聴覚の感度
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-ba03.html
2011年8月19日 (金) スズムシ:2 鳴くオス
↑この記事で、
音を出すための脳からの信号が出て、羽を動かすための筋肉が働くと、聴覚の感度を下げるための信号が働き、耳に入った音の信号を脳に伝える回路の途中にある神経細胞が抑制されて、音に対する感度が下がったのです。
こういう話をご紹介しました。
いわば、「電気的な」感度コントロールですね。
では、ヒトにはこういう機構はないのでしょうか?
実は「メカニカルな」感度コントロールがあるんですよ。
◆その話の前に、軽く、ヒトの聴覚について。
・音=空気の振動は鼓膜を振動させます。
・鼓膜の振動は、槌骨(つちこつ)・砧骨(きぬたこつ)・鐙骨(あぶみこつ)という3つの耳小骨で「増幅」されます。
・耳小骨の振動は、蝸牛(うずまき管)の卵円窓といういう部分の膜を振動させ、蝸牛のなかのリンパ液を振動させます。
・リンパ液の振動は聴細胞に振動をもたらし、聴細胞の興奮が大脳に伝えられて「聴覚」が生じます。
まわりくどいでしょ。鼓膜と卵円窓の膜を一体化させて、音がストレートに蝸牛のリンパ液を振動させるというわけにはいかないのでしょうか?
これが、だめなんですね。空気中の音は液体中にはほとんど入らないのですね。
シンクロナイズドスイミングで、観客は選手が舞う音楽を聞いていますが、その空気中の音楽は水中の選手には聞こえないのです。ですから、別途、水中スピーカーで水の中に音楽を流さないと、選手には音楽が聞こえない。
そこで、耳小骨が登場するのです。
耳小骨はテコとして働きます。鼓膜での「振幅が大きくて弱い振動」をテコの仕組みで「振幅は小さくなるけれど強い振動」にかえるのですね。その強い力で卵円窓の膜を押し引きして蝸牛内のリンパ液を振動させるわけです。効率よく音のエネルギーがリンパ液に伝わるのです。
また、鼓膜の面積に対して、卵円窓の面積が小さいので、「広く薄い」エネルギーを「狭く濃い」エネルギーに変えてもいるのです。(これは外耳にも当てはまります。外耳道の入り口は広く、鼓膜の位置では狭い。エネルギーの濃縮が起こっています。)
「解剖生理学」高野廣子 著、南山堂、2003年
という本によりますと、
鼓膜は音(空気の振動)を受けて振動します。この振動は耳小骨によって20~25倍に増幅されて内耳に伝えられます。
耳小骨には、2個のきわめてちいさな横紋筋(鼓膜張筋とアブミ骨筋)が付いています。これらの筋は過度に大きな音(とくに振幅の大きな低音)を受けると反射的に収縮して内耳を保護し、微やかな音に対しては鼓膜を緊張させて、その振動を高める働きをもちます。
◆ほら、ここに「『メカニカルな』感度コントロール」が登場しました。
実物を見たことはないですが、この筋肉は糸のように細くて、人体の中で最も小さな筋肉だそうです。筋肉を縮めて、耳小骨の動きを制限して、大音響から内耳を守るんですね。
反射という仕組みで筋肉を動かしていますので、100ミリ秒程度の反応時間がかかります。そのために、あまりにも突発的な大音響には対応しきれないこともある、と聞いています。
◆どうもヒトは自分たちを「万物の霊長」とかいって、自分たちこそ進化の最先端の最も優れた生物だ、とうぬぼれがちなんですね。
とんでもない。地球上にありとあらゆる生物たちはみんなそれぞれの進化の最先端を生きているのですよ。これは忘れてはいけないことです。
で、自分たちの感覚は最高のものであり、ヒトの感受する世界こそ最高の世界なのだ、と思い込みがちです。
でも、人間の視覚の三原色より、鳥や魚や昆虫の色覚の方が広範囲だったり精細だったりします。紫外線は見えません。偏光も分かりません。
嗅覚は犬の方が圧倒的に優れています。
聴覚ではヒトには超音波が聞こえないというのはよく知られています。ゾウはヒトには聞こえない超低周波で連絡を取り合っています。
◆というわけで、コオロギの聴覚の感度コントロールメカニズムを知ると、なんだか、すごく優れ物に思えてきますねぇ。
ヒトの場合についてご紹介しました。
耳の構造についてはメルク・マニュアルを読んでみてください。
http://merckmanual.jp/mmhe2j/sec19/ch217/ch217b.html
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