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2019年7月16日 (火)

唱歌 「海」

昨日の朝、ラジオがかかったら、真理ヨシコさんが歌う「海」が聞こえてきました。
   「海」 作詞:林柳波、作曲:井上武士
そうか「海の日」だもんな、と聞いていたのですが。
「月がのぼるし 日が沈む」というところに引っかかってしまいました。
そりゃ海は広いし大きいですけど、東西両側が開けた海岸って、そうあるもんじゃないでしょう。
私にとっては、日本海側、秋田県の八峰町の海が「海の基本」なんですが、西に開けていますからね、日が沈むところしか見たことはない。月がのぼるのは、背後の白神山地から。
ちょっと検索してみたら、作詞者は海のない群馬県の赤城山北麓のかただそうです。
想像を言ってはいけないですが、海での日の出、あるいは海での日の入りを見いたことのないままに、想像力で歌詞を書かれたのかなぁ。島のイメージでしょうか。なんだかちょっと残念な気持ちになりました。

実は、私の中ではもう一つ引っかかりがありまして。
小学校1年の時。担任の先生が産休に入られて、しばらく代替の先生のお世話になったのですが。
何の授業だったか、「月は西から昇る」とおっしゃったのです。
私は、月も東から昇ることを知っていましたから、悩んでしまった。先生が間違ったことを教えることがあるんだろうか、と、純情な1年生は悩んだ。母にそのことを話したら「先生だってたまには間違うことがあるのよ」となだめてくれて、先生にはそっとお知らせしておくから、騒いじゃだめよ、と。
担任の先生が戻られてから、さりげなく、訂正を話されたのではなかったかな。
今回「海」の歌を聴いて、ひょっとして、その代替の先生の頭の中では、日が沈むのは西、ということは月がのぼるのも西なんだな、という理解があったかも。まさか、とは思いますが、想像してしまいました。

もう60何年も昔の話です。細部は思い違いが混じりこんでいるかもしれません。年寄りの思い出話は話半分、いや話9割引くらいで聞いてください。記憶というものは思い出すたびに新たに作り直されるものなのですから。

妙な理屈と歪んだ記憶を引っ張り出してしまいました。
こんな話に付き合わせて申し訳ありません。

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