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2014年5月22日 (木)

5月の連休中、海や山で悲しい事故がたくさんありました。
新潟県上越市の海岸で、小学生3人と救助しようとした父親ら2人の計5人が波にのまれて水死した事故には考えさせられました。個人的な経験が重なるものですから。複雑な思いです。

★テレビの映像では、海岸線が「真っ直ぐ」で、寄せ波は一様に打ち上げてくるのですが、引き波は流れの強い部分が等間隔に並んでいることが観察されました。引き波にはまると、一挙に沖へ吸い出されます。これはものすごく怖いことなのです。
海岸線が一様であっても、波は一様に寄せ引きしているわけではないのです。

★「浜から2~3メートル進むと急に水深が深くなる」という浜だったそうです。
実は、私にはこういう浜が最適なのです。

現在の私は泳げます。毎週プールへ行って平均1500m泳いできます。
どのようにして泳ぎを習得したのか。
私が通った小中高校には、プールはありませんでした。私たちの世代が卒業した後に作られたようです。
ですから、学校で水泳の授業はありませんでした。

母は息子である私が、身体障害者ではあるけれど、水難事故などでも自分を守ることができるように、と水に慣れさせました。
母の実家の秋田県北部の海岸。
まさしく「浜から2~3メートル進むと急に水深が深くなる」という浜なのです。
左脚が不自由ですから、左膝上を左手で押さえて歩くんですね、補装具を外した状態では。
波が打ち寄せてきたら、抵抗もできず転倒します。波が来たらころころと転がされるだけなんです。
ですから、遠浅の海岸はまるっきりダメ。体を浮かせられるような深さまで行くことができないのです。
何度か遠浅の浜へ連れて行ってもらったことはありますが、転げまわるだけでした。

かといって、岩浜もダメなんです。腕でだけ何十cmかをよじ登り、岩の上を膝を押さえて歩くなんてできません。
ところが母の実家の浜は実に具合がいい。波打ち際で波に転がされながらちょっと進むと脚が立たなくなる。
最高に泳ぎやすい浜でした。
母は少女時代その浜で泳いでいましたから、河童のような人で、私を水に浮かせて、ばたばたさせたり、手で水を掻いたりさせて、水に慣らしたのです。
水に浮いて、手脚を動かして、行きたい方向へ移動していく、という「泳ぐことの基本」を身につけたのはこの浜ででした。
体を波に任せて浮いていることが私にとっての基本なので、脚が着く、という事態はむしろ気持ち悪いのです。脚の着かない深いところでぷかぷかしているのが気持ちいい。

私の兄は一回、引き波に吸われておぼれそうになったことがあるそうです。
母の兄も少年時代にやはり引き波に吸い出されて沖へ流されて大騒ぎになったことがあったそうです。{大正時代かなぁ}
そういう浜が、私にとっては最適の浜だったのです。あの浜がなかったら私は今、泳いでいないかもしれませんね。
私自身は引き波に吸われたことはありませんが、海岸に並行に流れる流れにはよく流されました。
気づくと海に入った位置からすごく流されていたということはしばしば経験しました。

沖合100mあるかなぁ、岩が海面に頭を出していまして、地元では「竜宮」と呼んでいました。
竜宮へひとりで行けるようになると「一人前」になるのです。
私が竜宮に一人で行ったのは高校1年だったかなぁ。高校生になって、一人旅をするようになって、母の実家に一人で行って、よし竜宮へ行こう、と決心したのでした。
竜宮へ行くことは簡単でした。立ち泳ぎ風に浮いたまま手を平泳ぎ型に掻いて、頭を出したまま到達。
ところが、竜宮の沖合側へ出たときにパニックを起こしまして。何にもない水平線に向き合った瞬間、恐ろしくってパニックでした。
あわててクロール型の泳ぎ方で浜へ逃げ帰ろうとしたら、海底に何か所かある岩が見えてしまって。深くて何も見えない方がいいのです。海藻の生えた岩が見えたら気持ち悪くって、またパニックになって。
やっと海岸へたどり着いたときは、気持ち悪くってしばらく動けませんでしたね。

海というものは、怖いものです。
そんな思いをして、今の私があります。
「急に深くなる怖い海」での事故に、とても複雑な思いなのです。

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