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2010年12月14日 (火)

緋目高

2010.12.12付 朝日歌壇より
名前などつけるんじゃなかった緋目高の太郎次郎の土に落葉す:(吹田市)川西直美
 永田和宏評:なまじ名などつけたばっかりに、死は個別の死として悲しみを一層深くする。結句がいい。

私もいろいろな動物を飼育しました。
鳥、犬、猫には名前をつけました。
それ以外の魚類、爬虫類、両生類、昆虫などには名前をつけたことはありません。
それぞれ相手に「心」を感じとることはできるんですが、名前をつけたことはない。

名前は単なる識別記号をこえて、個体への感情の移入を誘う。
つらいですね。
死んで、土に還ります。
振り返って、ヒトも別れは辛いけれど、土に還るのが一番幸せなのではないでしょうか。
全ての生物は地球に生まれ地球に帰る。

私の墓標は地球です。みんなといっしょ。

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