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2010年10月 6日 (水)

遅刻

2010.10.4付 朝日歌壇より
研修に遅刻の生徒がせかせかと座席について居眠りをする:(さいたま市)黛 衛和

なんというか、笑ってしまいましたね。「おおもの」とでもいうべきですか。
研修だそうですから、欠席は許されないんでしょうが、遅刻してきて寝てしまうくらいなら、出席しない方がいいですよ。

教員の現役時代、生徒に口うるさく言ったのは、「遅刻は欠席より悪質だ」ということです。
社会に出たって、欠勤なら対処のしようがある、でも、来るのか来ないのか、いつ来るのか分からなくては対処のしようがない、あてにならない人間には仕事をさせるわけにはいきませんものね。

遅刻しても、授業を聞けなかったという損失を被るのは本人なんだからいいじゃないか、という論理もあります。
ちがうんだなぁ。授業というのは生き物なんですよ。始業のあいさつに始まって、ざわつきのなか導入を始め、気持ちがこちらに向いてきたなというところで本論に踏み込み、一気に盛り上げていく。そのために、色々な仕掛けを授業の中につくり、(理科ですから)物を持ちこんでいく。
ある生徒は、先生っていっつも楽しそうだったね、といってくれました。
そう、授業に作った仕掛けをどのように生徒にぶつけていくのか、こんな楽しい作業はありません。全ての授業にそういう仕掛けを仕込むことを目指しました。
そうして、授業の終わりへ向かって仕上げに入る。最後は理科通信など配って、ちょっぴり遊んで終了。
一連の流れの中の「いきもの」なんです、授業って。
ですから、2度と同じ授業なんてできないんです。
全ての生き物は個性的なんですから。
授業は生徒と教師の共同作業で作るものなんです。

遅刻はいけません。流れを断ち切る。
授業が死んでしまう。
遅刻者の処理をして、再度授業に立ち戻っても、さっきと同じ気持ちにはもう戻れないんです。ものすごく心的な努力がいるんです、授業再開には。
「頼むからおれたちの授業を殺さないでくれ。授業は生き物なんだから」と、何度説教したのやら。
授業が死んでしまっては、クラス全員が迷惑をこうむるのです。遅刻者本人だけの問題ではないのです。

とほ、学校の授業ではなく、「研修」にまで遅刻・居眠りですか。
やってらんないですね。
いやはや。

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