月見
2010.10.4付 朝日歌壇より
法要を済ませし僧がおもむろに一座を月見の席に変えたり:(神戸市)内藤三男
経をあげるだけが法要というわけでもなし。
自在、というのがキーですよね。
僧侶というものは硬直してはいけません。
その時々の状況に応じて、心のあり方について自在に語れるようでありたい。
執着を離れて、心を自在な境地に解き放てば諸々の苦は消えますよ、と語るのが仏教でしょう。
名月の教えを語るも法要。
僧の境地が見えます。
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