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2010年10月

2010年10月29日 (金)

エンジェルズ・トランペット:2

1018m6kidati3 10月18日
こうなると壮観ですね。
いろいろな状態が同時に写っています。
蕾、花、終わりそうな花、花弁が落ちてメシベが細く残っている花。
妻と二人でわいわい騒ぎながら写真をとっておりましたら、この家の御主人が外出のため、出てこられました。「ほめていただいてありがとうございます」と言われてしまいました。
恐縮。
無邪気にはしゃぎ過ぎましたかな。
1018m6kidati4
最後の一枚。
この感じが、花としては一番姿のよいところ、でしょうか。

いやあ、それにしても、みごとでした。
ああだ、こうだ、二人で騒ぎながら、家へと向かったのでした。

エンジェルズ・トランペット:1

1018m6kidati1 10月18日
モンパル散歩の帰り道。
一方通行を車とは逆向きに走ると非常に心理的に楽です。車は前から来る、後ろはほとんど気にしなくてよい。というわけで、住宅街の一方通行を家路に。
遠くから、あれはなんだ?すごいなぁ。
みごとなながめです。
角地のお宅なのですが
1018m6kidati2
左を見れば色違いの花も。
いわゆるキダチチョウセンアサガオですが、エンジェルズ・トランペットというほうが私の語感には当たりがよいので、そういうことにします。

コスモス

1018m5cosmos1 10月18日
線路の柵内にコスモスが咲いていました。
あまり背の高くないもののようです。
1018m5cosmos2
アングルを変えると、キバナコスモスと一緒。
これで、広い草原ならすごくいいのですけれど、どうしても電車の線路の施設が写り込んでしまいます。なかなかに難しいものでした。
今年は昨年よりキバナコスモスが少ない気がしています。
どうしたのかな。広がり過ぎて嫌われたかなぁ。

ヒドコート

1018m4humei 10月18日
これ、その場では二人とも分からなかった花です。
金糸梅の園芸品種:ヒドコートというのではないでしょうか。
検索してみたら、「ヒペリカム・ヒドコート」というのでいいように思えます。
ツバキ目>オトギリソウ科>ヒペリカム属だそうです。

おとぎり‐そう【弟切草】 サウ
オトギリソウ科の多年草。山地に広く自生。高さ約50センチメートル。葉に細かい油点がある。夏秋、黄色・5弁の花を開き、サク果を結ぶ。全草を乾燥して止血薬・含嗽剤とする。その薬効をもらした弟を切り殺した鷹匠の伝説がある。茎葉からオトギニンを製し、神経痛・リウマチ・関節炎などに使用。コオトギリなど近似種の総称ともする。漢名、小連翹。<季語:秋>[広辞苑第五版]

次男坊の私としては、気分わるいよなぁ。
お返しに。
兄貴がばっさりやられた記念日=アニバサリ=anniversary

ヒメツルソバ

1018m3himeturusoba1 10月18日
今度は妻が、この花は何だ、という。
私、えらそうに、「これは何とかソバというのだ」
ソバは直立していて白い花だと思ってた、と妻。
実は、ブログに書いて教えてもらったんだ、富士見橋公園で見たのが初めてだった、と私。
1018m3himeturusoba2
葉っぱのこのV字型というのか、この模様が特徴なんだ。
というわけで、教えていただいた知識を披歴したのでありました。
で、帰ってからもう一度検索して、ヒメツルソバという名前を思い出したわけです。

カタバミ(園芸種)

1018m2katabami1 10月18日
これなんだ?とつぶやいたら、カタバミでしょう、と妻。
でも大きすぎるんですよ~。
1018m2katabami2
ほら、手と比べて下さい。
オキザリス・なんとかかんとか、というような園芸種でしょうね。
在来種の小さな花と似てますが、大きいです。
鉢植えからあんまり脱出してほしくない気分です。
野生化しない方がいいのではないかなぁ。

シソ

1018m1siso1 10月18日
日射しの暖かい日にはモンパルに乗って少しは外気を吸わなければ、と思いつつ、ひきこもるかかしです。
この日は暖かかったし、ちょっと用事もあって、往復2kmほどの外出。
シソの花の終わりかかり、がありました。
シソ科の花は、口を開いたような形をしていることを認識したのに、元祖「シソ」の花をちゃんと見るチャンスがありません。
今回も、もう萎れた花ばかりですね。でも、かろうじて、口のような形が分かります。やっぱりそうなんですね。今度は花の盛りを見たいものです。
1018m1siso2
シソの葉、シソの実、というのが食卓によくのぼるのに、シソの花は少し縁遠いのはなぜだろう?
小瓶に挿して、食卓に飾るなんていうのも粋なもんではないでしょうか。

フタモンアシナガバチ

1018_12hutamonasinagabati1 10月18日
ルコウソウの花が終わり、花弁が抜け落ちかかったメシベにつかまっています。
まだ蜜の味が残っているのでしょうか。口をつけているような・・・。
1018_12hutamonasinagabati2
向きを変えてくれたので、背面の模様がきれいに撮れました。
次の瞬間
1018_12hutamonasinagabati3
ピントの外に飛び出してしまいましたが、飛び上がった瞬間が撮れました。
アシナガバチ独特の後脚を垂らしたような飛翔スタイルに入っていますね。
これでハチのほうにピントがあっていれば最高なんですけれど、難しいものです。

ブチヒゲカメムシ

1018_11butihigekamemusi 10月18日
オシロイバナのところで見かけたブチヒゲカメムシ。
状況がよくわからないのですが、風呂にでも入っているような、なにかとっぷりはまり込んでいる風に見えます。
この辺りをテリトリーにしている個体らしく、毎日同じあたりで見かけます。
蛹という時期のない、不完全変態昆虫ですから、成虫か幼虫で越冬するしかないでしょうがが、どっちでしょう?もうすぐ冬ですね。

ツマグロキンバエ

1018_10tumagurokinbae1 10月18日
花の中で蜜を舐めていたのでしょう。胸のあたりに花粉がついています。
口を伸ばして、掃除なのかもしれません。
この「象の鼻」のような口はこのツマグロキンバエでよく見られる特徴です。
それともちろん、複眼に現れている模様ですね。
1018_10tumagurokinbae2
7本か8本か、縦縞があります。
青みがかった縞と濃い茶色の縞とあるようです。
どこにこの縞があるのか?
表面に色があるのか。
個眼の性質として吸収しなかった色をかえしているのか?
よくわかりませんが、肉眼でも縞は見えますから、観察してみてください。

ヒメハラナガツチバチ

1018_9himeharanagatutibati1 10月18日
セイタカアワダチソウに来た、ヒメハラナガツチバチ。
翅の先が黒ずんでいません。
1018_9himeharanagatutibati2
翅を裏から見た時の色はほんのわずかに青みがかっています。
キンケハラナガツチバチはもっと青かったですね。
これって、キンケの特徴なのでしょうか。

シャクトリムシ

1018_7syakutorimusi1 10月18日
シャクトリムシであることに間違いなし。
やっぱり、ヨモギエダシャクに見えるんですがねぇ。違うかな。
小さい幼虫です。1.5cmくらいでしょうか。
ちょっと揺らしてしまったら、びっくりしたらしく、自ら落下しました。
1018_7syakutorimusi2
落ちたところがたまたま葉っぱの上でした。
その葉の上で「小枝」になってしまいました。
これでは目立ってしまうのですが、緊急避難行動なんでしょうね。
ごめん。

ガの幼虫(オオタバコガの幼虫でした:11月10日追記)

1018_6gayotyu 10月18日
フウセンカズラの茎の上です。
ガの幼虫だろうと思います。
ヤガの仲間かなぁ、とも思うのですが、幼虫図鑑を眺めていてもなかなかコレッというのに出会いません。
1022_8youtyu1 10月22日
多分上と同の幼虫が、脱皮して大きくなったのだろうと思います。
少し色合いが変わりました。
センダングサの花をかじっているのでしょうか。
1022_8youtyu2
腹と胸の境のところで、強く体が曲がります。これは特徴かもしれない。
1022_8youtyu3
ここまで近づくことができましたが、花を食べているのでしょうね、比較的珍しい奴です。

ガに詳しい方、教えて下さい。

オオタバコガの幼虫であることが判明しました。(11月10日追記)

2010年10月28日 (木)

カナヘビ

1018_5kanahebi1 10月18日
カナヘビです。
普通地面を走っていく姿を見ることが多いのですが、今回はホトトギスの葉の上ですね。
お、カナヘビだ、と気づいて接近。
1018_5kanahebi2
そ~っと顔の方を覗いて、パチリ。
とたんに、さっと走り去っていってしまいました。

昔、息子がカナヘビを飼育したことがあって、いわゆる根切り虫などを与えました。
パクっと食べる姿がなかなかよいものでして。
しばらく飼っていましたね。おもしろかった。
ミルワームが手に入りやすいようです。もし飼ってみようと思われる方はどうぞ。
ヤモリの幼体を見ることは結構あって、あの姿から想像するに、カナヘビの赤ちゃんというのもきっとものすごく可愛いのだろうな、と思いますが、見たことはありません。

またお尋ねします(判明!シロザでした)

1018_3humei1 10月18日
これ何という植物でしょう?
結構、背が高くなってきました。1mを超しています。
大きな花が咲くかと思いきや、小さな花です。
1018_3humei2
オシベが5本ですね。
真ん中に小さなメシベ&子房。
花弁という雰囲気のものがない。

ご存知の方、ぜひ教えて下さい。

アゲハ幼虫

1018_2ageha1 10月18日
アゲハの幼虫がケースの側面にじっとしていたので、腹の側からの写真が撮れました。
この写真を横倒しにして、注を入れてみました。
1018_2ageha2
昆虫には脚が3対ある、といったときの脚は胸脚です。
幼虫では、胸脚だけでは歩けませんから、4対の腹脚と1対の尾脚があるわけですね。

この全部で8対の脚、これが私たち夫婦の「人生を変えた」のかもしれません。
長女を妊娠中、二人で散歩をしていたら、ミカンの木にアゲハの幼虫を見つけ、私が「これアゲハになるんだよ」といって家へ連れ帰り、金網を張った飼育箱に入れたのですね。
そうしたら、この8対の脚で、しがみつくように歩く。実に可愛らしく歩く。この魅力に参ったのですね。
つわりが始まっていて、チョウの匂いはきつかったけど、あまりの可愛さに負けた、と妻は申します。
で、ミカンの葉を他所から頂いてきて、飼育し、蛹になり、羽化してチョウになって飛び去っりました。感動でしたねぇ。羽化は人の心を揺さぶりますね。
外から連れてきた幼虫はかなりの高率で寄生されていることが多いのですが、たまたま、この幼虫は寄生されていなかった。そのために羽化まで見ることができた。
もし、あの幼虫が寄生されていて、ハエかハチが出てきてしまっていたら、人生変わったかもしれないわね、と妻は笑います。
今なら平然と寄生に対処できますが、初めての飼育の時だったら、もう嫌になっていたかもしれません。

40年近く前の、あの一匹のアゲハの幼虫に、振り返って、感謝します。
おかげで、今も、君たちの子孫と楽しく付き合っていますよ。

キンケハラナガツチバチ

1016_9kinkeharanagatutibati1 10月16日
キンケハラナガツチバチです。
これみて、すぐ、どのようになっているかわかります?
腹端部が見えているわけです。
1016_9kinkeharanagatutibati2
今回は意図的に翅の「裏」を狙ってみました。
前回はたまたまだったのですが。
やはり、青い色の反射光があるんですね。
背面から見ていると、この色には気づきません。
1016_9kinkeharanagatutibati3
この角度からは翅の先端部が黒ずんでいるのが見えました。
花に潜りこもうと必死になっていろんな格好をしてくれるので、こんなアングルが撮れます。
サービス精神旺盛なハチさんだなぁ。

セグロアシナガバチ

1016_5seguroasinagabati 10月16日
お、こんなところに!と思ってパチリ。
一枚しか撮れなかったんです。
花に来たわけではないから、狩りをしているのかな、とも思います。
背面の模様がちゃんと撮れていないので、自信はありませんがセグロアシナガバチだと思います。
キアシナガバチとよく似ているのですが、キアシナガバチはもっと雰囲気的に黄色いように思うんですね。
結構大きなアシナガバチですよ。怖がって振り払ったりするとかえって興奮させますから、そっと眺めていて下さい。大丈夫です。

ダツラ・メテル

1016_2datura 10月16日
久しぶりです。2007年、2008年と見かけてブログにも書きましたが、去年は全く見なかった。
以前の記事はここからどうぞ
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-2dbf.html

ナス科ですね。
昼間にはしぼむようです。
有毒で、実はトゲトゲですが、こちらがコントロールすればよいこと。
嫌わずに楽しんでください。

フヨウ

1016_1huyou 10月16日
買い物の帰り道。
フヨウの花がまだ残っていました。
天気もよく、こんなショットを得ました。
珍しい花というわけではないので、写真から日射しのぬくもりを感じて下されば幸いです。

タケノホソクロバ成虫

1018_8takenohosokuroba1 10月18日
これがタケノホソクロバの成虫です。
場所は我が家前。フウセンカズラのところ。
直前に幼虫を見ましたので、なかなかタイミングの合った出会いでした。
多分メスだろうと思います。オスは触角が櫛状になりますが、これはそうではないようですから。
正式な測り方ではありませんが、頭から翅の先までで2cm弱かな。そう大きなガではありません。
チョウ目 > マダラガ科 > クロマダラ亜科 > タケノホソクロバ です。
1018_8takenohosokuroba2
青みがかった黒。
結構きれいなガです。
毎年1,2回かなぁ、時々見かけます。その程度なら気にするほどのこともない。

1018_8takenohosokuroba3
たまたま腹部が見えました。
青黒く輝いていました。きれいですね。

我が家のそばで竹、笹のあるお家はわずかですが、どこかで細々と生き続けているのでしょう。
ひっそり生きててくれれば、殲滅戦を挑むことはないでしょう。
互いに生きものですから。

タケノホソクロバ幼虫

1015kuroba1 10月15日
白山神社に寄ってみました。
わ、いかん。
この写真は境内での写真ではなく、外の歩道に立って、神社の石垣に向かって撮っています。石垣の上の面をタケノホソクロバの幼虫が歩いていました。
この「毛」が要注意です。長い毛が目立ちますが、黒い斑紋の部分に短い毛も密生していて、毒毛です。
1015kuroba2
幼虫と、脱皮殻に要警戒。成虫まではこの毛は持ち越しませんので、成虫は大丈夫です。
1015kuroba3
この写真の撮影時には左右の大きな幼虫2匹しか意識していませんでした。
でも、モニターの画像と、実物を眺め比べたら、葉の裏にいっぱいいるんですね。
この範囲で5匹いますよ。
マズイ。
1015kuroba4
ここでは幼虫の方ではなく、笹の葉の食痕を見て下さい。
ハサミで切ったような直線的な食痕がこの幼虫に特徴的なんです。
もし、笹の葉にこんな切れ方をしているものがあったら、タケノホソクロバがいるのではないか、と注意して探して下さい。

ところで、最初に言ったように、これは外なんです。
神社に参詣に来た人が神社の境内で被害にあった、というならまだしも、まったく関係ない人がこの石垣のところを通りかかって被害に遭う可能性があります。まして、子どもが、コレ何だ?と触ったりしたら、大変です。

で、境内に入って、社務所にでも連絡しようかな、とおもったら、町内会の方が3人ほど立ち話をしておられましたので、事情をお話しし、これがその幼虫です、と見てもらいました。
境内でもいっぱいいました。笹の葉のない場所でも、地面を歩いているのもいました。
よほどの大発生をしてしまったようでした。
町内会の方々も、早速に殺虫剤を買いに行ったりして、対応していただけました。

いくら虫好きでも、毒のあるのは「敬して遠ざく」です。
何か、この場所の生態系のバランスが崩れて大発生してしまったのでしょう。
鳥、寄生者、そういう捕食者が失われたかな。

バランスが取れていれば、100個の卵のうちの1個が成虫までいけるかどうかという厳しい世界なので、こんな大発生にはならないはずです。

気づいて、お知らせできたことは、幸いだったと思います。

ナガメ

1015_11nagame1 10月15日
これはアブラナ科じゃないでしょ、ナガメ君。フウセンカズラだよ。
と、いいたいのですが。
どうなのかな、もう、繁殖の機会は過ぎて、後は自分が生きられるだけ生きるという時期なのでしょうか。
1015_11nagame2
成虫も幼虫もアブラナ科の植物の汁を吸うと、たいてい書いてあるんですよ。
だから「菜」のカメムシなのにね。
1015_11nagame3
背中の模様も印象的ですが、この配色は腹部にまで及んでいます。
こっちも見てあげて下さい。
警戒色のようでもありますが、人にとって別にどうということがあるわけではありません。
鳥に対して、自分はおいしくないぞ、危ないぞ、といっているのかな?

1016_6nagame1 10月16日
シャコバサボテンにくっついていました。
門柱の上に置いた鉢です。夏の暑さで「焼かれ」ましたね。
元気がありません。これからの時期に花を咲かせるサボテンですが(クリスマス・カクタスというくらいです)、持ち直せるかなぁ。
高い位置の鉢の葉の裏ですので、こんなアングルでの写真になりました。

これ、やっぱり、アブラナ科じゃないんだけどな。
やけになるなよ、もっとジューシーな植物はまだまだあるぞ、という気分なのでした。

ハチさん

1015_10hati1 10月15日
フウセンカズラの花に蜜を吸いにやってきた小型のハチ。
1015_10hati2
大きさが推測できますね。
フウセンカズラの花そのものを抱えているのではなくって、その中に入っていますでしょ。
その姿の可愛らしさに惹かれました。
何という種類のハチなのか、全く調べていません。
気温が日々下がっていく中で、フウセンカズラの蜜で活動エネルギーを補給しながら生きていく。その姿に心が温まって嬉しがっているかかしです。
一緒にお楽しみください。

2010年10月27日 (水)

キタヒメヒラタアブ

1015_9kitahimehirataabu 10月15日
キク科のセンダングサの花に来たキタヒメヒラタアブ。
アブですから、花の中を舐めているのでしょう。吸う口じゃないものな。

私が「センダングサ」といっているのは、
アメリカセンダングサ、コバノセンダングサなどがうまく識別できないために、面倒くさいので「センダングサ」とだけ呼んでいるものです。
センダングサという名の植物もあって、正直、とても区別できません。
そのように理解して下さい。

セイタカアワダチソウ

1015_8awadatisou1 10月15日
セイタカアワダチソウの花の構造がかなりはっきり撮れました。
中心部に5つの未開花の管状花。
周囲に舌状花がおそらく10くらい。
やっといかにもキク科という写真が撮れて喜んでいます。
1015_8awadatisou2
管状花が開花しているところ。
1015_8awadatisou3
開花した管状花がたくさん見えています。

本当に今年はセイタカアワダチソウが激減しています。
これからどういう風に推移していくのか、わかりません。

ダンダラテントウ

1015_7dandaratentou 10月15日
ダンダラテントウのようですね。
この秋はあまりテントウムシは多く見かけません。
このダンダラテントウもアブラムシを食べる肉食性です。
アブラムシの方は大きな集団は見かけませんが、少しずつあちこちで見かけています。そのあたりを食べているのでしょう。
この写真では、フウセンカズラの茎から葉を歩きまわっていました。

キチョウ

1015_6kityou 10月15日
足元のツユクサにキチョウがいました。
低い位置なのでこれが精一杯のアングルです。
もっと高い位置で落ち着いてくれれば、ゆっくり近づいて撮影できるんですが、頑張り過ぎると腰にくるからなぁ、これ一枚で我慢。
この写真で見る範囲では、全面的に黄色いですね。
シロチョウ科ですが、食草は「メドハギ,などのハギ類,ネムノキ(合歓木),サイカチ(皀莢),アカシア類などのマメ科植物」だそうです。(幼虫図鑑から引用)
あまり我が家の周辺では見かけない植物だと思いますけれど。

ホトトギス

1015_5hototogisu 10月15日
足元にホトトギスが満開。
食痕はないかと見ていますが、いたって元気な葉ばかりです。
そばで咲くミズヒキの葉は縁がずいぶん食べられていますが、食べている主はよくわかりません。
ホトトギスに食痕があれば、さっそくその幼虫を室内にご招待するんですけどねぇ。
ルリタテハでしょうから。

今のところ、花をめでて楽しんでおります。

ルリチュウレンジ

1015_3rurityuurenji 10月15日
ルリチュウレンジ。幼虫がツツジなどの葉を食べるハバチです。
全体的にはいい写真じゃないんですが、反射光が青みがかって、名前を表現していますので、載せました。
肉眼的には確かに、「ルリ」なんですが、写真的には黒くしか写らなくって、難物です。

夏場あまり見かけませんでしたが、ここにきてよく見かけます。冬越しのための繁殖でしょうか。

寄生バエ

苦手な方は拡大しない方がいいかもしれません。ウジですから。
1015_1kisei1 10月15日
ハエの終齢幼虫(ウジ)です。
これは、アゲハの幼虫に寄生していたヤドリバエです。
1015_1kisei2
脚はほとんど見えないのですが、運動能力があって、歩き回ります。
左が頭だということが分かります。
蛹になるにあたって、今まで住んでいた場所から遠ざかるという習性ですね。
1015_1kisei3
上が寄生されていたアゲハの蛹。
下がそこから出てきたハエの幼虫です。
自然界では、蛹から出れば地面に落下するのでしょう。で、土の中、石の陰などで蛹になるのではないでしょうか。

この寄生は、ヤドリバチのように、親がアゲハの幼虫の体に産卵する、というのではなく、親のハエは、宿主の食草であるミカンの葉に産卵するのです。
すると、アゲハの幼虫が葉を食べる時に一緒に食べてしまうことがあって、それによって寄生が成立するのです。
偶然にかけた生き方なんですね。食べられなければそれでおしまいなんです。
寄生する方も必死ですよね。

この秋、ミカンの新芽がわっと出ました。で、そこにアゲハが大量に産卵しました。
私たちは気づかなかったことですが、寄生バエもチャンス、とミカンの葉に大量に産卵したのですね。
で、こういう結果になりました。
残念です。
葉を一枚一枚、ティッシュペーパーか何かで拭けばいいのでしょうがそこまでは思い至りませんでした。

1017_kisei 10月17日
蛹になりました。
上の写真の終齢幼虫が見た目の脱皮をしないまま体を縮めて米俵のような形になって固まってしまうのです。
この中で、実は一回り小さい蛹になっており、二重構造になっているんですね。
そこで、このような蛹を「囲蛹(いよう)」というのです。

アゲハに寄生したヤドリバエの囲蛹の写真、というのが正確な表現でしょうか。

年内に羽化するのか、冬越しするのか分かりませんが、もし、羽化したら、お目にかけられると思います。

石叩

2010.10.25付 朝日俳壇より
土竜捜す農夫の後の石叩:(川越市)大野宥之介

「土竜を探す」という動作がどのようなものなのかわかっておりません。
土をほっ繰り返しながら進みますか?
すると、土の中のミミズや虫が出るでしょうから、セキレイがひょっこひょっこと尾を振って虫をついばみながら、後をついていく、という楽しいコンビになるでしょうね。

そのような理解でよろしいでしょうか。

せき‐れい【鶺鴒】
スズメ目セキレイ科に属する小鳥の総称。長い尾を上下に振る習性がある。多く水辺にすみ、セグロセキレイ・ハクセキレイ・キセキレイなどがある。いしくなぎ。いしたたき。かわらすずめ。にわくなぶり。とつぎおしえどり。つつなわせどり。 <季語:秋>[広辞苑第五版]

いし‐たたき【石叩き・石敲き】
 鎚ツチで鉱石を打ち砕くこと。また、その鎚。また、それを職業とする人。
 〔動〕(たえず尾を上下に動かす習性から) セキレイの別称。 <季語:秋>[広辞苑第五版]

◆ろくでもない方向へイメージが吹っ飛びまして。

石橋を叩いて壊して泳いで渡る

石橋を叩いて壊して架け替える

なんだか、破壊的なジョークが脳裏をかすめました。

金木犀

2010.10.25付 朝日俳壇より
街中が金木犀にうなさるる:(柏市)宮本次雄

うなさ・れる【魘される】
 自下一  うなさ・る(下二)
恐ろしい夢などを見て思わず苦しそうな声を立てる。「悪夢に―・れる」[広辞苑第五版]

遠くから、かすかに香るのがよいですね。
濃い香りは、きつい化粧品のようで、参ります。
なにごとも、ほどほどに。

{ジンチョウゲの香りはかなり濃くても、そう辛くはないですね。}

蚊の耳打ち

2010.10.25付 朝日俳壇より
秋の蚊の耳打ちなんぞ癪の種:(秦野市)熊坂淑
 金子兜太評:下五が楽しい言い方。

私の場合、中七にひかれました。
耳打ちなんだ、あれ。
ひょっとしてヴァンパイア(吸血鬼)の誘惑だったりして。
魅力的にして恐ろしい「ささやき」かもしれないなぁ。
血を吸いたいといってやってくるのは「女性の蚊」だしなぁ。
思わず「魅せられて」しまおうかな。

かゆいからヤダ。

糸とんぼ

2010.10.25付 朝日俳壇より
風よりも風のごとくに糸とんぼ:(川西市)上村敏夫

そうですね、イトトンボの飛び方って独特ですね。
空中停止の飛び方でもなく、直線的な飛び方でもなく。
ふわっと風に流されるようでいて、でも、ちゃんと飛びたいように飛んでいます。
チョウのようなひらひらでもなく、アブやハチのようなブンブンでもない。
ふわりふわり。

風よりも風のごとくに、とは妙(たえ)なる表現を得ましたね。

水を蹴り

2010.10.25付 朝日俳壇より
着水も飛翔も秋の水を蹴り:(渋川市)山本素竹

白鳥かな?なんだろう?
離水するときは羽ばたきながら水面を走っていきますね。
着水する時は、羽でエアブレーキかけながら、水かきを水面に当てて水上スキーのようなブレーキング。
あれ、見ていて楽しいですね。大型の鳥は慣性が大きいからどうしてもああいう動作になる。
ペリカンなんかもすごいですよね。
小型の鳥は、体重に比して飛翔力が強いから、離着水のしかたもずいぶん違う。
きっと大きな鳥を見ていらっしゃるんですね。
冬の使者でしょうか。

菜虫

2010.10.25付 朝日俳壇より
葉の色に菜虫太ってをりにけり:(岡山市)名木田純子

虫の句にはどうしても引き寄せられます。
菜虫といえば、アブラナ科の葉を食う、モンシロチョウなどの青虫のことでしょうね。

この季節、チョウやガは冬越しの蛹になるべく、成長しています。
虫好きだと、どうしても、何の幼虫かを言いたくなる。そうすると俳句の「枠」にはおさまらないんだよなぁ。
エビガラスズメの幼虫が・・・
アオスジアゲハの幼虫が・・・
ツマグロヒョウモンの幼虫が・・・
みんな我が家にいる幼虫たちですが、それぞれに、記述の文章しか書けない私なのでした。
みんな個性的なんだもん。

2010年10月26日 (火)

後の月

2010.10.25付 朝日俳壇より
待ち合はす後の月とは気づかずに:(東京都)大久保白村
 稲畑汀子評:たまたま今宵が十三夜と知らずに出会った人との縁。

語感の問題なのですが、「出会う」という言葉は、「偶然に」という感覚ではないですか?
句は「待ち合わす」と言っているのですから、偶然ではなく、意図的に、約束をして待っていたのでしょう。待ちながらふと空を見れば、満月に足らない十三夜。あぁそうだったか、と気づいて楽しむ作者。それは「縁」ですね。

東京で9月20日の月の出は15:55でした。日の入りは17:42でした。
仕事を終えての夕方の待ち合わせでしょうか。

◆10月16日付の朝日新聞週末のbeという紙面で高橋睦郎さんが「後の月」という文章を書いておられました。

 旧暦八月十五夜、いわゆる中秋の名月を愛(め)でる習慣のお手本は中国。しかし、もともとわが国に該当するものがなかったわけではなく、月ごとの十五夜のうち、秋の初穂を祭る日に舶来のお手本を継ぎ木したのが、月見だという。
 ただ、お手本の中国にはなくて、わが国で生まれた月見の習慣もある。中秋の名月の一箇月のち、ただし十五夜ではなく二日早い十三夜の月を賞でる後の月だ。後の月の由来については、平安後期の公卿、中御門右大臣(なかみかどうだいじん)藤原宗忠の日記『中右記(ちゅうゆうき)』に

 保延元年九月十三夜、今宵(コヨイ)雲浄(キヨ)ク月明(アキラカ)ナリ。是(ココニ)寛平法皇明月無双ノ由(ヨシ)仰出(オオセイダ)サル。仍(ヨッ)テ我(ワガ)朝九月十三夜ヲ以(モッ)テ明月ノ夜ト為(ナ)ス。

とある。ここにいう寛平法皇とは風流天子として聞こえた宇多天皇のこと。しかし、江戸後期の曲亭馬琴(きょくていばきん)の『俳諧歳時記栞草(しおりぐさ)』の伝えるところによれば、天暦七(九五三)年、村上天皇の時、八月十五夜が先帝(せんだい)朱雀(すざく)天皇の国忌に当たったので一箇月延ばし、同時に命日を避けて二日早い十三夜に観月の御遊(ぎょゆう)をおこなった、という。いずれにしても、王朝時代の天皇の風流が産んだ、わが国独特の習慣ということになる。
 また、十五夜ではなく十三夜にした理由について、貞享五(一六八八)年の『日本歳時記』に

 八月にはすでに十五夜の月を賞しぬれば、易(えき)に月望に近しといひ、また天道は満てるを欠く義を取りて、この日を用ふるなるべし。

と説くが、完全より不完全を喜ぶ日本的感性も考えるべきか。
 後の月を発明したのは平安時代の王朝文化だったにしても、それを育てたのは江戸時代の町人文化、わけても俳諧だった。
(後略)

満ちれば欠ける。満ちる前の味わいなんでしょうね、十三夜。
鈍感な私にはあまりよくわからない、というのが正直なところです。

ところで、オマケ
10月26日の
日の出 : 5:57
日の入り:16:53
なんとまあ、暮れるのが早くなったことです。
朝起きるとまだ真っ暗です。

季節は確実に進行していきます。

出遅れし

2010.10.25付 朝日俳壇より
出遅れし秋の走つてをりにけり:(福知山市)宮本幸子
 稲畑汀子評:いつまでも続いた残暑。ようやく秋になったと思ったらぐんと秋めいてきた。出遅れた秋が走るとは妙。

まさしくね。
今日10月26日、北海道では、札幌、旭川、函館で初雪を観測しましたね。札幌では平年より1日、昨年より6日早い、という報道です。
出遅れたけれど猛烈なスパートをかけた、ということですね。
なかなか、楽しい比喩です。
奪取しすぎて息切れ、というのはないのかな?

Photo
昨日までの東京の気温のグラフです。
9月の初めまで35℃台が出ました。
その後、30℃台を行ったり来たり。
10月に入って25℃台を前後。
このように、階段を下りるように気温は下がっていきます。
なだらかに下がっていくのではないのですね。
ということは、これからまた一段、階段を下りることになります。

「寒く」なりますよ。

常連

2010.10.25付 朝日俳壇より
爽やかや常連載らぬ俳句欄:(寝屋川市)保木照雄

これって、俳壇への批判を含んでいるのでしょうか。
常連ばかりではつまらない。常連ではない人の句に風を感じる、というような。
そうだとすると、なかなかに勇気のいる投句だったと拝見します。

軍鶏

2010.10.25付 朝日俳壇より
軍鶏の腱やすりで研(みが)き秋の陣:(佐賀市)高橋正

闘鶏って実際に見たことはないんです。
かなり盛り上がってますよね、ニュースなんかで見ると。
「腱」と書かれていますが「蹴爪」ですね。
あれをやすりで研ぐんですか、すごいものですね。
そこまでやっているとは知りませんでした。
爪を研ぎ澄まして、まさに秋の陣なんですね。

け‐づめ【蹴爪・距】
①キジ・ニワトリなどの脚のやや上部に後向きに生えた鋭い突起。表皮の角質化したもので闘争用の武器。[広辞苑第五版]

黄昏の頭髪

2010.10.25付 朝日歌壇より
大胆に妻の捌きし鋏以て我が黄昏の頭髪整ふ:(国分寺市)須藤洋次郎

すごいですね、ちゃんと鋏で散髪してくれるんだ。
察するに、てっぺんはほとんど刈らなくていいんですよね。側頭部だけ。
若い頃に比べると、なんと散髪にかかる時間の短いことよ、と、嘆きだなぁ。

いや、私の実感です。
結婚して以来床屋に行ったことはないんです。
櫛に剃刀の刃を挟んだような道具がありましょ、あれで髪をそぎ落とすんですね。
近年は、年に3、4回です。長髪になって自ら鬱陶しくなると、床屋さんやって、と頼むんです。
若い頃は、刈った髪の毛が洗面器に山のようになった。今は、底の方にたまってる。
頭頂部は刈らないんです。伸びないもん。側頭部だけささっと刈ってオシマイ。簡単なもんですよ。

ある時、娘が、父さん髪、結構あるね。
私、いやいや、てっぺんは薄くなってきた、ほら。
娘、ホントだ!
妻、そういう時は、そんなことないよ、というのよ。

苦しみのある世

2010.10.25付 朝日歌壇より
苦しみのある世におりて苦しみのなき世にゆきし人をあわれむ:(三原市)岡田独甫

苦しみのない世の人が苦しみのある世の人をあわれむ、のではなく、逆だ、というところに可笑し味があるのだと思います。

ちょっと、読み方を変えてみたいのですが。
苦しみを味わえるのも生きているからこそなんだよ、死んじゃったら苦しみすら味わえなくなっちゃうんだよ、と。
どうだ、こっちは苦しみを味わえるんだぞ、そっちへ行っちゃったら苦しみさえ味わえないだろう、と「あわれむ」。
というのはいかがですか?

生きていればこその人生です。

簡単に死ぬなよ。

手ぬぐひ

2010.10.25付 朝日歌壇より
手ぬぐひをはちまきにして君が呑む酒ふるさとに秋が来てゐる:(京都市)敷田八千代
 馬場あき子評:おいしい秋。手ぬぐい鉢巻の姿が愉快だが、君とはどんな人。

「どんな人?」
「さあね」

新酒ではないなぁ。灘の酒?
描かれるイメージは「いなせ」だしなぁ。

煙に巻かれる読者です。

問わず語らず

2010.10.25付 朝日歌壇より
身のうえを問わず語らず昨夜(きぞ)逝きし隣のベッドは真平ら(まったいら)なり:(市川市)山崎蓉子
 永田和宏氏と馬場あき子氏が選んでおられます。

辛いですね。恐らくは「声」があり、布団の膨らみがあった。
今日はない。
病院にあるときは、心が弱まります。
どうかお心を強く持たれますように。
平らなベッド。きついなぁ。

遮断機

2010.10.25付 朝日歌壇より
遮断機の左右のバーの下りてきて震へをりしが遂に合はざる:(水戸市)檜山佳与子
 永田和宏評:細部の観察が逆に大きな景を立ち上げる好例。

なるほどねぇ。あのバーの先端が合って止まるのかどうか、見てらっしゃったんですねぇ。
私の知っている範囲では、ほとんどがバーは合わないようですが。
面白い視点を発見なさいました。

余計な知識:バーの反対側の端をご覧になったことがおありですか?
バーの重さに見合う分の、カウンターバランス(錘)がついているんですよ。
ですから、遮断機は、重心の近くを支えているので、回転だけを行えばいいようになっているんですね。

電動車いすで出歩くようになって、踏切が「斜め」というのが気になりますね。
レールに直角に渡りたいですね。
乳母車や普通の車いすもそうだと思うんです。
電鉄会社は、道路が斜めに交差していても、自社の土地を活用して、直角に渡れるスペースを作ってほしいですね。
ずいぶん安全になると思いますし、渡る方の不安も解消すると思うのですが。

中学校

2010.10.25付 朝日歌壇より
鰯雲光る日曜子を誘いセーラー服の採寸に行く:(富山市)松田由紀子
大好きな水着しまって気がついた中学校にプールないんだ:(富山市)松田梨子

青空高く鰯雲、中学校の制服の採寸に。
つい6年前には、ランドセルだ、教材の名前書きだ、学校ではちゃんとやれるんだろうか、と慌ただしい思いをしたことが思い出されているでしょう。
お嬢さんの方も、別な形で中学校への思いをはせている。

松田さん母娘は題詠を試みたり、いろいろ歌壇に波紋を投げかけています。
でも、敢えてあまり私はとりあげてきませんでした。
今回は、「中学校」への思いを、それぞれがそれぞれの側から詠って、楽しい心象が組み立てられましたので、喜んでおります。

予定調和のような感じは苦手でして、それぞれが勝手にやる、その結果が、なんだぁ親子ってこうなっちゃうのかぁ、みたいなのが好きなんです。

せめぎ合い

2010.10.25付 朝日歌壇より
秋深し京都名所のせめぎ合い関西(なんじゃく)言葉関東(こうげき)言葉:(高槻市)奥本健一
 高野公彦評:振り仮名が面白い。

東男の私にはよくわからない語感です。
私は京言葉の柔らかさが「怖い」。言葉の底が見えない不安感にとらわれます。
大阪の方だろうという男性二人が、本屋で立ち話をしていました。その「攻撃性」にたじろいだことがあります。
古くからの都の言葉は正直なところ「裏」があって、田舎者の東京人には読み切れない。

私にとっては秋田の方の話す言葉には「裏」がない。まっすぐなので、好きです。

関西言葉が「なんじゃく」とはとても思えない私です。

秋桜の風

2010.10.25付 朝日歌壇より
肺ふかく秋桜の風吸ひ込めば十指の先まで君満ちるなり:(富田林市)橋本恵美
 高野公彦評:コスモスの花のそばで逢っているのだろう。指の先まで君が入ってくるという表現に、作者の喜びがにじみ出ている。

新鮮な表現ですね「指先まで君が満ちる」。
相手の存在を丸ごと受け入れて満ちてしまう。
これって、女性性の本質かもしれない。
男性がこの表現を使ってもウソになるだけのような気がします。

縄文杉

2010.10.25付 朝日歌壇より
屋久島の縄文杉を思ひをり一万年の忍耐のこと:(三郷市)岡崎正宏

縄文杉の年齢ねぇ。千年の桁のような気もします。七千年とかいう話もありますが。
あまり「一万年」というのは聞いたことがないので少々戸惑いがあります。
「幾千年を生きる忍耐」かなぁ、と余計な思案をしています。

植物の生き方は動物とは違う。
杉の木の幹の中心部は死んだ組織。
死が生を支えるというやり方で、死を積み重ねながら生きていきます。
一万年を生きてきたということは、一万年の死を積み重ねてきたということ。
動物である私たちの想像を絶する存在です。

丸きものたち

2010.10.25付 朝日歌壇より
十五夜の月は世界の丸きものたちの基準のごとく浮かべり:(鴻巣市)一戸詩帆
 佐佐木幸綱氏と高野公彦氏が選んでおられます。

昔、月を「球」と見たかどうかは分かりません。おそらく「円盤」だったと思います。
現在を生きる私たちは月が球体であることを知識として知っています。
知識として知っていることと、実際に見て、月を「世界の丸きものたちの基準」と見ることには大きなギャップがあります。
なぜ、あれほどに丸いのか。地球も丸く、月も丸く、太陽も丸く、惑星探査機が見せてくれた惑星たちも丸かった。
重力という唯一の原因によってかくも美しい球が生まれること、宇宙の不思議だと思います。

ところで、今回の歌壇には一戸さんの歌が二首採られました。ここで一緒にご紹介します。

結果的に最後になったメールはもう消しただろうかささくれを噛む:(鴻巣市)一戸詩帆
 永田和宏評:「結果的に」が面白い。最後のメールがどう処理されたかは今は知る術もない。

泣く人は嫌いだけれどさっきのは二人の間だけの夕立:(鴻巣市)一戸詩帆
 馬場あき子評:久しぶりの若い人の歌で恋びと同士の甘やかな喧嘩。二人の間に降った夕立ちはすぐ上がったような第一首。

鮮烈な恋の歌ですね。
現代的な先鋭さと、しっとりした情感。
みごとなミクスチャです。
いや、すごい夕立だったんだろうなぁ、と。しびれますね。

案山子

2010.10.25付 朝日歌壇より
時移り村おこしにと畦に立つ案山子のなかに妖怪もをり:(長崎市)松尾信太郎

「かかし」を名乗る身としては捨て置けません。
あちらこちらで案山子展のようなものがおこなわれますね。
さして効果があるというものではない、ということは皆さんよくご存知なのに、田んぼに案山子はなくならない風景のようです。

このブログも、さして役立つことはありません、ただ世の中に立っているだけです。
それが案山子というもののあり方でしょう。

ハスモンヨトウ幼虫

1014_11hasumonyotou1 10月14日
ヒナタイノコズチの葉の上です。
1014_11hasumonyotou2
顔をクロースアップしてみました。
何でも食べるらしいですよ。
園芸をなさっている方には嫌われますね。
勝手に生えたイノコズチを楽しむ私には、目を楽しませてくれる訪問客なんですけど。
成長してくれて構わないよ。

ミツバチ

1014_10mitubati 10月14日
前の記事で、ヒメハラナガツチバチの花粉だらけの顔をご紹介しましたが、こちらはたぶんニホンミツバチ。
やはり体中、花粉だらけですが、こちらはこれを団子につくって巣へ持ち帰ります。
蜜は咀囊にたくわえて巣へ持ち帰り、巣で吐きだすのでしょう。
この作業で、蜜のショ糖はハチの酵素で分解されてブドウ糖、果糖などになるんですね。

ツチバチの場合は、蜜は自分の活動用のエネルギー源ではないのかなぁ。
花粉を食べる口でもないし。

フウセンカズラとセンダングサ、セイタカアワダチソウに昆虫がたくさん訪れています。

ヒメハラナガツチバチ

1014_9himeharanagatutibati1 10月14日
ヒメハラナガツチバチが、顔面を花粉だらけにしています。
1014_9himeharanagatutibati2
体にはあまり花粉はついていないようですが
1014_9himeharanagatutibati3
もう無茶苦茶。
すごいことになっていますね。
笑ってしまいます。おいおい、そんな顔でいいのかよ。

ウラナミシジミ

1014_8uranamisijimi1 10月14日
ウラナミシジミです。
センダングサの花で吸蜜。
落ち着いた雰囲気だったので、何とか身を乗り出して顔を撮ってみました。
1014_8uranamisijimi2
「いいおかお」が撮れて嬉しい。
いかにもおいしそうですよね。
お相伴にあずかりたいけれど、私たちは蜜を吸う口じゃないからなぁ。

わたくし、毎日、昼食後の紅茶は、蜂蜜で甘みをつけていただいておりますが。

ツマグロヒョウモン

1014_7tumagurohyoumon 10月14日
ツマグロヒョウモンのメスです。
道路で日向ぼっこをしていました。
毎日ツマグロヒョウモンの飛翔を見ますが、用意したスミレ類に産卵してくれた気配がない。
楽しみにしているんですけどね。

ホトトギス

1014_4hototogisu1 10月14日
ホトトギスの蕾。もう咲くよという蕾。
1014_4hototogisu2
横から見るとこんなふう。
1014_4hototogisu3
一輪咲いていました。
この後はどんどん開いて、記事を書いている現在満開といっていいでしょう。
右の方に真っ赤なミズヒキを写し込んでみました。
お楽しみください。

ネコハグモ:Part2

1015_4nekohagumo 10月15日
見に行ったのですが、よくわかりません。

1016_4nekohagumo 10月16日
まだ2匹います。向き合っています。
こうなると、同じオスなのかどうかわかりませんね。
複数のオスが交尾を求めて訪れているのかもしれません。
1018_4nekohagumo_a 10月18日
これはオスがメスの餌食になっている状態のような気がします。
結局、よくわからないままです。

1018_4nekohagumo_b
これは、すぐそばの葉。
このクモは、食べた後の殻を捨てずに並べてありました。
小さな鉢植えのイチョウの葉っぱの上、ものすごいドラマが繰り広げられています。

すごいものを見たなぁ。

ネコハグモ:Part1

1014_3nekohagumo1 10月14日
鉢植えの、実生のイチョウの葉。
2匹のネコハグモ。
通常、単独生活をするクモですから、2匹いるということは交尾だろうと、直感。
真ん中の白っぽいのは脱け殻だと思います。
で、下がオス、上がメスでしょう。
メスの巣へ、オスが交尾を求めてきたのだと思います。
1014_3nekohagumo2
接近します。肉食性ですからね、オスが食べられてしまわないか、ドキドキします。
1014_3nekohagumo3
メスが横向きになりました。交尾する気があるのではないでしょうか。
そばでシャッター音を立てているのも気がひけたので、しばらく離れました。
1014_3nekohagumo4
なんだか複雑な事態になっていますが、つかまったわけでもなさそう。
普通の昆虫の交尾のような、交尾器の結合を行うタイプなのかどうかもわかりません。
精子の入った袋を渡すだけかもしれないし、よくわからないままです。
1014_3nekohagumo5
お、離れた。無事終了かな?
1014_3nekohagumo6
で、また時間をおいて見に行ったら、オスの上にメスがのしかかった状態。
こりゃだめか、つかまってしまったかな、という一日でした。
画像のサイズがはみ出しそう。ここでいったん切ります。

アキアカネ

1014_2akiakane 10月14日
昼の散歩に出たら、袋小路の我が家の前で、あら行き止まり、と考えている年配の女性と少しお若い女性がお二人。
私は虫が好きでして、などとしばらく立ち話をしていたら、門の柵にアキアカネがやって来てとまりました。
あら、アカトンボ、今日はいい日だわぁ、と喜んでお帰りになりました。

接客上手なトンボさんです。
トンボが近くに来てくれるって、結構嬉しいものなんですね。
よかった、よかった。

2010年10月25日 (月)

エビガラスズメ蛹、翌日

1020_1ebigarasuzume1 10月20日
色が濃くなりました。
蛹化直後より動きは少なくなりましたが、まだ、多少動きます。
1020_1ebigarasuzume2
例の小鰓環です。
まったく象の鼻ですね。

成虫の口吻かなぁ。だとしたら、他のチョウやガにもあってもよさそうだが。
スズメガの蛹にはこれがあるものがある、という程度ですからねぇ。
不思議ですね。

エビガラスズメ蛹化

1019_2ebigarasuzume1 10月19日
すぐ蛹になるかと思っていたら、ずいぶんのんびりでした。
19日、脱皮して蛹化。
なりたて、ほやほやです。
右に幼虫時代の脱け殻。
蛹はいずれもっと濃い色になりますが、まだ、淡い色合いです。
1019_2ebigarasuzume2
蛹になってからかなり長い間、刺激を受けると動きます。
写真を撮ろうとして、ケースを動かすと、くねくねしています。
あまり消耗させてはまずいと、なるべく動かずに済むように、とは思うのですが、やはり動かれる。
1019_2ebigarasuzume3
早目に撮影を切り上げました。

ところで、この象の鼻のようなものなのですが、「小鰓環」というらしいです。読みは分かりませんが、音読みすれば「しょうさいかん」でしょうかねぇ。

先日、「イモムシ ハンドブック」安田守 著、文一総合出版、\1400-
という小さな図鑑を買ってきました。
チョウやガの幼虫図鑑です。食草、蛹、成虫などの図版も入っていて、便利です。ネット上の「幼虫図鑑」も大変便利ですが、印刷物はパラパラとめくりながら既に知っていることと合わせて見られるので、いいですよ。
で、そのエビガラスズメの項に蛹の0.4倍の図があり「長い小鰓環がある」と記載されていました。これによって、「小鰓環」という名を知りました。
さて、名前はわかったけれど、一体、これ、何なんだろう?

謎は解けずにいます。

エビガラスズメ幼虫

1014_1ebigarasuzume1 10月14日
エビガラスズメの幼虫がいました。
勝手口のドアのすき間に入っていました。

大きいです。この曲がった状態でスケールを見ると5cmくらいですよね。
まっすぐ伸びると9cm近くなります。
1014_1ebigarasuzume2
ケースの外側からなのでクリアな画像ではないのですが頭の付近です。
1014_1ebigarasuzume3
こんな模様が特徴です。
色は結構バリエーションがあります。
1014_1ebigarasuzume4
こちらが「スズメガ」の象徴。
これ硬くないですから刺さりません。刺すんじゃないかと心配しないで大丈夫。
それより、ひょっとすると、こちらが頭のように見えたりしませんか?
一本の角がある顔。気門が目のようにも見えます。

ところで、これだけ大きいのだから、終齢も最後のあたりで、蛹化直前のウォンダリングをしていたのだろうと思って、この透明ケースに入れたのですが。
どうも、変。
足場が悪いかな、と思ってティッシュペーパーを敷いてやったら、なんだか穴を開けました。
そこで、ボール紙の箱に移しておいたら、今度はボール紙を少し食べた様子。
そんな変な物食ったら死ぬぞ、と、オーシャンブルーの葉を入れてやったら、まだ食べたかったんですね、むしゃむしゃ、食べてました。

参ったな。変な物食べたから、ダメかも知れない、と思いながら観察を続けました。

何かの蛹

1013_13sanagi 10月13日
イノコヅチの葉です。
何かが蛹になっています。ガですが。

アカキリバというのがヒナタイノコズチにつくという話がありますが、その蛹はこんな色・形ですか?
ヨトウガの仲間という可能性はどうでしょう?
わからないまま、部屋へ持ってきて放置してありますが、羽化の兆しはまだです。

1013_12egg1 10月13日
ルコウソウです。
卵が三つ。
1013_12egg2
一つは孵化したようですね。ちがうかな。
ウラナミシジミが産卵したと思った時の卵と同じようです。
少し扁平で、細かい模様がある。
でも、ウラナミシジミもマメ科でしょ、食草は。
ルコウソウではないですよね。
追求する気力はないです。
何かが孵化して出ていったのでしょう。
誰なのかなぁ?

元気でね。

ホオズキカメムシ

1013_11houzukikamemusi110月13日
微妙なバランスをとってカメムシ。
前脚は花の後に残っているメシベをつかんでいるようですね。
1013_11houzukikamemusi2
一応、確認のために手を添えて背中を撮らせてもらいました。
ホオズキカメムシです。
夏前、ダイニングの前のオーシャンブルーの葉にいっぱい産卵して、いっぱい孵化して、凄かったなぁ。
今は、庭ではあまり見かけなくなりました。
冬越しはどういう形なのでしょうね。成虫で冬越しなのかな。
そろそろ、冬の声が聞こえてきそうです。

ササグモ

1013_10sasagumo2 10月13日
ルコウソの葉の重なりの奥に潜んでいます。
ネコハエトリとササグモと、被写体として非常にフレンドリーでして、見かけるとつい撮ってしまいます。
じっくりアングルを考えたり、今回のように、手前の葉をぼかして奥にピントを合わせるという作業をしていても待っててくれるし。

で、もちろん、この堂々とした姿勢。迫力があって大好きなんです。

セイタカアワダチソウにお客さん

1013_9seitakaawadatisou410月13日
大きなハエです。
1013_9seitakaawadatisou5
これは 別の種類のハエの後ろからショット。

ハエというとすぐ腐敗物や排せつ物などをイメージするかと思いますが、意外と花の蜜をなめに来てますよ。
セイタカアワダチソウにとっては授粉を媒介してくれるのなら誰だっていいわけで、蜜をごちそうしてが得ています。

その内また別の昆虫をご紹介することになると思いますが、今回はハエでした。

セイタカアワダチソウ

1013_9seitakaawadatisou1 10月13日
線路際のセイタカアワダチソウ。
向こうに線路が見えていますね。

例年、このレールと柵の間のゾーンにいっぱいセイタカアワダチソウが並ぶのですが、今年は少ない。3株しか見えないようです。
セイタカアワダチソウの嫌地(アレロパシー)は有名ですが、そのアレロパシーは自分自身に対しても作用するという話です。その結果なのでしょうか?
それとも、夏の暑さの影響?
原因はよくわかりません。
来年の状況を見なければならないでしょうね。

数が少ないせいで、じっくりその姿を見ることになりました。
こういう姿だったか。なかなかによい姿ではないですか。

花粉が飛散するという話もあったけれど、あれはそれほどのことではなかったですね。
虫媒花です。
ミツバチやツチバチ、アブ、ツマグロキンバエなど、いろいろの虫が恩恵にあずかっています。

1013_9seitakaawadatisou2
突然クローズアップ。
キク科としては、ちょっと雰囲気の異なる咲き方ですね。
1013_9seitakaawadatisou3
他のキク科植物に慣れた目で見ると、意外。
小さいので鑑賞用とは言いにくいですが、結構いい雰囲気ですよ。

2010年10月22日 (金)

ウラナミシジミ

1013_8uranamisijimi_s 10月13日
センダングサの先端。
写真では見づらいのですが、2匹います。
脚を見ていただくと、たくさんありますから、1匹ではないことが分かると思います。

まだ完全な交尾には至っていないとおもいます。
交尾の直前でしょう。
モンシロチョウ的な交尾拒否のような姿勢はとっていませんでした。
このあと交尾に至ったのではないかと思いますが、見届けることはできませんでした。
絡み合いながら飛び去ってしまいましたので。
交尾しながらそのまま飛ぶ、というあのスタイルでもありませんでした。

シャクトリムシ

1013_7syakutori1 10月13日
フウセンカズラにシャクトリムシ。
何でもかんでも、ヨモギエダシャクではないか、と考える案山子です。

1013_7syakutori2
こっちが頭。気門や側単眼まで写りました。

1013_7syakutori3
こちらが腹端部。
普通の「イモムシ」だと、腹端には尾脚という1対の脚があるだけなんですが、それだと「小枝」の真似がしにくい。まっすぐ立てないでしょ。ぐらぐらして。
で、腹脚の一番後ろの1対が一緒になって足場を確保するのですね。
4対の腹脚うち他のものは、全部退化したり、1対くらい残ったり、だと思います。
で、体の前の脚と、後ろの脚になったので、「尺取り」歩行になるのですね。

この写真のシャクトリムシ、2本の茎にまたがった形になっていますが、ちょっと心配。
というのは、以前、シャクトリムシを引きはがそうとしたら、後ろの脚の力が強くて、体がちぎれてしまった、という経験があるのです。苦かったな、あれは。
体がちぎれるほどに引っ張られても脚をはなさなかったのです。
こんな、またがったつかまり方をしていて、強風にあおられたりして、体がちぎれませんように。
適当なところで、足をはなして落っこちるんだよ。
命は助かるからね。

ヒガンバナ

1013_6higanbana 10月13日
ヒガンバナです。
花は終わりました。
さて、子房はあって、膨らんではいるのですが、実はならないようですね。
毎年見ていますが、結実しません。たまに、偶然に実がなることはないではないはずなんです。我が家ではまだ見られません。

私たち普通の「動植物」は遺伝子を2セット持っています。生殖時には半分の1セットにして、授精でまた2セットに戻します。
ところが、ヒガンバナは遺伝子を3セット持っているんです。だもんだから、うまく半分にならない。で、実がならない、というのがものすごく簡略化した説明です。
何かの拍子に、遺伝子が倍化するという出来事があったとします。そうすると6セットを持つことになって、半分に出来るようになるんですね。このような事態が起こった時に、結実できるのだと思います。(ほかの可能性もありますが、やめときます)

ヒガンバナの種を採取して、蒔いて、育てたという話を見つけました。
読んでみてください。
http://www48.tok2.com/home/mizubasyou/120higanbana.htm
ここです。
ヒガンバナの種が見られます。

コマユバチの仲間(だと思います)

1013_5komayubati1 10月13日
クルミの葉の上です。
見慣れぬハチを見ました。ハチであることは間違いないけれど、さっぱりわからない。
頭が面白いですね。丸い。
1013_5komayubati2
コケシをイメージさせます。
黒い目。頭部の真ん中にも黒い模様があるようです。
胸部までは確実に赤いというかオレンジ色です。
翅は黒い。
脚が特徴的に太くなっている。
1013_5komayubati3
後ろ姿です。
見たことないなぁ。
調べてみたらコマユバチの仲間ではないか、という見当です。

http://www.saturn.dti.ne.jp/~dinsects/Hachi2-komayubati.htm

ここにコマユバチの仲間の写真があります。眺めてみると。
第一候補:ムネアカツヤコマユバチ
第二候補:ズイムシクロバラコマユバチ
といったところでしょうか。

ムネアカツヤコマユバチはカミキリに寄生するようです。
家の周辺でカミキリを見ることは少ないのですが、いないわけでもないだろうなぁ。
一応、暫定的にムネアカツヤコマユバチということにしておきたいと思います。

1016_7komayubati 10月16日
全く同じ場所で、クルミの葉の上にいました。
状況から見て、同一個体でしょうか。
今回はワンショットで飛び去ってしまいました。
以来、遭遇していません。

宿主はいたのかなぁ。
この先また会えるかどうかは分からないし、虫との出会いは一期一会。
何かの縁があったのでしょう。(前世で私がカミキリだったとか)。

テントウムシ幼虫

1013_4tentoumusi 10月13日
ルコウソウやカニクサをつたわせてある紐が緑色に写っています。
一瞬のすれ違いで、テントウムシの幼虫を見ました。
ナミテントウですかねぇ。
すたすた行ってしまったので、ちゃんとは撮れませんでした。
これから蛹になって、成虫までいって、成虫で越冬かな。
ちょっと忙しい気分ですね。

ちゃんと間に合わせろよ、っと。

オンブバッタ

1013_3onbubattaf 10月13日
この時期になると、オンブバッタの姿もなんだかわびしさを感じさせますね。
交尾を終え、産卵も終えたのかな。

カマキリを飼っていると、この時期の餌はオンブバッタとか、大型のハエとかになりますね。
それもなくなると、鶏肉を小さくちぎって目の前へ出してやると食べるとか、牛乳を飲ませるとか。いろいろやりましたっけ。

天気予報で北海道に雪だるまマークが出るようになりましたね。
冬支度を始めて下さい。

ササグモ産卵:2

1020_3sasagumo1 10月20日
お母さんの許可が出たかどうかは知りませんが、幼体が歩きだしてきましたよ。
前と後ろに一匹ずつ見えます。
1020_3sasagumo2
後ろの方の「子」
1020_3sasagumo3
前の方の「子」
思いなしか、やんちゃな子を抱え込んで、母親は心配そう。

猫のお産を思い出してしまいました。
5匹産んで、育てた。シロちゃん。子は親の心配をよそに、ころん、ころん、と転げ出してくる。そのたんびに、お母さんはくわえて連れ戻していましたね。そのうち、お母さんの許可が出て、ちょろちょろ歩き回り始めましたっけ。横倒しのレンガで囲っておくと、レンガが乗り越えられなくって、その中を運動場にしていましたっけ。赤ちゃんたち。

クモに過剰な思い入れをすることはないでしょうけれど、こうやって母グモが子守することで、幼体の生存率はやはり上がるのでしょうね。
今年はいいものを見せてもらいました。うれしいな。
かわいいや。

ササグモ産卵:1

1013_2sasagumo 10月13日
ササグモがみごとな姿勢で草の葉にとまっていました。
そう思って近づいてみると、葉を折り曲げたところに白いもの。
そうか、産卵したんだ。
孵化するまで守るんですね。
今年は、ホトトギスの葉でこの状態を見つけ、ササグモの赤ちゃんというのを見ることができました。
今回も見られるといいなぁ、と期待して、毎日見続けました。

1015_2sasagumo 10月15日
場所と姿勢が変わりました。
成体の姿は迫力ありますねぇ。
こうやって卵囊を守っている間、自分の食事はどうなっているのか、わかりません。
なんとなく、孵化が始まっているのではないか、という感じはしますが、幼体が歩きだしてくる気配はないようです。

アゲハ幼虫(B君)

1013_1agehab1 10月13日
前の記事のA君とほぼ同時に脱皮したのだろうと思われます。便宜的にB君とします。
A君と全く同じ状態ですね。後ろに体の脱け殻。右脇に頭の脱け殻。
ところがB君、この後向きを変えまして
1013_1agehab2
脱け殻を食べ始めました。
栄養分の回収ですね。もったいないものね。
頭の脱け殻は食べないように思いますが(完全に確認はしていませんけれど)、体の方の脱け殻はたいてい食べます。
孵化した時は卵殻を食べ、脱皮した時は脱け殻を食べる。
虫たちの知恵ってすごいものですね。

(ヒトも爪を切ったら爪をたべたらいいかなぁ。必須アミノ酸が入っている筈だが)

アゲハ幼虫(A君)

1013_1agehaa1 10月13日
アゲハの幼虫が2匹脱皮しました。
便宜上、こっちをA君とします。
何度かお目にかけていると思いますが、脱皮するとき、頭の部分だけ別なんですね。
体の部分は後ろに脱いであります。
1013_1agehaa2
頭の部分はこんなふうにコロンと落ちています。
脱皮したての体は、しわだらけ。蛇腹を縮めたようです。これから成長して膨らんで行くための余裕部分ですね。
人の目に「顔」と見える部分と、本当の頭部がどういう関係になるのか、明瞭に見えると思います。
なんだか、顔っぽいところの「口」みたいなところから、頭を出しているみたいに見えますね。
1013_1agehaa3
3対の脚、触角、側単眼などきれいに写りました。
このA君はこの姿勢を長くとったままで動いてくれませんでした。

2010年10月21日 (木)

ツマグロヒョウモン

1012_9tumagurohyoumon 10月12日
用事を終えて、モンパルころころ。
帰ってきたら、家の前でぱっとチョウが飛ぶ。
うっかり近づき過ぎました。
ツマグロヒョウモンが道路わきの地面で交尾していたのですね。
しまった、と思いましたが、つながったまま飛び、線路際におりて、そのまま交尾続行。
ほっとしました。
こういう時はZ3のズーム機能は役に立つ。
思いっきりズームアップしてこの写真が撮れました。

収差もほとんどないし、いいカメラなんですけれどね。
マニュアルフォーカス機能は、あるけど使えるほどのものではない。
オートフォーカスでは、スポットではなく、小さいけれどエリアで判定されるので、接写時にはピントがすごく合いにくい。
シャッターが意図どおりに落ちない。カメラが勝手にピントがあったと判断するまでは落ちないんですね。景色や花など静物にはそれでいですが、昆虫の撮影にはあんまり向いていません。

そういうことで、最近あまり使っていませんでしたが、モンパルお散歩用には最高ですね。
活躍してもらいましょう。

タマスダレ

1012_8tamasudare 10月12日
線路際は日当たりが良い。
タマスダレが群れて咲いていました。
我が家のはもう終わってしまいましたが、ここは盛りでした。

モンパルで出た時は、虫には期待していません。Z3で、広角~望遠をズームして楽しみながら花を愛でます。
あんまり花でも虫でも接写しようとしていると、不審がられますからね。

マルバルコウ

1012_7marubarukou1 10月12日
前回モンパルで散歩に出た時に見つけたマルバルコウ。
まだ咲き続けています。
1012_7marubarukou2
花の姿はルコウソウそっくり。葉が丸い。
で、「マルバ ルコウ」なのでしょうが、どうも「マルバル コウ」みたいな感じが抜けなくって。
自分でもよくわからないのですが、変ですね。
ルコウソウと同じくヒルガオ科です。

これ何の花?

1012_6hana1 10月12日
用事があって、モンパルに乗って1kmほど先まで。隣の駅前なんですが、電車で行くのはばかばかしい。かといって、私の脚では歩いていくのは辛い。で、モンパル。
首からコニカミノルタのZ3をぶら下げて線路際を走ります。
これなんという花ですか?
1012_6hana2
枝の別れ具合といい、花といい、ずいぶん特徴的ですね。
虫だと何か手掛かりを見つけることができるのですが、花は苦手なんです。
名前を調べるための手がかりがうまくつかめない、表現できない。
教えて下さい。
1012_6hana3
アシナガバチが潜っていました。
背中まで見えなかったので、何アシナガバチかは特定できません。
(フタモンアシナガバチか、キアシナガバチでしょうけれど)

ササグモ

1012_5sasagumo 10月12日
ルコウソウの花の残りの場所。
白い「卵」もついています。ツバメシジミの卵かなという記事を書きましたが、その後変化なし。
1013_10sasagumo1 10月13日
同じ場所。
よくわからない卵。アリ。ササグモ。
3種の動物の命が、ルコウソウという植物の舞台の上で交錯していきました。

ササグモはアリは捕まえないようです。
アリをもっぱら捕まえるのはアオオビハエトリ。それ以外ではあまりアリを好まないように見受けます。

1016_10sasagumo 10月16日
この卵、ダメみたいですね。
ササグモさんが子守をしてくれましたが、多分孵化しないのでしょう。
残念です。

モンシロチョウ

1012_4monsirotyou 10月12日
翅が見えませんので分かりにくいかと思いますが、これはモンシロチョウです。
センダングサの花にとまって落ち着いていました。
モンシロチョウが口吻を伸ばして花にさし入れているところ、というのはなかなか撮りにくいものです。
複眼に現れる模様も撮れました。
気温がだいぶ下がってきましたから、活動性が落ちてきているかもしれません。
でも、日射しさえあれば虫たちはまだ元気に飛び回っています。

ツバメシジミ:訂正 ウラナミシジミ でした(2010.10.22記)

1012_3tubamesijimi1 訂正:ウラナミシジミです。2010.10.22記
10月12日
また、ツバメシジミウラナミシジミに会いました。
今年たくさんいるのか、それとも同じ個体がずっとこのあたりにいるのか、よくわかりません。
個体識別は私にはできないので。
この日は、のんびりした状態で、近づいても嫌がりませんでしたので、クローズアップ。
チョウって近づいてよく見ると、結構「ふかふか」なんです。
翅の鱗粉はよく知られていますが、体毛は知らないでしょ。
1012_3tubamesijimi2
セセリチョウの頭はまん丸という感じですが、このツバメシジミウラナミシジミの頭は、左右に扁平ですね。
ゼンマイ状の口吻がチラっと見えています。
複眼に毛が生えているようなんですが、そこまでクリアには写りませんでした、ザンネン。

訂正:2010.10.22記
コメントを頂いてチェックしたところ、間違っていました。お恥ずかしい。
思い込みが先行してしまいました。これからはもっと注意します。

ニラ

1012_1nira 10月12日
我が家のニラは花の時期がほぼ終わりまして、結実の時期に入っています。
まだ青い実ですけれどね。
電車の線路際を散策すると、まだ花を咲かせているものもありますが、そろそろ終わりでしょう。
去年、線路際の株から採った砂粒のような種を蒔いて育てたものです。
ベランダのプランターで育てたのですが、夏が暑すぎていろんな植物がだめになってしまいました。やっと、このニラは生き残ってここまで来ました。

来年も楽しみにしています。
もう少し楽な環境で暮らしたいねぇ。

ブチヒゲカメムシ

1011_4butihigekamemusi110月11日
なけなしの「美術センス」を「発揮」して、作品をつくりました。
といって、全部ぼやけているんだから、しょうもない。
ぼかすフィルターをかけたわけではなくて、ぶれただけです。
手前がルコウソウの花、向こうはブチヒゲカメムシです。
口吻を伸ばして花の付け根あたり、子房を刺しているのでしょうか。

1011_4butihigekamemusi2
位置関係はこうなんです。
で、被写界深度を利用してボケ味を出そうと試みたわけです。

だめですね。やっぱりセンスがない(=ナンセンス?(学生時代を思い出す))なぁ。

ツバメシジミ:訂正 ウラナミシジミ です(2010.10.22記)

1011_3tubamesijimi1 訂正:ウラナミシジミです。2010.10.22記
10月11日
ルコウソウの花の終わったところにツバメシジミウラナミシジミがとまっていました。
1011_3tubamesijimi2
いろいろ向きを変えたり腹を動かしたりしていました。
気になったので、飛び去った後を確認してみたら
1011_3tubamesijimi3
白い丸いものがついています。これ、ツバメシジミウラナミシジミの卵でしょうか?
球形ではなく、少しつぶれた形です。
いや、ツバメシジミウラナミシジミの卵ではないかもしれません。
というのは、ツバメシジミウラナミシジミの幼虫はマメ科の植物が食草なのだそうです。
今、家の周辺にマメ科の植物はないと思うんですよね。
エニシダが茂っているくらいかなぁ。
写真は、ヒルガオ科のルコウソウですからね。
たまたま、別の昆虫が産卵したところにとまっていたツバメシジミウラナミシジミを、私が見かけて、誤解しているのかもしれないのです。
室内には取り込みませんでした。とても飼育できるものではなさそうな感じですので。
自然に任せることにしましょう。

ところで、卵を接写して、後でパソコンで見ていたら
1011_3tubamesijimi4
すごいですね。1mmもない卵の表面に凹凸の模様があるようなんですね。
私の肉眼では全く見えませんでした。マクロレンズのおかげです。
1011_3tubamesijimi5
光線の関係でこんなふうに写ったものもありました。
細かい模様ですねぇ。
さて、ここから孵化するのは何の幼虫なのか、追求しませんでしたが、無事に育ってほしいですね。

訂正:2010.10.22記
10/15付の記事も訂正してきました。お恥ずかしいことでした。尾状突起だけしか見ていなかったことが暴露されました。

キタヒメヒラタアブ

1011_2kitahimehirataabu 10月11日
ルコウソウの葉にとまるキタヒメヒラタアブ。
前の記事が、コロンとしたアブでしたので、対照的なヒラタアブを載せます。比較して下さい。
お腹がペッタンコでふっくらしてません。
先日産卵行動を見たメスのキタヒメヒラタアブでは、腹部が左右に膨らみを持っていました。
翅を開いた形でとまることが多く、平均棍も見やすいです。
前の記事のシマハナアブでは、翅を閉じていましたので平均棍は全然見えませんでしたね。
いろいろ見え方も違うものです。

シマハナアブ

1011_1simahanaabu1 10月11日
シマハナアブです。ヒラタアブより一回り大きくて、腹が丸くコロンとしています。
ちなみにヒラタアブはその名の通り、腹はペッタンコです。
後脚が一本見えなくて、T字型というか、かかしさん型になってますね。ごあいきょう。
1011_1simahanaabu2
大丈夫、後脚はちゃんとあります。
1011_1simahanaabu3
標本的な姿。
これで見間違えることなくシマハナアブと同定していただいて結構です。

◆ところで、このシマハナアブや、ハナアブの幼虫は例の「オナガウジ」というやつでして、汚水の中で、腐食物などを食べて育ちます。
オナガウジに関しましては、2008年の11月から2009年の1月にかけて、白山神社の手水鉢の水たまりに発見して、記事を書きました。
リンクを張りますが、あんまり気持ちのよいものでもないので、苦手な方は見に行かないほうがいいかもしれません。
関心のある方だけどうぞ。

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-2f7f.html
2008年11月19日 (水) 「オナガウジ」

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-7530.html
2008年12月 4日 (木) 「ハナアブの幼虫(オナガウジ)」

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-487f.html
2009年1月30日 (金) 「ハナアブの幼虫」

2010年10月20日 (水)

ツマグロキンバエ

1010_12tumagurokinbae 10月10日
ムムッ、この顔はまぎれようもなく、ツマグロキンバエ。
久しぶりだねぇ。

さて、どうしてわかるのでしょう?
複眼の模様です。
慣れれば、触角からハエ目ということは一目瞭然。
この縞模様はツマグロキンバエです。
この写真を撮った後、頻繁にツマグロキンバエと顔を合わせるようになりました。

ところで、私の尊敬するアーチャーンさんの「我が家の庭の生き物たち」のサイトに、このツマグロキンバエの複眼の「超接写」写真があります。興味がおありでしたら見に行って下さい。
http://plaza.rakuten.co.jp/Wolffia/diary/20080930/

すごいの一言です。

詠み手と読み手

朝日歌壇・俳壇の下に多分担当記者の方が書いているのだろうというコラムがあります。
10月18日はこんな文章でした。

詠み手と読み手が17文字の中で共感(10/18)
 未曽有の猛暑だった今年の夏。残暑が続いた9月も終わり、季節は歩みを進めている。本日の朝日俳壇は、いちだんと秋が深まった。
 俳句は季語を入れるのが決まりだが、同じ季語でも、季節の中で味わいが変わってくる。たとえば「秋風」という季語は、初秋はさわやかに感じられるが、晩秋は寒さが身にしみ、寂しくなる。
 秋にまつわる季語は、なぜだかもの悲しい気分にさせる。間近に迫る冬を連想し、季節の変わり目を先取りするからだ。今年は猛暑のなかで秋の訪れを待望したから、特にそう感じるのだろう。
 同じように秋を詠んでも、その年々で、受け取り方が変わるのが俳句の面白さだ。季語をきっかけに、たった17文字の言葉の並びのなかで「詠み手」と「読み手」が共感する。そこから広がる世界を感じ取ろう。

正直な話、歌壇・俳壇欄のコラムとしては悲しい文章ですね。
内容がない。余韻もない。
芸術って、作者と鑑賞者が「作品」を介して向かい合うことによって成立するものでしょ。そもそもが。
今さら、
     「詠み手」と「読み手」が共感する。そこから広がる世界を感じ取ろう。
といわれてもなぁ。
今までどうしていたのですか?
困惑してしまいます。
もっと質の高い文章を読みたいなぁ。
と思う私でした。

{人を批判すると、その言葉はそのまま自分に向かってかえってくる、という真実を受け入れます。無内容な批判で申し訳ないです。}

草の花

2010.10.18付 朝日俳壇より
病む母に十歩は遠し草の花:(金沢市)今村征一
 稲畑汀子評:作者の母上をいたわるやさしさを季題が語る。

「草の花」という一般的な言葉だと思っていたら、秋の季語なんですねぇ。

くさ‐の‐はな【草の花】
数々の野草の花。特に、秋咲く花をいい、可憐で小さい花が多く、「千草の花」といわれるほど種類も多い。<季語:秋>[広辞苑第五版]

「季語と歳時記」というサイトを見たら
http://cgi.geocities.jp/saijiki_09/kigo500b/49.html

草の花
草花/草の初花/千草の花/野の花/百草の花
秋に咲く草々の花のこと。よくぞ咲いている、という思いがある。
そこから、しみじみ、可憐、地味、はかないという思いが湧くが、逆にしぶとい、という印象もなくはない。

10月18日付の俳壇ですから、秋ではありますが。

もし、句集のような形のなかで、この句が詠まれた季節が明示されていないとして

春早く、小さな花たちが顔を見せ始めた。もうこんな可愛い花が咲き始めたよ、といっても、病む母に十歩は遠い。しかし、日射しの温もりが増し、着るものも薄くなっていく頃には、母も何歩かの「遠出」が出来るようになるのではないか、待ち遠しい。

と、春の「草の花」で解釈することは無理ですか?
春にもいっぱい草の花は咲くのですが。
なぜ、秋と限定するのですか?
私にはよくわかりません。

ニュートンの法則

2010.10.18付 朝日俳壇より
ニュートンの法則どほり木の実落つ:(奈良市)斎藤利明

また理に落ちます。
リンゴではなく、何か別の木の実でしょう。
でも、リンゴが落ちるのを見て万有引力の発見に至った、という伝説を思い浮かべて、なるほど、この木の実が落ちたのも万有引力によるのだ、と思われたのですね。

私風に句をいじらせていただくと

これが彼の万有引力木の実落つ

かなぁ。「通り」というのが若干引っかかるのです。
「通り」と書くと、万有引力の法則の中味に立ち入ることになりそう。
それよりは、中味には立ち入らずに、なるほどこれが万有引力というものか、と万有引力の存在そのものを味わうのがよろしいかと。
失礼いたしました。お見逃しください。

綱引

2010.10.18付 朝日俳壇より
赤とんぼ風と綱引はじめけり:(茨城県阿見町)鬼形のふゆき

わかるんですけどね。
アカトンボが風と対抗している。
これを「引き合う」とみるのはなかなかに難しい。
向かい風に向かって「押し合って」「対抗して」いると見る方が普通でしょうね。

後ろに引かれることに逆らって、前進しようとしている。
前から押されることに逆らって、前進しようとしている。

トンボさんに聞いてみてください。
「引き合い」なの?「押し合い」なの?
と。

冬支度

2010.10.18付 朝日俳壇より
なき妻と押入さぐる冬支度:(東京都)井原三郎

奥様を亡くされて初めての冬なのですね。
おいおい、あれ、どこにしまってあるのかね、と押入れを、箪笥を探す。
つい、声に出して呼びかけてしまうかもしれません。
あそこよ、と返事が返って来そうな気がします。

暑さを乗りきるのもおおごと、寒さを迎えるのもおおごと。
どうかお健やかであられますように。

鉄亜鈴

2010.10.18付 朝日俳壇より
体育の日の鉄亜鈴さがしけり:(東京都)望月清彦
 大串章評:鉄亜鈴はトレーニング用具の一首。

この評は必要かなぁ、と。
私が知っていればみんな知っているだろうと思うのは早計なのかな?
あまり知られていない道具ですかねぇ。
「亜鈴体操」となると、知らない人が多くなるでしょうけど。

で、知識のひけらかし。
亜鈴の英語は「dumb bell」
ダンベルとカタカナで書いていますが、発音を意識すればダムベルでしょうね。「n」ではなく「m」ですから。
「鳴らない鈴」なんですね。で、昔は「唖鈴」。
今ではこの言葉は使わなくなったので「亜鈴」なんですね。

源平

2010.10.18付 朝日俳壇より
源平の布陣めきたり曼珠沙華:(瀬戸市)清澤幸男
 大串章評:白い曼珠沙華と赤い曼珠沙華がそれぞれ群れをなして咲いている。白が源氏、赤が平氏である。

恥を「書き」ます。
白い曼珠沙華は知っていました。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-1be2.html
2008.10.2付で「白いヒガンバナ」という記事を私も書いています。環八沿いで見つけた白い彼岸花を見に行った記事です。

大串氏の評に「白が源氏、赤が平氏である」と書かれています。これを知らなかったんですねぇ。はずかしい。
感覚的に、白旗を掲げる敗者、というイメージがあったものですから、平氏が白だと思っていた。

げん‐ぺい【源平】
①源氏と平氏。
②敵・味方の二組に分れて勝敗を争うこと。「―ガルタ」
 (源氏は白旗、平氏は赤旗を用いたからいう) 白と紅。[広辞苑第五版]

そういう史実を知らなかったんですねぇ。
おおハズカシ。
人前で「平氏が白だ」なんて主張しないで済んでよかった。

新米

2010.10.18付 朝日俳壇より
新米をすでに食べたる雀かな:(横浜市)岡部重喜
 長谷川櫂評:十月に入って出回る新米。「今日、食べた」「昨日、食べた」と競い合ってもスズメの方がもっと早い。

新米って、「今日、食べた」「昨日、食べた」と競うものでしょうか?
ボージョレ・ヌーボーじゃあるまいし。
あれも心貧しい大騒ぎと思っておりますが。
新米で競争ですか?
わびしいな。

今年のお米もおいしく稔った、おかずいらず、ごはんだけで思わず食が進んでしまうのが新米。ちょっぴり草っぽいような香りが絶妙。

雀さん、いいわね、一番だものね。
と、稔りの豊かさを、楽しもうじゃありませんか。

虫の声

2010.10.18付 朝日俳壇より
なだれうつどの闇からも虫の声:(さいたま市)斉藤正美

すごいですね。虫の声に包囲されましたね。
一つ一つの鳴き声の「音源」が特定しにくいんですよね。
あっちで一匹、こっちで一匹、というように、音源の位置を特定しながら、ああいっぱいだ、と感じるのではないですものね。

まわりじゅう、満ち溢れてます。
虫の声が満ち溢れ、闇の静寂が満ち溢れています。

君のやさしさ

2010.10.18付 朝日歌壇より
弱点と思える君のやさしさは君を愛するためのやさしさ:(ひたちなか市)猪狩亜紀子

少し混乱しています。
この場合の「ため(為)」は、「目的」ではないですよね。
最近の言葉としては、目的をさす「ため」が普通でしょうけれど、それでは意味がとれない気がする。

因果関係というのか。
愛するがゆえに、愛しているせいで、そのやさしさが感じとれるのだ、見えてくるのだ、と。

「君を愛すがためのやさしさ」と理解したいのですが。
考え過ぎですか?

幡ケ谷の

2010.10.18付 朝日歌壇より
幡ケ谷の青信号を自転車がとんぼが風がわたしが渡る:(調布市)水上香葉
 永田和宏評:初句の固有名詞がいい。以下、青信号を渡る四つの具体が初秋の爽やかさを生き生きと伝える。
 高野公彦氏も選んでおられます。

京王線の幡ヶ谷のあたりでしょうか。
大学時代、この辺りは行動圏内でしたから、懐かしい。
今も、トンボが渡りますか。
大都会ですのにね。
結構たくさん公園があるから、トンボの生息できる所もあるんだろうなぁ。

いかにも秋ですね。
すずやかだ。

動かざること

2010.10.18付 朝日歌壇より
葉の上の蛙は風に揺られても動かざること夫(つま)のごとしも:(仙台市)小野寺清子

歳月を重ねたご夫婦だなぁ。
「動かざることつまのごとし」ときましたか。
「軽挙妄動せぬようにつまよ」とか返されたりしませんか。

女性としては「蛙の面にしょんべん」とは書きにくかったでしょうね。で、動かざること、ですか、参りました。

◆話題は飛びますが。
虫の写真を撮ります。
草や花は風に揺られています。虫たちは、風に揺られる「動き」は無視して一緒に揺られています。強い風でかなり激しく揺れても平気。

ところがですね、写真を撮りにくい私が、右手でカメラを構え、左手でそっと草の茎や葉をつまんで動きを止めようとすると、敏感に察知して飛び去ったりします。
揺れは止まったのに、そこに「不自然さ」を感じるらしい。
かといって、人が揺らす動きも感じとる。

おそらく、風で揺れる時の加速度と、人が揺らす時、揺れを止める時の加速度が違うんでしょう。
敏感なものだなぁ、と感心しつつ、虫たちと付き合っています。

どんぐり

2010.10.18付 朝日歌壇より
どんぐりと我にあだ名を付けし娘(こ)のメールの署名に子どんぐりとあり:(東京都)海老根清

これは可笑しい。
大人になった「子」とのつきあいは楽しいでしょう。
互いに、ニヤッとしていますね。

子の襁褓

2010.10.18付 朝日歌壇より
子の襁褓洗う枚数急に増えしぶとい夏は終わりを告げる:(春日井市)竹内要江

布のおむつをお使いのようですね。
梅雨時は大変だったな。乾かなくって。

気温が下がるとおしっこが増える。これは確か。
雨が降るとおしっこが増えた、という気がしますが、いかがでしょう?

赤ん坊のおしっこの量→おむつの枚数という変化が、季節を告げる。
いかにも子育て真っ最中ですね。

おむつとして使った布は、脂っ気も抜けて吸水性もよい。
おむつが取れたら、布巾や、眼鏡拭きにご利用ください。気持ちよく使えますよ。

蒲田から

2010.10.18付 朝日歌壇より
蒲田から蓮沼、千鳥と駅ありていにしえはあたり水ひかりけん:(東京都)倉地克次

これは、東急池上線の駅名です。
55年くらい前、千鳥町の駅の近くに間借りして住んでいました。
千鳥町の駅は低い所にあります。
駅を出てちょっと歩くと久が原の台地に登ります。
池上線の駅も千鳥町の次は久が原。
多摩川が削り残した台地なんですね。

一方、蒲田から出る電車はもう一つ、多摩川線もあります。
こちらは、蒲田、矢口の渡し、武蔵新田・・・沼部、多摩川。という駅名。
多摩川の渡し場や、開拓された田、沼部ときたら多摩川の氾濫原だったことが一目瞭然ですね。

私の家の最寄り駅は沼部。もし、多摩川が台風か何かで氾濫したら、もう確実に浸水するという台地の下です。有名になった桜坂を登ると、台地の上に出ます。そこは久が原と同じ台地面。

昔、人間が多摩川を管理していなかった時代に多摩川が暴れ回った河川敷といってもいいです。
確かに「水が光って」いたでしょうね。

尊厳死

昨日、崩彦俳歌倉で「安楽死」というタイトルの記事を書きました。
その時、「尊厳死」という言葉を失念しておりました。
今日、付け加えておきます。

現在の日本では「安楽死」は法的に認められていない、と理解しております。
記憶に新しいところでは、1998年に川崎市の病院で、意識不明の男性患者から、気道確保のためのチューブを抜き、筋弛緩剤を投与して「死なせた」として医師が殺人罪に問われました。裁判では、最高裁までいきまして、執行猶予の付いた懲役刑が確定しました。

朝日新聞のアスパラクラブという(無料)会員制のサービスがあるのですが、そこに、長尾和宏さんという兵庫県の「町医者」の方がブログを書いてられます。
今日、10月20日の記事は「「尊厳死」と「安楽死」は違う」というタイトルです。

尊厳死と安楽死は、全く違うものです。
尊厳死は、自然な経過に任せること。
安楽死は、人為的に死期を早める処置をすること。

末期がんの患者さんが食べれなくなっても、
点滴などの人工的な栄養補給をせずに、
自然経過に任せて死を迎えるのが、尊厳死
苦しいからといって、息が止まる注射をするのが、安楽死
全然、違いますよね。

部分的に引用しました。
また、このブログの昨日の記事は「日本尊厳死協会が新たな船出」というものでした。

下は、朝日の方ではなく、長尾和宏氏の個人ブログ「Dr.和の町医者日記」からの引用です。
http://www.nagaoclinic.or.jp/doctorblog/nagao/2010/10/post-996.html

設立から35年、会員数12万人の巨大な市民団体。
日本尊厳死協会は、この春、一般社団法人の資格を得ました。
記念すべき設立総会が東京・有楽町にて開催、作家の曽野綾子さんが講演されました。
これで任意団体から法人化が、やっと達成されました。
社会的信用が高まりました。
あとは、法制化を目指しています。
・・・
リビングウイルとは
生きている権利、
延命処置を希望しないという意思表示です。
1976年、田典礼先生が35年前に「安楽死協会」を設立した時、
この言葉に、大きな反発があったのは学生時代に学びました。
しかし、「生と死」に関する医学教育は、ほぼ皆無でした。
しかし、現在は、尊厳死と安楽死の違いが教育されるようになりました。
安楽死=積極的に死を早める
尊厳死=自然死であり、両者は全く異なる概念。
尊厳死協会は、安楽死に反対する立場である。
植物状態=遷延性意識状態、脳幹は生きている状態。
数ケ月以上持続した時には、尊厳死の適応を希望する。
・・・

私の兄の場合、結論だけ言いますと「尊厳死」を選択しました。私の選択ではなく、兄家族の選択です。

私自身も自分の死に関して尊厳死を選択します。
臓器移植は「医療」の範囲を踏み越えた、と判断していますので、臓器は受容しませんし、提供もしません。
海への散骨を希望します。

そろそろ、自分の死のことも充分に考えておかねばならない年だと意識しております。(62歳)
長生きなどには全く関心がありません。きちっと死ぬことに関心があります。

付記:一般社団法人 日本尊厳死協会のホームページのURLは下の通りです。
http://www.songenshi-kyokai.com/
リンクさせません。関心がおありでしたら、手入力してください。検索でもすぐ出ますけど。

落ち栗:2

昨日、崩彦俳歌倉のカテゴリーで「落ち栗」というタイトルの記事を書きました。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-39aa.html

選者が「今年は食餌の不足から鹿や猪が人家に接近することが多いようだ」と書かれたのに対して、私は「鹿が人家に接近しましたか?なんだかあまり覚えがない。イノシシやクマ、サルとは食べ物がちょっと違うしなぁ」と書きました。
都会の端に住む私の認識としては、シカの個体数増加については認識していましたが、人家に接近するという事態になっているという報道をあまり聞いていなかったのですね。
日光戦場ヶ原でシカの食害とか、日本中のあちこちで食害が起こっていることは知っていました。
今年のニュースでは、六甲山でイノシシに遭遇した、三島市でサルが暴れている、クマが町中に現れる、というようなことが目立って聞こえてきました。

さて、上記の記事にコメントを頂きまして、

北海道ではよく鹿が話題になりますよ。
森の木の皮を食べ尽くして足りずに農家の作物が狙われるんですが、札幌市内を駆け回ったこともありました。
道路や線路にも侵入することがあるので対策を考えているところもあり、そうでないところも気をつけないといけません。うちは道南ですが、走ってる車の前を横断されたことがあります。
・・・

とのことです。
そこまで来ていたとは知りませんでした。認識不足でした。
今朝、10月20日の朝日新聞の「時時刻刻」という特集記事は「減る猟師・増える獣、限界の山」というものでした。

・・・
 東京農工大学の小池伸介助教(保全生態学)によると、シカやイノシシは個体数の増加がはっきりしている一方、クマについては正確な数はわかっていないという。その上で、クマなどが人里に多数出没するようになった理由をこう説明する。
 中山間地域での人の活動が減り、動物とのせめぎあいがなくなったことで鳥獣の分布域が人の生活圏近くまで広がった。猟師が減ったことで鳥獣の数や活動範囲、繁殖活動などに影響を与える「狩猟圧」が低下し、シカやイノシシが増えた。狩猟期に人間に追われた経験のないクマも出てくる。いわゆる「新世代クマ」で、これが人と遭遇している可能性がある――というわけだ。
 ただし、獣を撃つことはあくまでも対症療法に過ぎない。そこに焦点があたるのは、短期的にはほかに有効な対策が見つからないことの裏返しでもある。
 山林と人里の間に緩衝地帯を設けたり、林業を通じて山の環境を整えたりといった対策を検討している自治体もある。小池氏も、狩猟だけに頼るのではなく、野生動物の数や生態の科学的な調査など長期的な対策もあわせて進めていく必要があると指摘している。
・・・
 シカやイノシシなどによる農作物被害は昨年度約222億円に上り、8道府県で最高を記録した。
 特産のワサビなどへの被害が深刻化する静岡県の伊豆半島には、約2万頭のシカがひしめく。県は1万頭まで減らそうと年7千頭の捕獲計画を立てているが、昨年度の実績は約5千頭にとどまった。
・・・
 一方、オオカミ導入を提唱しているのが、シカやサル、イノシシなどによる年間約2400万円の農作物被害に悩む大分県豊後大野市の橋本祐輔市長だ。絶滅したニホンオオカミに近い種を中国から輸入して山林に放つという計画だ。
 「被害が増えれば農家はやる気を失う。生態系を元に戻すにはオオカミしかない」と橋本市長。米・イエローストン国立公園での先例も支えになっており、農家から「早く導入してほしい」との声が上がる。まだ具体的な動きにつながっておらず、環境省は「外来生物が与える影響は計り知れない」と否定的だ。

おりしも、名古屋で「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」が開かれています。
「人間を含めた生物」の多様性を守るということは可能なのか、それはどのようなものでありうるのか、強い困難さを覚えます。ペシミスティックにもなります。

ヒトという生物種は、種内の多様性が非常に低い。進化の過程で個体数の猛烈な減少を体験している。で、遺伝的な多様性が低い種になってしまった。
その生物種が、地球上で圧倒的な優位種になっているということは、生物学的には非常な「不安定さ」があるように思います。
何かのきっかけで、ヒトは絶滅に向かうのではないか、と危惧します。

現在の生き方が続くとして、人類の100年後、というイメージを明確に描けますか?

日々、暗い気分でおります。

2010年10月19日 (火)

安楽死

2010.10.18付 朝日歌壇より
安楽死をえらびたる夫(つま)われをみてかすかに笑みてさよなら言えり:(松山市)曽我部澄江

ここでの「安楽死」は、単に延命するだけの終末期医療を拒否した、という意味だと思います。意識のあるうちに「さよなら」を言って、機械的な延命をすることなく、自然に逝かれたのでしょう。
幸せなことだと、私は思います。
私の兄が逝った時もそのようなものでした。

◆朝日歌壇で「安楽死」という言葉を聞くと、ネーダーコールン靖子さんのことを思い出します。
オランダで、法的に認められた安楽死を選択なさいました。
息子さんは安楽死を選択した母親に、葬送の曲は何を流してほしいか、と聞いたそうです。
何を流して欲しいかと息子の吾に聞く 音楽のことらし吾が葬送の 
1997年の秋のことでした。

2009.11.8付の朝日歌壇より
菜菜ちゃんがママになったとアテネから写真が届く「美菜(ミイナ)エレニ靖子」:(横浜市)宮本真基子
 佐佐木幸綱 評:かつて本欄で活躍したオランダのネーダーコールン靖子さんの遺児を歌う。安楽死の歌が思い出される。

この日の朝日歌壇の下の記事にこんなことが書かれていました。

安楽死の詠み人 孫の名に「再生」
 ここに一冊の本がある。ネーダーコールン靖子著『オランダは緑』(00年刊、ながらみ書房)。オランダで、がんと闘った10年の後97年、現地の法律が認める安楽死を選択、52年の生涯を閉じた人の遺歌句集だ。
 朝日歌壇にも入選を重ねていた。本書所収の「座すことの叶う日再び来ることを祈りて入りし三たびのオペ室」は臨終を看取った知人が作歌ノートから筆写、ファクス投稿したうちの一首。選者全員が採り、共選の星印が四つついた。
 さらに感銘深いのは、巻頭に付された96年撮影の家族の肖像だ。ソファに腰掛ける夫ロブさんと靖子さん。背後に立つ長男啓介さん、長女菜菜さん。この髪の長い美少女に女児が誕生、赤ちゃんの名前の中に靖子さんがよみがえったことを今日の歌壇・佐々木選の第10首に知る。没後10年余、遺族との連絡を保った歌友の存在に心打たれる。

高校生の頃に森鴎外の高瀬舟を読んで、安楽死について初歩的な考察を書いたことがあります。以来、ずっと忘れずにおります。
60歳を越して、死が近づく年齢となり、また考えております。
死ぬ時くらい自分の意志でちゃんと死にたい、と思っております。
人生に残る最後の大仕事は「ちゃんと死ぬこと」ですからね。

更新

2010.10.18付 朝日歌壇より
見つめ合うごとに更新されてゆくあたためた言葉君の輪郭:(厚木市)藤野佳世子
 佐佐木幸綱評:「見つめ合う」行いをうたう清新な恋歌。新井洸の名歌「人間のいのちの奥のはづかしさ滲み来るかもよ君に対(むか)へば」を思い出す。

「更新」という言葉自体は新しいものでは全くないのですが、現代のネット時代に新しい意味をはらみつつあるように思うんです。

ネット情報を読んでいて、ニュースサイトとか、時々「F5キー」を押す、あるいは丸まった矢印のボタンをクリックする、そうすると画面が「更新」されて、全体としては先程までと似ているのだけれど、一部が最新の情報に置き換えられていますね。
これが「更新」。

そんなことを念頭に置いて、上の歌を味わい直してみていただけませんか。
「見つめ合う」という「キー」が押されるたびに「更新」が起こるんです。

行きすぎかな?と思いつつ、新しい「更新」を読みこんでみました。

鳩の巣

2010.10.18付 朝日歌壇より
鳩の巣を掛けている故目を合わすことなきように庭に降り立つ:(久喜市)布能寿子

やさしい配慮ですね。動物にとって、目が合う、というのはかなり緊張をもたらすことです。
私は全然気づいてないよ、という風を装っていらっしゃる。
鳩も安心して営巣できることでしょう。
作者は女性でいらっしゃいますので、もともと、動物に対して強い警戒心を起こさせることは少ないのですけれどね。

カラスは女性、子ども、老人には攻撃を仕掛けやすい、と思っています。
三島市でしたか、サルが出没して人にけがをさせたのは。
あのサルの被害も、女性や年配者に多いはずですよ。
成年のオスは闘争能力がある、と他の動物も見るんですね。

私らは動物、哺乳類の動物。
他種の動物とのつきあい方を学ばねばなりません。

爪を切る

2010.10.18付 朝日歌壇より
わびしきは爪を切る足ひき寄せて骨の鳴る音聴こえたるとき:(長野県)沓掛喜久男

わかります。体は硬くなるし、関節もしなやかさがなくなるし、足の爪を切るのは一大事ですね。
それ以外でも、姿勢を変えた時に、体中あちこち、ギシギシきしむ音がしますものね。
首、肩、背骨、腰、膝・・・もう全身きしんでおりますよ。

くわえて老眼。足の爪をしっかと見つめて切ることができない、なっさけない。
エイヤっと、勘で爪切り。手の指先で撫でてみて、こんなもんか、とまあ、若い頃は楽々だったがなぁ。

思い出すに、赤ちゃんの爪切りって、すごかったですね。紙みたいにハサミで簡単に切れますよね。爪切りでパチパチ音をさせる必要なんてなかったですよね。湿っていて柔らかくて薄くって、かわいかったなぁ、楽しかった。

よく、爪を爪切りできると細かいひび割れが入るから、やすりで削るのが正しい、などと言っておられる方がいます。あれは、もう年をとって、爪にしなやかさがなくなった、ということの告白、自己宣言なんだということに気づいておられませんね。得々として語るのを聞くと、この人年なんだなぁ、と思います。
若くて柔らかい爪は爪切りで切ってもサクサク、ひびなんか入りませんよぉ。

加齢性網膜黄斑変性

2010.10.18付 朝日歌壇より
加齢性網膜黄斑変性症左眼失明右眼がんばれ:(鹿嶋市)石崎寿男

漢字の並びにびっくりなさる方もいらっしゃいましょう。
「かれいせい もうまく おうはん へんせいしょう」です。

網膜はどなたもご存知と思いますが、黄斑はご存知ない方もいらっしゃるかな。
水晶体の軸が網膜に当たるところです。
ここは狭いけれど鋭敏な場所です。
明るいところで働き、色の識別ができる錐体細胞が密集していて、私たちは文字を読むとか意識を集中して対象を見る時にこの部分に像が結ぶようにしているのです。
この部分が眼底を覗くと黄色く見えるそうで「黄斑」というのです。
この部分が変性して光を感じなくなるのがこの病気です。
私は眼科医ではないので推測ですが、黄斑以外の部分に変性が及ばなければ、中心視野の外側にはモノクロームの視覚が残るでしょう。色の判別はほとんどできないし、意識の集中ができないので、文字を読むようなことはできにくいと思いますが、光環境を把握することはできるのではないでしょうか。

左眼の視力を失われて、右眼だけで頑張っておられます。不安でしょうね。いつ同じようになるか分からない、と。
どうか、穏やかに、心静かに、無理をなさらず養生に努められますように。

父さん

2010.10.18付 朝日歌壇より
我らには子なし時たま戯れに夫を「父さん」と呼んでみたりす:(横浜市)中川節子

私は高橋真梨子さんのファンですが、テレビで見たインタビューの記憶では、夫のヘンリー広瀬さんのことを「お父さん」と呼んでいたように思います。
ある種、社会的な役割なんですよね。夫婦がいて、互いに役割を分担する。
「俺は、子がない、父なんかじゃない」と言い張らないで、にこにこと役割にはまっていればいい。夫婦だって小さな社会なんですから。

私たちには孫はおりませんが、社会的役割としてのおじいさん、おばあさんを平気でやっております。ジジババ・モードだなぁ、などと笑いながら。
失礼だ!なんて角を生やさないことです。

やたらと引っかかる方もいらっしゃいますが、子はなくても「父さん」「母さん」もいいんじゃないですか。

落ち栗

2010.10.18付 朝日歌壇より
裏庭の落ち栗イノシシ喰い尽すはげしき晩餐せつなくもあり:(浜松市)松井惠
 馬場あき子評:今年は食餌の不足から鹿や猪が人家に接近することが多いようだ。第一首はその猪の食欲の凄まじさに命のせつなさを感じている。猪は子連れだったか。人間の世も同じだといいたげだ。

鹿が人家に接近しましたか?なんだかあまり覚えがない。イノシシやクマ、サルとは食べ物がちょっと違うしなぁ。

たしかに「せつない」です。でも、「人間の世も同じ」という感覚でしょうか?
「人間の世」ではなくて、同じ生き物、同じ動物、同じ哺乳類としてのヒト、として、生き抜くことの激しさにうたれるということではないかなぁ。生きるということは食べること。
「いいたげ」ということなら、我々はそれだけ激しく生命を燃焼させているだろうか、漫然と生きているのではないか、そういうことを私は感じとっています。

フウセンカズラ

1010_11huusenkazura1 10月10日
フウセンカズラの実が割れていました。
おかげで種のつき方がよくわかります。
1010_11huusenkazura2
種は熟しきっていないので褐色。完熟すれば黒くなりますね。
種が栄養をもらうためにくっついている場所が、熟した種でハート形に見える部分なのですね。

先日、近くの小学校の児童が、「種集め」の授業らしくって、我が家の周辺で何種類か集めて行きました。そういう目的にはぴったりの家ですね。
妻がお相手して、解説したりしていましたが、きっと「親切なおばあちゃんがいた」ということになるんだぜ、と笑いあいました。

ミドリグンバイウンカ

1010_10midorigunbaiunka1 10月10日
ミドリグンバイウンカの成虫です。
頭と胸の背面に、明るい緑色の3本の縦筋があります。
翅はこの写真でも分かりますが、一枚の板あるいは滑らかな曲面ではなく、途中で面の傾きが変わって、屋根状とでもいう感じですね。
1010_10midorigunbaiunka2
完全に光ってしまいましたが、反射光のおかげで、翅の面の角度が変化するところが明瞭に分かります。

ウンカなんて見たくもない、という園芸家もいらっしゃるでしょうね。
きれいなみどりですし、きょとんとした目つきがかわいいですよ。

キタヒメヒラタアブ

1010_7kitahimehirataabu1 10月10日
ぼやけていてスミマセン。
花ではないところで見かけたキタヒメヒラタアブ。ルコウソウの茎に腹部の先端をくっつけている。産卵行動に似ていますね。
1010_7kitahimehirataabu2
ぼけぼけなんですが、腹部が膨らんでいるようです。メスですね。
ふだん見かけているのは、こういう丸くふくらんだ感じではなく、棒状というか封筒みたいというか、腹部の両側面が平行な感じなんです。
多分産卵しようとしているな、となおも見ていたら
1010_7kitahimehirataabu3
ほ~ら。産卵です。
1010_7kitahimehirataabu4
飛び去った後で、産卵したと思われる場所を覗いてみました。
やっぱり、白い卵があります。
1010_7kitahimehirataabu5
まん丸くはないですね。細長い卵です。
これ、1mmないんですよ。撮影はきつかった。
幼虫はアブラムシを食べる、はずです。
私の肉眼的にはあまりアブラムシうじゃうじゃという感じではないのですが、テントウムシもたまに見かけるし、きっといるんでしょう、アブラムシ。
孵化とか幼虫とか、気になるといえば気になりますが、育てられるわけじゃなし。元気でな、と放置しました。
キタヒメヒラタアブのお母さんにも、初めての産卵シーンを見せてもらって、感謝しています。

ところで、
1010_8tamago1
近くで、こういうまん丸い卵らしきものが複数見られるのですが、なんの卵かわかりません。
なんだろうなぁ。

セイタカアワダチソウ

1010_6seitakaawadatisou 10月10日
セイタカアワダチソウってキク科なんですよね。
ふと、花の構造が知りたいな、と迫ってみました。
なんだかまだ判然としません。
中央付近に管状花が2~3~4個あるように思います。
周囲を舌状花が取り巻いている。「花弁」のように見えるのが、多分、舌状花の一枚の花弁。
とすると、10個を超えるくらいの個数かな。

花を解体せずに、構造を把握したいと思っているのですが、まだつかみ切れていません。
そのうちまた再チャレンジします。

キマダラセセリ

1010_5kimadaraseseri1 10月10日
フウセンカズラで吸蜜するキマダラセセリ。
幼虫はイチモンジセセリと同じように、ススキやエノコログサ(ネコジャラシ)の葉を食べるのだそうです。何とか、低い位置の葉を観察する工夫をしなければなりませんね。
是非幼虫を見たいなぁ。
1010_5kimadaraseseri2
けっこう丸っこい感じの翅ですね。雌雄で丸さが違うらしいのですが、今のところ見分けるだけの「鑑定眼」がありません。
1010_5kimadaraseseri3
この顔つきはイチモンジセセリとよく似ています。
イチモンジのほうがもう少し和やかなイメージかなぁ。

私の目の前へパッと飛んで出てきて、また去っていく。
楽しい連中です。

ミツバチ

1010_4mitubati1 10月10日
このふわふわ感はセイヨウミツバチでしょう。
花粉も集めるとこんな「オレンジ色」になります。
櫛で毛髪を梳くような感じで、体についた花粉をここへ集める装置があります。
ただ集めただけでは「粉」ですからね、パラパラになるので、蜜をくわえて練って団子にするんですね。

1010_4mitubati2
ぼやけてますけれど、なんとか空中姿勢が撮れました。
このふわふわ感、たまりませんね、嬉しくなってしまいます。
しあわせのみつばち、ですね。

ルリマルノミハムシ

1010_3rurimarunomihamusi 10月10日
ルリマルノミハムシを「瑠璃色」に撮るのは至難の業です。
肉眼的にも真っ黒なんですよね。
この写真の反射光はほんの気分的に青みを帯びているかなぁ。いや、そうでもないなぁ。

後脚のはみ出し具合が特徴的なんで、これで覚えて下さい。
瑠璃色は目当てになりません。

2010年10月18日 (月)

ミカンハムグリガ

1009mikanhamuguriga 10月9日
アゲハの幼虫用に採ってきたミカンの葉に、ハムグリガ(葉潜り蛾)の食痕がありました。

これについては2007年に一度扱っています。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_d3fc.html

今回は、この食痕を見ていて不思議な感覚にとらわれたものですから再度掲載します。
写真中の白い矢印で指したあたりから葉の中に入っていったものでしょう。
成長しながら食べ進んでいると思います。そのため食痕がだんだん太くなる。
初め、メインの葉脈に沿って進んで行って、端に到達して向きを変え、葉の中を食べ進んで行きました。
さて、葉の端で外へ顔を出したと思いますか?
よくわかりません。
それより不思議なのが、前に食べた痕から一定の距離に近づくと向きを変え、曲がりくねってはいますが、前の食痕から常に一定の距離をおいて食べ進んでいることです。
決して食痕が交差しない。ニアミスもしない。
どうして?
「見える」わけではないでしょ。葉の中で。
どうやって、前の食痕が近づいたことを検知しているのだろう?
においでしょうね、それしかないだろうなぁ。
そのにおいは、傷つけられた葉の出すにおいか、それとも、前の食痕の中に残してきた自分の(排泄物などの)においか。

考え始めると不思議でなりません。
検索して調べても、害虫としてのミカンハムグリガの防除の話がメインで、私が抱いたような、しょうもない好奇心・疑問などは見かけませんでした。
誰か研究してくれないかなぁ。

「役に立たないこと」にこそ真の価値があると信じている案山子です。
どうか、研究して下さい。

{もし私が大金持ちだったら、「役に立たない研究支援財団」かなんか設立して研究支援するんだけどなぁ。 カネはない。}

ツマグロヒョウモン

1008_8tumagurohyoumon 10月8日
このごろ頻繁にツマグロヒョウモンを見かけます。
冬越しの蛹に間に合うように産卵の季節なのでしょう。

ご近所の年配の方と立ち話などしていると、あまりご存知ない方が多い。
やはり最近北上してきたせいだと思います。
翅の「褄が黒く」て、「豹柄」なのでそういうのですよ、南から来たチョウです、とお話しすると納得していただけます。

両方の翅を真っ平らに開いてソアリングをする姿は、アゲハとは雰囲気が違いますね。

アリ

1008_7ari1 10月8日
線路の柵の横棒の上面。
アリが何やらせわしなく行ったり来たり。
よく見ると何かくわえて走っています。
上の写真では右の方と左の方と、2カ所に何かをくわえたアリがいます。

瞬間的に「卵」をくわえて引っ越ししている、と思いました。

アリはトビイロケアリというやつですね。4mmあるかないかの小さなアリです。
なんだか、働きアリの体格に比べてくわえているものが大きいな、という気もします。
蛹かもしれません。

1008_7ari2
何枚か撮ったものを、パソコンで見ましたら、こんなのがありました。
フラッシュの光でレンズの先端部の影ができるのですが、その影のギリギリに入った位置で、弱い逆光になった写真です。
くわえられたものは、外皮と中味になっていて、すき間が少しあるように見えます。
この感じは蛹かなぁ、という思いを強めますね。

1008_7ari3
働きアリは顎を目いっぱい開いてくわえています。
力を入れ過ぎて、傷つけないような調節をしているのでしょうね。

結局、卵か蛹か確定できませんが、ときどき見られる行動です。
巣を引っ越さなければならない時に、卵や蛹を大事にする、当たり前ですけれど、すごい労力ですね。

キンケハラナガツチバチ

1008_6kinkeharanagatutibati1 10月8日
大きさといい、毛むくじゃらの雰囲気といい、キンケハラナガツチバチでしょう。
なかなか、いい構図に納まりました。
抱きついてますね。
1008_6kinkeharanagatutibati2
撮りやすい位置だったので、何枚か続けて撮っていたのですが
後ろ向きになって腹をこちらへ向け瞬間が撮れました
1008_6kinkeharanagatutibati3
現場での気分は、アングルの面白さでした。
もっと、真後ろで、翅がピンと立った瞬間もあったのですが、それはのがしました。
部屋に戻ってパソコンで写真を見ていたら
え!こんな色してるの!
細かい筋が走り、青い反射光。
背側から見ている感じでは「青い翅」とは思っていませんでしたから、これは翅の裏側の反射光にだけ現れているのかもしれません。
ということは一種の「構造色」かな。反射光が干渉しあって青がみえるという。
1008_6kinkeharanagatutibati4
単なる偶然ではないようですね。
翅の裏側なんて見たこともなかった。
こんなこともあるんですねぇ。びっくりしました。
で、ちょっと嬉しい。発見の喜び!です。(大仰かなぁ)

マメノメイガ

1008_1mamenomeiga 10月8日
ガラス戸にマメノメイガがとまっていました。
屋外からの撮影です。室内のカーテンが背景。
1008_1mamenomeiga1
体を反らして、「立って」いるようなとまり方が独特ですね。

10月1日付けで、家の外、線路の柵のところで撮影したマメノメイガを掲載しました。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-66c9.html
あの時は、低い位置だったのですが、今回はガラス戸の真ん中あたりですので、全体を見る事が出来ました。
1008_1mamenomeiga2
室内に戻っても飛び去らずにいましたので、ガラス越しに腹面を一枚。
腹と胸の境あたりに、1対の板のようなものがありますね。なんだろう?
今年初めて出会ったガですが、一度会うとまた会う。三度目もあるかな。

周囲が黒いのは夜になったというわけではなく、フラッシュの光が行きっぱなしになって戻ってこないので「黒」く写ったということです。
腹部は光が全部戻ってくるので「白」く輝き、周囲は光が戻ってこないので「黒」い。
翅のところでは、フラッシュの光のうちあるものが吸収され吸収されなかった光が戻って来るので「茶色」という色がついて見えるわけです。

ミツバチ

1007_8mitubati1 10月7日
ニホンミツバチでしょう。
ミツバチを眺めるの好きです。なんとなく温かい気分になります。
撮りやすい被写体というわけでもないですが、ついレンズを向けたくなります。
1007_8mitubati2
蜜をあさって、潜りこみ、飛び出し。
こんな狭い空間を「飛び回る」んですよ、「歩き回る」んじゃなくって。
すごい飛行能力ですね。

ハラナガツチバチの仲間だと、体が大きいので、飛ぶのは外側、中へ入るには歩いて、というような使い分けをしているようです。

ホソヒラタアブ

1007_4hosohirataabu10月7日
ホソヒラタアブがルコウソウにとまっていました。
何気なく一枚、写真を撮ったのですが、パソコンで眺めて、あれ?
白いぽち、がありますね。撮影時には気づいていませんでした。
ひょっとするとコレ、卵でしょう。
気づいていればなぁ。成虫が飛び去った後で、露出を少し変えて、卵だけくっきり写るように工夫したのになぁ。

こんな近く、距離にして何mmかしか離れていないのに、意識の向かったところしか見ていないものなんですねえ。未熟だな。

ノゲシ

1007_2nogesi 10月7日
ちょっと変わった風情で。
過渡期。

1008_3nogesi1 10月8日
完熟。
1008_3nogesi2
タンポポの種とはちょっと違いますね。

ところで、ノゲシと書いてしまいましたが、アキノノゲシですか?
アキノノゲシで検索すると、綿毛の雰囲気がなんだかちょと、違うような気がして。
自信喪失です。

オンブバッタ

1007_1onbubatta1 10月7日
オンブバッタです。この姿勢は交尾中。
1007_1onbubatta2
こちらは差し当たってオンブ中。

どうやら、交尾の時期はそろそろ終わりにさしかかっています。
オンブ姿を見ることが少なくなってきて、歩いていると地面近くで跳ぶメスをよく見ます。
産卵の時期に入っているのでしょう。

平年よりは暖かい日々が続いていますが、もう10月中旬も終わります。
冬を超える準備が進んでいます。

ゴミグモ(の仲間)

1006_11gomigumo_1 10月6日
ゴミグモ、という名のクモもいます。それかなぁ。
ギンメッキゴミグモはもっと銀色に輝きますが、あまり輝かない黒っぽい変異もあるといいます。
どっちでしょう?
1006_11gomigumo_2
ゴミグモの仲間は、網にゴミの帯を作りますが、まだ不完全ですね。

1007_3gomigumo_ 10月7日
翌日には、ゴミグモっぽい帯を作り始めていました。
この場所はあまり恒久的に網が保てる場所ではないのですが、案の定、その後姿を消しました。
もっとじっくり観察したかったな。

2010年10月15日 (金)

ヒメグモ

1006_8himegumo 10月6日
ヒメグモが産卵しました。
オオヒメグモの卵塊を見続けていたら、雨で消えてしまって残念な思いをしたことは既に書きました。
今回はヒメグモです。
糸で包んでいるという感じではないですね。
1007_3himegumo 10月7日
枯れ葉のようなものがそばにつけてあります。
親グモの意図なのか、偶然なのか、わかりません。
通常だともう少し大きな枯れ葉などをくっつけて隠れ家のようにしますが、その派生形でしょうか。
1008_5himegumo 10月8日
枯れ葉のようなものが増えました。
カモフラージュの意味があるのでしょうね、おそらく。
1010_2himegumo 10月10日
卵塊が増えました。
左のゴミの間にあるのが前からある卵塊。右が新しい卵塊です。

楽しみが増えたな、子グモが見られるかな、と思っていたら、またまた残念なことに雨が降って、この巣は崩壊して、親グモも卵塊も見えなくなってしまいました。

もう少し雨の当たらない場所で産卵してくれればなぁ。
また、探します。今年初めて見たものですから、これからもチャンスは絶対あると思います。

アワダチソウグンバイ

1006_5awadatisougunbai1 10月6日
アワダチソウグンバイの幼虫の集団です。
前にアワダチソウグンバイの幼虫の集団には成虫がついているように思える、というようなことを書きました。
今回の集団にも成虫が一緒にいます。
何か世話を焼くのか。なぜか知らないけれど、幼虫の生存率がこれによって上がるのか。

でもね、
1006_5awadatisougunbai2
別の葉には、成虫のいない幼虫集団もありました。

さて、成虫の役割というのがあるのかないのか。
外来種の害虫だそうです。
お気を付け下さい。

ツバメシジミ:訂正!ウラナミシジミ でした(2010.10.22)

1006_4tubamesijimi1 訂正します。これはウラナミシジミです。(2010.10.22)
10月6日
いつも見るヤマトシジミより大きい、色合いも違うな。
以前に1回かな、見たことのあるツバメシジミウラナミシジミですね。
後翅の端っこの尾状突起というのが、特徴です。

1006_4tubamesijimi2
この背面見て下さい。
ふっかふか。きれいな色の毛です。
翅にも胴体にも生えているようですね。

1006_4tubamesijimi3
センダングサの花の蜜を吸っています。
この写真では尾状突起は垂れさがっていますね。
これがなんだか「おかしい」。
1006_4tubamesijimi4
よくわからないのですが、両方がまるでチョウの意思で振っているかのような動きをするんですね。
でも、こんなところに筋肉がついている筈もなし、風に吹かれているのだとは思います。
でも、左右別々に動いたり、上げ下げが「意図的」に見えるんですよ。
昆虫が触角を意図的に振って周囲を探索している、という感じに見えるんですね。
しばらく見とれてしまいました。
おもしろい。

この個体かどうか分かりませんが、今年はこの後、ツバメシジミウラナミシジミをよく見かけます。

[2010.10.22記]
コメントを頂きました。ありがとうございます。
以前、ツバメシジミを見たことがあり、そのとき後翅の「ちょん」(尾状突起)が強く印象に残っており、混同してしまいました。ちゃんと、翅の模様を確認していればよかったのに。
色合いもずいぶん違うんですよね。
お恥ずかしいことでした。

訂正します。

ニホンミツバチ

1006_3mitubati1 10月6日
フウセンカズラにこの頃ハチがよく訪れています。
独特のブーンという羽音が聞こえます。
興奮させない限り大丈夫、頭の周りを飛び回っても、下手に手を振って叩いてはいけない、何もせずにいれば飛び去ります。心静かにどうぞ。
1006_3mitubati2
黒っぽいでしょ。腹部背面が胸近くまで黒っぽいので、ニホンミツバチだと思います。
セイヨウミツバチはもっと黄色い。(オレンジ色かな)
1006_3mitubati3
フウセンカズラの花を抱えています。
ちょうどいいサイズの花ですね。
フウセンカズラでは花粉があまりないので、ハチの体にも花粉はついていません。
センダングサやセイタカアワダチソウを巡ると、花粉だらけになるのですけれどね。

◆先日、朝日新聞の読者投稿欄にこんな話がありました。75歳の女性からの投稿です。

[声]ミツバチ駆除せずよかった(10/4)
 温室で野菜を作っています。水をかけようと思い中にはいると、ブンブンと小さな音がするのに気がつきました。よく見ると、たくさんの小さなハチが、温室のガラスが巣になっているのかと思うほど、直径20cmくらいにびっしり固まっていました。
 驚いてハチを駆除してくれる業者に相談しましたが、料金が高く、別の業者に電話してみました。そこでは、料金のことは言わずに私の話を詳しく聞いてくれた後、「スズメバチでなく小さいハチなら、たぶんニホンミツバチではないかと思います。一時は絶滅の危機にあったようで、貴重な存在です。何かに襲われて逃げてきたのかもしれないし、雨で寒いから少し休んでいるんじゃないかな。そっとしておけばすぐいなくなると思う。大変でしょうが、軒先を2、3日貸してあげて下さい」というのです。
 この言葉を聞いて、私は胸がいっぱいになりました。翌日の午後、いつのまにかハチたちは旅立っていました。あわてて駆除しないで本当によかった。さっそく業者の方に、ハチが移動していったこと、電話の言葉がうれしかったことを伝えました。

良い業者さんでよかったですね。
ハチっ!!とびっくりせず、よく見ていただけると幸いです。ほとんどのハチは落ち着いた状態では攻撃してきませんので。人間の活動範囲とスズメバチのテリトリーが重なると、不幸な事態になりますが、スズメバチだって攻撃したくて攻撃しているわけではない。命がけで自分たちの巣を守ろうとしているのです。上手に、住み分けられるように工夫したいですね。
だめな場合は、早期に駆除しましょう。巣が大きくなってからではおおごとですからね。

生物学者というのか遺伝学者というのか中村桂子さんは長年自宅のお庭でミツバチを飼っていらっしゃるそうです。特別な防護服とかなしでつきあっておられますが、一度も刺されたことはないんですよ、とおっしゃっておられました。(NHKで以前放送していた「科学大好き土曜塾」という番組の中でお話しを聞きました。)

アオスジアゲハ羽化

1006_2aosuji1 10月6日
蛹の色が変わってきたのでもうすぐ羽化だな、とは思っていたのですが、ちょっと早目でした。
気付いたら2匹も羽化していました。トラブルもなかったようで元気です。よかったよかった。
1006_2aosuji2
そ~っとケースから出して、飛ばしてやります。
1006_2aosuji3
こちらは自分で飛び出てから、休憩。
{ツマグロオオヨコバイの幼虫が写っていますね。気づきませんでした。ご愛嬌}

無事飛び去ってくれると本当にホッとして嬉しいものです。
翅がぼろぼろになるまで、存分に生きてほしい、とひたすら願います。

と、夫婦二人で騒いでいたら
1006_2a_itimonji
私だっているのよ!アオスジアゲハさんだけじゃないのよ。
と、イチモンジセセリ。
アオスジアゲハを放す作業をしていた場所は、ランタナの花の脇なんですね。
で、ふと視界の端で動くものがいて、見れば、私の30cmほど右にこのイチモンジセセリがいたのです。
わっ、こんな所にいたのかい、ごめん。
と、ワンショット。
またアオスジアゲハの方に集中してしまって、再び気づいたらいませんでした。ごめんな。

ごあいさつ

1006_1ageha110月6日
年下の右の幼虫。「こんにちは、ごきげんよろしゅう」
年上の左の幼虫。「こちらこそ、こんにちは。ていねいなごあいさつ、いたみいります」

というような感じがしませんか?
たくさんいるものですから、こういうことも起こります。
1006_1ageha2
ワンショットでこんなに写ります。
7,8匹いますでしょ。
ほかにも枝がありまして、全部合わせると20匹を超えているようです。

1006_1ageha3
側単眼は分かりますよね。
その下に「触角」があります。
ちゃんと写っていないのですが、その触角の先端に長い毛が1本ありまして、これが機械感覚毛というのです。ソケットにはまって浮いたような構造になっていて、敏感なんですね。
猫の横に開いたヒゲと似たような働きをします。

それはそれとして、なんだか拝むような姿に見えますね。

ホオズキカメムシ

1005_8houzukikamemusi 10月5日
真夏の間姿を見せなかったホオズキカメムシがまた姿を現わしました。
夏の前は、ダイニングの窓のまえのオーシャンブルーというアサガオの仲間の葉にいっぱいいて、卵や幼虫を見る事が出来ましたが、しばらくご無沙汰。

今度は外のルコウソウの辺りで見かけるようになりました。
翅がずれているように見えるのは、飛んできてとまったばかりで、まだ完全にたためていないせいです。翅に何かの異常を抱えているわけではありません。

季節が進行していくとともに、いろいろな昆虫が入れ替わり立ち替わり訪問してくれるのは本当にうれしいことですね。

2010年10月14日 (木)

ホシホウジャク

1005_5hosihoujaku1 10月5日
ホシホウジャクがブッドレアの花で吸蜜していました。
ぶれてますがホバリングしながら蜜を吸っていることはお分かり頂けるでしょう。

1005_5hosihoujaku2
後翅に黄色があるので、飛んでいると目立ちます。

1005_5hosihoujaku3
口吻を見事に伸ばしていますね。
腹部の両脇にも黄色い色があるようですね。
で、「蜂のような雀蛾」ということで蜂雀蛾=ホウジャク、という由来だったと思います。
ホシは「星」でしょうが、どこを欲し模様とみたのかよくわかりません。

このあとボウガシの高い所にとまって休息状態に入りました。
1005_5hosihoujaku4_2
翅をたたんでしまうと、ものすごく地味になってしまいます。
そこに居ることを知っていますから、カメラを高く掲げてなんとか撮りましたが、最初からこの状態だったら絶対気づきませんね。

このホシホウジャクの幼虫を見たことはないのですが、スズメガの仲間ですから絶対「シッポ・ピョン」なんですよ。

http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/youtyuu/HTMLs/hosi-houjaku.html
幼虫図鑑です。
イモムシが嫌でなければご覧ください。
幼虫はヘクソカズラの葉など食べるようですね。

ハエ

1005_3hae1 10月5日
ハエの種類までは確認していませんが、ニクバエの仲間かな。
今回、何で登場したかというと、口のところを見て下さい。
1m以上離れたところから、見つけたのですが、なんか口のあたりが変。
1005_3hae2
引っ込んじゃう時もあるんです。
また出てきたり。
なにやってるんでしょうね?
1005_3hae3
口の一部ではないですね。
やはり、口から「液滴」を出してますよね。
で、吸い込んだり。
「反芻」してるんですかね。(ウシさんみたいに)
いっぺんに吸い込み過ぎて「ゲップ」をしてるのかな。

しばらく、出したり引っ込めたりしていました。

鼻提灯ならぬ、口提灯なのでした。

アルファルファタコゾウムシ(ではないだろうか)

1005_2takozoumusi1 10月5日
この顔、以前一度だけ見たことがあります。
特徴的でしょ。
アルファルファタコゾウムシというのではなかったかなぁ。

http://www1.gifu-u.ac.jp/~entomol/h_postica.htm
岐阜大学のサイトです。

マメ科植物を中心に加害するヨーロッパ原産の侵入害虫です。日本では、1982年に福岡県と沖縄本島にて初めて発生が確認されました。

だんだん生息範囲を北に広げているようです。
カラスノエンドウなどのマメ科の雑草でもいいらしいので、これから増えるのでしょうか。

http://aoki2.si.gunma-u.ac.jp/youtyuu/HTMLs/arufarufa-takozoumusi.html
こちらは群馬大学の「幼虫図鑑」。参考にして下さい。

1005_2takozoumusi2
複眼が粗い感じがしました。

いろんなのがやってくるなぁ。
「生物多様性の庭」だなぁ。
オマケに蚊もいる。

ツマグロヒョウモン

1005_1tumagurohyoumon 10月5日
玄関を出たら目の前にツマグロヒョウモン。
今の季節、ツマグロヒョウモンの飛翔をよく見ます。
翅を真っ平らに開いた状態でソアリング飛行をしたりします。アゲハ類の飛行とちょっと違った感じがしますよ。
南方性のチョウなのですが、この季節に産卵して蛹で冬越しします。

幼虫の食草はスミレやパンジーです。
道路脇にスミレ類が少しありますが、量が少ない。
かなり寒くなってから幼虫を見つけることもよくあること。
で、その季節、花屋さんでパンジーなどを見つけるのが難しくなっていることも多いのです。
今年は、それを意識して、妻はパンジーを4株ほど買ってきました。
ツマグロヒョウモンが来たら食べさせてあげるつもりなんです。

トクサ

1004_13tokusa 10月4日
玄関を出たところに植えてあります。
胞子嚢穂というのかな、いつも、もっと成熟したものを見ていますが、この時はご覧のように若いものに気づきました。
薄緑色で透明感があって、こんなに奇麗だったんですね。
嬉しかったのでお目にかけます。

トクサは砥草。
地中から吸い上げたケイ酸が茎の表面に蓄積しているんですね。そこで、この茎を使って木工品の仕上げの研磨をしたそうで、「砥」草なんですね。
稲の茎もケイ酸のせいで痛いんです。

いろんな植物がケイ酸を蓄えるのですね、プラントオパールといいます。植物ごとに特徴的な形をしています。
植物遺体のうち、このケイ酸分は腐敗せず残りますので、遺跡の土壌に含まれるプラントオパールを分析して、どんな植物があったのかが分析できます。

あれっ?

1004_11rukousou1 10月4日
あれっ?ルコウソウの花ってこんなでしたっけ?

1004_11rukousou2
標準的な姿はこうですよね。
と思いながらあちこちの花を確認していたら

1004_11rukousou3
こういう花もありましたよ。

気づかずにいましたがいろんなことが起こっているんですね。
花の形成時になにかあったのかな。
動物の個体性とちがって、植物の場合、それぞれの花が「個体」のようなものですから、個体変異のようなものと考えていいのでしょうね。

1004_8hane 10月4日
アサガオの葉の上に2枚の翅が落ちていました。
1対の翅でしょう。傷んでもいない。きれいな翅がきれいに重なっていました。
クモの糸にからめとられているわけでもないのです。
ただ葉の上に乗っているのです。
理由は全く分かりません。
眺めていたら、風が吹いてきて、飛ばされていってしまいました。

この翅をもっていた昆虫に、この葉の上方で何かがあって(例えばカマキリにつかまって)、翅が落ちたのだろうとも思うのですが、2枚そろって落ちてくるというのも、珍しいことだよなぁ。
この場で、襲われて翅を残し、体は捕食者が運び去った?
まったくわかりません。
不思議な出来事でした。

1004_9nekohagumo
上の写真の葉の30~40cmほど離れた場所にネコハグモがいました。
ネコハグモはこのように、葉の表面に糸を張り巡らします。
捕食した餌は邪魔にならないものはしばらく放置されるようです。

最初の写真の翅の持ち主は、ネコハグモに捕食されたという可能性はないと思います。

息がたりない

http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-8160.html
これは10月5日に書いた私のブログ記事です↑

10月4日の朝日歌壇の永田和宏氏の「評」のなかに書きこまれていた「亡き妻」の歌を載せました。

亡き妻などとだうして言へやうてのひらが覚えてゐるよきみのてのひら

10月9日付けの朝日新聞「惜別」という欄に、河野裕子さんのことが載りました。
下にその記事を載せます。太字は私が施しました。

夫婦は互いに響き合っていた。

それを記すだけが、今、私になしうるすべてです。
それ以上、何も書けません。
いずれ、歌集のような形で公になるのでしょう。
全貌はその時に、みなさま各自でお読みください。

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[惜別] 歌人・河野裕子さん 最後の一首「息が足りない」:2010年10月9日
  かわの・ゆうこ 8月12日死去

 すさまじいまでの暑さの夏、歌をのこして逝った。
 抗がん剤の投与をあきらめ、退院して京都市内の自宅に帰ったのが7月。食べられず、33キロまでやせた。モルヒネでもうろうとするなか、目をつぶったまま、ふいにつぶやきだす。五、七、五、七、七。指折って。何首も、何首も。
 夫の歌人、永田和宏さん(63)ら家族が耳をすまし書き取った。
 8月11日、朝から苦しい、苦しい、ともがいた。和宏さんが手を握ると少し眠った。目覚め、かすれ声でつむいだ。

 < 手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が >。

最後の一首になった。
 京都女子大在学中に角川短歌賞を受け、デビュー。学生の短歌同人誌の集まりで出会った和宏さんと25歳で結婚した。身ごもる女のからだを、夫や子どもとの暮らしをのびやかに歌い、現代女性歌人の先頭を歩いた。〈ブラウスの中まで明るき初夏の日にけぶれるごときわが乳房あり〉。受賞歴は枚挙にいとまがない。
 「母はあけっぴろげで直感の人と思われるけれど、よく本を読み努力していた」と話す長男淳さん(37)も長女紅さん(35)も歌人になった。
 2000年に乳がんを患い、手術。再発の不安を抱えて創作を続け8年。おととし、転移が見つかった。化学療法をしながら、昨年末出した第14歌集「葦舟(あしふね)」は死を見すえていた。
 <一日に何度も笑ふ笑ひ声と笑ひ顔を君に残すため〉〈そこにとどまれ全身が癌ではないのだ夏陽背にせし影起きあがる>
 「葦舟」のあとがきに、歌がなければ、たぶん私は病気に負けてしまっていただろう、と記していた。亡き後、ティッシュの空き箱にまで歌の断片が見つかった。愛用の三菱の2Bだろう鉛筆書きが、執念のごとく。
 歌うことが生きることだった。

{写真}がんの転移がわかり、家族で「撮影会」をした。和宏さんと紅さんがレフ板を持ち、淳さんが撮った一枚=08年、京都市内

2010年10月13日 (水)

円周率

2010.10.11付 朝日俳壇より
天高し円周率の如きもの:(仙台市)上郡長彦

ごめんなさい。句の意味がつかめませんでした。
理系人間には、きちんと定義された円周率πしか頭に浮かばないので、詩語として使われた時にどういう意味を孕んでいるのか、分かりませんでした。
無理数?超越数?実数?無限に続く数字の列ということ?
どのあたりが詩人を刺激したのか理に落ちてしまってつかめません、申し訳ない。

こんな記事がありましたね

(ひと)近藤さん(55歳) 円周率5兆けた、パソコンで計算に成功 2010年9月3日 朝日新聞
 5兆けた目は「2」だった。最先端のスーパーコンピューターではなく、家庭用パソコンで挑んだ。正しければ世界一。「コツコツ続けただけ。こんなばかなことをする人間は他にいないでしょう」
 今年初め、仏の技術者がパソコンで約2兆7千億けたを達成したのに触発された。米国人学生の計算ソフトを使い、データを記憶させるためパソコン十数台分のハードディスクをつなげた。5月から8月初めまでの3カ月間、故障や停電もなくフル稼働できたのが勝因だ。
 3・141592653……。数字は果てしなく続く。「計算して何になるの」と聞かれれば、好きな登山に例えて「そこに円周率があるから」。つらくても「ここまで来た」という達成感がいい。誰も見たことのないものを最初に見てみたい。
 高専時代、コンピューターに出会い、円周率に興味を持った。地元の食品会社ではシステム企画から修理までやる課長さん。偉業達成を知った上司に「その能力をなぜ会社で出さないの」と冷やかされた。
 長野県飯田市の自宅に近い南アルプスを登り、小学生のころからチョウを収集し、JR飯田線の全94駅を巡ったマニアでもある。多彩な趣味の詳細は妻や母もよく知らない。「報われなくていい。本当の喜びは人の評価じゃ味わえない」
 計算の正しさを証明するため、近く別の方法で検算する。その先は10兆けた。ひそかに準備を進めている。

この記事あたりに、最初の俳句の意味を解くカギがあるのでしょうか。

禿鷹

2010.10.11付 朝日俳壇より
秋高し禿鷹のごと俳句あり:(三郷市)岡崎正宏
 金子兜太評:「禿鷹」とは新鮮。この定型詩には野生のエネルギーあり。

また金子先生に、たてつきそう。

禿鷹っていうと、どうも、屍肉食というイメージが強くって。
それを俳句に宛てはめてしまうのはなんだか、妙な気分がしてしまって。困った。
「野生のエネルギー」というとなぁ、もうちょっと狩りをする鳥、というようなイメージがいいなぁ。
あるいは信天翁(アホウドリ)のような、悠然と何千kmも飛翔する鳥とかがいいなぁ。

日本にはハゲタカあるいはハゲワシは生息してないでしょ。迷い込んで来るくらいですよね。

そんなこともあるし。
なんだか、俳句とのかかわりがうまくつかめないのです。

啄木鳥

2010.10.11付 朝日俳壇より
啄木鳥やわれ雑然ときみ確か:(蒲郡市)古田明夫
 金子兜太評:啄木鳥の木の幹の連打音が聞こえている。相手は女性と受け取る。

金子先生に楯突きたいわけではないんだけれど。
「きみ」という人間的な言葉を使った以上「女性」なんでしょうね。

ただ、「きみ」が「キツツキ」である可能性はないでしょうか?
規則正しく打音を響かせるキツツキ。
それに引き換え、我の生き方のなんと雑然としていることか。
きちっと時を刻むことも出来ずに、ゆらり、ぐらりと生きていることだなぁ。
と、動物への思い入れが強すぎますか?

俳句は人間的であるべきか。
どうも、虫さんの世界などに踏み込みがちな案山子ではあります。

賑やか

2010.10.11付 朝日俳壇より
賑やかが静けさであり虫月夜:(旭川市)大塚信太
 稲畑汀子評:虫の音が高く賑わうのは辺りが静かだからと思う。

無音のことを静かという、のではないと思うんですよ。
辺りが無音であるから、虫の声が高く賑わうというのは、ちょっと皮相的。

音の存在そのものを「静か」といっているのでしょう。無音よりもむしろ、静かである。
「静か」というのは音の有無のことだけを言っているのではありますまい。
夏の熱気が去り、秋の風が吹き、日中の残暑の気配を地面近くに残しつつ、夏の草いきれとは違う、滅びへ向かう枯れ草の香りがまじる。
月の光も水蒸気のこもった光ではなく、透明感が溢れている。

そういう全体を「静か」というのでしょう。
そういう中で、虫たちが鳴けば鳴くほどに、静かさが増すのです。

{しずけさや岩にしみいる蝉の声
というのもありましたっけ。}

夏痩

2010.10.11付 朝日俳壇より
夏痩を誰も気付いてくれざりし:(岩倉市)村瀬みさを
 稲畑汀子評:夏痩したことを他人に気づいて欲しい作者。夏痩を喜んでいるように思える句。

あら、あなた、やせちゃったわねぇ。
そうなの、夏痩せしちゃって。
といいつつ、実は一生懸命ダイエットしていた、とかね。
さりげなく瘦せたことを自慢したかったりして。
気付いてくれると、うれしいな、と。

いや考え過ぎかな。暑くて辛い夏でした。夏痩せもします。
今年の場合、なんだか、生きててよかったねぇ、と声を掛け合いたいくらいでしたね。

女性心理に疎い案山子でした。

里山

2010.10.11付 朝日歌壇より
敬老の日、孫の祝いの鈴をふり難易度低き里山のぼる:(半田市)依田良雄

いいですね。名山とかいわず、近くの丘でもいい、ゆっくりゆっくり、背中に暖かい日射しを受けながら、無理をせずに歩いて下さい。
歩くことは体も心も開いてくれます。

といっておいて、自分に引き当てると困ったな。
左右アンバランスな体で、歩くこと自体が体の衰えを加速したようなぐあいですからして、これからどうしようかなぁ。
坂なんか登りたくもないし、坂を下るなんてやだよ。
歩けないから泳いでいるわけですが、これとてそう長くは続かないでしょうし。
しょうがないですね、ひきこもり案山子になるのでしょう。

尻とり

2010.10.11付 朝日歌壇より
ねこ こぶた たぬき きようりゆう尻とりに形変へつつおそなつの雲:(さいたま市)新妻雅人

私はこの歌をちゃんと読む前に「こぶたぬきつねこ」が頭に浮かんでしまったので、雲が形を変えていく、ということに気づくのにしばらく時間がかかってしまいました。
先入観が先に動くとろくなことはありませんね。
青空に浮かぶ白い雲が、流れながら形を変えていったんだ、なるほど。
最後に「きょうりゅう」ときましたから大きくなったんですね。

最近あまり空をちゃんと見てないなぁ。
抜けるような青空、というのは実は苦手で。
季節性の鬱をちょっぴり自覚する身としては、あまりの青空を見ると、金縛りのような気分になってしまって、活動性が低下するんですよね。

てろり

2010.10.11付 朝日歌壇より
スプーンをてろりとなめて思ひ出す爬虫類なりし前世の記憶:(東京都)岩崎佑太
 高野公彦評:「てろり」が可愛くて不気味。

おもしろい擬態語を発明されました。
すっごくよくわかります。ぺろりではなく、てろり。
舌の動きが見えるよう。舐められたスプーンにはきれいに何も残らず舐めとられている。

ところで、私自身は「前世」というものをまるっきり信じてもいないしなぁ。困ったぞ。
爬虫類が哺乳類の祖先だったわけでもない。同じ根っこから、一方は爬虫類へ、一方は哺乳類へと分岐して進化してきたのだし。
理に落ちる人間が詩を書きにくいということがお分かり頂けると思います。
正確に記述したくなってしまうんですよね。
困った。

歳月

2010.10.11付 朝日歌壇より
歳月と言ふ無慈悲なる隣人は時にやさしく耳朶を噛む:(鶴ヶ島市)渡辺隆
 高野公彦評:抽象的な詠み方だが、予測できない人生の怖さを感じさせる。

人生の初っ端でポリオなんていう病気にかかる、という純然たる偶然に遭遇してしまった身としては、歳月・時間のなかで出会う偶然を「無慈悲」というような感性ではとらえてないんですね。
ポリオも含めて全部ひっくるめてこれが私の人生だ、で私は大丈夫。

人は、完璧に無意味な偶然に耐えられない、とよくいいます。
何かの意味付けをしたくなるんですね。
ま、仕方ないことではありますが、無意味に耐えられないと、変な道に迷いこむこともよくあるわけで、人生の無意味に耐えるだけのタフネスを養いましょう。
生きることの意味、なんていう迷い道に踏み込まない方がいいですよ。
なんたって、楽でいい。
人生無意味
で笑っていればいいのです。

ダメダメ

2010.10.11付 朝日歌壇より
ダメダメと半べその兄ミニカーをくわえて優雅に微笑む妹:(町田市)高村紀子

幼いお兄ちゃんの困惑と、なんだか、べっちょべちょな感じに、思わず笑ってしまいました。
大事なミニカーなので、よだれだらけにくわえられては困るんですが、赤ちゃんだし、ダメっといって取り上げたら泣きだして可哀想だし、お手上げだし。もう、どうしていいかわからないお兄ちゃんですね。
一方、妹さんは、口にミニカーをくわえて、よだれでべちょべちょにしているところでしょう。なんでも口に持って行くんだから。
この「べちょべちょ」感、たまりませんね。昔、子育てを楽しんだものとしては、あ~、思いだされる。すごいんだよなぁ。

・大人は新奇なものに接した時に、まず「見」ますね。見て、観察して、なんだろう?と考える。さらに進んで、手に取る、手で撫でる、持ってみる。ためつすがめつ裏表。
視覚と触角の情報で対象を確認する。嗅覚も動員するかな。

赤ちゃんはまず、口に持って行きますね。見る触るも大事だけれど、唇、舌での感触で相手を知り確かめる。

このことから、二つのことを考えました。

1:赤ちゃんの周りには、赤ちゃんが口にしてはいけないものは絶対に置かない。これは大人の責任です。赤ちゃんを責めることはできません。
また、大人が親指と人さし指で輪をつくって、その輪をくぐりぬけるような大きさのものは、害や毒がなくても置いてはいけません。飲み込めるからです。誤飲事故も大人の責任です。
煙草の吸殻、口紅、ボタン、ボタン型電池、指輪、アクセサリー・・・
いわゆる「OKサイン」です。この輪をくぐるものは飲み込めると考えて下さい。

2:もう2回くらい話題にしたかな。母の骨を口にした話。原爆の話です。
骨灰を見て、手にとって納得する、のは大人の感覚でしょう。
最も始原的な感覚である、口で確かめる、お母さんの乳首を吸うという赤ちゃんの感覚まで立ち戻って、やっと母の死を確認できたのかもしれません。
人が極限に追い込まれた時のことを、内省しつつ考えてみてください。

手を腰に

2010.10.11付 朝日歌壇より
手を腰に当てると脇が涼しいよ平たい雲雀がフェンスに並ぶ:(広島市)楯田順子

「平たい雲雀」の姿勢がよくわかっていません。一応、飛ぶ姿や、枝先に止まった姿は知っているつもりなんですが。
どういう姿勢ですかね。羽を横にふくらませて姿勢を低くしているのでしょうか。
それが、腰に手を当てている姿にたとえられたのでしょうね。
脇を開け、風を入れて「涼しいよ」と並んでいる。
全体としてはとてもほほえましくって、な~るほど、そうなのか、こうすると涼しいんだね、と真似したくなります。
鳥の姿勢についての知見が少なくって読みが深くならなかったことを恥じます。

ハヤブサ

2010.10.11付 朝日歌壇より
炎天下列に二時間連なりて三秒もらひ「ハヤブサ」に会ふ:(福島市)二宮宏

へそ曲がりなものですから、世間があまりに騒ぐと白けるたちです。
「はやぶさ」に対してあまりにもエモーショナルな騒ぎが大きくなり過ぎた。
イトカワへの「着陸」などをリアルタイムで見つめてきたものとしては、内容を知らぬままの大騒ぎには少々白けてしまいました。最近の風潮として、中味に対してではなく、「騒ぎを求めて騒ぎのために騒ぐ」というのが多すぎます。何でもいいから、どこかに「騒ぎ」はないかなぁ、というギラギラした視線だらけでしょう。つまらないことですね。

MUSES-Cという名前で出発して、小惑星イトカワへ「舞い下り」て着陸後瞬時に離陸する姿を「はやぶさ」に似ているとして命名されたのでした。
平仮名で「はやぶさ」と書いてあげて下さい。動物名のハヤブサではないので。

◆地球帰還後の出版物も、エモーショナルなものが多くて閉口しましたが、ここにきてとても良い本が出ています。{広告ではありませんが}ご紹介します。

NHK出版 生活人新書330
「小惑星探査機 はやぶさ物語」、的川泰宣 著、2010.10.10第一刷発行、740円

的川さんはJAXA名誉教授。温かい人柄のかたです。将来の宇宙研究を担う子どもたちへの教育にも力を注いでいらっしゃいます。
「はやぶさ」のプロジェクトマネージャー川口淳一郎さんの先輩として、JAXAの内部にあって、プロジェクトの詳細を知り抜いた工学者が、激しい情動を避けながら詳しい解説をしていらっしゃいます。でも、無味乾燥とは無縁の、人間的な温かみに包まれた本になっています。個人的にお勧めの一冊です。

この本の12~13ページから引用します。

・・・
 チームを率いる川口淳一郎プロジェクトマネージャーが決断しました。
「最後に、はやぶさくんに地球を見せてやりたい」と。
・・・
最後に川口プロジェクトマネージャーが非常に粋なことをして、「はやぶさ」の姿勢制御をちょっとだけして、「はやぶさ」に最後に地球の姿を見せ、写真を撮りました。
川口プロジェクトマネージャーが「はやぶさ」に「くん」をつけて呼ぶのは、このときが初めてのことでした。彼はとてもクールな男で、それまで、そういう面を見せたことがありませんでした。ですから、まわりの人たちもびっくりしていました。
・・・
アラビア半島の上空約二万キロから撮像をはじめ、どんどん地球に近づきながら、「はやぶさ」は七~八枚の写真を撮りました。最後の一枚に地球が写っていました。
・・・

◆日経サイエンス.2010.9月号に、川口淳一郎さんが「はやぶさ」60億キロの旅、という記事を書いておられます。淡々と分かりやすく「はやぶさ」プロジェクトの全容をかいておられます。淡々とした文章の中に一カ所こんな文を読みました。

・・・
 カプセル分離後、「はやぶさ」は地球の撮影を試みた。姿勢の関係でカラーカメラは使えずモノクロだった。何枚か撮影した最後の一枚に地球が写っていた。その画像を見た時、視界が涙で曇った。
・・・

淡々とした工学者の文章だけに、際立ってこの一語が心を刺し貫きます。読んでいて思わず「ああ」とため息をついたことでした。
川口さんの思い入れの深さにうたれます。冷静で物静かな方だからこそなお、その垣間見えたお心にうたれました。

私は、この「はやぶさ」が撮影した地球の写真と、もう一枚が大好きです。
地平線に銀河(天の川)が立ち、その前を横切っていく「はやぶさ」の最後の輝きの写真。
です。
宇宙、太陽系、地球を一瞬にして一枚に凝縮した写真でした。
大切にしています。

青大将

2010.10.11付 朝日歌壇より
採りたての卵五、六個飲み込んで青大将五尺土手に放たる:(福井県)下向良子
 佐佐木幸綱評:蛇の歌が多くあった中からこの作を採らせてもらった。数詞の使い方に注目した。

ごめんなさい。数詞の使い方の前に、私は状況を理解していない。
卵を飲み込んでしまった青大将を、殺したりはせずに、ダメじゃないか、と土手に「放逐」したということですよね。

アオダイショウは人の生活の一部に入り込んで来て、「悪さ」をするのだけれど、アオダイショウ信仰かどうかは別にして、共に生きるものとして、殺したりはせずに人の生活に入り込むなよ、自然の糧で生きていっておくれと、「遠ざける」のですね。

大したものです。天井裏に入っていても、ネズミを食べてくれるからと大切にしてもいたはずです。

蛇だ!ギャー、じゃないんですよね。
昔から日本人はそうやって付き合ってきた。
その生き方が今も息づいているということに、とても安心と喜びを覚えます。
生物多様性を守るって、そういう一歩から始まるのではないでしょうか。

ところで、佐佐木氏のおっしゃる「数詞の使い方に注目」というのが、どうしても良くわからないのでした。「五、六個」と「五尺」の「按配がよろしい」のかなぁ。なんだろう?
「二、三個」ではなく「五、六個」飲み込んだのでしょうし、人間の身長並みの1.5mくらいあったのを「五尺」といったのでしょうし。これは事実を記述している数詞ではないのかなぁ?

クワガタ

2010.10.11付 朝日歌壇より
三匹のクワガタ死にしは寿命だと納得しても捨てない七歳:(土岐市)佐賀峰子

いいんですよ。
死を経験することが生を大切にする基本なんだから。
死んだから「お墓」をつくりましょう、というほうがある意味では不自然。
大事なクワガタの死骸を大事にしていていい。いずれボロボロになり、バラバラになり、忘れるかもしれません。あるいは自分がどうしてそのように執着したのか分からなくなるかもしれません。でも、いいんです。
大事なものの死を、その時きちっと受け止めれば。
虫を飼育することの大事さは、きちっと死と向き合える、ということなんです。
死ぬと可哀想だとか言わないでください、子らには虫の飼育体験はとてもよいことなんです。
虫が死ぬ、ということが良い経験なんです。
死を大事にしましょう。

亀の赤ちゃん

2010.10.11付 朝日歌壇より
両手にて亀の赤ちゃん受けし子ら大事にそーっと浜辺に放す:(春日井市)伊東紀美子

孵化した亀の子はかわいい。
そのような幼いけれど確かに生きている生命の手触りを子らに経験させることは良いことです。
必死に生きる姿。
そして、チャンスを見てでいいですが、大人にまで成長できるものは本当にわずかなのだという自然界での厳然たる事実を伝えることも大事。

そういう感覚を養う中で、いろんな生物がみんなそれぞれ頑張って生きているんだということを実感してほしい。生物多様性を守ると言ったって、そういう根っこのところでの生命感がなければ話にならないでしょう。

蟷螂

2010.10.11付 朝日歌壇より
切り出せる石重なりて静かなり蟷螂じっと頂きに立つ:(気仙沼市)畠山登美子

カマキリが詠みこまれるとまたまた嬉しくなってしまう私です。
カマキリに限りませんが、昆虫にとっての時間の経過というものは、人間の感覚を絶するものです。同じ場所に、何時間でも同じ姿勢でいる。餌が来た瞬間に全力が発揮される。
すごいですよ。
また、1日3食というような、絶え間なくエネルギーを浪費し続けるタイプの動物=哺乳類という点から見ても、昆虫の生き方は凄い。
1週間でも2週間でも、餌がなければ動かずに耐えている。そして、採餌の瞬間に全力が出る。
哺乳類はアイドリングストップの効かない生き方を選択しました。その故に繁栄もしました。でも、その生き方が、今、裏目に出ているのかもしれません。

素直なもの

2010.10.11付 朝日歌壇より
ねこじやらしススキの初穂犬の尻尾素直なものに秋の風吹く:(徳島市)上田由美子
 馬場あき子評:下句が感銘深い。

とても柔らかくて、心をほぐしてくれる歌ですね。凝り固まった「意地」がほぐれていく。
夏の暑さに耐えるのも「気を張る」ことでした。
もう気張ることはないよ、素直でいいよ、と語りかけてくれます。

個人的な感想としては「犬の尻尾」のところが、「仔犬の尻尾」だったら、もっとふにゃふにゃに嬉しくなってしまうのだがな、と。
大人の犬の尻尾には意志がこもっていますが、仔犬の尻尾には「いきていることはうれしい」という純粋な喜びしかないと、感じているものですから。

ハナ

2010.10.11付 朝日歌壇より
犀「ハナ」と同い年の九十歳汝に夫あり優しい角もつ:(岐阜県)棚橋久子

この歌の理解のためには背景が分かる必要がありますね。
朝日新聞では2回、登場しています。

夫婦で長寿世界一のクロサイ 広島市安佐動物園: 2010年9月11日 広島市安佐北区の市安佐動物公園で飼育しているクロサイの雌のハナが世界最高齢とわかった。ハナは44歳、連れ合いの雄のクロは43歳で、世界一の長生き夫婦という。人間ではともに90歳に相当する。
 同園によると、世界動物園水族館協会(スイス)が管理するデータベースで、世界69動物園で飼育している487頭のクロサイの中で、ハナは最高齢、クロは2位になるという。いずれも体長約3メートル、体重約1.5トン。
 2頭は1971年、ケニアからやってきた。体つきなどからハナは5歳、クロは4歳と推定された。夫婦でこれまでに10頭の子をなし、世界2位の多産記録を持つという。
 2頭は現在、高齢のため一般公開されていない。「えさを食べるのも、木陰で昼寝するのもいつも一緒」と飼育員の茶村真一郎さん(59)。20日の「敬老の日」には特別に公開し、好物のリンゴをのせたケーキを贈って祝う予定だ。

世界最高齢クロサイ夫婦、ケーキでお祝い 人なら90歳: 2010年9月21日5時38分
 広島市安佐動物公園(同市安佐北区)が飼育するクロサイの雌で44歳のハナと、雄で43歳のクロの夫婦に20日、同園から好物のリンゴ入り特製ケーキが贈られた。2頭は生存するクロサイとしては世界最高齢と2位で、人間なら90歳程度。普段はストレスを与えないよう一般公開されていないが、敬老の日に合わせて特別公開された。
 大丸秀士園長が「今年、世界一の長寿クロサイ夫婦と分かり、私たちも感動でいっぱい」と話すと、子どもたちから「おめでとう」と声がかけられた。夫婦は角をつき合わせ、仲良くケーキを食べた。飼育員の茶村は「2頭とも元気。クロサイの長寿記録の48歳を超えてほしい」と期待する。

長寿のサイ夫婦。いいですね。
作者は、御夫君を亡くされている、しみじみとした感懐を抱かれることでしょう。

一方で、「スッタニパータ」ですか、犀の角のたとえも好きです。
「犀の角のようにただ独り歩め」というものです。
日本人にとっては不思議なたとえですが、いつの間にか身にしむ言葉です。
私は「独行する者」を標榜してきましたが、犀の角のたとえに大きな影響を受けています。
そのうように、死までの道のりを行くつもりです。

死の丘

2010.10.11付 朝日歌壇より
モヘンジョダロモヘンジョダロと繰り返す語感よろしき意味は死の丘:(東京都)野上卓

インダス文明の遺跡として有名ですから、もちろんこの名前は知っていました。
でも意味は知りませんでした。そうなんだぁ、と検索してみたら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%98%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%80%E3%83%AD

  地名の語源
モヘンジョ=ダロの地名は現地の言葉で「死の丘」を意味するものであり、歴史学者が足を踏み入れるまでは、非常に古い時代に生きたであろう得体の知れない死者が眠る墳丘として, 地元民に代々伝えられる禁忌の領域であった。
モヘンジョ=ダロは廃墟としての名であり、繁栄していた往時の呼び名、すなわち都市の名は、それを紐解くヒントすら得られていない。

そうだったのですか。廃墟としての名だったとは。
古代の都市文明はなぜ滅びたのか。
いろいろな説があります。
農業による自然の地力の収奪、という話もあります。
COP10が開催されていますが、人類の未来がどうなるか、ぎりぎりのところに来ているのだと思います。
地球が死の星になりませんように。

猫町

2010.10.11付 朝日歌壇より
夕焼けて谷中寺町坂の町猫のグッズの多き猫町:(神奈川県)中島やさか

「猫」の歌があると嬉しくなる、単純だなぁ、と我ながら思います。
「谷中 猫町」で検索してみてください。散歩気分になれます。

元気だったら行ってみたいところですが、私の脚力ではもう無理。
案山子は立ち尽くすのみ。

鼻の穴

2010.10.11付 朝日歌壇より
鼻の穴二つ突き上げ炎昼に高笑のように甲羅干す亀:(四万十市)島村宣揚

見事に絵になっています。目の前に姿が現れますね。

四万十では、その亀はニホンイシガメでしょうか?それともミシシッピアカミミガメでしょうか?

祭りなどで亀を売っている。可愛いから飼いたい。ところが、亀は大きくなる。亀は長生きだ。飼いたかった子は成長し育った家を離れていくかもしれない。飼いきれなくなった亀を川や池に放してしまう。一見、生き物に優しい行為のように思えます。生き物を殺さずに放した。放生会(ほうじょうえ)というのもありますしね。
ところが、その行為が生態系を乱す。

ミシシッピアカミミガメが日本の生態系に「重く」のしかかっていますよ。
我が家の近くの六郷用水跡にも、ミシシッピアカミミガメがかなりいます。
ペットを放したんでしょうね。
かわいいし、カメ自身には罪なんか全くなくって、悪いカメも良いカメもありはしないんです。
人間の愚行があるのみです。

治療費

2010.10.11付 朝日歌壇より
治療費を聞いて手術を諦める人は自殺の数に入らず:(東京都)福田豊
 永田和宏評:治療費の高さは貧しいものに死ねというに等しいと。低いが重い呟き。

高額の治療をすれば「治る」のですか?
高額の治療をすれば「死なない」のですか?
うそでしょ。
人はすべて死ぬ。
医療が高度化し、治療が高額化し、それで、人の悩みは深くなり、人の不幸は増大する。
なんだか、変ですねぇ。
それなりに出来ることをやって、満足して死ぬ、という道はないんでしょうか?
それを「自殺」といいますか?
私は、満足して死にたいと願うものです。

みんな不満や不安の塊になってしまって、ギスギスした社会ですね。

志望動機

2010.10.11付 朝日歌壇より
埋まらない志望動機を満月に照らされているまだ眠れない:(鴻巣市)一戸詩帆

 永田和宏評:就職活動真っ只中の大学生。最も難しい志望動機はいつまでも空欄のまま。厳しい状況の中で溜め息が聞こえそうだが、同感と頷く同年代も多いはず。
 佐佐木幸綱評:雇用問題がきびしい昨今、入社試験用の書類を悩みながら書いている場面。未記入欄の白さをきわだたせた表現、うまい。
 高野公彦評:不況の日々が続く。就活中の大学生の切ない歌だ。

私は履歴書というものはそれなりに何度か書きましたが、入社試験用の書類と言うのは書いたことがないので、直接的な発言はできません。
工業高校で進路指導をした時に、志望動機欄の書き方など指導したことはあります。
無理やりでっち上げなくていいぞ、「大人の眼」というものは怖いものだ、書類の文面の裏を見抜いて君の本信が見えるんだからね、などとも言いましたっけ。正直が一番、それ以外にないよ、と。

多摩川線に乗っていますと、いわゆる「リクルート・スーツ」姿の男女をいっぱい見かけます。
駅に降りるまで書類を読んだり、何かをそらんじたり、色々やってます。
傍から見ていると、それじゃぁちょっとなぁ、という学生さんもおります。

社員をコストと見る企業が増えていますね。コスト切り下げの目で就職希望者を見る。
悲しいことです。
人あっての会社、人を育てる目を失ったら、会社も衰退するでしょうに。
単に「不況」だけの問題ではなく、もっと根深いところに社会のゆがみが来ているような感じがしています。

2010年10月12日 (火)

キタヒメヒラタアブ(ではないかもしれない)

1004_7kitahimehirataabu 10月4日
キタヒメヒラタアブだとばかり思っていましたが・・・
腹部に黒い縞模様がなくって、いいのかなぁ、と検索していて迷ってしまった。
ホソヒメヒラタアブというほとんど区別のつかない種があるんですね。
ホソヒメヒラタアブのほうが小型だそうです。
スケールがないですから、記憶に頼るしかないのですが、「いつものキタヒメ」と思って撮影していました。「小さなキタヒメだ」とは思っていなかったと思います。

わからなくなりました。

模様については、おそらく、個体差でしょう。
この模様でキタヒメとホソヒメを識別できるというものではないようです。

しかし、まいったぞ。
体長まで意識してちゃんと見なくっちゃな。

ホソヒラタアブ at ミズヒキ

1004_5hosohirataabu1 10月4日
先程のイノコヅチの場所から、一歩移動して体の向きを変えるとミズヒキがあります。
どういうわけか、ホソヒラタアブもついてくる。
今度はミズヒキの花の前でホバリング。
これはかなりクリアに写りましたね。うれしい。
1004_5hosohirataabu2
ミズヒキの花をまるで盃のように両手で抱えています。
やあ、おいしそうだ。

虫目で花を見るようになっています。ですから、花屋さんの花をあまりきれいだぁ、と思わなくなっていて、虫が好んでやってくる花を、いい花だ、おいしそうな花だ、という目で見てしまいます。

生物多様性条約とか大騒ぎしていますが、まあ、虫を眺めて下さい。虫は鳥よりも生態系の下の方を支えていますから、虫がうじゃうじゃいて元気なら、生態系も元気だという印になりますよ。
好きにならなくても結構です。ただ、生態系の重要な構成員としての虫と、それなりの付き合い方を獲得して下さい。

ホソヒラタアブ at イノコヅチ

1004_4hosohirataabu1 10月4日
イノコヅチの花の前でホバリングするホソヒラタアブ。
1004_4hosohirataabu2
なんだか少し嬉しい気分。
キタヒメヒラタアブばかり見かけていて、常連のホソヒラタアブの姿が少ない。
どちらの幼虫もアブラムシを食べるのだったと思います。
ですから、アブラムシ不足で、というようなことはないはずですね。キタヒメヒラタアブはたくさん見ますから。
どうしていたのでしょう。
1004_4hosohirataabu3
ホバリングしてはまたとまり、を繰り返していました。
1004_4hosohirataabu4
成虫は肉食性ではありません。口を伸ばして蜜を舐めようとしていますね。

なんだか、すごくピンボケの写真を並べてしまいました、お恥ずかしい。
修業が足りないなぁ。

ルリチュウレンジ幼虫

1004_2rurityuurenjibati 10月4日
どこかで見たことがある姿だ、と幼虫図鑑を眺めていたら、ルリチュウレンジというハチの仲間の幼虫です。
   ハチ目 > ミフシハバチ科 > チョウレンジ亜科 > ルリチュウレンジ
ハバチですね。
ツツジ科の植物の葉を食べるので、園芸家の方には嫌われます。
ごく普通のイモムシ型の幼虫ですが、害虫ということになっているせいか、気持ち悪い幼虫だといわれやすいです。
人間の身勝手。

石の上で見かけたのですが、蛹になろうとしてここまで来たのかどうか、よくわかりませんでした。

キチョウ

1004_1kityou 10月4日
キチョウが来ていました。
センダングサの仲間の花です。
センダングサにもいろんなのがあって、特定していません。
キク科センダングサの仲間、で曖昧にしておきます。
コンパクトデジカメしかもっていなくて、ズームアップしたのですが、ここまで。
モンシロチョウやキチョウは長時間じっととまっていてくれませんので、なかなか思うような写真にはなりません。

まったく、イチモンジセセリのフレンドリーさは別格ですね。

キンモクセイ

1003kinmokusei 10月3日
まだ開き始めですが、香りは漂い出していました。
1004_6kinmokusei 10月4日
開きました。
1005_4kinmokusei 10月5日
完全に開いた状態。

キンモクセイの香りは芳香ですが、遠くでその香りに接するのがよいようです。
木の近くで濃い香りをかぐと、ちょっと強い香粧品の香り、どちらかというと男性用、みたいな感じで、きついです。
そこへ、昼食準備の醤油の香りなんかが漂ってきて重なると、まいったなぁ、という気分になります。
遠くからかぐのがよろしいようです。
沈丁花なんかは、近くでかいでも、きついけど甘さが漂いますが、キンモクセイはすこし香りの質が違うようですね。

1006_10kinmokusei 10月6日
このあたりが満開のピーク。
この後、散り始め、現在は香りが弱くなっています。
近くのキンモクセイの木の下では、散った花が黄色のじゅうたんのようになっていました。

咲き始めてから終わるまで、短い花なんですね。

ランタナ

1003_4lantana1 10月3日
庭にランタナが2株あります。
ここしばらく、花が絶えていました。その間に、株としての成長をしていたようで、グンと植物体の固まりが大きくなりました。
そして、花をつけ始めました。
1003_4lantana2
パステルカラーというのか、この色合いがいいですね。
成長の時、花の時、と分けて交互にやってるようです。
これからしばらくはまた花の時。
チョウやアブなどたくさん来てくれます。
お勧めの花ですね。

脱皮

1003_2agehadappi 10月3日
アゲハの一齢幼虫が脱皮しました。その直後です。
ケースの側面越しに、腹側からの撮影です。
上にあるのは体の皮、下の丸いのは頭の表皮です。
脱いだ皮も食べます。
無駄をしません。

現在、総数20匹を超えてしまいました。
新しい葉を切って来るたびに、わぁ幼虫だぁ、わぁ卵だぁ、という騒ぎで、てんやわんやです。
壮観ですよ、ここまでくると。
夏の暑さの影響もあるのかなぁ。
たいへんだ。

イチモンジセセリ

1002_5itimonjiseseri 10月2日
ブッドレアで吸蜜するイチモンジセセリ。
なにせ、チョウの来る花ということでブッドレアを咲かせていますので、少しでも多くのチョウが来てくれると嬉しいです。
ツマグロヒョウモンも来ていました。

ブッドレアやランタナは花の色彩が人にとっても美しいしチョウも来てくれるのでいいですよ。
人目には地味なフウセンカズラが小型のチョウやミツバチなど小昆虫に大受け。これも楽しいですよ。

花壇を作る時には、どんなチョウを呼ぼうか、そんなことも考えながら作って下さい。
出来れば、チョウの食草も植えると、飼育の楽しみも増えます。
どうぞ。

ツマグロオオヨコバイ

1002_3tumaguroooyokobai 10月2日
ツマグロオオヨコバイの幼虫なんですが、白いんです。
普通、淡い半透明な黄色ですが、どうしたんだろう?
脱皮と関連があるのか?(直前?直後?)
個体の変異なのか?
良くわかりませんが、初めて見ました。

2010年10月 8日 (金)

アルミニウム精錬工場の事故

こんな記事を読まれたと思います。アサヒコムから引用

アルミ工場の有毒汚泥池が決壊、4人死亡 ハンガリー
2010年10月7日0時30分
写真
【ベルリン=松井健】ハンガリーからの報道によると、同国西部のアルミニウム精錬工場で廃液をためる貯水池の堤防が4日に決壊し、重金属や強いアルカリ性の化学物質を含んだ有毒の赤い汚泥が周辺の村に流れ込んだ。AP通信によると、約100万立方メートルの汚泥が流出。6日までに3歳児ら4人が死亡し、6人が不明、約120人がやけどなどのけがをした。同国は現地の三つの郡に非常事態を宣言し、約70キロ離れたドナウ川への流入を警戒している。

真っ赤な汚泥が流出した写真をご覧になったでしょう。
この赤い色は、水酸化鉄(Ⅲ)か酸化鉄(Ⅲ)の赤い色です。錆びの色。あるいはベンガラという顔料の色です。
ボーキサイトというアルミニウムの原料は赤い色をしていますが、これも鉄(Ⅲ)の色。
で、単純にいうと、アルミニウムは水酸化ナトリウムに溶けるけれど、鉄は溶けないという性質を利用して、濃い水酸化ナトリウム水溶液で処理をすると、アルミニウムだけがアルミン酸ナトリウムという形で溶けます。鉄を含む大部分の不純物は沈殿物のほうに残ります。
そこで、ねっとりして沈みにくい沈殿物を時間をかけて沈ませて、上澄みをとってアルミニウム製造の方へまわすんですね。残った沈殿物をどのように処理するのか、詳しいことは知らないのですが、今回の事故は、水酸化鉄を含む強アルカリ性の水酸化ナトリウム溶液が流出したということでしょう。

これはたまりません。アルカリ性を中和できればいいけれど、塩酸や硫酸などを使うわけにもいかないでしょうし。始末に悪い。

そうこうしているうちに、ドナウ川に到達してしまったようです。
ドナウ川はたくさんの国を流れますので、これからが大変なことになると思います。

ニュース映像で「真っ赤な泥」を見たら、鉄の色なんだ、と見直して下さい。

アゲハ幼虫孵化

1002_1ageha1 10月2日
現在、アゲハの幼虫が10匹を超えています。
餌用の葉をとってくると、そこにまた卵や幼虫がついている、というできごとが続いてしまって、いっぱい。で、すごく面白いことでもない限り、あまりブログに載せずにいます。羽化の時は載せたいと思いますが。
さて、上の写真。
卵から孵化した幼虫が卵殻を食べているところ。
1002_1ageha2
おいしそうでしょ。
2mmちょっとの幼虫です。
お母さんが持たせてくれたお弁当。
むしゃむしゃ。
ここまではお母さんが用意してくれましたが、これから先は自分で生きてかなくっちゃ。ね。
1002_1ageha3
ほぼ食べ終わりました。
今度はミカンの柔らかい葉を食べに行きます。

終齢幼虫は体長が3cmを超えるくらい。
ということは体長が10倍くらいは大きくなります。
長さのスケールが10倍になると、体積≒体重スケールは約1000倍ですよ。
ものすごい成長をすることになります。

いっぱいたべようね。

タマスダレ

1001tamasudare 10月1日
ピンクのタマスダレが咲き始めました。
1003tamasudare 10月3日
色合いは一様ではないですね。
白のタマスダレもあって咲いていますが、庭の隅の方に行っちゃって、撮りにくい。
花の大きさはピンクのほうが大柄です。
清楚な姿です。

ラッキョウ

1001rakkyou 10月1日
歩みがゆっくりラッキョウさん。
1003_6rakkyou 10月3日
お、変化が見えてきた。
1004_12rakkyou 10月4日
ぐっと伸びたかな。
1005_9rakkyou 10月5日
あと1日2日で咲くかな、と思ったんですが。

今日10月8日、まだです。

ゆっくりゆっくり。よのなかに急がなきゃならないことなんて、そうそうありゃしませんって。

セイヨウミツバチ

1001mitubati1 10月1日
この色合いは、セイヨウミツバチでしょう。
ツユクサの花に来ていました。
ツユクサの花はいっぱい咲いているのですが、虫が訪れているのを見るのは珍しいです。
あるいは低いところで咲いているので、私に見えていないだけなのかもしれませんけれど。
1001mitubati2
ツユクサの花のすき間に口を差し込んでいます。
こうやってみると、顔やら多少花粉が付いていますが、花粉団子は持っていませんでした。
花粉たっぷりの花は今の時期少ないですね。

マエアカスカシノメイガ

1001maeakasukasinomeiga 10月1日
キョウチクトウの葉の上に止まった瞬間です。
撮影直後また飛んで行ってしまいました。
翅の前縁が「赤い」というのですが、どうかなぁ、茶色の気もしますね。
「スカシ」というのは「透かし」です。
写真をよく見ていただくと、キョウチクトウの葉が透けていることが分かります。
きれいなガです。なかなかゆっくり撮らせてはくれません。

クロウリハムシ

1001kurourihamusi 10月1日
葉の裏表にクロウリハムシ。
互いに相手のことを知ってか知らずか。
このあたりで、毎日見かけます。同じ個体を見ていると思います。
結構、飛翔はうまくて、ホバリングとまではいきませんが、ゆっくりとふわ~っと飛んでいきます。
甲虫類というと直線的な飛び方をイメージしますが、初めて見ると、黄色いし、なんだかハチかアブのような気がしますよ。

ヒラタアブたち

1001kitahimehirataabu1 10月1日
この秋はキタヒメヒラタアブが目立ちます。
フウセンカズラの花の前でホバリングしているのはキタヒメヒラタアブ。
すごく小さなアブです。かわいい。
1001hosohirataabu2
こちらはホソヒラタアブ。
やっと会えました。
どうしたんだろうと少し心配になっていました。
ホソヒラタアブのほうが普通によく見かけて、キタヒメヒラタアブのほうが後から出現して数も少なかったのに。
暑さのせいでやられてしまったのかなぁ、と心配しておりましたが、やっと姿を現しましたね。
花はブルーサルビア。
舐めるタイプの口を伸ばして蜜を舐めているのでしょう。

クロヒラタアブにはまだ出会っていません。
そろそろ姿を見せないかなぁ。

アワダチソウグンバイ

1001awadatisougunbai 10月1日
アワダチソウグンバイなんですが、肉眼で見て、なんだか大きい、なんだろう、どうなっているのかな?と撮影。
パソコン画面でよく見ると、やっぱり変!
これよりはっきりしたのがなくって仕方ないのですが・・・。
3匹いるようです。
下2匹は多分交尾中。
左を向いてるのと右を向いているのが見えます。
そこへ3匹目が乗っているのか、割り込もうとしているのか。向こうを向いています。
交尾競争ではじき出されたのか。
分かりません。

前にも写真写りの悪い昆虫だ、と書いたと思いますが、どうにもすっきりした写真になりませんね。
不思議な連中です。

クロオオアリ

1001_h_kuroooari1 10月1日
白山神社の石垣の上。クロオオアリが立ち止まっていました。
アリはちょこちょこよく歩くので、意外と写真が撮りにくい。
この時は、なぜかたたずむアリでしたので、撮れました。
1001_h_kuroooari2
日本では一番大きなアリでしょう。
1cmを超えます。
迫力がありますね。
メスなんか2cm近くになるのではないかな。

クロヤマアリも大きいですが、1cm程度か少し小さい。
私にはクロヤマアリのほうが馴染みがあります。
子どものころ、指先の皮膚の厚いところにクロヤマアリを噛みつかせて遊んだ。
何匹一辺にぶら下げられるか競った。
と、変な遊びをしましたので。

普段は「アリ」としか呼んでませんが、あとはトビイロケアリとかアミメアリくらいがよく見かけるアリですね。

スズバチ

1001_11suzubati1 10月1日
フウセンカズラにスズバチ発見。
花に頭を突っ込んでいます。吸蜜に来たんですね。
大きなハチです。体長2cm以上、3cmあったかなぁという感じ。
スズメバチ科ですが、興奮させなければまず大丈夫。
1001_11suzubati2
背面から見た模様はこんなぐあいです。
アシナガバチもそうですが、翅が細いですね。
これで充分な揚力を生みだせるのでしょうか、すごい。
1001_11suzubati3
フウセンカズラの花を「手」で抱えているようですね。
この「細い腰」!
ここを、消化管や神経が通っているのですよね。
さらに、酸素消費の激しい胸部の筋肉へ充分な酸素を送るだけの開放系の体液循環は可能なんですかね。
信じられないほどですね。
見れば見るほど不思議な感じが深まります。
ひょっとすると、こんな細いところを通る消化管では固形物は食べられないんじゃないか、で、蜜なんか吸ってエネルギーにしているんじゃないか、などと想像してしまいました。

2010年10月 7日 (木)

カナヘビ

0929_11kanahebi 9月29日
カナヘビがつつ~っと走って止まった瞬間です。
次の瞬間にはまた走っていってしまいました。

写真中の黒い矢印が指しているのが尻尾の先端。
赤い矢印が指しているのが、後肢。
白い矢印のところが頭の先端、口のあたりです。

尻尾の長さがお分かり頂けると思います。すごいですね。

トカゲの幼体もよく走っています。
いろいろ元気に走っていますよ~。

ブチヒゲカメムシ&イヌホウズキ

0929_10butihigekamemusi 9月29日
イヌホオズキにブチヒゲカメムシの幼虫がいました。
このイヌホオズキ夏の間ほぼ完全に枯れていました。
0929_10inuhouzuki
これはもうダメかなと思っていたら、ここへきて葉も茂り、花も咲き始めました。
そうなると、カメムシも汁を吸いに来ます。
暑すぎた夏を越して、生き生きしてきましたね、このあたりの状況が。

ところで、イヌホオズキと書きましたが、アメリカイヌホオズキというのもあって、私には区別がつきません。
シンプルなな区別方法はありませんか?

アオドウガネ

0929_9aodougane1 9月29日
この間のアオドウガネがまだほぼ同じ所にいました。
葉陰に黒い影。
0929_9aodougane2
前の方の葉をよけると、いました。
これは腹端部です。顔じゃありません。
0929_9aodougane3
なんとかこっちを向かせようと葉をひねったりなんだり。
いろいろ揺さぶってあげく、何が何だかよくわからない顔のスナップが撮れました。
説明しにくいのですが、これ、口あるいは顎のあたりです。
もう少し「いいおかお」をさせたかったけれど、これ以上の介入はやめました。
お疲れさん、ありがとう。

ヤマトシジミ

0929_8sijimi 9月29日
いつもの散歩。フウセンカズラなどに虫さんは来ないかな、とぶら~りぶらり。
すると、目の前の柵に右側からヤマトシジミが飛んできてとまりました。
どうみても、撮ってよ、という雰囲気ですね。
私はどうも、「人」と思われてないんじゃないか。
殺気がない。ふら~っと動く棒杭くらいのものなんでしょうね。

枯案山子になりましたことよ。

ヒガンバナ

0929_7higanbana1 9月29日
線路際の柵の中のヒガンバナ。
球根を掘り上げて植えかえる、というようなことを一切せずに見ているのですが、少しずつ生息範囲を広げているような気がします。
結実しませんので、種によって広がることはない。地下で茎を伸ばすのでしょうね、少しずつ。
人手によらず自分で前進するタフな奴です。

少し「ゲージツ的」に!
0929_7higanbana2
ファインダー覗いていません。ここまで顔を下げられないのです。
絞りを開いてボケ味を出してみました。

もいっちょ!
0929_7higanbana3
まるっきりのあてずっぽうです。
ヒガンバナです、と言われなければなんだか分からないでしょうね。
花の縁に立つ小人さんが見る景色です。

ガザニア

0929_6gazania 9月29日
プランターのガザニアです。
わっといっぱい咲くわけでもないですが、切れ目なく2,3輪咲き継いでいますね。
ふと見れば、誰でしょうねぇ。
舌状花だけ食べて、管状花を残したやつがいますねぇ。
味が違うのかなぁ。
食べやすさの問題でしょうか。
妙な奴です。
花の方としては、授粉に大きな影響は出ないでしょう、と思いますが。

いやはや、だれかなぁ。

ホトトギス

0929_5hototogisu 9月29日
ホトトギスが花の準備をしていますが、ずいぶんゆっくりしたテンポです。
この記事を書いている今日は10月7日、まだ咲いていません。
上の写真を撮った時には意識していなかったキンモクセイが、先に咲き出して今ほぼ満開です。
植物によっていろいろテンポが違うんですね。
ホトトギスにルリタテハなんか来ないかなぁ。
ルリタテハを見かけたような気もするんですけれどねぇ。
気付いてくれないのかなぁ。

ササグモ

0929_4sasagumo1 9月29日
ササグモの少女というか青年。
どういうポイントなのかうまく言葉に表現できないのですが、あどけなさ・幼さを残している、のですよね。
迫力がない。
0929_4sasagumo2
こちらは大人。オスかな。
なんというか、力感が違うでしょ。

虫(いやクモ)に対して「あどけなさ」とか「おさなさ」とかいう言葉を使うのは変かなぁ。
いかがです?

2010年10月 6日 (水)

カネタタキ

0929_3kanetataki1 9月29日
アジサイの葉の間に褐色のものが見えます。
私のパターン認識に「虫!」として引っかかりました。
何だろう、誰が潜りこんでいるんだ?
0929_3kanetataki2
そ~っと、驚かさないように、開いてみると、カネタタキ。
メスですね。
オスには短い翅がある。
見つかっちゃった、という目つきですね。
0929_3kanetataki3
触角は長すぎるので、はみ出させて、体をちゃんと見るとこうです。
0929_3kanetataki4
産卵管が見えます。
ここから産卵するわけです。

2mくらい離れているかな、というあたりから、オスの、ちっちっという鳴き声が聞こえていました。
それを聞いて、近寄っていって、交尾へと。
邪魔しちゃいけない。
静かに手を放して、その場を離れました。

鹿肉

9月14日付「鹿肉」というタイトルで崩彦俳歌倉の記事を書きました。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-76de.html

歌は9月12日付
鹿肉をドイツの婿が切り分けしゾーリンゲンのナイフの切れ味:(長野県)沓掛喜久男
 高野公彦 評:婿殿が持参したドイツ製ナイフの見事な切れ味に感嘆。

そこで私が書いたことは

ナイフ「さばき」も重要なのではないかなぁ。
現在の日本人はナイフで肉をさばく技は持っていないでしょ。
ドイツ人の婿のみごとな手さばき。
彼我の食文化の違いを改めて認識し、そのようなナイフさばきの出来る夫を得た娘の目の確かさを褒めているのではないかなぁ、と思うのです。

と。
さて、2,3日前、朝のNHKのテレビを切り替えていたら、語学番組の終わりをちらっと見ました。10~15秒くらいのシーンでしたが。
お客様を呼んで食事のおもてなしをしている。
お客様は食べ、飲み、にぎやかに会話を楽しんでいる。
カメラがちょっと引くと、おもてなしの主人が肉を切り分けてサーヴしている。
食事用のナイフではなく、刃のするどいナイフ、そしてフォークを巧みに使って、立ったまま、お客様に肉を切り分けているんですね。

それを見た瞬間、この歌を思いだしたんですよ。
そうかぁ、客のもてなしは主人の仕事だったんだ。

妻の故郷へ来て、ある意味では客なのだけれど、家族で囲む食卓で、お婿さんが「主人」をきちんとやったんですね。ゾーリンゲンのナイフで鹿肉を切り分け、みんなにサーヴしたんでしょう。
娘夫婦にもてなされる親って、いいですよね。
堂々と「主人」としてふるまうお婿さんを目を細めながら眺めて、娘夫婦が作っていく家庭の多幸を深く感じとったのでしょう。

読みこみ過ぎですか?

威し銃

2010.10.4付 朝日俳壇より
威し銃忘れた頃におどろかす:(箕面市)菖蒲哲郎

「威し銃」は「おどしづつ」ですかね。
今はどのような装置がつかわれているのか知らないのですが、昔、私がちょっぴり教えてもらった威し銃は、竹筒とカーバイドを使うものでしたね。

竹筒の節の所に穴が開けておく。
カーバイドのかけらに水をかけてアセチレンを発生させながら竹筒をかぶせる。
アセチレンだけが出てくるころ、節の穴に火をつける。
火はしばらく炎として燃えるけれど、アセチレンの発生が遅くなると、竹筒の中に炎が引きこまれて爆発する。
ドカン。

というものです。
火をつけてから、ドカンまで、ある程度の時間がかかり、しかもその時間はコントロールできないので、「忘れた頃に」ドカンときて、仕掛けた方もびっくりする、というものでした。

◆実は、中学校から高校へ異動したときに、先輩教員から伝授してもらった水素の爆発装置というのが、アセチレンの威し銃の原理と同じだったんです。
Dokan
大雑把にこういう装置です。ポリエチレンの洗瓶のそこをくりぬきます。
洗瓶の管が通っていた部分にガラス管を通すのですが、そのガラス管はゴム栓を貫いており、ゴム栓は洗瓶の口とぴったり。さらに、洗瓶のキャップでゴム栓とガラス管を締め固定します。ポリエチレンは爆発の内圧には十分耐えます。ゴム栓もネジで固定されていますから吹っ飛びません。
さて、水上置換で、洗瓶の中に純粋な水素を貯めてから、そっと持ち上げて洗瓶の首のところでスタンドに固定します。
そして、ガラス管の口に火をつける。

水素は軽いですからガラス管から上へ噴き上がってきて、初めのうち安定した炎を形成して燃えます。
上で消費された水素の分は下から空気が入り込みます。
そのうち、洗瓶の中に残っている水素と、入り込んだ空気の中の酸素の割合が、爆発できる範囲に近づくと、炎が不安定化します。
これは炎が「プ~ン」といううなり音を発することで分かります。
この音は高音から低音へ変化します。それだけ不安定度が増したということです。
やがて、不安定状態が大きくなり、炎がガラス管の中へ引き込まれそうになっては立ち上がり、また吸い込まれては立ち上がり、ということを3,4回繰り返してから・・・
ついに、洗瓶内の水素全体が爆発します。

どかん

すごいですよ~。
事故でも起こしたのか、と先生方が見に来たりしますからね。

この、炎が不安定化してから爆発まで、のタイミングが微妙でしてね。10年以上この実験やりましたが、いつもやはり緊張しましたっけ。

螇蚸

2010.10.4付 朝日俳壇より
よこがほの風を見ている螇蚸(ばった)かな:(名古屋市)茶谷滋夫

読めました?「螇蚸」。
音読みでは「けいれき」ですか?
参ったな。
飛蝗は知ってましたけど。

俳句界の業界用語ですね。
言葉は通じることに意味があるので、特別な意味を運ばせているのでない限りポピュラーな言葉を使うべきだと私は思います。

この句を
よこがほの風を見ている飛蝗かな
よこがほの風を見ているばったかな
に変えても、風情に変わりはないと思うのですが。
「螇蚸」という字を使う強い必然性を感じとることができなくて申し訳ないことです。

秋の風を受けながら草の上で揺れているバッタ。
季語「飛蝗」に季節を感じるよりも、「風」のほうに季節を感じますね。。

漢字検定なんか通りそうにないなぁ、私。

星月夜

2010.10.4付 朝日俳壇より
星月夜死を受容るゝ静かな目:(大津市)王仁曄文
 長谷川櫂評:星空そのものが目であるような、静かで深いまなざし。「末期癌を告知されし後」とある。

言葉はありません。

ただ、ひとつ思うのは、なぜ人はぎらつくような眼差しをしているのだろう?という逆の視点です。
人は生まれた瞬間にすでに死の告知を受けたのです。
生きるとは、生まれてから死ぬまでの時間のことです。
まるで、いくらでも生きられるような、医療が発展したらいくらでも寿命が延びるような、そんな錯覚にとらわれてませんか。
科学が進歩し、医療が進歩して、かえって苦痛や苦悩が増大しているのではありませんか?

原点に戻りませんか。
私たちはすべて、死の告知を受けた存在です。

いぼむしり

2010.10.4付 朝日俳壇より
目の玉の中に顔ありいぼむしり:(枚方市)山岡冬岳
 長谷川櫂評:目の玉の中に顔がある。カマキリといえど、そんな顔はしていないのだが、そういえばそんな顔である、言葉の幻術。

いや、全然知りませんでしたね、カマキリのことを「いぼむしり」とは。

いぼ‐むしり【疣毟り】
(この虫でいぼを撫でれば、なくなるとの俗説から) カマキリの異称。いぼうじり。
いぼ‐め【疣目】[広辞苑第五版]

「蟷螂」が秋の季語ですから、一応「いぼむしり」も秋の季語ということになるんでしょう。
不自由ですね。
5月頃、生まれたてのカマキリの可愛さは詠めませんか。
夏の食欲旺盛で圧倒的な力を誇示するカマキリは詠めませんか。
産卵を済ませ、乏しい餌の虫を衰えた力で狩る、冬に入ろうというカマキリは詠めませんか。
「季違(たが)い」ですか。

カマキリの顔は複眼が大きい。「幻術」ということでもないですよ。「いぼむしり」がカマキリであることが分かってしまえば、そう難解な句ではない。
あの、ギョロっとした目と目が合ってしまった。何か用か?とでも言いたげなあの目つき。いえいえ、失礼しました、と言いたくなります。
カマキリの目は激しい。

ところで、人間界では3Dとかいって、両眼視差を利用した立体視がはやろうとしてますね。
実はカマキリは、あの二つの大きな複眼で「立体視」をしているのです。両眼視差を利用してね。
エサまでの距離を正確に測って、カマの到達距離内に入ったかどうか視覚で判断しているのです。
ときどき、カマキリがエサの昆虫のほうを見ながら、体を左右に振っていることがありますね。あれは、両眼立体視だけでは距離が巧く測れない時に、目の位置を左右にずらして、視差を作って距離を測っているのです。
カマキリの目の前にプリズムをうまく置いて、両眼視差を狂わせるんですね。そうすると、そのずれてしまった位置に向かってカマを伸ばすんですよ。
カマキリ用のプリズム眼鏡なんか作った研究者もいるんですねぇ。すごいですね。何の役に立つかと聞かれても、まあ、何の役にも立たないけれど、人間の好奇心の奥深さの方にも興奮しますね。カマキリの視界にもわくわくしますけれど。

{カマキリさん用の3Dテレビでも作りますかね。実用的だなぁ。役に立つ。}

敬老日

2010.10.4付 朝日俳壇より
まんぢゆうが来て確認が来て敬老日:(寝屋川市)石桁正士
 金子兜太評:「確認」が現在唯今。

饅頭が来たのは、敬老の日のお祝いの品でしょうね。
で、「確認」というのは例の「高齢者所在不明問題」を受けての、所在確認、生存確認でしょうかね。
御時勢だなぁ、と苦笑いしておられますな。
生きてますよ、ここにいますよ、っと。
死んじゃったら朝日俳壇に投稿なんてしませんって。

まったく。妙な御時勢です。

虫時雨

2010.10.4付 朝日俳壇より
木星と交信している虫時雨:(姫路市)西村正子

大きく出ましたね。木星と交信ですか。
火星でもなく、金星でもなく、土星でもない。そのあたりが微妙なバランス感覚ですね。

「イトカワと」ではマニアックですか?
小惑星イトカワ。そこにタッチダウンして帰還したハヤブサ。
うちのハヤブサがね、お宅の砂を持って地球に帰ってきたんですよ、なんて、虫さんたちがイトカワに知らせてたりして。

なんだか、いろいろ想像してしまった。隣の銀河系ではどうかなぁ、とかね。

稲妻

2010.10.4付 朝日俳壇より
稲妻の秒を数える理科教師:(東京都)三木裕
 金子兜太評:理科教師だから、という感じで、さすが、といった驚きではない。そのあたりの落ち着いた味わい。

「さすがぁ理科教師」なんじゃないですか。いちいち雷の距離なんて考えるのかね、とあきれられたり。「落ち着いた味わい」というのが腑に落ちていません。

◆ところで、音速は1秒間に約340m。
300mあるいは0.3kmでもいいですよ。どうせ時間測定のほうが「勘」なんだから。
で、ピカっと光った瞬間にゼロとつぶやき、そこから、「いち、に、さん、・・・」とカウントします。
で、ゴロゴロとくるまで何秒かかったかを測る。T秒。
で、0.3×Tkmのあたりで雷が光ったわけですね。
近づいてくるのか、遠ざかっていくのか、いまどの辺りでピカピカやってるのか、そんなことが推測できます。

小学生の頃にこの原理を知って、以来、雷雨になれば必ず反射的にカウントとってますね。
理科少年時代からなんですね。

「稲妻が見え、雷鳴が聞こえるうちは生きているんだから安心して自然のショーを楽しめばいい」という話をどこかで読んで、もう、頭っから納得してしまって、以来、雷さんを楽しんでいます。

間引菜

2010.10.4付 朝日俳壇より
間引菜といふ一計を以つて蒔く:(桐生市)杉戸乃ぼる
 稲畑汀子評:この一計はすき間なく蒔いたあと、育った菜を間引いて使う心積もりなのである。先を読んでしっかり種を蒔いておく、配慮が生活の中にいきづいている佳句。

「先を読んでしっかり種を蒔いておく、配慮が生活の中にいきづいている」
そういえばそうなんですけれど。
でも、そういうふうに、綿密に先読みした配慮、とは私は受け取りませんでした。
「一計」を案じてなんて大げさな言葉で軽く遊んでいる。

これ、「遊び心」でしょ。
間引きついでにちょいと食べちゃえ、という、ちょっと得したぞ、みたいな。
そのほうが「俳味」があると思いましたが。

かかし評:「遊び心が生活の中にちょこっとゆるさをもたらす。生活を楽しむ達人である。」

曼珠沙華

2010.10.4付 朝日俳壇より
曼珠沙華空をつかんで咲きにけり:(草津市)井上次雄
 大串章評:色あざやかに曼珠沙華が咲いている。「空をつかんで」が、長い茎と輪状の花を彷彿させる。

Higanbana
線路際、それも線路の側に咲いているヒガンバナなので、句のイメージのような、「空へ」という撮り方はできませんでした。
でも、オシベが湾曲して、全体として空へ掌を開いて伸ばすような、「空をつかむ」ようなイメージを表現したいと思いました。

私がこの句でイメージしたのは、このオシベの湾曲なんです。これに空を「つかむ」という表現を与えたのが鮮烈だ、と感じました。
選者の「長い茎と輪状の花」という表現は、このオシベの湾曲をつかみ取っていない、と私には思われます。

蛇足ですが「彷彿」について。
私の貧弱な語感では「彷彿させる」という言い方にざらつきを覚えました。
「彷彿とさせる」のほうが座りがいいなぁ。もちろん間違いというわけではありません。

遅刻

2010.10.4付 朝日歌壇より
研修に遅刻の生徒がせかせかと座席について居眠りをする:(さいたま市)黛 衛和

なんというか、笑ってしまいましたね。「おおもの」とでもいうべきですか。
研修だそうですから、欠席は許されないんでしょうが、遅刻してきて寝てしまうくらいなら、出席しない方がいいですよ。

教員の現役時代、生徒に口うるさく言ったのは、「遅刻は欠席より悪質だ」ということです。
社会に出たって、欠勤なら対処のしようがある、でも、来るのか来ないのか、いつ来るのか分からなくては対処のしようがない、あてにならない人間には仕事をさせるわけにはいきませんものね。

遅刻しても、授業を聞けなかったという損失を被るのは本人なんだからいいじゃないか、という論理もあります。
ちがうんだなぁ。授業というのは生き物なんですよ。始業のあいさつに始まって、ざわつきのなか導入を始め、気持ちがこちらに向いてきたなというところで本論に踏み込み、一気に盛り上げていく。そのために、色々な仕掛けを授業の中につくり、(理科ですから)物を持ちこんでいく。
ある生徒は、先生っていっつも楽しそうだったね、といってくれました。
そう、授業に作った仕掛けをどのように生徒にぶつけていくのか、こんな楽しい作業はありません。全ての授業にそういう仕掛けを仕込むことを目指しました。
そうして、授業の終わりへ向かって仕上げに入る。最後は理科通信など配って、ちょっぴり遊んで終了。
一連の流れの中の「いきもの」なんです、授業って。
ですから、2度と同じ授業なんてできないんです。
全ての生き物は個性的なんですから。
授業は生徒と教師の共同作業で作るものなんです。

遅刻はいけません。流れを断ち切る。
授業が死んでしまう。
遅刻者の処理をして、再度授業に立ち戻っても、さっきと同じ気持ちにはもう戻れないんです。ものすごく心的な努力がいるんです、授業再開には。
「頼むからおれたちの授業を殺さないでくれ。授業は生き物なんだから」と、何度説教したのやら。
授業が死んでしまっては、クラス全員が迷惑をこうむるのです。遅刻者本人だけの問題ではないのです。

とほ、学校の授業ではなく、「研修」にまで遅刻・居眠りですか。
やってらんないですね。
いやはや。

乳しぼり体験

2010.10.4付 朝日歌壇より
四つ足をふんばり牛は拒絶する遠足の子らの乳しぼり体験:(須賀川市)中山孤道

そうだろうなぁ、嫌がるでしょう。
ベテランの飼育者と、声を掛け合ったりしながらコミュニケーションしながらの乳しぼりなら牛も気持ち良いでしょうけれどね。
子らにとっては貴重な体験なんですが、動物にとっては強いストレスがかかると思います。
声は大きいし、加減というものを知らないし、ファンタジックに心が通じ合うと頭から信じこんでいて、善意がそのまま通じると思いこんでいる、これは動物側にはストレスです。

哺乳類のようなはっきりと「心」を持つ動物との触れ合いは、十分な配慮のもとになされるべきですね。
昆虫なんかはあまり配慮しなくていいです。
私らのような慣れてしまった人間にはそれなりの付き合い方の配慮というのもあるんですが、子らにそれを要求することはない。
うっかり死なせてしまっても、いいんです、しかたない。
昆虫との触れ合いなどから生きものとのつきあいを始めるのがいいと思いますよ。
生死に触れることもできる。繁殖に触れることもできる。
慣れてくれば、虫を興奮させない技のようなものも分かってくる。
その上で、哺乳類へ進めば、「相手への思いやり」「配慮」というものも充分に育つのではないかなぁ。

しおから

2010.10.4付 朝日歌壇より
秋あつし露も結ばぬ萩の下 蟻は粛々と塩辛蜻蛉(しおから)を曳く:(岐阜県)棚橋久子

アリって本当に働き者ですね。
昔はもっと「目」が地面に近かったせいか、セミの翅を運ぶアリ、チョウを運ぶアリなど、大物を引っ張っていく姿をよく見ましたが、この頃大物運びをあまり見ていません。
1匹で何とかなるようなものを運んでいる姿を足元によく見かけます。
運んで行った大物は、巣穴にそのままでは入りませんので、解体作業をしていましたね。
小型の昆虫の翅を引きずりこんで行くのを見たことはありますが、あれ、食料になるのでしょうか?
カマキリなんかは、セミやトンボやチョウを捕まえると、翅を切り離して捨ててしまいますけどね。

地面の下、深くは意外と涼しいのでしょう。とは思うけれど、直射日光に焼かれたら地面直下は熱いでしょうねぇ。

アリだって生物の遺骸を分解して土にかえしていく仕事を生態系の中で分担しているのですから、嫌わないでくださいね。

カラスアゲハ

2010.10.4付 朝日歌壇より
猛暑日に赤手蟹這う湧き水にカラスアゲハの群れて水吸う:(四万十市)島村宣揚

うらやまし~い。カラスアゲハが群れるんですか、いいなぁ。
クロアゲハの真っ黒と違って、青緑の輝きが加わった黒、最近見ないなぁ。
あれ飼育したい!あこがれてしまいます。
チョウの吸水には無機イオンを摂取するとか、いろいろな理由が言われていていますが、体温を下げる効果があるのではないか、というのもあります。
水を吸いながら排泄したりして、体温を下げているのかもしれません。
暑い日でしたものね。

実はアカテガニは見たことがないですね。私が見たことのある淡水性のカニはサワガニだけです。
母の実家のそばに小さな滝があって、子どものころ、その清流でサワガニをとりましたね。ヤゴとかその他、いろいろ捕まえてきて、タライの水に放し、水中眼鏡(当時はゴーグルなんて言葉はなかった。ワッパともいいましたね)をつけて、水の中に顔を突っ込んで、目の前に迫る姿を楽しんだりして遊んだものです。

いいかんきょうですねぇ。うらやましいな。

蜘蛛

2010.10.4付 朝日歌壇より
片足を無くした蜘蛛が巣を張りて嫌いだけれどそっと見に行く:(大阪府)村上まどか

嫌いなんだけれどやっぱり気になる、というお気持ち、おそらくそういう感覚が「生物多様性」を保っていくために必要なんだと思います。

嫌いなんですから、距離を保って、あまり近づかずにいる、ということは正しい、責められるようなことでは全くない。好きになるべきだなんてことも一切ない。
でも、一生懸命生きているのに、けがをしてしまっている、元気に生きていけるんだろうかと気になり心配になる。
生きものとして、けがをした生きものがいれば、気にかかる、自然な心の働きです。
その心の働きが、色々な生き物たちが、関係性を保ちながら一緒に生きていくという環境を作り出していくのだと思います。
そのお気持ちを大切になさってください。

余計な一言を。日本で危険なクモなんてほとんどいません。蚊ほどにも害はない。蚊やハエを食べるし、ゴキブリも食べるし(アシダカグモ)、益虫(クモは昆虫ではないのですが)なんですよ~。
少しだけ、好きという方へ気持ちをシフトしていただけると、実はもっと嬉しい。ナイショ、ないしょ。

2010年10月 5日 (火)

目黒のサンマ

2010.10.4付 朝日歌壇より
絶やさじと送りてくれし心意気目黒のサンマは宮古の秋刀魚:(奥州市)大松澤武哉

え~、ちょっと経緯の説明が必要でしょうかね。
目黒のサンマ祭りは、落語に由来するのはいいとして。

9月5日には(朝日新聞から)

 東京都品川区の目黒駅前商店街では5日、「目黒のさんま祭り」があった。約7千匹が無料で振る舞われた。
 15回目となるこの祭りには例年、岩手県宮古市のサンマが無償提供されている。しかし、今年は不漁。同市によると、昨年のこの時期の水揚げ量は800トンを超えていたが、今年はまだ37トン。市は祭りのために7千匹を確保し、東京に運んだ。駆けつけた山本正徳市長(55)は「ぎりぎりまで気をもんだが、ホッとしている。今年のサンマは例年より貴重なサンマです」。

で、冒頭の歌は「宮古の秋刀魚」ですから、この「品川区の目黒駅前商店街」でのお祭りなんですね。
実は「目黒駅」は目黒区にはなくて品川区にあるんですね。で、目黒のサンマ祭りが品川で行われるのです。
ところが、やっぱり目黒もやりたい。同じく15回目になる目黒での目黒のサンマ祭りもあったのです。
そっちは、9月19日。午前10時から、目黒区の田道(でんどう)広場公園で「さんま祭」がおこなわれました。このさんま祭には、気仙沼からサンマ5千匹以上とともに、バス3台で100人以上の市民が駆けつけて、サンマを焼いたのだそうです。
こちも15回目。
要するに同じ年に、目黒側と品川側で一緒にサンマ祭りが開かれるようになったのでした。

なかなかに、ややこしいくておいしいお祭りなのです。

月見

2010.10.4付 朝日歌壇より
法要を済ませし僧がおもむろに一座を月見の席に変えたり:(神戸市)内藤三男

経をあげるだけが法要というわけでもなし。
自在、というのがキーですよね。
僧侶というものは硬直してはいけません。
その時々の状況に応じて、心のあり方について自在に語れるようでありたい。
執着を離れて、心を自在な境地に解き放てば諸々の苦は消えますよ、と語るのが仏教でしょう。
名月の教えを語るも法要。
僧の境地が見えます。

残暑

2010.10.4付 朝日歌壇より
突っぱって残暑あるいてゆく影は痩せてとがったわが肩である:(八王子市)相原法則
 馬場あき子評:残暑厳しい白昼をゆく感銘。こんな時、突っぱるのは禁物だが痩せてとがった「われ」を発見したのがいい。

どうして「突っぱるのは禁物」なのでしょうか?
ここでいう残暑とは、8月の立秋過ぎてのあの猛暑日の連続のことでしょう。
突っ張って、気張っていかなければ、命にかかわるという暑さでした。
そよ風を肌に感じる残暑なら、突っ張らずに、優しい気持ちで、ともなるでしょうが、違うと思うなぁ。
死ぬまいぞ、と肩怒らせて歩きつつ、影を見れば、瘦せてとがった肩よなぁ。
分厚い胸の時代はもうここにはない。
年を重ねた身には酷な残暑であった、と。

亡き妻

2010.10.4付 朝日歌壇より
永田和宏氏が選んだ十首の最後の一首が河野裕子氏を悼む歌でした。
私は敢えて、河野氏を悼む歌を取り上げていません。私自身は何もを言うことができないからです。
ですが、今回のその十首目の歌に、永田氏が評の形で、気持ちを表されましたのでご紹介します。

永田和宏評:ありがとう。拙作「亡き妻などとだうして言へやうてのひらが覚えてゐるよきみのてのひら

永田氏は私よりちょうど1歳年上。同世代といっていいでしょう。
世代感覚を共有するものとして、深く心にしみる歌です。

以前原爆の話を書いた時。
親しきものの存在を確認したい時、人は腕の内側に「抱きしめ」、掌に「握りしめ」、それすらかなわぬ極限状況では、骨を口にせざるを得ないことすらあるのだろう、というようなことを私は書きました。
林 幸子さんの「ヒロシマの空」という詩でした。

・・・
お母ちゃんの骨は  口に入れると
さみしい味がする
・・・

両腕を失った人における「抱きしめる」「握りしめる」という言葉の意味は、腕を持つ者の言葉とは違った意味をはらみうる。
言語とは、概念とは、身体に拘束されるものだ、というようなことも言ったかなぁ。

永田氏は「てのひら」の記憶を詠われました。それは温もりであり、湿り気であり、病と闘うもののやつれであり、人生を共に生きてきた全時間を共有する「配偶者」の総体です。

凄い歌をうみだされました。日常と非日常の瀬戸際に立ったことのあるものにしか見えないものを、見てこられました。

君との秋

2010.10.4付 朝日歌壇より
土曜日は稲刈だから会えなくて君との秋が始まっている:(京都市)敷田八千代

実は、歌の情景を描き切れずにいます。
激しい夏が終わると、肌にそよ風を感じるようになる。
それは人間関係にも吹く風なのでしょうか?
それとも、新しい成熟の秋への予感なのでしょうか?

歌集のような流れの中で味わいたい歌だと感じます。

何某の妻

2010.10.4付 朝日歌壇より
秋の日の空を見ている何某の妻だったとは五年前まで:(ドイツ)西田リーバウ望東子
{永田和宏、馬場あき子 選}
馬場あき子評:夫を亡くして五年目の哀しみをさりげなく秋天の青に寄せる。

誰誰の妻、誰誰夫人という呼び方は女性に対するある種の差別でもあるわけですが、一方で、配偶者との関係性の表現でもあるわけですね。
今は、その関係性が消えている。そういう実感に襲われたのですね。
突然、さびしかった。
秋の空はさびしい。
なんだか突き抜けてしまう。

血管

2010.10.4付 朝日歌壇より
血管をつなぐと十万キロになるわれらの身体彼岸花咲く:(茨木市)瀬川幸子
 永田和宏評:そう、血管の総延長は地球を二周半。我々の身体には驚くべき数字が隠れる。因みに一人の全細胞を一列に並べると地球を十五周。

永田さんらしい評です。永田さんは生物学者。
ヒトの体は60兆もの細胞でできているとか、一つの細胞に2mくらいの長さのDNAが入っているとか、いろいろありますね。生物の授業で関心を引き起こす導入に使いましたっけ。

ところで、血管と彼岸花。

ですか。
赤い彼岸花を眺めていて、体内を巡る血管を想起されたのかな?
鮮烈なイメージですね。

青虫

2010.10.4付 朝日歌壇より
青虫をためらいもなくつぶしたり農婦となりて四度目の夏:(兵庫県)高垣裕子

タフになられました。
決して残酷なことではありません。
虫を見て、腰が引けてしまうよりはずっと虫たちと緊密な関係に入られた。
生物多様性と「唱える」だけではダメです。
自分で生きものたちと関わらなければいけません。
「農」というものは必ずしも「自然に優しい」ものではない。自然からの収奪でもありますが、でも、何といっても「生きものと」かかわらずにできる営みではない。

青虫をつぶす、それは相手の存在を認めることでもあるはずです。

こぼすもの

2010.10.4付 朝日歌壇より
こぼすものなきやう耳も目も閉ぢて電車に揺れる観劇のあと:(和泉市)星田美紀

「観劇」ですか。
想像しすぎかもしれませんが。
作者は子育て中。観劇というのは久しぶりだったのでは?
観劇という非日常的で濃密な時間から、日常の時間への復帰の途中でいらっしゃる、と読みました。

征爾

2010.10.4付 朝日歌壇より
がん乗り越えし征爾より流るる滴チャイコフスキー弦楽セレナーデ:(上田市)竹中透
 高野公彦評:注に「サイトウ・キネン・フェスティバル松本において」。美しい音楽を「滴」と言ったのが見事。

ニュースで見ました。
無粋者のかかし。オーケストラにおける指揮者の働きがよくわかっていない。
楽団員と一緒に、曲の解釈、演奏の仕方など、そういうところを、事前に丹念に打ち合わせて、相互に理解して、練習して、そして本番で指揮者の個性が際立って出てくるのですよね。(多分)。
あまり事前の練習・打ち合わせも、できずに、その時、指揮台に立っただけで、指揮者の個性が明示できるものなのですか?

とても失礼なものいいですが、「征爾」というレッテルで音楽を聞いていませんか?
がん治療直後の「征爾」の指揮を聞いた。感動した。
それは征爾と楽団員が産み出した音楽への感動ですか?
腰痛をこらえて何とかしばらくの間立って指揮をしたという「感動話」への「感動」ですか?

無理しないでください。充分に療養して、腰の筋力をつけて、充分な体力を以て、指揮して下さい。
あれって、すごく腰や腕や肩や、使う肉体労働でしょ。
万全の状態に体を仕上げてから指揮をするのが、鑑賞者への礼儀でもあるだろう、と私は思うんですよ。

もう一つ、「がんを乗り越える」という言い方が好きではないのです。
がんは身の内。自分の細胞・組織がコントロールを失ってしまうのですから、病気ともいえない。長く生きていくということの一つ必然的な結果です。
さしあたって、がんを取り除ける分は取り除いて、残っているかもしれないがんの活動は抑え込んで、がんと共に生きていくしかないでしょう。

無理せず。頑張らないで。ゆっくりどうぞ。

自分のことを言うのはなんですが、私は教壇に立つ「腰力」を失って退職しました。
生徒への責任です。

秋刀魚

2010.10.4付 朝日歌壇より
秋刀魚ほどうんめえ肴はあるめえな芋焼酎でまづ腸(はらわた):(長野県)沓掛喜久男
 高野公彦評:これはまた旨そうな歌。

おいしそうですね。
つきものというんですか、秋刀魚には大根おろし、とかいうの。
私らしいところですが、それに反発していましてね。
別にあってもなくても大差なし。
肝心なのは、秋刀魚に脂がのっていて旨いか、でしょ。
つきもの、というのも一種のレッテルだと私は思っているんですね。
レッテルをはがして、その「中味」を自分自身の力で味わいませんか?
と、逆らうかかしは思うわけです。

苦みのある内臓は「大人の味」ですね。お子様には手が出ない。
うらやましそうに見る子をほっぽり出して大人の食事をするのも悪くない。
僕だって大人になったらあれを食べるんだ、とあこがれさせるのがいい。
大人はガキとは違うんだ、ということを見せつけることが、最近の御時勢ではなくなってしまって。
ガキ様を持ち上げ過ぎです。

ところで、私としては「まづ」にしたい感じがします。
で、「づ」も口をほとんど開かず動かさずに。
秋田方言的になりますかね。

オンブバッタ

0929_2onbubatta1 9月29日
オンブバッタがオンブ。
今回はオスの体が斜めですね。これは多分交尾中。メスの体の右からオスが腹部を曲げて交尾しているという姿勢です。
邪魔にならないようにそ~っと腹側に回り込んでみたら
0929_2onbubatta2
やはり交尾成立です。
よかったね。
これで来年に命がつなげるね。

昆虫にとって交尾とは成し遂げるべき最大の課題ですから、私はさっさと退散しました。
万が一にもここで邪魔してしまっては申し訳ない。
次はメスの産卵が大仕事ですね。
順調にいきますように。

アゲハ幼虫

0928_3ageha1 9月28日
激烈な夏がやっと去っていき、ほっとしたら、ミカンの木にやたらとアゲハの卵や幼虫が見つかります。
孵化して間もない一齢幼虫のウンチはまるで砂粒。
上の写真の幼虫は一齢ですが大分大きくなってきたので、ウンチも成長してきました。
0928_3ageha2
齢があがると、ウンチも大きくなります。
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小さな幼虫は小さなウンチ、大きな幼虫は大きなウンチ。
みんなウンチ。
終齢幼虫なんかウンチの直径が4mmくらいはあるかなぁ。
でかいです。
バリバリ音を立てて食べて、コロンとウンチをします。

生きるということは、みんなウンチ。
五味太郎さんの「みんなうんち」。1981年ですかね。福音館の絵本で子らと一緒に読みましたよ。
一種の悟りが開けましたね。

どうぶつ みな うんち。

深遠な真理ですね。
動物の種がどうのこうのとか、人間の偉いとか何となんかも全く関係なし。
みんなうんち、に違いはない。平等なことです。

立派なウンチをいっぱいして立派なチョウになりますように。
楽しい日々です。

たまちゃんバス

0928_1tamachan 9月28日
所用で車を走らせていたら、ちょうどたまちゃんバスの横で信号停止しました。
コンパクトデジカメでパチリ。
以前、車の後ろについたたまちゃんバスの前面の写真を載せたことがありましたね。
今回はバスの右横です。

たまちゃんというのは、2002年に多摩川に現れたオスのアゴヒゲアザラシのことです。
丸子橋の近くでした。我が家からも遠くはないのですが、特に見に行くことはしませんでした。
多摩川を下っては別の川を上り、というよなことを繰り返したのですが、まるで東横線に乗って移動しているような現れ方でした。
今でも、東急多摩川駅ではたまちゃんパンを売っていると思います。神戸屋さんかな。
「たまちゃんパン」で検索してみてください。

たまちゃんは丸子橋付近に現れたので、たまちゃんバスも多摩川駅付近まで走ってくれると私も乗りに行きやすいのですが、なかなかたまちゃんバスに乗るチャンスはありません。
残念です。

アダンソンハエトリ

0927adanson1 9月27日
アダンソンハエトリが部屋の中を歩いていましたので、記念撮影。
これはオスです。
メスは褐色であまり目立った模様はありません。
0927adanson2
顔の前の白い触肢をちょこちょこと動かす動作が可愛らしいです。
室内で何を捕えるのでしょう?あまりエサが豊富とも思えないけれど、頑張って生きていってください。殺虫剤がまかれることはまずないので、そこは心配しなくていいですよ。

ヒキガエル

0926_6hikigaeru 9月26日
庭に立っていましたら、ガサゴソと音がする。
家の裏の枯れ葉の積み上がった場所では、よくハトが歩きながら枯れ葉を掻き分けるので、最初のころは何だろう?人が侵入してきたか?と緊張したものです。
ですが、ここはハトが枯れ葉を掻き分ける場所じゃない。ひょいと覗いてもハトがいるわけでもない。

でも、やっぱり、がさっと音がする。
何だろう?と思って一生懸命回り込んで石の陰を見たら、ヒキガエルがいました。
これ、絶対我が家の池でオタマジャクシから大人になったやつですよ。
堂々とした大人になってますね。嬉しいことです。

でも、この庭には猫が2,3匹出入りしますし、家の周囲のどこかには確実にアオダイショウもいますし。
ヒキガエルにとって、楽園とは言いにくいでしょうね。
頑張って生き延びてね。
可能なら春に卵を産んでほしいな。
と、そっとその場を離れたのでした。

マエキヒメシャク

0926_5maekihimesyaku1 9月26日
玄関ドアを開けたら、ドアと枠のすきまに白いもの。
なんだ?とみれば、薄ぺったいガです。
姿はシャクガ。
よくまあ、つぶれもせずに、そんなところにいたものです。
マエキヒメシャクだと思うんですが
0926_5maekihimesyaku2
意識して前方から撮ってみました。
マエキというのは「前黄」だと思うんですよね。
翅の前縁が黄色いとかあるんじゃないかと思ったのですが、あまりはっきりしませんね。
それとも、腹側かなぁ、よくわかりません。

ホントに平たいのです。びっくりしました。

ハロウィン

0926_2kabotya 9月26日
おばけカボチャです。
26日の日曜に、プールへ泳ぎに行ったら、受付のカウンターに置いてありました。
隣接する商店街の催しで、ここに置いてもらえないか、と頼まれたらしいです。
長年(20年を超えて)このプールに来ていますが、初めてのこと。
写真撮っていいですか?と承諾を得て撮影しました。

1003pumpkin 10月3日
この日も腰は順調でまたプールへ。
あはっ、と笑ったら、ハロウィンモードになりました、と受付の方も笑っていました。
まだ1カ月ちかくありますが、しなびたりしないでしょうか。
まあこれだけ頑丈なカボチャだから大丈夫なんでしょうけれど。

何かとイベントを企画して商店街の活性化を図っているようです。
商店の方々も大変ですねぇ。

泳ぎに来た子どもたちには大うけでしたよ。

アオドウガネ

0926_1aodougane1 9月26日
フウセンカズラの茂っているところに、何やら黒い影。
これは昆虫がいる、と近づいてみれば、アオドウガネ。
0926_1aodougane2
フウセンカズラの葉を食べているところです。
やっぱりね、口に対して葉を縦にして両側から顎で噛みついていますよ。
これが自然ですよね。
人間が焼き鳥を食べる時は串を横にするでしょ、縦にしたら食べにくいですよね。
昆虫の口は左右に開く口ですから、葉を縦にするのが食べやすいはずなのです。
以前、オンブバッタが葉に穴をあける時に、いったいどうやって齧るんだ?といったのはこのことです。
0926_1aodougane3
アオドウガネ君の口元ばっかり見てしまった。
失礼しました。ゆっくりお召し上がりください。

2010年10月 4日 (月)

水滴

0925_8suiteki 9月25日
雨上がり。
普通水滴というと、葉の表面に半球形に盛りあがった形を見ることが多いのですが、今回は、2枚の葉の間にできた水滴。
表面張力で表面積を最小にしようとして、こういう形になるのです。
とくに左の形が印象的。

◆針金で輪を作り、取っ手をつけます。
Ring
こういうの。金魚すくいの紙を破ったようなもの。
これを2つ、石鹸水につけて、2つ合わせて引き上げ、空中でこの2つを引き離す。
うまくいくと、上の写真の左のような形になります。
せっけん膜が面積を最小にしようとするので、同じ形ができるのですね。
これ、飽きませんよ~。

ハナバチの仲間(ではないか)

0925_6hanabati 9月25日
ヒメハナバチの仲間ではないかと思っています。
ときどき見かけるかわいいハチなので、名前をちゃんと決めてあげたいのですが、わかりません。
どなたか、ハチに詳しい方いらっしゃいませんか?

イチモンジセセリ

0925_3itimonjiseseri1 9月25日
なんだかファンタジーの世界の住人になってきましたよ。
線路際の柵のところで、アサガオの葉や茎に虫でもいないかな、と眺めていたら、目の前にイチモンジセセリがパッと飛びこんで来て。
しおれた花にとまりました。
口吻を伸ばしていますので、それはおいしくないでしょ、と思わず声をかけてしまった。
そうしたら、すぐ右側の花に
0925_3itimonjiseseri2
えいやっと、頭から突っ込んで行きました。
君の口で届くの?と聞いたら、飛び去っていきました。きっと口吻を伸ばしたけど届かなかったんですよ。

わざわざ人の前にやってくるかよ、という気分。
虫が好く「かかし」になってしまったようですね。

2枚目の写真気に入っています。
鮮烈でしょ。蜜を吸うというより、光の井戸から光を吸いこんでいるようですね。
あるいは、そこから別の世界が見えるのかな、とかね。

キンモクセイ

1003kinmokusei 10月3日
昨日2日、我が家のキンモクセイが香り始めました。
香りで気づいて、それから花を見る、という順序ですね。
まだ花は開きかけです。

この日、車でスーパーに買い物に出かけて、窓を開けたまま走っていたら、キンモクセイの香りがあちこちで漂ってきました。
そういう季節になりましたね。

ミズヒキ

0925_2mizuhiki1 9月25日
ミズヒキの花が「満開」。
花弁とか萼とかの識別はよくわかりませんが、下の1枚が白くて、上3枚が赤。
オシベ・メシベはある程度分かりますね。
こういう写真は、相手が小さいからつらい。
真ん中で先端が二股になっているのがメシベです。
周囲の葯のあるのがオシベ、4,5本あるようです。
0925_2mizuhiki2
オシベが5本のように見えますが、違うかなぁ。

0925_2mizuhiki3
時たま「ゲージツ的」に撮ってみたくなるんですけどね。
手前と奥を焦点の外にして、撮ってみました。
写真家の写真って、どうして「芸術的」なんだろうなぁ?

ヒメハラナガツチバチ

0925_1himeharanagatutibati1 9月25日
ヒメハラナガツチバチだと思うんですが・・・。
よく見かけるのは、花、それも今だとフウセンカズラの花なんかです。
成虫のエネルギー源は蜜なんだろう、と思います。
で、今回出くわしたのはネコジャラシの穂のところでした。
ここは、蜜はないんじゃないか、と思うんですけどね。
0925_1himeharanagatutibati2
あれれ、と思っていたら、そばの葉っぱに移動。
う~む。花をさがして迷ってますかね。
アシナガバチのような「狩り」の行動ではないはずです。
ツチバチですから、地面に潜りこんで行って、コガネムシなんかの幼虫を探して卵をうみつけるはずなんです。
ということで、ちょっと道草を食っている、ヒメハラナガツチバチなのでした。

http://musisanpo.musikoi.main.jp/?eid=887458
ここに素敵な写真があります。
「夏子さん」という女性が書いておられるようです。
虫好きの女性がいると嬉しくなります。
妻も娘も、虫好きです。

コブシの実

0924h2_kobusi 9月24日
白山神社前の環八の舗道の街路樹。
まだ熟しきっていない実が落ちていました。
知らない人が見たらきっと不気味な物体に見えるでしょうね。

最近あちこちの神社などに参っても、鎮守の森という感じはなくなりましたね。
多少の植物はあっても、参詣者が「不快」にならないようにでしょうか、昆虫は徹底的に排除されている。夏の昼でも何となくひんやりした感じがする「森」ではなく、明るくオープンなすかすかの植栽しかない。
下草・雑草が生えることも排除される。
これでは虫は生きられませんね。
したがって、そういう虫を食べる鳥もまばら。鳥は羽があるから、飛んできてエサはないかと探しますんで、見かけはしますが、数は少ない。

昔、「かがくのとも」かな「おみやにいったらむしがいる」というのがあって、この絵本を携帯して神社に行くと本当にいろんな虫がいて、嬉しかったものです。
今は「おみやにいってもむしはいない」。
(我が家の場合)「おうちにかえるとむしがいる」
だもんなぁ。

南方熊楠さんは自然保護運動の先駆といわれますが、鎮守の森を守れ!とおっしゃいましたよ。その観点から神社合祀令に反対運動を起こしたのでした。
日本全国にあった鎮守の森、適度な距離離れて点々と存在する鎮守の森が、生物たちのネットワークを作り、翅のある昆虫、鳥などは鎮守の森を交流して栄えていたのです。
最近は「棚田」とか「里山」とかばっかりいってますが、「鎮守の森」も忘れてほしくないなぁ。

生物多様性とか「言葉」だけじゃダメなんで、「動植物微生物」ひっくるめて「いきものがうじゃうじゃいる」のが「いきものの多様性」でしょ。
嫌いな生き物がいてもいいです。でも、殲滅戦を仕掛けることはないでしょう。
いきものたちとのつきあい方、というものがあるんじゃないでしょうか。

なんだか、むなしい。

ホンサカキの実

0924h1_honsakaki 9月24日
白山神社のホンサカキの実が熟していました。
これを播こうとかいう気は全く起きませんが、いちおう、花もお目にかけたことですし、実が完熟したようですので、こうなりました、とご報告します。
萼が残った姿が独特なようです。

ジャンボ卵

2010.10.2付のアサヒコムで面白い記事を見かけました。

ギネスまであと一歩 重さ普通の3倍、ジャンボ卵発見
 滋賀県高島市安曇川町の坂下の農場の鶏舎で、重さ169グラムのジャンボ鶏卵が見つかった。普通サイズ(約60グラム)の約3倍の重さ。
 同農場では、元気な卵を採るため、鶏舎4棟で各200羽を自由に動き回らせる「平飼い」にしている。坂下さんが先月29日夕、うち1棟のえさ箱の中で見つけた。
 「ギネス級では」とインターネットで調べたが、あとわずか重さが足りなかった。規格外で、出荷も出来ない。「食べるしかないですね」と坂下さん。

Bigegg

こういうお話です。
理科おじさんとしてはすぐ考える。
球の、半径でも直径でも、長さスケールが2倍になると、体積は2の3乗倍になります。長さスケールが3倍なら体積は3の3乗倍です。
これは球に限った話ではなく、立体が相似形のまま長さスケールがa倍になると、体積はaの3乗倍になるのです。

さて、ここに載せた写真は、著作権のこともありましょうから、カラーをグレースケールに変換し、小さくしてあります。くれぐれもこの写真で商売なんかしないでください(無理でしょうけど)。

元の写真で小さな卵の長径を測ると4.2cm、大きい方の卵の長径は5.8cmありました。
ですから長さスケールが(5.8/4.2)≒1.4倍
です。
二つの卵が正確に相似形だとも思いませんけれど大雑把な話です。
長さスケールが1.4倍ですから、体積は(そして恐らく重さも(おおざっぱに))1.4の3乗倍くらいでしょう。
1.4の3乗は電卓で求めると=>2.7くらいです。
●大きい卵の重さは普通の卵の2.7倍程度あるのではないか?

さて、記事中、普通の卵が約60gで、この大きな卵が169gとあります。
●(169/60)≒2.8
です。

わ~い、ね、一致したでしょ。
だからどうした、いえ、なんでもありません、なんですけど。
こんなことをすぐ考えてしまうのが「理科おじさん」なんですね。

2010年10月 1日 (金)

スズメガの仲間の幼虫

0924_9suzumega1 9月24日
アサガオの葉にいました。
一瞬、小さなシャクトリムシ、と思ったのですが、違いますね。
小さな体のわりに、すごく立派な「尻尾」があります。
スズメガの幼虫です!と自己主張しています。
0924_9suzumega2
体長は1cm強。
0924_9suzumega3
まあ!典型的な姿!
脚が3対。腹脚が4対。尾脚が1対。

でね、何というスズメガの幼虫なのかが分からないんです。
困った。アサガオにいるので、エビガラスズメかなぁ、とも思うのですけれど・・・。
幼虫図鑑に載っているのはもっと大きく成長したものばかりで・・・。
こんな若齢幼虫の写真は見つからなくって・・・。

でも、きっとエビガラスズメなのではないか、と内心思うわけです。
大きくなってから、また会いたいのですが。今は見えなくなっています。

ヨモギエダシャク

0924_8yomogiedasyaku1 9月24日
ブロック塀にガがとまっていました。
目立ちますね。
もしこのガが左のブロックに止まっていたら気づかなかったかもしれません。
地味なガですが、この止まり方では目立ってしまいます。
0924_8yomogiedasyaku2
さて何というガなのかな?
ヨモギエダシャクでしょう、多分。
シャクガであることは間違いないところだと、シャクガの仲間を調べました。

0924_8yomogiedasyaku3
ブロック塀に貼り付いて、顔を撮ってみました。
複眼の中央部の黒い部分は、おそらく偽瞳孔のようなもので、入射した光がかえってこないために生じたのだろうと思います。

ルコウソウ

0924_7rukousou1 9月24日
ルコウソウのメシベとオシベの位置関係を覗いてみました。
アサガオでは開花時にメシベが伸びてオシベをこすり自家受粉するとのことでしたね。
ルコウソウはどうなんでしょう?
開花時の時間的変化は分かりませんが、開花した花ではメシベが先に出ています。
この写真では、メシベの柱頭に花粉がついているようには見えません。

0924_7rukousou2
こちらでは、位置関係はほぼ同じで、オシベが未熟です。
まだ閉じていて中の花粉が透けて見える葯と、開いてきた葯が見えます。
この位置関係になってからオシベの葯が成熟して開くのだとしたら、自家受粉はあまり大きな役割はしないのではないでしょうか。
昆虫が花に入り込んで花粉を運んでくれることを期待しているように思います。

丹念に研究したわけではないので、確定した結果ではありませんが、花を眺めていてそういう感想を持ちました。

アサガオ

0924_5asagao 9月24日
雨上がり。アサガオの花です。
雨滴がついたところが、変色していますね。
一時期、この朝顔の花の変色を「酸性雨!」ということで大騒ぎしましたが、最近あまり聞きませんね。

ほぼ中性では紫色の色素が、酸性側で赤くなります。アルカリ性側では青っぽくなります。
どうなのかな、酸性雨でなくても空気中の二酸化炭素が溶け込むとpHは5.6位になるので、細胞内よりは酸性側なのかな、とも思います。
コンクリートの割れ目からの「酸性雨つらら」というのも大騒ぎしましたがこのごろ聞きませんね。
ヒステリックに大騒ぎするのではなく、冷静に、丹念に、持続的に観察を続けなければならない課題だと思います。

かつて酸性雨が話題になっていた頃、その酸性の原因は硫黄酸化物が主だったように思います。硫黄酸化物が水に溶けると、亜硫酸や硫酸ができます。それが酸性の主体だった。
最近は、日本では硫黄酸化物は減っていると思うのです。
代わりに窒素酸化物が問題なのではないか。
窒素酸化物が水に溶けると、亜硝酸や硝酸ができます。
できれば、酸性雨ということのほかに、その酸性の原因物質をきちんと追求すべきですね。
また、紫が赤になるという変化は酸性のせいかもしれませんが、脱色して白っぽくなるとしたら、これは酸化や還元とのかかわりを考えるべきでしょう。
窒素酸化物が関わっているとなると、今度は、その窒素源が問題。ひょっとすると、世界中で大量に使われている窒素肥料から、窒素酸化物への変化なども考えなければならないかもしれません。そうなると、事が大きくなりますよ。(食料生産、人口問題とも関わるかもしれない。)

最近、あまり騒がれないからといって、酸性雨が亡くなったわけでもありますまい。
忘れずに、しぶとく、追求し続けましょう。

マメノメイガ

0924_4mamenomeiga1 9月24日
ちょっと低い位置にいました。
で、上の方から見て、上の方から撮影しました。(腰をかがめるのは苦手で)
パッと見、私は、「トリバ」というガの仲間だと思いました。
このブログにも登場したことがあります。下がそれです。
http://yamada-kuebiko.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-268a.html

ところが、モニターを見ると、どうも、下の方に白い翅もある。
これはトリバではないですね。
初めて見るガのようです。
0924_4mamenomeiga2
頑張って、膝をついて、姿勢を低くして撮影してみました。
こんなガです。
0924_4mamenomeiga3
正面から撮ったら、腹面が写りました。
白く輝いています。

調べてみると「マメノメイガ」だろうということが分かりました。
http://www.jpmoth.org/Crambidae/Pyraustinae/Maruca_vitrata.html

幼虫の食草は、マメ科:ササゲ、アズキの花、アズキのサヤ、ダイズ、インゲンマメ

とありました。
我が家の周辺でこういう豆はないような気もしますが。
マメ科は、スイートピーとか、エニシダとか、カラスノエンドウとかですねぇ。
どこで成長してやってきたのか。

私の写真では後翅は真っ白に光ってしまいましたが、うまく背景を透かすように撮ると半透明らしいです。
虫ナビにはそうありました。
http://mushinavi.com/navi-insect/data-ga_nomeiga_mame.htm

いろいろな虫が訪問してくれてうれしいことです。

ニラの花

0924_1nira1 9月24日
ラッキョウの親戚、ニラの花が咲き進んでいます。
子房の部分が膨らんで来ていますね。

0924_1nira2
左は花の状態。右は花が終わって子房が大きくなってきたところ。

0924_1nira3
花が終わると、花弁やオシベが落ち、メシベと子房が残ります。
そうして、子房の部分が大きく成長して実になるのですね。
そういう過程が一緒に見られる状態にあります。

このニラ自体、種をまいて育てたものです。
植物の繁殖の基本は「種」。
種をまくのは楽しいです。
花壇に種をまいて花を楽しむのも素敵ですが、植物が生きる姿を見るのも楽しいものです。可能なら、花が終わった後もどうなっていくのか楽しんで頂けると嬉しいのですが。

どうぞ、お楽しみください。



ラッキョウ

0922_8rakkyou 9月22日
ラッキョウが蕾を持っています。
5月ころでしたか、ラッキョウ漬用のラッキョウがスーパーに並びました。
今まではただ漬けるだけだったのですが、いつだったかな、テレビでラッキョウの花というのをチラっと見て、とてもきれいだったので、夫婦してラッキョウの花を見てみたいという気分になったのですね。
で、食用のラッキョウをそのまま植えていいものかどうか分かりませんでしたが、植えました。
過酷な夏で、しおれてしまい、ダメになったかな、と思っていたら、蕾をつけたのです。
今度は突然寒くなりましたから、花が咲くかどうかは分かりません。
もし咲いたら、またご報告します。

酵素

◆最近、新聞の広告で「酵素を摂取しろ」というのによくお目にかかります。
これ、まるっきり100%のウソですから、引っかからないでくださいね。
酵素というのは、アミノ酸がつながったたんぱく質なんです。
酵素を食べても、ちゃんと消化して、アミノ酸にして吸収しますので、酵素がそのまま体内に取り込まれることはありません。
牛を食べたら牛になる、豚を食べたら豚になる、というのと全く同じことになってしまいますよ、酵素を食べたら体内で働くなんて。

私たちの体の免疫というものは、自己以外の物質を見分けて排除する仕組みです。
(腸の管の中というのは対外であることをちょっと頭に置いておいてください)
もし、他の生物の酵素が体内に入ってきたら、免疫システム総動員でその異物を排除しにかかります。
他の生物の酵素が人の体内で働くなんてことは一切全くあり得ないのです。
酵素食べてもいいです、別に止めません。
でも、アミノ酸を摂取することになるだけです。なら、肉をお食べください。それで十分。
ばっかばかしいお金をかける必要なんか全くありません。

「現代人に不足しがちな酵素」「酵素が不足すると、つまりが生じる」
ウソ!

「体内酵素は高齢者では若者の半分」「肉食動物が内臓から食べるのは内臓が酵素の宝庫だから」
こんなことを医学博士という人がいう。こんな医者にかかったら病気が悪化しますね。

遺伝子というものをご存知でしょう。遺伝子の分子的な実体はDNAです。このDNAに書かれている情報は、基本的にたんぱく質の作り方なんです。どんなたんぱく質かというと、酵素なんです。
酵素をつくると、その酵素が働いて、実際にいろいろな物をつくるのです。
動物が生きるということは、自前の酵素をつくるということなんですね。
酵素が不足したら、そりゃもうお陀仏です。
生きている限り酵素をつくり、酵素が仕事をし、生命活動をするのです。
生命活動は化学反応です。生体内の化学反応はすべて酵素によって進むのです。
自前で作る酵素しか使えません。同じ人という種のものであっても、他人の酵素は使えません。
臓器移植で拒絶反応が起きるのは他人のたんぱく質を免疫システムが排除しようとするからですね。
まして、他の動物や野菜の酵素なんて使えるわけはないのです。
他の生き物の酵素なんてまったく役立たず。
排除の対象以外の何物でもない。

以上のことを理解していただいて、私のブログの読者の方は、健康食品の酵素なんかにお金を使わないでください。

◆こういう広告で使う手は
「自然は優しい」「人工は危険だ」「植物は善玉」
こういうレッテルによるイメージなんです。
「野菜を機械で刈り取ると燃料の油がまき散らされる」から「手で刈った」
くだらない。じゃあ、米も小麦も食べられませんね。

イメージだけを操作して、イメージだけで何かを語ろうとすることはとても危険なのことなのです。
イメージをはぎ取って、「なかみ」を見ましょう。
レッテルで物を考えないこと。

ペルセウス座流星群

今年の夏に読んだ記事を突然思い出しまして、探してきました。
8月12日付の毎日新聞のサイトで読んだ記事です。

余録:ペルセウス座流星群
 鎌倉時代に書かれた史書「水鏡」の「垂仁天皇十五年」にこうある。「八月、星の雨の如(ごと)くに降りしをこそ見侍(はべ)りしか。あさましかりし事に侍り」。「あさまし」とは驚くべきさまとの意味だ▲流星雨のことだとはっきり分かるが、伝承上の天皇の時代の記事だけにいつの話かは分からない。だが史書の流星の記録の中には、流星群を特定できるものもある。「扶桑略記」の康保4年9月9日(967年10月14日)の記録は「しし座流星群」に違いないという▲「亥(い)の時(午後10時)より始まり寅(とら)の時(翌暁4時)まで、普天の下、衆星東より西へ流る。走散して間なし。形、刀剣の如し」。この流星群は約33年ごとに多数出現し世界中に記録を残してきたが、なかでも日本の記録が多いという(斉藤国治著「星の古記録」)▲毎年8月に現れる「ペルセウス座流星群」の活動が12日から14日にかけてピークを迎える。10日が新月の今年は月明かりのない条件での観測がしやすい。しかし最も出現数の多そうな12日夜から13日未明にかけては台風4号の影響で雲のかかる地域も多いのが残念だ▲流星群はペルセウス座とカシオペア座の間にある中心点から放射状に飛び出すように全天で見られる。流星の飛んだ跡が数秒間残って見える有痕流星もあるというから、見つかれば願い事に好都合だ。詳しい観測方法は国立天文台のホームページをご覧いただきたい▲「流星」が秋の季語なのも立秋過ぎの夜空を「走散」するペルセウス座流星群ゆえだ。どうも目前の雑事に心をとらわれがちだという方、たまには全天に目を見開いて流れる星を探してはどうだろう。

夏のこの時期にはペルセウス座流星群が見られます。
昔もそうだったのですね。967年の流星の記録がペルセウス座流星群だっただろうというのです。
そうして、立秋直後のこのペルセウス座流星群が「流星」を秋の季語にしたのだそうです。

ネットで少し検索してみると
●秋は特に空気が澄んで綺麗に見える
●地球は公転軌道に沿って、太陽の周りを一年かけて一周する。
 この公転軌道の周囲に散らばっている塵には疎密のばらつきがあり、地球が秋ごろ通過するあたりに特に多く塵が浮かんでいる。
 そのため、秋には多くの流れ星が空をかけるのである。
●八月の夜空は一年でもっとも多くこの現象が見られる。

などいろいろな解説がありました。

秋は夏よりは空気は澄んでいますが、冬だって空気が乾燥していて空気の透明度が高いですから、天文観測にはもってこいですね。
ペルセウス座流星群は、立秋後なので「秋」の季語になりましたが、それはたまたまのこと、と理解して下さい。。
秋に多いとか、秋(といっても8月)が空気が澄んでいるとかいう話ではないのです。

◆「流星」といえば「秋」、とレッテルを張ってしまうのは、とても寂しいことです。冬の星座を縫う流星をどうしましょ。きれいなものですが。

星の光も凍りそうな中、夜空を切り裂く流星、を詠んでもいいのではないですか?

年がら年中流星が見られるというのは下のサイトの表でご確認ください。
「流星群の一覧」です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%81%E6%98%9F%E7%BE%A4%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7

「流星群観測情報 」もあります。
http://www.town.inagawa.hyogo.jp/~etc/Astropia/Ryusei/ryusei.htm

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