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2020年1月14日 (火)

自らをして毒虫とせよ

★以下の記事は、前の記事「成人式」の続きです。私の若いころの文章。芯の部分は今も変わっていない、と言えます。
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自らをして毒虫とせよ」(自主講座 朝日ジャーナル 1970.9.27)
                  報告者 和 崩彦

五体満足の普通人にとって身障者の存在はどんな意味を持つのか。また身障者が人間らしく生きるというのはどういうことか。普通人が真に人間らしく生きるためには、この課題を解明しなければならない。

  「踏みつぶし」の構造

 普通の人間には決して知ることのできない世界。その異邦の住人としてのわたしの経験をとおして、人間の永続的闘争とはいかなるものか考えてみたい。
 身体障害者(以下身障者と略す)の障害の内容・程度・原因、就職率・職種などの統計的数字は、知ろうとして知ることのできるものだから省略しよう。もう一つの前提として、わたしの障害を明らかにしておく必要がある。脊髄性小児マヒによる左下肢歩行機能損傷といって、左脚に補装具をつけて初めて歩くことができる。必然的な結果として、わたしが身障者という言葉を使うとき、その言葉の重みは脊髄性小児マヒやそれに近い身体機能損傷に傾く。
 原点から出発しよう。東大全共闘の中にいて、わたしは何を感じていたか。わたしは走ることができないし、補装具をつけているだけで疲れる。そのため、実力闘争に参加できないのみならず、深夜に及ぶ会議、泊り込みなどからはどうしても遠ざかってしまい、いつも日和見でしかなかった。友人は「自分にできることをやってくれればよい」といってくれるが、何といっても、いつも日和るという感覚、ひけめを感じないわけにはゆかない。そういう状態のなかで、「実力部隊として登場しえない者が、いかなる形態で反体制運動、反乱を主体的に担いうるか」と考えた。
 非暴力をいう人もあるかもしれないが、非暴力ということばを軽々しくいってはいけない。また、実力闘争だけが闘争ではないと公然と口にしながらも、やはり実力闘争しかできなかったところに全共闘の価値体系を見ないわけにはゆかない。その価値体系から身障者ははみ出してしまった。その問いへの一応の答えはこうである。「己れの立っているまさにその地点から反逆してゆくこと。総反乱。そういう背景があってこそ、実力部隊も意味を持ちうる」。重症知的障害児を人間でないとして抹殺しようとしたナチス流に言えば、われわれ身障者は一歩非人間に近い。しかし「最も低く位置する者こそ最も遠くを撃つ」。
 さて、「足もとからの反乱」とは何か。およそ人間関係の存在するところには、必ずといってよいほど抑圧差別の構造が存在する。簡単に言えば「踏みつぶす」ということだ。人間はまったく無意識に花を踏み、アリを踏みつぶす。無意識のうちに、人は他人にとりかえしのつかない傷をつけてしまう。これに対し、これまでは踏みつぶしてしまう側の一部がそれを意識化し、差別撤廃運動を始めることがよくあった。しかし、これはいつも優越者意識・同情・慈善へと堕落してゆく危険をはらんでいる。真にこの踏みつぶしの構造を破壊し去るには、この構造の中で抑圧を受ける者の側からそれをあからさまにあばき出し、突きつけ、破壊していかなければならない。それは、人間を作り変えていくということで、果たして人間が変わりうるものであるかどうか分からないが、私は信じる。きっといつか、人間は<良い>ものになれると。
 ここで、「踏みつぶし」の構造とはどんなものか明らかにしなければならないと思うが、これを分析し、原型を取り出す仕事はわたしの手に余るので、「踏みつぶし」はこういうところに見えるという例を示そう。その中から「踏みつぶし」を抽出してほしい。
 大学の抑圧機能を告発したことは、全共闘運動の一つの重要な側面だった。「管理運営権」「単位認定権」を持つ者は、その人の意思、善意、主観的願望にかかわりなく、客観的には抑圧者として機能する。このことを鋭くあばき出したにもかかわらず、大多数の教官がすでにそれに気づく人間的感覚を失っていたという悲劇・喜劇をわれわれは見た。「バカ専門」などといいたくはなかったが・・・・・・。
 次に、学生、とくに東大生としての存在は同様に抑圧者としての存在である。この自覚から自己否定という言葉がもてはやされた。しかし、今や東大全共闘はポシャり、その亡霊がさまようばかりである。貴族性、エリート意識はついに消え去らず、東大生は東大生という失望がある。告発者としての論理はすべて己れにもはね返ってくるとはよくいわれたが、果たして本当に己れを告発したか。現在のこの安穏、平和は告発の痛みの中から、生への執着によって発するぎりぎりの居直りなのか。それとも安直なレベルでのそれなのか。
 教授は助教授を、彼らは助手を、その三者は学生を、東大生は他の大学生や労働者を踏みつぶす。サラリーマンは他の労働者を、農民を。東京の人間は地方の人間を。先輩は後輩を。大人は子供を踏みつぶす。朝鮮人ということばのなかの差別意識。部落。ハンセン病。そして男は女を、健康人は身障者を踏みつぶす。また、慈善、同情という名の抑圧が横行する。同情という名の侮辱がどれほど深く人を傷つけることか。人の善意を信じることができないのではない。ただ、裸の人間対人間関係の根底には、嫌悪・ふるえ・吐き気という生の感情があり、それを越えるのには人間を信じる以外にないのではないだろうかと思う。

  平面・階段・斜面

 さて、身障者の持つ世界の異質性について考察してみよう。この異質性は、思想の形態、被規定性ということに深くかかわっている。われわれはまさに肉体としての存在であり、精神が肉体という箱から解放されることは決してない。われわれの精神は五体という肉によって規定されている。したがって、五体の機能に欠損があれば思想も影響を受けないわけにはゆかない。思想は、どんなに抽象的なものであっても、その根底に肉体的なイメージを有している。
 サリドマイド剤によるエンゼルベビーたちに手がないということは、彼らにおける手の概念がわれわれとはまったく異なることを予想させる。同時に、「把握する」「アウフヘーベン」「抱擁」、そして「愛」という概念すらもが、われわれの場合と異質なものであるかもしれないと覚悟しなければならない。それが理解できるか。わたしの障害の場合、「立ち上がる」「歩く」「坐る」「走る」「立っている」ということの内容が普通の人とは違っているだろう。そこに意識の障壁があり、普通の人が無意識に行なっているこれらの動作が、わたしには、常に意識の領域に入っている。常に意識にのぼっているということは、それだけで人の思考を大きく変え得る。
 わたし自身を例にとって、少し詳しく述べてみよう。これは、肉体によって心象風景を語る試みであるかもしれない。
 わたしにとっての世界は、平面的状況・階段的状況・斜面的状況に三分される。
 第一は、完全に可逆的な状況だ。平らな面を自分のペースでどちらの方向へでも自由に歩いてゆける。呼吸は楽で、うたを歌うこともできる。「歩行」はかなり無意識的に行なわれ、「歩行」以外のことを思索し思想を形成してゆくことのできる状況だ。
 第二は、意識的で、部分的不可逆性の現れる状況だ。階段を上下するときは、そのことに意識を集中していなければ、いつ転げ落ちるかわからない。呼吸は激しく、話をするのも面倒、ましてうたを歌う余裕はない。左上方に上がったり、右下方に下ったりするのは比較的楽だが、逆に右上方へ上がったり左下方に下りたりするのは非常にむずかしい、というように部分的不可逆性が出てくる。階段的状況の中では、何とかやってゆけるにしても、他人の面倒をみたり思索をすることはできない。やはり積極的には入りたくない。これが、心理的障壁となってわたしの行動に制約を加える。
 たとえば、横断歩道橋だが、まさに物理的心理的障壁として立ちふさがって、わたしの心の中の地図に不思議な等高線を作り出す。渋谷でも駅の南側・東側は歩道橋があって巨大な峰がそそり立っているような感じがする。何も大げさでないことが身障者にとってどんな意味を持つか。トイレ、風呂、腰かけ、ベッド、洗面・・・・・・。くだらないだろうか。日常茶飯のところにころがっているからこそ重大なのだ。階段的状況をいかにして取り去るかというところに発する、身障者の異様なまでの熱気を知っているだろうか。平面的状況になりさえすれば、すばらしい能力を発揮できる人は多いのだ。
 もう一つの例。わたしが集会に行く。機動隊が来るかもしれない。対立派が襲いかかってくるかもしれない。そういうとき、わたしの目には集会に中心部に向かって階段が見える。そこに上がってしまうと、わたしはわたし自身を保持するのに精いっぱいで、とても逃げたり、石を投げたり、防戦したりというわけにはゆかない。だから集会の中には入りたくないし、入ってしまえば、他のことは一切頭の中から消えて、どうやったら転げ落ちずにこの階段を下れるかということでいっぱいになってしまう。また、酒は普段平面的な状況を肉体の酔いによってコントロールを奪い階段的状況に変えてしまうので、飲まないことになる。
 最後は、完全な不可逆性の場だ。左下がり斜面は楽に歩けるが、戻りが右上がり斜面になるので、戻れなくなってしまう。坂を上がることはなんとかできるが、下ることはかなり困難か、まったく不可能。この状況では、ほとんど無意識か、あるいはまったく入れないか、なので心理的障壁としてはあまり大きくないが、必ず先のことを考えていなければならない。日本の簡易舗装道路はカマボコ型なので、わたしは否応なしに左側通行になる。こういう状況は、普通の左右対称の体の人でも、肉体的・心理的極限状況のなかで出会う。山奥深く迷いこんでしまったとき、海で潮に流されたとき、大事故の渦中、戦争・・・・・・。
 しかし、わたしの場合、極限状況はごく普通に存在する。そこで、わたしの行動は常に意識的で、目前の世界を三つの状況に分類し、できるだけ可逆性を保持するように努めている。平面を歩いているときは、それでも一瞬無意識的になることもあるが、夕日に落ちる自分の影や等身大の鏡などを見せられると、意識性が一挙に戻ってきてガクッとくる。普通人幻想は破られる。しかし、これをもう一度乗り越えなければならない。「君は身障者だ」と、面と向かって言えるか。踏絵かもしれない。乗り越えよ、さもなくば偽善的慈善・同情からは脱しきれまい。
 以上、わたしの世界を語ったが、身障者はその障害の差に応じて、それぞれ別の世界を持っていて、これが身障者同士の結びつくことを困難にしている一因なのだ。分断して支配する政治を打ちこわすために、まず基本的な連帯を回復しなければならない。

  あなたがたは人間か

 次に、「正常」なものが「異常」なものと出会った時、どのような反応を示すか考えてみたい。本野享一氏が「変身」にふれて述べている。(角川文庫版『審判』カフカの解説参照)毒虫に対する反応パターンを、氏自身がこのことばの重みをどこまで理解しておられるか定かではないが、ここに拝借する。
 グレゴールの変身に対する家族の反応は五段階に変化する。驚愕、憐憫、不安、嫌悪、無関心。作品に即して注を付ければ、①おどろき=事件の発生そのものへの驚き。結果としてこれから起るべき変化は意識にのぼらない。②あわれみ=グレゴールの人間としての存在が意識されている。毒虫という嫌悪は主位にならない。③不安=愛着と嫌悪は共存し生活にまつわる不安が発生する。④嫌悪=毒虫という認識が主位に立ち、生活の不安は実体化する。⑤無関心=生活のみが意識を占領する。これは、あくまで一つのパターンで、いくらでもバリエーションが考えられる。日本人と仏教、あるいはキリスト教との出会い、明治の西欧文明との出会い・・・・・・。「変身」の場合、他者の変身が己の生にかかわってくる時、人はまず生を確保する方へと志向し、生そのものが保証されている場合は自らの変身の可能性を現示するものを嫌悪、いずれにしても毒虫を自分の思考から追い出さずにはいられない。
 もっと具体的な例で考えてみよう。全共闘運動に対する、社会あるいは一般的個人の反応。全共闘が現れたとき、まず「おどろき」が先行する。全共闘の主張、行動が自分の生とどうかかわってくるか、ということは、まだ意識にのぼらない。次には一種の「あわれみ」がやってくる。若者の潔癖性だとか、思いつめた心だとか、社会も悪いんだよとか、同情・エセ理解が横行する。そして「不安」。全共闘の志向するところが、自己の生の原点にかかわり合ってくるとき、不安が生じ嫌悪が起る。ここで、全共闘の原点を己の原点として還元し得た者には二種類の道があるだろう。実際に運動に入ってゆく者、あるいは脱落してゆく者。後者は、自分が全共闘に変身する可能性、芽を己のうちに見出しながら、これを拒絶してしまう。まったく全共闘のいうことなどわからないという者は単に無関心となる。こういう種々の反応を引き起こす全共闘の異質性が、何によってくるかは評論家にでもおまかせしておく。
 身障者の場合はどうだろうか。この場合、時間的にあるとき突然出現するものではないので、子供が成長してゆく過程で身障者に出会うという形の反応になる。そこにも、同じようにおどろき-あわれみ-不安-嫌悪-無関心という過程を見出すであろう。
 非人間に近い身障者の存在はあなた方にとって何なのか。事故による障害が20%もあることからもわかるように、われわれはまさにあなたがたが身障者になるかもしれないその可能性を現示するもので、たとえ、無関心の暴力によってわれわれを世界から抹殺し得たとしても、われわれの毒虫性を、あなたがたの心の中の不安を消し去ることは決してできないはずだ。水俣病の患者の方々は、普通人に公害・企業病を現示して迫っており、彼らを葬り去ることは決してできない。われわれ身障者は、この毒虫性をあからさまにし、人々に消え去ることのない不安と嫌悪を喚起し、そのことによって人間としての身障者を生かしてゆかねばならない。これこそが、身障者における足もとからの主体的な反乱である。
 ここまで身障者を毒虫として語ってきたが、果たしてあなたがたは毒虫ではないのか。自分は人間だといえるのか。われわれ毒虫によっておびやかされて不安にさらされているあわれな仔羊でしかないのか。自らの中に毒虫性はないのか。自らを毒虫となし、その毒虫性の徹底的な追及の中から、人間を求め、人間へ回帰してゆくことこそが、自らの生と切り結んだ永続的闘争だろう。
 最後につけ加えておけば、わたし自身が毒虫性を獲得したのは、身障者という例外性と、身障者としては頑健な身体を持ち、普通人の中で普通に成長してきたという二重の例外性によってなので、わたしのことばの特殊性と普遍性を十分に考慮していただきたい。また、わたしはわたしなりに、この二二年間の生活と先取りした将来の生活との重みをもってことばを語ったつもりであり、できる限りことばの遊びを避け、体験に裏付けられたことばと概念を使ったつもりだ。こんどは、あなたがたの責任において語られることば、生の重みを背負ったことばを聞かせてほしい。

  みにくいものは
  てぢかにみえる
  うつくしいものは
  はるかにみえる

  うつくしいものはかすかだ
  うつくしい野のすえも
  うつくしいかんがえのすえも
  すべてはふっときえてゆく

  いつになったら
  すこしも人をにくめなくなるかしら
  わたしとひとびととのあいだが
  うつくしくなりきるかしら

           八木重吉

(なぎ くえびこ・東大生)

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