« 佳いお年をお迎えください | トップページ | 正月飾り »

2019年1月 3日 (木)

新年のご挨拶を申し上げます

謹みて新年を賀す
本年も何卒宜敷御願奉り申上げ候

わざと古めかしい言葉を使ってみたりするところが「爺さんの嫌らしさ」そのもの。
「自分はひとかどのものである」とひけらかしたり、ちょっと意外な言葉を冒頭に置いて相手をびっくりさせて話に引き込む、なんてのが爺さんのやり口。そんな文筆家がいますよね、有名な人にも。で、そういう爺さんは嫌いだ、と自分で言ってるくせに、同じ罠にはまるところが浅薄至極なのでありました。

「謹賀新年」を漢文として読むとどうなりましょうか。

謹賀(二)新年(一)

主語「我」は省略されていますが、文型としてはSVOですね。主語+動詞+目的語。
「ヲニト会ったらそこヨリ返れ」というやつですね。
漢文の授業、中2だったな、ほぼ最初の授業で英語との類比を先生が教えてくださいました。
英語で   I   love    you.
漢文なら 我  愛   汝。

古文とは別に、漢文という独立した科目を学んだ世代です。
その漢文の先生が私にとって生涯の「師」です。
先生の教え。「師恩友益」
人生において「師」と呼べるほどの人は一人か二人程度のもの。それ以外は先輩も同輩も後輩も生徒もみんな「友」なんだよ、と。
私も先生の「友」に加えていただくという光栄を賜ったのでしたっけ。
先生はご自宅を「師恩院友益居」とし、ご自分を「師恩院友益居士」と名乗っておられました。
私の教職人生でも、決して忘れたことのない言葉です。

私はどうも「人間好きの人間関係嫌い」でして。
教師をするということは、人間好き。特に私の場合、高校生という年頃の人たちが成長していくのに立ち会うのがもう大好きだったのです。おそらく自分自身が高校生の頃に師と出会い、深い人間的な薫陶を賜ったことがその源でしょう。
今でもニュースで高校生が活躍した話に接すると、嬉しくてたまりません。
教師というのは「たいまつを次の世代に引き継ぐ」のが仕事。自分を超えていくものを育て、寄り添い、立ち会うのが仕事。なのです。

高校としては最初の勤務校だった工業高校では「虚礼廃止」という取り組みを職員全員で行っていまして、職員同士の新年のあいさつもしないことになっていたのです。で、その頃からもうずっと、年賀状というものをほとんど出したことがありません。たまに賀状が来れば返事は書きますけどね。もう40年も賀状とはほとんど縁がない。
ということで、ブログの新年のご挨拶もそっけなく無味乾燥に。

では、ことしもよろしく。

« 佳いお年をお迎えください | トップページ | 正月飾り »

人事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 佳いお年をお迎えください | トップページ | 正月飾り »

2021年5月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ