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2010年8月10日 (火)

草食む牛

2010.8.8付 朝日歌壇より
殺すなと言うあり殺せと言うありて草食む牛をテレビは映す:(赤穂市)堀百合子
 永田和宏 評:殺せと、また殺さないでと、人間界の思惑を外れて草を食む牛。口蹄疫問題の複雑な本質を捉えた。

「口蹄疫問題の複雑な本質」は人間の経済的な欲望にあります。
人間と無関係なところに牛という存在が生息しているのなら、病気にかかる牛かからない牛、免疫を獲得した牛・・・、牛とウイルスの多様な関係の中で、病原ウイルスとその対象となる生物の間で、ある種の平衡関係が成立していきます。遺伝的な多様性とはそういうものです。

ところがここに、肉牛としての品質、商品としての牛の品質という人間の経済活動=欲望の活動がからむので複雑になってしまうのです。

この問題で私は「種牛」ということに非常な違和感を覚えました。
種牛さえ保存できれば宮崎牛は維持できるような言い方って、変じゃありませんか?
精子が子の品質を保証するんですか?
まるで、メス牛の子宮は単なる畑で、精子という種をまけばいい、みたいな前近代的な概念に聞こえる。
もちろん、メスの品質だって大事なんです。ただ、精子の数と、卵子の数の圧倒的な違いから、精子が大事にされるのだということもわかります。
でも、オスの種牛さえ守れれば、というような感覚に対して、すごく違和感を覚えました。

メスもオスも大事なのではないですか?

人間の経済活動って、貪婪でですね。

{少しほとぼりが冷めてきたので、過激なことを呟いてみます。事の最中にはちょっと自重しました。}

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