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2010年10月13日 (水)

ダメダメ

2010.10.11付 朝日歌壇より
ダメダメと半べその兄ミニカーをくわえて優雅に微笑む妹:(町田市)高村紀子

幼いお兄ちゃんの困惑と、なんだか、べっちょべちょな感じに、思わず笑ってしまいました。
大事なミニカーなので、よだれだらけにくわえられては困るんですが、赤ちゃんだし、ダメっといって取り上げたら泣きだして可哀想だし、お手上げだし。もう、どうしていいかわからないお兄ちゃんですね。
一方、妹さんは、口にミニカーをくわえて、よだれでべちょべちょにしているところでしょう。なんでも口に持って行くんだから。
この「べちょべちょ」感、たまりませんね。昔、子育てを楽しんだものとしては、あ~、思いだされる。すごいんだよなぁ。

・大人は新奇なものに接した時に、まず「見」ますね。見て、観察して、なんだろう?と考える。さらに進んで、手に取る、手で撫でる、持ってみる。ためつすがめつ裏表。
視覚と触角の情報で対象を確認する。嗅覚も動員するかな。

赤ちゃんはまず、口に持って行きますね。見る触るも大事だけれど、唇、舌での感触で相手を知り確かめる。

このことから、二つのことを考えました。

1:赤ちゃんの周りには、赤ちゃんが口にしてはいけないものは絶対に置かない。これは大人の責任です。赤ちゃんを責めることはできません。
また、大人が親指と人さし指で輪をつくって、その輪をくぐりぬけるような大きさのものは、害や毒がなくても置いてはいけません。飲み込めるからです。誤飲事故も大人の責任です。
煙草の吸殻、口紅、ボタン、ボタン型電池、指輪、アクセサリー・・・
いわゆる「OKサイン」です。この輪をくぐるものは飲み込めると考えて下さい。

2:もう2回くらい話題にしたかな。母の骨を口にした話。原爆の話です。
骨灰を見て、手にとって納得する、のは大人の感覚でしょう。
最も始原的な感覚である、口で確かめる、お母さんの乳首を吸うという赤ちゃんの感覚まで立ち戻って、やっと母の死を確認できたのかもしれません。
人が極限に追い込まれた時のことを、内省しつつ考えてみてください。

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