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2011年1月14日 (金)

薄日

1230_1sun 2010.12.30
9時頃でしたか。
この日は「雲量10」でした。
雲を透してうっすらと日が見えました。
フィルムカメラの時代は太陽を撮影しても、だめならだめというだけのことでしたが、デジタルカメラでは、撮像素子がいかれてしまいそうで、怖くてお日さまにレンズを向けることはできません。こんな薄日ならいいだろうと、一枚。
私としては珍しショットです。

●ところでこんな記事がありました。

[晴れのち晴れ]「雲量」がお肌の調子を左右:高橋和也さん(2010/12/11 朝日新聞)
 雲量という言葉を聞いたことがあるでしょうか。空全体を10として、雲が出ている割合が0~1なら「快晴」、2~8までは「晴れ」、9割以上だと「くもり」になります。
 私の出身地の北陸は、寒気の吹き出しによる雲が次々に押し寄せるため、冬場の雲量は8以上が当たり前。寒いだけではなく、昼間でも部屋の照明をつけっぱなしの日が多いのです。一方、東京の12月は平均雲量が4.1。冬晴れの見本のような空を見ると、日本海側とは対照的すぎて、めまいがするほどです。
 ただし、この青空は山越えの風が水分を失った結果でもあり、空気はカラカラに乾燥した状態です。加齢のせいもありますが、北陸ではあまり必要なかった肌の手入れが、東京では欠かせない日課になっています。(気象予報士)

「雲量」ってご存知でした?
気象予報も、気象庁からのデータでほとんどやれるわけですが、私としては予報士の方々に番組出演前に放送局の屋上なんかに出て、空を眺めてきてほしいなぁ、と思います。
それでどうなるというわけでもないですが、観天望気(かんてんぼうき)は基本中の基本だと思うんですよね。部屋にこもりっきりで気象予報やってもしょうがないと思ってしまう。アメダスも素晴らしいのだけれど、やっぱり肌で感じるのって大事なんじゃないかなぁ。

今日は雲が多いなぁ、とか、雲の隙間から日が漏れているなぁ、とか、何でもいいんですよ、空を見てから気象予報をしてもらったら、きっと何か一味違うことが、いつのまにか、なんとなく、にじみ出てくるんじゃないかなぁ。

昔話ですが、小学校の5,6年生の頃かな。理科係かなんかしていました。
百葉箱(ひゃくようそう)を毎日開いて、最高・最低気温を記録したり(磁石で中の棒を復帰させるのが面白かった)、気圧計を読んだり、風向・風速計を見に行ったり、校庭に出て空を見上げて雲量を記録したり。
雲量はね、空を見上げて、目分量で「5!」とか、半分以上だけどなぁ、えいやっ「6!」とか叫ぶんですね。もう一人の係の子と判断を比較して、こんなもんだなぁ、と折り合いつけて記録するんです。ずさんでしょ。
目分量とか、おおよそこんな感じ、とか、そういうことには強くなりましたね。鍛えられた。

いまだに、ずさんなかかしです。その素地は小学校の頃にもう養われていたのですねぇ。

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