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2016年4月 4日 (月)

御酢街道

0321m_8annaiban 2016.3.21
桜坂のところに立ててありました。
桜坂を含むこの坂道、旧中原街道だったということは知っていましたが。
「中原産の食酢」を運ぶ「御酢街道」だったというのは知りませんでした。
食酢なんてどこでもできたんじゃないのか、酒蔵があればできそうなもんだが、と素人は思ったのですが。アルコール発酵が行き過ぎれば酢になるだろう、という素人考え。浅はかでした。

こんな文献があります↓
http://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010773197.pdf
進化する酢の方向を考える(江戸から平成へ)

・・・
(1)米酢(いずみ酢等)の製法
「本朝食鍛」(人見必大著,1697年刊)によると,「酢は諸州で盛んに造られるようになり,中でも和泉(いずみ)酢が上質であり,今日でも盛んに製造して諸都市で販売している。品質は三年以上たったものが一番良い。その色は縫い酒のようで,味は甘くて甚だ酸い。
近代では相州の中原(神奈川県平塚市)の成瀬氏で造られるものが第一等で,駿州の吉原善徳寺(静岡県富士市)で造られるもの,同州の田中(静岡県藤校市)の市上(まち)で造られるものがこれに次ぐ。以上の三所の酢は,いずれもいずみ酢の法に基づいて,これにいろいろ工夫を加えたものである。」と評している。
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中原酢は成瀬酢ともいい,江戸時代前期に将軍や大御所が燦狩や巡察をする際に宿泊,休憩する施設として慶長元年(1596年)に造営された中原御殿の代官屋敷の中で,代官であった成瀬五左衛門が酢とうじに造らせていた。造られた酢は江戸城にも上納されていた。元禄8年(1695年)に成瀬氏が代官職を離れ,次いで代官職についた平岡家が離職するまでおよそ110年間酢造りは続けられていた。
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このpdfには「中原の酢の製法」というのも載っていますが、関心がありましたら読んでみてください。
知らなかったわぁ。

桜坂においでの節は、中原酢を思って唾を飲んでください。
甘い柿を発酵させる「柿酢」というのはあるけど、「桜酢」というのは原理的に無理だなぁ。
桜の花びらの酢漬け、なんてどうかなぁ。塩漬けの代わりに。{おいしくなさそうですね。}

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