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2011年3月

2011年3月31日 (木)

ヒメフンバエ

0318_4himehunbae 2011.3.18
光線の具合が悪くて黒っぽくなってしまいました。
ヒメフンバエだと思います。
以前、何かカビのようなものに寄生されたヒメフンバエを見かけたすぐ近くです。
あれは、雨の日に流されたようで、今はありません。
生ゴミのコンポストもあるので、腐敗物系のハエもいろいろいます。
でも、昔、私が子供の頃のハエの多さに比べたら、いないも同然ですけどね。
汲み取り式の便所でしたからもう、ハエ天国でしたもの。

●話がそれていきますが。
「蝿帳」って知ってますか?
「蚊帳(かや)」ならご存じでしょ。
「はえちょう」「はいちょう」とかいってました。
金網を張った直方体のボックスです。調理済みで、食卓に出す前の食品を蝿から守ったり、ちょっとだけ保存したりするときに使いました。
食卓に配膳してから、食事になるまでの時間の蝿の監視役は私ら子ども。
団扇やハエ叩きを手に、守るんですが、まあ、ハエが食品にとまるのを完全にブロックするのは無理ですよねぇ。
でも、食べちゃうんです。
でも、大抵は大丈夫なんです。
人間って、結構タフにできてるものなんですよ。

ハエ・アブat桜桃

0318_1hae 2011.3.18
玄関ドアを開けたとたんに、お、虫さんたちだ!
大きな黒いハエがいます。
でも、蜜に関してはプロじゃないなぁ。
花の外側を舐めてますよ。
0318_1hosohirataabu1
そこいくとホソヒラタアブはやっぱりハナアブ科だもんなぁ。プロです。
オシベを一本抱え込んで、花粉を舐めています。
0318_1hosohirataabu2
ふわっと飛びあがったかと思うと
0318_1hosohirataabu3
また次の花へ。
両の前脚でオシベをつかんでいるのが見えますね。
こうやって熱心に授粉をしてくれています。
きっと美味しいサクランボが熟すことでしょう。
「アブ印チェリー」とでもしましょうか。

{「アゲハ印ナツミカン」を今食べてます。}

虫さんありがとう。

桜桃

0317_6outou1 2011.3.17
時間の経過を写したい、という試みを続けています。
左から右へ。時の流れを味わって下さい。
0317_6outou2
開花するとほとんど白いんですが、つぼみや、開きかけの時は淡いピンク。
なんともいえない色合いですね。

センリョウ

0317_4senryou1 2011.3.17
見慣れているはずのセンリョウなんですが、あれ?こういうふうだったっけ。
0317_4senryou2
なるほど、こうなるのか。
0317_4senryou3
あっちこっち、みんなこうでした。
見てるつもりで、見てなかったんだなぁ。

花束

0316_14bara 2011.3.16
詳しいきさつは省略。妻が大きな花束の小分けにしたのを頂いてきました。
居間に飾ったのですが、初めよい香りだと思っていましたが、だんだん辛くなってきた。
きつい香りはかえってリラックスを妨げる。
で、ごめんね、と玄関に飾りました。
その一つ、ゴージャスなバラですね。
赤と黄色。見るからに豪華。

0316_14freesia
真っ白なフリージア。

0316_14kasumisou
花束の定番(私は「じょうばん」と読みたい)のカスミソウ。
0316_14kasumisou2
近寄って見たことはなかったのですが、こういう花だったんだ。
八重だけど、メシベもオシベもあるようですね。

花束の定番なんですが、実はこの花の匂いがちょっと悪臭っぽい。
酪酸のにおいかな。(シーシェパードが捕鯨船に投げ込んだ悪臭物質というのが酪酸でしたね。)
「酪」という字でわかるように、牛乳が腐った時の悪臭ですね。
で、赤ちゃんって、おっぱい飲んで、乳臭いんですが、ちょっぴり発酵臭もある。
そこで「ベビーズブリーズ」(赤ちゃんの吐息)というような名前もあるんですね。
ネットで検索していたら「赤ちゃんの息」ではなく「赤ちゃんのおもらし」っぽいという話題もありました。ナルホド。

赤ちゃんだから、許す。

タネツケバナ

0316_11tanetukebana 2011.3.16
タネツケバナだと思うんですが、ミチタネツケバナとの識別がきちんとできているとは思えなくって。
いっぱい立っている棒のようなものが実です。
ちいさいのですが、なかなか壮観ですね、こうやって眺めると。

ムクゲ

0316_10mukuge 2011.3.16
ムクゲの芽が緑色を帯びてきました。
なかなか思うようにくっきりした写真が撮れません。

むくげ、むくげ
無窮の花
窮り無き自然の力に
窮り無きいのちのちからを
             崩彦

ハコベ

0316_7hakobe1 2011.3.16
ハコベ、でいいんですよね。
ミミナグサとは識別できているつもりなんですが、コハコベ、ミドリハコベ、ウシハコベとくると、どれがいわゆる「ハコベ」なのか、全然自信はない。
0316_7hakobe2
葉や茎を含めた全体像の写真がとれていませんね。

はこべ【繁縷】
ナデシコ科の越年草。山野・路傍に自生。高さ15~50センチメートル、下部は地に臥す。葉は広卵形で柔らかい。春、白色の小五弁花を開く。鳥餌または食用に供し、利尿剤ともする。春の七草の一。あさしらげ。はこべら。
[広辞苑第五版]

そう、子供のころ飼っていた鳥にハコベを与えたつもりなんですが、どういう草だったのか、なんだかもう、おぼろになってしまったな。

2011年3月30日 (水)

ビワ

0316_6biwa 2011.3.16
花が終わって、実の成熟期に入ってきましたが、葉の方も、今年の新芽が立っています。
右の方にはかなり長けた葉。
今度はこれらの芽が成長して、光合成をし、茂っていきます。
新芽が立つのは佳い眺めですね。

ジンチョウゲ

0315_13jintyouge 2011.3.15
今年はじっくりこの白い花と付き合っています。
昼の散歩で一回りしてきて、最後に玄関前のこのジンチョウゲの隣に座り込んで、日向ぼっこするのが気持ちよくってねぇ。
大分黄ばんできましたが、香りはすがすがしい。
私たち夫婦にとってちょっといわくつきでしてね、大切な木なんです。
ありがたいことです。

ツバキ

0315_9tubaki 2011.3.15
まだまだ咲き続けるツバキ。
こんなにいっぱい咲いて、栄養不足にならないのかと心配になるほどです。
あんまりこってりした花より、こういうシンプルな方が気分的に楽ですね。
結実の割合も高い。いっぱい実がなります。きっと鳥が食べて、どこかに蒔いているんでしょうね。鳥の種蒔きというのはすごいからなぁ。

ハゼノキ

0315_8hazenoki 2011.3.15
ハゼノキの芽が開いてきました。
線路の柵のところなのですが、やたらと成長が早くて、「木」になりそうだったので、思いっきり切りつめてしまいました。大きな木を生やすわけにはいかないし、ハゼノキにはかぶれる人がいますから、あまりのびのびさせておくわけにもいかなくって。幸い私も妻もぜんぜんかぶれないんですけどね。
それでも、芽が伸びてきましたよ。低い丈で我慢してもらうようにしましょう。

クルミ

0315_7kurumi 2011.3.15
正確にいうとオニグルミでしょうか。
枝の先端の芽が膨らんできました。
毎年、蛾の幼虫にやられながらも、生き抜いています。
去年は暑すぎたからなぁ。今年が穏やかな天候でありますように。

オタマジャクシ

0315_2otama 2011.3.15
カエルの発生に対する温度の影響というものを、痛感しました。
室内で飼育しているヒキガエルのオタマジャクシは3.30現在後肢が出ています。
池のオタマジャクシの方は上の写真から15日経って、やっとちょろちょろ泳ぐオタマジャクシになっています。
屋外で、低温下での発生にはずいぶん時間がかかりました。もうダメなのか、と心配していましたが、着実に発生は進行しています。
すごいなぁ。
毎日池を覗くのが楽しくって。
4,5年前に卵から飼育して親になって、成熟して産卵に来て、孵化してという状況。
なんだか、嬉しくってね。
家族が増えたみたいで、いいもんです。

桜桃

0315_1outou1 2011.3.15
いきものはいいよなぁ。
心が洗われる。
0315_1outou2
開きかけたつぼみの可憐さ。
なんともいえません。

人間がからむとどうも話がねじれてくる。

[高橋睦郎 花を拾う]蜂(2011/3/26)
 蝶にとって花は蜜を吸うための存在だが、花にとって蝶はおしべの花粉をめしべに着けて生殖を援(たす)けてくれる貴重な存在だ。花に対して同じような相互関係を持つものに蜂がある。ただし正確には蜜蜂、花蜂のたぐいで、それ以外に葉を食う葉蜂、蜜蜂や昆虫を襲う肉食性の蜂など、蜂の世界は変化に富んでいる。
 蜂は蝶のように美しくはないが、昆虫の中でも最も知能が高いといわれ、女王蜂・雄蜂・働き蜂と分かれて数万匹単位の整然とした社会生活を送る蜜蜂などの生態は神秘的でさえある。・・・

花とチョウ、アブなどは一緒に生きているんですよ。共進化。一緒になって進化してきたんですよ。どっちかが一方的に相手を「使役」するんじゃないんです。共に生きているんです。
蜂は蝶のようには美しくない、って!!??
蜂を見たことがないんですね、可哀想に。想像力の欠如。
蜂の美を知らないなんて、まったくかわいそう。
色がきれいなものしか美しく見えないんですね。

ヒラタアブなどが、花を訪れて、おいしいよ、といって花粉や蜜を舐めていきます。
アブが来た、なんていうと、不快になったりするんだろうなぁ、困った人たちは。

なんだか、前の記事で、私の心がささくれだってますね。ごめんなさい。
0318_1hosohirataabu1
ほらね。おいしそうでしょ。ホソヒラタアブです。

花もアブも、純粋な「心」の持ち主です。

気持ちが「切れそう」です

大震災の4日後。朝日新聞の文化欄にこんな記事が載りました。

 「東日本大震災」を詠む 短歌・俳句緊急募集(2011.3.15)
 東日本大震災を詠んだ短歌・俳句を緊急募集します。今回の大災害を受けて詠んだ作品であれば結構です。
    <白梅や天没地没虚空没>
 1995年1月の阪神大震災で94歳で被災し、九死に一生を得た俳人の永田耕衣さんが震災後に作った句です。短歌や俳句を通じて、多くの方にメッセージを伝えてください。
 応募方法は、自作の作品をはがきで。住所または連絡の取れる場所、氏名、年齢、できれば電話番号を明記のうえ、〒104・8011朝日新聞東京本社文化グループ「東日本大震災を詠む」係へ。随時受け付けています。

このとき私は「なんで?」と強く疑問を抱きました。何に対してでしょうか。
「はがきで」というところなのです。
だって、葉書でと言われてしまったら、被災した人は避難所から葉書に書いて投函なんてまずほとんど無理じゃないですか。郵便局だって被災しているはずなんだし。
葉書にこだわるということは、被災者の生の声は受け付けないよ、ということになりはしませんか?「メールも可」なら、普段からメールを使っている若い人だけではなく、年配者だって若い人に頼んで投稿してもらうことだってできるでしょ。
被災し、避難所にあっても、投稿できる。
押しつぶされそうな心を、歌や句に表現することで解放できる。
ある種の「心の支援」にだってなれるんじゃないですか?

で、大震災後初めての朝日歌壇・俳壇は3月21日に掲載されました。
このときは震災関係の歌や句はありませんでした。
せめて、「今回掲載分の作品の選考会は○月○日に行われたもので、震災に関わる俳句・短歌は掲載できませんでした」などの注があってしかるべきだったと思うんですよ。
なんにもない。かなり無神経なことでした。
また、歌壇の下の、担当者コラムにも大震災への言及は全くない。「東日本大震災を詠んだ短歌・俳句を緊急募集します」ってのを15日に出したんですから、当の歌壇・俳壇欄で何か書いて当然だと思うんですけれど。配慮がないですね。

さて、3月28日(月)11面の朝日歌壇・俳壇面では、歌壇に震災関連の短歌が約半分あり、俳壇には震災関連は皆無でした。その震災関連の短歌も、おそらくは被災者ではない。テレビなどのニュースで災害を見たりして「心揺さぶられた」作品が多いと思われました。被災者の声は掬い上げられていないと思われます。
歌壇下の担当者コラムには

 被災地からの詠 強い意思に敬服(3/28)
 例年なら、朝日歌壇にも淡い、だが確かな春の気配が漂う季節だ。開花、木々の芽吹き、かたや子や孫の卒業、進学、就職を伝えつつこもごもを思いうたう作品が並び心なごみ侯。
 そのはずだったのだ。しかし3・11を挟んで届いた投稿歌が選歌対象となった本日の朝日歌壇は、つらい。どの選歌欄も、不安、おびえ、かなしみ、苦しさ、えたいの知れない冷たく湿った硬い叙情に覆われている。
 万人が共有した3・11の衝撃を物語る投稿は、今も、日ごとに、さらに増えている。深手をおった被災地からの詠も交じり始めた。想像を絶する苦境にあって、必死に自分を保つ言葉を探し表現した歌がある。その強い意思に敬服する。
 筆跡に、作者の無事を確認してすこし安らぐ。気丈に持ちこたえる人々の存在は、希望の拠(よりどころ)だ。はがきを運んでくれる配達の方々のがんばりに感謝する。

こうです。肉筆を読めるのは担当者だけ。読者は活字化された作品を鑑賞するんですよ。「筆跡」がそんなに大事ですか?被災なさった方々への「心の丈を吐きだして下さい」というメッセージは皆無ですね。情けないなぁ。「被災した郵便局」への想像力もない。想像力不足。

同じ28日の12面の文化欄では
「被災地へ希望を詠む 1300句から4選者が選ぶ」と題して俳句が掲載されています。
 「東日本大震災を詠む」俳句を緊急募集したところ、多くの投稿が寄せられた。これまでにいただいた約1300句の中から、朝日俳壇選者4人が特選を3句ずつ選んだ。
とあって、句が掲載されましたが、選ばれた句の作者のご住所を見る限りやはり被災者の生の声ではないと思いました。

引き続き、俳句と短歌を募集しています。はがきに自作を書き、住所または連絡の取れる場所、氏名、年齢、できれば電話番号を明記し、〒104・8011朝日新聞東京本社文化グループ「東日本大震災を詠む」係へ。

こうあって、やはり「はがき」にこだわっています。
昨日、こんな記事が載りました。

行き着くところは涙しか…福島の詩人、ツイッターで発信(2011年3月29日19時5分)
 福島市在住の詩人で、中原中也賞受賞者の和合亮一さん(42)が、インターネット上のツイッターで東日本大震災の状況を発信している。140文字以内の投稿はこれまでに約650。心を揺さぶる「つぶやき」に、多くの人たちが呼応している。
 和合さんは福島県立保原高校(同県伊達市)の国語教師。地震が起きた11日は同校で入学試験の判定会議中だった。教師になって初めての赴任先は県沿岸部の南相馬市にある相馬農業高校。それだけに地震、津波、原発事故に襲われた浜通り地方への思いが人一倍強い。
 「何か、言葉を発することで役に立てることはないか」。「詩の礫(つぶて)」と命名し、16日に最初の約40作品を載せた。《放射能が降っています。静かな静かな夜です》《この震災は何を私たちに教えたいのか。教えたいものなぞ無いのなら、なおさら何を信じれば良いのか》《行き着くところは涙しかありません。私は作品を修羅のように書きたいと思います》
 翌朝、和合さんのツイッターをフォローする人は500人ほどに。さらに投稿すると次々と増え、28日時点で約4500人になった。
 読んだ人からはすぐに反応がくる。「新宿で飲んでいたが、今、帰ってきて読んでいます」「テレビの情報ばかり見ていると不安になる。この詩を見てホッとした」「心が折れそうになっていたが、進むべき道が見えてきた」……。
 作品は長野や福岡のイベント会場などで紹介されたほか、「東北を元気づける曲の作詩をしてくれないか」「この震災のドキュメント雑誌を作りたい。その中でこの詩を使わせてくれないか」「英訳して海外で紹介したい」といった申し出もきている。
 「休みの日は1日20時間机に向かっていた。自分も書くことで気持ちが立ち直ってきた。多くの人がちゃんと読んでくれている。今は、やめられない」と和合さんは言う。
 ツイッターのアカウント名は「wago2828」。URLは「http://twitter.com/wago2828 」。

詩人の生の声・詩が果たす役割について、積極的に評価していますよね。
だったら、なぜ、被災者の生の声、呟きにもにた俳句・短歌を評価しないのでしょうか?

朝日歌壇・俳壇のあり方そのものに疑問を抱いてしまいました。
今日はこんな記事もありました。

郵便局132局が流失・浸水 死亡・不明者は計59人(2011年3月30日11時24分)

 日本郵政グループは30日、東日本大震災の被害状況を発表した。郵便局は、簡易局も含め東北や関東地方の132局が津波で流されたり浸水したりする被害を受けた。死者・行方不明者はグループ社員だけで53人、簡易局関係者を含めると計59人にのぼる。
 郵便局や簡易局は、岩手、宮城、福島3県で計1423局のうち127局が壊れたり浸水したりした。うち、77局は地震で壊れるか津波に流されるなどして全壊。郵便物の仕分けなどをする郵便事業会社の集配センターは、宮城や岩手で13カ所が全壊したほか、3カ所で浸水被害があった。集配車とバイクは計431台が使えなくなった。
 30日現在、郵便局は岩手、宮城、福島の215局(簡易局含む)が営業を停止。避難所などに車両型の移動郵便局15台を配置し、通帳やカードが無い場合でも20万円を上限に貯金を払い戻すなどの対応をしている。
 郵便は、集配センターが使えなくなった地域では近くのセンターで代替したり、公民館などの施設を借りたりしている。受取人が避難所にいる場合は、自治体の避難者名簿を活用するなどして居場所を確認できれば最大限届けているという。宅配便ゆうパックは震災後にサービスを停止していたが、東京電力福島第一原発周辺などの一部地域を除いて再開した。
 全壊を免れた郵便局や集配センターは順次営業を再開しているが、全壊した郵便局などは全く復旧のめどが立っていない。

ほらね、葉書にこだわっていたら、被災者の生の声は聞き取れない、と私はいったじゃないですか。
事実上、被災者を排除した短歌・俳句の募集になってしまっているではないですか。
それはないでしょ。

今年の2月の毎日新聞です

発信箱:メール投句
 毎週日曜は「毎日俳壇」を読む。少なくとも、選者の「評」がついた句は必ず。暦の上ではもう春。早春、春浅し、冴(さ)え返る、余寒、春寒……これからの季節を表す季語がこんなにある国で生きる幸せ。大雪の地方の方には申し訳ないが、晴天続きの関東ではもうウメが咲き始めてうれしい。
 数年前に前橋支局長をしていたころ、群馬版の俳句欄の責任者として句会に呼ばれた。あのころからだろうか、俳句欄が楽しみになったのは。つくろうと思い始めると、世の中の見え方が違ってくるから不思議だ。花壇の隅っこや枯れ木の枝先、風の音にも注意がいく。あるときの句会で「支局長、投句をメールでも受け付けてくださいよ」と言われたことを思い出した。私は即座に断った。理由は特にない。俳句と電子メールが結びつかなかったから。
 インターネットで検索すると、メール投句は当たり前だった。ならばと新聞の俳句欄を調べると、毎日と朝日はメール不可で、読売は可能毎日は短歌は可というのは発見である。若い層が多いからだろうか。ついでにいえば、ウェブサイトの英字紙「毎日デイリーニューズ」では英語の投句をメールで受け付けていて、これはこれでまた味わい深い。ネットだと、すぐに投句できるし、郵送費も要らない。俳句のファン層拡大に役立っているのだろう。
 それでも私は、何となく投句ははがきか封書で、と思ってしまう。支局時代、広告チラシの裏だったり、不自由な手で書いてある熱心な17文字をたくさんいただいた。手書き文字は「その時間」を封印しているように思えるのだ。自然と向き合い、一瞬ひらめいた感覚。その感動をそのまま刻むように残す作業のよう。メールの文字はみんな同じにみえて。分かっています、古くさいことは。でもなあ。(毎日新聞 2011年2月9日 0時19分)

繰り返しますが、手書き文字を読むのは担当者だけ。読者は、活字になった「詩の本体」を読むんです。手書きにこだわるのなら、葉書を写真にでもしてjpgファイルででも読者に提供すればいいでしょ。「これが手書きの味です」って。
なんだかピンボケなんですよね。

毎週、朝日歌壇・俳壇の作品を取り上げて感想を書いてきました。
なんだかその気持ちが切れてしまいそう。

選者はそれでいいんですか?同じように葉書の手書きにこだわっていらっしゃいますか?

長期間の後にどうなるかは自分でもわかりませんが、当面、崩彦俳歌「倉」は閉鎖します。
短歌、俳句だけじゃないしな、詩もいいかな。朝日にこだわることもないか。
想像力の欠如した「詩」の欄(詩の作者のことではないですよ、断固。あくまでも新聞社側への批判です)に、今はなんだかついていけそうにないや。心が疲れた。

2011年3月29日 (火)

ルリマルノミハムシ

0314_11rurimarunomihamusi 2011.3.14
真っ白なジンチョウゲの花に黒い点。
あれ?とのぞけば、やあ久しぶりだね。
ルリマルノミハムシ。ルリというんですが、黒ですよ、これは。
写真は撮りにくい。黒光りしてしまって、細部は描写できません。
後肢の形が特徴的なんです。両側へはみ出していますね、これが特徴。
成虫は花粉を食べる、とされています。ジンチョウゲの花粉って、食べがいあるかなぁ、ちょっと不審。でもまあ、確かによく花のところで見かける虫です。

昆虫も少しずつ増えてきました。

カランコエ

0314_10kalanchoe 2011.3.14
ゆっくり進むカランコエ。
0315_10kalanchoe
右の花が、翌日、ぽっ。

ゆっくりゆっくり。

ユキヤナギ

0314_8yukiyanagi1 2011.3.14
ユキヤナギの、滝が流れ落ちるような咲き方もすごいですが、このようなぽつりぽつりとした咲き方はまた、花の個性が際立っていいものです。
0314_8yukiyanagi2
どうしても、一つ一つの花を見たくなる。
清楚な花です。
流れは個からつくられる。
個も眺めてあげて下さい。

スイセン

0314_7suisen 2011.3.14
このスイセン、いいですね。
ミツバツツジのすぐそばに植えてある。
背丈は少し低め。
その周辺がぽっと明るくなったような感じがします。
例によって私の趣味で、つぼみから花へ、という変化を写したかった。
うまく「時間」を写し込めると嬉しいものです。

metastable

朝日新聞です

2号機水たまりの放射性ヨウ素、通常冷却水の1千万倍(2011年3月27日13時25分)

こういう記事が出た後

「放射能1千万倍」は誤り 東電、違う物質と取り違え(2011年3月28日0時42分)

こう変わりました。この記事には「1~4号機にたまった水から検出したとされる放射性物質」という表が付いていました。
その表の中に

テクネチウム99m
銀108m
テルル129m

などという、これまで見かけなかった「m」という記号のついた元素名があり、一応、注が付いています。

「mがつくものは同じ原子核の別の状態」

これが分かる人は、かなり核化学などに詳しい人ですね。
ほとんどの方はご存知ないと思います。
この「m」は「metastable」の頭文字のmです。
「準安定状態」といいます。
ウィキペディアを読んでいただくのがいいのですが
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E6%80%A7%E5%B4%A9%E5%A3%8A
部分的に引用すると

核異性体転移
    ITと略される。原子番号と質量数ともに同じで、エネルギー準位が異なるような二つの核種を、核異性体であるという。例えば、99Tcと99mTcは互いに核異性体である。エネルギー準位が高いほうは記号mを付けて区別するのだが、こちらは準安定状態(メタステーブル)であり、余剰のエネルギーを放出して安定になろうとする。エネルギー準位が高いほうの核異性体がガンマ線を放出して、より安定な方の核異性体に変化することを、核異性体転移という。放出される放射線はガンマ線であり、原子核の原子番号と質量数はともに変化しない。
    99mTc → 99Tc + γ (T1/2=6.01h)

最後の式はテクネチウムについての変化の式です。
比喩的にいえば「熱い」原子核とでもいうんでしょうか。
冷たい水も熱い水も、持っている熱エネルギー以外は全く同じですよね。で、熱い水は熱エネルギーを放出して冷めようとする。
メタステーブル核もそうなんです。エネルギー状態が高いんですね。ですから、そのエネルギーを放出して「冷めた」安定な=stableな状態に移ろうとするんです。そのエネルギー放出がガンマ線という形になるんですね。この変化の半減期は約6時間です。

このくらい書けば、多少はご理解いただけたと思います。少なくとも新聞記事の注よりはましなんじゃないかと思っているのですがいかがでしたでしょうか。

●こんな言葉、多分そう多くの方は知らない。ところが実は、不思議なところで私たちの生活に役立っているのです。
医療面でね。
骨シンチグラフィー」というものをご存知でしょうか。
乳癌、肺癌、前立腺癌などの治療前・治療後の経過確認するのによく行われます。
癌の骨への転移の有無の検査に有効なんですね。

理由は完全には分からないのですが、テクネチウムは骨に集まる。そこで、99mTcを注射します。3時間くらいかな、時間が経つとテクネチウムが骨に集まってくる。そして、そこでmetastableからstableへとガンマ線を出しながら変化するのですね。そのガンマ線を撮影して、骨の状態を知るわけです。

「370MBq~740MBq」ほどの量だそうです。
「メガベクレル」ですって。1秒間に370,000,000回もの壊変が起こるんですね。

資料は下のサイトです。
http://web.sapmed.ac.jp/radiolb/rt/kanja/RI/RI_bone.html
http://www.fmu.ac.jp/home/radtech/RI/RI_kensa1.html

●この99mTc、6時間で半減しますので、3日も経つと実質的に消滅してしまいますね。
(半減期の10倍の長さで約1000分の1で、実質的に消滅、と考えています。)
検査用の薬品として必要なのに作りおきがききませんね。
モリブデン99という66日位で半減する原子を輸入して、それを原料にして検査機関でテクネチウム99mに変え、すぐに検査に使うのです。
ですから、骨シンチ検査の予約をしたら、予約時間に絶対遅刻しないでください。
テクネチウム試薬がどんどん変化してしまうのです。このことは知っておいた方がいい。普通の検査とは違って、時間との競争になっていますので。

以前、モリブデン99はカナダの原子炉で作ったものを全面的に輸入していました。
それが、2009年の5月でしたか、カナダの原子炉がトラブルを起こして、輸入が停止してしまったことがあります。

モリブデン:医療検査用製剤の原料、輸入停止
 がんや心臓病などの検査に用いられる製剤の原料である放射性元素「モリブデン99」について、大手供給元のカナダ企業からの入荷が停止していることが分かった。生産拠点のカナダ原子力公社(AECL)の原子炉がトラブルで止まったためで、復旧には1カ月以上かかるという。放射性医薬品を販売している日本アイソトープ協会(東京)が26日、医療機関に注意を呼びかけ始めた。
 検査に使われるのは放射性元素「テクネチウム」で、モリブデン99から製造されている。世界のモリブデン99のおよそ半分を生産しているカナダ企業からの供給が止まった。
毎日新聞 2009年5月27日 2時30分(最終更新 5月27日 2時30分)

現在、どういう供給体制になっているかはよく知りません。事故は報道されるけれど、普通のことは報道されないものですから。
国内で供給できるようにするという話は聞きましたが、その後についての知見はありません。

事実判断と価値判断

昨日の朝日新聞夕刊です。

[コトバの記憶]「これは信念の問題ではない。客観的な状況判断の問題に過ぎない」加藤周一『羊の歌』(3/28)
 評論家の故・加藤周一氏の自伝的著書には、彼の思考法を象徴するエピソードがいくつもある。
 東大付属病院で働いていた時、日本軍の守る島に米軍が上陸したとのニュースをめぐり議論となる。「断乎敵を粉砕する」戸の報道に加藤氏が「そうはゆかないだろう、どうせまた米軍が占領するのだろう」とつぶやく。すると若い医師が「けしからぬではないですか」と怒った。
 加藤氏は戦況から判断し「今度の上陸も、失敗の見通しよりは、成功の見通しが大きかろう」と説明する。なおも「必勝の信念」を持ちだす医師に対して、引用の言葉ではねつける。島の日本軍が「おそらく敗北するだろう」という判断と「敗北することが望ましい」というのは全く別のこと、というのだ。
 狂気の時代にも、事実判断と価値判断の区別を貫いていた冷静さに学びたい。岩波新書。

前の記事の終わりで私はこんなことを書いています。

{別に東電や保安院の肩を持っているのではありません、為念。}
私の判断です。
私は気にしない、と表明している、ということです。

今回の原発事故で、いろいろ「解説めいた」ことをブログに書いていますが、それは原子力発電を支持・推進するとかいう立場の表明ではありません。
私は過去一貫して、原子力発電に対して懐疑的な立場で教壇に立ってきました。
なにも、生徒に「反対!」のように押しつけたのではありません。
公平、公正に、色々な事実を提示しながら、懐疑を表明してきました。

今回もそうなのでして、原子力に関する知識不足から不必要な恐怖感を生じたり、衝動的な行動に走ったりなさらないように、多少は知識を持っているものとして解説を試みているものです。

私の事実判断を提示することが基本です。
そのように理解して下さい。
価値判断を書くことは今は差し控えます。

そして、繰り返しになりますが、多少なりとも知識を獲得していただくことで冷静な事実判断を皆さん自身ができるようになるための足しになれたらいいな、と思っています。

プルトニウム

今朝、起きてきてテレビをつけたらNHKのニュースで「福島第一原発敷地内土壌 プルトニウム検出」というのを流していました。
燃料棒の破損でとうとうここまで来たか、と思いつつ聞いていると、

福島第一原発敷地内土壌 プルトニウム検出
福島第一原子力発電所で、敷地内で採取した土壌を分析した結果、今回の事故に伴って放出されたとみられる微量のプルトニウムが検出されました。
東京電力によりますと、検出されたプルトニウムの濃度は国内の通常の土壌に含まれる濃度とほぼ同じレベルで、人体に影響のあるレベルではないということです。
(中略)
 ・・・今回の事故に伴って放出されたとみられる微量のプルトニウムが検出されたということです。
東京電力によりますと、検出されたのは、プルトニウムの仲間でプルトニウム238と239、それに240の3種類でグラウンド付近の場合、このうちのプルトニウム238が1キログラム当たり、およそ0.54ベクレル検出されました。
この濃度は、国内の通常の土壌に含まれる濃度や、過去に大気圏内で行われた核実験で国内に降ったプルトニウムの濃度ともほぼ同じレベルです。
仮に同じ濃度の食べ物を1キログラム食べたとすると、被ばく量は成人の場合、50年で0.12マイクロシーベルトになります。
(中略)
経済産業省の原子力安全・保安院は「検出されたプルトニウムは通常、環境中に存在するものと同じレベルで、今回の調査で土壌を採取した際、近くにいた作業員や周辺の住民の健康に影響を与えるものではない。・・・」と話しています。
3月29日 4:30更新

というんですね。はぁ?環境中のバックグラウンドと同じレベルのものを「検出?」どういうことだ?と意味不明。バックグラウンドと同じなら別に何も言うことはないじゃない?
朝日新聞の朝刊

土壌にプルトニウム 福島第一原発敷地内から検出 微量、人体影響なし
 東京電力は28日、福島第一原子力発電所の敷地内で21、22日に採取した土壌から微量の放射性物質のプルトニウムを検出したと発表した。原子炉の核燃料が損傷して漏れ出した可能性が高いが、東電は「人体に影響のないレベルの濃度」としている。これまでも発電所から放出されたとみられるヨウ素やセシウムなどの放射性物質が見つかっている。プルトニウムは検出が難しく、時間がかかっていた。
 今回検出されたのは、プルトニウム238、239、240の3種類。東電は発電所の敷地内の5地点で土壌を採取。このうち1、2号機の排気筒から約500メートル離れた2地点で3種類すべてが検出された。検出量は最大で土壌1キロあたり計0・8ベクレル。
 3号機では昨年、プルトニウムをウランに混ぜた混合酸化物(MOX)燃料を一部に使う「プルサーマル」運転を始めた。ただ、通常のウラン燃料を使う原子炉でも運転中に燃料の中でプルトニウムが生成される。このため、どの号機から出たものかは不明だ。
2011年3月29日
 《解説》福島第一原発の敷地内で検出されたプルトニウムは、原発の燃料であるウランが燃えたときにできる放射性物質のひとつ。核燃料が損傷して、様々な放射性物質が敷地内外で検出されている中で、プルトニウムの検出も時間の問題と考えられていた。ただ、実際に燃料内部の物質が屋外で検出されたことは、事故の深刻さを示すものでもある。
 プルトニウムは自然界にはほとんどない物質だ。だが、1950~80年代の核実験で世界中に拡散、国内で今も微量に検出される。今回検出されたプルトニウムの濃度もほぼ同じレベルだったことから、プルトニウム自体が人体に与える影響はほぼないとみていい。原子力安全・保安院も「ただちに健康に影響をあたえることはない」と説明している。

なんだか分からないままでしたが、毎日ネット上で読売や毎日も読んでいるのでそちらをみたら
毎日新聞

福島第1原発:土壌からプルトニウム 建屋外にも汚染水
2011年3月29日 1時18分 更新:3月29日 3時5分
 ・・・
 大気圏核実験では主にプルトニウム239、240が大気中に放出され、238はほとんどないことから、東電はこの2カ所については今回の事故によるものとみている。
 ・・・

読売新聞

土壌からプルトニウム微量検出…福島第一原発
 東京電力は28日、福島第一原子力発電所の敷地内の土壌から放射性物質のプルトニウムを検出したと発表した。
 プルトニウムは過去の大気圏内核実験でも放出されているが、成分の特徴から東電は、今回の事故によってプルトニウムが外部に放出されたとみている。検出量はごくわずかで、人体には影響のないレベルだという。
 東電によると、21日午後から22日朝にかけて、敷地内の5か所から土壌を採取。日本原子力研究開発機構が分析した結果、プルトニウム238、239、240が検出された。
 このうち、敷地内グラウンドと固体廃棄物貯蔵庫前の2か所で検出されたプルトニウム238は、それぞれ乾燥した土壌1キロ・グラムあたり0・54ベクレルと0・18ベクレルで、国内で通常検出される量の最大約3・6倍。
 今回はプルトニウム239、240に比べて、原子炉の中で生成する238の割合が高い。同社の武藤栄副社長らは、「238は今回の事故に起因すると思われる」としている。
(2011年3月29日00時04分  読売新聞)

プルトニウム、燃料損傷の裏付け…健康影響ない
 ・・・
 今回検出されたのはプルトニウム238、239、240の3種類。数字は原子の重さ(質量数)の違いを示す。核兵器の原料として知られるのがプルトニウム239だ。いずれも、自然界にはほとんど存在せず、通常の原子炉内で運転した際に、ウラン燃料が変化して生じる。プルトニウムの半減期は最も長い239で、2万4000年。
 東西冷戦期の1950~60年代には核実験が多数行われ、その際にプルトニウムも大気中に放出されて、一部は放射性降下物として地上に降った。今回検出された量は、土壌中に含まれる核実験由来のプルトニウムとほぼ同じ。本来、土壌中のプルトニウムがどこから来たかの判別は困難だが、検出されたプルトニウムの種類の割合が、核実験時のものと異なる点から、原発由来のものと判断した。原子力事故では、97年3月の旧動力炉・核燃料開発事業団アスファルト固化施設爆発事故の後に、ごく微量の238が検出されている。
(2011年3月29日08時33分  読売新聞)

やっと分かりました。
同位体組成が違うんだ
バックグラウンドのプルトニウムは質量数が239と240がほとんどであるのに対して、今回は質量数238のプルトニウムが検出されたので、これは福島原発から出たものと判断できる、という話だったのですね。

申し訳ないが、報道機関としての「科学レベル」の問題かな。
NHKと朝日の担当記者は、ここのところを書かないと何も伝えたことにならない、ということに気付けなかった。
毎日と読売の担当記者は、ポイントを逃さず、出来事の意味を伝えることができた。

いろいろ読み比べていますとね、特に差が出るのは科学・技術問題ですね。
全般に朝日より毎日や読売の方が科学問題に関しての報道は質が高いように感じられます。もう50年以上も付きあっている朝日新聞ですが、残念なことです。

なんにせよ、大した量ではない。
「乾燥した土壌1キロ・グラムあたり0・54ベクレルと0・18ベクレル」
1kgの土の中で、1秒間に1回も壊変していないんです。
(Bqは壊変回数/秒です)

微粉末を吸い込んだりしないような注意は必要ですが、浴びる放射線が強いわけではなし、通常の生活で気にするほどのものではないと判断します。
バックグラウンドと同じなのですから。
パニックにはならないように、くれぐれもよろしく。
{別に東電や保安院の肩を持っているのではありません、為念。}
私の判断です。
私は気にしない、と表明している、ということです。

ミツバツツジ

0314_6mitubatutuji 2011.3.14
ミツバツツジ。
葉だけでなく、花も「三つ」を単位にしているようです。後ろにつぼみが二つ。
0315_4mitubatutuji1 3.15
満開。
0315_4mitubatutuji2
花の中に茶色いものがあって、なんだろう?と撮影したのですが。
これ、つぼみの時にかぶっていた茶色い帽子ですね、ご愛嬌。
0315_4mitubatutuji3
花の奥のほ~ぅにキラキラ光っているのは蜜でしょうか。
今の時期、チョウはほとんど見かけないし、ミツバチも見かけません。
花に潜り込むのはアブの仲間が多いようです。
彼らも立派な仕事人(虫?)ですよ。がんばってるんだからぁ。

ミチタネツケバナ(じゃないかなぁ)

0314_4mititanetukebana 2011.3.14
これ、なんでしょう?
3月11日付けで「タネツケバナ」を掲載しました。
で、この写真の花、花自体は全く同じです。
ただ、「姿」が違う。葉の形も。
小さなロゼット型をしていますでしょ。
ところが
0315_14tanetukebana1 3.15
前回もご紹介したベランダのプランターのものはこれ。
あまりロゼットになってないんですね。
0315_14tanetukebana2
根もとのところ。

なんだかなぁ、分からなくなってしまった。
いろいろ入り混じってあちこちいっぱいです。
どなたか、決定的な見分け方をご存知の方、いらっしゃいませんか。

2011年3月28日 (月)

桜桃

0314_1outou1 2011.3.14
何度も登場します(今までも、これからも)、桜桃。
いいでしょ。開きかけ、開き立て。
0314_1outou2
私ってやっぱりこういうの好きですね。
満開もいいけど、初々しくっていいなぁ。
0314_3outou1
といいつつ、おみごと。
0314_3outou2
パワフルな魅力全開。
でもって
0314_3outouabu
ホソヒラタアブが魅せられて参上。君の魅力にクラクラだ。
蜜も吸うのでしょうが、オシベの先端を舐めていることもよくあります。
花粉も食べられるのでしょうか。
虫好きにとっては最高のシーンですね。
桜桃もアブも、共に生きる仲間だなぁ、と実感しています。

キジバト

0313_12kijibato1 2011.3.13
柵越しにJRの土地の中のキジバトを撮影。
積もった落葉を掻き分けて中から虫を探しているのだと思います。
規則正しく、ザッ、ザッと音を立てています。
柵越しのせいか、ハトという鳥の個性か、あまり警戒しません。
頭を前後に振りながら歩きまわっています。
0313_12kijibato2
このアングルだと絶対ハトの視界に私は捉えられているはずですが、知るもんか、と無視されました。
冬眠中の虫をあんまり食べるなよな、と私はつぶやきながら、でもまぁ仕方ないなぁ、と引き下がりました。

ムクドリ

0313_8mukudori 2011.3.13
妙に堂々と、すたすたと、道を横切って「歩いて」いきました。
スズメのようにちょんちょん跳ぶのではなく、ハトのように頭を前後に移動させながらでもなく。
本当にスタスタ歩くという感じでした。歩幅も広いしなぁ。
何かくわえてますかね。よく分からない。

鳥は周辺にいろいろ居るんだけれど、鳥に対する関心の度合いが虫より低くって。あまりレンズを向けない私です。
なかなかの役者でした。

チョウの初見

0313_7kitateha1 2011.3.13
チョウが舞いました。
今年のチョウの初見は、キタテハでした。
線路内なので近寄れません。
肉眼的にはツマグロヒョウモンかと思いました。
線路の柵に寄りかかって精一杯腕を伸ばしての撮影。
0313_7kitateha2
パソコン画面で見たら、あれ違う。
「褄」が「黒く」ない。
翅の縁が滑らかではない。
これはキタテハだ、という判断です。
ツマグロヒョウモンだってタテハチョウ科なんですけどね。

目の前を舞ってはくれる、でも近づいてはくれない。で、このくらいの写真になりました。
春のチョウを愛でて下さい。

アリ

0313_6ari 2011.3.13
わたし、あんまり、アリをちゃんと識別していません。
クロヤマアリでしたっけ、これ。
今年の初見かな。
そろそろ巣穴を出て、食べ物を探しに歩き始めたようです。

これぞ「虫穴を出る=啓蟄」だなぁ。
春分まで残すところ15度という意味での啓蟄は3月6日でした。

太陽の位置は宇宙的なものですから共通ですが、虫が穴を出るのは地域ごとの気候に依存しますので、「啓蟄」という命名が、とてもよい、とは私は思っていません。土地ごとに年ごとに啓蟄は異なっていいと思っています。

コマバムツホシヒラタアブ

0313_2komabamutuhosihirataabu 2011.3.13
見慣れぬアブと出会ってしまいました。
ホソヒラタアブやクロヒラタアブとほぼ同じくらいの大きさです。
調べてみるとコマバムツホシヒラタアブ(コマバムツボシヒラタアブ)が近いなぁと思うんですが。典型的な写真と比較してみると、3対目の「星」がくっつきすぎのような気もする。もっとくっきり離れています、他所のサイトの写真では。
困った。
止まっているのは桜桃の木です。
まぁ、一応、表題通りとしておきます。
家の近隣ではほとんど常連ばかりになったかと思ったのは、思い上がりでしたね。
まだまだいろいろな種類の昆虫たちがいるらしい。
どんどんおいで!ブログに載せてあげるゾ!

オニタビラコ

0312_10onitabirako 2011.3.12
本来はオモトの鉢なんですが、オニタビラコとハハコグサが土の面を覆っています。
このオニタビラコがかわいい。
懸命に花を咲き継いでいる。
後方にしおれた前の花が写っています。
今の花は、なんだか姿が頼りない。

雑草と言われてしまいますが、キク科だよっ、と主張していますよね。
花の後には冠毛も出てくるはずなんですが、まだのようですね。待ちましょう。

知は生きる力

原子炉の状態は思わしくありません。強い放射線にさらされてしまうという事故も起きました。
それに伴って、放射性物質が放出されたり、庶民の生活圏での「放射線」も問題になります。

その時に「放射能は見えないから怖い」ということが言われますが、それって本当ですか?
食事で取る栄養素だって見えません。食中毒を起こす菌やウイルスだって見えません。花粉症を起こす花粉だって積もれば見えるけど、空気中を飛んでいるところなんか見えません。
「花粉って見えないから怖い」っていうでしょうか?
杉の花粉が飛んでいること、その花粉が目や鼻の粘膜に付着するとかゆくなり、くしゃみが出る。そういうことを知っているから、マスクをし、髪を覆い、滑りやすい服を着たりなど、対策をとり、更には薬の処方を受けて症状を軽減します。
「知っているから」「見えないけど」対処できるのですね。

食中毒は細菌で起きるから、消毒し、煮沸し、腐敗させないように保存して食べれば、避けることができる。原因を知れば対処法がわかる。

毎年インフルエンザがはやります。ウイルスは目に見えない。でも、ウイルスが原因であることを知っているので、マスクをし、手を洗い、うがいをしてウイルスの付着を避けます。
ワクチンを受けます。感染したらタミフルなどを服用します。
「知っているから」「見えないけど」対処できるのですね。

一昨年でしたか、「新型」インフルエンザがはやりそうになってきた頃、最初に感染してしまった人を「非難する」ような言動が出現しました。感染力が強いかもしれない、こちらに免疫力がほとんどない、といった新しい出来事ではありましたが、同じウイルス感染症なのにやたらと怖がる人がいた。なぜか?
「知識がないから」「見えないものが」怖い。といことだったのですね。

そうなると、日本人的な感覚ではある種の「けがれ」に対する恐れのような感覚が生じてしまうようです。
得体の知れない恐ろしいもの「けがれ」。
けがれに近寄りたくない、排斥したいという心理が働き始めてしまうのでしょう。
それは「知識がない」ために生まれてくるものです。
新型インフルエンザに関しては、徹底した手洗い・うがい・ワクチン接種などで大流行にならずに終わりましたね。知れば対処できる。
知ることは生きるための力になるのです。

放射線に関しても同じです。知らないから怖いんですね。
放射線は確かに細胞の遺伝子を傷つけます。
ですから、どんどん分裂して新しい細胞を生み出している活発に活動している細胞がやられます。
皮膚の真皮の部分で分裂している細胞。
造血幹細胞。白血球や赤血球やリンパ球などを作っている。
毛根の細胞。
小腸の柔毛を作りだしている細胞。
こういうのが被害を受けやすい。

癌の放射線治療を思い出して下さい。
その副作用:毛髪が抜ける、免疫力が低下するなどですね。
今回、強い放射線を浴びてしまった作業員の方に心配されたのが「ベータ線やけど」でした。皮膚を作る真皮の細胞が死ねば、新しい皮膚が作られない=やけど状態ですね。

いろいろ話し始めると止まらなくなるのですが、放射線の性質を知って、対処すればいいのです。

最近、学校で習う「知識」なんて役にも立たない、というような感覚を持つ人がいるようです。どうしてそんなこと言うのか、わかりません。
字が読めて、文字情報を自力で得られるのは教育のお陰でしょ。
想像力を働かせて、他人の痛みを知ることができるようになるのは知識のお陰でしょ。

「知は生きる力」なんです。

無知ではパニックになって生きることさえままならなくなってしまう。
きちっと落ち着いて対処できるためには、「生きた知」を獲得して下さい。

「けがれ」のような感覚が生まれそうなことに危惧を抱きます。
どうかそのようなことのないようにと祈って、知ることの大事さを叫びたいと思います。

土筆

0325_5tukusi 2011.3.25
東京では今日ソメイヨシノの開花宣言が出ました。
平年と同じですが昨年より6日遅いそうです。
東京は最高気温・最低気温ともにこの1週間程度平年を下回っています。
それでも、日中日差しがあれば暖かい。日差しのパワーは強くなってきました。
そんな中、我が家の庭の「池」のほとりにツクシが1本、出てきました。
毎年ではないんです、たまに顔を出す。
背景は池の底のビニールシートを押さえるための石です。
0326_5tukusi 3.26
翌日にはもうこうなりました。

うずうずしますね。
多摩川にはきっとたくさん生えているに違いない。
昨27日の日曜日、妻と二人で多摩川の土手へ行ってみました。
日当たりのよい斜面に結構生えていましたよ。
持参したポリ袋に採取。
年配の方が通りかかると、何ですか?とか、ツクシですか?と声を掛けられます。
若い人は、別に。ツクシが食べられるなんて、こんな所で摘んだツクシが食用になるなんて、ひょっとして知らないかもしれませんね。
うっかり者のわたくし、虫や花の写真を撮ってばかりで、肝心の土手に生えたツクシの写真を撮り忘れました。
でも、ちゃんと夕飯には、醤油味のツクシの卵とじを二人でにこにこと食しました。
そんなにほろ苦くはなかった。美味しかったですよ~。
もう一回くらい行きますかね。

春の味を堪能しました。

●ところでツクシの胞子って見たことありますか?
「弾糸」という糸が2本交差していて、その交差しているところに丸いツクシの胞子が乗っています。
この弾糸、湿るとくるくると巻き、乾くと伸びるんですね。乾燥した日に伸びた糸の揚力で遠くへ飛ぼうということでしょう。
顕微鏡で見ながら、息をハァと吐きかけると糸が巻き見ていると乾燥して伸びます。
その様子が、私のホームページ「案山子庵雑記」の「理科おじさんの部屋」で見られますので、ご紹介します。よろしければどうぞ。
http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/1st/sci_1.htm

http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/Movies.htm


2011年3月25日 (金)

ジンチョウゲ

0312_9jintyouge 2011.3.12
純白だった花びらが、少しずつ黄ばんできます。
でもいいんです。並んで日向ぼっこしていると、気持ちが安らぐんです。
昔、浜口庫之助さんの歌に「花とおじさん」でしたっけ、ありましたが、花とかかし爺さんですねぇ。優しい、よい花です。ありがとうね。つい声をかけてしまったりして。

東急多摩川線

0312_8tamagawasen 2011.3.12
地震の後も頑張る多摩川線。
通常、多摩川―蒲田間に5編成入っているのですが、4編成位に減っていますね。
80%の運行というのでしょう。
この線は短いけれど、学校なども多いので、この電車が頑張ってくれていることは本当にありがたいことです。

地震当日の11日、夜になってから運転を再開し、通常の終電時刻を過ぎても走らせていました。
黄色い服を着た保線作業の方が頻繁に線路を点検に歩きます。これは線路内。
今回、線路の柵に沿って、電車関係の構造物に被害がなかったかどうか歩いて点検している方にお目にかかりました。
長い棒の先にハンマーの先っちょのようなものを付けた棒を持って歩いていたので、点検ですか?と声をかけたら、そうです、多摩川駅を出て歩いてきました。これから蒲田まで歩きます、とおっしゃっていました。ひびが入っていないかと叩いて点検しながら行くのでしょう。大変な作業です。
ありがとうございます、とお礼を言って見送りました。

ツバキ

0312_6tubaki 2011.3.12
ツバキの花が変だ、と少し前に書きました。
蕾でいる時間が長くて、咲くときには傷んでしまっているという感じでした。
ここに至って、傷みのない花がどんどん咲き始めました。
蕾が開いて、すぐに散る、というこの花の本来の咲きみ方になってきたようです。
いっぱい咲いて、咲きすぎじゃない?大丈夫?というくらいに咲いています。
本来のペースに戻れてよかったよかった。

フタホシヒラタアブ

0312_5hutahosihirataabu1 2011.3.12
初めまして。
初めて見るアブです。
ホソヒラタアブに似ているけれど小さいんです。1cmあるかなしか。
キタヒメヒラタアブのような大きさとはいえますが、体が幅広いんです。
0312_5hutahosihirataabu2
ユキヤナギの花の蜜を舐めているのでしょう。
頭でっかちな感じもしますね。
0312_5hutahosihirataabu3
知らない虫のなんと多いことか。
こんな狭い範囲を歩きまわっているだけで、これだもんな。
広いフィールドに出たらすごいんだろうな。
そろそろ虫さんが姿を見せ始める予感がしますね。

ミツバツツジ

0312_4mitubatutuji 2011.3.12
ミツバツツジがもう弾ける寸前。
よい木を植えられました。通りかかる人も、お、そろそろだな、と足を緩めます。

ソメイヨシノみたいに、葉は全然ないですね。

クロヒラタアブ

0312_2kurohirataabu1 2011.3.12
クロヒラタアブが目の前でホバリングを披露してくれました。
色のせいでしょうか、ホソヒラタアブよりなんだか「重量感」がある。
0312_2kurohirataabu2
葉にとまって一休み。
0312_2kurohirataabu3
ふわっと飛び上がる瞬間
0312_2kurohirataabu4
そうして別の葉へ移動。

役者ですよね。見せ場がある。
ヒラタアブたちは結構目の前でこうやって飛翔を見せてくれます。
相性がいいのかな。おかげでいろんな写真が撮れます。
ありがとうね。

飲料水

3月23日に「ベクレル」という記事を書いていて、途中から「都内の浄水場から放射性ヨウ素 乳児飲用に適さぬ濃度」こういうニュースが入ってきました。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-3379.html

で、24日にはすぐ「いったん解除」になりました。

東京都、乳児の水道水摂取制限を解除(2011年3月25日0時59分)
 水道水から放射性ヨウ素が検出された問題で、東京都は24日、23区と多摩地区の5市に出していた乳児への摂取制限をいったん解除すると発表した。
 金町浄水場(葛飾区)で22、23の両日に採取した水から基準を超える放射性ヨウ素が検出されたが、24日朝は1キロあたり79ベクレルで、基準を下回った。
 都は、解除を決めた理由について、(1)放射性ヨウ素が前日の半分以下に下がっていて、今後、急増するとは考えにくい(2)基準を上回ったのは、大気中の放射性ヨウ素が溶けた雨が降ったことが原因――などとしている。
 ・・・

出来事というものは一直線に進むものではありません。上がったり下がったり、揺らぎを繰り返しながら全体として推移してゆくものです。
平年気温というものがありますが、ある日平年気温より高かったからといって、さぁ地球温暖化だ、低かったからといって、地球温暖化は間違いか、なんて騒ぎませんよね。

「基準」を上回った下回った、って騒いで、どうなるんですか。まだ全体像が見えてもいないのに。

・まず、基準値「100Bq」ですが、安全を見込んできつめに設定したものであること。
 で、決めるときには、そのあたりで「きりのいい値」にしたんでしょ。
 「100」という数値が独り歩きしてはいけません。
 この「100」という数値には「人間的な」任意性や判断が入っています。
 物理的な数値ではないということも知るべきです。
 危険があるとしてその危険の実態は何なのかを見極めながら対処しなければなりません。
 いちいちおろおろするなよな。大人は。
 赤ちゃんのために安全を図るのはいい。だったらその分、大人がそのリスクを背負うべきでしょ。
 大人が水を買い占めようなんてしてはいかんのです。成長が既に止まった大人は放射性ヨウ素をあまり気にしなくていいのです。
 また、食卓塩にヨウ素添加しなければならないような大陸のど真ん中に住んでいるわけではなし、ヨウ素は通常の生活でほぼ足りてますから、放射性ヨウ素が甲状腺に入り込む余地は少ないのです、日本の生活では。

・放射性ヨウ素はどのようにしてやってきたのか。
 原子力発電所から漏れ出たものではあります。
 じゃあ、発電所を中心としてあらゆる方向に拡散していった、というものでしょうか?おそらく違う。
 たとえ話:線香をイメージして下さい。線香の煙は線香の先端からまんべんなく周囲に広がって行きますか?
 いえ。細い筋状に立ち上り、その外は何にもない。こういう広がり方をしますね。
 おそらく、原子力発電所から漏れ出たヨウ素の塵埃もこんな広がり方をしたと思うんですよ。まんべんなく広がったのではない。風や地形によって比較的濃い筋が伸びたのでしょう。それが江戸川水系のどこかに落ちた。その部分が浄水場に来たときに高い濃度レベルを示したのでしょう。

 これは推測ですが、定常的に測定を続けていればどのような実体なのかが見えてくるはずです。
 繰り返しヨウ素の塵埃が飛んでくる可能性はもちろんあります。原子炉という発生源がまだ安定していないのですから。
 でも、そのたびに大騒ぎしていては、不安だけが拡大していってしまう。
 赤ちゃんの健康を守るために、安全には安全を重ねて行政に水を確保させて、大人たちは平常の生活を送ろう、ということでいいのではありませんか?
 大人が赤ちゃんの安全を守れないなんて、みっともないですよ、まったく。
 大したリスクではないと私は思っていますが、リスクがあるなら大人がそれを背負いましょうよ。次世代のために。
 おたおたしなさんな、って。

●ミルクを調製するのに、ミネラルウォーターはあまり適していません。ご承知置き下さい。
 粉ミルクは、ほぼ純粋な水で溶いたときにちょうど良くなるように作られています。
 「硬水」をうたうミネラルウォーターや乳児用のドリンク剤がありますね、あれでミルクを溶くと、塩分濃度が上がってしまい、赤ちゃんの腎臓に負担がかかります。たとえでいえば、しょっぱいミルクを飲んでいるようなものです。(味がしょっぱいというのではありません、電解質濃度が高くなってしまうという意味です。浸透圧が高くなる、という意味です。)
 なるべく、硬度の低い水を使ってあげて下さい。

●別件
 春分も過ぎましたが、寒い日が続きます。去年の場合だと4月が異常に寒かった。今年これからどうなるか分かりません。避難所での生活もすぐには解消はしないと思います。
 で、一つ提案なんですが、(もう実践されてるのかな)段ボールの活用を!
 阪神大震災の後でしたか、段ボール製の個室、というような話題がありましたが、結局あれは実用化はされなかったのでしょうか。
 物資を運んで来るのに段ボール箱が使われたと思いますが、その段ボール、どうなったでしょう?
 体育館の扉なんてのはすき間だらけ。そのすきまに、段ボールを立てかけるなり、貼り付けるなりすると、風が防げます。
 一般家庭でも、窓の内側に段ボールを立てると、夜中の冷え込みが緩和されますよ。
 (大規模スーパーで、お使いください、として置いてある段ボールを我が家では利用しています。引越し屋さんなんかも大量に段ボールを持っていると思うけど)
 年配の方には、段ボールで簡易マットを畳の代わりに作ってあげたら如何でしょう。断熱性が抜群にいいので暖かいと思いますが。
 使い道は色々あると思うんです。
 器用な方がいたら、小さな睡眠用のボックスを作っちゃうとか。
 いかがでしょうか。
 そんな気がしている私です。

●こんな記事も出ましたよ。

放射性物質:「妊婦に害なし」…産婦人科学会「推定」
 日本産科婦人科学会は24日、「(現状の)水道水を連日飲んでも、母体や胎児に健康被害は起こらず、授乳を続けても乳幼児に健康被害は起こらないと推定される」とする見解を発表した。東京都の浄水場で採取した水道水から、乳児の飲用に関する基準(1キログラム当たり100ベクレル)を超える1キログラム当たり210ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたことを受け、学会としての考え方をまとめた。
 同学会は米産婦人科学会の推奨に基づき、おなかの中の胎児に悪影響が出る被ばく量は50ミリシーベルトと定めている。仮に1リットル当たり200ベクレル前後の水道水を妊娠期間中の280日間、毎日1リットル飲み続けた場合、合計5万6000ベクレルとなり、総被ばく量に換算すると約1.23ミリシーベルトになる。胎児の総被ばく量は、母体に比べて少ないとされており、悪影響が出る50ミリシーベルトを大きく下回る。
 また、母乳中に分泌される放射性ヨウ素は、母体が摂取した量の4分の1程度と推測されるため、授乳を続けても被害は起きないと推定した。ただ、可能であれば、水道水以外の飲み物を利用するように推奨している。
 産科医の水上尚典・北大大学院教授は「妊婦は脱水症状を起こしやすいので、特に注意して水分を取る必要がある。現状の汚染レベルでは心配はいらない。水のことで神経をとがらせることの方が母体によくない」と説明している。
毎日新聞 2011年3月24日 19時47分

2011年3月24日 (木)

3月11日

0312_3antena 2011.3.12撮影
マンションの屋上のアンテナ。
以前にもご紹介しました。
左の高いのは携帯電話の中継アンテナでしょう。
右に、UHF、地デジ、BS、CSかな、色々なアンテナがあります。

0311_memo
これは、3月11日、地震の日のメモ。
2階にいてパソコンに向かっていつもの作業中、猛烈に揺れました。
中腰になって、デスクをつかみ、あたりの様子をうかがっていました。ふと気づいて、目の前の電波時計の示す時刻を、パソコン脇の「なんでもノート」に殴り書きしたのがこれです。
手を放して歩けるか、歩けるな、じゃぁ震度6まではいってないな。
ものが崩れる音もないようだし、屋外での何かが壊れるような激しい音もしないと、確認しながら耐えて。
揺れが収まってから階下へ降りて、テレビをつけてみたら、アナウンサーが、大津波警報です!!!と絶叫していました。え、そんなことになってるの、としばらく速報を聞いて。
外の様子を確認しなくちゃ、と勝手口から外へ出てみたら、なんだかガシャガシャ音がする。
なんだろう、音源は近くはないようだが・・・と音の方向を探ってみたら
冒頭の写真の、低い方のいくつかのアンテナが、余震の振動で揺れてぶつかり合ってガシャガシャ音を立てているのでした。ドキドキしてしまった。
驚いて様子を見ていましたが、しばらくして揺れも収まったので、屋内へ引き上げました。
あとはもう、テレビの情報にかじりつきっぱなしでした。

冒頭の写真も、ノートの写真も、後から思い出して撮影したものです。

昼までは、平穏な日。恒例の昼のお散歩もして、写真を撮っていましたが、こんなことが起こるなんて、本当に一寸先は「見えない」ものですね。
仕事で外出中の妻を迎えにいくのがこの曜日の習慣だったのですが、すまん歩いて帰ってきてくれ、とメールを打ち、家の保守体制についていました。家から5km位のところから歩いて帰って来た妻は、途中道の混乱などもなく、平静に帰ってきて、テレビで惨状を知ってびっくりしたという次第です。
(このメールは妻にすぐ届いたそうですが、妻からの、了解、というメールは帰宅して食事もして、夜になってやっと着信しました。ぎりぎりだったなぁ。)

東京を離れている子らも、夕方には連絡が取れ、互いに安心。
横浜に住む親戚には電話が不通。停電だったのでした。翌朝には無事との連絡が取れたのでした。

わたくしごと、でした。
ご報告申し上げます。

何の芽?

0311_7me 2011.3.11
何の芽かわかりませんが、すっごくふさふさ。見ていて暖かい気分。
分かる人は分かるんだろうなぁ。
これなぁ~に?

ホトトギス

0311_4hototogisu 2011.3.11
これはホトトギスの芽ですね。
場所からそう思っているだけです。
この芽の姿で分かっているわけではありません。

去年は猛暑でいろいろな植物の生活のリズムが狂ったように思います。
今年は、きちんと進行するといいな、と思っています。

メダカ

0311_3medaka 2011.3.11
庭の池に産卵されたヒキガエルの卵は、水が冷たいせいでしょう、なかなか発生が進行しません。受精率も低かったらしく、ダメになった卵もたくさん。でも、発生も続いてはいるんです。
で、毎日覗くのですが、この日は、メダカがいたので何げなくシャッターを切りました。
水中の撮影は難しいので、何とも思わず部屋に引きあげてきてパソコン画面で見たら・・・
なんと、こんな鮮明に写っているとは。びっくりしました。
メダカの眼球の構造まで見えたりして。あれまぁ。
右の方にはモノアラガイ。
びっくりですね。腰を折り曲げての撮影ですから、ワンチャンス、ですがこういう風に写ることもあるんだなぁ。これからもトライしてみましょう。

ハハコグサ

0310_5hahakogusa 2011.3.10
この金色の珠のような状態が好きなんですね、私は。
この時から現在まで2週間経ちましたが、まだ開花には至りません。
だんだんふくらんで盛り上がってきたようには思いますが。

ユキヤナギ

0310_3yukiyanagi1 2011.3.10
ユキヤナギがすごい勢いで咲いています。
0310_3yukiyanagi2
いかにもバラ科という表情ですね。
次々と後続が待ち構えています。
一角が明るくなりますよ。

ホトケノザ

0310_2hotokenoza 2011.3.10
我が家のホトケノザ。例年に増してあちこちで見かけます。
私が仏様になって庭を散歩したら、あちこちに休憩用の「仏の座」があって具合がいい。
心優しい連中です。
ここに座っていいよ、と言ってます。

黄色い粉

先ほど、NHKの昼のニュースを見ていましたら

“黄色い粉” 花粉大量飛散か(3月24日 12時31分)
 24日は、関東地方の広い範囲で大量の花粉が飛んでいるとみられ、気象庁などには「黄色い粉のようなものがうっすら積もっている」などといった問い合わせが相次います。環境省などは、花粉症の症状がある人は注意してほしいと呼びかけています。
 気象庁の天気相談所には24日、関東の各地から「地面や車に黄色い粉のようなものが積もっているが、これは何か」といった問い合わせが午前中だけで150件以上寄せられています。中には「放射性物質ではないのか」などと不安を訴える声もあるということです。これについて気象庁天気相談所の田代誠司所長は「この時期は大量に花粉が飛んでいて、積もっている黄色い粉は雨などで集まった花粉とみられる」と話しています。環境省によりますと、花粉は雨が降った翌日に飛びやすい傾向があり、24日も気温の上昇とともにさらに多くなる可能性があるということです。環境省などは「花粉症の症状がある人は注意してほしい」と呼びかけています。

こういうニュースがありました。笑えますね。

放射性物質の粉末が目に見えるほど積もったら、急性放射線障害になってしまいますよ。
今、問題になっているのは、通常の化学分析に引っかかるかどうか、という極微量の放射性物質なんです。
疑心暗鬼というんですかね、過敏すぎます。
黄砂も来ているのかな、そんなところも頭に入れておいてください。

2011年3月23日 (水)

ホタルブクロ

0309_7humei 2011.3.9
面白い葉でしてね。
扁平な茎の先に葉が広がっていて、シャモジというか、ヘラというか、そんな感じで。
扁平な茎は真ん中のに赤みを帯びた筋が入っている。
なんだろうなぁ、と写真を撮って、後から妻に聞いてみたら「あれはホタルブクロよ」とのご託宣でした。
そうなんだぁ。いつも咲いてから気づく、ぼんやりもので、こんな姿を意識したことがなかった。
ごめんね。

何かが立ち上がってきましたが

0309_6standup 2011.3.9
線路の柵。
何かが真ん中から立ち上がってきましたが。
なんだろう?
この葉、見覚えがあるような気がするんだけど、思い出せずにいます。

ビワ

0309_5biwa 2011.3.9
ビワの実の成熟の始まり。
かわいいでしょ。でも、ビワだっ、という姿ですね。

おさなきものたちのそだちゆくすがたがすきです。

シクラメン

0309_3sikuramen 2011.3.9
ご近所のミツバツツジの木の下に置いてある鉢。
肉眼で見るより、こうやってアップにして、前後のボケと一緒に眺めるのが迫力ですね。
花というより抽象画のような。
この強烈な色彩もすごい。
写真には全く手を加えていません。
写ったままです。

キンモクセイ

0309_1kinmokusei1 2011.3.9
キンモクセイの木です。
こんな芽の出方をしている。
そこに目がいってしまいましたが、よく見ると
0309_1kinmokusei2
わぁ、いっぱい芽が出てました。
オスの木だけでメスがいないのは寂しいけれど、がんばってあの香りを立たせてくれます。
楽しみにしましょう。ゆっくり、ゆっくり。

オニタビラコ

0308_6onitabirako1 2011.3.8
玄関を出たところで腰を下ろすと、脇にジンチョウゲ、斜め前に桜桃、そして、オモトとかクンシランとか、鉢があるんですが。
そのオモトの鉢の土に生えてきたオニタビラコ。ハハコグサもここに一緒に生えています。葉の形で分かりますね、写真上の方。
0308_6onitabirako2 3.8
オニタビラコの花が開きかけています。
なんだか、キク科の花らしくない姿ですね。まだ開きかけだから。

0309_9onitabirako1 3.9
開きましたよ。
順番を待つつぼみもいっぱい。
0309_9onitabirako2
このメシベの姿はなじみ深い。
舌状花のみという花ですね。

可愛らしくって好きです。

カランコエ

0308_4kalanchoe 2011.3.8
カランコエもこの一輪が咲いてそれからずっとそのまま。
つぼみはいっぱいあるのに、咲き進みませんでした。
0313_11kalanchoe
3月13日
最初の花の脇のつぼみが咲き始めました。
ここから少しずつ咲き進むようになって来ています。
そうはいっても、まだポツンポツンなんですけどね。

ベンケイソウの仲間の花はゆっくり進みますね。

ボケ

0308_2boke 2011.3.8
我が家のボケはほんのわずか。
0315_6boke
3月15日
0316_1boke
3月16日

実はこの後、うまくいきませんでした。
なんだろう?食べられたというのでもないような。うまく花びらが開けなかったのです。
そして中味が空洞化してしまった。
ちょっと残念、もう少しちゃんと茂らないとだめなようですね。
お世話しなくちゃいかんなぁ。

桜桃

0308_1outou 2011.3.8
もうなんだか写真がたまってしまった。
順番にどんどん行きます。
桜桃のつぼみ。
この期間が長かったですね。
実は今日23日には、花はもう盛りを過ぎて、葉芽がぐんぐん大きくなってきて、実を熟させるための光合成が準備されています。
ヒラタアブさんたちが一生懸命授粉してくれましたのできっと美味しい実がなることでしょう。

ベクレル

雨中の放射性物質1都9県で検出…健康影響なし
 文部科学省は21日、雨水やほこりなどの中に含まれる放射性ヨウ素や放射性セシウムの検出量を発表した。
 放射性ヨウ素は首都圏を中心に1都9県で検出され、茨城県では1平方キロ・メートルあたり9万3000メガ・ベクレル(1平方メートルあたり9万3000ベクレル)を検出した。高い数値となったことについて同省では、雨で空中に漂っていた放射性物質が地上に落ちてきた可能性があるとみており、「雨水に触れた程度では、直ちに健康に影響はない」としている。
 調査は各都道府県で20日午前9時から21日午前9時まで行われた。放射性ヨウ素は、山形県でも1平方キロ・メートルあたり5万8000メガ・ベクレル(同5万8000ベクレル)が検出されたほか、岩手、埼玉、栃木、東京、群馬、千葉、新潟、秋田でも観測された。放射性セシウムでは、茨城で1平方キロ・メートルあたり1万3000メガ・ベクレル(同1万3000ベクレル)を観測したほか、山形、埼玉、岩手、東京、栃木、群馬、千葉で検出した。

これは3月22日のYOMIURI ONLINEの記事をコピーしたものです。

茨城県で
「放射性ヨウ素は・・・1平方キロ・メートルあたり9万3000メガ・ベクレル(1平方メートルあたり9万3000ベクレル)」
「放射性セシウムでは・・・1平方キロ・メートルあたり1万3000メガ・ベクレル(1平方メートルあたり1万3000ベクレル)」
ときました。

何が何だかわかりませんね。
大きいんだかなんだか、イメージが湧きません。
「シーベルト」という単位は何となく耳になじんできましたが、それとも違うので、一般の方にはどういうことを言っているのか、分からないと思います。
シーベルトでは、「1ミリシーベルト」で大変なのに、「メガ」だ「万」だということになったら、とんでもない話に聞こえると思います。

前に書きましたが、「ベクレル(Bq)」というのは、原子核が壊れていく速さのことなんです。
原子核が壊れるときに放射線を出すので、放射線をつかまえると原子核が壊れたことが分かる。
検出器でその放射線をつかまえてカウントしているんですね。
で、原子の壊変の速さは現在ある原子数に比例するという形で、下の式の①で示されます。ここでλは壊変定数といって、原子核種によって一定の値です。
Bq
このλと半減期は上の式の②で結びつきます。

①式の左辺をそのままベクレル単位での壊変速度としてちょっとした試算をしてみました。
●ヨウ素131の場合
 半減期=8.02日 そうすると λ=1.00×10^(-6)
 93000=1.00×10^(-6) × N
 N=9.3×10^(10) {これは原子の個数です}
 ヨウ素131原子がアボガドロ数(6×10^(23))あると131gですから、9.3×10^(10)個の質量は
 2.0×10^(-11)g
 「1000億分の2」グラムです。これが1平方メートルに散らばった。放射線でカウントするという方法だからつかまえられる量ですが、普通の分析手段ではつかまえられないような微量です。ほんのわずかな「埃」なんですね。警戒はすべきだけれど、怖がっても仕方ないでしょう、こんな量。
 {強い皮肉を一つ。ベータ線=電子を放出していますから、空気中に『マイナスイオン』が増えますよぉ}

●セシウム137の場合。
 半減期=30.1年 そうするとλ=7.30×10^(-10)
 13000=7.30×10^(-10) × N
 N=1.78×10^(13) {個数です}
 これだけのセシウムの質量を計算してみると
 4.1×10^(-9)g となりました。
 「10億分の4」グラムでした。

●こんな計算、私自身初めてのことなので、これで正しいのかどうか不安があって、別の方向からの見積もりもやってみました。{ヨウ素131について}

1秒間に93000個という速さでヨウ素131原子核が壊れています。もし、この速さのまま半減期時間=8日間壊変を続けたらどのくらい壊れるか。
8日=693000秒
掛けて、93000(個/秒)×693000秒≒6×10^(10)個
この8日間でこれだけ壊れて半分になったとしたら、もともとはこの2倍≒1.2×10^(11)個あっただろう。
これだけの個数の質量は、約2.6×10^(-11)g となりました。

指数関数の曲線の形で推移していくのを、直線的に近似したのであらっぽいですが、まあ、結構よく合っている。
ということは、最初の計算が基本的に間違いではないということでしょう。
ホッとしました。

●今日は朝からこんなことを考えていて、やっとここまでこぎつけたら、新しいニュース。

都内の浄水場から放射性ヨウ素 乳児飲用に適さぬ濃度(2011年3月23日14時53分 アサヒ・コムより)
 東京都水道局は23日、金町浄水場(葛飾区)から乳児の飲用に適さない濃度の放射性ヨウ素が検出されたと発表した。検出濃度は1リットル当たり210ベクレルで、厚生労働省が21日に示した乳児の飲用に関する指標値の100ベクレルを110ベクレル上回っていた。
 都は23区と武蔵野、町田、多摩、稲城、三鷹各市での乳児の飲用を控えるよう呼びかけている。ただ、「厚労省設定の数値は長期間飲用した場合の健康被害を考慮したもので、代替飲用水が確保できない場合は摂取しても差し支えない」としている。

210Bq/Lですって。
なんとまぁ。
計算してみますと、1Lの中に2.1×10^8 個(2億個)のヨウ素131原子があるということです。
これって「ある」というような数かね?
1Lの水というのは3.3×10^25個の水分子の集団なんですよ。
その中に8億個?なんだそりゃ?
万、億、兆といってその上が「京(けい)」ですが、16京個の中の1個、という割合ですよ。
そのヨウ素原子核が、電子を出して、その電子は水中をどれだけ進めるものやら。
私個人は全く気にしません。
大人の指標は300Bqなんだそうです。
この水道水を飲んで、10年後に癌になる確率が高くなったとしても、そもそも、そのころ70歳超えてるんだものなぁ。
気にしませんね、まるっきり。
もちろんこの水の風呂に入っても全く問題はありません。

●さて、ベクレルは原子の側の属性を記述する量。(崩壊の速さ)
で、それは、今よく耳にする「シーベルト」と換算はできないのか?
係数を掛けて、換算するしかありません。
毎日新聞にこんなQ&Aがありました

 Q 「ベクレル」って「シーベルト」との違いは?
 A ベクレルは放射線を出す強さの単位で、体への影響を見るにはシーベルトに換算する必要がある。1キログラムあたり1万5020ベクレルのヨウ素が検出されたホウレンソウを食べたときの影響は0.33ミリシーベルト。日本人の1日の平均摂取量は約15グラムなので、実際の影響は0.0049ミリシーベルトになる。
毎日新聞 2011年3月20日 20時04分(最終更新 3月21日 10時46分)

ホウレンソウ1kgも食べられません。
あんまり気にし過ぎない方がいいですよ。

●下は、≪内部被ばくに関する線量換算係数≫という表です。
http://www.remnet.jp/lecture/b05_01/4_1.html

ヨウ素131を経口摂取した場合の実効線量係数は「2.2×10^(-8) Sv/Bq」とあります。
210Bq/Lの水を1L飲むと、
210×2.2×10^(-8)=4.6×10^(-6)Sv=4.6マイクロ・シーベルト(μSv)
ですね。

こんなふうに使って下さい。
毎日新聞のQ&Aも
15020×2.2×10^(-8)=3.3×10^(-4)=0.33×10^(-3)=0.33(mSv)
という計算をしたのです。

ま、あんまり気にしないことですよ。
放射線よりパニックになるほうが怖い、と思います。
風評被害もあってはならないことです。
自分で背負う覚悟を決めればよいこと、そういうことです。

2011年3月22日 (火)

ヒラタアブたち

0305_6kurohirataabu 2011.3.5
クロヒラタアブです。
日向ぼっこ。

0305_7hosohirataabu1
ちょっとドキドキものの写真が撮れました。
見事なホバリング。
フラッシュなし。
f4.5で、1/500秒のシャッターが切れたのです。
このところ、露出はカメラ側に任せています。
静止した昆虫なら絞りこんで被写界深度を深くしたいけれど、通常はこのほうが高速シャッターになっていい感じ。
0305_7hosohirataabu2
左の緑はトクサです。右の木は桜桃。

これから昆虫が増えてきて、この新しいレンズでどういう写真が撮れるか、期待しています。

核分裂生成物

新聞記事を見ていると、色々な名前が出てきます。

ヨウ素131
セシウム137
クリプトン85
キセノン133
ストロンチウム90

など。
これを見て、ある種の規則性に気づきませんか?
85、90
131、133、137
2つのグループに分かれるようです。
実はこれが、核分裂生成物の特徴なんですね。
原子炉燃料のウラン235が核分裂してできたいろいろな原子が被覆管の中に入っていた、それが今漏れだしてきたということなのです。

核分裂で原子核が分裂してできた原子核を核分裂生成物といいます。
陽子・中性子合わせて235個でできたウランの原子核が二つに割れるのですから、できた原子核は半分の120個弱の陽子や中性子でできているのかと言うと、そういう完全な「半分」というのは非常に少なくて、片方が重くて陽子・中性子合わせて140位、、もう一方は軽くて陽子・中性子合わせて90位になる確率が高いんですね。
{陽子・中性子の数を合わせたものを質量数といいますので、ここからは質量数という言葉を使います。}

グラフを見てください。
Fissionproducts_2

縦軸は一見等間隔に見えますが、10倍、10倍のスケールです。1番下から上までで1000倍の開きがありますのでご注意を。横軸は質量数です。

で、全体の形がM字型とでもいう形になっていますね。
真ん中の一番低いあたりがちょうど半分に割れた原子核。少ないですね。
両側にピークがあります。
左のピークは質量数90くらい。
右のピークは質量数140くらい。
ですね。
そして、クリプトン85とかストロンチウム90というのが左のピークの原子核です。
ヨウ素131、セシウム137、キセノン133というのは右のピークに属する原子核です。

このようにな核分裂生成物の偏りが、実際に原発事故での放射性物質漏れにも現れてくるわけです。
こんなことを知っていたからといって、身を守る情報にはならないかもしれませんが、訳もわからず、見慣れぬ名前に接するよりは、事態を冷静にとらえる一助になりはしないか、とお知らせする次第です。

ミツバツツジ

0305_5mitubatutuji1 2011.3.5
土佐のミツバツツジ、です。
つぼみはまだかたい。
0305_5mitubatutuji2
こんなすがたも。
帽子をかぶったみたいですね。

0309_2mitubatutuji
3月9日
大分ゆるんできたのもありますね。

0311_5mitubatutuji
3月11日
12時半ころの撮影です。
恒例のお昼の散歩、での撮影。
そして、その2時間ほどのちに、大地震でした。
2階でパソコンに向かっていたのですが、大揺れが続く中、手元のノートに「2:47」と書き込んであります。これは目の前の電波時計が示していた時刻です。
中腰になって、パソコンデスクに手をついて揺れが収まるのを待ったのですが、なかなか止まらない。手を放して歩けるかどうか試してみると、歩きにくいけれど歩ける、これはおそらく震度6にはなっていないのだな、と考えていたのを思い出します。

0313_4mitubatutuji
3月13日
もうどんどん開きます。
今は満開になっています。
ゆっくりのようでいて、着実に変化していく植物たち。
人もみならわなくっちゃね。

ジンチョウゲ

0305_3jintyouge 2011.3.5
この時点ではまだ開いていないつぼみもありました。
0308_5jintyouge
これは3月8日。
つぼみはあと二つ三つ。
0309_4hosohirataabu
3月9日
甘い香りに誘われたか、ホソヒラタアブが花を訪れてきました。
画面右下にホバリング中の姿が写っています。

ジンチョウゲの鉢は玄関を出たところのテラスに置いてあります。
ここへ、どっこいしょと座り込んで毎日ジンチョウゲの花の変化を撮影し、目の前にある桜桃の木の様子を撮影し、その隣のオモトの鉢に生えてきたハハコグサとオニタビラコを撮影する、というのがこのところの日課になっています。
ジンチョウゲの鉢の隣に腰を下ろすと、甘い香りがほんのりと淡く漂ってきます。
たくさん咲くと結構きつい香りですが、なにせ、数が少ない。おだやかに、うっすらと香ります。上品でいい香りですね。
つい、ありがとう、と声をかけてしまう私です。
年とってファンタジーの世界に浸るようになってしまったなぁ。

オタマジャクシ

0305_2otama1 2011.3.5
3月5日時点でのオタマジャクシ。
ちょっとボケましたが、完全にオタマジャクシ体形。
腹端部のところに、肛門があって、その根元に小さな膨らみがあります。
0305_2otama2
これ、脚の「芽」なんじゃないでしょうか。
記事を書いている現在は3月22日ですが、まだ後脚はでていません。
現在までのところ、ひたすら体を大きくすることに専念しているようです。
元気ですよ~。
ホウレンソウの葉や、板麩などものすごい勢いで食べています。
体内で、脚や手の準備も進んでいるのでしょうが(エラから肺への切り替えの準備とかもね)、表面的にはひたすら食べて大きく成長しています。
室内で飼育しているので温度が屋外より高く、成長も速いようです。

小さな生命が、元気いっぱい成長していく姿を見るのはどんな時でも楽しいものです。
地震の時には水槽の水が揺れて「スロッシング」を起こし、チャプン、と溢れたりしましたが、オタマジャクシは幸い飛びださずに済みました。
飼育継続中です。

「放射能と放射線」

↓「サイエンス・ポータル」というサイトがあります。
http://scienceportal.jp/
自然科学系のニュースが読めます。特に私は「プレス発表資料」をよく見に行きます。マスコミはその資料を使って報道するわけですが、どうもすっきりしないことも多くて、元に当たろうとするときには便利なサイトです。
で、科学ニュースもありますが、いろいろな科学関係のリンクもありまして、そのなかに「理科の探検(RikaTan)」という雑誌もあるんですね。RikaTanは月刊誌で、大人の理科雑誌というのかな、楽しい雑誌です。昔の友人の左巻さんが編集長をしていて、私は毎号読んでいます。そのRikaTanの記事のうち一本がここで読めるのです。

今回は【 特集 放射能と放射線 】(掲載日:2011年3月17日)で、分かりやすい解説が掲載されていますので、関心がおありでしたら読んでみてください。
http://scienceportal.jp/contents/guide/rikatan/1103/110317.html

お知らせします。

2011年3月21日 (月)

「放射能」に関するいろいろな単位

「放射能」について、簡単なコメントをします。

●まず、壊変する原子の側で出来事を見ると

物質中の原子核が1秒間に1個崩壊するとき、この物質は1ベクレル(Bq)の放射能がある
といいます。

原子核の種類も問うていませんし、どんな壊変のしかたなのかも関係なし、どんな放射線が出るかも問わず
とにかく、1秒で1個壊変するという、壊変スピードなんですね。
表している内容は実に明瞭です。疑問の余地はない。

で、放射壊変というものは、個々の原子についてはいつ壊変するかはわからないのですが、高校化学で学んだと思いますがアボガドロ数というような膨大な数の原子の集団では、一定のルールに従って壊変します。
言葉で述べると「壊変の速さは、その時に存在する原子の個数に比例する」というものです。
このような「ある量の変化の速さが、その量の現在量に比例する」というような出来事は自然界に色々な例がありますが、これを数学的に表現すると「指数関数的な変化」になります。

dN/dt=-λN
t=N0・exp(-λt)
λは壊変定数といい
1/2=0.693/λ
で、半減期(1/2)と結びつきます。

半減期というのは、その時間が経過すると量が最初の半分になる、という時間です。
最初「1」あったものが、半減期時間後には「1/2」になる。
じゃあ、更に半減期時間経ったらなくなるのかと言うとそうではなくって
また半減期時間が経つと「1/4」になるんですね。
Hangenki1
dN/dtといのうが、壊変の速さですから、つまりベクレル(Bq)で測れるものですね。そして、それは半減期と結びついた壊変定数λと現在の存在量Nで決まる性質のものです。
逆に、壊変速度が測定でき、そこにある原子の種類が確定できれば、存在量も推定できますね。

さて、後でまた言及することがあるかもしれませんが、半減期の時間の10倍の時間が経つと、最初の量の2の10乗分の1=1024分の1≒1000分の1に減りますので、放射性物質を扱う時、半減期の10倍の時間が経過したらほぼ「無くなった」と考えて実質的に問題ありません。
Hangenki2
これは、壊変する原子についてみた時の話。

●さて、原子が壊変すると、放射線が出ます。
どんな放射線が出るかは既に知られています。
理科年表2011年版ですと467ページから「おもな放射性核種」という一覧表があって、「現在知られている放射性核種(放射性同位体;ラジオアイソトープ)のうち、おもなもの約330種類を選び、半減期と壊変形式を示す」という表です。

たとえば、ヨウ素131の項をみると「半減期:8.02070d 壊変形式:β」です。半減期の「d」は「day=日」ですので、8日で半減します。また、壊変形式はβですから、電子線を出すのですね、遠くまでは飛びません。ということは、影響力は非常に限定的な範囲にとどまります。
半減期の10倍、約80日、2、3カ月もすればほぼ消え去ったと考えても実質的には問題ありません。

セシウム137ですと「半減期30.07y 壊変形式β」です。半減期の「y」は「year=年」ですから、30年で半減します。ところが、セシウムは周期表でナトリウムやカリウムと同じ1族ですので、人体内でナトリウムやカリウムと行動を共にすることになります。あまり人体の構造物に入ることはないですね。体内で循環して、排泄されていきます。人体内濃度は100日で半減すると聞いております。
ただ、土壌中でカリウムなどと一緒に残留して、農作物に絶えず吸収されることになるかもしれません。

●さて、その放射線の量を測りたい。
放射線にはアルファ線、ベータ線、ガンマ線、X線、中性子線などいろいろあります。
そのため同じ1Bqの放射能を持つ物質があっても、放射線によって物質に吸収されるエネルギー量(=吸収線量)が異なることになります。
そこで
物質1kgにつき1Jのエネルギーが吸収されるとき、1グレイ(Gy)の吸収線量
ということにしました。
この単位も、あいまいさのない単位ですね。

ところが、吸収線量が同じでも、人体に与える影響は放射線の種類によって異なるのです。

 その度合を考慮したものを「線量当量」といって、この単位がシーベルト(Sv)なのです。
 やっと報道で大量に聞かされることになったシーベルトにたどりつきました。
{「当量」というのは「equivalent」です。valentは力とか能力とか。equiは等しいということ。つまり「等価」という意味合いですね。違う放射線であっても、同じ尺度で比べられるということです。}

ウィキペディアから引用します↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88

「シーベルト」
物質が放射線に照射されたとき、物質の吸収線量を示す単位がグレイ(記号Gy。定義J/kg)である。生体(人体)が放射線を受けた場合の影響は、受けた放射線の種類(アルファ線、ガンマ線など)によって異なるので、吸収線量値(グレイ)に放射線の種類ごとに定められた放射線荷重係数を乗じて線量当量(シーベルト)を算出する。

    Sv=放射線荷重係数×Gy

放射線荷重係数WRは、放射線種によって値が異なり、X線・ガンマ線・ベータ線ではWR=1、陽子線ではWR=5、アルファ線ではWR=20、中性子線ではエネルギーによりWR=5 ~ 20の値をとる。

というわけで、シーベルトにたどりついたのはいいのですが、この単位には「放射線荷重係数」という経験的な値、あるいは「判断」が入ってきました。完全な物理的な単位とはいいがたいですね。
シーベルトは私たちの生活に重要な概念だし単位なんですが、あんまり細かいことを議論しても仕方ないということが分かります。ある種のガイドライン的な数値なんですね。
「桁」を重要視すべきものだ、というべきでしょうか。

その意味で、ミリ(m)とマイクロ(μ)のことは知っておいてください。
ミリ(m)は1/1000です。
マイクロ(μ)はミリの1/1000=1/100,0000です。
1000マイクロシーベルトで1ミリシーベルトになるわけです。

いろいろな数値が飛び交っています。
心配しなくていいとはいいません。でも、数値のいちいちに過剰に反応することもない。
まして「風評」なんかに耳を傾けることはない。
汚れたら洗う。当たり前でしょ。その汚れが放射性物質の汚れであっても同じ。まずは洗い流すこと。
これが基本。

{あの~、いいにくいんですが。がんの放射線治療で使う放射線はガンマ線とかで一回で2Gyくらい浴びせますね。すると、2Svくらいですね。2000mSv。短時間ではありますが、すごい量でしょ。いろいろ副作用が出るのは当然なんですね。放射線の話は確かにやっかいですね。}

アサヒ・コムのアスパラクラブにあるブログ「エマージェンシー・コール ~災害時代~」から良質の情報を得ましたので、お伝えします。
https://aspara.asahi.com/blog/emergency/entry/loWBY2JVtr
↑一応会員制のサイトですが、この記事は会員でなくても読めます。

見失ってはいけない大切なもの:東日本大震災に負けるもんか(4)  [11/03/21]
                        中村通子《朝日新聞編集委員》
 東日本大震災で被害を受けた福島第一原発の状況に、緊張する日々が続いています。
 炎が見える火災と異なり、放射線は目に見えないため、余計に不安が募ります。
 物理学者で随筆家の寺田寅彦さんはこんな名言を残しています。
 「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい
 今、ホウレンソウや牛乳から放射性物質が検出されたり、広範囲に通常より少し高い線量が測定されたりしています。政府は「すぐ健康に影響するレベルではない」と説明しますが、輸送用トラックが福島を避けるなどの風評被害がすでに起きています。
 目に見えない放射能は「正しく怖がる」ことが難しいから、社会は不安に陥り、風評が生まれます。「冷静に!」「怖くないよ」などの言葉だけでは、不安は解消されません。
 逆説のようですが「正しく怖がる」ことができれば「安心」につながります
 ・・・
 正しく怖がるには、何が必要なのでしょうか。
 あいまいな情報、の裏返し、すなわち、明解な情報に尽きます。
 ・・・
 しかし、放射能に関する用語は、たいていの人にはなじみが薄く、理解するのは容易ではありません。研究者も、一般の人に分かりやすく説明することに慣れていません。
 科学記者(私もその端くれですが)の役割の一つは、その間をつなぐ通訳です。この原発報道でも、いかにかみ砕いて記事を書くか日々苦心しているのですが、なかなかうまくいかないのが実情です。

 悩んでいたら、こんな資料を紹介されました。
 米カリフォルニア大の物理学者ベン・モンリオール(Ben Monreal)教授が16日に講義した時のスライド計32枚で、
福島原発の放射能を理解する(Understanding the radioactivity at Fukushima)」
というタイトルです。(原文は英語で、東大や東工大などの研究者が日本語に翻訳しています)

 「放射能とは?」にはじまり、「放射線障害と健康」「何を心配すべきか」などの項目が並んでいます。
 今回の原発関係のニュースで重要な単位「毎時ミリ(またはマイクロ)シーベルト」がどんな意味を持つのかの説明は、とりわけ分かりやすい内容です。「数ミリシーベルト(mSv)の被曝は全く心配する必要はない。しかしmSv/時を長時間蓄積するのはよくない」ということがよく理解できます。興味のある方は、ぜひ読んでみてください。

 ふむふむと読み進め、最終スライドにたどり着いた時、はっと胸を突かれました。「まとめ」と題したスライドの一番最後の行には、こう書いてありました。
 「津波被災者と50人の福島原発の作業従事者のためにみんなのエネルギーを集中しよう(Save your energy for those affected by the tsunami and “50 plant workers” at Fukushima.)」

 物理学者の解説は、無味乾燥になりがちです。
 この教授の説明が分かりやすいのは、このような人間への温かいまなざしがあるからなのだと思いました。
 ・・・

で、このモンリオール教授の講演ですが
http://ribf.riken.jp/~koji/jishin/zhen_zai.html
まずこのリンクへ入って下さい。
「福島原発の放射能を理解する」というタイトルのページで、英語版を日本語に翻訳なさった方々のページです。翻訳に関する最新情報なども載っていますので、ぜひここを経由してください。
ここから「翻訳された講演スライドのダウンロード」というリンクをクリックすると、モンリオール教授の講演の日本語訳がpdfファイルで読めます。
翻訳者からのメッセージを引用します。

メッセージ: 素粒子原子核分野の研究者/院生の皆さん
 今回の震災に起因した福島原発の事故について国民の不安が高まっています。チェルノブイリのようになってしまうと思っている人も多いです。
放射線を学び、利用し、国民の税金で物理を研究させてもらっている我々が、持っている知識を周りの人々に伝えるべき時です。
 アメリカのBen Monreal教授が非常に良い解説を作ってくれました。もちろん個人的な見解ですが、我々ツイッター物理クラスタの有志はこれに賛同し、このスライドの日本語訳を作りました。能力不足から至らない点もありますが、皆さん、これを参考にして自分の周り(家族、近所、学校など)で国民の不安を少しでも取り除くための「街角紙芝居」に出て頂けませんでしょうか。
よろしくお願いします。

多少の基礎知識が必要かな、とも思いますが、記述は簡明であいまいさもなく、不必要に人をあおったりもしていません。ストンと腑に落ちます。
分かりにくいところは少し飛ばしながら、是非読んでみてください。
部分的な引用はしないでください。必ず丸ごと読んだり、伝えたりして下さい。
それが不安をあおったりしないために必要なことです。

2011年3月18日 (金)

原子炉事故について

原子力発電所の事態が大きな問題になっています。
原子炉がつぎつぎと危険な状態になって行く。
でも、マスコミは「あおり」過ぎだと思っています。
危険だ危険だ、と叫べばニュース・バリューは高い。
後に何でもなかったとしても特段責任が生じるわけでもない。起こり得る危険を周知させたのだ、で済む。
逆に、安心しろ安全だ、といっていると、事故が重大化した時に責任を問われますからね。

私だって、この事態は非常に由々しき事態だとは思っていますが、節度をもって接すべきだと考えています。
「見えないから怖い」という言葉自体、マスコミが刷り込んでしまったようにも思えるのです。
「見えない」からこそ、危険の姿を「見える」ようにするのが報道の責務だと思います。

●「被曝」という言葉に「被爆」を感じていませんか?
 「放射線にさらされる」のが「被曝」、爆発的な事故の影響を被るのが「被爆」。
 「音=おん」が同じですから、混同している方がいないとも限らない。
 ここは「放射線にさらされる」「放射線を受ける」というように言ったほうがいいかもしれません。
 学術用語は、意味を限定して言葉のあいまいさを排除しようとします。ところが日常の言葉は多義性を持ちます。
 言葉の意味を限定して使ったつもりが、多義性によって色々な解釈を生み出してしまうことは避けなければならないでしょう。

●「核分裂」と「放射壊変」の違いをまずはっきりさせましょう。
「放射壊変」というのは「原子核が放射線を出して他の原子核に変化すること」です。
放射線とはヘリウム原子核である「アルファ線」、電子である「ベータ線」、中性子線、電磁波である「ガンマ線」などです。
アルファ線やベータ線はかなり薄いもので遮蔽できますが、ガンマ線は、いわゆるX線の強力なやつですから遮りにくいものです。中性子線も電気をもっていないので、なかなか止まりにくい。

放射線は空中をほとんどまっすぐ飛んでくるものですので、電球の明かりのように、遠ざかるとすごく弱くなります。距離が2倍になると4分の1に減ってしまう。3倍なら9分の1。

「核分裂」は原子核が二つに割れることです。この時にアルファ線やベータ線、ガンマ線、中性子線などが出ます。
ウラン燃料というのはウラン235という原子を濃縮したものです。
ウラン235はアルファ線を出してトリウムに変化することが多いのですが、「自発核分裂」といって、ただ放っておいても、自発的に原子核が壊れる現象も起こします。この時は壊れてできた2種類の原子核と中性子が出ます。ガンマ線も。
ウラン235を濃縮して、原子核どうしを近づけると、自発核分裂で放出された中性子が別のウラン235原子にぶつかる可能性が高まります。飛んで来た中性子を吸収するとウラン235の原子核は不安定化しまた核分裂をおこします。これを「誘導核分裂」といいます。
核燃料棒というレベルでは、まだ逃げてしまう中性子も多いのですが、燃料棒を集めると、ある核分裂で出た2,3個の中性子が2,3個のウラン原子に吸収され、2,3個の核分裂が誘導される。そこからの中性子がまたそれぞれ他のウラン原子核を核分裂させる、という「連鎖」が始まって止まらなくなります。これが「臨界」という出来事です。
原子爆弾では核分裂の連鎖反応をコントロールせずに解放してしまうので「核爆発」になります。
原子炉では、制御棒という中性子を吸収する棒を燃料棒の間に入れて中性子をコントロールするので、暴走せずに核分裂が持続します。

さて、福島原発では、現在のところ、ウランが臨界に達してしまう危険性はほとんどないようです。
臨界に達すると、爆発しなくても透過力の大きな中性子線が大量に発生して原子炉から外部の「社会」へ放出されます。
1999年に東海村のウラン燃料加工施設で起こった事故は、爆発ではなかったけれど臨界に達した事故でした。

現在、問題になっているのは燃料棒の発熱ですね。
これはおそらく、核燃料として使っている間に蓄積した核分裂生成物の放射壊変による発熱なのでしょう。
燃料棒を冷却水で冷やしていれば問題はないのですが、これが地震でストップしてしまった。
で、発熱によって水が蒸発し、燃料棒を覆っている被覆が融けてしまう。
すると内部のウラン燃料及び核分裂生成物が「微粉末」及び「気体」となって外部に飛び散る可能性があるのですね。

「放射能は見えない」といっても、見えないのは放射線でして、放射性物質は肉眼では見えないとしても物質であり、粉や気体です。
気体の方は、空気中にすぐ拡散してしまうのでここでは考えないことにします。
微粉末に関しては、花粉を室内に持ち込まないようにする対策の徹底したもので効果がある。
マスクをする、衣服をはたく、髪を帽子で覆うなどなど。
ただ、花粉は体についていてもそれ自体は害にならないけれど、放射性物質の微粉末は、体にくっついているとくっついた場所で放射壊変を続けて放射線を出し続け、その放射線が体によくないということなんですね。ですから、叩き落としたり吹きとばしたり、脱ぎ捨ててしまうことが大事なのです。
それと放射性物質の微粉末を肺に吸入したり、飲みこんでしまうと、体の中で放射線を出し続けることになるので、これは避けなければならない。

「微粉末」を付着させない、落す、吸い込まない、飲みこまない。

これが重要なんですね。
それによって体が「放射線を受ける」=「被曝する」ことを避けることができるのです。

放射線というとものすごく怖い気がすると思います。「目に見えない」恐怖というのはここでしょうね。
アルファ線はヘリウム原子の原子核ですので紙一枚で遮れます。空気中なら10cm飛ぶかどうか。
ベータ線は電子です。薄い金属板で遮れます。空気中を何メートルか飛ぶ程度。
ガンマ線はX線と同じ電磁波なので遮りにくい。厚い鉛の板で遮ります。

福島原発の、周辺住民に対する危険というのは、遠く原子炉の方から放射線が飛んで来て害が及ぶというのではありません。
燃料棒から放射性物質の微粉末が漏れだしてそれが飛んで広がり、体について放射線を出す、という危険なんですね。

繰り返しますが、微粒子という物質を避けることを考えてください。イメージが湧きやすいですよね。

●「放射能」という言葉はよくない言葉ですね。あいまいすぎる。
「放射能」は「radioactivity」の訳語です。
物質が放射線を放出する能力のことです。
ところが、放射性物質をも指すような使い方をする。放射線まで含めてしまう使い方もする。
それで、意味が混乱する。すると怖さが増幅される。
言葉の意味を明瞭に限定して使えば、正体不明の怖さが消え、危険を危険として取り扱うことができます。
今の状態が危険じゃないなんて言いません。危険な状態です。
でも、パニックに陥らないでください。自分たちにもできる対策があるのだから、それを着実に実行することが大事なのです。

怖がり過ぎて何もできなくなるというのが最悪。

今できることをする。これが基本です。

いろいろ書きたいことは山ほどあるのですが、次のチャンスにします。
もし、私のつたない解説でも読むチャンスがあって、何かの足しになればと、ここまでで公開してしまいます。

くれぐれもパニックにはならないように。
今できることを、今してください。

ラジオ体操

3月16日付で「私たちは、微力だけど無力ではない」というタイトルの記事を書き、そこで、高校生の力を使ったらいい、ということを書きました↓
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-d076.html

そうしたら、やはり高校生が奮闘しているという報道が出てきました。

生徒が奮闘、高校の避難所 炊き出し、清掃、交通整理
2011年3月18日 05時03分(共同)
 住民の約半数が行方不明になっている岩手県大槌町。約700人が避難生活を送る県立大槌高校で、在校生が避難所の運営に奮闘している。「つらい状況の中で、私たちが頑張ってお年寄りたちを支えたい」。炊き出しや清掃など住民の支援を続け、ほかの避難所に比べ整然とした雰囲気が伝わってくる。
 「次は何をやろうかと、いつも考えている」。美術部1年のOさん(16)はトイレと廊下の掃除担当だ。家族4人全員が無事だったが、自宅は津波に流された。
 大槌高校は全校生徒345人のうち今も約20人の安否が分かっていない。家族の行方が分からない生徒も多い。
 11日午後、部活動で多くの生徒が残っていた。地震発生直後から高台にある高校に住民が避難し始め、校庭は臨時の駐車場に。二つの体育館は約千人ですし詰めになった。
 「初動から生徒が自主的に行動してくれた」と教務主任のTさん(42)。当初は食事が十分に行き渡らなかったり、暖房が不十分で混乱したが、生徒が配膳やトイレ清掃、出入りする車の交通整理に当たると、避難所全体が徐々に落ち着きを取り戻したという。
 2年生のS(17)は「高台から町が津波にのまれるのが見えた。1日目は眠れなくて…」と振り返る。Sさんら8人は無邪気に笑いながら、配膳室で食器を洗っていた。
 避難所には高齢者も多い。O君(17)は「お年寄りの話を聞いてあげるのも大事」と話した。自衛隊などの支援で16日には電気が、17日から水道も使えるようになった。Tさんは「生徒の力である程度、避難所の形ができた。その輪を広げられれば」と話した。

大人がやると「角が立つ」というようなことでも、高校生あるいは中学生がやると、よく頑張ってくれるねぇ、と大人の顔は緩むんですよ。

で、夕べ暖房を落として着ぶくれ状態でニュースを聞いていて、ふと思ったんです。
些細なことなのですが。
避難所で体を動かさずにいるといろいろ体に不調が生じます。いらいらしてきます。
そこで、高校生・中学生の皆さんに「ラジオ体操」をしてもらったらいいと思ったんです。
口で「ちゃんちゃか、ちゃんかちゃんちゃん ・・・ ♪」と歌いながら、4,5人でもいい、軽く体操をしてみてほしい。
小学生も巻き込めばいい。
絶対、大人や高齢者なども、お、体操かぁ、それもいいなぁ、久しく体動かしてないし、って動き出すと思うんですよ。
おお、子どもたちは元気だなぁ、っておばあさんやおじいさんもにこにこ体を動かしてくれると思う。座ったまま手や上体を揺らすだけでもいい。
体が楽になります。深呼吸すると心が落ち着きます。
避難所暮らしで、鬱屈し、いらいらしてきますよね。
どうか、体を時々動かして下さい。

大人が、さあ皆さん、ラジオ体操をしましょう、って呼びかけると、こんな生活の中でのどかななこと言ってるよ、などと反発が出るかもしれないんですね。強制感が生じてしまう。

高校生や中学生、小学生が始めれば、角は立たない、みんなにこにこ、体も心もほぐれると思うんですが、いかがでしょうか。

もし、携帯か何かでこの一文を読めたら、試みてください。

{子どもたちは多分知らない「みんなの体操」などを、おばあさんたちが逆に教えてくれるかもしれませんよ。}

2011年3月17日 (木)

モノアラガイ

0305_2monoaragai 2011.3.5
水槽の内面を歩いていたモノアラガイ。
正確にはヒメモノアラガイかな、とも思いますが、よく識別できません。
口がくっきり写りました。
左右に開閉します。
歯舌というやすりのようなもので、表面のコケなどをこすり取って食べます。
見ていると面白いですよ。

小学生のころ、600倍くらいまでの顕微鏡を買ってもらって、夢中になっていろいろ検鏡したのですが、この接眼レンズが面白い。
通常の検鏡の時とは逆向きにして水槽に当てて覗くんですね、接眼レンズだけで。
そうするとちょうど水槽のガラスの厚みの向こう側くらいに焦点の合ったすごい拡大レンズになるんです。これで、モノアラガイの口を飽きずにずいぶん長時間見ていたものです。
面白かったな、あれ。

河津桜

0305_1kawadu1 2011.3.5
重複しますが、きれいなものですからいいでしょう。
何回も重ねてお楽しみください。
葉芽が一緒に伸びてくる、というのが私の趣味に一致しますね。
0305_1kawadu2
花も葉も一緒に愛でることが出来てうれしい。
0305_1kawadu3
伊豆はなんども行きましたが、桜の時期に行ったことはないなぁ。
今はもう、伊豆まででかける体力はなくなりました。
ご近所で河津桜の花見ができてうれしい。

ハマヒサカキ

0304h_3hamahisakaki 2011.3.4
白山神社にて。
ハマヒサカキが花を準備しています。
独特のにおいが漂いますね、花が咲くと。
ホンサカキも2株くらいあるのかな、ここには。神社だから。
このハマヒサカキはずいぶん大きな木になっています。
花の形は可憐なんですがね。
呼び寄せたい昆虫の好みなのかな。

白梅

0304h_1ume 2011.3.4
白山神社にて。
花弁が落ちて他のパーツは残っている状態。
メシベがちょっぴり見えていて、子房はぼやけてしまっています。
実を熟させてあげてほしいですね。
植物の生き方を全うさせてあげたいと願うものです。

カランコエ

0304_7kalanchoe 2011.3.4
非常にペースのゆっくりした花ですね。
これで成熟し切ったところでしょう。
小さくてかわいい花です。
豪華な花じゃないですけれど、ゆったりとした時間の流れを味わうことのできる花ですね。

イチョウ

0304_6ityou 2011.3.4
鉢植えのイチョウの芽。
とても恥ずかしくて「盆栽」とはいえません。
結婚した年、子らが生まれた年、にギンナンを拾ってきて蒔いたら芽が出てきて、以来、ん十年一緒に生きてきたイチョウです。
発芽率は高いようですので、お試しください。
アニバーサリー・プラントとして一緒に年を重ねるのも悪くないでしょう。

アジサイ

0304_5ajisai 2011.3.4
アジサイの芽です。
墨田の花火という品種ですが、どうも手入れが悪いのか、華々しく花火を打ち上げてくれません。
こういう可愛くて美しい時期を楽しむのが好きですからいいのですけれど・・・。

標準電波が止まっています

●多くの方々が困難に相対しているさなか、私のブログをどうしたらいいのか、悩んでいます。
でも、植物や動物の日々の生きる姿を写真で切り抜いて、お目にかけることが少しでも心をほぐす糧になればと考えて、季節の進行を、東京の隅っこからご報告していこうと思います。もし、不謹慎だということがありましたらご指摘ください。よろしくお導きくださいますようお願い申しあげます。。

●地震・原発事故関連とはいえ、ごく些細なことに気付きましたのでご報告します。
私は身の周りに「電波時計」を何台か置いています。時刻合わせの手間から解放されて、気分がいい。
精確な時計でアバウトな生活を送るのが趣味です。「精確なアバウト」と表現しておりますが。
13日(日)の朝、時計を見たら、「受信成功」のマークが表示されていないのですね。
あれっ?と思って調べたり、強制受信をかけて事態がはっきりしました。
「おおたかどや山標準電波送信所」からの40kHzの標準電波が発信されていません。

現在、独立行政法人情報通信研究機構というところが、日本の2カ所から標準電波を送信しています。

平成11年(1999年)から
  福島県田村市都路町/同双葉郡川内村境界の大鷹鳥谷山(おおたかどややま)山頂付近の「おおたかどや山標準電波送信所」から40kHzの電波で。
平成13年(2001年)から
  佐賀県佐賀市 富士町/福岡県糸島市境界の羽金山(はがねやま)山頂付近の「はがね山標準電波送信所」から60kHzの電波で。

こういうことになっています。

0317_1clock1
これは腕時計の写真ですが、「40K 60K」と書いてあるのはその電波の周波数の意味です。
どちらかの電波の受信に成功すればアンテナマークが点灯して、どちらの電波を受けたのかが分かるようになっています。
この写真は、どちらの電波も受信に失敗した、という状況です。

0317_1clock2
波模様の左に「W」が表示されています。これは「西」=はがね山の送信所の電波を受信できた、という表示です。
「E」が表示された場合はおおたかどや山の電波がとれたという表示です。
{朝、時計を見るとき「聞えたかい?」と呟きながら確認して、表示を見て「聞えたよぉ」「聞えなかったぁ」と読んでいます。}

強制受信を繰り返しても、おおたかどや山の電波は受けられませんでした。
おおたかどや山というのが福島県にあるということは知っていましたが、正確な位置を確認したことはありませんでした。
地図帳を開いてみてビックリ。
福島第一原子力発電所と第二原子力発電所に対して、ほぼ正三角形をなすような頂点のところに大鷹鳥谷山はあったのです。
ということは、この送信所は現在、避難指示の出ている20km圏内ですね。

独立行政法人 情報通信研究機構のホームページを見たところ
http://jjy.nict.go.jp/index.html

おおたかどや山標準電波送信所(40kHz)は停波中です
3月12日19時46分、福島原発周辺地域に避難指示があったことを受け、おおたかどや山送信所の要員も地域外に退避しました。これに伴い、同送信所からの標準電波は送信を停止しています。
なお、はがね山標準電波送信所(60kHz)は通常通りの運用を行っています。
また、NICT本部(小金井市)で運用している日本標準時システムも正常に運用しています。計画停電の際にも自家発電機を使用して運用は継続されます。
なお、おおたかどや山標準電波送信所の運用停止期間中でも、はがね山標準電波送信所の電波が受信できる電波時計は正常に時刻合わせをすることができます。はがね山標準電波送信所の電波が受信できない地域、機種の電波時計は自動的な時刻合わせができなくなりますが、その間は通常の時計として機能しますので、すぐに時刻が大きくずれる心配はありません。
利用者の皆様にはご迷惑をおかけしますが、ご理解のほどお願い申し上げます。

こうありました。これ以上の説明は必要ありませんね。

ものすごく精確な時計、ということで購入された方もいらっしゃると思います。実は時計そのものが精確なのではなくて、受信する電波がとてつもなく精確なのです。この電波が受信できないとなると、時計は普通のクォーツ時計として動き続けることになります。それでも充分精確なのですけれどね。
以前は、テレビで「時報」を流していましたが、現在、地上デジタル放送へ転換するところですので、時報は流さなくなりました。地デジでは情報を圧縮しているので、受信するテレビがその情報をもとに復元しなければなりません。そのために、電波を受け取った時刻と、画面に画像を表示できる時刻の間に差が生じるのです。そこで時報を流すことに意味がなくなってしまいました。{FMラジオでテレビのアナログ放送が聞ける受信機があったら、地デジテレビの前で一緒に聞いてみてください。ズレますよぉ}

もし、ご自分の時計を精確に合わせたかったら、電話とか、ラジオとか、で合わせてください。
下のサイトでも標準時を見られます(通信状況でずれる可能性がありますけど、よろしければどうぞ)
http://www2.nict.go.jp/w/w114/tsp/JST/JST5.html
日本標準時の表示サイトです。

●昔、柱時計のネジを巻き、ラジオの時報に合わせるのが背の高くなった男の子=私の仕事だったこともあります。
 中学生になって腕時計を買ってもらって、竜頭を引っ張って時計を止め、時報に合わせて押しこんで時刻合わせもしました。
 標準電波による電波時計というものが世に出て、これは理科教師的には最高に面白いし、時刻合わせという作業から解放されて「精確なアバウト」生活をしておりましたが、ここにきて、こんな風にその現実に再直面したことに驚いています。

●時計の説明書を読み返して下さい。
多分、電波を受信するために必要な「向き」のことが出ていると思います。
「文字盤の9時の方向を電波送信所の方に向けるように」とか。
 デジタルの場合どちらが受信に適した向きかはよく分かりません。
 で、「はがね山」の電波を受信できる地域でしたら、はがね山の方へ向けてやってください。
 きっと時計が「聞えたよっ」といいますから。

 小さな生活の知恵でした。

2011年3月16日 (水)

私たちは、微力だけど無力ではない

3月15日付の朝日新聞の読者投稿欄「声」で、素敵な言葉に出会いました。

・・・
 私たちは、ここから立ち上がっていくしかないのだ。被災した地域の復興のために、被災した方々のために、私たち一人ひとりにできることがきっとある。すべての人々で、知恵を出し合い、力を尽くし、働こう。
 「平和のメッセージを世界に」と活動する長崎の高校生平和大使が掲げる言葉を私たちもここで宣言しよう。「私たちは、微力だけど、無力じゃない」。支えあい、励ましあって、立ち上がろう。

原水爆禁止2008年世界大会で、長崎市長の田上富久さんの長崎平和宣言の中にもありました。

長崎平和宣言
 ・・・
 長崎では、高齢の被爆者が心とからだの痛みにたえながら自らの体験を語り、若い世代は「微力だけど無力じゃない」を合言葉に、核兵器廃絶の署名を国連に届ける活動を続け、市民は平和案内人として被爆の跡地に立ち、その実相を伝えています。医療関係者は、生涯続く被爆者の健康問題に真摯に対応しています。
・・・
2008年(平成20年)8月9日
長崎市長 田上富久

個人個人の力は確かに小さなものです。でも確実に力はあるんです。ですから、その力を出し合って、合わせれば、必ず大きな力になるのです。
どうせ自分一人が何かしたってどうにもなるものじゃない、なんて言っていたら、無力になってしまいます。そうじゃない。
たとえば、積極的な行動には見えず、ネガティブに見えるかもしれないけれど、私が今、欲張ってガソリンを満タンにする、ということを我慢したら、その分が被災者のためになるかもしれない、と思って実行したらそれは力になります。

一人一人が、今できることをすればいい、それが力なんです。
今できることをしてほしい、そう願っています。

●災害時の避難所などニュースで見ていて、いつも思うことがあるんですよ。
高校生をうまく組織化して使ったらいい。元高校教師の実感として、あいつらその気になったらすごいことができる、と信じています。
避難所の維持運営に彼らを使ったらいい。
年配の方々や幼い子を抱えたお母さんや、障害者や、持病のある人や、そういうひとに、労力を提供する、布団の上げ下げ、日常品の搬入、不用品の搬出、給水車からの水の搬入など、そういう仕事をきちっとリストアップして、男子高校生に頼んだらいい。彼らの体力・回復力は底知れません。
女子高校生には、やはりお母さんたちの手伝い、子どもの相手、避難所内保育所のおねえさん、などを頼めばいい。女性として大人の女性のそばに寄り添わせればいい。
ここでは男女を少し分けておきましょう。男子高校生には女性のお世話はちょっと無理だから。

いかがでしょうか。私は高校生が好きだ。必ずできる。中学生を率いさせてもいい。
自分たちに出来ることがあるというのは、人を育てます。若い人を使って下さい。
それが復興への力を育てるのです。

いつもそう思うのです。

子どもはなおもひとつの喜び

3月15日付の朝日新聞「天声人語」の終わりの部分を引用します。

 ・・・
 紙の墓碑を思わせる東京の紙面にきのう、被災地で生まれた赤ちゃんの記事があった。
 〈子どもはなおもひとつの喜び/あらゆる恐怖のただなかにさえ〉
 谷川俊太郎さんの詩の一節を思い浮かべた。命の微笑を、力に変えたい。

私自身は、あの赤ちゃん誕生の記事を読んだ時に、栗原貞子さんの「生ましめんかな」が脳裏をよぎったのでした。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-f358.html
この記事の最後で私はこう書きました。

被災地でで赤ちゃん誕生、のニュースを読み聞き、涙が出ました。
あかちゃん、おかあさん、元気で!生きてください、大きくなって下さい。

谷川俊太郎さんのこの詩が気になって、調べてみました。
詩集「地球へのピクニック」(銀の鈴社)にあるようです。「子どもは……」という題の詩です。

   子どもは……

子どもはなおもひとつの希望
このような屈託の時代にあっても

子どもはなおもひとつの喜び
あらゆる恐怖のただなかにさえ

子どもはなおもひとりの天使
いかなる神をも信ぜぬままに

子どもはなおも私たちの理由
生きる理由死を賭す理由

子どもはなおもひとりの子ども
石の腕の中ですら

天声人語子はよい詩を教えてくれました。
よい言葉は力を持つものです。
再度。
あかちゃん、おかあさん、元気でね!

私や天声人語が扱った記事を引用して終わりにします。

●余震続く中、産声 宮古(2011年3月14日)
 岩手県宮古市で12日、被害を切り抜けた女性が女の子を出産した。東京都杉並区から宮古市の実家に里帰りしていたKさん(28)。震災で犠牲になった人たちのことを思うと胸が詰まるが、授かった命を愛し、育んでいこうと心に決めた。
 地震が起きた11日、Kさんは1人で市中心部のカラオケ店にいた。それまでは毎日、午後は海を見ながら岸壁を散歩するのを日課にしていたが、16日の出産予定日を前にふと「好きな歌を思いっきり歌っておきたい」と思い立った。その日に限って海に近づかなかったのは、今から思えば、何かが守ってくれていたからか。
 1曲目を歌おうとしたとき、突然大きな揺れに襲われた。「このままだと下敷きになる」。夢中で外に飛び出し、母と祖母が暮らす高台の実家に駆け出した。とりあえず難は逃れたが、夜になっても余震は続き、一家で近くの中学校へ。「子どもがいない」「知り合いを見失った」。避難者たちの話を聞いて、初めて津波の被害の大きさを知った。岸壁の散歩コースはもちろん、さっきまでいたカラオケ店も大波にのみ込まれていた。
 さらに高台を目指し、県立宮古病院の駐車場にたどり着いた。湯たんぽで寒さをしのいでいると、夜中になって激しい陣痛に見舞われた。「こんな時に……」「被害者がどんどん運び込まれているのに、病院に迷惑はかけられない」。そんな思いでこらえたが、どうにもならなくなり、午前3時ごろになって駆け込んだ。
 余震が断続的に続くなか、12日午前6時57分に出産。2544グラムの元気な女の子だった。「上手なお産でしたよ」。看護師が優しくほめてくれた。
 うれしい。でも、犠牲になった人たちのことがずっと頭を離れない。「生まれる子供がいるのに、流されたり亡くなったりする人たちがいる……」
 その日の夜、夫(42)に電話がつながり、無事と娘の誕生を伝えた。「あなたにそっくり」。夫は声を詰まらせながら「頑張ったね」「これからも気を付けて」と繰り返した。
 娘には「幸愛(ゆきあ)」と名付けるつもりだ。幸せで愛される子に――。ずっと前からふたりで考えていた名前。「この町のみんなは、これから力を合わせて生きていく。私も頑張って、この子を守り、育てていきたい」
 Kさんは何度も繰り返した。「伝えたいことは、まだまだたくさんある。どうか記者さん、この町の惨状を広く伝えて下さい」

●こういう記事もありました。

東日本大震災:地震翌朝、新しい命 懐中電灯の下で出産:毎日新聞 2011年3月14日
 青森県八戸市河原木の主婦、Kさん(32)は12日早朝、停電に見舞われた市内の病院で男児を出産した。
 暖房の切れた院内は冷え込み、余震が続く環境の中での新しい命の誕生だった。陣痛が始まったのは12日未明。すぐに夫(35)の運転する車で暗闇の道を病院へと向かった。小雪が舞う中、午前4時過ぎに病院に到着したが、発電機がないため院内は真っ暗。電動式の分娩(ぶんべん)台も動かないため、背中部分に枕を置いて角度を作り、看護師が手にした懐中電灯を使っての出産が始まった。
 途中、隣の部屋から大きな音が鳴り、白煙が漂った。病院と取引のある男性が用意した小さな発電機を起動させた。赤ちゃんの様子を見るためのライトに明かりがともった。
 午前5時38分、3310グラムの元気な男の子を出産。Kさんは「余震で分娩台が何度も揺れる中での出産でしたが、ひとりぼっちじゃないから大丈夫だろうと思った。元気でたくましい子に育ってほしい」と笑みを浮かべた。
 八戸市では津波被害を受け、1人が犠牲となっている。


2011年3月15日 (火)

計画停電

◆私は東京の大田区の南端に住んでいるのですが、計画停電が実施される中で、自分の住んでいる地域が何グループなのか未だに判然としていません。東電のホームページを見ても、これが正しいバージョンです、という電力会社自身がオーソライズした表がないのです。あいまいなものが掲載されたままです。
私自身は、計画停電は必要だと考えていますし、年齢的に戦後の電力事情の窮乏中に幼い時代を過ごしたものですから、毎夕定期的に停電になるなどという経験もあります。停電自体にはそう驚きもしませんが、東電自身が、やってみなけりゃどこが消えるかわからないなどといういい加減な事態であることにはうんざりします。
グループ分けして、ローテーションを組んで、毎日1,2回、3時間位我慢するということは全く構いません。
ただ、その基礎データを会社自身が保有していないということに、あきれ驚くものです。どういう経営をしてるんでしょうね。自分の会社の商品をどこにどう売っているのか分からないなんて、そういう商売ってありなんですかねぇ。

というわけで、苛立たされてしまうわけですが、計画停電というものが必要だという事情はかなりよく分かっているつもりですので、私の理解する範囲をお伝えしましょう。

◆先ずは、たとえ話です。
完全に真っすぐな道を自動車を運転しているとします。(カーブがあると話がややこしいので)。上り坂下り坂はあるものとします。
時速50kmを維持して走らなければならないとしましょう。すると、速度計を見ながらアクセルを一定の深さに踏み込んでその速度を維持することになりますね。
そのとき、車が上り坂にさしかかりました。当然アクセルの踏みこみが一定のままだとスピードが落ちますね。ですから、時速50kmを保つためにアクセルを少し踏む込むことになります。
逆に下り坂にさしかかったときに、アクセルをそのまま踏んでいては速度が増してしまいますからアクセルを緩めます。
時速50kmで走ることを要請されているくらいなら充分アクセルワークで対応できますね。
時速100kmを維持するのもそう難しくはないでしょう。
けれど、スポーツカーでもない限り、時速150km位を維持しろと言われたら、ぎりぎりじゃありませんか?
上り坂にさしかかって、スピードが落ちる、アクセルを踏み込まなければと思っても、もうアクセルの踏みこみようがない。
どうしようもなく、スピードは落ちていく。
こうなりますね。

◆実は電力供給というのはこれに似た話なのです。

計画停電に被災地 「被災状況の考慮不足」と東電陳謝
2011年3月14日23時7分
 ・・・
 電力はガスや水と違い、タンクなどに大規模にたくわえることができない。このため、需要分だけ常に供給する態勢をとる必要がある。需要が供給を上回ると、安定した電力を送れず、送電が不安定になることがある。
 ・・・

こんな記事がありました。
電力は貯えられないのです。
電池じゃ容量不足。
実用化できているのは、揚水発電くらいかな。
水力発電所で、水を落として発電するのと逆に、外から電気エネルギーを注ぎ込んで発電機をモーターにして水をくみ上げるんですね。で、ダムに水を貯める。電気エネルギーを水の位置のエネルギーに変えて貯えるのです。
他に、空気圧に変換して貯えようとか、回転する重い円盤のエネルギーにして貯えようとか、超電導コイルに貯えようとか、いろいろ原理的には可能な方法もありますが、大規模な電力貯蔵は現在は出来ないのです。

需要に対して電力を不足させるわけにはいかない、作り過ぎても貯えられない。
上のたとえ話の、水平でも上り下りでも、一定のスピードで走り続けなければならない自動車と同じような状況なのです。
自動車のたとえ話では、上り坂にさしかかるとエンジンに負荷がかかって、回転数が落ちますね。で回転数を上げるためにアクセルを踏んだ。

発電所ではどうなのか。ものすごく簡単化してしまうと、同じこと。
電力需要が増えると、その負荷が発電機にかかって、回転数が落ちるのです。
発電機の回転数が落ちないようにするには、タービンに送り込む水蒸気の量を増やすしかない。火力発電でも原子力発電でも。
ある意味で、アクセルを踏むんですね。
電力需要が減ったら、そのままだと発電機の回転数が上がってしまいますから、発電機に送り込む水蒸気のエネルギーを減らすしかない。
こうやって、発電機にかかる負荷を監視しながら、1秒間に50回という回転を維持し続けるというのが発電所の使命なのです。
たとえ話にあったように、ゆとりがあれば問題はない。ところが発電機の能力の限界近くで運転している時に負荷が増えると、もうフォローできなくなってしまいます。発電機の回転数が維持できず、電圧が落ちます。

これを避けたいんですね。発電余力を持っていないと需要に対応できなくなる。
常に余力を持っていなければならない。
原子力発電を一定のレベルに保ちベースとする。火力発電で需要の変動に応じる。さらに揚水発電で緊急事態に対応する、というような「常に余裕を保持する」仕組みにしていたのです。

それが原子力発電所を失った。余力がなくなってしまった。
そこで、限界に達しないように、計画的に停電を行って、需要が発電能力の限界を超えないようにしようとしているのです。限界を超えてしまうと、全部アウトになってしまうのですね。

こういうことを知っていいますから、計画停電ということ自体は私は充分に理解するものです。

◆この知識。どうして得たか。
理科教師としては、手回し発電機など使った授業をします。豆球をつないで、手回し発電機を回すと、豆球が光ります。ぐんぐん回すと明るく輝いて、やがて豆球が切れます。その瞬間、手回し発電機の負荷が消滅します。
手回し発電機で電気分解をします。スイッチOFFのときは軽く回ります。ところがスイッチONにして電気分解を始めると途端に発電機が重くなります。
自転車の発電機もそうですね。結構ペダルが重くなる。

こういうスケールは理科教師の守備範囲。
工業高校に勤務していた頃、電気科の先生と話をしていて、電力需要の増加は発電機への負荷という形で知ることができる。これを検出して回転数を一定に保つんですよ、と伺って、一瞬で「あ、そうか」と理解してしまった。
理科教師は「原理」には結構強い。ですが、「技術」には疎い。
世の中のいろいろな技術の中味を知るたびに、その原理は分かるものだから、技術というもののすごさもよく分かる立場ではあるのです。

◆東電さん、しっかりしてくださいよ。
私たちの生活に必要なエネルギーの多くを作ってくれているんだから、頼りにしているんです。
このところの対応は、技術者としては悲しいものがありますよね。
技術者としての誇りをもって、しっかりお願いします。
頼みますよ。

深呼吸

アサヒコムに、会員制のサービス「アスパラクラブ」というのがあります。
ここに長尾和宏さんというお医者さんが書いている「町医者だから言いたい!」というブログがあります。
その329回の記事は「共助のために深呼吸を」という記事でした。
とても「よい言葉」を聞きました。よい言葉というものには力があります。ぜひ皆様にもその力を共有していただきたいと引用する次第です。

共助のために深呼吸を  [11/03/14]
                長尾和宏
・・・
我々も落ち着いて行動しましょう。
時々深呼吸をして1分間でも瞑想しましょう。
今はパニックにならないことが大切です。

避難されている方が、このブログを読めるはずはないので、
あくまで、これは非被災地の方に向けて書いています。
少し位の不便は国民全体で共有し我慢しましょう。
・・・
日本中が、「共助」の気持ちを共有する時です。
今こそ、日本人の底力を出していきましょう。
そのための、深呼吸です。

なお全文は非会員でも下のURLから読むことができます。よろしければどうぞ。
https://aspara.asahi.com/blog/machiisya/entry/x2yYWmEuTs

腕の力を抜いて、両肩を上げてください。肘を少し曲げて。
そうしたら、ストンと脱力して下さい。
そうして、ゆっくりと深呼吸をして下さい。

被災していなくても、連日このすさまじい現実に否応なく直面し、計画停電に備えなければならないし、原発は気になるし、生活防衛の意識がひどく強くなっています。
無意識のうちに肩に力を入れ、構え、怖い顔になっています。

深呼吸をどうぞ。
時々、脱力して下さい。
よい智恵も湧きましょう、底力も湧きましょう。

0314_3outou1
案山子から皆様にプレゼント。
桜桃が咲き始めました。3月14日です。
0314_3outou2
花が咲けばさっそくホソヒラタアブが訪れてきました。

むき出しの自然の荒ぶる力に翻弄されています。
生物的な自然は、植物も昆虫も、ヒトさん「わたしたちは みんな いきものだよ」と語りかけてくれるようです。
そうなんだよね。そうだったよね。ありがとう。

被災地でで赤ちゃん誕生、のニュースを読み聞き、涙が出ました。
あかちゃん、おかあさん、元気で!生きてください、大きくなって下さい。

2011年3月12日 (土)

無事です

昨日の地震で、私及び私の家族は全員無事です。また、住居にも被害はありませんでした。
目の前の東急多摩川線は夕方まで不通でしたが、夜に入って運行を再開し、通常の終電時刻を過ぎても、運行していました。帰宅者への配慮と思います。有難いことでした。
事態は現在進行中ですが、亡くなられた方々に謹んで哀悼の意を表します。
 崩彦 合掌

2011年3月11日 (金)

反発係数

先日、「ヨネックスのパワークッション」という広告で

7mの高さから生卵を落としても割れず、さらに4m以上も跳ね返すという驚きの高反発・軽量衝撃吸収材『パワークッション』

というのを見かけました。写真も掲載されていました。

どうも、物理教師「眼」が抜けきれませんねぇ。こういうの見ると、あ、教材になる、などと思ってしまいます。
力学の「衝突」のあたりで使えます。この広告をコピーしてプリントし、「このデータから、この素材の反発係数を求めよ」なんていう演習ができそうです。

反発係数(跳ねかえりの係数ともいいます)というのは。

Fig1
fig.1を見てください。
二つの物体がそれぞれの速度をもって正面衝突したとします。
衝突前後の速度は図中のような名前を付けておきましょう。
また、右方向をプラス、左方向をマイナスとしておきましょう。
このとき下のような式で反発係数eを定義します。
下の3つの式の一番上の式です。
F1
いろいろ付随する話はふっとばして、床に物体が落下してきて跳ねかえる時の床と物体の間の反発係数を求めることを考えます。
そうすると、床の方は全く動かず、速度は変わらないとすると
一番下の式のようになりますね。

Fig2
さて、fig.2を見てください。
Hの高さから物体を落した時、床に当たる速度は自由落下として簡単にもとまります。
床に衝突した物体は、ある速度で真上に跳ね上がりhまで上昇しました。
その後を考えると、hの高さから物体が自由落下してきて再び床に当たる時の速度は、運動の対称性からして、さっき真上に跳ね上がった時の速度と等しいのです。
{空気抵抗を考えない状況で、真上に向けてピストルを発射すると、頂点まで行って今度は自由落下してきた弾丸の速度は、発射時と同じ速度になるんですね。西部劇なんかで上に向けて銃を撃つシーンがありますが、空気抵抗がなかったらあれは危ないですよ~。}
ですから、hの高さからの自由落下で速度がもとまるんですね。
F2
Hの高さから落下してきた時の速度は①でもとまります。
跳ねかえった時の速さは、跳ね上がった頂点の高さhを使って、②のようにもとまります。
そこで反発係数eは③式であらわされるのですね。

落した高さの半分まで上昇すれば(1/√2)=(√2/2)≒1.414/2=0.707
こんな感じですか。(この数字、どこかで見たことありませんか。縮小コピーするとき面積を半分にする時の縮小率ですね。)

広告では、H=7m、h=4mということでしたので
e=√(4/7)≒0.76 くらいでしょう。

この値が大きいのかどうなのか、よくわかりません。

金属バットとボールでは0.6いくのかなぁ。

ビリヤードの球は昔は象牙でしたね。象牙の球同士の反発係数はよく0.95とかいったものです。
ガラス球同士の衝突も同じくらい。またガラスとステンレス球でも同じくらい、といいます。

鋳鉄同士で0.65
銅と銅で0.55
鉛同士になると0.2

こんなイメージですね。

鉛球を衝突させると跳ねかえらずに合体してしまったり。
ほとんど粘土の球と同じようなふるまいをしますね。

昔はなかったし、調べた事もありませんが「低反発枕」とかいうのが結構はやっていますね。
多分「低反発」というのは反発係数が非常に小さい、という意味なのでしょう。
昔の「そば殻枕」だって低反発ですよね。そば殻枕に物を落としたって跳ねかえってなんか来ませんものね。

スーパーボールというのがはやりましたね、今もあるのかな。あれは反発係数は0.9くらいでしょう。
全然弾まないボールというのもありましたね。落っことすと跳ねかえらず床の上で止まってしまうやつ。あれは反発係数ほぼ0ですね。

逆の話をすると、反発係数を自乗すると、1mの高さから落とした時の跳ねあがりの高さの目安になります。
e=0.9なら、0.8mくらい跳ねあがる。
e=0.2なら、0.04m=4cmくらい跳ねあがる。
などですね。

やり始めると止まらなくなります。
教材探しって面白いものなんですよ。これでどういう授業になるのかは、教師と生徒の力量次第なんだなぁ。
ライブの楽しみ、授業を作る楽しみが私の最高の楽しみでしたね。

オタマジャクシのお祭り

0304_1otama 2011.3.4
オタマジャクシたちの食欲が旺盛。
ここまでは藻や苔でいいだろう、と苔のついた石など入れてやったりしていましたが、そろそろ動物質のものもほしいだろうなと、入れてやったのが「板麩」。小さくちぎって。
そうしたらまぁ、喜ぶのなんのって。
みんな集まってきて、押し合いへしあい、押しくらまんじゅう押されて泣くな、の状態です。
麩は押されてあっちへ、こっちへ、ぐるぐる回って。
オタマジャクシに担がれたお神輿状態ですね。
嬉しくなりました。

煮干しなんかでもいいのですが、水が濁りやすいのが要注意。
水面に浮くタイプのメダカのエサもいいですよ。
植物質としては、茹でたホウレンソウの葉を入れてやっています。
見事に消えます。すごい食用。よほどおいしいのでしょう。

今は魚の飼育みたいな状況ですが、なにせカエルですからね。
やがて脚が出て手が出てきます。
なんとなく、進化史をみているような気分。
我らの仲間だなぁ、という気分は強いですね。

{昆虫の場合は、動物の中で私たち脊椎動物とは別の柱である無脊椎動物の代表選手ですから、これまた、進化史など思い浮かべながら感慨にふけることができます。楽しいですよ。}

タネツケバナ

0303_7tanetukebana1 2011.3.3
ベランダのプランターにタネツケバナがいくつか咲いています。
アブラナ科。
脇の棒状のものが果実。これがとっても特徴的ですね。
熟すと、下の方からクルクルっと巻き上がって中の種を飛ばします。
0303_7tanetukebana2
小さな花なんですが、つぼみも口を開きそうだし、よくよく見るととても可愛くていい花です。
しゃがみこんで観察して下さい。
0303_7tanetukebana3
いつも花や実に注意がいっていましたが、ベランダなのでぺたんと座りこんで撮影していたら、葉に注意がいきました。
かわいいですね。
ミトンというかなんというか。
0303_7tanetukebana4
そうなると、こういうアングルが狙える。
花と葉の特徴が同時に分かるように写してみました。
参考にして下さい。

(また)カランコエ

0303_6kalanchoe 2011.3.3
ゆっくりな花ですね。
花びらの色が濃くなってきましたね。
同時に、花の中のオシベが成熟したようです。
隣にそろそろ咲きそうなつぼみがありますが、なかなか。
いっぱい咲き揃って欲しいと思いつつ、人が手を出せる問題じゃなし。
毎日、眺めています。

カタツムリ

0303_5katatumuri 2011.3.3
カタツムリの殻が落ちていました。
小さいです。1cmちょいかな。
大型のカタツムリが昔はいっぱいいたんだけどなぁ。
最近は見かけなくなりました。
ナメクジは繁栄していますけどね。
さびしい。

ギンメッキゴミグモ

0303_4ginmekkigomigumo1 2011.3.3
ギンメッキゴミグモの幼体が小さな網を張っていました。
でもなぁ、網にかかる昆虫というのは今は少ない。ユスリカの仲間がふわ~っと飛びますが、網にかかるのはごく少ないでしょうね。
0303_4ginmekkigomigumo2
1mmちょいの小さなクモです。
翌日にはこの場所にいませんでした。
元気で成長してくれるといいですね。

ビヨウヤナギの葉を2枚、糸で引き合わせて籠っているクモの子もいるようでした。
夏ならね、ごめんよ、とかいって中を覗いたって、エサはふんだんだしそう気にしないのだけれど、今のこの厳しい時期に、籠っているのを引き出す気にはなれなくてそっと放置しています。
もうしばらくしたらエサも増えるからね、我慢しろよ、と内心でささやいています。

桜桃

0303_3outou
↑3月3日

0305_4outou1
↑3月5日
0305_4outou2
↑同じく3月5日

大きくなり、色づき。
まだかなぁ。

2011年3月10日 (木)

ジンチョウゲ

0303_2jintyouge1 2011.3.3
ジンチョウゲの花が咲き進んでいます。
まだ小さな木で花を咲かせて大丈夫かと心配していますが、「三つ」咲かせています。
そのうちの一番早く進んでいる花です。
外側から中へ咲き進むんですね。
0303_2jintyouge2
別の花。緑っぽいつぼみから花まで。
0303_2jintyouge3
花一粒。
花弁の細胞が輝くんですね。キラキラしています。

鉢のそばに坐り込んで撮影するのですが、そうすると芳香が花に届きます。
暖かい陽ざしとジンチョウゲの芳香。
幸せなひとときです。

オタマジャクシ

0303_1otama1 2011.3.3
完全にオタマジャクシになりました。
0303_1otama2
外エラも引っ込んで、体内の内エラになったようですね。
0303_1otama3
尾の付け根のところに黒い棒状のもの。
一瞬、え!もう脚?とびっくりしましたが、違いました。
ウンチです。
0303_1otama4
食用旺盛、ウンチもいっぱい。元気ゲンキ。
脚の「芽」ではないかという膨らみが、このウンチのついているあたりに、一対あるんです。
まだ先だよなぁ。

これからはご報告の間隔が伸びます。
元気に泳ぎ回るばかりですので。写真にはなりにくい。

桜桃

0302_4outou 2011.3.2
この桜桃の品種名は「暖地」。
寒いよね、まだ。
去年は3月7日でしたかね、咲いたは。今年はどうも遅れそうですね。
1月が寒かったですから「積算温度」が足りないのではないかな。

0303_3outou 3.3
ずいぶんふくらんで来てはいます。
ゆっくりゆっくり、進んでいきます。
待ちましょう。こちらも、ゆっくり。

ハハコグサ

0302_2hahakogusa 2011.3.2
この日は曇っていて一時小雨も降ったという日。
なにか写真ネタはないかなぁ、と見ていたら、ハハコグサに水滴。
ハハコグサの葉の表面は細かい毛が生えていますね。で、水をほぼ完璧にはじいてしまいます。
植物の葉の表面は大抵、撥水性のクチクラで覆われていますが、それだけでは水滴は完全には丸くなりません。
表面の細かい凹凸や、毛が重要。
雨上がり、葉の上の水滴など見ながら、葉の表面の構造も考えてみてください。

ユキヤナギ

0309_13yukiyanagi1 2011.3.9
先日、アリッサムでしたかを見かけたときに、ユキヤナギの花に似てるかな、などとトンチンカンなことを思ったと書きました。
駅からぶらぶら帰ってきたら、ユキヤナギが2つ3つ、咲き始めていましたよ!
0309_13yukiyanagi2
つぼみはいっぱい。
ま~だだよ、というのから、もうすぐだよ、というのまで、顔を並べています。
0309_13yukiyanagi3
開いたゾ、という花も。
可愛いですね。

ここは風の道になっていて、揺れが激しい。しばらく粘りましたが、腰が辛くなってきたので引き上げました。
風の弱い日にまた撮影に来ます。
近所のお家の植え込みなのですぐ来られます。続報をお待ち下さい。

桜も梅も

0309_11sakuraume1 2011.3.9
駅前の商店街にある鉢植えの河津桜はすでにご紹介しました。
これまでの写真は、土曜日に蒲田の本屋さん散歩に行った帰りの撮影で、コンパクトデジカメでの画像でした。
今回は一眼レフを肩にかけて出てきましたから、ぜひ撮ろうと回りました。
つぼみと花と。いい感じですね。
0309_11sakuraume2
これ私の好みの構図。
花、そして新緑。
この緑、葉として開き切っていない初々しさ。
すきなんだなぁ。
植物でも動物でも「おさないもの」って好きですね、私。

0309_11sakuraume3
ところで今回気付いたこと。
この写真の花、色調が違いますね。
上の淡いピンクの花は河津桜。
で、下の真っ白な花は?
なんと、これ、白梅なんだ。
葉も違いますね。
よくよく花のついた枝を下へ辿ってみていくと、違う鉢の違う木。
桜と梅を交差させていらっしゃる。面白い工夫をなさいました。

「梅は咲いたか 桜はまだかいな」というのは江戸端唄ですか。(私は唄えません、為念)

 梅は咲いたか 桜はまだかいな 柳なよなよ風次第
 山吹ゃ浮気で 色ばっかり しょんがいな~

 梅にしようか 桜にしよかいな 色も緑の松ヶ枝に
 梅と桜を 咲かせたい しょんがいな~

かわづさくらの みどりのわかば うめとさくらの はなにもて
{都々逸風に。どなたかくちずさんでみてください。}

0309_11sakuraume4
白梅を背景にぼかし、桜を鮮明にしてみました。
よく見ると、木の肌も違うんですねぇ。
そうなんだあ、知らなかった。

0309_10sakura1 2011.3.9
用事があって郵便局へとぼとぼと。肩にはカメラバッグをかけて。
郵便局は「桜坂」の一番下。六郷用水の近く。
今回は徒歩ですから、桜坂をのぼる気はありません。
一本の坂なんですが、中間点あたりまでは両側が住宅で桜はなし。
「桜坂」という信号を過ぎて「桜坂上」の信号まで、坂の上半分で両側に桜が植わっているのです。
徒歩では私にはちょと遠い。
で、六郷用水の方へ。足で踏む水車の復元模型、藤棚、ハナモモなどのあたり。
遊歩道沿いに植えられた桜並木です。初めはひょろひょろの若木だったのですが、今は立派な「大人の木」です。
どうかな、芽のぐあいは?

0309_10sakura2
まだまだ堅そうですね。
0309_10sakura3
手ごろな高さで撮影できるものはあまり多くありません。
遊歩道の先の方に桜の木はいっぱいありますが、枝が高い位置なのであきらめて。

またそのうち、ほころんできたらご報告します。

2011年3月 9日 (水)

(もっと)オタマジャクシ

0301_1otama 2011.3.1
3月に入りました。
外エラが白っぽくふさふさ。
石についたコケなど食べているように思えます。
0302_1otama1 2011.3.2
外エラではあるのですが、もう引っ込み始めましたよ。
0302_1otama2
目も開いたかな。
0302_1otama3
ちょっぴり外エラをのぞかせていますが、体形は完全にオタマジャクシになりました。
この後の変化は、ここまでよりゆっくりになります。

生物の発生というのは本当に面白い、不思議です。

(また)オタマジャクシ

0228_3otama_2 2011.2.28
池の中に沈んでいた木の葉を入れてやったら、葉の縁にずらっと整列しました。
そろそろ食べたくなってきていますね。
外エラがふさに分かれてきたのも見えます。
0228_4otama1
もうお腹の卵黄もほとんどなくなってきていると思います。
エラはふさふさ、呼吸能力も高まっています。
口も開いたかな。
0228_4otama2
すごい口ですね。
普通の姿のオタマジャクシしか知らない人はちょっとびっくりするような姿ですね。
0228_4otama3
すごくぼやけているんですが、尾もいかにもオタマジャクシの尾、という形になりました。

これからは自分でエサを食べる時期に入って行きます。
毎日変化していきますね。すごい。

オタマジャクシ

0227_6otama1 2011.2.27
ずいぶんオタマジャクシっぽくなってきました。
0227_6otama2
これは背側からのシルエット。
外エラが見えますが、まだふさふさのエラにはなっていない。
0227_6otama3
これは腹側からです。
むずかしくってねぇ。プラスチックの板越しの水中ですから。
口のようなものがあるようなないような。
まだ、食べる、という状態ではないです。

0227_6monoaragai
オタマジャクシを眺めていたら、池の藻と一緒に入ってきたらしく、モノアラガイの幼生がいました。貝殻は1mm程度。
かわいいです。
こんなのつまもうとするとつぶれますよ。(昔、経験があるもの。)

カランコエ

0226_8kalanchoe 2011.2.26
この花一つだけなんですよ、今のところ咲いているのは。
つぼみはいっぱいあるのですが。
メシベの柱頭が4裂しているのかな。
暖かかったと思うと、雪が降ったり、春のエンジンがかかるまでには不安定な揺り戻しが続きます。
いっぱい咲いてくれるといいのですけれど。
待っています。

クロヒラタアブ

0226_7kurohirataabu1 2011.2.26
やれ うつな
クロヒラタアブが
0226_7kurohirataabu2
手をする
0226_7kurohirataabu3
足をする
0226_7kurohirataabu4
ついでに翅をする

演技派ですねぇ。

カエルの幼生:2/26 その2

0226_9otama1 2011.2.26
前の記事の写真は午前中でした。
それがこの日、2/26の夕方5時ころにはこうなってしまうんですよ。
体が前後にずいぶん長くなりました。
神経管が完成したものと思われます。
0226_9otama2
背中のところに「節」が見えていますね。
口はまだ開いていません。
エラが納まっている膨らみがありますが、まだこれも開いていません。
みんなそろって体を立てています。
なんという速さでしょう。
チョウの蛹の中で、イモムシから成虫へという変態もものすごいですが、あれは見えませんものね。
ヒキガエルの発生過程は見えるからなぁ。
ぐんぐん形を変えていくんですよ。
高校生物などでは、今日の段階の姿に至る「前」のところを詳しくやります。
卵割・桑実胚・胞胚・原腸胚などね。
この過程は速いけれど、実際に観察するのは大変です。外からしか見えないし。
それに比して、こうやってだるまさん型になってからの変化は観察に手ごろ。
小学生などにも是非見てもらいたいですね。

生きてるって、変化してゆくことなんだよ。

しがみつかない。おそれず変わって行きたまえ。君たちも。

カエルの幼生:2/26 その1

六郷用水で採取してきたヒキガエルの卵と、家の庭の池に産卵された卵と、二系統になっていまして、私自身混乱してきましたので、ブログの記事は六郷用水で採取してきた卵のその後についてのみご報告します。
0226_1hiki5 2011.2.26 午前9時半ころ。
25日に採取してきたときは、黒い球形でゼラチン状の管の中に入っていたのですが、翌日には管から出てきました。
といっても泳ぐとかいうことではないのです。
おそらく、ゼラチン状の物質を溶解する酵素を分泌したのだと思います。ゼラチン状の管に穴が開いていますよね。そこから出てきたのです。
0226_1hiki1_2
典型的な姿。神経胚なのか、もう尾芽胚なのか。尾芽胚の始まり頃だと思いますが。
卵の膜にまだ包まれたまま。
これはシルエットですが
0226_1hiki2
体の表面が写ったものを探したら、こうでした。
0226_1hiki3
頭部はこんな感じ。
口も開いてないし、エラもまだ。神経管もまだ完成してないのではないかな。体の中味を今作っているところです。
0226_1hiki4
こんなのが、ころんころん、浮いているんですよ。
かわいいんだから。
なにせ、猛烈な勢いで体を作っている最中ですからね。見ることはできないけれど、感動しますよね。

生きています。

2011年3月 8日 (火)

ヤツデ

0225m11_yatude 2011.2.25
この姿を見るのは久しぶり。思わず一枚。

0225m12_nira
そしてホーム・ストレートですね。
線路の柵の中。枯れ切って種を全部まきおえたニラの姿。
一粒だけ残っているようにも見えますね。
家まであと200m足らず。
今回のモンパル散歩のご報告はここまで。

また暖かい日に出かけます。

コイ

0225m11_koi 2011.2.25
水路が浅く広がった部分。
ここでヒキガエルの卵を見かけたのでした。ここにも少し写ってますね。
オタマジャクシが泳ぐようになった時、幼い人なんかが手を伸ばして触ってみたりできるような場所です。構わないから手で触ってみればいい。そういう経験なしで、ただカワイイとか、命を大切にとかいっても、標語にしかならないでしょ。
知らなかったことを知る、体感して知る、もっともっと子らは体感すべきなんだよなぁ。

ところで、コイ。卵を食べてしまわないのかなぁ。
大きな口なんですよ。
私はコイの口に指突っ込んだことあるからなぁ。
これはうっかりやらないように。喉の奥の歯は強力。怒らせると指先を食いちぎられますよ。

また話がカエルに戻って。
ヒキガエルは冬眠の途中で醒めて、産卵したあと、また眠ってしまうのだそうです。
ヘビが冬眠からさめないうちに産卵してしまおうということらしいですよ。
で、自分たちはまた眠りについて、4月から5月ころ、エサの昆虫が活動し始めてから「春眠」から醒めます。

妻が家へ持ち帰った卵、その後順調です。またお目にかけるつもりです。

キジバト

0225m11_hato1 2011.2.25
ボケの植え込みの向こうをハトが歩いていました。
写真ですごく手前にあるために被写界深度を遥かにはずれてぼんやり写っている棒状の物、これがボケの枝です。
0225m11_hato2
こうなれば分かりますね。
虫好きの私には鳥が無表情なように見えてしまいます。
昆虫の顔だって無表情と言えばそうなんだけど。好きだから擬人化しやすい。
ハトさんごめんなさい。

ボケ

0225m11_boke1 2011.2.25
そうだ六郷用水の方も見て帰ろう、と回り道。
遊歩道の植え込み。ボケが咲いていました。
0225m11_boke2
白いのもあれば
0225m11_boke3
赤いのもあって、きれいですよ。
もう少ししたら満開でしょうね。
ちなみにボケはバラ科です。

アリッサム

0225m9_alyssum 2011.2.25
プランターに見つけた可愛い花。
丸くかたまっているところは、少しコデマリに似てるな、花一つはユキヤナギに少し似てるな、でもどっちでもないな。
これが私の認識。いい加減なものでしょ。
季節の花300というサイトで調べたら、アリッサムというようですね。
アブラナ科です。
ユキヤナギなんかバラ科ですからね。まるっきり違ってしまった。
庭薺(にわなずな)とも呼ぶそうです。
とってもきれいでした。

帰り道にて

0225m8_basketbackboard 2011.2.25
モンパルでの散歩。目的の公園での梅も見たし、あとはぶらぶらと家の方向へ。
はて?バスケットボールの、バックボードがありますよ。
これ、実際にボールをシュートしてボードに当てたりしたらきっとお家に響いてしまうだろうなぁ。
バスケットが好きで、飾りとしてつけたのだと思うのですが・・・

ここからそう遠くはないところのお家で蒸気機関車の動輪を家の前に飾っておられる家もある。
いろいろな趣味があるのだなぁ。
ちょっと行き過ぎてから、振り返って撮影させてもらいました。悩んじゃったもので。

子のもとへ

2011.3.7付 朝日俳壇より
母猫や乳房ゆらして子のもとへ:(仙台市)原田千代子
 長谷川櫂評:優しい母猫である。こうした子への愛によって、生きとし生けるものは命をつないでゆく。

昔、私の母の話では。
赤ん坊を寝かせて買い物などに出かけても、子の腹がすく頃には、自分の乳房も張ってくるのだ、と。

この母猫、「優しい母」ではありますが、哺乳類の母子関係というものは、相互に引き合っているのでしょう。そういう視点はお忘れなく。
今、私は「哺乳類」といいましたが、こういう関係をもつのは「生きとし生けるもの」というよりは、哺乳類というべきでしょう。
私たちは哺乳類の動物。サルもネコもイヌも。おんなじですよ。ヒトだけが偉いわけじゃない。

我々はサルなんだ、哺乳類なんだ、という認識が深く共有できたら、環境問題などもずいぶん違ってくると思うんですがねぇ。

火のぢごく

2011.3.7付 朝日俳壇より
春の夜のかの水べりの火のぢごく:(東京都)井原三郎
 金子兜太評:水べりで燃やされている火の激しさ。作者が暗示する内容がよくわかる。

 評では、明示的に「東京大空襲」と言ったほうがよいと私は思います。俳壇の作者も読者もだんだん若くなります。こういうことは、暗示ではなく明示するのがよい。

最近の朝日新聞の記事2本から、部分引用して補足とします。

昭和史再訪:東京大空襲 20年3月10日 両手広げた悪魔の飛来  [11/03/07]
9カ月間に大小100回の空襲
 終戦までの約9カ月間に東京への空襲は大小約100回に及んだとされる。東京大空襲・戦災資料センターによると、このうち1945年の「五大空襲」と言われるものが3月10日を含め、4月13~14日(死傷者約7200人)、15日(約2500人)、5月24日(約4900人)、25日(1万6900人)。
・・・
 1945年3月10日
 東京の下町ではどの家も、つましい夕げの準備が始まろうとしていた。1945年3月9日、日本時間の午後5時15分。マリアナ諸島のサイパン、テニアン、グアムから、325機のB29米軍機が次々に飛び立った。
 目標は、約2千キロ離れた東京。7時間ほどで「敵地」上空に達し、房総沖で旋回しながら僚機を待ち、大編隊となって攻撃した。空爆精度を高めるため、米軍として初めて2千メートル前後の低い高度で作戦を試みた。攻撃機の多くがレーダーで照準を定め、夜間でも正確に投下目標をとらえた。
 空爆は10日未明に始まった。浅草や深川などの下町を中心に落とされた投下弾は、約2時間半で1万2千個、1665トン。焼夷(しょうい)弾の雨でたちまち猛火の海と化した。
 ・・・
 警視庁の資料では、大空襲による死者は8万数千人、被災者は100万人超、被災家屋は26万8千余に上った。江東区の猿江公園には約1万3200体、隅田公園には5千体以上の身元不明の焼死体が運ばれ、埋葬された。

東京大空襲66年:伝えたい記憶(上)溶けたお金の塊 [2011年03月07日]
・・・
◆遺品が語る焼夷弾の熱
・・・
 平野さんの自宅は江東区石島で質屋を営んでいた。45年3月9日深夜、空襲を知らせる警戒警報が鳴った。父親は母親と長女に、幼い弟妹4人を連れて千葉県の行徳にあった親戚の家へ逃げるように言い、店で使うお金を革のかばんに入れて持たせた。
 平野さんは父親と兄の3人で店の片づけをして、母親らの約30分後に店を出た。江戸川区に近い境川あたりまで来ると、焼夷弾で焼かれた通り両側の家の炎が道をふさぎ、先へ進めなくなった。3人は近くの小学校の校庭に避難。校庭で泥水の中に腹ばいになり、朝まで猛火をしのいだ。再び歩き始めたのは日が昇ってから。親戚の家にたどり着くと、先に来ているはずの母や弟妹はいなかった。
 ・・・
 姉に教わった場所は、現在の江東区南砂1丁目付近の踏切そば。そこに母と弟妹3人が、体を寄せ合って横たわっていた。4人の遺体は全身黒こげだった。4人と一緒にいたもう1人の弟は、熱さを逃れようとしたのか、すぐそばの川で死んでいた。傍らのマンホールの上に、父が持たせたお金が、熱で溶けて塊になっていた。

前屈

2011.3.7付 朝日歌壇より
二つ折り携帯のごと一歳の子どもはしなやか前屈をする:(ひたちなか市)沢口なぎさ

前屈とはいっても、大人の前屈とはまるっきり違いますよね。完全に二つ折り。まさしく携帯電話です。あれまぁ、ですね。

★作者の歌は以前から拝見してきましたので、子育て関係を検索してみました。

2009/07/27
こうのとり娘をつれてくる途中おやつをあげすぎてはいませんか
 高野公彦 評:葉書に「生後2か月」とある。さかんに母乳をほしがる赤ちゃんを、童話仕立てで歌ったのが面白い。

置くなよと言わんばかりに赤子の手ぎゅっとつかんだわき腹の肉
 佐佐木幸綱 評:抱いている赤ちゃんの手が、脇腹をつかむように動いたというのだ。ユーモア感覚がうれしい。夏服ならではの感触。お母さんの歌か。

2009/08/03
他人の子がかわいくなったと夫いう親になるってそういうことかも
 永田和宏 評:こちらは子を得て世界の見方が変わったという若い親の歌。夫の変化が妻にはうれしい。

2009/08/24
白いものしか摂ってない乳飲み子のうんちは黄色ちいさな宇宙

2009/12/21
ドライヤーの音におどろきちいさな肩ゆれるおすわりまだ不安定

2010/09/12
病気がちひきこもりがちが一歳のひ孫の麦茶走って買いに

2010/11/22
おしゃべりの練習「か」「か」「き」「き」「く」「く」ときて「け」はものいわず髪の毛さわる

成長の様子がくっきりと見えます。
あの猛烈な暑さの中、麦茶を冷まして飲まそうとひいおばあちゃんが走る。
いろいろ面白いことを喋る。かきく「毛」こ。
音としてのかきくけこに、意味を持つ「毛」を重ねることができる。すごい抽象化。あっけにとられますね。
赤ちゃんの抽象化能力・概念形成能力って、不可思議としか言いようがありません。
楽しい時代です。

真っ白な吹き出し

2011.3.7付 朝日歌壇より
腰伸ばし「休まんか」父は真っ白な吹き出しをだす除雪の途中:(富山市)松田由紀子
 高野公彦評:漫画の吹き出しを持ってきたのが面白い。

 息が上がり気味。ふぅ~っと吐き出した息が白く広がる。それが「吹き出し」なんですよね。
 無理をなさらないように。肩、腰など充分に労りながら、危なくないように、お願いします。
 休み休み、お願いします。

 作者はこんな歌も投稿されていました。
2011/01/17
かまくらが並んだ朝の駐車場かすかに赤い愛車掘り出す
今年は大変だったのですね。
車を掘り出し、道を掘り出し、家を掘り出し。やっと春を掘り当てる。

作者のお嬢さん方もよく歌壇でお見かけします。お姉さんの方はもうこの春中学生かな。
そうすると、冒頭の歌の「父」は「おじいちゃん」なんですね。
ひょっとして、孫の通学路の除雪、とか?

宇宙を宿した

2011.3.7付 朝日歌壇より
下腹部に宇宙を宿した十ケ月今も不思議で時に手をやる:(神戸市)小島梢
 高野公彦評:作者は昨年「胸の上生まれたばかりの息子抱く命の重み3224」と詠んだ。
 {佐佐木幸綱氏も選んでおられます}

1歳半ですか。毎日変化していきますね。行動力も言語活動も。記録していくと面白いですよぉ。短歌という表現手段をお持ちですから、どんどん書いて下さい。すごい歌集ができること請け合いです。
私の手元の歌壇ファイルから、作者の子育て関係を検索してみました。併せてお読みください。

2010/09/20
陣痛のあいまに見やる夏花火もうすぐ会えるおまえに会える
胸の上の生まれたばかりの息子抱く命の重み3224
 高野公彦 評:出産直後の若き母親の喜びが、胸の上、3224(グラム)という言葉にこもっている。

2011/01/31
真夜中に日なたの匂い寝床から干した布団と息子のあたま
 この歌、私、もっと大きな子として読んだっけなぁ。外で遊んで日を浴びて埃かぶって帰ってきた、元気な子、という風に。
 赤ちゃんだったんですね。布団も赤ちゃんも日向ぼっこをして、日向の匂いがするんだ、少し乳臭いような日向の匂い。いいなぁ。改めて読み直しました。

毒リンゴ

2011.3.7付 朝日歌壇より
毒リンゴ白雪姫の顔よりも大きく作る舞台前日:(岩沼市)山田洋子
 佐佐木幸綱評:作者は幼稚園の先生か。明日の舞台を想像しながら作る特大のりんご。

これ、おかしいですね。子の顔よりでかい「毒リンゴ」なんだぁ。う~む。
特大の毒々しさだなぁ。
全員が何らかの形で舞台に上がらなければならないのでしょうし。大変だよなぁ。
御苦労お察し申し上げます。楽しいですね。

ステッキと杖は違ふ

2011.3.7付 朝日歌壇より
ステッキと杖は違ふと頑な父は半身麻痺ステッキ渡す:(坂戸市)長谷川哲夫

私は何本も「ステッキ」を持っておりまして、握りのところが半円を描いているのやら、スポーツ用品店で入手できる握りがT字型のや、ウォーキング・ポールですか、握りが縦で単なる一歩の棒のようなのや、気分や用途で使い分けていますが。こだわりというもののない人間なものですから。適当てきとう。
どうも、ステッキと杖、あるいは握りの形状が半円形かT字型か、そいういことで、元気な人用と病人用の使い分けをするんだ、と気になさる方もいらっしゃるように思います。
お父上に、これはお洒落なステッキだよ、と渡されたのでしょうか。

話が飛びますが、先日電車内で「Walking Stecky」という商品名の歩行補助車を見かけました。
何だか、ステッキのことを本当に英語では「Stecky」というんじゃなかろうか、と思わせるような語感ですね。笑えた。
もちろんステッキは「Stick」です。
日本語で「スティック」というと今度は「棒」になるしなぁ。
妙なものだ。

ストライクとストライキはStrikeであることはご存知ですよねぇ。

五十代

2011.3.7付 朝日歌壇より
どっからでもかかってこいという貌欲し朝の鏡が五十代映す:(和泉市)長尾幹也

ちょっと構えすぎかな、とも感じましたが。
この言い方は「そう簡単に負けないよ」というタフな顔つきが欲しいと言っているんですよね。
どうも、鏡に映る顔ははかばかしくないなぁ、と。
ま、五十代、それは、エネルギーは落ちてくるのが当たり前。
勝った負けたなんかどうでもいいんで、自然体を開いて、さぁおいで、とゆったり構えてください。
それが年長者の仕事です。

チョコレート呉るる

2011.3.7付 朝日歌壇より
呉れるひとが和尚さんにはあるまいと檀家のばばがチョコレート呉るる:(三原市)岡田独甫

ばあさん、チョコレート呉れたって戒名料安くせんぞ
和尚さんのけちは承知の上さ、そのチョコレート抱えて棺桶に入ったらいいよ、冥土の土産にね

ちょっとバカっ話しが過ぎましたかな。

持病を語る

2011.3.7付 朝日歌壇より
口々に持病を語る古稀の友勝者のごとく誇らしげなり:(座間市)田中洋一

どうもね、人間って妙なもので。病院の待合室なんかで、自分たちの病気の重さ比べ、をよくやっていますね。「重い」ほうが「エライ」のね、その場合。
なんたってね、病院の待合室で、あの人このごろここで見かけないけど元気かしら、の世界だからなぁ。

駐在

2011.3.7付 朝日歌壇より
巡回の途中立ち寄り駐在が拳銃腰に布団干しをり:(香取市)関沼男
 馬場あき子評:駐在さんの生活の断面には、むしろ親しい人間味が溢れる。

この評だと、駐在さんが駐在さん自身の布団を干しているような感じがしてしまいます。
「駐在さんの生活仕事の断面には、むしろ親しい人間味が溢れる。」とした方が良いと思いますが。

担当地域の住民のことをよく知っていて、布団は干したいけれど重たくて自分では無理だ、と思っている年長者のところへ寄ってくれて、布団を干してくれているんですよね。
その日常の細やかで穏やかな姿と、事あれば暴力とも正面から対峙しなければならない職業の象徴としての「拳銃」が対比されている。

「警察」ってね、やはり権力が擁する一種の「暴力装置」なんですよ。(仙谷さんに一票)。
警察というものには、市民生活を守る面があって必要なものですが、警察に頼り過ぎてはいけないのです。

寺の跡を取る

2011.3.7付 朝日歌壇より
春くれば研究の夢もあきらめて小さな寺の跡を取る子よ:(新潟市)太田千鶴子
 馬場あき子評:寺の跡継ぎの長男が歩む人生への母の思いがあふれている。複雑な悩みを母子ともどもに解決しなければならない春の門出だ。

書きたいことはあるのですが、書けません。トゲトゲになってしまう。
大きな話だけにすれば、日本の仏教は異様な姿になりましたね。
仏教と名乗るも恥ずかしい状態だと、私は思っております。

湯豆腐ですよ

2011.3.7付 朝日歌壇より
先に逝くなと言いて先にゆきし人よこちらは雪です湯豆腐ですよ:(岐阜県)棚橋久子

あなたの好きな湯豆腐ですよ。
湯気の向こうに、その「人」がいればよいのに。
「そちら」はどんなぐあいですか?

煮らるる貝

2011.3.7付 朝日歌壇より
数分後煮らるる貝はゆつくりと向き変へてをり春灯の下に:(横浜市)笠松一惠
 永田和宏評:一寸先の死を知らぬからこそ生きていられるのは人も同じ。

生き物を食う、ということは相手の死を食う、ということでしょうか。
動物として、体の「真の内部」には絶対他の「生きもの」を入れるわけにはいかない。
{消化管「内部」というのは実は体の「外部」です。}
必ず、殺して、分子レベルまで細かにしたものしか「体内」には入れない。それが「消化」「吸収」。
私たちは通常食べる側にしかいません。
せめて、死んだら地球上の生物たちのために体を構成していた物質を還したいですね。
そいういう意味で、できれば土葬を好ましいと思う私です。私の体を食い、腐らせ栄養にしてごく局所的ではありましょうが、その場の生態系に還元されたい。
そんな夢があります。
「夢は必ずかなう」ってどなたか励まして下さいませんか?{これはもちろん、強烈なな皮肉です、悪しからず。

2011年3月 7日 (月)

ハナカイドウ、ヤマブキ

0225m7_hanakaido2 2011.2.25
これはハナカイドウの冬芽です。
おや、植物に弱いかかしさん、やけに自信ありげですね。
そうです、間違いありません。
0225m7_hanakaido1
だって書いてあったもん。

これはヤマブキの冬芽です。
0225m7_yamabuki2
やっぱり書いてあったもん。
0225m7_yamabuki1
書いてなきゃ、撮りませんね。
なんだかさっぱりわかりゃしない。
「植物の冬芽だ」としか言明できなければしょうもないもんなぁ。
公園課の方々にお礼を言わなくっちゃ。
こうやって植物の名前を覚えるのは楽しいですよね。
公的な場所ではぜひこのようなご配慮を賜りたいものと考えます。

これで公園内は終わりました。

田園調布南公園にて:2

0225m7_koen3 2011.2.25
青空が入るように構えてみました。
奥行きを楽しんでください。満開で奥までずっと梅。

0225m7_koen4
鮮烈でしょ。これを写したかった。

0225m7_koen5
日差しの強さが、花弁に写るオシベの影でわかるかと思います。
空、太陽、紅梅。

0225m7_koen6
こういう解説板があると助かります。
「UME」ではきっと発音しづらいのでしょう。唇を閉じた状態から「U」を発音すれば「MU」になるわけで、「MUME」なんですね。
梅干しを熱すると、クエン酸と糖が反応してなにか梅特有の物質ができるとかいいますが、その名前が「ムメフラール」になるのもわかりますね。
その物質に効能があるかどうかは私は知りません。効能で食うものじゃないでしょ、食品って。美味しいから食べるのが基本ですよね。
なんでも美味しいものをまんべんなく食べればいい、それだけ。

田園調布南公園にて:1

0225m7_koen1 2011.2.25
モンパルに乗って散歩に出た話が途中でとまっています。
やっと目的地にたどり着きました。
「公」の上の「ウ冠」のようなものは落書きでしょう。多分。

念の為に申し上げますが、かの有名な高級住宅地「田園調布」の「南公園」という意味ではありません。
「田園調布南」という町にある「公園」です。

0225m7_koen2_2
あんまり鮮明ではないのですが、これが目的の梅の木。
左が白梅。中央がピンクの梅。右が紅梅です。

白梅は白山神社やなにかでご紹介してきましたから、今日は赤い方。

ヒヨドリ

0218hiyodori 2011.2.18
カメラの中の忘れもの。Z3というカメラの中に置き忘れてあった画像。
雨戸を開けたらいたんですね。で、びっくりして下の方へ飛び移った。
カメラを抱えてベランダに出て撮影。
一枚だけ何とか写っていました。
どうも鳥の写真ってうまくいきませんね。
私の側の熱意の不足なんでしょうね。昆虫を見つけた時の熱中度は我ながらかなりのものですが。虫目になって、周囲を忘れます。鳥の場合はそこまではどうも。

雪:2

0307_yuki4 2011.3.7
空を見上げてみました。
黒いすすのようなものが雪です。
白とか黒とかは、色ではなく、相対的なものですのでこうなります。
暗いとはいえ空の方が明るい、その明るい空を背景にすると雪は背景を遮るものですから黒く見えます。
「上みれば虫コ」というのはこのことです。

前の記事とこの記事の写真は一眼レフでの撮影です。やはり、一眼レフはコントロールしやすいですね。
0307_yuki3
「中みれば綿コ」
もうすこしふわふわ感を出したかったけれど、まぁ、こんなものでしょう。

0307_yuki6
「下見れば雪コ」なんですが。
雪の代わりに、雪のように白いジンチョウゲをご覧ください。
寒いワ、といっていますね。
わずかですがよい香りが漂っています。

雪の中に沈丁花の香り。
冬と春が交差しています。

雪:1

0307_yuki1 2011.3.7
9時40分頃の撮影。
桜桃の芽に雪がのっています。
機能が啓蟄、去年の記録ではそろそろ桜桃の花も咲くか、というところなのですが。
雪に見舞われました。
0307_yuki2
鉢は少し白くなりました。
でも、昼に玄関を出てみたら
0307_yuki5
雪の結晶は溶けて、水滴になっていました。

明日からはまた冬型の気圧配置のようです。
いつ咲くでしょうね?

速報!雪:3

0307yuki8 2011.3.7
部屋に戻って外を見ると、線路向こうのお家の白梅が雪に霞んでいます。
雪の白梅。です。
0307yuki9
ちょっとフラッシュを光らせたら、暗くなりましたが、こうなりました。

速報はここまで。
また後でのんびり書くことにします。

速報!雪:2

0307yuki4 2011.3.7
家に帰りついてみれば、ドアミラーも
0307yuki5
ヘッドライトも、雪がへばりついています。
こういうのは珍しいな。雪質が重い。
0307yuki6
雪のユキノシタ。
見ている間にどんどん白くなります。
道路は積もるかどうか、べちょべちょに積もるかもしれませんが、土には積もりそうですよ。
0307yuki7
雪の多摩川線。
レールと車輪の間に滑りが発生すると、独特のうなりを発生します。
音で雨や雪がわかるんですね、沿線住民は。
自動車のアンチロックブレーキングシステム(ABS)と同様なシステムがありまして、車輪が大きく滑ると、車輪の回転数を落としてレールとの摩擦を回復させるのですね。この音がまた独特でしてね。乗客になると、加速感が断続します。運転手はほぼ普段通りにレバーを引きこむのですが、システムが勝手に車輪の回転数をコントロールしているようです。
今も、このシステムの作動音をさせながら、外を電車が走って行きました。


速報!雪:1

0307yuki1 2011.3.7
用事があって、9時からひとっ走り、5,6km走ってきました。
出た時は雪まじりの雨。
フロントウィンドウに雨のほかに雪の結晶が貼りつく程度。
0307yuki2
ところが走っている間に、「雨」は混じらなくなり、雪になってしまいました。
上の写真は「雪の桜坂上」交差点。
0307yuki3
雪の桜坂。
昨日ここを走った時、なんだか全体にうっすらとピンクがかってきたなぁ、と思った矢先です。

昔、春分の日の大雪の中を一日中走った経験があるので、3月の雪といっても、びっくりはしませんが、ちょっと見ものですね。

2011年3月 4日 (金)

ツバキ

0225m6_tubaki1 2011.2.25
うわぁ。です。
まだ公園にはたどり着きません。
途中のお宅の生垣。
0225m6_tubaki2
すごいですね。
白い斑入りというのでしょうか。
動く遺伝子・トランスポゾンのあらわれでしょうね。
部分的に赤い色素を作る酵素の働きが失われて白くなっているのです。
しっかしまぁ、ゴージャス、というか。
0225m6_tubaki3
こってり、というのか。
見とれてしまいますね。

存在が希薄なかかしにとっては、少々「濃い」なぁ。
ちょっと通りすがりに見る分にはいいけれど、なんだか疲れてきそうな濃さですね。
すごい花を見ました。

プランターの花

0225m5_planter 2011.2.25
道中、道の脇のプランターで。
なんでしたっけ。プリムラの仲間でしたっけ。
モンパルに座ったまま、ある程度距離を保ったままで撮影。
こういう撮影にはこの50mmマクロがいいだろうと、そういうつもりもあって買ったレンズ。
いいですねぇ。
あんまりしつこく近づかなくても気持ちのいい画像が得られる。
まずはニコニコ顔になってきました。

カエルさん

0225m4_kaeru 2011.2.25
途中に、家具屋なのか、置物屋なのか、買ったことはないけれど面白いものがたくさん並んでいるお店があります。
いろいろあるんですが、あんまり店内を外から撮影するのは失礼ですから、一枚だけ。
カエルの置物。
実際にカエルがこういう顔をしているわけではないけれど、いかにもカエル、ですね。
陶器のようです。
私の趣味としては、フクロウ関係の置物もこのお店にあるんですが、ちょっと今回は写し損ねました。
いってまいりま~す。

白梅

0225m3_hakubai 2011.2.25
今回のモンパル散歩は最初から目的地があるのです。
踏切を越えてちょっと行ったところにある公園。
ここは梅が咲いているはず。そこを目指します。

で、踏切を越えた途端の右側、個人宅。
あれ、こんな所に白梅があったんだ。
青空の濃さも一緒にご覧ください。
いい日和でした。
このまま真っすぐ行くと多摩川の土手にぶつかりますが、今日はそっちへは行かない。
道を渡って目的地へ向かいます。

クビキリギリス

0225m1_kubikirigirisu1 2011.2.25
この日、東京は暖かくて最高気温が20.8℃にもなったという日でした。
暖かさに誘われて、久しぶりにモンパルでも出してみようかという気になりました。
自転車と違って、電動車いすは受動的に移動するので、寒い時は真底体が冷え切ります。
今年の1月は寒かった。とてもじゃないけどモンパルの出番はなかったのです。
さて、モンパルを出そうと、カバーを外したところ、出会ったのが上の写真の昆虫。
モンパルのサイドミラーにしがみついていました。クビキリギリスです。 
   キリギリス科 > クサキリ亜科 > クビキリギス
成虫で越冬します。
それはそうだけど。モンパルのカバーの中で越冬かね。思わず笑ってしまった。
0225m1_kubikirigirisu2
黒い点状の部分は偽瞳孔でしょうね。光りの来る方向の個眼が光を吸収してしまうので黒く見える。
しかし、なんだか、妙に人間的なというか、漫画的なというか、目ですねぇ。
0225m1_kubikirigirisu3
真上ショットです。
サイドミラーにペタ~~っと貼りついていますね。
じろじろ見られて写真撮られて、さすがに嫌がってのそのそ向こう側に隠れたんですが
0225m1_kubikirigirisu4
またミラーの下から顔が出てきました。
おかげでチャーミングな口元の写真が撮れました。
こんなふうに口を見たのは初めてだな。

さて、出かけようかな。
クビキリギリス君にはどいてもらわないといけない。
そっとつまんで、暖かそうな落ち葉の上に置いてやりました。
どこへ身を隠すかは自分で決めてもらいましょう。
元気でな。
春になったらまたおいで。

水鉄砲

0225h_teppou1 2011.2.25
白山神社の手水(ちょうづ)の鉢といいますか、水ためです。
昨冬はここでハナアブの幼虫=オナガウジをずっと観察できたのでしたが、今冬は全然いきものの気配はありません。
さて、手水鉢の縁にあるのは水鉄砲ですね。この寒いのに、子らが遊んだものとみえる。
0225h_teppou2
ヤツデの実やら、梅の花やら、「乱暴狼藉」の跡。
これが大人の仕業なら、無粋な奴、と最上級の軽蔑を投げつけたくなりますが、これは子らの仕業。
この季節に、水遊び。
よくやるよ。
こういう場所は確かにそうそうあるものではないですからね。
よい。よい。遊べ。
風邪引いてもいいから、あそべ。

神社なんてね、少しくらい危なくってもいいですからね、遊びがいのある場所であってほしいな。虫がいたり、雑草が茂ったり。子が育つ場所、であってほしいな、と思います。

カランコエ

0225_1kalanchoe 2011.2.25
カランコエの花の中が見えてきました。
左側の黄色い丸いのは未成熟なオシベの葯かもしれません。
奥の方に丸いものが4つ、かな、見えてきました。多分これがメシベの方でしょう。
なかなか、全体像が見えてきません。
のんびり、のんびり、この世に急ぐべきことなどありはしない。
と。

白梅の街路樹

0224_5hakubai 2011.2.24
ここは時々通りかかる住宅街の中。
幅の広い道路を一方通行に指定して、住民の生活道路として安全を図っています。
歩道も広いのですが、更に街路樹が植えられていて、ここでの街路樹は白梅なんですね。
ちょっと珍しくないですか?
せせこましい交通量の多い道路では、道路に張り出すような枝ぶりの木は排除されがちですよね。
私の家の近くの多摩堤通りにあった大きなミモザは道路に張り出してしまったためでしょう、伐られてしまいました。
ここの白梅が長く茂っていられますように。
それは心のゆとりの表現でもあるように感じられます。

アジサイ

0224_2ajisai 2011.2.24
我が家のアジサイの芽。
両の掌を合わせて、中に大事な物を包んでいるような雰囲気。いいですね。

0225h_ajisai 2011.2.25
白山神社のアジサイの芽。
外側が開いて、ほら、という感じ。
中から出てきたのは、また合掌みたいですね。

0226_5ajisai 2011.2.26
最初の写真の芽が開いたところ。
小さいけれど、これは確かにアジサイの葉ですね。

小さきものたち、幼きものたちに、さいわい あれ。

{個人的な語感ですがここでの「さいわい」は「先」「祝い」のような、これから進んでいく近い将来をことほぎたい、そういう語感で使っています。さきによいことあれ、ですね。}

2011年3月 3日 (木)

カランコエ

0224_1kalanchoe1 2011.2.24
一つだけ咲き始めたカランコエの花。
0224_1kalanchoe2
私はどうも中が気になる人で。
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横顔はこんなふう。
0224_1kalanchoe4
もう一回中を。
よく分からない。
4つ見えてて、下2つはオシベであることに間違いないけれど。
その上の丸いのは何だ?
メシベにしては変な気もしますね。
成熟していないオシベの葯かな?
花の構造って、むずかしいですねぇ。原則は単純なのに、みんなものすごい工夫を凝らしていますものね。

ハエ

0223_9hae 2011.2.23
新しいF2.0マクロレンズで、昆虫の複眼の細部まで見えるかどうか。
24cmが最接近ですからね。ちょっとでも手ぶれしたらおしまいですよね。
暗いとはいえ、F3.5マクロの方は最接近が14.6cm。被写体がじっとして接近を許してくれれば、個眼まで写りましたよね。
今回のハエさんでは、このくらいが限度でした。最接近ではありません。
使い勝手はいいですよ。重くないから、女性でも負担は少ないと思います。
もしマクロをお考えでしたら、お勧めします。

クロスジホソサジヨコバイ

0223_8kurosujihososajiyokobai1 2011.2.23
去年からずっと、クロスジホソサジヨコバイは道の突き当りのビヨウヤナギのところでしか見かけませんでした。
この日、珍しくキョウチクトウの葉の上にいました。
メスですね。
シャッター音に反応したか、葉の裏に隠れました。
で、裏まで追いかけるのも可哀想だと待っていたら
0223_8kurosujihososajiyokobai2
また、そろりそろりと出てきました。
そういうわけで、体の向きが反転したのです。

「啓蟄」は3月6日。
どうですかね。虫さんたちが動き始めるかどうか。楽しみですね。

ヒヨドリ

0223_7hiyodori1 2011.2.23
あっ、トリだ!
というのが私の最初の反応。情けない。種類なんぞ全然分からない。
0223_7hiyodori2
こう写れば。これはヒヨドリではなかったか。
と思うわけですが
0223_7hiyodori3
ヒヨドリってこんな頭してましたっけ。
なんだかパンクに見えるけど。
間違ってないと思います。

ビヨウヤナギ

0223_6biyouyanagi 2011.2.23
まことに律儀な十字対生ですね。
一度だけ、一カ所から3枚の葉が出る枝があったのですが、茂って行くうちに見失ってしまってどうなったのか分からずじまいになりました。ちゃんとリボンでも付けてマークすればよかったな、と悔やまれました。後悔先に立たず。もし今度またそういうのがあったら、ちゃんとマークしましょう。

クロッカス

0223_5croccus 2011.2.23
今年はこの黄色いクロッカスの当たり年。
いっぺんに10をこえる花が並んだりします。
足元が明るくなったようで嬉しくなります。
0224_3croccus 2.24
どんどん順番待ち。
次は私たちよ、と言ってますね。

暖かい日、寒い日、まだまだ交互にやってきますが、春が進行し始めたことは確か。
もう止められません。

{今日、3.3の朝、東京は寒かった。天気は冬型です。ご自愛ください}

アサガオ

0223_4asagao 2011.2.23
去年アサガオが咲いていたあたりに行ったら、枯れた茎が一本残っていて、種の落ちた実が残っていました。
種を仕切っていた薄い板がきれい。
半透明です。こんなだったんだな、と改めて認識。いつも種を採ったら実の方には注意を払っていませんでしたので。

このあたりに今年も芽を出すでしょう。でも、まだ先だなぁ。

カラス

0222_10hasibosokarasu1 2011.2.22
線路向こうにカラス。
このときずいぶん鳴いてました。
鳴き声を出すたびに大きく体が動きます。羽が開きかかったり、体が上下したり。
鳴くときに体が動くのはハシボソガラスではなかったでしょうか。
嘴の様子は肉眼では全然分からない。
0222_10hasibosokarasu2
線路に降りました。
電車が来ると、危ないぞ。
でも、鳥だからなぁ、大丈夫、ちゃんと飛び去ります。
必ず飛び去るはずだから、とピントを合わせたまま待ちました。
0222_10hasibosokarasu3
あんまり鮮明じゃないですけれど、まあまあ、と本人はうれしい。
翼面積を大きくして、ふわっとした感じで浮き上がりました。

外猫チャコちゃんのエサまで狙いに来ますよ、この辺りのカラス。
プラスチック製の軽い食器に入れておくと容器ごとくわえて飛び去ります。
ですから、ステンレス製の重い食器でないといけません。それならくわえて飛ぶことはできない。

カラスって敏感ですね。カメラを向けただけで気づいて逃げてしまう。
今回は距離があったのでなんとか撮影できました。私としては珍しく鳥の写真でした。

ゼニアオイ

0222_7zeniaoi 2011.2.22
家の前の線路の柵際で成長しつつあるゼニアオイ。
親株は枯れ、種から新たに出発した子株です。

0225m2zeniaoi
こちらも同じく、線路際の柵のところのゼニアオイ。
我が家から100mも離れてないかな。日当たりの状態などの条件はほぼ同じだと思うんですが。
冬中、花を咲かせっぱなし。
何が違うんだろう?
きれいな花で楽しませてくれるのですから、全く文句はないのですが、不思議だ。

ところで、ゼニアオイという名の、「ゼニ」というのがなんだかなぁ。
別に守銭奴とか「ゼニ」を貶めるつもりはさらさらないのですが、この端正な花の名前に、なんかもうちょっと工夫はできなかったものか、と、いつも思ってしまうんですよ。

河津桜

0226_2kawadu1 2011.2.26
駅前の商店街。鉢植えの桜が咲いていました。早いですね。
0226_2kawadu2
つぼみもいっぱい。
0226_2kawadu3
アングルを変えてみるとてっぺんは葉芽でしょう。
脇につぼみがいっぱい、のようですね。
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コンパクトデジカメなんですが、非常にきめ細かな画像が撮れました、うれしい。
ところで、タイトルに掲げた河津桜、なんでこの植物に疎い私に分かるのか?
0226_2kawadu5
うれしいですね。たくさんの人が見る植物にはこういう表示があるといいですね。
表示で名前を知ることができると、親しみも湧くと思います。

2011年3月 2日 (水)

サザンカ

0222_9sazanka1 2011.2.22
サザンカの花が終わって大分経ちます。
花のあとはこうなっています。
0222_9sazanka2
そしてこのごろ、こういう葉芽が目立ち始めました。
鱗芽ですが、少し毛が生えているようですね。
新しい緑がもうすぐ芽吹くでしょう。

キョウチクトウ

0222_8kyoutikutou 2011.2.22
キョウチクトウの葉芽です。
かわいいでしょ。
真ん中に棒のように見えているのは実は葉脈の主脈なんですけどね。
守られている幼子、みたいでしょ。

エニシダ

0222_3enisida 2011.2.22
エニシダの芽です。
とにかく今の時期、さすがの私も「虫目(むしめ)」ではいられず「芽目(めめ)」になって散歩しております。芽はないか、芽は動き始めてないか、そればっかり。

かかしさんのおめめ。です。

猫の恋

2011.2.28付 朝日俳壇より
何匹や縺れてをりぬ猫の恋:(周南市)糸山栄子

なんだかまぁ、にぎやかなことですよね。

日照時間が長くなってくると雌がまず発情します。
(電照菊じゃないけれど、屋内で照明の時間をコントロールすると、発情の時期や期間が変わるともいいます。)
雄の発情は雌によって誘発されます。
甲高い声は雌、野太い声は雄の声です。
なんだか赤ん坊が泣いているような気にさせられますが、動物の必然、おおらかに見守ってあげましょうよ。どうもこの頃は、不寛容な気分が蔓延していて、ヒトもネコも住みづらいやね。犬も遠吠えできなくなっちゃったし。
ヒトって身勝手な動物だなぁ、つくづく。

海鼠

2011.2.28付 朝日俳壇より
いづれ口いづれ肛やら海鼠裂く:(神戸市)内田あさ子

「世界平和はナマコとともに」という著作もある本川達雄先生の「ヒトデ学」(東海大学出版会)によりますと

 ナマコは・・・巨大な芋虫のような形である。ただしはっきりとした頭があるわけでもなし目ももっていないので、どっちが前か、一目ではわかりにくい。おまけにナマコは肛門から水を出し入れして呼吸しており、肛門のまわりには「歯」が生えているものまでいる。これではどっちが口だか迷ってしまうわけで、ナマコのことを「どちくち」とよぶ地方もある。しかし触手が生えている方が口だから、手にとってよく見れば間違うことはない。ちなみに、英語では海のキュウリ(Sea cucumber)。

だそうですよ。
ナマコを刺激すると腸を出して敵がそれを食べている間に逃げるとか、ナマコをもむとやがてとろとろに溶けたような状態になってしまうとか、妙な生き物ですね。

酢の物にして、もみ海苔でもかけて、こりこり食うのは最高。
生きたナマコを手で裂いて海水味で食ったのもうまかったなぁ。

丿乀

2011.2.28付 朝日俳壇より
丿乀(へつふつ)と転げやまざる霰かな:(飯塚市)安藤順一

「丿乀」これにお目にかかったのは2回目ですね。これ、漢字なんだから参る。
初めて出会ったのは去年。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-2275.html
↑ここにあります。
この時は佐佐木幸綱氏が評の中で解説してくれていました。

「丿」と「乀」。前者は右から左へ曲がる意。後者は左から右へ曲がる意味である。

今回は、あられが降ってきてコロコロと転げる様の形容なんですね。
ちょっと特殊すぎる気もします。なんか、もうちょっと日常的な言葉はないかなぁ。

おまけ:
「雹」「霰」「霙」読めますよね。
直径5mm以上の氷の粒が「雹」
直径5mm未満の氷の粒が「霰」
雪まじりの雨?雨まじりの雪?が「霙」
ですね。



存へて

2011.2.28付 朝日俳壇より
存へて喉の仏へ春の水:(堺市)奥村英忠
 長谷川櫂評:いつものように水をのむだけのことも、こういえば詩になる。はやくも灌仏のけはい。

恥ずかしながら「存へて」が読めなくて、苦労しました。
やっと思い至って「ながらえる」で広辞苑をひいたら出てきました。よかった。

ながら・える【存える・永らえる】ナガラヘル
 自下一  ながら・ふ(下二)
①生きて永くこの世に居る。長生きする。古今和歌集賀「とにもかくにも―・へて」。「命―・える」
②長続きする。源氏物語帚木「―・ふべきものとしも思ひ給へざりしかど」
                               [広辞苑第五版]

「喉の仏」とは「喉仏」ですよね。

のど‐ぼとけ【喉仏】
喉の中間にある甲状軟骨の突起した所。のどぼね。喉頭隆起。西洋では「アダムのりんご」という。[広辞苑第五版]

これは、男性の首のところを外から見てみえるもの。軟骨ですね。
でね、評を呼んでいて、灌仏ということばが目に入って、

かんぶつ‐え【灌仏会】クワン エ
4月8日に釈尊の降誕を祝して行う法会。花で飾った小堂(花御堂ハナミドウ)を作り、水盤に釈尊の像(誕生仏)を安置し、参詣者は小柄杓で甘茶(正しくは5種の香水)を釈尊像の頭上にそそぎ、また持ち帰って飲む。日本には中国から伝わり606年元興寺で行われたのを最初とし寺院・宮廷・民間の行事として広まる。降誕会。仏生会。竜華会。花祭。<季語:春>[広辞苑第五版]

このことは分かるんですが、なんだか、骨揚げの時の「喉仏」を思い出してしまって。
そうなるとこれは頸椎という骨ですね。私も、近しい人の骨揚げを何度かしておりますのでその姿は知っている。

春の水を飲んで潤ったのは、さてどっちの「のどぼとけ」であろうかと、二重写しにイメージが湧くのであります。

今度、水を飲むときは、どっちかな?と意識してみませんか?

つらら

2011.2.28付 朝日俳壇より
牙のごとしたたつてゐる氷柱かな:(東京都府中市)天地わたる
 長谷川櫂評:水をしたたらせている氷柱なのだが、「牙のごと」といえば生々しい。太古のサーベルタイガーの牙のような。

普通、つららを牙に見立てることはよくあると思うんですよ。
ところがこの句ではつららをしたたり落ちる水の方にピントを合わせている。
それがものすごい生々しさを生んだと思うんですね。
血を滴らせる牙、になった。
牙の方に生々しさを感じているのではなく、液体が滴り落ちるという状況の方に生々しさを感じました。
すごい発見ですね。

寒雀

2011.2.28付 朝日俳壇より
人はいい人間はいや寒雀:(熊谷市)内野修
 金子兜太評:「人」は生(な)まのままの人。「人間」は社会に組み込まれて複雑化した人と受け取る。

評のようで結構ですが。
「いい」「いや」と言っている主語は?
作者であるというのが当たり前でしょうね。

で、ふと。主語が「寒雀」だったら?
などと思ってしまいました。
生のままの人ならいいけど、社会に組み込まれて複雑化した人は嫌いだ、警戒しなくっちゃ、と雀さんが言っていたら、面白いんだけどな。

雪の重さ

2011.2.28付 朝日俳壇より
列島にずしりと雪の重さかな:(芦屋市)田中節夫

本当に列島全体に分け隔てなく「雪の重さ」がかかるのなら、つらいことだけれど、それはそれなりに「公平」だ。
でも、実際には、主に日本海側に、北国に雪が多い。
生活がつぶされそうになったり、暖房費がやたらとかかったり、屋根の雪下ろしで人が死んだり、除雪費用で自治体の予算が逼迫したり。
「不公平」ですよね。
雪国に住むことの必然だと言っていてはいけないのではないだろうか。
居住する地域によって国民がこうむる不公平こそ、国というものが背負って解消しなくちゃならないのではないだろうか、と思う私なのです。

どうにも、バランスが悪いよなぁ。

転ばぬやうに

2011.2.28付 朝日俳壇より
雪の朝転ばぬやうにころびけり:(別府市)河野靖朗
 稲畑汀子評:転ばぬように転んだとはまこと雪道である。思いがけない雪の日本列島の一コマ。

「転ばぬように転ぶ」というのはよく分からないのです。どういう風に転ぶことなんだろう?と。

ちょっと手を加えさせて頂いて
   雪の朝転ばぬやうに ころびけり
こうしてみたいのです。

雪の朝。転ばないようにしなくっちゃ。と思いつつ外に出て。あれ、やっぱり転んでしまった。

という風に読んでみたいのですが。

西行忌

2011.2.28付 朝日俳壇より
歌人より俳人親し西行忌:(八王子市)徳永松雄

さいぎょう‐き【西行忌】 ギヤウ
西行の忌日。西行は文治6年(1190)2月16日に没したが、「願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ」の歌にちなんで、一般には前日の涅槃(ネハン)の日(陰暦2月15日)を忌日とする。円位忌(エンイキ)ともいう。<季語:春>[広辞苑第五版]

俳句が季語を頼る限りそうなりますね。
季語を使うことは構わないけれど、使わなくったていいと思っています。
俳句に季語が必須であるなどとしていては、俳句の詩としての発展は細る、と私は思っていますが。

余計なことですが、「花の下」で死にたいとは思わない私です。

鯛焼

2011.2.28付 朝日俳壇より
鯛焼を食べて娘に諭されぬ:(横浜市)杉江美枝

どいう「説諭」をくらいましたか?

私はアンコが苦手。美味しいのですが胃がダウンする。
で、母親に、あんたまた調子よく鯛焼きなんか食べるから、夕飯が食べられないんでしょ、と叱られたものでしたが。{いや、母親が自分が食べたくって買ってきて、私に付き合わせたりもしたんですけどね。}

かあさん、またぁ、甘いものを食べ過ぎるとぉ・・・とか。諭されましたか?

立春

2011.2.28付 朝日俳壇より
立春のスカーフ巻けば飛べさうに:(東京都)石川理恵

春の詩ではないのですが、私の頭の中に浮かんで来たのは川上澄生の「初夏の風」という詩でした。

かぜになりたや
はつなつの かぜになりたや
かの人のまえに はだかり
かの人の うしろより吹く
はつなつの はつなつの かぜに なりたや

スカーフをなびかせる立春の風になりたいなぁ。

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春立つや根拠はないが運の良し:(東京都)蜂巣厚子

立春の日には卵が立つ、などと中国の古書にあるそうですが、なんとなく、そんな気にさせるものが立春という言葉にはあります。実際、日ざしの輝きが増し日脚が伸び、気温の上昇の気配を感じ、芽が膨らみ始める。
よい運を身近に感じます。それはきっと命たちのざわめき声かもしれませんね。

立春でなくても卵は立つ、というのは中谷宇吉郎さんの有名な随想「立春の卵」に詳しいのですが、そのあたりをお知りになりたかったら、下のpdfなど読んでみて下さい。
http://www2.tba.t-com.ne.jp/october-country/lichun_egg.pdf

心の通うひと

2011.2.28付 朝日歌壇より
突然に優しくなりし子のそばに心の通うひとのいるらし:(大阪市)首藤育子

「子」とは息子さんかな。
面白いですから、からかってごらんなさいな。むきになるから。

実は、私も兄も、母にからかわれたんですよ。恋愛時代に。
からかって、相手のことをちょっとけなしたりするとね。
あの子、むきになって怒るのよ、面白いのよ、と母はにこにこ笑ってましたね。
で、私もやられましたっけ。母にからかわれた。
チェっと思いながらも、やっぱりなぁ。
大人になった息子をからかって遊ぶなんてのは、母親としてまたとない楽しみでしょう。
母にはかなわないよな。

大人になった息子というものは、母親に優しくなるものなんですよ。楽しいでしょ。

麦踏み

2011.2.28付 朝日歌壇より
後ろ手に祖父と並びて麦踏みき北向きて踏む理由(わけ)を聞きつつ:(半田市)安西洋子

北を向いて麦を踏み、爪先を浅く、踵の方を深く踏むのですね、すると脚が踏み込んだ斜面がわずかに南向きに傾くので、日当たりが良くなる、というように聞いたことがありますが。
それでよかったでしょうか?

私自身は麦踏みをしたことはありません。
子どもの頃は東京にも畑がいっぱいあって、麦踏みをよく見かけたものです。
なんで踏んづけちゃうんだ?と不思議に思いましたっけね。

おじいちゃんの真似をして、体重が軽くて効果的な踏み込みはできなかったかもしれませんが、よい知恵を授けられたのですね。
一人前に後ろ手を組んだ姿がかわいくって、おじいちゃんはきっと楽しかったことでしょう。

行ってきます

2011.2.28付 朝日歌壇より
腹の子に「行ってきます」と声をかけパパとなりゆく覚悟を持ちて:(向日市)佐藤愛
 佐佐木幸綱評:学生気分がまだ抜けない若い夫婦なのだろう。ママになる作者の覚悟も読める。

投稿のはがきに年齢が書いてあって、それで「学生気分が抜けない」と書いたのかな?
歌そのものだけからは、「学生気分」は読み取れないと思うのですが。
若い夫婦であることは間違いないでしょうけれど。
妻のお腹が大きくなってきて、夫たるもの、だんだん父親になるという実感が湧いてくる。
もう胎動もあるのかな。そこに「我が子」がいることが日に日に強く感じられるようになる。
おれも父親か、という覚悟を持つことの、恥ずかしいような誇らしいような、そのような気分の中での「行ってきます」ですよね。

あ~あ、昔のことになっちまったワィ。

半額だった

2011.2.28付 朝日歌壇より
「半額だった」鰯見せつつはしゃぐ妻その前髪に淡く雪載る:(和泉市)長尾幹也

よい買い物をなさいました。
私どもでしたら、つみれを作るなり、焼くなり、鮮度に応じて調理して食べます。

昔はね、魚屋さんが、これは鮮度がいいから生で食べられます、これは少し鮮度が落ちましたから煮るか焼くかして下さい、といろいろアドバイスしてくれたものです。
「半額」ということは、鮮度の関係か、あるいは「部位」の関係かでしょう。
鰯であることに何の違いもない。鮮度・部位に応じた調理をして美味しくいただく。
これが鰯さんへの感謝、鰯をとった漁師さんへの感謝です。
賞味期限とか消費期限とかいって、食べられるものを捨ててしまうなど、もってのほか。
命あるものをいただくのですから、食べ尽くすのが感謝。

安いもののことを良いものという。これ、私ども夫婦の買い物原則。
20%引き、50%引き、などがあればそれを優先的に買います。

明日で賞味期限が切れるという納豆。大抵50%引きになります。そういうのを一週間分買いこんで来て、毎朝頂きます。
発酵食品が、今日まで良くって明日はダメ、なんてことがあり得ますか?ばかばかしい。
熟成しておいしくなるくらいのもんだ。
常に、○○%引きというシールの貼ってある商品を買っています。

実に、我が家では、「半額だねぇ」と夫婦二人で喜びはしゃぎつつ買い物をするのです。
値引き商品を見てから献立を考えるたちですね、われらは。
{買い物へは二人一緒に行くことの多い夫婦ですので一緒にはしゃぎます。}

みなこうなる

2011.2.28付 朝日歌壇より
老人は妻の遺骨を納め終えみなこうなると孫を見て言う:(三原市)岡田独甫

大事な教育をなさいました。尊敬します。
妻を失えば悲しい、それは確かなことだけれど、それだけでいいのか。
年齢を重ねたものには若いものを幼いものを育てるという大事な仕事があります。
人はみな老い、やがて死ぬ、これが生きるということなのだよ、と。
このお孫さんはいつか、この教えを自分の内に再発見して、立派な大人になります。
おじいちゃんは悲しかったんだよな、でも、大事なことを教えてくれたんだ、自分もまたそういう年を重ねたいな。と、必ずなります。

年齢を重ねたものには、「おじいちゃん」「年長者」「長老」を社会的な役割として担う責務があります。自分はまだ若いんだ、人におじいちゃんなんて呼ばれるいわれはない、なんて騒いでないで、社会的な役割としての「年長なる者」をきちんと果たしましょうよ。

昔、師と仰ぐ方から教わりました。

教師というものは生徒を育てるだけが仕事じゃないんだよ。年長の教師は若い教師をも育てなければならないのだ、それができなければ、教師とはいわない。

教職人生のなかで、常に自分に意識し課していたことです。
現在の教育界はどうなっていますか?

年長の者は若い人を育てましょう。

2011.2.28付 朝日歌壇より
真美(まみ)さんが名前の漢字説明す「美」で少しだけ恥ずかしそうに:(東京都)田中洋

どういうシーンでしたでしょうね。自分の名前の漢字を説明するシーン。
「まみの『み』は『うつくしい』という字の『み』です」

そのうち、「美人の美です」、と堂々と言えるようになるかもしれませんが、まだまだ初々しいですね。
ほほえましい。

私の名前の中に「博」という字がありますが、「博士、博識」の「はく」です、と説明してますね。どっちでもないけど。ずうずうしくなったなぁ。

掘り出す

2011.2.28付 朝日歌壇より
じっとして待ってるだけで春は来ません家を掘り出し植木掘り出す:(新発田市)北條祐史
 永田和宏評:やわらかな口調の中に、雪国の生活の厳しさが滲む。何度も雪から掘り出すように春を迎えるのだろう。

じっとして待っているだけでは春は来ません。家を掘り出し、植木を掘り出し。そのようにして春を掘り出さなければなりません。春というものは自分から積極的に掘り出すものなのです。

と私は読んだのですが。

2011年3月 1日 (火)

筋肉分布

2011.2.28付 朝日歌壇より
疼きだす背筋腹筋上腕筋、雪掻きて知る筋肉分布:(鳥取県)長谷川和子
{高野公彦、佐佐木幸綱 両氏が選んでおられます。}

実はですね、2月13日の朝日俳壇に
二の腕のまだまだ雪を掻く力:(札幌市)早川水鳥
という句がありまして、それを14日付で俳歌倉に取り上げました↓
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-c4fc.html

「雪」
瞬発的には、結構力は出るんです。でも、あとから腰に来たり、翌日から筋肉痛に体が軋んだり。無理はなさらないように、といいたいのだけれど、やはり雪掻きはしなければならないでしょうし。私には、声もない。

こう書いたのですが、まさに、今回の長谷川さんの歌、雪掻きの後の体の軋みを詠っておられます。
それを「筋肉分布」という表現で、自分自身への「苦笑」のような含みで表現を緩和されておられます。でも、痛かったんだよなぁ。きっと。
昔はこうじゃなかったんだけど、回復力の何と落ちたことよ、なんですね。

気持ちは変わらずとも、体は変わっております。どうかお体を大切になさいますよう。
温かい風呂にでもつかって、体を、筋肉をほぐして下さい。

国債

2011.2.28付 朝日歌壇より
国債に疎き長持つわれらゆゑ太巻くはへ南南東向く:(島田市)小田部雄次
 高野公彦評:国債に無頓着な一国の長(菅首相)のことを心配しつつ恵方巻をくわえている。皮肉をユーモアで包んだ歌。

私は「東男」ですので、恵方巻というものを全く知らずに成人しました。
妻は京都じゃないけど「京女」ですので、結婚したら、恵方巻というものを教えてくれました。
当時は、東京ではそういう騒ぎは全くなくって、二人静かに太巻を食べておりました。
その年の恵方を向いて、無言で食べ終わらないといけない。途中でしゃべると運が逃げるというのです。ご存知ですか?
なにやら、最近は商売がらみで大騒動になってきましたね。予約販売までしている。
儲け話になると、なんでもあおるんだから、いやになります。
お静かに、お静かに。

ところで、わたくし案山子の思うには、そのうち絶対、国の「借金棒引き令」が出ますよ。
「借金返せねぇ」と国が言うに決まってらぁ。こんな勢いじゃ。

カエデ

0221_7kaede 2011.2.21
カエデの芽が動き出したというわけではないのですが。
ふと目を惹かれて。
もうすぐであることは間違いないです。
毎日、まだ開き始めないかな、と見ています。
きれいでしょ。

パンジー

0221_5pansy1 2011.2.21
パンジーというと、あの独特の「顔」のような花という印象ですが。
つぼみが開こうとしているところです。
0221_5pansy2
ちょっと、バラのような雰囲気。
エレガントですね。

冬中咲き続けてくれました。去年ツマグロヒョウモンの餌として買ってきた花です。
その季節になりましたら、また、よろしく。

マメ科の・・・

0221_4mameka 2011.2.21
この葉はマメ科ですよね。
カラスノエンドウかなにかではないか、と思うのですが。
線路の柵の下の「雑草ゾーン」。
左手で柵につかまり、腰を折っての撮影。
頭に血が上りますね。膝を使ってしゃがむことができないから仕方ないけど。
地面近くは遠いなぁ。

ノゲシ

0221_2nogesi 2011.2.21
写真ネタが少なくって、同じようなものを度々取り上げます。
雨の水滴が少し残っています。
実と毛の関係がみえますね。タンポポとはずいぶん違う。

このレンズでタンポポの綿毛も撮ってみたくなりますね。そのうち挑戦します。

マンリョウ

0221_1manryou 2011.2.21
これ、マンリョウの幼木ではないかと思うんですが。
我が家で最初にマンリョウがいた場所からは消えてしまった。
代わって、池の奥の方に移っていた。
で、そのマンリョウのすぐ手前なんですが。
鳥が種まきしたんじゃないかな。
なんだかいろいろな芽や幼木があって、なんだかむげに抜き去ってしまうのもかわいそうだし。無茶苦茶な庭ですよ、まったく。
おもしろいけど。

ヤエムグラ

0219_8yaemugura 2011.2.19
これ確か、ヤエムグラでしたよね。
今、これがいっぱい出てきています。
「やえむぐらしげれるやど」になりつつあります。
ひなびてるなぁ、我が家は。
ひとこそみえね春は来にけり。だなぁ。

クンシラン

0219_7kunsiran 2011.2.19
クンシランの実です。
園芸愛好家はきっと実を熟させたりしないんだろうな。
養分をくってしまうから、というようなことで。
我が家では、こうやってじっくりと熟しています。
派手ではありませんが、なかなかよい風情でしょ。

内裏雛

0219hina
3月になりました。
ということで、手作り「板絵」雛です。

内裏雛一対を描いてみました。
板はかまぼこ板。濃い鉛筆で適当に下絵を描き、半田ゴテを熱して焦げ目をつけていったものです。始める前は簡単なつもりでしたが、半田ゴテは握りの部分と先端との距離があって、なかなかコントロールが難しいのだと改めて知りました。半田付けの時にはそんなこと感じたことはなかったのですけどね。ちなみに、半田付けの腕はちょっと自慢できるレベルです。ラジオ少年だった時代もあり、結構、半田付けはいけます。真空管ラジオの時代ですけどね。プリント基板なんてものもなかった、古い時代です。

話を戻して。焦げ目をつける、という作業はやり直しがきかない。
かなり、意図とは異なる絵になってしまいました。
陰影などを付けることができるのではないかと思っていたのですが、ダメですね。
むずかしいや。

大笑いして下さい!

内裏雛というのは男雛・女雛の一対のことですよね。
「おだいりさまと、おひなさま」というのは、作詞家の誤りだと思います。ねぇ、サトウハチローさん。
左右はよく分かりません。現代的なのは向かって左が男雛で右が女雛かな。(関東的?)
古典的には(京都的には)逆かな。
「あづまおとこ」にはよく分かりません。

文句ついでに、「お嫁にいらした姉様に よく似た官女の白い顔」というのもなぁ。
兄の妻に、素敵な大人の女性として憧れているのなら、女雛様に似ている、といって欲しかったな。
官女に似ている、ではまるでもう小姑じゃありませんか。そんな気がして、好きにはなれない歌でした。

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