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2016年3月28日 (月)

「皆勤」って目指すものですか?

こんな記事がありました。

「皆勤」記載せず、高校一時不合格 船橋の市立中がミス(朝日新聞デジタル 2016年3月16日05時00分)
 千葉県船橋市の市立中学校2校が、今年の県立高校入試で提出した調査書(内申書)で3人の出欠記録の記載を誤り、うち1人がいったん不合格になっていたことがわかった。保護者が試験結果開示を求めたことでミスが明らかになり、再判定の結果、合格となった。市教委が15日、発表した。
 ・・・
 ・・・1年時の出欠を「皆勤」とすべきところ、「記載事項なし」を意味する「/」とされた。このため遅刻か早退があったとみなされ、3年間皆勤だったときに加算される10点が入らず、不合格となった。

結果として皆勤になったのなら、それはそれでまあ「よかったね」ですが。

皆勤が内申点として加算されるなんて、いつの時代の話なんだ!?
内申点になるから、多少体調が不良でも出席しなくっちゃ、という圧力を生徒にかけるんですか!それって教育的ですか?
インフルエンザを学校に持ち込んだりしませんか?
中学生なら熱を我慢した、くらいで済むかもしれませんけど、幼い人がインフルエンザ脳症で亡くなった、ということが今シーズンもあったじゃないですか。臓器提供をしたということで報道されましたが。
パンデミックが懸念される感染症が流行り始めたらどうします?
あるいは、自分に全く責任のない事故などで休んでも、皆勤でなくなれば内申点がもらえないんですか?それって教育ですか?

昔は確かに皆勤賞を目指そう、なんてあったけど。
クラス全員で皆勤賞を目指そうなどという最低のくだらない取り組みもありましたっけ。
そんな「同調圧力」のもとに皆勤を目指して、何が「達成」なんですか?
「皆勤を褒めたたえる」などということはとうの昔になくなったと思っていたら、2016年にこんな話を聞くとは。
元教師として、情けないとしか言いようがありません。哀しい。

健康であることはそれはそれでまあいいとして。
いろいろと通常の意味での健康ではあり得ない人もたくさんいるんですよ。
「健康は素晴らしい」というのは一種の差別ですね。
「健康」というバリアを取り除きませんか?
健康というバリアを、合理的な配慮で取り除きましょうよ。
病気と付き合いながら、ゆっくりゆっくりやすみやすみ生きていくことだって健全なことなのです。
すべての人が、それぞれに生きられるように生きる。それでいいじゃないですか。
急ぐこともない、頑張ることもない、ゆっくりゆっくり、自分の命をちゃんと生きられればそれでいい。

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人事」カテゴリの記事

コメント

「皆勤賞」に対する私のモヤモヤした気持ちを
払拭してくれました。かかしさん、いつも記事をあり
がとうございます。健康であることが前提みたいな
世の中、つらいです。
よく悪のことを「○○は社会のガンだ」などと言い
ますが、父親がガンになってから、この言葉に
傷つくようになりました。

ところで、学校の給食は、「すべて食べる」のが
立派だとされています。食べられないものがあっ
たらそれを減らす、というのは許されていません。
だから豆腐が嫌いな息子は毎回すごく憂鬱です。
身体が受け付けないのにはきっと理由があるか
ら、別なもので栄養をとれば、という考えは甘やか
しだそうで・・・。
皆勤賞の話から、そんなことも思い出してしまいました。

私は父母兄が癌、妻も父母妹が癌で逝きました。癌というものは病気として「かかる」ものではなく、自らの身の内に生じるものです。癌への対応をしながら、親族たちが納得していく中で逝く、というのは、ある意味「願わしい逝き方」ではないか、と思っております。過激でしょうか。
教育現場から離れて大分経ちますが、どんどん窮屈になっていくようで心が痛みます。

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