★こんな記事があったんですよ
薄めた塩酸飲ませる 愛知の中学教諭、実験失敗の生徒に(朝日新聞 2013年1月20日)
愛知県蒲郡市の市立中学校で昨年末、理科の男性教諭(23)が、授業中に実験を失敗した罰として、生徒2人に塩酸を水で薄めたものを飲ませていたことがわかった。生徒に健康被害はなかったが、同市教育委員会は「不適切な指導」として教諭の処分を検討している。市教委は、学校名や生徒の学年、性別を明らかにしていない。
市教委の発表によると、教諭は昨年12月18日、理科の授業で砂鉄と磁石を使った実験をした。実験前にクラス全員に「失敗したら塩酸を飲んでもらうよ」と伝え、市販の濃度35%の塩酸の液を水で100倍に薄めたもの15ミリリットルをビーカーで作った。
生徒2人が失敗したため、教諭はクラス全員の前で、自分でなめてからビーカーを2人に渡した。1人はすべて飲み、もう1人は口に入れた後ではき出したという。
教諭は採用1年目で、市教委の調査に対し「塩酸を飲ませると伝えることで、実験に集中させたかった。申し訳ないことをした」と話しているという。
今月18日、別の学年の生徒の保護者から学校に通報があった。教育長は19日の会見で、「健康や命にかかわることで、塩酸について正しく理解させる意味でも不適切であり、重く受け止めている。今後はこのような指導がないようにしたい」と謝罪した。
学校名などを公表しないことについて市教委は「生徒が特定される恐れがある。高校受験を控えた3年生への影響も配慮した」と説明している。
★こんな濃度で健康被害なんか出はしません。いけないことは何だったのか、ポイントがずれてるんですよね。
『罰』として塩酸を飲ませる」ということはやってはいけないことです。
「罰」として、ということは、その行為、つまり「塩酸を飲む」ということが、危険であるとか、苦痛であるということを前提にしているでしょ。それがいけないんです。
それでは、体罰とおんなじじゃないですか。
この先生がとがめられるポイントは、体罰と同等のことをした、という点です。
実はそんなに危険なことではないんですよ。
「飲む」というのはさすがにちょっとなぁ、ですけれど。
「今日は全員で塩酸の味見会をしよう」
と、教師自らが「利き酒」ならぬ「利き塩酸」の「お作法」を実演して、生徒にほんのわずか舐めさせるのなら、騒ぐほどのことではないのです。
★「市販の濃度35%の塩酸の液を水で100倍に薄めたもの」
35%の塩酸といえば、濃塩酸です。
濃塩酸というと、生徒はそれだけでビビります。私がピペットで吸い上げて、手のひらなどに1~2mLたらすと、生徒はびっくりしますけれど、どうということはないのです。ひりひりもしない。長時間付着させておけばひりひりしてくるでしょうから、蛇口からの流水で洗い流せば、何ともないものなのです。
●濃塩酸はこわい、という先入観はまずぶっこわす。
これを水で100倍に薄めますね。
濃塩酸の濃度をモル濃度にすると約12mol/Lです。
これを100倍にするのですから、0.12mol/Lくらいになるでしょう。
pHを計算すると
pH=-log(H+)=-log(0.12)=0.92≒1
ほぼ1ですね。
●胃酸の主成分は塩酸です。で、胃酸のpHは約1です。
「胃の不調で嘔吐して、吐くものがあるうちはいいけれど、何にもないのに吐くと、苦くって強烈にすっぱいものがでてくるでしょ。あの酸が塩酸なんだよ。このpH1の塩酸と同じくらいの濃さなんだ」
こんな話をしてあげると、生徒の中にはそういう経験のある人が必ずいますから、納得の表情をこちらに送ってきます。
●「秋田県の玉川温泉って知ってるかい?日本一の酸性泉でね。主成分は塩酸、pHは約1なんだね。私は入浴したことはないけれど、肌がピリピリするというね。酸性が強くて、魚が生きられないので「玉川毒水」と呼ばれたんだ。田沢湖の湖水を発電用に使って、かわりに、この温泉水を田沢湖に流し込んだものだから、田沢湖が酸性化してクニマスが絶滅してしまったんだね。」
たまたま山梨県の西湖で生息しているのが見つかりましたが(2010年)。でも、田沢湖の環境を中性に戻してやらないと、田沢湖に連れてくることはできません。
●草津温泉は硫酸酸性でpH2くらい。これでも鉄釘を使った風呂桶などは鉄が溶けてしまうのでダメと聞く。下流の品木ダムで、水酸化カルシウムを加えて、中和し、硫酸カルシウムを沈殿させてながしているんだね。
とまぁ、授業口調で書いてみました。
●さて、試験管に100倍希釈の塩酸を3mLほど入れ、利き手の親指の腹で蓋をし、逆さまにすると、指先が稀塩酸で濡れます。その濡れた指を舌先で舐めます。
すっぱい
です。
顔をしかめて見せ、すっぱいからさぁ、飲むなよ、味わったら、水道の水でぐちゅぐちゅうがいして、ペッと吐きだすんだぜ、とやってみせます。
さ、みんなでやってみよう!
嫌がる生徒には強要しませんが、やってみたくてうずうずしている生徒もいますから、そばに行って励まし、その状況を他の班の生徒に中継します。すると、おそるおそるやってみ始めて、ほぼ全員が舐めます。
酸の基本は「酸っぱい」ということだ。
クエン酸も生徒と一緒に舐めます。酸っぱいのは好きだ、といって、生徒になめさせて余った分をどっと私が食べちゃうと、生徒はびっくりしますが、レモンだもん、で納得。
舌に酸味を感じさせるのは何か、それが水素イオンなんだね。
だから、酸の性質は水素イオンによる。
●こんな実験はほぼ毎年のように、ずっとやってきました。
教室でクエン酸を一緒に舐めるのは、これは必ずやったな。
でも、塩酸舐めても、これは問題だ、と目くじら立てるような人はいませんでしたね。
生徒との信頼関係がちゃんとできていれば、大丈夫。
「罰」にしちゃダメなんです。
お楽しみ実験に組み上げていく力量が必要なのです。
毎年のように塩酸を舐め続けてきた私ですが、歯が溶けたわけじゃなし(虫歯ゼロです)、健康を害したわけじゃなし。
生徒にも「わたしは毎年舐めてんだからな。君らは一生に一回でしょ。ま、やってみな」と、言ってやれば、納得します。
●教育長さんは「健康や命にかかわることで、塩酸について正しく理解させる意味でも不適切である」とおっしゃったようですが、塩酸というものを本当には知らない人のようですね。情けないや。
何が不適切なのか、自分でも理解してないんですね。塩酸について正しく理解していないから。
「塩酸」という言葉、レッテルだけで「怖いもの」と直結させているのではないかな。
女性の衣服に、塩酸や硫酸をかけた、という変質者がいます。
濃硫酸には「脱水作用」がありますから、布が焦げたようになって穴が開くでしょう。実際、怖いです。
こわいけど、手についてしまっても、すぐどうのこうのということはないので、水で洗って、重曹(炭酸水素ナトリウム)を擦りこんで中和すればいい。
実験で濃硫酸を扱う時は、実験を始める前に、私の手に濃硫酸をかけ、水で洗い、重曹で中和する、という手順を示します。教卓の真ん中付近に重曹の瓶を置き、何かあったらこれを使うように、と厳重に宣言をして実験にかかれば、まず、大丈夫。実際に重曹を使うはめになったことはほとんどないです。あっても、手ではなく、机や床にこぼしちゃったから中和したい、という申し出、くらいのものです。
塩酸を衣服にかけると、硫酸のように焦げたような変化は起こりません。ただ、強い酸ですから、繊維が変質してぼろぼろにはなるでしょうね。
過剰に怖がることはありません。とにかく「水」です。
ペットボトルの飲料水やジュースでもいいです。
何かあったらまずは「水」。
物質の性質をきちんと知ることは、実は、身を守ることでもあるのです。
化学は生きる力になる。
のです。実は。