梅を探しに:3
2012.1.7
ほら、こんなになっている。
もうすぐ咲けるんですが、もうちょっとお待ちください。
↓これなんだ?
梅の古木の樹皮です。
文字通り「苔むした」樹皮です。
なんだか洞窟の天井みたいにも見えますね。
植物の生き方というものは、動物とはずいぶん違う。
「生きている」のはこの樹皮の下すぐの部分。
その下に行くと、硬い死んだ組織が樹を支えている。
死に支えられて生が活動し、伸びてゆく。
下まで撮ると駐車中の車が入ってしまうので、このくらいで勘弁を。
いい樹形でしょ。
いかにも、梅、です。
花への予感をお目にかけて、この場所での写真を終えます。
そのうちまた、見に行くことにします。
★別件
「死に支えられた生」という言葉を書いていて、思い出したのですが。
陸前高田の松、使用中止に=京都・送り火の薪-放射能懸念の声で(時事 2011/08/08-00:08)
東日本大震災で津波に流された岩手県陸前高田市の名勝「高田松原」の松を、「大文字」で知られる京都の伝統行事「五山送り火」で燃やす薪として使用する計画が、福島原発事故による放射能汚染を懸念する声が寄せられたため中止になったことが7日、分かった。(後略)
松の木の生きている部分は樹皮のすぐ下だけなんです。放射性物質の溶けた水を吸ったとしたら、生きている部分だけ。放射性物質の溶けた雨がかかったとしたら、樹皮の部分だけ。
心配するような放射性物質の量ではないのですが、気になるんだったら、樹皮をはがし、その下の部分を少し削れば、その下に放射性物質が入る余地なんかないんですよ。
植物の生き方を知らない。
過去の死が、現在の生を支えている。事故の影響はその生きている部分にしか及んでいないはずですよ。
無知が恐怖を生じさせたのですね。
「絆」という言葉に自己陶酔はしたい。でも、放射能が近寄ってきちゃ困る。
身勝手なものだ。
障害者差別なんかしてないよ、バリアフリーを理解しているよ。でも、障害者が近寄ってくるのはなんだか怖い。
民族差別も然り。
いろんな差別はみんな同じ構造を持っているのです。
かなしいですね。
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