時速100kmの振り子
◆今年度NHKの教育テレビで放送されている「大科学実験」ですが、出だしのころは快調で、原理・法則一つを追求して、常識をはみ出すような実験で本質をえぐり出してくれるものでした。私は現場を去ってしまいましたが、つい「これは授業に使える」というような意識で見ていました。
ところが、このところ、不作が続いています。
◆近いところで、9月15日に放送された実験16を先ずクリティサイズしたいと思います。
題名は、実験16「時速100kmの振り子」
基本的には単振り子が最下点で最高速となる、その最高速を時速100kmにできるか、という設定です。
単振り子とはいえ、振幅の小さな範囲での周期を問題にしているのではなく、90度の高さから振り落してて最下点でどのくらいの速度になるかという実験です。ですから、力学的エネルギーの保存がテーマということになります。
上図のAからおもりを放して円弧を描いてh落下し、最下点Bで速さvになるものとします。
Aでの位置エネルギー = Bでの運動エネルギー
という式は①です。
この式を変形して、最下点での速さを求めたければ②の形で、どのくらいの高さから落とせば望みの速さになるかを求めるには③の形で使えばよいのです。
◆番組では、最初、おもりを放す高さが高いほど最下点での速さが早くなることを、ほぼ天下り的にやってしまいました。
精密な実験の可能なNHKなんですからいくつかの実験を提示して、その結果をグラフにしてもいいと思うんです。
高さを横軸に、速さを縦軸にとったグラフでを描いて、直線的ではないけれど、高いところから落とすと速くなる、ということを示してもいいと思うのですよ。小学校高学年くらいならその対応関係くらいはつかめる。
下のグラフは、横軸が高さ[m]、縦軸が速さ[m/s]になっています。
こんなグラフのごく粗いものでいい。
正比例ではないけれど、高くから落せば最下点での速さは速くなることは一目瞭然です。
◆さて、番組内では、スタッフが最下点で時速100kmになるには振り子の長さはどのくらいなのか計算してみよう、といって計算しているシーンが写りました。
だったら、下のようなグラフを提示して、理論的にはこうなる。時速100kmにするには約40mの長さの振り子が必要らしい。
ほんとうだろうか?やってみなくちゃわからない。
といえばいいのですよ。
このグラフでは横軸は、速さ[km/h]で、縦軸が高さ[m]になっています。
横軸の100[km/h]のところを上へたどれば約40[m]というのが直読できます。
予測する。本当か。そんな大きなスケールでも正しいのか?
と詰めていくわくわく感を、スタッフと一緒に味わえるようにすればいい。
{スタッフはかなりわくわく胸躍らせてるなずなんです。今までにない実験をやろうとしているのですから。それを視聴者にも味あわせてあげたい。}
◆さて、実験ですが、クレーンの先端が40m位になるようにして、実験。
実は、失敗。
最下点で時速100kmにならなかった。
それより少し高い点での測定値が時速100kmになっていた。
番組では、これだけ高速になると、空気抵抗が大きくなってしまう、と天下り的に宣言して、とにかく時速100kmが出た、めでたしめでたし。になってしまったのでした。
◆困ったなぁ。
これを録画しておいても、授業で使うわけにはいかない。
失敗がいけないのではないのです、その原因追究がなされていないからなのです。
1:できれば真横ショットで、おもりを放した点と、反対側でほぼ同じ高さまで上がることを示してほしかった。エネルギーの保存のことを話すためにはそれが絶対に必要。
2:おもりの速度をスピードガンで測っているのですが、その誤差はどの程度のものなのか。複数台使っていますので、それぞれに示す値は信用できるのかどうか。時速100kmで走る自動車を一斉に測定して、どのスピードガンも同じ値を示すかどうか、といったチェックが必要でしょう。
3:最下点の手前で最高速が出て、最下点でスピードが落ちる、ということは空気抵抗を考えてもあり得ないのではないか?
終端速度に達したのであれば、その速度が保たれるのではないか?なぜ速度が落ちたのか釈然としません。
4:全体をおさめる視野のカメラでチェックして、おもりを吊るしている針金の「たわみ」などはどうなっていたかが知りたい。
当然40mもの長さの針金ですから水平にまっすぐになっているわけがない。
下にたわんでいるはずですね。
ですから、落ちはじめは、ほぼ真っすぐ落ちて、その後に針金がピンと張り、その衝撃でその後ある種のバウンドをしながら落ちてきたのではないか。そのバウンドの頂点部ではスピードが落ちることがあるかもしれない。
{高校物理で、自由落下を記録タイマーで測定する実験がありますが、あの時、テープのたわみとバウンドが測定に紛れ込むことがよくあるのです。}
5:おもりを吊るす針金の固定点はどのような構造になっているのか。ねじれとか緩みはないのか。
いろいろ湧いてきます。
できれば、この回の実験のPart2として、実験の解析をやってくれれば、最初の失敗と共に「授業に使える」ようになるのですが。
実験は失敗したっていいんです。なぜ失敗したのかがきちんと追求できればそれは「成功」なんです。
どうも、この番組、ガリレオ工房も絡んでいるはずなのに、ちょっと甘くなってきたなぁ。
本質をえぐり出すパワーを回復して欲しいものです。
法則・公式を天下りに信じこまないで実験してみようということでスローガンができているんですよね。
やってみなくちゃわからない
とね。
だったら、失敗を天下りに「~~のせいだ」と信じこませてはいけないんです。
分析してみなくちゃわからないでしょ。
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