「おつり」の話:1・前置き
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2021年2月 2日 (火) すみません 続きです
↑この記事で、私が子供のころは弁壺型の便所で用を足していた、という話が出ました。
人間が生活すれば必ず便所がある。それはいつの時代だって同じこと。
ですから人が居住した遺跡を発掘すると、トイレ遺構とか便所遺構というものがあるんですね。
Wikiから↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A4%E3%83%AC%E9%81%BA%E6%A7%8B
概要
トイレ遺構では籌木(ちゅうぎ)として使用された木片、好糞性の昆虫、動物の骨、植物の花粉などが大量に出土する[1]。
従来は発掘調査中に肉眼で観察できたものに限られていたが、1992年、奈良国立文化財研究所による藤原京跡の発掘調査で土壌を水洗して有機体遺物を採取する浮遊遺物洗浄法(フローテーション)がおこなわれ、籌木のほか、食べられたものの消化されずに排泄された種子・花粉や、魚骨、トイレ環境に生息する昆虫、人々の体内に生息していた寄生虫の卵などが見つかって考古学的にトイレとして利用されたことが証明できるようになった。
トイレ遺構からは当時の人々の食生活や病気の罹患状態などを知る大きな手がかりとなっており、生活に関する未知の分野の解明に役立つ遺構として注目されている[1]。
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三内丸山遺跡
青森県青森市の三内丸山遺跡(縄文時代前期、約5500年前)の、遺跡北部に南北に入り込んでいる谷は「遺物廃棄ブロック」と呼ばれているが、ここに堆積する有機物を多く含む泥土を分析試料として採取、分析した結果、1cm3あたり13000個を超す寄生虫卵が検出され、その種類から人の排泄物と判断されたため、谷が「トイレ空間」として利用されていることがわかった。寄生虫卵のほとんどが鞭虫卵で、少量の異形吸虫卵を含んでいた。このことから、三内丸山の縄文人が鞭虫症による腹痛などの消化器症状に悩まされていたこと、鞭虫卵に汚染されやすい野草・野菜または水を摂取していたこと、異形吸虫類は沿岸魚から稀に感染することから海水魚が食されていたこと、淡水魚や獣類に起因する寄生虫は見いだせず、これらは常食されていなかっただろう、ということがわかった。
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秋田城跡
秋田県秋田市の秋田城跡(奈良~平安時代、創建8世紀前半、廃絶9世紀前半~後半)で発見されたトイレ遺構は、掘立柱建物とトイレ施設が一体となった造りになっている。その構造から、庇(ひさし)側の入口から入ると、待合室的な空間があり、その先に3部屋の個室をもったトイレ建造物と考えられている。個室の床下の便槽に溜まった汚物は木樋を通して沼に排水する水洗式だったと考えられる。その際、沼の汚染を少なくするため沈殿槽を設け、汚れの少ない上澄みだけを流すように工夫したものと思われる。なお、水洗に関しては、個室内に用意された桶の水を使用後に流す構造であったが、あるいは床下に木樋の暗渠があり、上方に位置する井戸などの生活排水によって随時流す高野山的なシステム(高野山形水洗式(こうやさんがたすいせんしき)トイレ)であったとも考えられている。いずれにしても、大変優れた構造のトイレということができる。
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朝日新聞の過去の記事から
[青鉛筆]国指定遺跡の8世紀の水洗トイレを復元へ 秋田市教委(2004/10/21)
秋田市の国指定史跡「秋田城跡」で見つかった8世紀半ばの水洗トイレが復元されることになった。貴賓用で大陸からの使節も使ったと考えられている。
トイレは約4平方メートルの個室が三つ。直径1メートルの穴の上に板を渡してまたぐ。用足し後、容器の水をくんで流す方式。木のといで外の穴につながっていた。
実際に使えるトイレにしようと、専門家らが真剣に議論したことも。しかし、衛生上の問題から断念。同市教委は「想像で我慢してください」。
いろいろあるんです。実際。
「厠(かわや)」は「川屋」とか。
かわ‐や【厠・】カハヤ
(川の上に掛けて作った屋の意。また、家の側の屋の意ともいう)大小便をする所。便所。古事記[中]「朝署あさけに―に入りし時」
広辞苑第六版より引用
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