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2011年3月 8日 (火)

煮らるる貝

2011.3.7付 朝日歌壇より
数分後煮らるる貝はゆつくりと向き変へてをり春灯の下に:(横浜市)笠松一惠
 永田和宏評:一寸先の死を知らぬからこそ生きていられるのは人も同じ。

生き物を食う、ということは相手の死を食う、ということでしょうか。
動物として、体の「真の内部」には絶対他の「生きもの」を入れるわけにはいかない。
{消化管「内部」というのは実は体の「外部」です。}
必ず、殺して、分子レベルまで細かにしたものしか「体内」には入れない。それが「消化」「吸収」。
私たちは通常食べる側にしかいません。
せめて、死んだら地球上の生物たちのために体を構成していた物質を還したいですね。
そいういう意味で、できれば土葬を好ましいと思う私です。私の体を食い、腐らせ栄養にしてごく局所的ではありましょうが、その場の生態系に還元されたい。
そんな夢があります。
「夢は必ずかなう」ってどなたか励まして下さいませんか?{これはもちろん、強烈なな皮肉です、悪しからず。

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