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2010年10月 5日 (火)

亡き妻

2010.10.4付 朝日歌壇より
永田和宏氏が選んだ十首の最後の一首が河野裕子氏を悼む歌でした。
私は敢えて、河野氏を悼む歌を取り上げていません。私自身は何もを言うことができないからです。
ですが、今回のその十首目の歌に、永田氏が評の形で、気持ちを表されましたのでご紹介します。

永田和宏評:ありがとう。拙作「亡き妻などとだうして言へやうてのひらが覚えてゐるよきみのてのひら

永田氏は私よりちょうど1歳年上。同世代といっていいでしょう。
世代感覚を共有するものとして、深く心にしみる歌です。

以前原爆の話を書いた時。
親しきものの存在を確認したい時、人は腕の内側に「抱きしめ」、掌に「握りしめ」、それすらかなわぬ極限状況では、骨を口にせざるを得ないことすらあるのだろう、というようなことを私は書きました。
林 幸子さんの「ヒロシマの空」という詩でした。

・・・
お母ちゃんの骨は  口に入れると
さみしい味がする
・・・

両腕を失った人における「抱きしめる」「握りしめる」という言葉の意味は、腕を持つ者の言葉とは違った意味をはらみうる。
言語とは、概念とは、身体に拘束されるものだ、というようなことも言ったかなぁ。

永田氏は「てのひら」の記憶を詠われました。それは温もりであり、湿り気であり、病と闘うもののやつれであり、人生を共に生きてきた全時間を共有する「配偶者」の総体です。

凄い歌をうみだされました。日常と非日常の瀬戸際に立ったことのあるものにしか見えないものを、見てこられました。

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