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2022年4月12日 (火)

「0655」から

0323_2_0655_1 2022.3.23
テレビ画面を撮影したので色が青っぽいですが、実は白い板の上に黒いものが点々と散らばっているのです。
ここでは白い板が背景で、黒い物体を認識しますね。
0323_2_0655_2
黒いものを集めていくと、なんだか様子が変わってくる。
0323_2_0655_3
白い板の上に、黒い背景が生じて、そこに白い数字が浮き上がってきます。
ここでは黒い部分が背景になり、白い字が見えるわけです。

これ、ある種の「図と地の転換」ですね。
白い背景の中に黒い物体だったのが、黒い地の中に白い文字に変化しました。
私たちは「図と地」があるとき、「図」に意味を見出して認識します。「地」には意味がない。

「百聞は一見に如かず」といって、自分が目で見たのだから確かだ、と思うと、なかなかにそうではない。
網膜に映じた像がすべてではないのです。脳が処理した結果を「見た」と考えている。
脳の処理の「くせ」のようなものがあるので、見たからといって絶対確かとは限らないのです。

↓参考
https://kotobank.jp/word/%E5%9B%B3%E3%81%A8%E5%9C%B0-542555
図と地) figure and ground

視野に二つの領域が存在するとき、一方の領域には形だけが見え、もう一つの領域は背景を形成する。背景から分離して知覚される部分(形)を「図」といい、背景となるものを「地」という。「図と地」ということばを初めて使ったのは1912年デンマークの心理学者ルビンであり、これはゲシュタルト心理学の重要概念である。メロディーは際だって聞こえ、伴奏は背景に退いて知覚される。このように知覚経験の各側面に図と地が現れ、とくに視知覚において著しい。一般に図となる領域は、形と輪郭線とものの性質をもち、面が固い感じで位置が明確で浮き上がって見え、一方、地は、形も輪郭線ももたず材料的性質をもち、面が柔らかく定位不明確で図の背後に一様に広がって見える。[今井省吾]

「ルビンの杯と顔」というのが有名ですよね。「向き合う顔と杯」が入れ替わって見えたりするやつです。

↓わかりやすい
https://dessin.art-map.net/technique/level19/01.html
デッサンと言う礎> デッサンの描き方と基礎技法> 視覚の認知現象と心理学> 図と地

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