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2011年12月 9日 (金)

もしも

★私は「過去に対して if を使わない」と公言して生きてきました。
「もしポリオに罹患しなかったら」というような「もし」を意識的に拒否したのは覚えている限りで中学2年生くらいでしたでしょうか。
左脚の障害を含めて、「丸ごと全部、僕なんだ」と。

そんな私ですが、たまには、「もしあの時、ああだったら」というようなことがないわけもないのです。
人の力で変えることができたかもしれないようなことについてはね。

★下の引用を読んでください。朝日新聞の「論説委員室から 窓」というコラムです。

[窓]1人分の給料で(11/24)
 「一つ買えば、もう一つは無料」
 米国でよく見かけるバーゲン表示だが、大統領選中にビル・クリントン氏が好んで口にしたジョークでもある。私を選べば、大統領がもう1人、というわけだ。むろん、現国務長官のヒラリー夫人のことだ。
 大学にはこんな例もある。
 地球環境問題の解決に貢献した人に贈られる今年のブループラネット賞を受賞した米国の海洋生態学者、ジェーン・ルブチェンコ博士はかつて、オレゴン州立大の一つの教授ポストを約10年間、同じ分野の研究者である夫と分け合った。
 「研究も子どもとの時間も、ともに大切だから、一つのポストに2人でつくのはどうだろう」と大学に提案したところ、やってみよう、となったのだそうだ。
 家庭での時間もたっぷり取りながら、1人分の給料でそれぞれ半分ずつ働く。その間に助教授から教授へと昇進し、学部長になった。同様の例は増えてきた、という。
 授賞理由は、研究業績に加えて、「科学者の社会契約」という独自の考えに基づいて行動し、科学者のあるべき姿を示したことだ。
 現在は、米海洋大気局長の要職にある。大学の英断が、1人の科学者の才能を花開かせ、社会に恩恵をもたらした。そんな柔軟さを、私たちも大いに見習いたい。

 日本でも一時、「ワークシェアリング」というような言葉がはやりましたが、結局、実質的なものではなかったように感じています。

 

私は、40代の終わりごろから、正規の教諭であることに体力的な限界を感じ始めていました。
 8時間の勤務が辛い。4kgほどある補装具を左足に装着していると、ただ補装具をつけているだけで疲労がたまってくるのです。
 時間割に工夫をして頂いて、なるべく午前中に授業が来るようにして頂いて、午後は理科準備室で、授業準備や教材づくりなど、比較的座った状態でできる仕事ができるようにという配慮をして頂いていました。
 それでも、教諭である限り勤務時間は守らなければならないので、補装具をつけた状態から来る疲労は避けられません。

 同僚が、私の勤務を軽減して講師で補うことはできないか、と管理職に相談したりしてくれましたが、教諭である、という状態ではそれはできないことでした。

 もし、私の勤務を半分にして午前中4時間勤務、もちろん給与も半分でいい。残り半分の4時間を、例えば子育て中の先生にお願いして、二人で一人前、というような勤務が組めたらいいのになぁ、と。

これはかなり真剣に思ったものです。

「一つのポストに2人」「1人分の給料でそれぞれ半分ずつ働く」

これを読んで、やっぱり羨ましい気持ちは抑えられません。
提案を受けて、やってみよう、と実行できちゃうんだものな、すごいなぁ。

★「もし」私の教諭ポストを二人でシェアするような形で勤務出来たら。
60歳までもったかもしれないなぁ、という思いがやっぱり、ありますね。
実際にやってみたことではないですから、本当にはどうなったかは分からないことですが。

結局、体力的につらくって51歳で退職したのでした。

その後、勤務半分、給料半分という嘱託員を5年間続けられましたから、ひょっとして、「半分勤務」なら60歳までもったかもしれないな、と思うわけです。

そういう柔軟性が日本社会にあったら、雇用状況などももっとゆとりのあるものになるのではないでしょうか。
と、思います。

★というわけで、終わってしまった私なのでした。

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