クリスマスの足袋
クリスマスは如何でしたか。
先週の土曜日(12/17)の朝日新聞別刷り「土曜be」に面白い記事が出ていました。
有料記事なので、一部分だけ引用します。
(はじまりを歩く)クリスマス 山口市、福井市 伝来の降誕祭、市を挙げ祝う(2022年12月17日)
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次に向かったのは福井市である。明治時代初めの1871年12月25日に、福井藩藩校の明新館で理科を教えていたお雇い外国人のウィリアム・E・グリフィス(1843~1928)が、教え子の子供たちと日本初のクリスマスパーティーを開いた記録がある、と聞いたからだ。
グリフィスが故郷・アメリカの家族にあてた手紙によると、12月24日、彼が当時、同居していた生徒たちに母国のクリスマスのことを話したところ、強い興味を示したため、グリフィスは靴下の代わりとして、足袋(たび)をつるしておくよう指示したらしい。
生徒たちは「松と栂(つが)を切り、みかん、張り子のおもちゃ、いろんな食べ物、つがいの雉(きじ)、各自の新しい足袋、紐(ひも)などを持ってきて、食堂の壁や暖炉をいろんな色の装飾品、緑の枝」で飾った。グリフィスは、生徒や家の使用人とその家族がつり下げた9足の足袋に、角砂糖、ドロップ、干しぶどう、筆記用紙、鉛筆、写真、ペン、ジャムの小びん、小銭などを入れて贈る。翌朝、足袋の中を見た生徒たちは大いに喜んだという。
・・・
「靴下の代わりとして、足袋(たび)をつるしておくよう指示したらしい。」
なるほど。その時代、「靴下」というものはあまり普及していなかったんでしょうね。
面白い話だ、と思っていたら。
このごろ朝日新聞では、(朝日新聞写真館 since1904)という、古い写真を紹介する記事が土曜日の夕刊に載ります。その特集の12/14(土)で、古い白黒写真のキャプションにまた「足袋」が出てきました。写真は著作権があるでしょうから借りてきません。
↓
(朝日新聞写真館 since1904)クリスマス この日、家族を思う、平和を願う(2022年12月24日)
・<1952(昭和27年)> 70年前のクリスマスイブ。東京・日本橋に近い運河で水上生活を送っていた一家は船の中を飾り付け、「サンタクロース」を迎える支度をした。長靴の代わりに天井からつるされているのは足袋。プレゼントはカルタだったらしい
現在日本では「靴下」を吊るすことになっていますが、「クリスマス・ブーツ」といって、「長靴」をつるす習慣もあったようですね。
1952年だそうで。ワタクシ4歳の12月ですね。クリスマスなんて記憶にありません。
なんかやったのかなぁ。二階の八畳一間で一家4人が生活していたころです。
戦後すぐなんだなぁ、という感じですね。
その頃の水上生活者のクリスマス。思ってみてください。
とまぁ、古い話ですみません。
「クリスマスの足袋」というのが面白かったのでご紹介しました。
そもそも、なんで「靴下」なのか、については「クリスマス 靴下」で検索してみてください。いくつかのお話がヒットしますよ。
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