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2015年1月19日 (月)

1月19日に思う

★今日はいわゆる「1・18・19」です。
1969年の1月18,19日のことを指しています。安田講堂での出来事です。
46年も前なんだ。トホ。
私は68年の5月に20歳になってますので、ちょうど自分の成人式の頃なんです。
その時私は本郷にはいませんでした。お茶の水から渋谷のあたりで騒いでいたな。
成人の日1月15日には私にも区から招待状かなんか来てましたけど、現実はと言うと。
秩父宮ラグビー場の周辺で騒いでいて、機動隊に追い回されていましたっけ。
地下鉄に逃げ込んだら、催涙弾を地下鉄のホームへ打ち込まれたんだったような記憶がある。
ひどい目にあった、まったく。
成人式なんてまるっきり無縁でしたっけ。
妻はそれほど過激じゃないけど、成人式無視派だったようで。
団塊の世代は人数が多くて、その分、へそ曲がり派の実数も多かったのかな。割合が同じでも実数は多い。
そんな夫婦の子らは、成人式?フン、と親に鼻でせせら笑われて、二人とも成人式に行かなかったような。
記憶ってあいまいですね。もう忘れました。

朝日川柳 日暮麦人(2015年1月15日05時00分)
 こどもの日かと思ったと言うネズミ(茨城県 霧生海風)
   評:ディズニーランドの成人式で。

アハハですね。{ちなみに、私共夫婦は子年生まれです。上の句の「ネズミ」のところを「子年爺」と読み替えてくださっても結構ですよ。}

私は一回だけDランドへ行ったことがあります。引率で。
でもって私は、Dランドを「嫌悪」しております。
すべてが人工的な空間。気持ち悪くて仕方ない。不快。
たった一匹のゴキブリ幼虫の不思議さ、さえありはしない。
このブログ記事は「人事」というカテゴリーに入れてありますが、人事とは「ひとのやること」という意味です。
この言葉には、「たかがひとのやることなんて、どうせたいしたもんじゃない」という意味合いを潜ませております。
ですから私にこの記事自体も「どうせたいしたもんじゃない」のです。そう批判してください。
{言葉というものは発した人にすべてそのまま跳ね返ってくるものだということはちゃんと意識しているつもりです。}

じん‐じ【人事】
①人間に関する事柄。人間社会に現れる事件。「―に頓着しない」
②個人の身分・能力に関する事項。人の一身上に関する事柄。
③人事異動の略。
④人のなし得る事柄。人間わざ。
広辞苑第六版より引用

Dランドには「人事」が溢れていますね。というか人事しかない。
昆虫も、蜘蛛も、種から芽生えて花を咲かせて結実するという生きた植物も「排除」されている。
花は置いてあるだけだもんな。きれいな色の造花となんもかわりゃしない。
「冒険」と称して、一切の「予想外のこと」はなし。予測不能なことは排除。
だから、あえて、ゴキブリの幼虫にも勝てない、と言い募るわけです、へそ曲がりじいさんは。

成人が20歳だか18歳だか知りませんが、若い青年が「お仕着せ」に喜び満足しているようじゃ「未来は暗い」な。
自分の判断力・批判力で大人社会を解体してしまうような「若さの切れ味」を味わいたいよ。爺さんは。
暴力的である必要はない。精神的な意味での、鋭いナイフを研ぎなよ。目の前の閉塞した壁を、切り裂いてしまえよ。
「絆」なんていう妙に粘っこい糸にからめとられないように、精神の「刃」をいつも研いでおいてほしい。
まずはいったん絆を切り離す。孤独にどっぷりつかる。そのうえで「関係性」というものを再構築したらいい。

昔「連帯を求めて孤立を恐れず」なんて流行ったけれど、ひっくり返すことも同時に考えましょ。
「孤立を求めて連帯を恐れず」
団塊の爺さんの粋がりですからくだらない。どうせ「ひとのやること」です。
これもまた、批評してください。蹴飛ばしてください。

ふと、1・19に考えてしまいました。

し‐きせ【為着せ・仕着せ】
(現在は多く「お―」の形で用いる)
①(「四季施」とも書く)主人から奉公人に季節に応じて着物を与えること。また、その着物。傾城禁短気「親方からの―の衣裳もわがものとは定め難し」。島崎藤村、春「住職に言はせると、四季施のやうな法衣ころもが得られないでもない」
②転じて、自分の意志とは関係なく一方的に与えられた事柄。「お―はいやだ」
広辞苑第六版より引用

★別件で。
同じ日の川柳欄に
 アナリスト理路整然と八卦たて(兵庫県 池野英治)
   評:そうだったのか、専門家は。
こういうのがありました。
テレビなどで経済問題に「専門家」という人がよく登場して「解説」などというものをしますね。
よく聞いてみてください。実質的に「何も言っていない」ということがものすごく多い。
風が吹けば桶屋が儲かる式の、どうにでも組み立てられる論法がまかり通っているもんな。
その時々に取ってつけたような「もっともらしい」説明をする。起こったことを後付で解釈して見せる、その時々のもっともらしい理屈でね。
相反するようなことが起こっても、平気でちゃんと解説できるのが経済「専門家」なんですよね。
アホらしくってかなわん。

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