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2014年10月23日 (木)

それってフェアですか?

★アジアパラリンピックの結果についてのNHKニュースが、聞くともなく耳に入りました。
下肢切断の女性高桑さんが3位、銅メダルだった。と。

足に障害のある選手と腕に障害のある選手が一緒に走ったレースで、高桑選手は序盤、遅れを取り、中盤からはスピードに乗って先頭との差を縮めたものの3位でした。

はぁ?高桑さんは左脚のすねを切断し、義足を使っている。一緒に走って1,2位になった選手は、手首から先を失った方と、肩から先を失った方のように見えました。お二人とも脚には障害がない。
障害のクラス分けで、高桑さんは「T44」というクラス、1,2位の方は「T47」というクラス。
T47の方は、走る時にバランスは確かに悪いでしょうけれど、脚そのものには障害がない。スタート時のクラウチングの姿勢などでハンディがあるというクラスです。
その方々が一緒に走って、ゴール順に金銀銅なんですか?
T44クラス優勝者、T47クラス優勝者、とすべきだったんじゃないのかなぁ。

★譬え話
世界記録は
女子100m:フローレンス=ジョイナー:10秒49:1988/07/16
男子100m:ウサイン=ボルト      : 9秒58 :2009/08/16
仮にの話ですから、細かいところは気にせずに。

競技運営上、100m競技をジョイナーとボルトが一緒に走ることになった。
そうしたら、ボルトは9秒58でゴールし、ジョイナーは10秒49でゴールした。
金メダルはボルトに与えられ、ジョイナーは銀メダルだった。

これ、フェアですか?

これと同じことがなされたんじゃないですか?
下肢障害者と上肢障害者がいっしょに走ったら、それは当然、下肢障害者にとって不利でしょ。
異なるクラスの障害者が一緒に競技する場合、何か「係数」のようなものを掛けるんじゃなかったですか?それがよい方法だとは思っていませんけど、
それなしで、着順がそのまま競技結果になっちゃうんですか?
それってやっぱりフェアじゃないと思うのですけどね、私は。

講談社「現代ビジネス」というサイトがありました。
そこの「Sportsプレミア」というページです。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40859

[アジアパラ競技大会]
女子100m・高桑早生、銅メダルに涙:斎藤寿子
2014年10月22日(水) スポーツコミュニケーションズ
{筆者は斎藤寿子という方です}
 ・・・
 今回、高桑の銅メダルという結果には、実は複雑な要素がからんでいた。障害がまったく異なる選手が混在し、障害の度合いによってポイントがかけられることなく、タイムがそのまま結果となったのだ。
 今年のジャパンパラ陸上競技大会でのクラス分けを見ると、高桑のT44は「片下腿切断(足関節離断含む)または片足関節の機能の全廃したもの。または、片下肢最小の障害基準(MDC)に該当するもの」とある。翻ってT47は「片前腕切断(片手関節離断含む)または片前腕最小の障害基準(MDC)に該当するもの」だ。
 つまり、簡単に言えば、下肢に障害をもつ選手と、上肢に障害をもつ選手とが同じレースを走ったのだ。高桑によれば、T47や同じ上肢に障害をもつT46の選手と同じレースで走ることは国際大会ではこれまで一度も経験したことがなかったという。もし従来通り、義足ランナー同士のレースであれば、結果は違っていたのではないか、という考えがどうしても頭をよぎる。

経験したことのないレースだった、とかいう問題じゃないでしょう。
この順位決定システムそのものがアンフェアだった、というべきでしょう。
とても不愉快でした。

★係数をかける、ということにも問題があると私は感じています。
障害の程度を数値で表現するようなものですからね。そりゃ無理だ。

私はちょっと過激な人でして、パラリンピックというものが好きじゃない、私自身、障害者なんですけどね。
障害というものはみんなそれぞれ異なっている。
であるならば、出場者全員が金メダルである。と考えるんですよ。
お涙ちょうだいやら、感動の物語なんて大嫌いなんです。
自分にやれることをやる。ただそれだけ。

★新聞社系のニュースサイトを見ていて、パラリンピックをきちんと報道しているところって少ないですね。
感動物語は好きだけど、競技そのものには関心がない、ということなんでしょうかね。

★もうひとつ。
高桑さんには申し訳ないことなのですが。
以前に使っていた義肢を、今回使っている義肢に変更してタイムがよくなった、というようなことがNHKで聞こえていました。
健常者の競技でも、「シューズの性能」「リュージュのそりの性能」とかいうようなものが影響してはいますけどね。
でも、下肢障害者の義肢はシューズの性能なんていうものをはるかに超えてませんか?
必要な義肢を購入できるかどうかという経済力や技術力が競技成績の一部になってしまうような事態は、私はフェアじゃない、と思うんですよね。経済力のあるIOCあたりが、すべての障害者スポーツに、必要で性能のそろった「補助具」を援助したらどうでしょう。
その国の技術力や資金力で、必要な補助具に差が出るというのは、フェアじゃないと思うんですが、いかがでしょう。
車椅子だってそうだろうな。

開発途上国の障害者の方々とも一緒に競技したいじゃないですか。

「合理的な配慮を欠くことは差別」なのですよね。
スポーツって「フェアネス」が大事なんじゃなかったっけ。

★私は泳ぎます。腰痛を発して以来、プールに通うようになり、25年になりましょうか。
現在泳ぎ始めてから2700km台をちゃぷちゃぷやってます。
でもねぇ、「他人と競う」という気持ちはまるっきりないんですよ。
競う相手は自分だけ。現在の自分はどういう体力状況にあるのか探りながら、両腕・右足でちゃぷちゃぷ。1000m泳ぐのに30分もかかるんです。のんびりです。
体を動かすことを楽しめればそれでいい。

私の別な過激発言。

世の「競争原理」から身を離すことのできる「障害者」というものに、せっかくなれたのに、何を好き好んで競争してるんだか。
競争という価値を蹴飛ばしませんか。

と。

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