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2020年1月14日 (火)

成人式

 私は1948年生まれですから、1968年に20歳になり、1969年の成人の日が成人式でした。
私は成人式には出席していません。私はその日は秩父宮ラグビー場の脇で機動隊と対峙していました。対峙なんて言うとカッコイイですが、実態は機動隊に追われて逃げ回っていただけです。地下鉄のホームに逃げ込んだら、地上から催涙弾を撃ち込まれてひどい目に遭いましたっけね。
妻もなぜかは知りませんが成人式には出席してないそうです。
そういう夫婦です。
 私の場合、同窓会というものが徹底的に嫌いで、児童・生徒・学生だったものとしての同窓会も、教師という職業につきものの同窓会も、一切出席したことはありません。高校卒業時、私は同窓会幹事に選ばれそうになったのですが、「俺が幹事になったら、終生同窓会は開かれない」と宣言したら外してくれました。高校担任時、卒業時に「君たちが同窓会をやるのは勝手だ。しかし私を呼んではいけない、絶対出席しないからね」と宣言して送り出して、一度も呼ばれたことはありません。私をよく理解してくれた卒業生です。よい卒業生に恵まれました。
 成人式などというものは大規模同窓会のようなもの。誰が出席するもんですか。人は生まれ、成長し、大人になり、老人になり、やがてこの世を去っていく。「~~式」などという区切りは要りません。時の流れの中を一歩ずつ自分の歩幅で歩いてゴールへ向かえばいいだけです。

儀式というものが大嫌いでね。高校の卒業式まではまあ出席せざるを得ませんでしたけど。
大学に合格して迎えた入学式。(私、東大卒なんでそういう固有名詞が出ますが)。親はもちろん呼んでません。安田講堂の会場で、下らねぇ、とへそを曲げた私は、立ったまま会場の後ろの壁に寄りかかって腕組みして式を眺めていました。誰かに指示されたとかいうことは一切なし。自分自身の感覚に従い自分で意思決定しただけです。駒場でのオリエンテーションはちゃんと真面目にやりましたよ。自分の学生生活の基盤の部分ですからね。これは儀式じゃない。
学部の卒業式は出ていません。後日、理学部の教務へ行って卒業証書だけ受け取りました。
ま、そういう男なんです。

大学入学が18歳、成人式が20歳。
大学闘争もほぼ終焉した22歳のころ。1970年かな。なんかくすぶっていた私たちは「自主講座」などというものをやっていたのですが、自分もいっちょやるかというので、ある回の講座をやったんですね。その内容を、朝日ジャーナルが掲載してくれたものがあります。
観念的であるような、でも私の生活の具体的な実践でもあるような。妙なものです。若気の至りという文章ですがお目にかけましょう。ある意味で私の人生という書物の「はじめに」というものです。

{案山子:ごめんなさい。テキストファイルをここに挿入したら文字化けしてしまって読めません。UTF-8なんですけどね。}
次の記事「自らをして毒虫とせよ」に続けることにします。是非そちらもお読みください。

後日談。この原稿に対して朝日ジャーナルから原稿料をもらいましたが、そのお金で銀の指輪を買いまして、1972年に妻となる女性にプレゼントしたんです。妻は今も結婚指輪の上にその銀の指輪を二重にしてはめてます。人生は一続きなのです。

少し前に教師として年度の初めの授業で必ず行っていた「自己紹介」の文書をご紹介しましたが、あれにつながるものです。
読み比べていただくと、代わり映えしないということがお分かりいただけると思います。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2019/12/post-295e24.html
2019年12月 9日 (月) 選択

爺さんのぐだぐだにお付き合いさせてしまって申し訳ありませんでした。
若い人のしなやかさに希望を託します。

★次の記事へ続く

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