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2015年1月16日 (金)

フランスでのテロ事件で


私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る
という言葉をマスコミで見かけます。18世紀の思想家ヴォルテールの言葉として。
先日も、NHKの解説委員の方の話だったかでもそのように語られていました。
でも、実はこの言葉、ヴォルテールの言葉ではないのだそうです。
私がそのことに接したのは、毎日新聞の「余禄」というコラムでのことです。

余録:あらゆる宗教でキリスト教は最も寛容を説いたはず…(毎日新聞 2014年10月03日)
 「あらゆる宗教でキリスト教は最も寛容を説いたはずだ。だが今までのキリスト教徒は最も不寛容な人たちだった」。これは18世紀の啓蒙(けいもう)思想家ボルテールの言葉である。だが「寛容」について彼のもっと有名な言葉を思い出す方もいよう▲「あなたが言うことには一切同意できない。しかしあなたがそれを言う権利は死んでも守ってみせる」。実は10年以上前の小欄で、この言葉が20世紀の初めに書かれた「ボルテールの友人たち」という本の著者がでっち上げた架空の名言だったと紹介したことがある▲今ではそれを知る人も少なくないだろう。だが由来のいかがわしさにもかかわらず、この言葉が依然引用句として重宝されるのは自由と寛容がないがしろにされる場面が絶えぬからだ。そして今また暴力の恐怖で言論と学問に圧力をかけようという卑劣な犯罪である
(後略)

参考サイト↓

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q113090491
C・シファキス著「詐欺とペテンの大百科」(青土社)は、この引用句は1907年にE・B・ホールが書き出版した「ボルテールの友人たち」という本に登場したが、後に著者は「自分のことは自分で考え、他人にもそうする権利を与えよ」という言葉を勝手に言い換えてしまったのだと、この言葉がでっち上げだったと告白している。
だが、世界中で流通しているこの「ボルテールの名言」は、その来歴のいかがわしさにもかかわらず、ボルテールの思想、人格、主張を短く完璧に言い表してることで今日なお貴重である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%AB
ヴォルテールの名言
有名な「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(または「―権利には賛成だ」。フランス語原文では「命をかけて」は同義の「飽くまで」)という言葉は、民主主義・自由主義のとりわけ表現の自由、言論の自由の原則を端的に示した名文句として人々に記憶されているが、実はヴォルテールの著作や書簡にはみえず、S・G・タレンタイア(Stephen G. Tallentyre、本名Evelyn Beatrice Hall)の著作『ヴォルテールの友人』("The Friends of Voltaire"、1906年)中の「 'I disapprove of what you say, but I will defend to the death your right to say it,' was his attitude now. 」の部分翻訳である。これは当時物議を醸した書物『精神論』とその著者クロード=アドリアン・エルヴェシウスに対するヴォルテールの態度のタレンタイアによる要約であり、ヴォルテール自身の言葉とはされていない。 なお Norbert Guterman の『A Book of French Quotations』(1963)は、この Hall の言葉を、ヴォルテールの1770年2月6日、M. le Riche あての書簡にある、「私はあなたの書いたものは嫌いだが、私の命を与えてもあなたが書き続けられるようにしたい」(Monsieur l’abbé, je déteste ce que vous écrivez, mais je donnerai ma vie pour que vous puissiez continuer à écrire.)にもとづくものとしているが、実際の Riche あての書簡にはそのような文言は存在しない。

私自身はこの言葉を、この意味内容で、自分のものとして使ったことはありません。
ただ
「私は自分の意見を言う。そしてあなたが自分の意思決定をするとき、その決定にもし私が反対の立場であっても、私はあなたのその決定を全面的に支持する」
こういう意味内容の言葉は、これまでの人生で2回ありました。
言葉をちゃんと背負うということは、重いものです。

★なんだかなあ。
気持ちが高揚するというのは、危険な気がします。
どうも、このごろ気分が悪い。落ち着かない。

上を向いて歩いたりしない方がいいと思います。
一体感、高揚感に包まれるときは、警戒して、一歩、自分を無理やり引きはがしてみることが必要ではないでしょうか。
下を向いて、こつこつと、足元を見つめて歩きましょうよ。
下を向いて歩こう。涙を流し落としながら。一人ぽっちで歩くのがいい。
みっともなくなんかないですよ。
いえ、立派だったり格好良かったりするよりは、格好悪い方が、みっともない方が人間としては上品(じょうぼん)なのです。
下の引用の②の意味です。

じょう‐ぼん【上品】ジヤウ‥
①〔仏〕極楽浄土に往生する者の階位を上・中・下に三分した、その最上位。さらに上品上生(じょうしょう)・上品中生・上品下生に区分する。 →九品くほん。
②上等。最高級。沙石集[5]「―の絹一疋に売りてんや」
広辞苑第六版より引用

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