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2013年3月 5日 (火)

検査バイアス

★前の記事で引用しました
「マダニ媒介の感染症検査、月内にも全国で 試薬や手順書配布 1~2日で診断可」
という記事の終わりの方に、こんな記述があります。

 マダニの活動は春から活発になるとされる。感染研ウイルス第一部の西條政幸部長は「検査態勢が整うことで診断される患者が増える可能性はあるが、爆発的に感染が広がっているという意味ではない、と理解してほしい」と指摘する。

診断例が増える、とか、報道が増える、ということは、その事例そのものが増えたということではないことがあるのですね。

★朝日新聞デジタルの「アピタル」という医療・健康関係のサイトがあります。その2月12日に、高山義浩さんというお医者さんが書かれた文章があって、すっごく納得してしまいました。一部引用します。

http://apital.asahi.com/article/takayama/2013021200001.html
ノロウイルス報道が増えたわけ(2013年2月12日)
高山義浩

 ある福祉施設の方から、次のような趣旨の質問をいただきました。
 「昨年の12月からノロウイルスで亡くなる方の報道が多かったように思います。どのようなことが原因で多かったのでしょうか? 原因が分からないと、施設の皆さんが必要以上にノロウイルスが怖いものだと思ってしまう気がします」
 たしかに今シーズンは、急にノロウイルスによる死亡事例の報道が相次ぎました。もちろん、今年は例年よりも多かったと私も思います。しかし、ノロウイルスの流行は今年に始まったことではありませんし、毎年のように介護施設でお年寄りの命を奪っていたことも知っています。死亡報道によらず、「今年はノロの話題が活発だなぁ」と感じている方は多かったのではないでしょうか? 実は、今年に限って、これだけ報道された背景には「病名が見えたことにより注目してしまった」ことがあるようです。
 私たちには何が見えていて、何が見えていないか。何を見ようとしていて、何を見ようとしていないか。このような自己認識をもって、世の中の観察事象を捉えることは、科学的思考の第一歩といえます。そんな思考に立ち返って、このノロウイルス騒動を考えてみたいと思います。
 簡便なイムノクロマト法による迅速診断キットが、ノロウイルスについて商品化されたのは2008年冬のことでした。それまでは、高齢者がノロウイルス腸炎で亡くなっても、そもそも診断しようがなかったんですね。なので、2008年までは「高齢者のノロウイルス腸炎が見えない時代」といえます。
 ただし、ノロウイルスによる食中毒は別です。食品衛生法で食中毒に関しての届出規定があるので、医療機関で食中毒が疑われたら、速やかに保健所に届けなければなりません。そして、保健所は地方衛生研究所に依頼して、専門機器を用いるRT-PCR法によりノロウイルスを同定していました。つまり、「ノロウイルスの食中毒は見ようとしていた時代」ともいえますね。だから、このころから「飲食店提供の仕出料理でノロウイルス食中毒」みたいな記事は多かったのです。ただし、寝たきり高齢者が外食をしたり、仕出し弁当を食べるような機会はまずないこともあり、食中毒による死亡者が出ることはありませんでした。
 さて、2008年になり、ついにノロウイルスの迅速診断キットが発売されました。医療機関において簡便に診断ができるようになったのですが、まだ保険適応になっていなかったので普及までには至りません。全額(2000~5000円程度)を自己負担で検査をお勧めしなければならなかったからです。
・・・
 こんな会話が日本中で重ねられたことと思います。つまり、これは「高齢者のノロウイルス腸炎を見ようとしていない時代」といえます。だから、なかなか報道にもならなかったのです。
 ところが、昨年(2012年)春、ついにノロウイルスの迅速診断が保険適応となりました。もうお分かりですね。安価に検査ができるようになったので、「高齢者のノロウイルス腸炎を見ようとする時代」がやってきたのです。
 こうして、「お腹の風邪をこじらせて亡くなった」という解釈で終わっていた高齢者の下痢症について、少なからずノロウイルスが原因であることが、今年になって明らかとなってきました。そして、「介護施設でノロウイルス集団感染」という記事が紙面を飾るようになったのです。決して「昔は食中毒が多かったのに、最近は介護施設で流行している」わけではありません。これは単に、私たちの見る姿勢によって作られた観察事象なんです。これを、疫学の世界では「検出バイアス」と呼んでいるのです。・・・
 でも言うまでもなく、私たち医療者は「名」のあるなしに関わらず、高齢者を守ってゆかなければなりません。新聞記事や行政指導に気を取られすぎると、そのような目が霞んでしまう恐れがあると私は思います。見えているところ、見ようとしているところだけに気を取られず、ハイリスク高齢者のコミュニティで何が起きているのか、リアルな事象を捉えてゆこうとする科学的姿勢が求められていると思います。
・・・

名のなかったものに名がつくと広く認識されます。
存在していても見つける方法がなかったものが、見つける方法ができると、いっぱい見つかるようになります。高価な手法が安価になるとまたたくさん見つかります。

私たちが物を知る、ということには、このような舞台装置が必要なのですね。
自分の認識にかかったバイアスをも認識して、可能な限り「実態」を正確に把握したいものだ、と改めて考えさせられました。

★引用文中に「RT-PCR法」というのが出てきますが、これはReal-time PCR法のことです。詳しくは解説しませんが、PCR法を用いて遺伝子を増幅して検出することには違いがありません。それはちょっと、専用の機器が必要で限られた施設でしかできなかったのですね。

「簡便なイムノクロマト法による迅速診断キット」というのが大きく効いたようですね。
私だって詳しいことは知りませんが「イムノ」とくれば抗原抗体反応の利用です。
この場合は、遺伝子増幅はせずに、ウイルスに特有の構造に抗原抗体反応でくっついて、クロマトグラフィーの原理で分離して、何らかの方法で可視化する。ということだと思います。この推測で、大間違いはないと思いますよ。

http://www.medicallab.jp/jacri/topics/01influenza/influ02.html
「迅速抗原検出キット」による測定方法「迅速抗原検出キット」による測定方法
ここにインフルエンザの場合の説明があります。
「測定の原理は、抗原抗体反応を利用した免疫法によるものです」だそうです。
ね。これで、普通の町のお医者さんでもできるようになった。

おそらく、ノロウイルスの場合も似たようなものでしょう。
そうすると、検出例が大幅に増えるのですね。

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