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2011年2月 9日 (水)

注連縄外す

2011.2.7付 朝日歌壇より
元日の朝早くより死者ありて搬送車二台の注連縄外す:(八戸市)山村陽一

人の生まれると死ぬとには予定など立たない、と申します。
凛として冷え切った正月の空気に「粛然」と仕事をなさる姿に黙して礼をささげます。

●ところで、今年の1月31日付けの朝日俳壇に次のような句がありました。

祖父母父母夫の遺影の淑気かな:(熊谷市)斉島真樹慧
 金子兜太評:三世代の死を最短定型に乗せた韻律効果に淑気あり。

この「淑気」という言葉、私は知らない言葉だったもので広辞苑を引いてみました。

しゅく‐き【淑気】天地の間に満ち満ちているめでたいけはい。新年をことほぐ気持からいう。<季語:新年>[広辞苑第五版]

そうしたら「めでたいけはい」という語感なんですね。別の季語サイトでは

新しい年を迎え、天地山河いたるところに瑞祥の気が満ちていること。

とあって、やはり「めでたい」らしい。
そうなると、「遺影」について使ってよいのだろうか、と分からなくなって、この句を俳歌倉に取り上げられなかったのです。自分で何も言えない作品は取り上げていません。

「めでたい」という感じを取り除いて、正月の冷たく凛と張り詰めた清らかな空気、ということなら使えるのだが、と。

そうしましたら、朝日新聞2月8日の夕刊文化面に「あるきだす言葉たち」というコーナーがあって、そこに北大路翼さんの句がいくつか載っていました。

   

一月一日祖母逝去
 ひつそりと去る人のゐる淑気かな
 初雀優しき人の死の静か

また「淑気」にであってしまった。
身内の方の「死」に関して使うことはできるようだし、その語感は好ましいものだ、と思います。
でも、やはり当事者でない者には「死」に関しては使えないのではないか、という気持ちは変わりません。
もし、使ってよいものならば、冒頭の短歌についてこの「淑気」という言葉が当てはまるかもしれない、と言う気はしたのです。
でも、結局「粛然」という言葉を使いました。

私には使うことのできない難しい言葉でした。

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