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2011年2月 1日 (火)

日記

2011.1.31付 朝日歌壇より
十年を五年に更(か)へて日記買ふともども喜寿を迎へたるけふ:(鹿児島県)押 勇次
 高野公彦評:人生を見つめて静かにいきる夫婦の姿。

短いスペースで評を書くのは大変なことだとは察しますが、十年連用日記を五年連用日記に「かえた」というのが大きなポイントだと思うんですよ。
御夫婦共に数えで七十七。そのことはめでたい、うれしい。しかし、自分たちに「10年先」というものが見えにくくなってきた。せめてはまず「5年」を目標にして生きていこうな、と。
その先にまた「5年」が来るかもしれないが、だんだん先の見えにくい歳へと向かうことよ、と。
若者はよく将来が見えないといいますが、老年もまた将来が見えなくなるのです。
いや、将来が見えると思っているのは実は錯覚で、人生というものは常に「将来のみえないもの」なのではないでしょうか。
人は純粋な偶然、には耐えられない、向き合えない。
だから「見えた」つもりになって生きていく。
でも歳を重ねたら、あんまりのうのうと先が見えるつもりになっていてはいけないな。
うっかり死ぬのは嫌だからな。必ず死ぬんだからして、ちゃんと死にたいよな。

実は私も5年連用日記というのに毎日2,3行メモを書いています。今年、4冊目に入りました。
最初の一冊の書き出しは確か、この一冊が終わるまでに自分の人生は全く変わっているはずだ、というようなことを書いた。50歳で退職するつもりでいたからなんです。実際には51歳まで勤めましたが、確かにこの一冊の中に、その変化が書きこまれています。
51歳で勧奨退職。定年退職と違って退職手続きを自分でしなければならない。自分で自分の首を絞めているような感じだ、と書いた覚えがあります。

何冊目かの冒頭には。5年連用日記をまた書き始めてしまった、5年先まで生きているつもりなんだろうか私は、傲慢なことだ。・・・みたいなことを書いたな。まだ生きてるけど。

そういうタイプの人間なんで、年末の天声人語の記事にはちょっと疑問を感じたものです。

天声人語:古暦から初暦へ(2010/12/31)

 机の脇に掛けたカレンダーを外して、新年用に替えた。1年間、眺め、眺められて小欄を書いてきた。良い日があり、さえない日があった。いちいちを本人以上に記憶しているかも知れない。未来から過去に流れた365日をとどめて、古暦(ふるごよみ)は少しやつれた風情で役目を終える。
 この季節、文房具店は暦と手帳、それに日記が売り場を広く占領する。年あらたまる候は、せわしない日頃より長めのイメージで「時」を思う時節でもあろう。〈ためらはず十年日記求めけり〉水原春郎。
 3年、5年と使える連用日記は根強い人気があるそうだ。中高年には息災を願う座右の「お守り」でもあろうか。〈三年連用を新しく買うごとに、無事にこの一冊を書き終わりたいと願っていた〉。作家の吉屋信子が随筆に書いている。
・・・後略

「座右のお守り」なんかじゃないですよ。朽ち倒れていく「樹木」の記録です。
「我かく倒れたり」とね。

「声」という投書欄にも、10年日記にわくわくする、というような投書が載っていましたが、やっぱり違和感を感じてしまった。
昔、子育て中、科学万博でしたか、10年後の自分への手紙のような催しがあった。
私は参加しなかったしさせなかった。
10年後、生きているかどうかなんて、わかりはしない。
とてつもなく辛い思いをすることだってあるんだよ、と。

そういう親ではありました。

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