粉の気持ち
こんな記事を読んだのです。
「凄腕つとめにん」(2011年6月20日付朝日新聞東京本社夕刊から)
TDK フェライト生産技術課成型技術係長 「粉の気持ち」とことん想像
電子部品である「フェライト」製造の技術者だ。「粉」とは、その原料となる酸化鉄などの細かい粉のこと。フェライトの作り方はこうだ。小さいもので長さ1ミリほどの、金属製の枠である「金型」に、粉を入れて押し固める。これを高熱で焼きあげる。
・・・
さて、そのフェライト。粉を金型にいかに均等に入れるか。金型をどんな形にして、どう圧力をかけるか。微妙な調整が、回路の中での安定的な性能を生み出す決め手となる。その質は、世界で競えるかどうかに直結する。
製品づくりの過程では、「職人芸」的な感覚が求められる。粉の気持ちになると、一体何が見えるのか。
「都会のラッシュの満員電車に、ドッと人が乗り込む。ドア付近だけじゃなくて、車内の奥まで均等に入ってもらうには、どう導いたらいいか。粉を人間にたとえて考えます」
・・・
「粉=生きもの」なのだ。
・・・
毎日、朝起きるとインスタントコーヒーを飲む。コーヒーの粉をビンからカップに移すとき、「最初に出てくるのは運動能力の高い粉。だから、おいしい」と納得する。風邪をひいて薬を飲むときは、袋などに入った錠剤をよく眺める。バランスが悪く見える薬もある。「ああ、粉の気持ちが分かってないな」と思う。
◆佐藤さんという方のお話です。1967年生まれ43歳の方です。
さて、私の読書経験の中に「物理の散歩道」という物理エッセイがあります。
雑誌「自然」の連載エッセイだったのですが、最初の単行本が出たのが
「物理の散歩道」ロゲルギスト著、昭和38年4月13日 第一刷発行、定価350円
1963年ですね。私は15歳の中学3年生かな。本を買って読むと奥付に買った日などを書き込むのが習慣なのですが、この本の書き込みは
1963.8.5 即日読了す。
こうです。
かなり背伸びした読書でした。でも興奮しましたよ。面白いのなんのって。
この本の第一部の最初の話が「つめこむ」という話です。
粉を詰め込む話です。おや、佐藤さんのお仕事と関係があるようですよ。かいつまんで引用しますと
つめる、つめこむ、充填する――
いろいろな言い方があるが、どうもここで書きたい話には<パックする>という英語を借用するのが具合がよさそうだ。
・・・
満員電車の話からはじめよう。「人間をパックするなどとは失礼な……」といわれそうだが・・・
混雑時にかぎって考えれば、東京の電車は、できるだけ人をつめこんで走るための道具だ。・・・
・・・
流れの傍観者として狡猾な優越感を味わうことができるのは、戸口の内側の両方の隅に立つ、X氏だ。
ここには流れの圧力はかからない。・・・
・・・
電車とホームの構造が現在の如くであるかぎり、乗車時にお客の一様充填を望むことは物理的に不可能なのである。
・・・
もっとも、一様充填は粉体や粒体をあつかう技術者がいつも頭をなやます問題の一つで、そう手軽には解決できない。
・・・
一様充填の問題の複雑さを物語るもう一つの例をあげてみよう。・・・錠剤の強さ(力学的な強さ)というのがあった。
・・・
打錠機というのは、本質的な部分だけを取り出してみれば、小さな<ウス>に顆粒を入れて、<キネ>でつきかためる機械だ。この機械で<打った>錠剤の機械的な強さにムラが多く、また、フチカケといって円筒面と底面との境がポロッと欠けた不良品の出る率がすくなくないというのが、当時その現場で困っていた問題だった。
・・・
賢明なる読者は、すでに、錠剤の問題と電車の戸口の問題との関連を看破されたことだろう。
・・・
ね、
「都会のラッシュの満員電車に、ドッと人が乗り込む。ドア付近だけじゃなくて、車内の奥まで均等に入ってもらうには、どう導いたらいいか。粉を人間にたとえて考えます」と佐藤さんはおっっしゃってますが、実は、佐藤さんが生まれる前にもう、考察していた物理学者がいて、中3の私はそれを読んで感激していたのですよ。
「流れるもの」の力学は流体力学といいますが、「粉の動き」は流れるようでいて、流れそのものではない。粉体力学になってしまうんですね。
小麦粉でもいいです、粉をジョウゴを使って別の容器に移したいとしますね。
大抵、詰まってしまう。いくら押しても詰まりは解消するどころか、硬く締まってしまう。
加えた力が粒の連なりを伝って横に逃げてしまって出口まで届かないんですね。
その「粒の連なり」の脇では全然力が働かないというのもある。それが満員電車のドアのすぐ内側の位置。いくら入り口で押しても、中まで人は詰まっていかないし、脇には楽してる人もいる。
錠剤を突き固めようとしても、力がそれると、きっちり詰まらないで、フチカケが起きる。
佐藤さんはフェライトの原料の粉を、如何に均一に金型に詰めるかが課題なのですね。
これ、同じ話なんですね。
懐かしかったな。新聞の記事を読んで瞬間的に物理の散歩道を思い出して、単行本を探し出しました。
佐藤さんはこの本のこと知ってるかな。
いやぁ、理科おじさんor理科爺さんの読書経験は古いですね。
当時、科学雑誌はポピュラーな「科学読売」、標準的な「科学朝日」、かなり高度な「自然」(中央公論)と3種類ありました。科学読売と科学朝日を購読していて、時々無理して背伸びして自然を読んでました。で、その連載エッセイが単行本になったので早速読みふけったわけです。その後の私の理科履歴の基盤になった読書でした。
寺田寅彦・中谷宇吉郎・ロゲルギスト、とある意味で続く物理エッセイの末に連なる者になりたかったな。
すごい背伸び、思い上がりでしたね。
で、当時刊行されていた三省堂の「高校生新聞」に一文を投稿したのです。
「ユートピア」とかいう題だったと思います。
満員電車に詰め込まれて粉体力学にしたがって行動して文句ひとつもない私たちは「己の分を知り、足るを知る」安分知足・礼をわきまえた人間なのだ。そんな理想的な人間が集い暮らすこの日本こそユートピアなのではないか。
という皮肉を込めたつもりの文章でしたね。これが採用されて、天狗になりました。いや青かったなぁ。{今は何色だ?}
とんでもなく懐かしくなってしまいました。
◆ところで、大震災で「流動化現象」というのが問題になりましたね。
砂粒が互いに接触して内部に空間を抱えたまま固まってしまう。上から地盤を押し固める力は、連なる砂粒を伝っそれて逃げてしまい、砂粒間の隙間をつぶすことができない。
それが地震の振動で砂粒が揺さぶられると隙間の空間がつぶれて、入っていた水があふれ出してくるのですね。
小麦粉を移し替える話。ジョウゴが詰まったら上から押しても駄目ですね。横からジョウゴを叩いて振動させると落ちていきますね。
同じ出来事なんですよ。
埋立地は上から押し固めたのではだめなんです。
振動を与えて隙間をつぶすように固めないとどうしても流動化が起きてしまうのです。
フェライトの原料の粉を詰める。
満員電車に人間を詰める。
錠剤が欠けないように粉を詰め固める。
流動化が起きないようにつきかためる。
同じようなタイプの現象なのだということがお分かりいただけたでしょうか。
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