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2011年12月 8日 (木)

「当たり前」を疑う

★朝日新聞の読者投稿欄「声」に中学生の方の投書が載っていました。
「当たり前」疑う感性大切に(2011/11/26)
という題です。
投書者は「小学校1年生から3年間、ブラジルで過ごし」て文化の違いを感じたのですね。

 例えばある人の家に行く約束をしていたとします。だいたいの日本人は約束した時間通りに着かれると思います。それは、約束を守らなければ相手を困らせたり不安にさせたりするかもしれないと思っているからだと思います。しかしブラジルでは、約束時間より遅れて行きます。1時間以上遅れて行く人もいるそうです。相手が急いで準備をしないでいいようにという心遣いをしているからでしょう。

そして

 このように日本人とは「当たり前」が違うのです。それを非常識だと言うのは、そちらの方が非常識だと思います。それぞれの違いを理解しあうことが一番必要だと感じます。

こう結論づけています。

★結論は非常に優れたものです。
人間は世界中みんな同じなのですが、一方でそれぞれが育んできた文化は多種多様なものです。
その多様さを受け入れることが一番大事ですね。
自分の物差しをあてて相手を測ってはいけない。
多様性がありのままに受け入れら得るようになったら、世界はもっと暮らしやすくなるのにな。

★ところで、「ある人の家に行く約束をしていたとしま」しょう。

まあ、1時間も遅れていくのはさすがに、ちょっとなぁ、とは思いますが、実は日本でも同じように「個人のお宅を訪問する時は遅れ目に行くものだよ」といわれていたものなのです。
私は、親に言われたか、先輩、先生に教わったか、記憶が定かではないのですが、確かにそのように聞かされました。

迎える側は、約束の時間が来るころに「そろそろ来るかな、ちょっとは片づけておくか、お茶の準備はいいかな」などと立つことが多いからですね。で、そういう準備時間の後に「ごめんください」と伺えば、「おお、来たか来たか、ちょうどいい具合だ、待ってたよ。」となるわけです。
早く行ってしまうと、「おお、ちょうど立ち上がったところでな、取り込んでいてすまんな、まぁ上がってくれ」と少々相手を焦らせますね。
ですから、個人宅を訪れる時は約束の時間より遅れ気味に行くものだよ、というわけです。

★他方、組織の人にアポイントを取って訪れる時は、約束の時間より少々(多少orかなり)早目に着いて待った方がよいのです。

相手方が遅れてきて、「いや、遅れてしまってすみません」といわせれば「いえいえ、こちらこそお約束より早くついてしまって御迷惑をおかけしました」とへりくだって、実は「先が取れる」。
相手方が予定より早く時間が空いた時でも、「ちょうど時間が空いたところでいいタイミングでした」と言わせてちょっと雑談でもして本題に入ればいい。
どちらにしても相手方の機嫌を損なうことはない。

ところが遅れるのは、マズイ。
「人の時間を無駄に使いやがって、何考えてんだ。せっかく時間取ってやってるのに」と話に入る前からイラつかせてしまう。

とまぁ、そんな具合ですね。

★日本でもそういう「訪問の常識」というのはあるのです。
中学生だとまだ知らないだろうなぁ。
大人は「後から来る人」にきちんと、そういう「当たり前」を教えなければなりませんね。

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