70%削減するために進めるべき12の提案を、国立環境研究所などの研究チームが22日発表した。太陽光や風力などの地域エネルギーを最大限に活用することや、歩いて暮らせる街づくり、低炭素型製品を開発・販売する企業経営などを挙げ、産業など部門ごとの削減分担も示した。

 研究チームは昨年2月、生活の質や経済成長を維持しつつ、産業構造や生活様式の転換で「70%削減」を実現できるとする報告をまとめた。今回はその達成のために、太陽光や自然風を生かした設計による「快適さを逃さない住まいとオフィス」▽露地栽培など旬のものを食べる「旬産旬消型農業」▽水素・バイオ燃料などの「次世代エネルギー供給」▽商品にCO2排出量を表示する「見える化で賢い選択」――など12テーマで、どのように対策を進めるべきかを具体的に示した。

 提案に基づく各部門のCO2削減量は、想定する社会の将来像で異なり、家庭など民生5600万~4800万トン(炭素換算、削減量全体の24~21%)、産業3千万~3500万トン(同13~15%)、運輸4400万~4500万トン(同19~20%)、エネルギー転換9500万~8100万トン(同41~35%)。国内排出量取引や炭素税などの経済的手法を追加すればさらに効果を発揮するとしている。

 政府は北海道洞爺湖サミットに向け、日本の長期目標設定を検討している。今回の成果は、それを後押しするデータになりそうだ。

●しゅん【旬】②魚介・蔬菜・果物などがよくとれて味の最もよい時。「―の魚」[広辞苑第五版]
 

旬をはずすことが「付加価値」だったのですよね。冬にイチゴが食べられる。冬にトマトが食べられる。露地のものが出るより先に出せるので高値がつく・・・。

これからの時代の「付加価値」は、「旬の真っ最中に、本当においしいものが食べられる」ということにシフトすべきじゃありませんか?

「本物志向」というのはこういう身近なところから始めるべきものでしょう。

と、(団塊世代ど真ん中の)かかしさんは真剣に思います。

2008年5月15日 (木)

看板(といっていいのかな?)

0507kanban これ、とある有名スーパーの看板です。

色から店名のわかる方もいらっしゃるかもしれませんね。

今年度、久しぶりにこの店の前を走ったら、見つけたので信号待ちの間に1枚。

おめにかけます。

2008年5月 9日 (金)

輪になって踊る

0504dancing どうということもないのです。

マンホールの縁に、草が等間隔に並んで生えているだけです。

これを見た瞬間、頭をかすめたのが「♪輪になって踊る♪」のメロディーだったのです。

「アヴィニョンの橋の上で」という歌でしたね。

橋の上で 踊るよ 踊るよ
橋の上で 輪になって踊る

”On the bridge of Avignon”

They are dancing in a ring.

2008年5月 7日 (水)

ねこじゃらし公園

0428koen1 ここは「駒八通り」。世田谷区の区の花である「サギソウ」のデザインが入っていますね。

駒八通りに面して、九品仏の裏手になるのでしょうか、面白い名前の公園があることを知りました。

「ねこじゃらし公園」

ねこじゃらしでもいっぱい植えてあるのかな?と期待しました。今年度はこのあたりを車で走るチャンスが多くありますので、まぁのぞいてみよう、と思い立ちました。

0428koen2 ありました!

世田谷区立なんですね。道路地図でみつけただけではそこまでは分かりませんでした。

ちょっとゆるやかに起伏があったり、あまり整備されすぎていない感じがいいですね。きっと幼児を遊ばせると楽しいでしょう。

0428koen3 歌壇の中にも表示がありましたよ。ポストがありまして、どうやら「ねこじゃら紙」というものが発行されているようですね。

0428koen4

住民参加でつくられた公園だそうですので、そのグループ紙なのでしょうか。

0428koen5

私のような団塊じいさんとしては、もっと荒々しい、それこそねこじゃらしのいっぱい生えた原っぱのほうが嬉しい気もしますが、最近の「安全感覚」では無理なのでしょうね。その方が虫も一杯生息できて楽しいんだけどなぁ。

2008年5月 6日 (火)

六日の五月人形

0326nekoningyoua 忘れていただけです。意図的ではありません。

タイミングを失しました。

これを「猫的」といってようでしょうか?

0327nekoningyoub

いろいろ猫グッズの多い家です。

0326kabuto 一応、こんなのもありまして。

東京は今日六日、やっと晴れました。

日照の少ない連休でした。

それにしても、六日の菖蒲、十日の菊を地で行ってしまいましたことよ。

六日の菖蒲(アヤメ):(5月5日の節句の翌日の菖蒲の意) 時機におくれて役に立たない物事のたとえ。「十日の菊」に同じ。六菖十菊。むいかのしょうぶ。平家物語11「今はなんのようにか逢ふべき。会(エ)にあはぬ花、六日の菖蒲(シヨウブ)」[広辞苑第五版]

{かかし註:言うまでもなく五月五日は「端午」の節句}

十日の菊:(菊は9月9日の節句のものだからいう) 時機に遅れて役立たないもののたとえ。「六日の菖蒲(アヤメ)」と同意。[広辞苑第五版]

{かかし註:九月九日は「重陽」の節句です。陽の数「九」が重なるので「重陽」です。}

2008年4月30日 (水)

草遊び

0423oobako これはオオバコですね。

おおば‐こ【大葉子・車前】オオバコ科の多年草。アジア各地に広く分布。踏まれても強く、原野・路傍に普通の雑草。葉は根生。
夏、花茎上に白色の小花を穂状につけ、サク果を結ぶ。葉は利尿剤・胃薬、種子は生薬の車前子(シヤゼンシ)として利尿・鎮咳剤。また、トウオオバコ、高山性のハクサンオオバコ、帰化植物のヘラオオバコなどの総称。カエルバ。オバコ。オンバコ。<季語:秋> 。「車前草オオバコの花」は<季語:夏> [広辞苑第五版]

◆オオバコの花の茎で「草相撲」遊びをしたことはありませんか?たがいにひっかけあって、両手で持ち、引っ張ったり、こすったり、ゆっくり引いて相手を切ったり、勢いよくひいて相手を切ったり、「技の限りを尽くして」相手の持つ茎を切るんですよね。

ところで、私の子供の頃にはもうひとつ「草相撲」があったのですが、ご存じでしょうか?

◆カタバミの葉の茎でする「草相撲」なんですが。

0425katabami0 緑の葉のカタバミでやりましたっけ。大きな葉のものを一本ぬきます。

0425katabami1 記憶をたどりながら再現してみました。

このように、1本、根本から抜きます。

0425katabami2 葉っぱから遠い根本の方で、茎を爪で裂きます。

すると、中から芯が出てくるのです。

この芯をそっと引っ張ると、茎は裂け、ず~っと葉の近くまで芯だけを出していくことができます。(これ言葉で書けば一言ですが、指先のテクニックが必要な作業なんですよ。)

0425katabami3

葉のところまで到達したら、茎の外側の部分を切り捨て(爪で)、芯だけを残します。

0425katabami4

芯を持ってみましょう。

こんな風に、葉がぶら下がります。

相手も同じように、葉を芯でぶら下げたものを作ります。

そうしておいてから、互いにぶら下げた葉をひっかけて引っ張り合うんですね。すると、どちらかの芯が切れます。切れた方が負け、切った方が勝ちです。

◆いかがでしょう?ご記憶にありませんか?

私は関東育ち、妻は関西育ちですが、妻はこのカタバミの草相撲は知らなかったそうです。

50年以上も昔の記憶を再現してみました。

大田区役所前にて

0423plate 用事があって蒲田駅東口の大田区役所に行ってきました。初めてです。(区民なのに)。

普段は出張所で全部すむものですから。

区役所前に、なんて言ったらいいのか、彫刻なのかモニュメントというのか、よくわからないのですが、ありました。

0423myfamily1 0423myfamily2 これが「マイ ファミリー」です。

両親と子、ということでしょうね。

大きなお父さんと、小柄なお母さん、小さな子。

ちょっとステレオタイプな気もしますが、まあ、一見してわかる構図です。

こちらは、「ドリーマー」です。これが、夢見る人、です。

0423dreamer1 0423dreamer2                

なんか、ふーん、という気分ですが、そう命名されていますので、そうなんでしょう。

日向ぼっこ、という方が合っているような気もするけど・・・。まあいいやぁ。

0423sozai これが、近寄って撮った写真。

頁岩かなにかの板を重ねて造形したのでしょうか。

立体を、断面の重ね合わせで表現しているということなのかな。

CTスキャンみたいなものですね。人体の輪切り画像が見られる時代です。

[昔話]

高校生のころ、生意気にもこんなことを考えていました。(40年以上も前のことなんですね、年取ったなぁ。)

芸術家は自分の内心にあるものを「作品によって表現する」。

鑑賞者は「作品と向き合うことでのみ鑑賞する」と。

解説なんてものは、作者によるものであれ、作者以外の人によるものであれ、すべて排除して、鑑賞者は作品と対決することのみを通して、作者と切り結ぶべきだ、と。

極端な話、作品につけられた「題」すら不要だ、と。

「世界を創る熱」を持たないワタシにできることは、徹底的な「鑑賞のみ」と思い定めたものでした。

0423tutuji ドリーマーの前に咲いていた白いツツジ。

花一輪のほうが、心を揺さぶるような気がするかかしさんです。

「はないちりん」という言葉を口の中でころがしていたら、これまた大昔、森山良子さんがいとこのかまやつひろしさんの作詞作曲の「はないちりん」という歌を歌っていたのを思い出しました。森山さんが高校生のころ「ラジオ関東」で生で歌っていたのではなかったっけなぁ。私も高校生でした。

はないちりん はないちりん
私に夢をはこんでくれた
蝶々のように踊りたい
あなたがくれた花一りん
私に夢をはこんでくれた

今でも歌えますよ。メロディーの記憶ってどのように脳の中にしまわれているのでしょうね、不思議です。

2008年4月15日 (火)

名所(?)沼部の滝

0409taki 東急多摩川線沼部駅から多摩堤通りへ出てきたところにある、人工の滝(?)です。

六郷用水跡水路の水を、ポンプでくみ上げて間歇的に流し落します。

「沼部の間歇滝」とわたくし一人で称しております。

子どもたちには結構受けています。

水路の水に酸素が十分溶け込む効果もあるのかなぁ、とも思いますが。

まぁ、笑ってみてやってください。

衝撃波

0329mizunonami 六郷用水跡の遊歩道です。ここでは「六郷用水跡」は、ほとんど「側溝」状態です。

水路の水の表面の波を見てください。写真、右から左へと水は流れています。

なんだか溝の側面から下流方向へ斜めの波模様が見えませんか?

水面を伝わる波の速さよりも水の流れな速さが速いために、一種の「衝撃波」が生じているのです。

詳しくは、私のホームページ

http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/117th/sci_117.htm

の終りの方をお読みください。

もし、水路で斜めの筋模様を見たら「衝撃波」なのかぁ、と思い出していただけると幸いです。

名湧水

0409wakimizu1 東光院前から、六郷用水跡遊歩道を密蔵院の方へ歩いてくると、こんな場所があります。

「東京の名湧水57選」なんだそうですけれど、なんだかなぁ~、ありがたみがありません。名湧水というからには、散策の途中一休みしながら口に含むと、おいしい冷たさが疲れをいやす、とかなってもよさそうな気もしますよね・・・。

0409wakimizu2 こうなのです。

私たちがここに来たころ、今から30年くらい前には、もうここで鯉を飼っていました。

その昔、ここは多摩川の河川敷に湧水が流れ出していたところらしいのです。そのころには、ここで洗い物をしたり、洗濯をしたりなどしていたようですから、飲むこともできたでしょうが・・・。

鯉が元気ですから、いい水なんでしょう。でも「名湧水」ですかねぇ。皮肉な気分です。

大田区内最初のトンネル

「大田区報」2008年4月1日号の「散歩日和」というコラムに「六郷用水を行く」という話が載っていました。

多摩川駅東口を出て、沼部駅方面に向かって約5分、昭和初期に作られた①区内最初のトンネルがあります。トンネル中央付近の車道にあるマンホールのふたには「東」のマークがデザインされています。東京都になる前の「東京府」の時代に設置されたものです。トンネルを抜けたところから六郷用水遊歩道がスタート、西嶺町付近まで続いています。

(中略)

途中の東光院横には、当時③「ジャバラ」と呼ばれた揚水用の踏み車も再現されています。

(後略)

えぇ~!そうなんだぁ。というわけで写真を撮ってきました。実はいつも通る道なのですが知らなかったのです。

写真は、上に引用した記事とは逆方向に進みます。

0411manhole1

ここから向こうが沼部駅方向への遊歩道です。

ジャバラは「花桃」のところでご紹介しましたので、省略。

この場所から反対側を振り返ると

0411manhole2

これが区内最初のトンネルです。

上を中原街道が通っています。左手はすぐ丸子橋になります。

0411manhole3

トンネルの前に立って中を覗くと、こうです。トンネルといったって短いものです。中原街道の幅しかないのですから。

トンネルの中の車道に2か所、マンホールが見えます。

0411manhole4 これは手前のマンホールのふた。

0411manhole5 これは奥に見えるマンホールのふた。

中央に「東」の字がデザインされています。

これが「東京府」の時代に設置されたものだそうです。

さび具合が違うようですね。もう長いことこの上を車で走ったり歩いたりしてきましたが、今回初めて由来を知りました。

由緒正しいんだぁ!

0411manhole6 0411manhole7 トンネルを多摩川駅側に出たところには、六郷用水跡のデザインのふたがありました。

ここからトンネルを振り返ると、こうなります。

最後に、現在のマンホールのふたをお目に掛けます。

0411manhole8 真ん中には、都民にはおなじみ東京都マークです。

いろいろあるんですね。

2008年4月14日 (月)

龍がいた!

0409ryu1 これ、東光院の「手水所=ちょうずどころ」です。

龍が水を吐いています。

新しいもののようです。

龍の下半身は見えませんので、ぐ~っと登ってきたところのようですね。

0409ryu2 このような龍でした。

龍の首の下に「逆鱗」があるかどうかは、よくわかりません。

さて、正面から手水所を見ますと

0409ryu3 こうなんです。

モダンです。

ところで、後ろのステンドグラスで表現された「鳥」はなんだろう?

「鳳凰」というのが、たぶん一応の正解だと思うのですが・・・

鳳凰って雌雄一対で鳳凰ですよね。

一羽しかいないとなると、鳳なのか、凰なのか。私には鳳凰の雌雄を見分けることができないものですから、ここに写っているのがどちらなのかは、わからないのでした。

-----------------------------------

広辞苑第五版から

ちょうず【手水】(テミズの音便)
①手・顔などを洗う水。
②社寺など参拝の前に、手・顔を洗い清めること。
③厠(カワヤ)。また、厠に行くこと。
④大小便。

ちょうず‐どころ【手水所】神仏を拝む時、手水をつかう所。みたらし。

て‐みず【手水】
①手を洗う水。てあらいみず。ちょうず。允恭紀「親ミズカら洗手水オオミテミズを執マイりて」
②手についた水。
③餅を搗ツく時、捏取コネドリが、手に水をつけてしめりを施すこと。また、その水。

てみず‐や【手水舎】神社で、参拝者が手を洗い、口をすすぐための水盤を置く建物。おみずや。

さて、私の語感では「ちょうず」というと、ちょうずの③の感覚が強いのです。

で、広辞苑では手水は「社寺などの・・・」とあって、手水所は「神仏」、手水舎は「神社で」と書いています。広辞苑だからそのあたりは正確な表現なのだろう、ということで、

東光院は「寺」ですから、「手水所」と書いたわけです。

以上、ちょっと、語感に引っかかりを感じながら、言い訳です。

石仏

0409sekibutu これも東光院で見かけたものです。

なんだか、手の数が多い。

でも、青面金剛ではなかろうか、と推測しています。

下に、対の鳥がいます。対の鳥というと、鳳凰が頭に浮かぶのですが、これはどうも鶏ではないでしょうか。青面金剛と鶏が一緒になることはあるらしいのです。

http://homepage2.nifty.com/koba843/kaisetsu/kaise6.htm
「青面金剛刻像塔」の主役と脇役たち

ここに、下のような記述がありました。

③鶏:鶏は、一羽か二羽。雌雄の一対で表現されていることが多い。「庚申」と結びついた過程は、はっきりしないが、この鶏は古くから時を告げる神聖な鳥として、また神の使いの鳥として扱われた経緯がある。それとも、「申」の翌日が「酉」だから、「庚申」の夜に不安な思いで時を過ごし、夜明けを告げる鶏の鳴き声とともに訪れる「酉」の日を待ち望んだ事を反映しているのかも知れない。

というわけです。さて、私が見たのは何なのだろう?完全なことは分かりません。

2008年4月10日 (木)

電車の黒猫

0409neko きっと池上線の方をメインで走っているのでしょうね。

多摩川線にも時々戻ってきて姿を見せます。

さすらいの黒ちゃんと呼んでおきましょう。

2008年4月 7日 (月)

春めいた広告

0403cm1 4月3日。視野の端っこで、多摩川線の車両にいつもと違うイメージが。

なんだろう?とよく見たら、車体に広告が貼ってあるのですね。

五反田で4月23日かな、何かオープンらしいです。五反田は、池上線の方ですが、多摩川線にもコマーシャルで出張してきたのでしょう。

イラストがなんとなく春めいた雰囲気だし、黒猫も登場しているようだし、ちゃんとした写真を撮ろうとしたのですが、どうも失敗ですみません。

0403cm2 そのオープンする施設の宣伝担当というわけでもないので、ぶれた写真をお目に掛けます。

翌日以降、この広告を張った車体を見かけません。

あの日限定だったのかな?それとも、これからまだ出張してくるのかな?

2008年4月 4日 (金)

缶をつぶしてみました

0317can1

言わずと知れた缶です。ただしかかしさんはアルコール飲料は飲みませんので、誰かが飲んだのです。

この模様ですが、「ダイヤカット缶」というのだそうですね。

この模様を見たときに、「この缶をつぶしたら、この凹凸模様の形に折れ、畳まれてしまうのではないか」というような気がしたのです。

そこでやってみました。詳しいやり方は、私のホームページでお読みください。思い立ったら10分もあればできます。

http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/42nd/sci_42.htm

結果をご覧ください。

0317can2

残念でした。凹凸模様に関係なく、グシャっとつぶれてしまいました。

実は、私の頭の中に、朝日新聞の科学面の記事があったのです。一部を引用します。

世界に飛び出せ折り紙工学:2007年12月17日

「ペットボトルは、かさばって捨てにくい。何とかなりませんかね」。京都大の野島武敏博士(構造強度学)は、大学の事務方から相談された。98年ごろだった。

「いっそ、最初から折りたためる構造にしておけばいい」

折り紙で遊んだ経験をもとに、ボトルの折りたたみ方をあれこれ考えた。たどりついたのは、ボトルの形や折り方の細部を決めてから連立方程式を解き、折る方向や角度を導き出す「理論」だ。

さっそくボトルに見立てた円筒を試作した=図。ねじりながら折りたたむので、ほとんど力がいらない。捨てる時に便利なだけでなく、飲み残す場合も、空になった部分を折りたためば余分な空気を追い出すことができる。

Origami

この図が頭にあって、缶をつぶしたら模様に従ってクシャッとつぶれるのではないかと思ったのでしたが、そうはなりませんでした。

これはラセン型の折り紙になっているのですね。

「氷結」の方はらせんではありませんし、むしろ強度を増してつぶれにくくしているのです。

朝日新聞の2008年2月3日の日曜日のbe「技あり」に「氷結」のダイアカット缶の話が載りました。引用します。

ダイヤカット缶:薄くて丈夫「吉村パターン」
 キリンビールの缶チューハイ「氷結」でおなじみのダイヤカット缶は、ゴミ箱に行く運命からよみがえった技術だ。
 あのギザギザ模様は、円筒形を上から踏んづけるとできる。真上から見ると正多角形が互い違いに積み上げられた形だ。考案者の名前をとって「吉村パターン」とよばれる。
■理想の11角形
 三浦公亮・旧宇宙科学研究所名誉教授は、米航空宇宙局(NASA)でロケットを研究していた66年ごろ、吉村パターンがあると横方向の強度が増すことに気づいた。「折り目が棒のようになって補強されるんです」
 三浦さんの論文は、80年代後半、缶の軽量化を目指す東洋製缶の研究者の目にとまった。
 コーヒーや茶の缶は、加熱して水蒸気で空気を追い出した状態でふたをする。中が真空に近づくので、頑丈なスチール缶でないとつぶれてしまう。吉村パターンなら、缶を薄くしても強さを確保できるのでは――。
 研究者はシミュレーションを重ね、強度や容量の面で最適なパターンを探った。その結果、パターンに含まれる多角形を11角形にすると、強度が円筒の3倍で理想的だとわかった。
 問題は、毎分1700缶もつくる高速の製造ラインに対応できるかだった。試行錯誤の末、外側から半円形の大きな型、内側から円筒形の小さな型ではさむ方式にした。
 缶の側面の厚さは0.19ミリから0.15ミリになり、3割も軽くできた。だが、あまり売れずに事業は頓挫した。同社の大塚一男生産技術部長は「へこんでいる缶というイメージやデザインがゆがむことが原因かもしれない」と振り返る。
■果汁との戦い
 炭酸飲料のアルミ缶をダイヤカットにするアイデアも出た。ただ、アルミ缶は飲料中の二酸化炭素の圧力で風船のようにふくらんで強度を保つ。試作品に炭酸飲料を詰めたらギザギザ模様が消え、平らな缶になってしまった。そもそもアルミ缶は薄いから省資源効果もなく、ダイヤカット缶は放置された。
 研究所の大掃除の際、試作した缶を処分することになった。捨てるときは中身を出さなければいけない決まりだ。ふたを開けると、プシュッという音とともにギザギザ模様が戻った。「おもしろい」。飲料メーカーに売り込むとキリンが興味を示した。  「ビールと思って耐久試験や品質試験をしていたら、途中でチューハイだと言われて青ざめました」と大塚さん。チューハイに含まれる果汁は酸性度が高く、金属を劣化させやすい。試験をすべてやり直した。
 キリンは「氷結」で缶チューハイのトップに躍り出た。
〈メモ〉 キリンビバレッジのコーヒー「ファイア」シリーズのスチール缶にも05年からダイヤカットが登場した。200ミリリットル缶は11角形。氷結シリーズの350ミリリットル缶は13角形。アルミ缶は開封すると形が変わる。
〈ひとこと〉 三浦公亮さんはアルミのダイヤカット缶について「商品は不思議」と話していた。本来の省資源目的に関係ない方が売れてしまうとは皮肉なことですね。(鍛治信太郎)

というわけで、「氷結」の缶は内圧が下がってもつぶれにくいものだったのです。でも、私の「缶つぶし」では耐えきれず、全体がグシャっとなったわけです。大気圧の強力さを実感しました。

「ねり からし」のフタ

0218karasi1 これ、隠すまでもなく、S&Bの「ねり からし」です。何でこんなものを撮ったのかな?とお思いでしょう。

キャップの下のところに「すぐ開きキャップ」と書いてあるのが見えるでしょうか?

0218karasi2 キャップを外したところです。

どうしたの?でしょ。

よく見てください。ねじの山がやけに急じゃないですか。円周の2/3くらいの長さしかありません。

このせいで、ちょっとひねると、確かに「すぐ開く」のです。普通ねじキャップって2回転くらいしないと、キャップが外れないですよね。ところが、このねりからしのキャップは、キャップを指でつまんで手首をひねる、という感じで外れるのです。

0218karasi3 こちらはキャップの内側。

ねじの山が、やはり円周の2/3くらいしかないですよね。短い。

ところで、朝日新聞にこんな記事があったのです。

    回転、必要なし ねじ式フタ、30度で開閉 東京のベンチャー(2008年1月10日)
 「ねじ式のフタの開閉には2回転半かかる」。こんな常識を覆す容器を、ベンチャー企業の「3Rプロデュース」(東京都足立区)が開発した。開閉に必要なのは従来品の30分の1の約30度。すでに特許も取得。化粧品のクリーム容器などへの利用を想定しており、「フタの新たな標準に」と意気盛んだ。
 今春にも、丸紅と製缶大手の大和製缶の協力を得て発売する。09年度の売上高は10億円を見込んでいる。
 新技術の名称は「ワン・プッシュ・コネクター」=写真。通常は平行に切るネジの溝の角度をわずかに変えることで、少し回すだけで開閉できるようにした。現在普及しているネジ式のフタは米国で60年代に飲料容器向けに生まれたとされる。密閉性に優れるものの、開閉には2回転半回す必要があった。
 新技術だと、閉めるだけなら片手でもOK。例えば美容クリームなどの容器に使った場合、片手がふさがったままでも簡単にフタを閉めることができる。密閉性をさらに高めて、市場規模が大きい飲料用ペットボトルへの利用も目指す。

この記事を読んだ記憶があって、からしのキャップが「すぐ開く」ことに気づいた私は、「ワン・プッシュ・コネクター」なのかな?と思ったわけです。でも、なんだかまだ開発されたばかりのようだし、違うかもなぁ、とも思いました。

そこで、からしを使い切るのを待って、回転角を測ってみました。

0313karasi3

きちっと閉まったところで、キャップ側とチューブ側の同じ位置に、油性ペンでマークをつけます。

ここからゆっくりキャップを回転させて、時々引いてみて、キャップが抜ける位置を探しました。

0313karasi4 抜けたところで、キャップについたマークに対応する位置をチューブにもつけます。

さて、ご覧ください。120度ですね。

キャップを120度回転させると、抜けるということです。ねじ山が円周の2/3くらいだということに対応しています。そりゃそうだ。

「『ねじ式のフタの開閉には2回転半かかる』こんな常識を覆す容器」ではあるようですね。S&Bさんもきっと特許か実用新案か、何かを取っていると思うのですが。

「2回転半」は900度の回転ですから120度でもずいぶん簡単に開きますよね。「すぐ開きキャップ」という命名は伊達ではありません。

でも、新聞記事にあった「ワン・プッシュ・コネクター」は30度で開くそうですから、からしのフタは「ワン・プッシュ・コネクター」ではないことが分かりました。

「ワン・プッシュ・コネクター」に比べれば回転角は大きいけれど、ホントひとひねり、という感じですから、S&Bさんももっと大々的に宣伝したり、いろんな容器に使って広く知らせればよかったのにね。

ダンパー

0224soudensen1 雪谷のスーパーの前でこんなものを見かけました。

これは送電線のよじれ防止のダンパーというものではないかと想像します。

http://blog.livedoor.jp/outdoor_activities/archives/50208571.html
 から引用します。

ねじれ防止ダンパーといい、電線に雪がつくのを防ぐ(注)。鉄に亜鉛をメッキしてある。重りの両端幅は39~45cmある(ハンガーの幅に相当)。重りは10kg~22.5kgあり、写真は10kgと推定される。

(注)送電線着雪防止装置の原理
 着雪防止装置は、難着リングと難着リングの効果を高めるねじれ防止ダンパーからなる(ダンパーは、ゴミなどを落とすものという意味)。電線は複数の線をねじり、よっている。雪は、電線のねじれに沿って回転しながらバームクーヘンのように成長しようとする。雪の回転力は電線を回すほどだ。
 そこで、電線の途中にプラスチックでできた難着リング(写真を拡大すると竹の節のように見える)をつけ、このリングで雪を細かく剥いで落とす。ねじれ防止ダンパーの重さ(10~22.5kg)によって、電線のねじれを防ぎ、難着リングの効果を高める。

ということなのです。ただねぇ、ここにダンパーがあることがよくわからないのです。豪雪地帯というわけでもなし・・・。

0224soudensen2

送電線ではあるのです。池上線の上のあたりを走っていく送電線です。

唐突な気分にさせられました。

2008年4月 2日 (水)

青面金剛

沼部の密蔵院は「沼部庚申密蔵院」という呼び方もあったりして、庚申堂があったのです。今は「金剛尊院」という名になっているようです。経緯については下の密蔵院のホームページを読んでください。

http://www.mitsuzo-in.jp/koushin.html

その建物の中に入る気はなくて、外にある石像の写真を撮ってきました。

 0328sekizou1 0328sekizou2                     

どちらも「青面金剛」のようです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E9%9D%A2%E9%87%91%E5%89%9B
によりますと

庚申講の本尊である青面金剛の像容は、一面三眼六臂で、手足に蛇が巻き付く姿が一般的で・・・

とあるのですが、この石像は一面ですが三眼には見えません。六臂ですね。

http://www.kcn-net.org/koshin/ks/kind.html
によると

手に、輪宝、鉾、羂索、蛇、弓矢、金剛杵、日月、劒などを持つ

とありました。このうちのいくつかを持っておられるようです。

0328sekizou3 0328sekizou4             

このような石像もありました。

私のようなへそ曲がりとしては、朽ちていくものに美を感じます。崩彦などと名乗るのもその表れでしょう。崩れていく男、という意味ですからね。

宇宙に不変なるものなどありはしない、すべては変わり朽ちていく、と思っております。

石の像でも例外ではないわけで、雨にあたり風に吹かれ、凍り、陽光に熱され、朽ちていくのが本来のあり方でしょう。

今は人の手になる木の建物の中に保護されていても、億という年月の果てには砂粒になることに変わりはないでしょう。

世界遺産とか、そういうものにあまり興味はないのです。いずれ朽ち果てる、その過程にせめてほんの短時間でも立ち会えるのならば、それはそれでうれしいことだと感じています。

朽ちていくものに執着するよりは、朽ちていきはするのだけれども、それでもそれを作らざるをえなかった人の「こころ」を観照したいと願うものです。

お稲荷さんの境内

お稲荷さんの桜をご紹介しました。その時は桜に集中していましたので、他のことには触れませんでしたが、面白いものを見つけたのです。

0330kitune2  階段下の最後の鳥居のすぐ内側に「お狐さん」が一対ありまして。

祠に向って左にいるのがこれ。

こちらはオスですね。

玉を右手でおさえています。

祠に向って右にはメスがいるのですが

0330kitune1_2 0330kitune3                            

子狐を膝に乗せて遊ばせているのです。

子狐に手をのせて、いつくしんでいるようです。

以前、白山神社の狛犬が雌雄一対、子ども連れなのをご紹介したことがありますが、お稲荷さんの狐も子連れでした。

結構、夫婦一対、子をいつくしむという、優しい構図が昔の人は好きだったのですね。なんだか、微笑ましくて、いいものを見た、という気分にさせてもらいました。

---------------------------------------

0330ido この写真を見て、ああアレか、とすぐに了解できる方は、失礼ながら私と同年輩でいらっしゃいましょう。

これ、井戸の手押しポンプですね。

右の斜め下に出ているのがポンプを上下させる柄です。

左側は水が出る口です。

http://www.rainworld.jp/idopump/index.html

ここに、手押し井戸の解説がありますし、私の写真ではカバーが掛けられて見えない、本体部分も見られます。

また、私のホームページ「案山子庵雑記」のなかでも詳しく解説していますのでぜひご覧ください。↓

http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/19th/sci_19.htm

いずれにせよ、懐かしいものを見ました。楽しいひと時でした。

2008年3月31日 (月)

お稲荷さんにて

0330daimyoujin1 以前から気にしていたお稲荷さんです。

【稲荷信仰】 稲荷神社の祭神として祀られる倉稲魂神(ウカノミタマノカミ)への信仰。農耕神信仰から商業神・屋敷神など多岐の信仰に拡大し、全国的に広まった。伏見稲荷大社を中心とし、各地に稲荷社が勧請される。狐を神使とする。
【稲荷神社】京都市伏見区稲荷山の西麓にある元官幣大社。倉稲魂神・佐田彦神・大宮女命(オオミヤノメノミコト)を祀る。711年(和銅4)秦公伊呂具(ハタノキミイロク)が鎮守神として創始。全国稲荷神社の総本社。二十二社の一。近世以来、各種産業の守護神として一般の信仰を集めた。今は伏見稲荷大社と称。[広辞苑第五版]

鳥居もたくさん寄進されていますし、現在も「生きている」お稲荷さんです。今回は、桜の花がかぶさって、とてもいい雰囲気だったので、一方通行の端へ車を目いっぱい寄せて停車し、写真を撮ってきました。

0330daimyoujin2 0330daimyoujin3                        

最初の写真から順に中へ入りながら撮ったものです。

にぎやかでしょ。

桜がかぶさってきて、なかなかにいい雰囲気でした。

ところで、このお稲荷さんは古墳の端っこにあるようなのです。

大田区のホームページを調べたら

http://www.city.ota.tokyo.jp/shisetsu/rekishi/minemachi_denenchoufu/unokiootsuka_kofun/index.html

「鵜木大塚古墳」

所在地 :大田区雪谷大塚町

概要:荏原古墳群のうち、最も東側にある古墳です。旧鵜の木村の飛び地にあったので、「鵜の木大塚古墳」と名付けられました。古墳の一部は稲荷神社になっています。都指定文化財。

こうなっていました。わかりにくいところにあります。かえってその方が人があまり来なくていい気もします(さくら坂みたいになっては面白味がない)ので、詳しくは紹介しません。

地元の方々の心と一緒に生きるのがお稲荷さんらしくていいと思います。

さくら坂

0328sakurazaka1 これは3月28日(金)のさくら坂の様子。

ほぼ、満開ですね。

桜橋に人がいっぱい。

0328sakurazaka2 地元民の目から見ると、ここの桜は勢いが落ちてきています。

ほぼ満開なのに、なんとなく透けすけな感じがします。(私の頭みたいで少々寂しい。)

今から20数年前でしょうか、ここの桜はもっと濃密でした。こってり咲いて薄暗くなるほど。

散るときには、本当に花吹雪で前も見えないくらいにすごいものでした。

今は、樹勢も落ち、そろそろ世代交代の準備にかからないといけないのではないか、と思いながら見ております。樹木って長寿なものが多いのに、ソメイヨシノは人間の寿命にパラレルなくらいの寿命しかないのでしょうか?なぜだろう?なにか、無理して生きているのかなぁ?

歌のせいで「さくら坂」は有名になってしまって、狭い道、短い距離しかないのに、混雑が激しくなります。

昨日、30日(日)にちょっと車で外出したところ、坂の下から上まで車がつながって動きが取れなくなっていました。地元民としては少々鬱陶しい事態です。さくら坂を迂回して、混雑の少ない大回りをして買い物などを済ませてきました。

次の日曜にはもう多分この人だかりも起きないことでしょう。

2008年3月12日 (水)

「透明色」ってどんな色?

また朝日新聞の記事から。

ドラッグストアで販売の咳止め薬に液体混入? 和歌山
2008年03月09日14時11分

 8日午後3時ごろ、和歌山市善明寺のドラッグストアで、瓶入りのせき止め薬(120ミリリットル)を購入した女性(31)が「薬がおかしい」と同店に訴えた。同店が調べたところ、本来濃い茶色の液体薬が透明だったため、和歌山北署に届けた。同署が調べたところ、中身が別の液体と入れ替えられていた。女性に異常はなく、薬から毒物などは検出されなかった。同署は、いたずらとみて、偽計業務妨害容疑で調べている。
 同署によると、女性は7日午前11時ごろ薬を購入。薬の味と色に違和感を感じ、翌8日に店に申し出た。瓶が入っていた箱の底が開けられた形跡があったという。購入当時、店には同じ薬が約10本ほど陳列されており、うち数本が透明色の液体に替わっていた。女性は「甘い味でちょっとしょうがのような腐ったにおいがした」と話しているという。

困ったな。「透明か不透明か」ということと「無色か有色か」ということは、独立で無関係なことなんです。ですから

 無色透明、有色透明、無色不透明、有色不透明と4つのことがありうるんですよ。

せき止め薬を詳しく知りませんが、たぶん、褐色透明が普通なのに、無色透明だったのでしょ。

透明というのは色ではありません。向こうが透けて見えれば「透明」です。色があっても向こうが透けて見えれば透明です。

朝日の記者さん、基本的なことはお間違えのないように。

高校生でもね、「無色透明の溶液」を「白い」と形容する生徒がいて、理解させるのが難しい。

「白~灰色~黒」は色ではありません。入射光が全部返ってくるとき「白」、入射光が全く返ってこないとき「黒」、その中間が「灰色」です。

入射した白色光のうち、ある波長が吸収されて残った波長の光が返ってくるとき「色」がついて見えるのです。

これは基本的な概念です。これ「理科」の専用概念じゃないですよ。美術で色彩を論じるときには絶対必要な概念でしょ。

理科なんて嫌いだ、理科なんて何の役に立つの?といってはいけません。理科は芸術をも支えているのですから。

酸欠(?)

朝日新聞にこんな短信が載っていました。

泰葉20年ぶりに歌い酸欠で倒れる
2008年03月10日

 タレント泰葉(47)が9日、倒れ込むハプニングがあった。母の海老名香葉子さん(74)が呼びかけ人となって東京大空襲の犠牲者を鎮魂する集いが東京・上野公園の「時忘れじの塔」前で行われ、泰葉はメモリアルソング「蓮花」を歌った。人前で歌うのは昨年離婚した春風亭小朝との結婚前以来約20年ぶりで、歌い終わった直後に「お母さん、ダメ~」と崩れるように倒れた。

 腕にすり傷を負っただけで回復したものの「気持ちを込めて歌い、酸欠状態になって足元をとられた。初めてのことでびっくりしました。秋の再デビューまでに鍛えなくては」と反省しきり。(後略)

 悪いけど、違うと思いますよ。普通の人がオープン・エアの中で酸欠になるというのはまずないことでしょう。主観的に「いくら息を吸っても空気が入ってこない」というような感じになったのだろうとは拝察しますが。

 おそらくこれは、過換気症候群でしょう。新聞記者さんも、そういう基礎知識は持った方がいいですね。久しぶりに歌って、緊張なさったのではないでしょうか。泰葉さんの若いころの歌はとても張りのある、気持ちの良い歌でした。年齢を重ねて、じっくりとよい歌を歌いこんでほしいと願っています。

http://www.asahi.com/health/soudan/jhealth/TKY200503090383.html から引用します。

 (前略) この過換気症候群とは、精神的不安や緊張、興奮などの心理的背景によって発作的に「息が苦しい」「空気が飲み込めない」「胸が苦しい」などの空気飢餓感を訴える病気です。しかしながら、実際には呼吸数と深さが増加しており、より不安が増大して呼吸困難感が増悪すると、四肢のしびれ感、めまい、さらにひどくなると意識消失発作(失神)をきたします。
 私たちは通常1分間あたり450ml程度の空気を12~14回呼吸しています。専門用語でこれを換気といいますが、これにより、動脈血中の酸素と二酸化炭素量を一定に保っています。換気が多くなると酸素を多く含んだ新鮮な空気をたくさんとり込むほかに、血液中の二酸化炭素分圧は逆に体外へ放出され低下します。
 すなわち、過換気症候群では心理的な不安による呼吸困難感により換気の亢進がおこり、その結果、動脈血の酸素は通常以上に増加し、一方、動脈血中の二酸化炭素は通常以上に低下することになります。
 動脈血中の二酸化炭素の低下は、血液のアルカリ化を招き、四肢や顔面のしびれ感、筋肉の硬直やテタニーと呼ばれる細かい痙攣などが発生します。
 さらにすすむと血管が収縮し、一時的な脳血流の欠乏のためにめまいや失神などの悪循環に陥る場合もあります。過換気症候群の発作時の治療として、呼吸困難という自覚症状の改善を目的に空気を含んだ紙袋を鼻と口にあてて呼吸をしていただきます。
 この紙袋の中の空気には吐きだした空気の中の二酸化炭素が蓄積しますから、結果的に血液中の炭酸ガスはもとにもどることになり、しびれ感などは改善されます。その程度では決して酸素欠乏をおこすことはありませんので、不安を抱かないことが重要です。
 (後略)

 高校の体育関係のクラブで、合宿中に新人がこの過換気症候群で倒れて、あわてて病院へ運びこんだ、というような事例が結構あったものです。

 はたで見ていると大事(おおごと)で、大変なことになってしまうのではないかと不安になるのですが、落ち着かせればそうたいしたことはなかった、というのが実態です。

 はじめての合宿が不安でで、体力にも自信がなくて、というような人に起こりやすいようです。

 特別、心理的ストレスなんかなくても起きますよ。風船を膨らまそうと何度も息を大きく擦っては吹き込み、吸っては吹き込み、を繰り返していると、頭がくらくらしてきませんか?

 なれない管楽器を鳴らそうと息を吹きすぎたとか、空き瓶をボーっと鳴らすのが面白くてやりすぎて、くらくらしたとか。

 息の吸いすぎなのです。

 落ち着いて、口に手を当てて呼気を再度吸うようにして、呼吸を整えてください。治りますから。自分はどうなっちゃうんだろうと、あせってぜーぜーするのはまずいです。

 ゆっくりゆっくり、おちついて。

2008年3月10日 (月)

階段の補助

0223iin1 0223iin2            ここは個人病院でして、私もかかりつけです。

最近お世話になっていなくて気付かずにいたのですが、ふと見たら見慣れないものが。

この場所は半地下になっていまして、まるまるワンフロア分の落差はないのですが、階段があるのです。

医者というのは健康な時に行くものじゃないですからね(健康診断は別として)。何か体に不都合があっていくわけです。そういうときの階段はつらい。年配者もたくさん訪れる医者ですから、そういう注文でもあったのでしょう。

多分、椅子型昇降機ではないかと想像します。カバーに覆われていて中身が見えませんけれど。

大病院では手術後の部屋にも土足で入れるのに、こういう個人病院はたいてい、一段の段差があって、靴を脱いでスリッパに履き替えさせられますね。普段は何ともないのです。

でもねぇ、腰が痛い時は辛い。たった一段がしんどくて、段差のない病院はないかなぁ、と探し回ってしまいます。

この病院のような「階段」も辛い。

なるべく平らに行きたいですよね。

というわけで、昇降機はとてもありがたいと思います。

ねずみさん

0218nezumi おかめ・ひょっとこと同じショーケースの中。

杯の中にねずみをみつけました。

今年の干支は子ですからちょうどいいやというので、ご紹介します。

もうひとつ、冬のものですが

0218yukitarou 雪太郎くんです。

手前は鶴です。

このお店、いろいろコレクションがあるようで、時々見に行ってみることにしましょう。お酒とは全く縁がないのでお客になることはないけれど。

おかめ・ひょっとこ

0218okamehyottoko1 近所の料理屋さんのショーケース。

お銚子と猪口のセットです。お調子におかめ・ひょっとこ。

猪口に手拭い柄。

おや、と思って写真を撮りました。この時点では、後ろが鏡になっていてお銚子の裏側が写っていることに気づいていませんでした。アングルを変えたりしているうちに、アレッ、後ろが写ってるんだ、と気付きました。

ひょっとこの裏側はおかめです。

0218okamehyottoko2 ということは~

おかめの裏側はひょっとこなんでしょうね。

これがアングルがきつくって

0218okamehyottoko3 かなり回り込んで撮ってみました。

確かにおかめの裏側はひょっとこでした。

こういう踊りがありましたよね。おかめとひょっとこのお面を顔の前後にかぶって、踊りながらひょいと後ろを向くと、入れ替わる、というのが。なんという踊りだったかは忘れましたが。

お‐かめ【お亀・阿亀】お多福の仮面。[広辞苑第五版]

お‐たふく【お多福】おたふく面。[広辞苑第五版]

おたふく‐めん【お多福面】丸顔で、額が高く、頬がふくれ、鼻の低い女の仮面。お福。おかめ。[広辞苑第五版]

ひょっとこ (ヒヲトコ(火男)の転という。火を吹くときの顔つきからか)片目が小さく口のとがった男の滑稽な仮面。潮吹面。また、その仮面をかぶって踊る滑稽な踊り。浮世床初「赤熊(シヤグマ)で面をかぶつて、―を踊つて貰はあす」[広辞苑第五版]

美男・美女ではないところがいいところでして。まったくの庶民の似合いの連れ合い、ということでしょう。

昔、火吹き竹で風呂のかまの火を吹いて、風呂をたてたことのあるかかしさんには「ひょっとこ」という意味がよくわかります。

もういっちょ、思い出話。小学校の図工かなぁ、金属製のざるを変形させて、新聞紙で作った紙粘土を張り付けて、彩色して「おかめの面」をつくったことがあります。50年もむかしだぁ。トホ。

0308shiitake1 オマケ。

これ、シイタケです。

傘が変でしょ。

で、おかめの顔に見えませんか?

0308shiitake2 2本のシイタケがくっついたのか、1本が二つに分かれてから傘だけくっついたのか。

詳しい経過はわかりませんが、珍しいことです。

味は普通でした。

2008年3月 7日 (金)

街路灯の上

0223gairotou1 前に雪谷の東急ストア前で「環天頂アーク」の写真を撮ったときに気づいてはいたのですが、今回ちゃんと撮ってみました。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_2e1b.html

ここを見てください。写真の中に「とり」がいますヨ。

さて今回の写真。街路灯の上に「とり」がいます。

これ「鳳凰」ですよねぇ。

拡大してみますね。

0223gairotou2 こんな感じ。

トサカがあります。蹴爪があります。

け‐づめ【蹴爪・距】キジ・ニワトリなどの脚のやや上部に後向きに生えた鋭い突起。表皮の角質化したもので闘争用の武器。[広辞苑第五版]

ほう‐おう【鳳凰】古来中国で、麒麟(キリン)・亀・竜と共に四瑞として尊ばれた想像上の瑞鳥。形は前は麒麟、後は鹿、頸は蛇、尾は魚、背は亀、頷アゴは燕、嘴は鶏に似、五色絢爛(ケンラン)、声は五音にあたり、梧桐に宿り、竹実を食い、醴泉(レイセン)を飲むといい、聖徳の天子の兆として現れると伝え、雄を鳳、雌を凰という。鳳鳥。[広辞苑第五版]

あれまぁ。一羽の場合「鳳凰」とは言えないのかな。写真ではトサカがデザインされているようですから、雄ですかね、ということは「鳳」なんでしょうか。

0223gairotou3

街路灯の柱にはこのように表示されていましたから、たぶんここの商店街で企画して建てたものなのでしょう。

宇治平等院の屋根の上の鳳凰は有名です。これはあまりに有名ですから、グーグルかなんかでイメージ検索でもかけてください。すぐ見られます。

0228houou 私がお目にかけるとしたらこれ。

これは、十円玉に刻まれた宇治平等院の屋根のところを、マクロレンズで写したものです。鳳凰がいます。丸っこいですね。

ヘッドライト

0222oldmarchheadlight これは私がもう10年以上乗っているマーチのヘッドライトです。

光を散乱させる溝が刻まれたカバーなので、中はよく見えません。

ところが、先日、このマーチを車検に出して、代車として新しいマーチを借りました。そうしたら、ヘッドライトカバーが無色透明で、中まではっきり見えるのですね。そうなると好奇心が活動し始めるかかしさん。さっそく写真を撮ってみました。

0220headlight1_2 上にぼけて写っている丸いのがマインビームのランプなのですが、前向きには光が出ないようにしている覆いが写っているのです。変ですね。前を照らす「前照灯」なのに光は後ろ向きに出るようになっていますよ。

下に見えている透明なのがアッパービーム用の電球です。これはむき出しで付いています。

0220headlight3 暗闇で点灯してみるとこんな感じ。

メインビームもアッパービームも点いている状態です。

   

0220headlight4 メインビームだけを点灯させた状態。

電球にカバーがかかっていて、電球の光は直接車の前方には出てきません。カバーも鏡になっているのでしょう、電球の光は全て電球の後ろの鏡を照らしています。

後ろの鏡は放物面鏡になっているはずです。そうして、電球はその放物面の焦点の位置にあるのです。

Parabora 放物面に対して平行に入射した光はすべて焦点に集まります。逆に、焦点から出た光はすべて平行光線となって出ていくのです。

この図は、「http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/~tomodak/paper/q_ref.html」からお借りしました。大阪教育大学のページです。

というわけで、車のヘッドライトにこの放物面の性質が使われているのです。

自転車のライトでも(発光ダイオードでなく)豆電球が深めのお椀の中にあるようなのがありますね。あれは、やはり、放物面鏡の焦点に電球をおいて、平行な光線を作っているのです。

知ってはいましたし、また授業でも何度もこの話はしましたが、こうはっきり見事に観察できたのでうれしくなってしまいました。

もう、教師を完全リタイアして3年が経とうとしているのに「教師眼」は消えませんね。(授業に)「使える!」というような感覚がうずいてしまいます。何を見ても「教材・教具」に見えてしまうのが理科や数学の教師の習性なのですよ。なかなかに抜けきれるものではありません。日常生活でも旅行などでも、すべて教材を見る「眼」が働き続けるのです。同じ内容の授業を毎年やっても、絶対二度と同じ授業はできない、ということの一つの原因でもあるのです。なにせ、毎日毎年、私の「眼」は変化していくのですから。

0220headlight5

最後に、これはアッパービームだけを点灯させたもの。

これはまぶしいです。

最近、白色発光ダイオードをヘッドライトに使った車があるようですが、あれには反対します。まぶしすぎて、すれ違う時正面を見ていられません。目をそらしてしまいます。これは安全上問題があるように思います。明るく照らすことは必要ですが、対向車がまぶしくて目をそらすようなヘッドライトはやめてほしいものです。

私が加齢による白内障に近付いていることも一因ではあります。水晶体に濁りが生じてきていますので、脇から強い光を当てられると、正面からの光も散乱によって見えづらくなってきているのです。

すだれというものは、暗い側から明るい側を見ることはできますが、逆は見づらいですね。原理としてあれとおなじです。自分の目に生じてきた加齢を観察してしまうというのも、理科教師だった者の「教師眼」です。

なんとまあ。なんでも好奇心で見て回るかかしさんなのでした。

2008年3月 6日 (木)

反転するコイル

ハヤトウリのつるが、途中で反転するコイルを巻いている写真を以前に載せました。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_b065.html 

↑ここです。まずはご覧ください。その上で、次の記事の最後にあるカラスウリの写真もご覧ください。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_fbed.html

この記事を書いたときは気づいていなかったのですが、あとからよくよく写真を眺めていたら、カラスウリの実の周辺に残っている枯れたつるのコイルにハヤトウリのつるの反転と同じ現象があることに気づきました。

何回か写真を撮りに行ってたまった写真をお目に掛けます。同じものが写っているかもしれませんがご容赦を。

0215turu1

あちこちにつるのコイルが残っていますね。この写真のかなり左上の方に反転が見えます。

0215turu2_2 

その部分だけ切り出してみました。

中央付近に左上から右下へ。

ちょっとピンボケなのですが、3回巻いて、反転して、さらに3回巻いています。

つるをぐるぐる回して接触する相手を探し、先端が何かに触れて、そこに固定できると、つるの中央部分をコイルにして本体を引き寄せるというようなことをやった結果だと思います。植物は「筋肉」のように長さを縮める、という装置は持っていません。伸びるだけです。伸びることによって長さを縮めるためには「コイルを巻く」しかありませんね。

0222turu1

この写真でカラスウリのすぐ右上のあたりにやはり反転するコイルがあるようです。

0222turu2

ここには2回巻いて反転し、2回巻くという状態が写っています。

よく見ると、あちこちにあるようです。

ただ、遠くから撮っていますので、何枚も写真を撮ってきて、いろんなところにピントが合ったもののなかから、偶然写っていたものを抜き出していますので、効率は悪いし、「狙った写真」ではないのが残念です。

0301turu1 0301turu2               

このくらい撮りためればまあいいでしょう。

          

                  

カラスウリのつるは反転するコイルをつくって本体を支え、引き寄せる、ということは納得していただけたと思います。

0305hariganecoil1 そこで、こんな実験をしてみました。

教師時代に使っていた「指示棒」というやつです。そこに、長さ40cmくらいの細い針金の両端をセロテープで固定しました。固定場所の間隔は15cmくらいですから、針金自体は長さが余って、たるんでいます。

この両端固定状態で片側から針金をコイルに巻こうとしても、これはほとんど無理です。コイルを巻くと、反対側も固定されていますからねじれが解消できずに動きがとれません。

そこで、たわんだ針金の中央付近をゆるく折りまげ、この部分を指示棒に巻きつけていく、という形でコイルを巻いてみました。それが上の写真です。

自然と反転するコイルの対が出来上がっていくのです。「右巻き」とか「左巻き」ということばは、あいまいさを含むので使わないことにして。

たとえば上の写真のコイルに、左から右へ電流を流したらどう流れるでしょうか。

ステンレスの棒の手前にあらわれている針金の部分で考えると、中央より左では電流は下から上に流れ、中央より右では、上から下へ流れることがわかると思います。

つまりコイルの巻き方が反対なのですね。

芯のステンレス棒を抜いてしまいました。

0305hariganecoil2 0305hariganecoil3             

いかがでしょうか?

ハヤトウリやカラスウリのつるの巻き方そっくりですよね。

実際に観察したらどうなるのかよくわかりませんが、この実験でわかるのはこんなことです。

植物はつるを伸ばして何かに先端を固定します。次に、そのつるの中央付近で、茎の片側を生長させて、「くの字型」をつくります。そうして、このくの字型がぐるぐる回るように茎の半面だけを成長させてコイルを巻いていきます。すると、自動的に反転するコイルが両側にできていくと同時に、つるの全長は短くなり、本体を引き寄せることになります。

こんなストーリーを考えてみました。誰か、微速度撮影か何かで、つるの成長とコイルの巻き方を「早送り」で撮影して見せてくれないかなぁ。

0305yabugarasituru

こんなことが頭の中にあると、「見え方」が変わってくるのですね。

これは自宅前にあった、たぶんヤブガラシの枯れたつるです。

反転コイルなのではないでしょうか?

ちょっと自信はありません。

0305coil

これは電話の受話器のコード。

コイルがさらにねじれてしまっています。

ねじれを解消するには、受話器をぐるぐる回さなければならないのはご存じでしょう。

ということは、コイルを巻くときにはねじれを作ることになることもお分かりいただけますね。

白熱電球の中のフィラメントは、細いタングステン線をまずコイルに巻き、そのコイルをもう一回コイルに巻いた「二重コイル」になっています。こうすると、フィラメントの実効的な断面積が大きくなるのです。   

          

昨年、小学生のU君とモーター作ったり、手回し発電機を作ったりしました。その時、長い銅線でコイルを巻くのですが、これが最初のうちは大変なのです。

銅線を引き出しながらコイルを巻くのですから、当然そのよじれがたまっていくのですね。

これをうまく解消しながら巻かないと

0306yojire1

こんなことが起きます。

これに気づかず強くひいてしまうと

0306yojire2 こうなります。

「こぶ」のようなものです。

いったんこれを作ってしまうと、これをもとのまっすぐな状態に戻すことは非常に難しい。

そういうわけで、すこし電気に慣れてくると、こういうこぶを作ってしまうことはとても恥ずかしくなります。

異常な発熱をしたり、機械的に弱くなったり、ろくなことはありません。

コイルを巻くというのは、それなりに大変な技なのです。

★植物のつるの知恵には脱帽します。

自転車

昨日のニュースについての、今朝の天声人語です。

2008年03月06日(木)付

 江戸中ごろに始まる金魚売りは涼しげな商売で、夏の季語でもある。とはいえ、品物が泳ぐ水桶(みずおけ)を運んで売り歩くのは重労働だ。炎天下、よろけることもあった。〈金魚売り己(おの)れの影へ水零(こぼ)す〉中村苑子。

 明治までの金魚売りには天秤棒(てんびんぼう)が欠かせない。両端に桶を下げ、真ん中を肩に担ぐ。昔の旅姿にある振り分け荷物のように、前後に等しく荷を下げ安定させた。同じことをすると、