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2015年10月 8日 (木)

今と昔の話:ノーベル賞で思うこと

★ 化学科時代の「放射化学」の講義だったのではないでしょうか。
B_decay
このベータ崩壊では、エネルギーとスピンが保存されない。
「中性微子」という、電気的には中性で、質量はゼロかあってもごくわずかな粒子を考え、これがエネルギーとスピンを持ち去ると考えればつじつまが合う。

こんな話を聞いたように記憶します。これがニュートリノのことです。
40年以上も昔の記憶が今回のノーベル物理学賞で蘇りました。
パウリの提案だったと。

★ニュートリノに質量があってもなくても、およそ「役に立つ」話ではありません。
でも、宇宙の理解に欠かすことはできない。
そういうの好きだな。
「今役にたつ」ことばかり推奨される風潮ですね。
「今役にたつ」ことはおそらく将来あるいは未来には古ぼけている。
「今役にたつ」かどうかもわからないことが、将来・未来の「知の地平」を切り開く力になる。

梶田さんの発言

 梶田さんは会見で「この研究は何かすぐ役に立つものではないが、人類の知の地平線を拡大するようなもの。研究者の好奇心に従ってやっている。純粋科学にスポットを当ててもらいうれしい」と話した。


野依さんが受賞したころからかなぁ、役に立つことがよい、役に立たないものはいけない、という風潮が目立つようになった気がする。
野依さんご自身は、研究の成果を商業化されてましたからね。
言っちゃ悪いけど、STAP騒動はそういう「役にたつ」ことを偏重する流れの中だからこそ生じ得たともいえるんじゃないですか?

「今役に立つ」ことがよいことだ、と推奨するということは。
「今役に立たない」ことはネガティブで意味がない、ということになってしまう。
若い人の間に「失敗を恐れる」傾向が強い、というのはよく言われることです。
私自身教師現役時代、そういう生徒が増えたな、と感じていました。
小さな失敗でも、人格まで否定されてしまったように感じてしまう。
自然科学では「失敗」は研究のガイドラインなんですよ。失敗もなく成功だけがある研究なんて異常だ。

★ノーベル賞を改変すべきではないですか?
1:日本では「医学・生理学賞」といいますが、本来「Nobel Prize in Physiology or Medicine」なんですね。
基礎学問である生理学賞を前に書き、応用分野である医学を後に書いているんです。
どうも、日本人は「応用」「実学」が好きですね、多分、昔から。

2:物理学、化学、生理学・医学って、分野分類が変です。
大村さんの研究は「新奇」性が乏しい。医学範囲ですが、手法自体が新奇とは言えないように感じています。成果が巨大であることは認めますけど。
スタチンの発見だって何千種もの微生物を探索して発見したものでしょ。あれも以前からノーベル賞に値するといわれてましたよね。

私は、医学は自然科学だとは思っていません。
別立てで、医学賞とか医療人道賞とかを立てたらいいんじゃないですか?

3:ノーベル化学賞も発表されまして、詳細はまだ読んでいませんが、DNAの損傷を修復する仕組みの研究に対するものですよね。{損傷だけではなく、細胞分裂時のDNA複製ミスも入るでしょう。}
現在、生物を学ぶ者には、ほぼ常識となってきた話です、その「初め」ですから、大きな一歩だったことは認めます。
でも、それって「化学賞」ですか?

★コメントがまたね。

DNA修復について青山学院大の福岡伸一教授(分子生物学)は「傷をスキャンし、分解してから正しく直す生物の精妙なしくみで、がんにならず恒常性を保てる。一方で、修復が完全だったら突然変異は起こらないし、生命は進化できない。そうしたことにも示唆を与える研究だ」と評価する。

「DNAが損傷すると誤った複製をしてがんになる恐れがある。3氏が明らかにしたのはDNA修復の最も基本的なメカニズムで非常に重要だ。今後はがんや精神疾患などの治療、老化抑制などへの展開が期待される」

下のコメントだけだとDNAの損傷はネガティブなことのように思えてしまいますが、上のコメントでは、DNAの損傷が進化の原動力の一つだということがわかります。
これはがん治療に役立つ、というのと、完璧な修復からは進化は起こらない、というのと、どっちが大事かなぁ、生物として考えてみましょう。

で、話を戻して、DNA分子が部分的に壊れて、それを分子機械が修復する。
分子の世界のことだから「化学」?
ちがうなぁ。これは細胞生物学とか、分子遺伝学とか、進化だって絡むんですよ、生物学の一分野でしょう。
生理学以外の「生物学」分野がノーベル賞にはない、ということがおかしなことなんじゃないかな。

むしろ、生理学・医学賞を受賞したイベルメクチンなら、天然物有機化学で扱えないこともない。こっちのほうが化学賞っぽい気がします。分子構造を明らかにし、派生的な化合物を作るとしたらそれは、製薬化学でしょ。

なんだかなぁ、ノーベル賞の見直しを期待します。

★最後に

 「『好奇心』から湧き出る学習意欲がなくては、理科教育の裾野が広がらない。日本のノーベル賞受賞者がこの世代で終わってしまわないか心配だ」と左巻健男・法政大教授(理科教育)は話す。

全く同感です。
引用記事の見出しには「『私たちも』役立つもの作りたい」とあります。これじゃあ左巻先生の懸念が具体化してしまいますよ。
基礎科学という土壌を耕して豊饒なものにしていかないと、やがて土壌は痩せ枯渇し稔りがなくなります。
役にたつかどうかわからない基礎分野に分厚い手当をするのが、豊かな国でしょ。
さすがあの国は違う、と言われたかったら、世界の基礎科学は日本が支える、と見栄でも切ってみたらいかがですか。

若い人は存分に無茶苦茶に好奇心を発揮するのがよい。
夢も成果も、後からついてくるものなんです。

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