元日のNHKのEテレ「植物に学ぶ生存戦略」が話題を呼んでいたようですが、番組にはあまり関心がない。
ただ放送を紹介した新聞記事を読んでいて、ひどく気になったのです。
その記事の図版の中に
戦略1 生き残るために臭くする
ヘクソカズラ
強烈ににおう。臭すぎて害虫を寄せ付けない。花の中には剛毛のような器官が密集し、害虫の侵入を防ぐ。
こんな記述があったのですね。
ここでもまた、名前にとらわれすぎている。
「屁糞葛」というので「屁」だ「糞」だ、とんでもない匂いなのだ、と。
ヘクソカズラを知らない方も多いかもしれませんので、信じちゃいますよね。
そもそも匂いというのは、空中を漂う分子が動物の嗅覚を刺激して生じるもの。
自分の生存に役立つものからの嗅覚刺激は「よい香り」「芳香」でしょう。
摂取すると危険を及ぼす可能性がある嗅覚刺激を「くさい」「悪臭」というのだと思います。
{味覚もそうでしょ。栄養になる味は甘い、うまい。毒になる可能性があるものはすっぱい、苦い。腐敗すると酸っぱい、植物のアルカロイドは強い毒で苦い。ね。赤ちゃんはすっぱいのや苦いのは口にしませんね。}
ショクダイオオコンニャク(燭台大蒟蒻)の花は、開花すると強烈な腐臭を放つそうです。
人間にとっては悪臭ですが、この花は糞虫やシデムシを呼んで花粉を媒介してもらうために腐臭を放つのです。
それらの昆虫にとってはこの腐臭が「芳香」なのでしょう。だから集まってくるのです。
●さて、ヘクソカズラですが。本から引用します。
「ヘンな名前の植物」ヘクソカズラは本当にくさいのか 藤井義晴 著、化学同人、2019年4月30日 第1刷発行
p.23
ヘクソカズラの悪臭成分とその役割
ヘクソカズラは、葉や果実を揉むとおならや大便のようなにおいがするといわれています。しかしそのにおいは、現代人のおならや大便ほど臭くありません。・・・ヘクソカズラの悪臭成分は、メチルメルカプタン(別名:メタンチオール)で、腐ったタマネギのにおいや口臭もこの物質です。・・・青カビチーズや白カビチーズのようなナチュラルチーズには微量のメチルメルカプタンが含まれており、特有の香りを特徴づける重要な役割を果たしています。・・・
p.24
ヘクソカズラのにおい成分の植物自身にとっての意義は、これを攻撃しようとする昆虫、微生物、他の植物から身を守る作用、すなわちアレロパシーであると思われます。1992年に近畿大学の駒井功一郎らは、ヘクソカズラに含まれるペデロサイトには植物成育阻害活性があると日本雑草学会で発表しています。また、ペデロサイトから生成するメチルメルカプタンには、昆虫や微生物や動物を忌避する効果があるため、これらの成分を持つヘクソカズラは他の生物との競走上有利で、生き残ることができたと考えられます。しかし、蓼食う虫も好き好きという諺があるように、臭いヘクソカズラを好んで食べる虫もいます。ホシホウジャクというガの幼虫はヘクソカズラを食草にして好んで食べます、ヘクソカズラの毒を解毒できるように進化したものと思われます。このような関係を共進化といいます。
p.25
ヘクソカズラの花は美しい
ヘクソカズラは7~9月に花を咲かせます。花弁は白色で、中心は紅紫色です。その色合いと形がお灸をすえた跡に似ているので、ヤイトバナ(灸花)の別名があります。また、サオトメバナ(早乙女花)というかわいい名前もあります。花を水に浮かべた姿が田植えをする娘(早乙女)のかぶる笠に似ていることにちなむといわれています。
↓こんな話も
https://kotobank.jp/word/%E3%83%98%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%A9-867736
植物体をもむと悪臭があるので屁糞葛の名があり、花冠内側の赤紫色が灸(きゅう)をすえた跡に似るので灸花の名がある。早乙女(さおとめ)花は、花序を早乙女が用いるかんざしに見立てたものと思われる。花冠に唾液(だえき)をつけ、顔などにくっつけて草花遊びに用いられる。
女の子の「花遊び」に使ったのです。花を摘んで唾をつける、葉や茎を傷つけることだってあったでしょうに。
でも、ちょっと臭いだけで遊んでいたわけです。そんなもんですよ。
植物を傷つければなにがしかの匂いがするのはあたりまえ。虫にかじられて匂いのある物質を放出しそれによってその虫の天敵を呼び寄せたり、あるいは近くの葉に警戒を呼び掛ける信号にしているということだってあるんです。
「食害 植物の警戒信号」で検索してください、面白い話が読めます。
↓過去記事です。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-1d56.html
2018年9月26日 (水) 灸花(やいとばな):ヘクソカズラ
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_88a6.html
2007年8月 1日 (水) ヘクソカズラ
↑ここでは私が自分で嗅いでみた経験をちらっと書いています。臭くなかった、と。
{この記事中のリンクは切れています}
★さて、臭い臭いと騒いでいますが、ホシホウジャクの幼虫の食草はヘクソカズラなのです。
確かに、他の昆虫はメチルメルカプタンに負けて食草にしていないんでしょうね。生態系の中で昆虫の食草になっていない「空地」が生じたわけです。生物はしぶとい。食草空間に穴があったところへ、ホシホウジャクは対処法を身につけてその食草空間の穴に入った。生態系の新しいニッチを獲得したんですね。他の昆虫との競合なく食べ放題。新しいニッチを開発するというのはそういうことなのです。
★アオスジアゲハの幼虫などは、防虫剤の樟脳を含むクスノキの葉を食草にしていますよね。他の昆虫にはできない真似なので、競合がない。すごいニッチを獲得したものです。
ジャコウアゲハの幼虫は有毒なアルカロイドを含むウマノスズクサなどを食べて、その毒を体内に保持していて、自分を食べると毒だぞと天敵に教える。その毒を成虫にまで持ち越して、成虫も鳥などの捕食者を避ける手段にしています。
生物って、しぶといんですよ。
2021.12.21
ヘクソカズラの実です。渋い艶で見事な実なんですよ。
この実のあった場所の真下で妻が発見したのは
2021.12.30
ガの蛹。
これはどう考えてもホシホウジャクの蛹ですね。ヘクソカズラはおいしかったなぁ~♪っと。
小さな飼育ケースに入れて寒い場所で冬越しさせています。
うまく羽化に至ったらその時またご報告しますね。
★では。ヘクソカズラの花粉媒介者は?
花が咲き実がなるのだから、おそらく誰かが送粉した。
ところが、冒頭で引用したNHKの放送では
「花の中には剛毛のような器官が密集し、害虫の侵入を防ぐ」とあって、さらにあろうことか
レギュラー出演者が「濃い胸毛の写真を自ら公開した。臭くて剛毛な植物ヘクソカズラの生態を解説するためのサービスカットとして」
こんなことをしたのだそうです。あきれてものも言えない。
ただ大声で大笑いするだけの番組が多すぎます。不愉快だ。
↓参考
https://huminokai.exblog.jp/21086263/
生きもの講座226はヘクソカズラとカメムシの話です
今回のテーマは、ヘクソカズラとカメムシです。
ヘクソカズラについてはNo.65(1999年9月)でとりあげましたが、その後に出た本から新しいことがわかったので、追加と補正をします。
その一つは、花粉媒介のことです。前回は花粉媒介についての詳しい情報が見つけられなかったので、私たちのいい加減な観察と、ある文献に植物学者が、「小さなアリがよく訪花して蜜をなめる」と記述している記事を参考にして「アリが送粉者である可能性が高い」と書きました。ところが、2011年に出た矢追義人さんの『ミクロの自然探検』[文一総合出版]に、アリは花筒に「せいぜい頭を突っ込むのがやっとで、蜜をなめることはできない」とありました。そして、花粉を媒介するのはコハナバチ類だとして、コハナバチが花に潜る様子の写真を載せています。さらに、コハナバチよりかなり大きめのツチバチが「どう見てもサイズ不適合だが、それでも体を複雑骨折みたいに折り曲げて蜜を吸う」と記しています。これを読んで、みなさんにこの本を紹介して、前言を取り消さなければ、と思った次第です。
(後略)
↓盗蜜という話もありました。
https://sigma-nature-vlog.blogspot.com/2013/09/blog-post.html
2013/09/01
ヘクソカズラの花で盗蜜するクロマルハナバチ♀
{動画:2013年7月中旬}
民家の庭木にヘクソカズラの蔓が巻き付いていて、クロマルハナバチ(Bombus ignitus)のワーカー♀複数個体が訪花していました。
蜂はヘクソカズラの悪臭を苦にすることも無く、花から花へせっせと飛び回っています。
採餌の様子をよく観察すると、花の根元を外から噛み切って蜜腺を直接舐めていました。
これはまさに穿孔盗蜜と呼ばれる行動です。
蜂が飛び去った後の花には盗蜜痕の穴が開いていました。
後脚の花粉籠に白い花粉団子を付けている個体もいますが、ヘクソカズラ以外の花から集めてきたことになります。
(後略)
↓趣味の園芸です
https://www.shuminoengei.jp/?m=pc&a=page_mo_diary_detail&target_c_diary_id=322095
ヘクソカズラの花
花は白い小さな筒状で、中央のえんじ色が美しく印象的です。拡大すると、花筒の内側に、先の丸い腺毛が密生し、外側も数珠のような腺毛に被われています。花の内側には、細長いやくを持つ長短2種類の雄しべが、貼りつく様に着いています。雌しべは下部で2本に割れて細長く、割れた内側に多数の突起があり、筒の入り口を塞ぐかのように折れ曲がっているのが特徴的です。蜜は雌しべの基部から出ます。このような花の形態は、コハナバチのような小型のハナバチが、花奥の蜜を求めて身体ごと花筒の中に入り込んだ際に、虫に花粉を擦り付け、同時に受粉するよう進化した結果と考えられます。腺毛の役割はよく解りません。アリなど蜜を盗む昆虫が花の中に入り込むのを防ぐためと説明されていますが、もっと他の役割もありそうです。
どうなのかな、体を花の中に潜り込ませなくても、チョウやガは口吻を探るように伸ばして花の奥を探ることはできるんじゃないでしょうか。その際に蜜にくっついて花粉が運び出されるというようなことはないのかな。
とも思う次第です。
とにかく、人間的に「臭い」からといっても、花を咲かせて実を作る植物として、おそらくごく普通なのだと思いますよ。
名前にとらわれると、ことの本質を見失います。ゴチュウイ、ご注意。
★近年「うんこ」とか「うんち」という言葉は抵抗感なく使われている気がします。そこで
「ウンコカズラ」
などという名前だったらどんな感じがしますか?イメージが変わりはしませんか?
名前というものは恐ろしい。
科学者が新しい発見をした瞬間というものは、これを知っているのは世界中で私ただ一人なのだ、という感慨に襲われるそうです。
名前もないむき出しの事実というものに直面するということは、なんだか恐ろしい。勇気が要りますね。
そう思うのです。