ボンベが空っぽ
★死者の出た事故はあまり扱いたくはないのですが、ちょっと気になることがありまして。
NHKニュース(3月18日4時1分)
潜水士3人死亡 ボンベの状態確認へ
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作業は水深57メートルの海中で行われ、潜り始めておよそ20分後を最後に、連絡が途絶えたということです。
大分海上保安部によりますと、3人が背負っていたボンベの容量は、1人が12リットル、あとの2人が14リットルで、いずれも空気は残っていなかったということです。
朝日新聞(2012年3月17日20時11分)
ブイ撤去作業中、潜水士3人死亡 ボンベ残量ゼロ 大分
17日午前9時50分ごろ、大分県津久見市の保戸島(ほとじま)沖で海に潜ってブイ撤去工事の作業をしていた潜水士3人が意識不明になり、その後、全員の死亡が確認された。3人の空気ボンベの残量はいずれもゼロで、大分海上保安部が原因を調べている。
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★「空気は残っていなかった」「空気ボンベの残量はいずれもゼロ」
では、「ボンベの中が空っぽだ」という状況はどういう状況なのでしょう。
「ジュースのペットボトルが空っぽ」なら、液体のジュースがなくなっていて、ボトルの内部空間には「空気がある」のですよね。
では「空気ボンベが空っぽ」だと?
真空ですか?
まさかねぇ。
実は、ボンベ内部には空気はあるのです。でも外部に呼吸用として空気を取り出せない、空気の圧力が足りない、ということなのです。
★地上でこのボンベのバルブを開けて中身を放出させたとしましょう。
外部は1気圧の空気の世界。
ということは、ボンベ内の空気の圧力が1気圧になった時、空気の噴出はとまります。
ということで、ボンベの圧力計は内部が1気圧の時「0(ゼロ)」を指すように作ってあるのです。
こういう形で測られたボンベの内圧を「ゲージ圧」といいます。
★水中に潜ると、水面に加わる1気圧に加えて、水圧がかかります。
10m潜ると1気圧増えて、1+1=2気圧の圧力をダイバーは受けます。
このとき、ボンベの内圧が2気圧以上でないとボンベからダイバーの肺へ空気が流れ出てきません。
60m潜ると1+6=7気圧の圧力をダイバーは受けます。
肺は風船のようなものですから、肺の内部も7気圧ないとつぶれてしまいます。
その水深で呼吸するためには、ボンベ内に7気圧以上の圧力の空気がなければなりません。
ゲージ圧でいうと、6気圧以上ですね。
水面気圧に加算される水圧の分が圧力計に表示されることになります。
ボンベのゲージ圧が6気圧では、肺に空気は流入してこないのです。
空気はあるのに流入してきません。
ボンベから呼吸用として利用できる空気は水深によって変化するのですね。
水面でなら十分に空気を吸える圧力なのに、深いところでは利用できない、という事態が起こり得るのです。
「ボンベが空っぽ」ということの意味は、呼吸に利用できる圧力がなくなった
ということなのです。
潜水士の方々はベテランですからこんなことは百も承知のはずですが、何らかの事情で浮上してこられなかったのでしょう。
御冥福を祈ります。
水に潜るということは、とても危険なことなのです。
★参考-------------------------------------
GLOBE(09/11/23)
篠塚龍三:一息で潜る 水深100メートルの世界。太陽が消えた海に身をまかせる
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深い海では、吸い込んだ空気に含まれる窒素が、酒に酔うような麻酔作用 を起こす。80mなら地上の9倍の水圧で肺はこぶし大につぶれ、窒素の濃度も9倍になる。
「80mを過ぎると、ほろ酔いから泥酔状態になる。頭の中がぐるぐると回り、 耳鳴りがしたり、幻覚を見たりする」
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どこまで潜れる? 科学の常識覆すフリーダイビング選手(朝日新聞 2010年7月4日)
日本で初めて開かれている第7回フリーダイビング世界選手権の競技が沖縄県で3日、始まった。人はどこまで深く潜れるのか。
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現在、CWTの男子世界記録は124メートル。水深120メートルでは地上の13倍の水圧がかかり、肺の容積は13分の1になる。かつては水圧で肺がつぶれると考えられ、人間が潜れるのは40~50メートルまでとされていた。潜水生理学を研究する日本女子大助教の藤本浩一さんによると、水中では血液が集まって肺を守ることが分かってきたという。藤本さんはCWTで115メートルの記録を持つ篠宮龍三さん(33)を被験者にして実験。脳にも血液が集まることを突き止めた。
「重要な臓器に血液が集まる現象はイルカやクジラと同じ。海を起源に進化した人間に眠る能力が、トレーニングで引き出される可能性がある。科学の常識を人間の能力が覆してきたところにこの競技のおもしろさがある」と藤本さんは話す。
吸い込んだ空気に含まれる窒素は圧縮されると麻酔作用を起こし、幻覚や幻聴が起きることがある。浮上する際は、肺の中の酸素を使い果たすうえ、水圧の急激な変化で酸素濃度も激減。最後の水面まで20メートルほどのところで酸欠で意識を失う選手もいる。
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私のHPから
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/freestdy/WCsub/wtrPrss.htm
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/freestdy/WtrClmn.htm
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