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2016年3月16日 (水)

村八分

朝日新聞の連載から

折々のことば:334 鷲田清一(朝日新聞デジタル 2016年3月9日05時00分)
 村八分
 (言い習わし)
   ◇
 掟(おきて)を破った者を村の相互扶助のしくみから排除する制裁のこと。村にはかつて、婚礼、看病、家の普請、水害時の世話など、協力して行う仕事が十分(じゅうぶ)あった。うち消火と埋葬の二分を制裁から外したのは、延焼と伝染病が村人に及びかねないから。現代の都市生活では、二分どころか十分すべてを行政や企業によるサービスに依存するようになり、協同の力がぐっと落ちている。

民俗学も知らない私が何を言うか、なのですけど。
火事を消さなければならないのは当然として。
昔は人間の遺体を見ることはそう珍しいことでもなかったろうと思うのです。
人が死んだときに、疫病が流行っていればそれは何とかしなければならないでしょう。
でも、ごく普通の時に、ごく普通に亡くなっても、村で埋葬したのではないですか?
おそらく、亡くなった人の魂が放置されると、悪霊となってたたるかもしれない、という恐れがあったのではないでしょうか。
村落の共同の墓地に葬って弔い、魂が悪霊にならないように祈ったのではないかな。
そういう観点では、墓というものは、魂をその下に封じ込めておく「装置」であったかもしれない。
姓を持つ個人が少ない時代に「○○家代々の墓」というのは数少ないわけで、そんなもんは明治以降でしょう。
「村落共同体で故人の魂を封じ込めて管理する装置」が村の共同の墓だったのではないかな。
ですから、いくら制裁を科すといっても、埋葬まで外してしまっては、村の存立の妨げになると考えたのではないでしょうか。と、そんな気がするんですよ。

私は墓の下に封じ込められるのはまっぴらごめんだ。
海へでも散骨してもらって、地球に還るのが望みです。
私の墓標はこの地球。

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