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2014年3月14日 (金)

付帯情報

★前の記事で三日月やら逆三日月の話をしましたが。
そこからまたさらに脱線します。

★昔々、中野に「クレッセント」というジャズ喫茶がありましたとさ。
{渋谷には「オスカー」というジャズ喫茶もありましたとさ。}
大学生だったかかしは、土曜日の午後というと、渋谷のオスカーか中野のクレッセントに入り浸りっぱなし。4時間も、5時間も。

(論壇時評)「物語」に囲まれて 浸りきってもいいのかな 作家・高橋源一郎
2014年2月27日05時00分
・・・
 「現代のベートーべン」とされた男の作品の殆(ほとん)どは、別の現代音楽の作曲家の作品だった。その作品がクラシック曲としては異例の売り上げとなったのは、「被爆二世で全聾(ろう)の天才音楽家」という「物語」が付帯していたからだったのかもしれない。
 ピアニストの森下唯はブログで「より正しい物語を得た音楽はより幸せである」と題して、こんなことを書いている。……私は、純粋に(どんな付帯情報もなく)音楽を聴くことは不可能だし、そんなことを目指す必要もないと考えている。
・・・

そうかなぁ?

モダン・ジャズ初心者のかかしは、かかっている曲がジャズであるという付帯情報以外には何にもない状態で、曲を聴き、背筋にゾクッと来るものがある曲、演奏を求めていました。そういうのがあると、スタジオの窓に出ているその曲のジャケットを見て、演奏者の名前や曲名を覚えたのでした。
付帯情報なしで作品に向かい合うことは不可能ではないし、そういう聴き方もよいものだということを、主張します。
巨大なスピーカーの前に陣取って、暗い店内でジャズに耽る、かかしの暗い青春物語でした。とっぴんぱらりのぷぅ。

★今のNHKホールのこけら落とし公演だったと思います。
パイプオルガンの演奏会。演奏者が誰だったか、記憶があいまいです。
バッハの曲はまあ普通に聞いた。
好きなんですよ、バッハのオルガン曲。
巨大な構築物が立ち上がっていくように感じられる。教会の前に立って、見上げた気分というのかな。
時間の中を音が流れていくときに、脳内では空間的な構築物が建っていくような感じが好きなんです。
最後に確か「さくら変奏曲」というのを弾いた。
「さくら さくら やよいの空は♪」というあのメロディーを主題とする変奏曲。気取ってヴァリアシオンとかいってみましょうか。
出だしは確かにあのメロディーで出たのですが。
その後、10分か15分か、演奏中にあのメロディが出てくることはなかった。
完全に「展開」され、変奏された。
インプロヴィゼーションですね。
展開が展開を呼び、とどまることを知らずにはるか彼方へ連れていかれるという気分。
妻と二人で聞いていたのですが、二人とも完全にノックアウト。本気で殴り倒された気分でしたっけ。
終わった後で、あれはいったい何だったんだ?と茫然としましたっけ。
1973年ですか。あれには参った。
音楽と正面衝突するとはこういうことか、と悟ったのでしたっけ。

★結構ありえるんですよ、付帯情報なしに音楽に衝突してしまうという出来事。
WOWOWで、ミッシェル・カミロの「カリベ」の演奏に衝突したときもそうだよなぁ。
20分くらい。ピアノとウッドベースとドラムス。
茫然としてましたっけねぇ。
私が聞いた演奏ではないですが短いバージョンがここにあります↓
http://www.youtube.com/watch?v=7mkLoSqqvq8

ミッシェル・ペトルッチアーニの「Take the 'A' Train」もショックだったな。
古典的な曲を俺たちがやると、こうなるんだぜ。という感じ。
全くの話、列車に乗って走る「疾走感」にしびれまくりましたねぇ。

ツトム・ヤマシタの演奏を、「FM東海」(今の東京FMの前身。東海大学の実験局だった時代)で聞いたのですが。
音が時間を「充満」しようとはしない。
西洋音楽って「充満」ですよね。「間(ま)」はない。
ツトム・ヤマシタの演奏は、音と無音が時間と空間を構築していく。
FM聞いている間に、部屋の外でカラスが鳴いたり、風の音が入ったり。それが演奏と一体化してしまう不思議。
これも妻と二人でひっくり返りながら聞いていたのですが、二人して、あれはなんだったんだ?と茫然としました。

作品と衝突するということは、ある、のです。

★高校生の時にね。絵の展覧会に行って。
墨絵で渓流の中の岩にカワセミが佇んでいる絵があった。
題名を見ることも拒否して、そのカワセミに見入って、カワセミが見ている情景に入り込もうとしてたんですね。
美大生らしき女性に、何を見ているのか、と問われて、カワセミの見ている情景を見ようとしています、と答えたら、そういう鑑賞法もありうるのか、と驚かれましたっけ。
付帯情報なしで、絵画表現に衝突することだってありうるんです。

↓「物語」の話。ついこの間のブログ記事です。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2014/02/post-a28f.html

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