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2011年2月22日 (火)

新燃岳

2011.2.21付 朝日歌壇より
あかつきに冬鵙(ふゆもず)鳴きて安堵する新燃岳の火山灰(よな)掃く日々に:(都城市)津田トモ子
 高野公彦評:夜明け方ふと耳にしたモズの声に心が安らぐ。決して油断できない日々の連続なのだが。

ここには2種類の「自然」が詠み込まれています。

火山が噴火する。火山の営みの中で、今、何カ月か噴火したところで、そんなものは単なるほんの一瞬。
これは「自然」の営みです。
この自然は生命などとは全く無関係に活動しています。この自然が活動する時、生き物たちは無力です。決して「自然は優しい」などという代物ではない。圧倒的な、生命とは無縁の、むき出しの自然です。

それに対して、モズは動物。生命的な自然の構成員。
生命的な自然だって、ヒトという動物に対して好意的だったり優しかったりするわけではありません。危険は一杯。
でも、無機的な火山という自然に比べれば、生命ある仲間としての近しさは確かにある。
危険な生き物もいますが、モズはもう少しヒトの立場に近い。

火山という自然の活動の中で、モズという生命的自然の声を聞くことは、有難いことであり、心温まることなのだと思います。
共にこの困難のなかを生きている、という励ましを受けるのでしょう。

実は、ここには明白な形では詠みこまれていませんが、自然にはもう一つのタイプがあります。
人が存在を許して囲い込んだ自然です。牧場的自然とでもいいましょうか。
これは、人が存在を許したものしかいませんから、「優しい」自然なんです。
通常、自然は優しい、などという言葉は、人が存在を許した生きものたちのつくる、この自然なんですね。そうであるからして、成り立ちからして、危険がない、あるいは少ないのです。

このあたり、いつも意識しておく必要があります。
むき出しの無機的な自然は生命に対して敵対的ですらあるのですから。
生命的自然は、生きてはいますが、危険に満ち、毒物も大量にあるという、決して安全な自然ではありません。
ヒトが許容した「牧場的自然」を、上の二つの自然と混同すると、非常に危険であるということを認識して下さい。
{植物は優しい、などというのも、まるっきりの嘘っ八ですから警戒して下さいね。}

地球というむき出しの無機的な自然の圧倒的な力に対抗しながら、生命たちは自分達の生存できる範囲を広げてきた。これが38億年にも及ぶ、生命の進化の歴史の姿なのです。自然に対抗して生きる、これが生命のあり方でもあるのです。
自然は恐ろしい。でも生きる。のです。

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