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2011年2月 1日 (火)

立往生の

2011.1.31付 朝日歌壇より
立往生の車の人にトイレ貸しむすび差し出す琴浦町民:(鳥取県)中村麗子
 高野公彦評:先ごろ大雪で多くの車が立ち往生した。地元の人々がおのずから起こした行動がこれ。作者自身この琴浦町の住民。

私の世代だと「三八豪雪」という昭和38年の豪雪を思い出しました。
急行が106時間も遅れて、炊き出しなんかが行われましたっけ。

今回の年末年始の鳥取の豪雪に関してこんな記事もありました。部分的に引用します。
2011年1月9日付 朝日新聞「五線譜」から

 日本海を望む鳥取県琴浦町で看板工房を営む祇園さん(79)は、いつもと同じ午前6時前に目を覚ました。夜明け前、窓の外はまだ暗い。大みそかから降り続いた雪は、もう腰の高さまで積もっていた。
 「ずいぶん降ったもんだ」。近くの米子市では1日午前5時に観測史上最高の89センチの積雪を記録した。雪の多い山陰でも、海沿いでこんなに積もるのは初めてだ。身震いをして石油ストーブに火を入れた、その時だった。
 トントントン。入り口のサッシをたたく音がする。開けると、50歳くらいの女性が真っ青な顔で立っていた。
 「すみませんが、トイレを貸してもらえませんか」
 聞けば、路地の50メートルほど先にある国道9号で、車が立ち往生しているという。ポツリとともった明かりを見つけ、すがる思いでひざ上までの雪の中を訪ねてきたのだ。
 「こらぁ大変だ」
 祇園さんは、見たこともない長い車列に驚いた。仕事場のトイレを、みんなに使ってもらおう。人口1万9千人の琴浦町の人たちにとって、いつもと違うお正月が始まった。
・・・
 仕事柄、祇園さん一家にとって看板作りはお手の物。1メートル四方の白いベニヤ板に赤いテープで「トイレ↑」と書いた看板をつくり、国道脇と自宅前に立てかけた。
 次々と人がやってきた。
 赤ちゃんを連れた若い女性は、ミルク用のお湯が欲しいと小さなポットを持ってやってきた。「寒かったろうに」。長男の忠志さんは毛布を持ち出し、お湯と一緒に手渡した。「ありがとうございます」。女性は何度も頭を下げて車に戻った。
・・・
 パン屋を営む小谷は・・・母に電話した。「ありったけの米を炊いてくれ」。公民館から大きな釜を二つ借り、自宅にあった1俵半の米を全部炊いた。
 近所の女性に役場に集まってもらっておにぎりをつくった。疲れをとってもらおうと、塩を少し多めにした。
 パンを運ぶトレーで、おにぎりを配り歩いた。汗だくになった。一度着替え、夕方までかけて配り終えた。「目の前に困ってる人がいたから……。お互い様じゃけね」
・・・

そこまでして、それでもなお

・・・
 祇園さんは、渋滞に気づくのが遅れたのを少し悔やんでいる。「昔は雪が降ればすぐに近所で雪かきを分担した。最近は行政に除雪車を頼むけれど、ふだん連絡を取り合っていれば、お前は米、お前は漬けものを用意しろ、ともっとうまく助け合えたかな」
・・・

人の「情」というものが心にしみて、目をうるませながら読んだ記事でした。

お互い様じゃけね

これ、今こそ、思い起こさなければならない言葉だと思うんですよ。

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