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2010年11月16日 (火)

野生動物の歌

2010.11.14付 朝日歌壇より
選者の佐佐木幸綱氏は時々「テーマ」で選歌されることがあります。
今回は「野生動物の歌」を七首選んでおられます。
動物好きの私のこととて、全部まとめてご紹介します。{ }内は私の呟きです。

市街地をじゃれて歩きし二十分後射殺されたる羆(ひぐま)の親子:(稚内市)藤林正則
 {動物の母子が幸せに生きられないなんて、人間社会が歪みすぎているからでしょう。悲しすぎます。}

菜園のキャベツ野兎に食べられてスーパーに行くマンガのような:(石岡市)武石達子
{マンガというよりピーターラビットですよね。マグレガーさんの畑の野菜を食べちゃった。なんか、ほほえましい。
モンシロチョウの幼虫にコマツナを全部食べられてしまったかかしさん、てのもあります。
朝顔につるべをとられちゃった千代女さん、というのもありましたね。}

猿二頭わっさわっさと木を揺らす廃屋なればそれさえうれし:(飯田市)草田礼子
 馬場あき子評:作者の住む地域は過疎がすすんでいるのだろうか。二頭の猿がやってきて揺らしているのは柿の木か。実を落としているその姿を見守り、不思議な友愛感をもっているところが嬉しい。
{猿と人は進化の隣人。一緒に生活できるようにするのがお隣さんへの礼儀だと思います。「不思議な友愛感」なんてのんきなこといってないで、正直、猿と人はおんなじなんだから。}

廃校の鉄棒に来て小猿めが夕日を蹴りてくるりとまわる:(宮城県)須郷柏
{哺乳類の子は好奇心旺盛ですよね。たまりません、かわいくて。子猿が鉄棒しますか、さっすがぁ。芋を海水で洗って食べるという習慣を生みだしたのも子猿でした。それが大人に伝わって、さらに他個体にまで伝わっていく、という「文化」を持ちうるのが猿なんですよ、人も含めてね。猫なんかはいろんなことができるんだけど、他には伝わらない。まねる=まなぶ、がないんですね。泡のリングで遊ぶイルカがいると、それを見ていた別のイルカが、あれは面白そうだ、といってまねて泡リングが吹けるようになります。イルカも、学ぶ動物です。それにしても、猿の鉄棒はすごいなぁ。}

イノシシが処かまわず掘り返すそのひもじさを当り散らすがに:(西海市)前田一揆
{当たり散らすというよりは、徹底的な食物探査行動をしているのでしょう、空腹だから。哺乳類は「考え」ます。いつもよりは徹底的な全面探査をおこなって、食糧発見のチャンスを広げているのですね。}

うかうかと博物館に棲みついた狸見たさに博物館へ:(大阪市)灘本忠功
{なんで、狸って、昔話の昔から、「親しみ」を持たれるんでしょうね。不思議だ。なんとなくフレンドリーな雰囲気があるのかな。
東京の港区に麻布狸穴町というところがあるんですよ。「まみあな」と読みますが。あそこを通ると、何となく、昔は狸でも出たのかなぁ、と心和みます。本当はアナグマがいた、という話ですが。}

猿が食い猪(しし)が荒して残したる虫食い栗を食うはせつなし:(四万十市)島村宣暢
{猿と猪と食を共にすることを喜んで下さい。ついでに、虫さんとも食を共にする。栗をめぐって四首の生き物が競合したんですね。
よく、弱肉強食といいますが、実は生存競争で最も熾烈なのは、食う食われるよりも、同じ食料資源で競合するということなのです。食料確保に負けた側は、滅びるか、あるいは、別の食料資源を開発しなければならない。これが、熾烈な生存競争というものです。
我が家では、猫と私が、魚のアラを巡って競合しています。熾烈な生存競争なんだなぁ、これが。}

 佐佐木幸綱評:第三~第九首、さまざまな場所に出てきた野生動物の歌である。親子づれの熊、キャベツを食う野兎、鉄棒で遊ぶ猿、彼らと共生する方法を見つけたいものである。

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