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2011年2月 2日 (水)

非情

2011.1.31付 朝日俳壇より
朽ちるまで立たせておかむ枯鶏頭:(岩手県大槌町)祝田幸治
 長谷川櫂評:「立たせておく」とは非情だが、鶏頭という直立する植物にはふさわしい最期。鶏頭への情の句。

にこごりになりそこねたる鮒飼はる:(多久市)松枝さよ子
 長谷川櫂評:これもやや非情な句。しかしながら、鮒の身にしてみれば、煮られる運命をのがれたことになる。

別に「非情」とも思いませんが、私は。
花が咲いたら枯れて倒れるまで愛でてあげるのが「情」というものでしょう。
私に言わせれば、花の時だけ、やいのやいの、美しいといって愛でて、花の時期を過ぎればさっさと切り捨てる方がよほど非情ですね。

鮒の方は。飼うことになった鮒との対話ですね。
おまえ、煮られて煮凝りができるはずだったんだぞ、惜しかったな。
とまあ、非情とはいいかねますね。
不思議な「友情」のようなものと言っていいのでは?

しかしまぁ、飼育した鮒は食えません。情が移ってしまったというのもあるけれど、ギトギトに脂がついてしまうと思うんですよ。要するに運動不足でね。
鯉だって運動不足の鯉は脂臭くってだめです。
皇居のお濠で釣ったという鯉を頂いて、捌いて食べたことがありますが(子どもの頃)、いやあ、すっごい脂だった、辟易しましたっけ。
子どもの頃、死んだ金魚を解剖したことがあります。とんでもない脂で、メスもピンセットも、ギトギトになったけな。

季節の花300というサイトでケイトウの「(花のあと)冬枯れ 」という写真を見つけました。
http://www.hana300.com/keitou1.html
よろしければどうぞ。

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コメント

こんにちは、はじめまして。
「朽ちるまで立たせておかむ枯鶏頭」の作者の娘です(*゚ー゚*)
父の名前を検索し、かかしさんの窓をみつけました。
このように取上げていただき、父も喜んでおります。
(因みに父はパソコンできません…(゚ー゚; …)

お恥ずかしい文章でお目を汚しました、ご容赦ください。
時々作者の方などからコメントをいただくことがあり、そのたびに消え入りそうな気分になります。実作もしないただの野次馬の独り言とお見捨ておきください。
花を愛でるなら枯れるまで、とは、私の少々極端な感傷です。

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