★新聞記事を読んでいて、カチンときてしまいました。
水害、私ができる備えは 避難目安・場所…カードで家族が共有(朝日新聞デジタル 2015年9月15日05時00分)
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■「水の力の大きさ知って」 増水時…水深50センチ超で転倒の恐れ/30センチでドア開けにくく
「水の力はとても大きい。その特性を知っておくことが備えの第一歩です」
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教授によると、水の力は水の深さと流れの速さに大きく左右される。プールの中で歩くと前に進みづらいのは水圧のせいだ。水圧は「水深の二乗」に比例するので、水深が2倍になると水圧は4倍に。「水深が50センチを超えると、成人男性でも何かの拍子にバランスを崩し転ぶ可能性が出てきます」
幅80センチの一般的なドアにかかる水圧は、水深が10センチで4キロ、30センチで36キロ、50センチでは100キロにもなる。約800人を対象にした実験では、小学生を含めた全員が1人で開けられたのは水深10センチまで。30センチになると力の弱い女性や高齢者など成人でも開けられない人がいた。
水の力は「流速の二乗」にも比例する。流速が2倍になると水の力は4倍になる。増水時の川の流れと同じくらいの毎秒2メートルを超えると、水深が10センチでも手すりなどにつかまらないと歩けなくなる。「ウォータースライダーを思い浮かべてください。一度転んだら、自力で立ち上がるのは困難です」
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車の運転中、浸水に遭遇する可能性もある。水深が30センチ程度でマフラーから水が入ってエンジンは停止する。水深が60センチ程度になると、成人男性でも水圧でドアを開けるのが難しくなる。窓から脱出する必要もあり、電動のパワーウィンドーが開かない場合に備えて窓を割る専用ハンマーを常備しておくとよい。
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★「教育に新聞を(Newspaper in Education)」=NIEとかよく言うのですが、上に引用した記事内容は、中学校の理科の授業には全く使えませんね。
★中学校理科で「圧力」「水圧」などを学ぶはずですが。
・圧力と力は違う、ということがまず大事。
圧力は「単位面積当たりにかかる力」です。
力は中学でも「N(ニュートン)」を使うはず。
・水圧を「キロ」で書くなんてもってのほか。
「キロ」は「1000」を表す接頭語です。キロだけでは単位になりません。
「kg」のつもりでしょ。でも「kg」は質量の単位であって力の単位ではありません。
質量1kgの物体を引く地球の重力は「1kg重」ですね。kg重はkgf(fはforce)とかkgw(wはweight)と書くこともあります。
このことは譲ってもいいです。「36キロ」というのは慣用的に「36kg重」だということについてはもう「あきらめてます」から。
●絶対にマズイのは!!!
「水圧は『水深の二乗』に比例するので、水深が2倍になると水圧は4倍に。」
それはゼッタイにいかんでしょ。
中学校の理科では
・水の圧力は、あらゆる向きに、面に垂直にはたらく。
・水の圧力は深さに比例する。
これが基本中の基本じゃないですか。
そこへ「水圧は水深の二乗に比例する」なんて、これだけはやってはいけないことですね。
生徒の混乱を考えてくださいよ。
どっちが本当なの?
先生!新聞に「水圧は水深の二乗に比例する」って書いてあったよぉ。教科書が間違ってるの?
ここでの意味は
「ドアの向こうにたまった水がドアを押す力」なんですね。
「水が押す力」だから「水圧」だろうなんて言ってはいけません。
理科の用語にはきちんとした定義があって、その意味に限定して使わなければいけないのです。
とくに「初学者」に対しては慎重に。用語で混乱を起こさせてはいけません。
水理学の専門家なんかは、どういう言葉づかいでも「あのことか」という了解のもとに話せるかもしれませんので、ゆるくてもいいでしょう。お互いの間ではね。
でも、新聞は専門家の言葉を中学生も含む一般の人に伝えなければなりません。
そこは慎重にしなければいけませんね。専門家の方も、一般人向けの話をするのですから、教育界での混乱を引き起こすような話をしてはいけないのです。
★さて、私にできる「解説」をしましょう。
厳密さをちょっと欠いた図ですが、ご容赦を。
幅Lの水路を、質量を無視できる薄くて丈夫な板で仕切ってあります。
板の左側に水がたまっており、その深さはhです。
この水が板全面を押す「力」を求めましょう。(ドアの向こうが浸水していて、水が押す力に逆らってドアを開きたい、という状況を概念化したものです。)
(大気圧はここでは考えないことにして、水圧だけを考えます。)
水圧は深さに比例しますので
水面では水圧P=0
深さhの底で水圧P=dgh(dは水の密度、gは重力加速度、hは水深)と表されます。
板の全面を押す力を求めましょう。
(数学的には積分という考え方を使いますがここでは単純に考えます。)
0とdghの平均の圧力が板の全面にかかっていると考えることができます。
そうすると、図の中に書き込んだような立式ができます。
F=(dgL/2)h^2
Fは力であって圧力ではありません。単位はNです。
この式を見ると、Fは水深hの二乗に比例する、ということがわかります。
これが新聞記事にあった表現の意味なんですね。
で、d、gに数値を入れて整理します(重力加速度gは概数で10としてあります)
F=500Lh^2[kgf]
という式が得られました。
新聞記事の「幅80センチの一般的なドアにかかる水圧は、水深が10センチで4キロ、30センチで36キロ、50センチでは100キロにもなる。」を検証してみましょう。
L=0.8mとすると式は
F=400h^2[kgf]となります。
h=0.1m → F= 4kgf
h=0.3m → F= 36kgf
h=0.5m → F=100kgf
ほらね、一致しましたね。
★新聞記者の取材に答えた専門家、それを記事に書く人、それぞれの責任を問いたいですね。
NIEを標榜するなら、授業に使えるような記事を書いてください。
{反面教育というのもあるか。この記事は誤りである、どこがどう間違っているのだろうか、と考えさせる教材にはなり得ますね。中学生にはちょっと無理な気もするけど。}
★「水の力は「流速の二乗」にも比例する。」これは運動エネルギーのことです。
質量mの水塊が速度vで運動する時の運動エネルギーは「(1/2)mv^2」ということです。
本当の意味での「力」じゃないですよ、「エネルギー」です。
ですから、水流が何かに当たって停止する時に対象に及ぼす「破壊力」のように理解してください。
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プールの中で歩くと前に進みづらいのは水圧のせいだ。水圧は「水深の二乗」に比例するので、水深が2倍になると水圧は4倍に。「水深が50センチを超えると、成人男性でも何かの拍子にバランスを崩し転ぶ可能性が出てきます」
これには私の知識では完全な反論はできませんが、おそらく間違いです。
水の粘性、水と足の間の相対的な運動による渦の発生、そういうものの効果でしょう。
でないと、深海潜水艇なんか動けなくなってしまうじゃないですか。1万mの海底で、1000気圧の下ではもうおよそ、まるっきり動けそうにないですね。
違うでしょ。
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車の運転中、浸水に遭遇する可能性もある。水深が30センチ程度でマフラーから水が入ってエンジンは停止する。水深が60センチ程度になると、成人男性でも水圧でドアを開けるのが難しくなる。窓から脱出する必要もあり、電動のパワーウィンドーが開かない場合に備えて窓を割る専用ハンマーを常備しておくとよい。
マフラーが水没ぎりぎりの深さのところを通過する時は、ギアを落としてエンジンの回転数を上げ、排気の速度を上げて、水がマフラーに入ることをなんとか妨げながら水溜りを走り抜けてください。
私は、一度だけそういう経験があります。
マフラーからの浸水は防げましたが、エンジンのスターターがショートしてしまいました。
私の車にはオプションで非常用のカッター兼ハンマーを備えてあります。
非常時にシートベルトを切断できるように。
窓ガラスを叩き割って、車の外の水が車内に入るようにした方が、ドア内外の力の差が減って、ドアは開けやすくなります。でも車の中に水を入れるというのはこわいよなぁ、水の中に飛び出すことになりますし。