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2013年1月25日 (金)

ウマノカイチュウ

★去年、山中さんがノーベル生理学・医学賞を受賞したときに頭の中をよぎっていて、すぐ忘れてしまって、あの時、なんか思ってたんだよな、という思いだけが残っていましたが、泡のように思い出しました。ウマノカイチュウの話です。

★分子生物学講義中継(番外編)「生物の多様性と進化の驚異」井出利憲、羊土社
この本のp.228のコラムを読んで、私はぶっとびました。びっくり。大笑い。

コラム:体細胞で遺伝子を失う例
 ウマノカイチュウでは、受精後の細胞分裂が進む過程で、生殖細胞になる細胞ではすべてのDNAがきちんと伝えられますが、体細胞になる予定の細胞では染色体の一部が切れて失われます。体細胞として生きていくには必要のない遺伝子部分を捨てて身軽になってしまおう、と考えているようです。
 これは実に効率のよい戦略といえます。子孫には全部の遺伝子が伝えられることが必要としても、体細胞は個体が生きるために必要な遺伝子だけをもっていれば不都合はないので、余計な遺伝子を捨てて身軽に生きればよい。極論すれば、肝臓の細胞は肝臓として働けるだけの遺伝子を持っていればいいので、肝臓の細胞は、神経特有の遺伝子や発生過程だけで必要な遺伝子を捨ててかまわないはずです。余計なDNAを維持し続けることは不経済でもあり、間違いを起こすチャンスも大きくなりますから、効率的な工夫に思えます。しかし、哺乳類だけでなく体細胞クローンを作れる動物は多く、植物でのクローン増殖は以前からわかっていることで、大部分の生き物がウマノカイチュウのような選択をしなかったわけです。ということは、進化の上で広範な展開をしにくいといった不都合があるのかもしれません。

使うことのない遺伝子を捨てちゃって、再構成をやってるやつがいるんですね。
エライやっちゃね、反骨精神の権化だね。
要らないものは捨てちゃえ、という生き方」をしているのだそうです。
マイッタ。
こんなやつもいますよ、ということをあの時(ノーベル賞のとき)お話ししようと思って、忘れ去っていたのです。
遺伝子の「断捨離」は、生物界では基本形ではありません。
いろいろ抱え込んで、無駄があってこそ、進化があり得るのです。
無駄がないところに進化はない。
遺伝子セットをコピーして倍にし、一方は今まで通りに使いながら、もう一方で新たな進化上の変化を獲得していく、というようなことを、してきたのです。
脊椎動物では進化の初期段階で全ゲノムの重複が1回以上の複数回起こったと考えられています。
生物としての「保守性」と、進化への「可変性」とを共に実現しようとしているのですね。
無駄を抱え込んでこそ我々哺乳類も今地球上にいるのです。

山中さんがらみでいえば、ウマノカイチュウの体細胞からiPS細胞は作れないんですね。だって、遺伝子の全セット(使わないものも含めての)がそろっていないのですから。

↑ここまでが本論。

★ウマノカイチュウの生き方の不思議さを確認するために、簡単に状況を振り返っておきましょう。

「現代化学」2012年12月号から引用します

 

成体細胞が多能性に初期化されうることの発見:丹羽仁史

   細胞の運命を決めるのは遺伝子の再構成か制御か
 われわれ人間の体は、約60兆個の細胞からできている。・・・これらの250種類以上ある機能的に分化した細胞たちは、もとをただせばたった一つの細胞である受精卵に由来している。受精卵は細胞分裂(平均43~44回で60兆個に到達できる){かかし注:2の44乗は約18兆くらいです}を繰返しながら分化して、一つの個体を形づくっていく。この過程を発生と呼ぶ。
 ・・・
 一度分化した細胞は、もとには戻らない、というのが発生過程のルールである。覆水盆に返らず、というわけだ。だからこそわれわれの体の構成は維持される。そして、分化の状態を少しだけ後戻りしたような細胞が、がん発生の素地となることも知られている。では、このような不可逆性はどのようにして決められているのだろうか?遺伝子の実体が二重らせんDNAであることが明らかになると、この問いの答えとして二つの可能性が議論されるようになった。一つは、分化に伴い遺伝子DNAは部分的に失われ、それぞれの分化状態の維持に必要な遺伝子だけが残されるとする再構成説、もう一つは遺伝子の構造は維持されるが、その発現が厳密に制御されているとする制御説だった。

   初期化現象の発見
 ・・・
 Gurdon博士は、1962年に、オタマジャクシの小腸の細胞の核を未受精卵に移植し、これが生殖能力をもつカエルにまで発生することを報告した。すなわち、分化した細胞の核も、発生に必要なすべての遺伝子を保持していることを証明したのだ。このように、分化した細胞の核が受精卵のもつ多能性の状態へとリセットされる現象は、初期化(再プログラム化、リプログラミング)と命名された。

このように、再構成説と制御説があったのです。

歴史をちょっと振り返ると
・メンデルの法則が1865年ですね。遺伝情報の「単位(ユニット)」の存在を示唆しましたが、その実体は明らかではありませんでした。
・ハーシーとチェイスは、遺伝情報の実体がDNAであることを実験的に証明しました、これが1952年。
・ワトソンとクリックの「DNAの二重らせん構造の発見」が1953年。
・ガードンが「体細胞の核移植による初期化を証明」したのが1962年。
・ウィルマットが核移植によるクローン動物・ドリーを誕生させたのが1996年
・ヒトゲノム解析の一応の終了が2003年。
 全遺伝情報という意味の「ゲノム」という言葉が有名になりました。
・山中伸弥がiPS細胞を作ったのが2006年

私は1948年生まれですから、このDNA二重らせんの話あたりからリアルタイムで見てきました。いい時代に生まれ育ったと思います。
{もう一つ、プレートテクトニクスもリアルタイムで見てきました。やぁ、ホントにいい時代に生きてます。そうそう、スプートニク1号が1957年です。人工衛星、月周回、月面着陸、惑星探査、太陽系を振り返る写真、太陽系の辺縁への接近・・・みんな見てきましたね。}

★さて、こんな歴史的な状況の中での山中さんのノーベル賞受賞だったわけです。
体細胞にも受精卵と同じ遺伝子セットがある、ということの完璧な証明。
今では高校生物でも当たり前ですが、そう古くから分かっていたわけではないのですね。
{もちろん、免疫系などでは、遺伝子の再構成をやっています、よく知られたことです。1987年に利根川進さんがノーベル賞を受賞したのは、その研究です。}

★ところがどっこい、生物というやつは
100%ということはない
のですねぇ。
ということで、ウマノカイチュウのお話をしたのでした。

★寄生という生き方は特殊なものです。徹底的に宿主に適応してしまう。進化的には袋小路に入り込んでしまっていますが、安定な生き方ではあります。宿主が絶滅したら共倒れでしょうが。
新たなニッチへの進出という可能性をほぼ捨ててしまったような生き方を選択したので、徹底的に無駄を排除してしまって、使わない遺伝子の維持にさえエネルギーを使うのはやめた、生殖のみにエネルギーのすべてを使う、という生き方になったのかもしれません。

有名なところでは、サナダムシには消化管がないというのを御存知でしょう。
宿主が腸内で消化してできた栄養分を体表面から吸収してしまうのですね。
宿主から簡単に排出されてしまうことがないように、吸盤はあります。
雌雄同体で体内はほとんど生殖器官のみです。
体を固定して生殖する。それだけ。
運動も、消化も、放棄してしまった。

生物ってものは、なんとも複雑怪奇なものですねぇ。

★ふと思うのですが
「蚊」はエライですね。
哺乳類が出現する前から「血を吸って」いたかもしれない。
カエルの血を吸う蚊は今もいます。
恐竜の血を吸ってたやつもいたかもしれない。
恐竜が絶滅しても、哺乳類という新規の動物の血を吸えるように適応したのかもしれない。
恐竜の腸内にいたかもしれない寄生虫は恐竜の絶滅と共倒れでしょうが、蚊のようなオープンな生き方をしていると生態系の変化に追随できますね。
生物の適応と進化についてはまだまだ全然分かりませんね。

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