大気の状態が不安定
下の記事を書きかけのまま、3時の休憩に階下へ降りていったところ、NHKで災害報道への取り組みの番組を流している最中に、埼玉県で竜巻ではないか、被害が出ている、というニュースが入り、びっくりしました。
竜巻・ダウンバーストなどという言葉も飛び交っていました。
これは「大気の状態が不安定」なときに起こる現象です。
そこで、書きかけのままなのですが、アップロードします。
ニュースなどを聞く時の参考にして下さい。
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★今年の夏も「不安定」という言葉をたくさん聞きました。
テレビで、アナウンサーは「不安定な天気」といい、気象予報士は「大気の状態が不安定」といいます。{気象予報士も「安定した晴天」というような表現はしますけど。}
「不安定」という言葉の意味が、すれ違ってしまっていることに互いに気づいているでしょうか?
気象予報士さんは気づいていると思いたい。アナウンサーさんはひょっとすると{あるいはおそらく確実に}気づいてない。
アナウンサーの「不安定な天気」というのは単に天気が変わりやすい、という意味です。晴れていたと思ったら、急に雨が降り出して困った、というような出来事を指しています。
★ヤジロベエというおもちゃをご存じでしょうか。
{概念図}
両手の先に重りがついていて、一本足の先端Aを指先に乗せたり、棒の上に乗せたりして、揺らして遊ぶものです。
このヤジロベエが指先で揺れている時に、
1:絶え間なく揺れるから不安定だ
2:揺れるけど倒れないから安定だ
どちらだと考えますか?
このおもちゃは金属の細い棒でできた「人馬一体」の部分が、人の爪先で台に乗って、前後に揺れるおもちゃです。
揺れても落ちません。
これ、不安定ですか?安定ですか?
★長い時間の後、ヤジロベエも人馬のおもちゃも、静止します。
この状態が「釣り合いの位置」ですが、「平衡状態」という言い方もします。
で、平衡状態のところに、外部から小さな力をくわえて、状態を乱してやると揺れ始めるわけです。
釣り合いの位置を中心にして振動しますね。
「乱す」という言葉は、日常的に使われ、価値的な意味、あるいは倫理的な意味まではらみうる言葉ですね。
科学の方では余分な意味をそぎ落としてしまいたいので、「擾乱(じょうらん)をくわえる」「擾乱を発生させる」という言葉をよく使います。科学用語は難しいとよく言いますが、逆なんでして、言葉が運ぶ意味を限定して、誤解のないコミュニケーションをしようとしているだけなのです。
さて、平衡状態にある「系」に対して、微小な擾乱を発生させた時、系がやがて元の平衡状態に戻るようなら、その系は「安定だ」といいます。
逆に、加えた擾乱が拡大してしまって、元の平衡状態に戻れない時、その系は「不安定だ」というのです。
ヤジロベエというおもちゃは、外部からの擾乱に対して揺れながら元の平衡状態に戻りますので「安定だ」というのですね。
★さて、話は大気の方へ。
ごく普通の穏やかな日。地表上空の空気は、平均的には「100mにつき0.6℃くらい気温が低くなる」という温度分布をしています。
上空の方が温度は低いのです。避暑地は高原、山の上は寒い。ね。
よく、上空に冷たい空気が入って、重いから落ちてくる、だから不安定だ、などということを言う人がいますが、それは違う。
もともと上空の方が温度は低い。上空へ行くと気圧も下がって膨張して密度が小さくなっていますから、冷たくても、落ちては来ません。
冷たい空気は「重い(密度が大きい)」から下に落ちる、というのは気圧がほぼ同じ所での話なんですね。
夏の日、太陽に照らされて温められた空気のかたまりが、風で山の斜面にそって持ち上げられた、とか、高層ビルの影響で上に吹きあげられた、とかすると、気圧がさがって膨張します。空気のかたまりが外部と熱のやり取りをする充分な時間もなく高いところへ持ち上げられると、断熱膨張といって、膨らむために外に対して仕事をするので、その分、空気の塊はエネルギーを消費し、温度が下がります。
この割合は、およそ100m上昇すると1℃温度が下がるという割合です。
空気塊の外の空気は100mで0.6℃下がり、持ち上げられた空気塊は100mで1℃下がる。
おや、持ち上げられた空気塊の方が温度が低くなりますね。
そうなると、その場での圧力が同じで、温度が低い空気塊は、また自然と降りてきますね。密度が大きいから。
●ハイ。何かの要因で上空に持ち上げられるという擾乱をくわえられた空気塊が、この場合、周囲より温度が低くなって、また戻ってきます。
これが「大気の状態が安定」ということです。
さて、上空に寒気が入っている、というのは、気圧は周囲と同じですが、通常の高度での気温よりも温度の低い空気があるということになります。
そこへ、地表の熱い空気塊が持ち上げられた時、寒気が入っているために、空気塊の周囲の空気の方が空気塊より温度が低いということが起こりえるわけです。そうすると、空気塊は上昇を続けることになります。
●ハイ。何かの要因で上空に持ち上げられるという擾乱をくわえられた空気塊が、この場合、周囲より温度がまだ高いので上り続けて、戻ってきません。
これが「大気の状態が不安定」ということの中身なのです。
このような「大気の状態が不安定」なときに、さらに加えて、湿度の高い空気塊が上昇を始めると、途中までは乾燥した空気と同じ原理で温度が下がり、でも周囲の温度が低いというので上昇し続けますが、ある程度気温が下がると、水蒸気が液体の水になり始めます。そうすると、気体が液体になるときには熱を放出しますので、空気塊の温度は下がりにくくなります。そのため、温度の高い状態が維持されて、上昇が止まらず、積乱雲となって立ち上がるのですね。対流圏の天井近くまで立ち上がって、頭打ちになり、頭が平らな雲ができたりします。金床雲というやつですね。
上空に寒気が入って、地表近くにはものすごく湿度の高い空気があって上昇し始めたら止まらない、積乱雲ができ、激しい雨が降り、雷が鳴り、ダウンバーストだったり、竜巻だったりの激しい風が舞うかもしれない、こういう状態が「大気の状態が非常に不安定になっています」と表現される状態なのですね。
★いかがでしたでしょうか。
アナウンサーが「不安定な天気」というときと、気象予報士が「大気の状態が不安定」というときの「不安定」という言葉の意味をちょっと分かっていただけたらさいわいです。
この一文を読んでくださった方々は、正しく「安定・不安定」の意味を了解していただけることでしょう。
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