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2019年3月26日 (火)

影がござれば光がござる

前の記事で「影」の話をしたので、ちょっとその続き。
NHKEテレ、朝6:35からの「にほんごであそぼ」で、狂言師の野村萬斎父子演ずる「ややこしや」というのを時々見ます。{息子さんの身長の伸びがすごい。私共が見るようになったころはお父さんより低かったけれど、今やお父さんを見下ろしてますね。息子ってのは、そんなもんです。}
さてその「ややこしや」。
「わたしがそなたで そなたがわたし そも わたしとは なんじゃいな」などという、哲学的な問いかけがあったりして、ややこしい。
「うそがまことで まことがうそか」などと、世界や日本の今の政治・社会状況を描写してるんじゃないかなどと、深読みしたくもなる。

★本題に戻って。
「かげがござれば ひかりがござる」
これは命題として真ですね。
じゃ、逆命題は?
「ひかりがござれば かげがござる」
かな?
この命題は偽ですね。
「かげがある」ということは、光源と影を作る実体の存在を前提としている。
「ひかりがある」といっただけでは、影を作る実体があるかどうかはわからない。
ひかりがあってもかげがない、ということはいくらでもありますね。
裏命題「ひかりがなければ かげはない」これは真です。

★さて、光があって、影を作る実体もあるのに「影がない」ということはどうでしょう?
外科手術用の「無影灯」というのがあるのですね。
私は5歳か6歳の頃に、不自由な左脚の足首から先を多少なりとも動かせるようになるかもしれない、ということで、腱を少し詰めるという手術を受けました。小学校にあがる前に、少しは何とか左脚が使えたら、ということだったようです。
その時、手術台に載ったかかし少年、上にある照明に猛烈な好奇心を抱いた。中央に光源があるのですが、その周囲をたくさんの鏡が取り巻いていました。あれはどういうものなのかと、お医者さんだか看護師さんだかに尋ねたんですね。
メスを持った手の影が映ったら、暗くなって見えづらくなって手術がしづらいでしょ。だから、ある鏡からの光で手の影になる部分を、別の鏡からの光で照らせば影がほとんど消えるでしょ。影ができない照明なんだよ。と教わって、感激してしまった。こうして無影灯というものを知ったのでした。妙なガキだったでしょうね。普通はそんなこと訊かないでしょうにね。古い話でした。

★先日、新聞広告で「バルミューダ ライト」というものの広告を見ました。
   目線の先に影を作らない光
   フォワードビームテクノロジー(特許出願中)
   医療用の手術灯をヒントに開発した独自の構造で、離れた場所から広く手元を照らします。
というのだそうです。
で、「ややこしや」とあわせて、思い出してしまったわけです。

★もいっちょ。逸話。
手術後、下半身の麻酔が切れたら、さすがに痛かった。痛がっていたら、お医者さんが「痛み止め注射を打とうか」という。「それを打てばもう痛くなることはないのか」と尋ねたら、「いや痛み止めが切れればまたしばらく痛いさ」ということで。
「じゃぁ、痛いのを先延ばしするより、痛いのを今ガマンした方がいいや」と痛み止めを拒否したのです。なんだかなぁ。やけにませたガキだったような話です。
60年以上昔の話。「あんたこうだったのよ」と、母親に聞かされて形成された部分もあるでしょう。

★どんより曇った空の下。昼ですからそれなりに明るい。光があるから曇っていたって写真も撮れる。でも、足元に自分の影がない。
曇り空って、無影灯状態なんですね。
雲の上にある太陽からの光線が、雲の粒子によって散乱して、地上にいる私を四方八方から照らすものですから、影ができないのです。
そんなことも、ふと考えてしまいました。
あるいは、円形の蛍光灯でできる影を観察すると、蛍光灯との間隔によって影がくっきりしたり無影灯状態になったりもしますよ。
更にあるいは、蛍光灯の直管が4,5本並んでカバーをかけた状態の室内照明は、ある意味で「面光源」になっていますので、光源に近い物体の影ができにくい、ぼんやりする、と思います。試してみてください。

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