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2010年10月20日 (水)

尊厳死

昨日、崩彦俳歌倉で「安楽死」というタイトルの記事を書きました。
その時、「尊厳死」という言葉を失念しておりました。
今日、付け加えておきます。

現在の日本では「安楽死」は法的に認められていない、と理解しております。
記憶に新しいところでは、1998年に川崎市の病院で、意識不明の男性患者から、気道確保のためのチューブを抜き、筋弛緩剤を投与して「死なせた」として医師が殺人罪に問われました。裁判では、最高裁までいきまして、執行猶予の付いた懲役刑が確定しました。

朝日新聞のアスパラクラブという(無料)会員制のサービスがあるのですが、そこに、長尾和宏さんという兵庫県の「町医者」の方がブログを書いてられます。
今日、10月20日の記事は「「尊厳死」と「安楽死」は違う」というタイトルです。

尊厳死と安楽死は、全く違うものです。
尊厳死は、自然な経過に任せること。
安楽死は、人為的に死期を早める処置をすること。

末期がんの患者さんが食べれなくなっても、
点滴などの人工的な栄養補給をせずに、
自然経過に任せて死を迎えるのが、尊厳死
苦しいからといって、息が止まる注射をするのが、安楽死
全然、違いますよね。

部分的に引用しました。
また、このブログの昨日の記事は「日本尊厳死協会が新たな船出」というものでした。

下は、朝日の方ではなく、長尾和宏氏の個人ブログ「Dr.和の町医者日記」からの引用です。
http://www.nagaoclinic.or.jp/doctorblog/nagao/2010/10/post-996.html

設立から35年、会員数12万人の巨大な市民団体。
日本尊厳死協会は、この春、一般社団法人の資格を得ました。
記念すべき設立総会が東京・有楽町にて開催、作家の曽野綾子さんが講演されました。
これで任意団体から法人化が、やっと達成されました。
社会的信用が高まりました。
あとは、法制化を目指しています。
・・・
リビングウイルとは
生きている権利、
延命処置を希望しないという意思表示です。
1976年、田典礼先生が35年前に「安楽死協会」を設立した時、
この言葉に、大きな反発があったのは学生時代に学びました。
しかし、「生と死」に関する医学教育は、ほぼ皆無でした。
しかし、現在は、尊厳死と安楽死の違いが教育されるようになりました。
安楽死=積極的に死を早める
尊厳死=自然死であり、両者は全く異なる概念。
尊厳死協会は、安楽死に反対する立場である。
植物状態=遷延性意識状態、脳幹は生きている状態。
数ケ月以上持続した時には、尊厳死の適応を希望する。
・・・

私の兄の場合、結論だけ言いますと「尊厳死」を選択しました。私の選択ではなく、兄家族の選択です。

私自身も自分の死に関して尊厳死を選択します。
臓器移植は「医療」の範囲を踏み越えた、と判断していますので、臓器は受容しませんし、提供もしません。
海への散骨を希望します。

そろそろ、自分の死のことも充分に考えておかねばならない年だと意識しております。(62歳)
長生きなどには全く関心がありません。きちっと死ぬことに関心があります。

付記:一般社団法人 日本尊厳死協会のホームページのURLは下の通りです。
http://www.songenshi-kyokai.com/
リンクさせません。関心がおありでしたら、手入力してください。検索でもすぐ出ますけど。

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