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2020年6月 3日 (水)

五味太郎「じょうぶな頭とかしこい体になるために」

★朝日新聞から引用

(新型コロナ)休校はチャンスだぞ 絵本作家・五味太郎さんから「ガキ」たちへ(朝日新聞デジタル 2020年4月14日 5時00分)
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 いまは、子どもも大人も、本当に考える時期。『じょうぶな頭とかしこい体になるために』という本を書いたことがあるけど、戦後ずーっと「じょうぶな体」がいいと言われてきた。それはつまり、働かされちゃう体。「かしこい頭」っていうのは、うまく世の中と付き合いすぎちゃう頭で、きりがないし、いざという時に弱いからね。今こそ、自分で考える頭と、敏感で時折きちんとサボれる体が必要だと思う。
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↓東京新聞でほぼ1カ月後に同じ本から

【社説】
週のはじめに考える 自分の足で立ってみる(2020年5月17日)
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◆「丈夫な頭と賢い体」
 一方で、ふだん子どもたちは学校に通い、習い事や宿題など大人が決めた時間割に追われ多忙です。休校で時間を自由に使える体験は「自分で考える力」を養う貴重な機会になるのではないか。
 絵本作家の五味太郎さんは著作「じょうぶな頭とかしこい体になるために」でこんな指摘をしています。
 「大人の言うことは素直に聞いて、決められたことはきちんと守り、出された問題にはうまく答え、与えられた仕事はだまってやる。決してさぼったり、ごまかしたりはしない」子どもは「かしこい頭とじょうぶな体」の子どもだと言います。
 学校や社会が育てている子ども像のような気がします。
 五味さんが育ってほしいと考える子どもは「じょうぶな頭とかしこい体」の子です。
 「言われたことの意味をたしかめ、決められたことの内容を考え、必要があれば問題をとき、自分のために楽しい仕事をさがし出し、やるときはやるし、さぼりたいときはすぐさぼる」ことができる子どもです。
 つまり、自分で疑問を持ち考え、判断して実行する。体が疲れたりしたら、そう判断してさぼれる柔軟さもある。
・・・

★昔教師だったお爺さんの気持ち。
学校に行けないと、教科書に書いてあることが学べなくって、「学力」が付かないのではないか、と心配する人もいらっしゃるかと思います。そもそも教科書というのは最低限の「事項」が書いてあるだけの本。そう大したもんじゃない。
大事なのは「好奇心」なんですよ。知らないことに出会ったら、なんで、どうして・・・と問うてみる。
学力といわれるものの原動力は好奇心なんです。好奇心さえ旺盛ならば、人生、年齢なんかに関係なく新しいことを学び吸収し楽しめる。人生の分岐点での選択に当たっても、好奇心の向く方へ行ったらいい。後悔はしません。自分の選択だもんね。人に強いられたわけじゃなし。

interesting というと、日本語の英語教育では「おもしろい」という意味を強く教わる。でもね
interest には、興味を引く、関心を惹く、という意味があるんです。その方が強い意味かな。
好奇心を動かされるのが「おもしろい」ということなんです。可笑しい、笑える、ではないのです。
生き生きとした好奇心を持って、何でも面白がって追及する、そういう力を今、養ってください。これが無駄になるなんてことはあり得ません。何だって学べますよ。

学校というのは、児童生徒が成長する場所。それを現場・教室で支援するのが教師。生徒や教師の活動を一番下で支えるのが校長先生。逆さまのピラミッドなんですね。
教師のいない学校は存在しえますが、生徒のいない学校なんて存在しえない。
教師がいなくても、自ら学べるし互いに学び合うことはいくらでもできる。
生徒がいなくて先生がいるだけの教室なんてものは学校じゃないですね。
コロナ関連で、今までの常識的な学校が停止し、やっと再開にこぎつけましたが、そこがどこであれ、成長する人がいる場所は学校なんです。
「じょうぶな頭とかしこい体」を育ててください。

★もういっちょ。じいさんのたわごとを。
「きょういく」というのは「教え育てる」のではないのです。
敢えて書けば「共に育つ」のです。
学校が再開されましたが、しばらくはこれまでとは違った教室風景になるでしょうね。
でも、やはり児童生徒が一緒にいる場、というのは共に育つ場ですから、やっぱり楽しい。
実は、先生も生徒と一緒に育つんですよ。一方的に教えて満足できる人はよい先生とは言えないな。
生徒とともに育つ人が先生なんです。自分が成長しなくて他人の成長を助けられるなんて、思い上がりです。
教師は生徒と一緒に育つ。
長年教師をやって、同じ授業ができたなんてことは全くないですね。だって一緒にいる生徒が毎年違うんだもん。
生徒に引き出してもらえる内容を自分の中に奥深く学ぶことが教師の仕事なんです。教師も絶えず成長していなければなりません。
「深みのない教師」なんて、すぐ生徒に見抜かれちゃうもんね。その怖さを内に意識する教師でありたいと願いつつ、教師生活を送りました。果たして私はどんな教師だったんだろう。こわいなぁ。

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