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2011年5月19日 (木)

3世代

朝日新聞の夕刊に、[彩・美・風]というエッセーがあります。その5月11日の分に大竹昭子さんが次のような文章を書いておられました。

   

過去へ連れゆく写真の力
 母方の親戚一党が客間に勢ぞろいし、記念撮影した写真が残っている。大正末期に祖父の家で撮られたもので、写真屋さんがきたらしく、みんなしゃちこばって前を向いている。いちばん端で白い産着に包まれ若い男性の腕に抱かれているのは、赤ん坊のときの母である。
 この写真を最初に見たのはいつだっただろう。まだ小学生のころではないか。「これだれ?」と尋ねて、「お母さんよ」と母が答えたとき、とても困惑したのを覚えている。
 だれの場合でも、ふにゃふにゃだったころの写真を見せられれば驚く。だがその写真に感じた違和感は、それよりももっと奥深い、自分の実存が危うくなるような感覚だった。お母さんが赤ん坊だったら、私はどうなるの? という理屈にならない問いが湧いてきたのだった。
 この赤ん坊が大きくなって、結婚し、私を生んで育てたということは、頭でわかっていた。でもそんな説明では、そのときの理不尽さは消えなかった。
 子供にとって、母親は生まれたときから母親である。いま自分がここにいるという根拠は、母が母であるという事実によって保証されている。
 その母が生まれたばかりの赤ちゃんで写っているのが、なんとも居心地が悪い。どこかの見知らぬ赤ん坊のようだ。本当にこの子が大きくなって私を生んだのだろうか。そう思うと、ひとつ歯車がちがえば、自分がこの世に存在しなかったような不安が頭をもたげてきた。それは母が「私が赤ちゃんだったころにね」と口で言ったときとはちがう、実に奇妙な感覚だった。
 写真は過去のある一点に見る者を連れて行く。そのとき私は、自分が生まれるという筋書きが、まだどこにも書かれていなかった時点に、引き込まれたのだろう。写真がはらんでいる時間の恐ろしさにうろたえたのだ。

◆自分の母親が赤ん坊だったという写真に困惑し、「自分の実存が危うくなるような感覚」を覚えていらっしゃいます。
 「ひとつ歯車がちがえば、自分がこの世に存在しなかったような不安」と言っておられますが、私のようなタイプの人間には、当たり前のことのように思えます。私が今ここに存在しているということは、全く単なる偶然に過ぎないと思っています。たまたま、こうして生まれてきましたが、別に私が生まれなければならない必然性などどこにもないと思われます。
 「ひとつ歯車がちがえば、自分がこの世に存在しなかった」というのはごくごく当たり前なんですけどね。
 どうも、私にはそういうタイプの感性がない。
 もう少し別のところに大いなる驚きを覚えるたちです。

◆生物は子孫を残さなければならない。
 話を動物に限っておきましょう。話が拡大しすぎないように。
 動物の成体が現実体として今ここにあるとします。
 この動物が子孫を残すためには可能体としての生殖細胞を持っていなければなりません。
 動物は現実体として生きながら可能体としての生殖細胞を保有して、「2世代」が重なり合って同時に生きています。
 さて、ヒトは哺乳類です。ですから、子を子宮の中で育てます。

 想像してみてください。
 お腹の大きな妊娠中の女性。その女性の子宮の中には「子」が成長中です。その「子」はすでに現実体ですね。出生前ですが個体性は当然持っています。そしてその「子」の体内にはその「子」にとっての可能体である生殖細胞があるのです。
 どうでしょう、3世代が重なって同時に生きているのですよ。
 こういう事実こそ私にとってくらくらするほどの驚きをもたらします。
 女性は妊娠中に、自分の孫までを重ねて、3世代の同時存在として生きているのです。
 男性にはそういうことはありません。あくまで2世代の重なりしかありません。

 すごくありません?想像したことありました?3世代が重なっているなんて。

 もし、自分のおなかの大きな祖母が母を妊娠中だったという写真があったらすごいですね。
 祖母がいて、その体内に母がいて、その胎児である母の中に将来自分になるべき卵細胞がある。
 女性って、やっぱり男性をはるかに超える存在ですね。

◆ちょっと発生学の本を開いてみましょう。
発生学アトラス」Ulrich Drews 著、塩田浩平 訳、文光堂、1999年

原始生殖細胞(始原生殖細胞)の遊走
 第4週に、原始生殖細胞が、卵黄囊から背側腸間膜を通って未分化な性腺原基へ移動する。これらの細胞は、遊走しながら有糸分裂によって増殖する。

胚子期の生殖細胞
 卵祖細胞の数は、胎生5カ月に最大(700万)に達する。この時期まで増殖した後、卵祖細胞が第1減数分裂をはじめる。卵細胞の周囲に卵胞細胞ができて原始卵胞が形成された後、第1分裂が停止する。原始卵胞にならなかった卵祖細胞は、死滅する。精巣の原基では、原始生殖細胞が精祖細胞として精巣索の中へ取り込まれ休止期に入る。

出生時の生殖細胞
 卵巣では、卵細胞が原始卵胞の中にあって、第1減数分裂の前期(網糸期)で停止している。精巣では、精祖細胞が、緻密な精巣索の中で、減数分裂をはじめる前の状態で停止している。

思春期における分化
 卵巣には、なお4万個の卵細胞がある。各月経周期ごとに、数個の卵細胞が分化をはじめる。対合していた染色体が伸びる(ランプブラシ染色体)。胚が発生をはじめるのに必要なmRNAが転写され、卵細胞の細胞質に蓄えられる(母体因子)。第1減数分裂が排卵直前に完了し、第1極体が放出される。すぐに第2減数分裂がはじまるが、それも分裂中期で停止する。この段階で排卵が起こる。精巣では、思春期になってから、精祖細胞が再び増殖をはじめる。一定回数の有糸分裂を経た後に減数分裂と精子への分化がはじまる。
 {ブログ著者註:精祖細胞は6回の有糸分裂を行ってから減数分裂をします。4回目の有糸分裂をした精祖細胞の一部は、精子発生過程から外れて、再び休止期の精祖細胞に戻ります。これによって、精子発生の幹細胞がなくならずに一定数が保たれるのです。}

受精
 卵細胞に精子が接すると、第2減数分裂中期のブロックが解除される。その結果、引き続き第2分裂が進行し、第2極体が放出される。

接合子
 男性前核と女性前核ができた後、それらが互いに融合して新しい接合子ができ、ここに胚の発生がはじまる。

 いかがでしょう?
 生殖細胞というものは生物にとって、とてつもなく大事なものです。発生中の激しい増殖や分化の嵐から生殖細胞を隔離して「なににもならない」という形で生殖能力を確保します。
 現在の生殖医療と称するヒトの行為に大きな疑念を持ちます。やれることと、やっていいことはちがうだろ、といいたい。38億年もの「継続」を果たしてきた生物の生殖に、思い上がってうっかり手を出すと、生物としての大きな打撃・しっぺ返しをくらうことになるのではないかと危惧します。

 女性の場合、胎児でいるうちに減数分裂を途中まで進めてから停止させ出生を迎えます。まだ減数分裂の後半が残っているとはいえ、その卵細胞が授精すれば次世代になり得るという意味で、ある種の個体性がすでに卵細胞にはあります。
 男性の精祖細胞は、分裂して増えてから更に減数分裂して個々の精子になりますので、精祖細胞の時点ではまだ個体性はないと言っていいだろうと考えます。
 ですから、「妊娠中の母親の体内の胎児が既に持つ可能体としての次世代」といっても、その胎児が女児か男児かで、3世代目の個体性のあり方には大きな違いがありますね。
 女児を妊娠した時に3世代のオーバーラップが際立つわけです。
 つくづく女性ってすごい存在です。男にはどうしようもない。絶対に太刀打ちできない現実です。

◆こういうことに、私はくらくらし、めまいのような感動を覚え、もしほんの一端でもその感動を生徒に伝えることができれば、と生物の授業をしていたのです。

◆派生的に書きたいことがまだいくつかありますが、長くなりました。ここでいったん切ります。

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